3 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 20:57:28.31 ID:wM3Up33eO

 聞かせておくれよ君の過去。
 餓鬼と成り果てた君の過去。

 親無し子が餓えに苦しみ死に絶えた。
 その道を辿って口にして。


 君の愛しい彼女の事も。



     ( ^ω^)百鬼夜行のようです。

      【第八話 百聞一見 餓鬼姫の御姿。 後】



 どうして君は餓鬼になる。
 どうして彼女は神になる。

 それは抱いた物の差。


4 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:00:07.59 ID:wM3Up33eO


 それはある小さな町。
 ごくごく普通の人の町。

 そこで一番大きなお屋敷に住まう、一人娘。
 そこで一番小さなお家に住まう、一人ぽっちの男児。


 娘の名は、くう。
 黒髪艶やかな愛らしい事この上ない娘であった。

 気は強く傲慢で、我が儘盛りのお嬢様。
 しかし幼馴染みである男児とは、とてもとても仲が良かった。


 男児の名は、どくお。
 痩せっぽっちでぱさぱさの黒髪、覇気のない顔だが心は優しい。

 気は弱く、親無し子で家は小さなあばら家ぼろ家。
 けれど心は貧しくはなく、幼馴染みである娘といつも楽しそうに笑っていた。


 二人はきょうだいの様に仲が良く、端から見ても幸せそうなこどもたち。


6 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:03:47.70 ID:wM3Up33eO

 わるがきお嬢様と、日々を必死に生きる男児。
 お嬢様は男児と出会い、何を気に入ったのか、よくつれ回して遊ぶ様になる。

 出会いは特別なものでも何でもない、ただ道で会っただけ。

 それでも正反対の境遇に、歳の近い二人。
 互いが何となく気になる存在で、特に理由もなく話す様になり。


  おいどくお、寺の卒塔婆を抜くぞ!

  や、止めとこうよ、くう……怒られる。

  怒られるから何だ、楽しそうだろう。

  楽しいかなぁ……それ。

  うるさいな、口答えするな!

  わ、わかったよ……怒られても知らないよ。

  このくうがそんな事を怖れるものか!


7 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:06:14.10 ID:wM3Up33eO


  よっ、あ、抜けそうだ。

  や、やっぱ止めとこうよ……。

  今さらおじけづくのか、情けないなおまえは。

  だって、これいみもないし……。

  だからなんだ! いいから手伝え!

  あ、く、くう! 住職さん!

  うわっ、逃げるぞどくお!

  ま、待ってよくう!

  ええいひっぱるな! さらばだどくお!

  くう待って! あ、ちょ、あっー!

  おまえのことは忘れないぞー!

  くうのはくじょーものー!!

  どくおがとろいのが悪いんだー!


10 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:09:25.62 ID:wM3Up33eO

  あ、どくお。

  くう! ひどいよ逃げるなんて!

  しょうがないだろ、おまえをおとりにしなきゃ。

  怒られるのこわくないんだろっ!? じゃあ何で逃げたんだよ!

  こわくはないが、嫌だ。

  ……くうはいいせーかくしてる。

  そうほめるな。

  ほめてない……。

  じゃあほめろ。

  ……。

  どうした、ほらかわいいとか云えよ。

  ……くうはかわいいですよー……。

  心がこもっとらん。


13 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:12:13.31 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  おい、どくお。

  うん?

  おまえ、親はいないのか。

  うん、病気で死んだよ。

  そうか。

  どうしたの、くう?

  なんでもない。

  ?

  どくお。

  うん、?

  親のいない生活は、どんなだ。

  ? さみしいよ。

  ……そうか。


14 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:15:35.52 ID:wM3Up33eO

  どうしたのさ、くう。

  なんでもない。

  うそだ。

  父上が。

  お父さん?

  亡くなった。

  ぇ……。

  母上も、床にふせた。

  ……。

  くうは、どうすればいい。

  ……わからない。

  何もできないぞ、子供は。

  …………うん。

  こんなに悔しくてかなしいのは、うまれて初めてだ。


18 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:18:38.85 ID:wM3Up33eO

  病気はこわいな、どくお。

  うん。

  前の月まで元気だった人が、死ぬぞ。

  うん。

  ほんとなら、槍でももって戦いたかった。

  うん。

  でも、病気は父上のからだの中にいたんだ。

  うん。

  どんなにくうががんばっても、なんの効果もないんだな。

  ……うん。

  父上、あっさり死んだ。

  うん。

  今日は、やけに夕焼けがぼやけて見えるな。

  うん。


21 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:21:54.75 ID:wM3Up33eO

  くうは、お嬢様だ。

  うん。

  みんなからな、くう様って呼ばれてるんだぞ。

  しってるよ。

  くうはな、父上と母上の娘であることを、ほこりに思ってる。

  うん。

  でも、父上が死んだら、このほこりはどうなるんだろう。

  ほこりは、そのままなんじゃない?

  母上も死んだら、このほこりは、くうのためにしか存在しなくなる。

  ……うん。

  …………くうは、父上と母上に、たくさん、あまえたい。

  うん……。


23 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:25:05.89 ID:wM3Up33eO

  …………どくお。

  うん?

  さみしい。

  ……。

  さみしい、よ…………父上がいないの……いみ、わからん……。

  くう……。

  このまま母上もいなくなったら……くうは、どうすればいい……。

  くう、

  っ……ぅ、うぇ…………うえぇぇぇぇぇ……っ!

