- 3 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 20:57:28.31 ID:wM3Up33eO
-
聞かせておくれよ君の過去。
餓鬼と成り果てた君の過去。
親無し子が餓えに苦しみ死に絶えた。
その道を辿って口にして。
君の愛しい彼女の事も。
( ^ω^)百鬼夜行のようです。
【第八話 百聞一見 餓鬼姫の御姿。 後】
どうして君は餓鬼になる。
どうして彼女は神になる。
それは抱いた物の差。
- 4 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:00:07.59 ID:wM3Up33eO
-
それはある小さな町。
ごくごく普通の人の町。
そこで一番大きなお屋敷に住まう、一人娘。
そこで一番小さなお家に住まう、一人ぽっちの男児。
娘の名は、くう。
黒髪艶やかな愛らしい事この上ない娘であった。
気は強く傲慢で、我が儘盛りのお嬢様。
しかし幼馴染みである男児とは、とてもとても仲が良かった。
男児の名は、どくお。
痩せっぽっちでぱさぱさの黒髪、覇気のない顔だが心は優しい。
気は弱く、親無し子で家は小さなあばら家ぼろ家。
けれど心は貧しくはなく、幼馴染みである娘といつも楽しそうに笑っていた。
二人はきょうだいの様に仲が良く、端から見ても幸せそうなこどもたち。
- 6 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:03:47.70 ID:wM3Up33eO
-
わるがきお嬢様と、日々を必死に生きる男児。
お嬢様は男児と出会い、何を気に入ったのか、よくつれ回して遊ぶ様になる。
出会いは特別なものでも何でもない、ただ道で会っただけ。
それでも正反対の境遇に、歳の近い二人。
互いが何となく気になる存在で、特に理由もなく話す様になり。
おいどくお、寺の卒塔婆を抜くぞ!
や、止めとこうよ、くう……怒られる。
怒られるから何だ、楽しそうだろう。
楽しいかなぁ……それ。
うるさいな、口答えするな!
わ、わかったよ……怒られても知らないよ。
このくうがそんな事を怖れるものか!
- 7 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:06:14.10 ID:wM3Up33eO
-
よっ、あ、抜けそうだ。
や、やっぱ止めとこうよ……。
今さらおじけづくのか、情けないなおまえは。
だって、これいみもないし……。
だからなんだ! いいから手伝え!
あ、く、くう! 住職さん!
うわっ、逃げるぞどくお!
ま、待ってよくう!
ええいひっぱるな! さらばだどくお!
くう待って! あ、ちょ、あっー!
おまえのことは忘れないぞー!
くうのはくじょーものー!!
どくおがとろいのが悪いんだー!
- 10 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:09:25.62 ID:wM3Up33eO
-
あ、どくお。
くう! ひどいよ逃げるなんて!
しょうがないだろ、おまえをおとりにしなきゃ。
怒られるのこわくないんだろっ!? じゃあ何で逃げたんだよ!
こわくはないが、嫌だ。
……くうはいいせーかくしてる。
そうほめるな。
ほめてない……。
じゃあほめろ。
……。
どうした、ほらかわいいとか云えよ。
……くうはかわいいですよー……。
心がこもっとらん。
- 13 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:12:13.31 ID:wM3Up33eO
- ──────────
おい、どくお。
うん?
おまえ、親はいないのか。
うん、病気で死んだよ。
そうか。
どうしたの、くう?
なんでもない。
?
どくお。
うん、?
親のいない生活は、どんなだ。
? さみしいよ。
……そうか。
- 14 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:15:35.52 ID:wM3Up33eO
-
どうしたのさ、くう。
なんでもない。
うそだ。
父上が。
お父さん?
亡くなった。
ぇ……。
母上も、床にふせた。
……。
くうは、どうすればいい。
……わからない。
何もできないぞ、子供は。
…………うん。
こんなに悔しくてかなしいのは、うまれて初めてだ。
- 18 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:18:38.85 ID:wM3Up33eO
-
病気はこわいな、どくお。
うん。
前の月まで元気だった人が、死ぬぞ。
うん。
ほんとなら、槍でももって戦いたかった。
うん。
でも、病気は父上のからだの中にいたんだ。
うん。
どんなにくうががんばっても、なんの効果もないんだな。
……うん。
父上、あっさり死んだ。
うん。
今日は、やけに夕焼けがぼやけて見えるな。
うん。
- 21 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:21:54.75 ID:wM3Up33eO
-
くうは、お嬢様だ。
うん。
みんなからな、くう様って呼ばれてるんだぞ。
しってるよ。
くうはな、父上と母上の娘であることを、ほこりに思ってる。
うん。
でも、父上が死んだら、このほこりはどうなるんだろう。
ほこりは、そのままなんじゃない?