  泣かないで、くう。

  父上のばか……母上とくう……おいて……っいみ、わからん……っ!

  くう……泣かないでよ。

  ふ、ぅ、うぇぇ……うわぁああああああああああんっ! うああああああああああんっ!!


25 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:28:44.84 ID:wM3Up33eO

  くう、くう……まだ、お母さんがいるんでしょ?
   なら、お母さんが元気になるように、がんばろう?

  くうががんばってもいみなんてないっ! くうには何もできんっ!

  お父さんは病気だったからだよ、お母さんはきっと、寂しいから寝込んだんだ。

  ……でも…………くうには、どうしようもない……。

  くうがいないと、お母さんはもっと、悪くなる。だから、お母さんにたくさん、あまえて。

  …………それで、なおる?

  なおるさ、きっと。

  ……うん。

  今日は、もう帰りな?

  ……ん。

  また明日ね、くう。

  ああ、……また明日、どくお。


29 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:32:00.06 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  おーい、どくお!

  あ、くう。

  なんだ、仕事中か?

  うん、どぶさらいもお金になるから。

  くさいな。

  ご、ごめん。

  まあ良い、母上が元気になったぞ!

  ほんとっ!?

  ああ、くっついて寝たら元気になった!

  ああ、よかった……。


31 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:34:06.27 ID:wM3Up33eO

  ……。

  ん?

  悪いな、どくお。

  なにが?

  おまえも親を亡くしてるのに、かってにわめいて。

  ううん、親が死ぬさみしさは、わかってるから。

  ……おまえはやさしいな。

  ありがとう。

  ばかめ。

  なんだよ、それ。

  ほめてるんだ、ばか。

  へんなの。


34 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:37:38.47 ID:wM3Up33eO

  さいきんさ。

  ん?

  さいきん、雨がふらないね。

  ああ、そういえばそうだな。

  そろそろ春もおわるのに、大丈夫かな。

  梅雨がこないと、夏が大変だな。

  うん……食べるものもなくなる。

  ……雨ふれー。

  雨ふれー。

  ふれー。

  ふれー!

  ふれふれー!

  ふれふれー!


36 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:40:18.25 ID:wM3Up33eO

  ……ばかみたいだな。

  でも、雨ごいはだいじだよ。

  それもそうか。

  あーめあーめふーれふーれ。

  しとしとぴっちゃん!

  しとぴっちゃん。

  ……それが終わったら水浴びするか!

  まだ寒くない?

  かんちゅーすいえーだ!

  かんちゅーと云うほどは寒くないような……。

  おまえは細かいことばかりうるさいぞ!


40 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:43:26.87 ID:wM3Up33eO
 ──────────

  どーくおっ。

  くう、どうしたの?

  暇か?

  ううん。

  そうか。

  なに?

  なんでも、

  なに?

  ……。

  どうしたの、くう。

  あは、

  ……くう?

  あはは、は、あはっ。

  く、う?

44 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:46:34.76 ID:wM3Up33eO

  母上が、死んだぞ。

  …………ぇ?

  はっ、あは、なにが元気になっただ、母上は隠してただけだ。

  う、そ?

  ははっあはっ、あはははっ……くうは一人だぞー! あははははははっ!

  く……う。

  父上も母上もいない! これでくうも親無し子だ!

  くう、ねぇ、くう。

  あはははっ! あははははははははっ! 仲間だぞどくお、くうもおまえの仲間だ!!

  く、う……。

  あははははははっ! わははははははははっ!!

  …………くう。

  あはっ、ははははっ! ははははははっ、あ、ぁは、あ、ぅっ……ぁっ…………っ。


48 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:49:40.46 ID:wM3Up33eO

  くう、これから……どうなるの?

  家は、しっちゃかめっちゃかだ。跡継ぎが、くうしかいないからな。

  ……よそに、引き取られちゃうの?

  この天気。

  ?

  雨が、こないだろ。

  うん。

  この町も、この日照りのせいで大変だ。

  うん。

  よそは、もっとひどいらしい。

  ……じゃあ、

  くうを引き取る余裕は、ない。


50 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:52:23.02 ID:wM3Up33eO

  じゃあ、どう、なるの?

  親類の家は、みーんなだめだ。どこもかしこもてんてこまい。

  ……。

  だから、遠縁の、へんぴな村にいく。

  ……いなくなるんだ、くう。

  …………親無し子で、箱入り娘だ……みんな嫌がる。

  くう……。

  どくお。

  ん、?

  いっしょに、くるか?

  は?

  一人は、嫌だ。

  で、でも……。

  どくおと、いっしょがいい。


53 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:55:11.56 ID:wM3Up33eO

  でも、迷惑になる。

  知るものか、そんなの。

  よくない。

  ……よくない、のか。

  ほんとは、くうだけでも大変だ。なのに、いっしょには、いけない。

  …………そっか。

  ごめん、くう。

  ……おまえは、なんのかんけーもない人に、迷惑かけるから嫌なんだな。

  う、うん。

  残念だったな、ばかめ。

  はい?

  くうとどくおは、遠い親戚だ。

  …………はい?


55 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:58:19.61 ID:wM3Up33eO

  残念だったな、ばかめ! くうたちは他人じゃないのさ!

  い、いやいやいや、なにそのノリ。

  わはははは! さあ共に行くぞばかめ! 騙されやがったな!

  ま、待って! いや待って! おかしい!

  なにが?

  なにもかもが! おかしい!

  んなこたーない、準備しろ。

  だ、だが断る!

  くうに楯突くか? あ?

  ご、ごめんなさい。

  ほらとっとと準備しろ、いっしょにいくぞ。

  …………いっしょに、か。

  いっしょにだ。


58 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:01:25.86 ID:wM3Up33eO

  ……わかった。

  やっと素直になったか。

  くうは素直すぎる、くーるじゃないのに。

  いちもつへし折るぞ。

  ごめんなさい。

  ……いいか、どくお。

  ん?

  生きるぞ。

  ……。

  いっしょに、生きるぞ。

  ……うん。

  いっしょにだ、いっしょに、幸せになろう。

  うん。


61 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:04:10.82 ID:wM3Up33eO

  いっしょに、こんなくそったれな中から逃げ出すぞ。

  うん。

  いっしょに、ぜったい生きるんだぞ。

  うん。

  ぜったいだぞ! ぜったい死ぬなよ!

  うん。

  ずっと、ずっといっしょだからな! ばかやろう!

  うん!

  今日の夕焼けも、やけにぼやけるなぁ!

  うん!

  くうたちはずっといっしょだああああっ!!

  うん!!


63 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:07:19.65 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  何もないところだなー、どくお。

  だね。

  ここで、こーんなへんぴなところで生きるんだな。

  だね。

  ……ま、なんとかなるか。

  だね。

  おまえ、ちゃんと喋れよ。

  こんな状況だけどさ。

  ん?

  なんか、嬉しい。

  は?

  家族、できたし。

  ……あー。


64 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:10:11.64 ID:wM3Up33eO

  うすーい繋がりだけどさ。

  まあ、くうもおまえの家族、だからな。

  うん。

  ここの人も、家族か。

  うん。

  ……やること、あるかな。

  いっしょに、なにか仕事しようか。

  ……うん、なにすればいいんだ?

  きいてみよ。

  おまえ、てきおーのーりょくたかいな。

  一人がながかったからね。

  …………。

  くうも、なれよう、この生活。

  うん。


65 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:13:11.73 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  畑。

  畑だね。

  なに、育ててるんだ?

  野菜。

  ……こうやって、なるのか……。

  …………。

  ……ばかにしただろ。

  うん。

  このやろう。

  くう、ほらこれ。

  ん?

  みみず。


66 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:16:07.12 ID:wM3Up33eO

  みみずか、これいると土が元気なんだったか。

  なんだ……平気なのか……。

  つまんなそうにするな、食わせるぞ。

  えいよーあるかな、これ……。

  食うことに前向きだなおい。

  これからどうなるか、わからないからね。

  あー……まあ、タガメとかは食えるらしい。

  虫は美味しいよ。

  食うのかよ。

  美味しいと思えばいける。

  前向きだなおい。


67 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:19:38.39 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  どくお。

  んー。

  ご飯、せつないな。

  しょうがないよ。

  まあそれはそうだけど、でもなあ。

  ほら、これ。

  ん? なんだこれ。

  いなご。

  ……。

  美味しいよ、醤油ぬって焼いたの。

  …………抵抗のあるびじゅあるだ。


69 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:22:08.99 ID:wM3Up33eO

  食えるのかこれ。

  美味しいよ。

  ほんと前向きだな。

  美味しいよ。

  ……。

  美味しいよ。

  わかったよ食うよ……。

  うん。

  ……まずくはない。

  うん。

  …………も一個。

  はい。


72 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:25:15.06 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  くう。

  なんだ。

  怒られてたでしょ。

  しらん。

  なに、したの?

  ……。

  だめだよ、迷惑かけちゃ。

  くうは、……お嬢様だ。

  うん。

  いきなり、この生活になれるかよ……。

  ……うん。

  もうちょっとくらい、ご飯、ほしいさ。

  うん……。


74 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:28:16.93 ID:wM3Up33eO

  叩かれた?

  頬っぺた、叩かれた。

  ……冷やさなきゃ。

  ……。

  くう。

  ん……。

  日照りがなくなったら、きっと、他のとこに引き取られる。

  ……。

  それまで、我慢だよ。

  ……うん。

  ……。

  ……。


76 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:31:22.92 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  くう……。

  …………。

  また、叩かれたの……?

  …………。

  ……。

  くうは、悪くない。

  くう……。

  くうのご飯も、どくおのご飯も、少なすぎる。

  でも、それは……。

  …………日に日に、扱いが悪くなる。

  くうが、反抗的だからだよ。

  ……。


79 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:34:39.87 ID:wM3Up33eO

  だって、箸も立たないかゆだぞ?

  ……。

  それも、椀に半分もない。

  ……うん。

  そんなもので、腹が満たされるか?

  …………ううん。

  ……腹が減ったと云うだけで、殴られる……。

  ……。

  こころが、すりへる……。

  ……いなご、いなくなったね。

  畑も……枯れたからな。

  …………どう、なるのかな……。


83 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:37:50.28 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  くそっ、くそっ! あのばばあ!

  ……くう。

  なんでおまえは、なにも云わなかった!? どくお!

  ……お世話に、なってるから。

  おまえが殴られたんだぞ!? おまえがなにをした!?

  …………。

  ……っくそったれが!!

  くう……。

  ……なんだ、痛むのか?