母上も死んだら、このほこりは、くうのためにしか存在しなくなる。
……うん。
…………くうは、父上と母上に、たくさん、あまえたい。
うん……。
- 23 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:25:05.89 ID:wM3Up33eO
-
…………どくお。
うん?
さみしい。
……。
さみしい、よ…………父上がいないの……いみ、わからん……。
くう……。
このまま母上もいなくなったら……くうは、どうすればいい……。
くう、
っ……ぅ、うぇ…………うえぇぇぇぇぇ……っ!
泣かないで、くう。
父上のばか……母上とくう……おいて……っいみ、わからん……っ!
くう……泣かないでよ。
ふ、ぅ、うぇぇ……うわぁああああああああああんっ! うああああああああああんっ!!
- 25 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:28:44.84 ID:wM3Up33eO
-
くう、くう……まだ、お母さんがいるんでしょ?
なら、お母さんが元気になるように、がんばろう?
くうががんばってもいみなんてないっ! くうには何もできんっ!
お父さんは病気だったからだよ、お母さんはきっと、寂しいから寝込んだんだ。
……でも…………くうには、どうしようもない……。
くうがいないと、お母さんはもっと、悪くなる。だから、お母さんにたくさん、あまえて。
…………それで、なおる?
なおるさ、きっと。
……うん。
今日は、もう帰りな?
……ん。
また明日ね、くう。
ああ、……また明日、どくお。
- 29 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:32:00.06 ID:wM3Up33eO
- ──────────
おーい、どくお!
あ、くう。
なんだ、仕事中か?
うん、どぶさらいもお金になるから。
くさいな。
ご、ごめん。
まあ良い、母上が元気になったぞ!
ほんとっ!?
ああ、くっついて寝たら元気になった!
ああ、よかった……。
- 31 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:34:06.27 ID:wM3Up33eO
-
……。
ん?
悪いな、どくお。
なにが?
おまえも親を亡くしてるのに、かってにわめいて。
ううん、親が死ぬさみしさは、わかってるから。
……おまえはやさしいな。
ありがとう。
ばかめ。
なんだよ、それ。
ほめてるんだ、ばか。
へんなの。
- 34 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:37:38.47 ID:wM3Up33eO
-
さいきんさ。
ん?
さいきん、雨がふらないね。
ああ、そういえばそうだな。
そろそろ春もおわるのに、大丈夫かな。
梅雨がこないと、夏が大変だな。
うん……食べるものもなくなる。
……雨ふれー。
雨ふれー。
ふれー。
ふれー!
ふれふれー!
ふれふれー!
- 36 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:40:18.25 ID:wM3Up33eO
-
……ばかみたいだな。
でも、雨ごいはだいじだよ。
それもそうか。
あーめあーめふーれふーれ。
しとしとぴっちゃん!
しとぴっちゃん。
……それが終わったら水浴びするか!
まだ寒くない?
かんちゅーすいえーだ!
かんちゅーと云うほどは寒くないような……。
おまえは細かいことばかりうるさいぞ!
- 40 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:43:26.87 ID:wM3Up33eO
- ──────────
どーくおっ。
くう、どうしたの?
暇か?
ううん。
そうか。
なに?
なんでも、
なに?
……。
どうしたの、くう。
あは、
……くう?
あはは、は、あはっ。
く、う?
- 44 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:46:34.76 ID:wM3Up33eO
-
母上が、死んだぞ。
…………ぇ?
はっ、あは、なにが元気になっただ、母上は隠してただけだ。
う、そ?
ははっあはっ、あはははっ……くうは一人だぞー! あははははははっ!
く……う。
父上も母上もいない! これでくうも親無し子だ!
くう、ねぇ、くう。
あはははっ! あははははははははっ! 仲間だぞどくお、くうもおまえの仲間だ!!
く、う……。
あははははははっ! わははははははははっ!!
…………くう。
あはっ、ははははっ! ははははははっ、あ、ぁは、あ、ぅっ……ぁっ…………っ。
- 48 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:49:40.46 ID:wM3Up33eO
-
くう、これから……どうなるの?
家は、しっちゃかめっちゃかだ。跡継ぎが、くうしかいないからな。
……よそに、引き取られちゃうの?
この天気。
?
雨が、こないだろ。
うん。
この町も、この日照りのせいで大変だ。
うん。
よそは、もっとひどいらしい。
……じゃあ、
くうを引き取る余裕は、ない。
- 50 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:52:23.02 ID:wM3Up33eO
-
じゃあ、どう、なるの?
親類の家は、みーんなだめだ。どこもかしこもてんてこまい。
……。
だから、遠縁の、へんぴな村にいく。
……いなくなるんだ、くう。
…………親無し子で、箱入り娘だ……みんな嫌がる。
くう……。
どくお。
ん、?
いっしょに、くるか?
は?
一人は、嫌だ。
で、でも……。
どくおと、いっしょがいい。
- 53 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:55:11.56 ID:wM3Up33eO
-
でも、迷惑になる。
知るものか、そんなの。
よくない。
……よくない、のか。
ほんとは、くうだけでも大変だ。なのに、いっしょには、いけない。
…………そっか。
ごめん、くう。
……おまえは、なんのかんけーもない人に、迷惑かけるから嫌なんだな。
う、うん。
残念だったな、ばかめ。
はい?
くうとどくおは、遠い親戚だ。
…………はい?
- 55 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 21:58:19.61 ID:wM3Up33eO
-
残念だったな、ばかめ! くうたちは他人じゃないのさ!
い、いやいやいや、なにそのノリ。
わはははは! さあ共に行くぞばかめ! 騙されやがったな!
ま、待って! いや待って! おかしい!
なにが?
なにもかもが! おかしい!
んなこたーない、準備しろ。
だ、だが断る!
くうに楯突くか? あ?
ご、ごめんなさい。
ほらとっとと準備しろ、いっしょにいくぞ。
…………いっしょに、か。
いっしょにだ。
- 58 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:01:25.86 ID:wM3Up33eO
-
……わかった。
やっと素直になったか。
くうは素直すぎる、くーるじゃないのに。
いちもつへし折るぞ。
ごめんなさい。
……いいか、どくお。
ん?
生きるぞ。
……。
いっしょに、生きるぞ。
……うん。
いっしょにだ、いっしょに、幸せになろう。
うん。
- 61 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:04:10.82 ID:wM3Up33eO
-
いっしょに、こんなくそったれな中から逃げ出すぞ。
うん。
いっしょに、ぜったい生きるんだぞ。
うん。
ぜったいだぞ! ぜったい死ぬなよ!
うん。
ずっと、ずっといっしょだからな! ばかやろう!
うん!
今日の夕焼けも、やけにぼやけるなぁ!
うん!
くうたちはずっといっしょだああああっ!!
うん!!
- 63 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:07:19.65 ID:wM3Up33eO
- ──────────
何もないところだなー、どくお。
だね。
ここで、こーんなへんぴなところで生きるんだな。
だね。
……ま、なんとかなるか。
だね。
おまえ、ちゃんと喋れよ。
こんな状況だけどさ。
ん?
なんか、嬉しい。
は?
家族、できたし。
……あー。
- 64 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:10:11.64 ID:wM3Up33eO
-
うすーい繋がりだけどさ。
まあ、くうもおまえの家族、だからな。
うん。
ここの人も、家族か。
うん。
……やること、あるかな。
いっしょに、なにか仕事しようか。
……うん、なにすればいいんだ?
きいてみよ。
おまえ、てきおーのーりょくたかいな。
一人がながかったからね。
…………。
くうも、なれよう、この生活。
うん。
- 65 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:13:11.73 ID:wM3Up33eO
- ──────────
畑。
畑だね。
なに、育ててるんだ?
野菜。
……こうやって、なるのか……。
…………。
……ばかにしただろ。
うん。
このやろう。
くう、ほらこれ。
ん?
みみず。
- 66 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:16:07.12 ID:wM3Up33eO
-
みみずか、これいると土が元気なんだったか。
なんだ……平気なのか……。
つまんなそうにするな、食わせるぞ。
えいよーあるかな、これ……。
食うことに前向きだなおい。
これからどうなるか、わからないからね。
あー……まあ、タガメとかは食えるらしい。
虫は美味しいよ。
食うのかよ。
美味しいと思えばいける。
前向きだなおい。
- 67 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:19:38.39 ID:wM3Up33eO
- ──────────
どくお。
んー。
ご飯、せつないな。
しょうがないよ。
まあそれはそうだけど、でもなあ。
ほら、これ。
ん? なんだこれ。
いなご。
……。
美味しいよ、醤油ぬって焼いたの。
…………抵抗のあるびじゅあるだ。
- 69 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:22:08.99 ID:wM3Up33eO
-
食えるのかこれ。
美味しいよ。
ほんと前向きだな。
美味しいよ。
……。
美味しいよ。
わかったよ食うよ……。
うん。
……まずくはない。
うん。
…………も一個。
はい。
- 72 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:25:15.06 ID:wM3Up33eO
- ──────────
くう。
なんだ。
怒られてたでしょ。
しらん。
なに、したの?