  ううん…………お腹、すいたね。

  …………うん。


86 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:40:27.29 ID:wM3Up33eO

  朝と昼は、なにもなし……夜にはほんの少しの飯。

  喉も、かわいた。

  ……井戸の水、減ったらしい。

  …………。

  ……なにか、ないかな。

  村の外は、どうなのかな……。

  …………いってみたいな、外。

  ……外には、妖怪がいるってさ。

  妖怪……か、ほんとにいるのかな。

  あの町にもこの村にも、妖怪はいないからね……。

  普通はいないだろ……。


88 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:43:17.30 ID:wM3Up33eO

  …………どくお。

  ん。

  外に、いこう。

  ぇ……で、でも、妖怪……。

  そんなの、嘘に決まってる。

  な、なんで嘘なんか……。

  くうたちを苛めたいんだよ、だから外にださないんだ。

  …………。

  外に、出よう…………いっしょに、外へ逃げよう。

  くう……。

  今はまだたえられる……でも。

  ……うん。


92 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:46:50.61 ID:wM3Up33eO
 ──────────


  どくお、今日は何回殴られた?

  三回。

  くうの勝ちだな、七回だ。

  ……くうは、ほんとに反抗的だね。

  くうがこの生活に満たされると思うか?

  ……ううん。

  …………くそったれだ。

  ……うん。

  今日は。

  ん?

  今日は、誰か死んだか?

  ……お年寄りが、一人。


95 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:49:10.38 ID:wM3Up33eO

  …………少しずつ、死ぬな。

  食べ物、ないからね。

  食べるものがないと、病気になる。

  病気になったら、食べ物がいる。

  食べ物がないから、病気は治らない。

  弱いものから。

  死んでゆく。

  …………井戸が、枯れたって。

  ……そうか。

  畑も、みんな、枯れた。

  ……食べ物も、もうほとんどない。


98 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:52:08.42 ID:wM3Up33eO

  あの町も、同じように大変らしいよ。

  どこも同じだな……みんな死ぬのか。

  …………くうがいて、よかった。

  ……どくおがいるから、くうも助かる。

  一人だと、きっと、もうたえられなかった。

  ああ……一人だったら、きっともう。

  ……くう、痩せたね。

  どくおも、な……。

  …………最近さ。

  うん。

  立ち上がるのが……つらい。

  …………うん。


100 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:55:13.46 ID:wM3Up33eO

  からだが……動かないんだ……。

  足が、立たない……。

  頭が、身体中が、重いよ。

  ……目もかすむ……どくおがいなかったら、喋ることも、きっとつらい。

  …………くるしい、ね……。

  …………。

  …………。

  逃げよう……どくお……いっしょに……。

  外……出たら、幸せに……なれる……?

  なれる…………なれるさ、ぜったい。

  ……外は、食べ物……あるよね。

  あるさ……ぜったい。


103 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:58:17.18 ID:wM3Up33eO


 もう、啜る泥水すらも存在しない。
 食むべき草も、虫も、何もいない。

 気丈に振る舞うくうの髪は、艶やかで美しかった頃の面影もない。

 ぱさぱさの髪、汚れた肌、窶れた頬、疲労と絶望の滲む顔、痩せこけた手足。
 どれもこれも、哀しいほどにみすぼらしく、お嬢様だった頃の姿なんて想像も出来ない。

 もともと痩せっぽっちだったどくおですら、あの頃とは比べ物にならない程、痩せた。
  二人とも、顔や体に、殴られた痕が生々しく残るばかり。


 大人達の余裕も、もはやすっくり無くなった。
 始めこそは可愛がっていた、血の繋がらない二人の子供。

 けれど、心が窶れた今となっては、どうしようも、ない。


 明日食う分も、今日食う分も無い。
 小さな村は着々と、絶望が蔓延する様に滅びて行く。


 備蓄は無い、水も無い。
 食うもの、飲むもの、生きる糧が存在しない。

 この状況で磨り減らない心が、あるのだろうか。


108 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:01:17.51 ID:wM3Up33eO

 お嬢様としての利己と誇りを捨てられないくうに、義理の親はつらくあたる。

 そんな我が儘を云っていて、生きていけると思うのか。
 郷に入っては郷に従え、それを教えるために、不器用な拳を振るう。

 けれど幼い、背伸びをするばかりで根は幼いくうに、そんな事が理解は出来ず。

 理解出来ないくうに苛立ち、どくおも同じ様に殴られた。
 くうと違い従順などくおには、削り残った良心が痛むのか、殴る回数は少ない。


 しかしその拳が、くうの反抗心を刺激する。
 くうのどくおを殴るなと、掴み掛かる事も少なくはない。

 その度に、二人の傷は増え、心は減って行く。


 長く続く日照り。
 もう、いくつの月が過ぎただろう。

 始めはあった村の活気も、今やどこにもありはしない。


 村が壊れて行く。

 人が、壊れて行く。


110 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:04:34.68 ID:wM3Up33eO

 ろくに食えず、飲めもしない。
 生きる事すら億劫で、けれど死ぬのは受け入れたくない。


 幼い二人は着々と、死に向かう。

 二人で話している時は、空腹も喉の渇きも少なく感じる。
 けれど夜の寝る時は、目眩がする程の餓えと渇きに苦しんだ。

 空腹で手が震える。
 立ち上がる事も、眠る事も、動く事も、苦しい。

 喉の渇きで頭が痛む。
 足がふらつく、頭がふらつく、何度も転び、起き上がりたくもない。

 かわいた唇に触れるのは、殴られた時の血の味と、砂の味。


 泣く事すら、億劫で。

 もう、何も、したくはない。


 けれど、心を満たすために、二人でぼんやり、言葉を交わしていた。


112 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:07:37.30 ID:wM3Up33eO


 ある日、くうが血を吐いた。

 苦しそうに、小屋の中に転がって呻いている。


 大人達は、もう駄目だと諦めた顔をする。

 そんな中でも、どくおはくうの手を握っていた。



  くう、くう。

  どく、お。

  いっしょに、逃げるんだよね。

  う、ん。

  いっしょに、幸せになるんだよね。

  うん、うん。

  いっしょに、いっしょに、生きるんだよね。

  う……ん。


115 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:10:37.60 ID:wM3Up33eO

 衰弱しきったからだ。
 栄養不足から、病に蝕まれる小さなからだ。

 飲まず食わず、生きてきた。
 生きすぎた。

 心が、保たれても、体はもう、壊れる寸前だった。
 餓えに慣れているどくおよりも、くうが壊れる方が早いのは、必然だった。



 なにか、食べさせなきゃ。
 なにか、なにか。

 でも村にはなにもない。
 でもなにか食べさせなきゃ。

 村には、なにもない。

 じゃあ、外には?


 外には、食べ物は、ある?


119 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:13:32.89 ID:wM3Up33eO

 皆が眠る、夜も更ける。
 くうは死んだ様に、か細い寝息を立てている。


 今なら、行ける。
 ぼくなら、行ける。

 立てる、歩ける、走れる、行ける、生ける。



 どくおは村を飛び出して、口にする物を探した。

 何度も転んでも何度も立ち上がって、荒野と云うに相応しい外を走った。

 夏だと云うのに寒くて寒くてしようがない。
 流れる汗すら冷たくて、蹲ってしまいたかった。


 けど、でも、だけど。
 くうが、死んでしまうから。


121 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:16:11.90 ID:wM3Up33eO


 親が死んだ。
 病気で、二人ともあっさりと死んだ。

 一人で生きるのはつらかった。
 みんなは優しいけれど、生きるのはつらかった。

 寂しくて寂しくてしょうがなかったよ。
 毎晩毎晩泣いていた。


 でも、くうが居た。
 くうが居たから、寂しいは減った。

 ぼくの心を救ってくれたのは君だった。
 君はぼくを引っ張り回して遊んで、笑って。


 君の笑顔はきれいだった。
 君の黒髪は、たまらなくきれいだった。

 ぼくは、君が、好きだよ。


122 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:19:19.42 ID:wM3Up33eO

 だから今度はぼくが君を救うんだよ。

 今までずっと、君のわがまま越しに、助けられたから。
 ずっと、ずっと、いっしょにいてくれたから。

 いっしょだって、云ってくれたから。

 だから。



 涙が止まらなかったけど、ひたすら食べ物を探した。
 草でも虫でも何でもいい。

 ただ、くうを満たすものが欲しくて。


 これが運命だって云うなら、体当たりでもして変えてやる。


 小さな小さな薬草の花を見つけたどくおの顔に、笑顔が溢れた。


126 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:22:48.34 ID:wM3Up33eO
 枯れた木の根本に生える小さな花に手を伸ばす。

 これは、薬の花だと知っていた。
 だからこれを、せめてこれを持って帰ろう。

 幸せな未来、くうが元気になって、照れ臭そうにありがとうと笑う未来。
 そんなものを思い浮かべて、溢れんばかりの笑顔で花を掴んだ。


 その体が、宙に舞った。


 身体中が裂ける様な痛みに、地面に転がったどくおは呻く。

 痛みに滲む視界には、頭上には、腹を空かせた妖怪が、どくおを見下ろしていて。


 左腕が、引き裂かれた。

 牙が、肩に食い込んだ。

 叫ぶ余裕もなく、左の肩から先が無くなった。

 背中に爪が突き刺さった。

 背中の薄い肉が、引き剥がされた。

 血を吐いても、花だけは離さなかった。

129 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:25:40.76 ID:wM3Up33eO
 左腕が無くなった。
 背中も、中身が剥き出し状態で。

 右足を踏み折られた。

 膝から下が千切れた。

 左足を掴まれた。

 根本から、へし折られた。

 残った右腕で、必死に地面を引っ掻いて、逃げようと進んだ。

 引き摺り戻され、腹を裂かれた。

 臓物が、減って行くのが解った。

 もう、涙すら、出やしない。



 誰かの声がした。

 女の声だった。

 女はどくおに聞いた。


  「君のお家は、何処だい?」

132 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:28:27.96 ID:wM3Up33eO


 どくおが、からだのほとんどを失っている頃。
 村では、どくおが居ないと騒ぎになっていた。

 それに気付いたくうが起き出して、どくおの行方を聞く。

 すると、どくおは村から逃げた、と。



 ああ。

 くうを、おいて。

 どくおは、にげて、しまったのか。

 いっしょにと、やくそく、したのに。



 沸き起こる憎しみだけが、小さな体を満たす。


135 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:31:51.73 ID:wM3Up33eO

 どうしようもない擦れ違いだとは、誰も気付かない。
 それも、しようのない事。


 どくおは、くうの為にと村を出た。
 戻ってくるつもりだった。


 しかしそれを知らないくうにしてみれば、どくおは一人で逃げたと思う。
 小さく大きな約束を踏みにじり、一人だけ助かろうと逃げ出した、と。


 くうのために。

 心も体も壊れる寸前のくうに、そんな可能性を思う余裕など、ありはしない。


 だから、ずたぼろの状態で誰かに届けられたどくおに、
 今にも消えそうな命のどくおに。

 優しい笑顔を向ける事など、出来る訳がなく。


137 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:34:20.14 ID:wM3Up33eO


 誰かに抱えられて、揺らされて、どくおは血を吐く。

 女が「帰りたいか」と問うたから、どくおは「帰りたい」と答えた。
 すると女は、どくおを優しく抱き抱えて走った。

 しゃんしゃんと、走る動きに合わせて、女の持つ鉾の鈴が鳴いていた。


 そして、女はどくおを村の入り口まで運ぶと、
 優しく頭を撫でてやり、すまないと呟いて消えて行った。

 村の大人達がそれに気付いたのは、その直後。


 本当に、もうどうしようもない状態で。
 生きている事が不思議なくらいの、悲惨な状態。

 右手を残して手足は全て引きちぎられ、腹も背中も引き裂かれ。
 臓物は引きずり出されて、顔にも、残った右手にも、傷が。


 大人達は涙を流して、どくおの頭を撫でていた。

 このままではいずれ死ぬると解っていても、こんな姿を見せられて、胸が痛まぬ訳がない。


140 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:37:24.38 ID:wM3Up33eO

 今まですまなかったと義理の親も泣きながら、どくおの血まみれの頬を撫でる。

 どくおは少しだけ、幸せを感じた。
 けれど、涙に濡れる大人達に、泣かないでくれと悲しみを抱いた。


 そして、そして、

 冷たい眼差しで自分を見下ろす、くうの双眸に、ほとんど無い胸が、痛んで。


 くうの口が、何かをつむぐ。

 それは耳には届かない。

 けれど暗い視界の中、はっきり見つめたその動き。




       う ら ぎ り も の 。



143 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:40:08.57 ID:wM3Up33eO
ちょっとうんこ限界だから10分くらい放出して来ます。
申し訳ないです。

お詫びにこれ置いときますね。
ttp://imepita.jp/20100509/085480

154 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:51:47.21 ID:wM3Up33eO
ただいま戻りました、申し訳ないです。
カレー食ったらケツからカレー出た。

こんどこそ みんなの わっふるで どくおを しあわせにして あげてね!

157 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:55:11.84 ID:wM3Up33eO

 どくおが最後に見た物は、どくおを蔑み、憎しみ、恨み、見下す、怒りに満ちた、歪んだ顔。

 何よりもいとおしい筈のくうには、何も伝わらず。
 ただ悲しくて、悲しくて。

 くうに、恨まれた事が。
 伝わらなかった事が。
 握っていた花を踏み潰された事が。

 何もかも、何もかもが、悲しくて、悲しくて、悲しくて。


 どくおは、泣きながら、悲しみながら静かに命を手放した。

 餓えと渇きと悲しみに、翻弄されて、眠りに落ちた。



 暗い暗い土の中。
 村の向こうの無縁塚。

 優しく労る様に埋められた小さなからだ。

 その中でも、ずっとずっと、悲しくて、寂しくて、苦しくて。


159 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:58:13.78 ID:wM3Up33eO

 随分と時が過ぎてから、どくおは其処から這い出した。

 その姿は、人間のそれではなく。

 体は手足を取り戻し、腹も背中もちゃんとある。
 その代わりに、無かった物がそこにある。

 生え際から二本生える、小さな角。
 尖った爪に、犬の様な牙。


 どくおは、人捨ての餓鬼に、成り果てていた。



 黄泉返ったどくおは、何をするでもなく、無縁塚の上に座る。
 腹が減れば、餓鬼の本能に従った。

 目覚めた頃にはもう、村はなく。
 あの日照りも過ぎ去り、穏やかな日々。

 雨も降る、草木もある。
 あの時は無かった物が、其処らじゅうにある。


 無い物は、くうと、あの頃の心。


162 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:01:47.98 ID:8V6YVa0PO

 くうの事は、考えない様に蓋をした。
 思い出すのはつらすぎて、考えたくもない程に胸が痛む。

 だから、どくおは餓鬼として生きた。

 時の流れと共に、体は大人のそれになる。
 それと同時に、心は嫌と言うほど荒み行く。


 鬼になったのだ。
 鬼に、優しさなどあるものか。

 人を襲いこそしなかったが、女は目の敵にする様になった。
 女の目が、匂いが、髪が、体が、何もかもが疎ましい。

 すぐに泣く、すぐに喚く、我が儘ばかりで人の話しなど聞きやしない。
 人を振り回すばかりで、中身は何もない。


 同時に嫌うのは、子供。

 女を嫌うと変わらぬ理由で、ただただひたすら疎ましい。


 心なぞ、もう誰にも開くものか。


165 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:05:35.97 ID:8V6YVa0PO

 だから、その辺に座って居たら、一人の男に拾われた時も。

 妖怪と人間が共存する町に住む様になった時も。

 その男と、男の妻の、血の繋がらない息子を見た時も。

 自分を拾った奇妙な夫婦が、自分を息子の様に可愛がろうとした時も。

 体の不自由な妻と多忙な男の代わりに、その息子を育てる事になった時も。

 自分になつこうとする息子を蹴飛ばした時も。

 その息子の友人らしき小娘に、睨まれた時も。



 いつも、いつでも。

 心なぞ、開くものかと、奥歯を噛み締めていた。



 なのに。


167 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:07:37.09 ID:8V6YVa0PO

 苛立ちと憎しみと嫉みで、息子を蹴飛ばした。
 何度も殴り、怒鳴り付けた。

 なのに息子は、怯えながらも自分になつこうとする。

 そのふやふやとした笑顔が。
 しまいこんだ、あの笑顔に重なるから。

 手触りの良さそうな髪が、白い肌が、頼りない手足が、いつかの記憶と重なるから。


 余計に増す嫉み、苛立ち。
 何度も何度も何度も、虐げて虐げて虐げて。

 それでも、笑うから。
 あのがきが、家族だと笑うから。


 どうしようもなく、惨めになるんだ。

 満たされた、恵まれた境遇に苛立ちが募るのに。
 あの少女のように、邪気もなく笑うから。

 惨めで惨めでしょうがなくて、拳を振り上げるしかなくて。


169 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:10:18.53 ID:8V6YVa0PO

 何かを抱き締める腕は、あの時に千切られた。
 何かを愛する心だって、あの時に壊れてしまった。

 目の前の小さな生き物に優しく接する事なんて、接し方なんて、解らないんだ。


 いつだって、ほんとは、泣きたかった。

 悲しい寂しい悔しい妬ましい苦しい。
 頭の中は、まだ子供とそう変わらなかったから。

 なのに鬼になってしまって。
 子供である事も、大人になる事も出来ず。


 この手は拳を握るだけ。
 この腕は物を投げるだけ。
 この足は体を蹴飛ばすだけ。
 この口は泣く子供を罵るだけ。

 満たされないし救われない。


172 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:13:31.42 ID:8V6YVa0PO


 でも、子供は自分の袖を引く。
 泣きながら謝って、悲しそうに袖を引く。

 何も云わずに袖を引く。
 助けを求めるのは、子供ではなく俺だと云う様に袖を引く。

 その眼差しは泣きじゃくる家族を見る目。

 俺の心は壊れて行く。



 小さく、どくお、と呼んだ。

 俺は返事は出来なくて。

 小さな体をはね飛ばす。

 どうすれば良いか解らないから。

 うるさい黙れと怒鳴り付けて。


 静かに泣きじゃくって謝罪を繰り返す姿は、幼い頃の俺にそっくりだった。


176 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:16:25.30 ID:8V6YVa0PO

 ある日、子供の両親が訪れた。

 父親は息子を抱き締め、別室に行く。

 体の不自由なかたわの母が、俺を殴り付けた。

 そして怒鳴り付けてから、静かに、静かに、俺の心の根っこを絞め潰す様に、俺を叱る。



 殴られれば痛かろう。

 怒鳴られれば恐ろしかろう。
 罵倒されるのは苦しかろう。

 お前はそれを知っている筈だ。

 餓えるのは悲しかろう。
 抱き締められぬは寂しかろう。

 それを知って、何故、それをする。


178 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:19:40.33 ID:8V6YVa0PO

 抱き締める腕が無いなら、この腕を千切ってくれてやる。
 優しい言葉をつむぐ唇が無いのなら、この唇もくれてやる。

 愛しさ抱く心が無ければ、全て私がくれてやる。

 抱き締められたいと何故云わない。
 愛されたいと何故云わない。

 優しくされたいと、満たされたいと何故云わない。


 私達はもう、お前の親だ。

 欲しければくれてやる。
 愛されたいなら愛してやる。
 満たされたいなら満たしてやる。

 云わなければ、口にしなければ、親にも誰にも伝わらぬ。


 どうしてお前は、そうも私達を嫌うのだ。

 かたわの親は、それほど迄に嫌なのか。


181 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:22:29.84 ID:8V6YVa0PO


 気が付けば俺は泣いていて、かたわの母にしがみついていて。

 満たされたかった、愛されたかった、幸せがずっと欲しかった。
 ずっとずっとずっと、一人になったあの頃から、死ぬ前からずっとずっと。

 幸せが欲しかったよ、愛される幸せで満たされたかったよ。
 誰も誰も、叱ってなんてくれなかったから、解らなかったから。

 愛し方も愛され方も知らなかったから。



 ああ、餓鬼は。

 腹が減るからだけじゃない。
 喉が渇くからだけじゃない。


 愛が欲しくて、愛されたくて。



 愛に餓えるから、餓鬼になる。


185 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:26:05.97 ID:8V6YVa0PO


 泣いて、泣いて、泣き叫んで。
 がきの様に、愛してほしいと泣き叫んで。


 求めれば、与えてくれる。
 愛されたいと云えば、愛してくれる。

 親は、慈しんで、いとおしんで、俺の頭を撫でたから。
 しがみつく俺の頭を、一本の腕で撫でたから。



   わっちのこと、きらい?


 問う母に、俺は頭を横に振った。

 すると母は、嬉しそうに笑って、俺を抱き締めてくれた。

 その腕は、悲しいほどにあたたかかった。


187 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:29:07.67 ID:8V6YVa0PO

 母は、かたわの己を嫌われる事が恐ろしくて、俺に聞けなかったと云う。

 してほしい事はないか、要るものはないか、一人でも大丈夫か、寂しくはないか。
 悲しくはないか、あの子は我が儘を云わないか、苦しくはないか、大丈夫か。

 ずっと云いたかった事がやっと云えたと、母は笑う。

 俺も笑って、初めて、その人を母と呼んだ。



 翌日からは、子供にも、ぎこちなくも優しく接する事が出来た。
 恐る恐る頭を撫でてやると、ぱっと花が咲いた様に笑った。

 それが妙に心地よくて、頭を撫でる事、手を繋ぐ事、背負ってやる事、一つずつ覚えた。

 そのたびに、子供は嬉しそうに、俺の名を呼んで笑う。

 純粋に、弟が、家族が出来た喜びに、俺は、幸せを感じた。



 やっと、やっと、俺は、満たされたから。

 幸せになってしまったから。

 彼女の事に、ほんとうに、蓋をしてしまったんだ。


189 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:32:36.66 ID:8V6YVa0PO



 俺が、幸せになる。

 満たされる。

 家族を持って、幸せに。



 それが裏切りだとは、気付かなかった。
 心の底では気付いていたのかも知れないけれど。

 俺は、目の前の幸せに溺れて。

 過去を捨てる様に蓋をしてしまったから。


 彼女が、同じように餓鬼になる事なんて、想像すらしていなかった。


 それに気付いた時には、もう、遅かったんだ。


192 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:35:08.62 ID:8V6YVa0PO



( ^ω^)「どくお……」

( A )「……ははっ、馬鹿だよなァ俺、くうの事、忘れて……」

( ^ω^)「…………しようの、ない事、だお」

( A )「……うん」

( ^ω^)「どくおが幸せになる事が……悪い事なわけ、ないんだお」

( A )「…………あり、がとう……坊っちゃん」

( ^ω^)「泣くなお、まだ、泣くなお」

( A )「……うん、うん」

从 ゚∀从「なるほど、ね…………よく解った」

( A )「…………くう……救われる、かな」

从 ゚∀从「……救ってみせるのは、君だ、どくお」


197 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:39:52.99 ID:8V6YVa0PO

从 ゚∀从「聞けば、それは全て、擦れ違い」

( ^ω^)「だお……伝わらなかった、擦れ違いだお……」

从 ゚∀从「…………彼女を戻せるかは解らない、けれど、戻してみせよう」

( ^ω^)「……くうは、悪い子じゃ、ないんだおね」

从 ゚∀从「ただの子供だったのさ…………今も、なお……子供なのだよ」

( ^ω^)「…………彼女の憎しみと狂気を、取り除いてやらなきゃあ……あまりにも、可哀想だお」

从 ゚∀从「ああ…………しかし」

( ^ω^)「お?」

从 ゚∀从「いや……ふふっ、よく育ったものだ」

( ^ω^)?


      (よもやあの時の子が、餓鬼になっていたとはね)


200 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:42:40.33 ID:8V6YVa0PO

('A`)「…………よし、じゃあ、迎え撃つ準備しねェとな」

( ^ω^)「お、もう大丈夫かお?」

('A`)「おう、めそめそしてても、どうしようもねェしな
      ……俺がさ、絶対、くうを幸せにしてやるさ」

( ^ω^)「……お! よし、行くお!」

('A`)「おう!」

ξ゚听)ξ「あ、内藤さん、どくおさん」

( ^ω^)「お、つん」

ξ゚听)ξ「阿部さんに協力を仰いだら、了承して貰えました」

( ^ω^)「おー! 良かったお、心強いお!」

ξ゚听)ξ「その代わり、可愛い男の子は居ないかと聞かれました」

( ^ω^)「盛岡屋の陰間でも紹介しとくと良いお」

ξ゚听)ξ「いえ、意味がよく解らなかったので内藤さんと云っておきましたが」

(;゚ω゚)


202 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:45:41.40 ID:8V6YVa0PO

ξ゚听)ξ「……どくおさんの、昔話をしてたんですか?」

( ^ω^)「だお」

ξ゚听)ξ「……懐かしいですね、石にしかけちゃったり」

( ^ω^)「おっおっ、そんな事もあったおー」

ξ゚听)ξ「…………」

( ^ω^)「お?」

ξ゚听)ξ「いえ……まだ、時間に少し余裕がありますね」

( ^ω^)「だおね、今日は来ないだろうし僕らの持ち場はすぐそこだし」

ξ゚听)ξ「じゃあ……内藤さんのお話、聞かせて貰えますか?」

( ^ω^)「お? 僕の、かお?」

ξ゚听)ξ「はい、内藤さんの」

( ^ω^)「おー…………解ったお、じゃあ座るお」

ξ゚听)ξ「はい」


203 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:48:45.77 ID:8V6YVa0PO


 愛に餓えるは餓えの鬼。

 幼くしては散り逝く命に、愛の水を注いでやろう。
 そうすれば、渇いた魂も満たされる。

 ならば、この血を愛とし注いであげよう。

 かたわの母はにっこり微笑む。


 餓えるなら、満ちるまで全てを与えるよ。
 だから口にし、求めておくれ。

 みんなみんな与えてあげる。
 みんなみんな、愛しい我が子。

 彼女の母の称号は、相応しいと鬼は笑う。
 だから、俺も負けずに幸で満たしてみせよう。


 愛しい愛しい、あのお嬢様を。



 『八話後編 おわり。』


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