……。
だめだよ、迷惑かけちゃ。
くうは、……お嬢様だ。
うん。
いきなり、この生活になれるかよ……。
……うん。
もうちょっとくらい、ご飯、ほしいさ。
うん……。
- 74 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:28:16.93 ID:wM3Up33eO
-
叩かれた?
頬っぺた、叩かれた。
……冷やさなきゃ。
……。
くう。
ん……。
日照りがなくなったら、きっと、他のとこに引き取られる。
……。
それまで、我慢だよ。
……うん。
……。
……。
- 76 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:31:22.92 ID:wM3Up33eO
- ──────────
くう……。
…………。
また、叩かれたの……?
…………。
……。
くうは、悪くない。
くう……。
くうのご飯も、どくおのご飯も、少なすぎる。
でも、それは……。
…………日に日に、扱いが悪くなる。
くうが、反抗的だからだよ。
……。
- 79 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:34:39.87 ID:wM3Up33eO
-
だって、箸も立たないかゆだぞ?
……。
それも、椀に半分もない。
……うん。
そんなもので、腹が満たされるか?
…………ううん。
……腹が減ったと云うだけで、殴られる……。
……。
こころが、すりへる……。
……いなご、いなくなったね。
畑も……枯れたからな。
…………どう、なるのかな……。
- 83 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:37:50.28 ID:wM3Up33eO
- ──────────
くそっ、くそっ! あのばばあ!
……くう。
なんでおまえは、なにも云わなかった!? どくお!
……お世話に、なってるから。
おまえが殴られたんだぞ!? おまえがなにをした!?
…………。
……っくそったれが!!
くう……。
……なんだ、痛むのか?
ううん…………お腹、すいたね。
…………うん。
- 86 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:40:27.29 ID:wM3Up33eO
-
朝と昼は、なにもなし……夜にはほんの少しの飯。
喉も、かわいた。
……井戸の水、減ったらしい。
…………。
……なにか、ないかな。
村の外は、どうなのかな……。
…………いってみたいな、外。
……外には、妖怪がいるってさ。
妖怪……か、ほんとにいるのかな。
あの町にもこの村にも、妖怪はいないからね……。
普通はいないだろ……。
- 88 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:43:17.30 ID:wM3Up33eO
-
…………どくお。
ん。
外に、いこう。
ぇ……で、でも、妖怪……。
そんなの、嘘に決まってる。
な、なんで嘘なんか……。
くうたちを苛めたいんだよ、だから外にださないんだ。
…………。
外に、出よう…………いっしょに、外へ逃げよう。
くう……。
今はまだたえられる……でも。
……うん。
- 92 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:46:50.61 ID:wM3Up33eO
- ──────────
どくお、今日は何回殴られた?
三回。
くうの勝ちだな、七回だ。
……くうは、ほんとに反抗的だね。
くうがこの生活に満たされると思うか?
……ううん。
…………くそったれだ。
……うん。
今日は。
ん?
今日は、誰か死んだか?
……お年寄りが、一人。
- 95 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:49:10.38 ID:wM3Up33eO
-
…………少しずつ、死ぬな。
食べ物、ないからね。
食べるものがないと、病気になる。
病気になったら、食べ物がいる。
食べ物がないから、病気は治らない。
弱いものから。
死んでゆく。
…………井戸が、枯れたって。
……そうか。
畑も、みんな、枯れた。
……食べ物も、もうほとんどない。
- 98 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:52:08.42 ID:wM3Up33eO
-
あの町も、同じように大変らしいよ。
どこも同じだな……みんな死ぬのか。
…………くうがいて、よかった。
……どくおがいるから、くうも助かる。
一人だと、きっと、もうたえられなかった。
ああ……一人だったら、きっともう。
……くう、痩せたね。
どくおも、な……。
…………最近さ。
うん。
立ち上がるのが……つらい。
…………うん。
- 100 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:55:13.46 ID:wM3Up33eO
-
からだが……動かないんだ……。
足が、立たない……。
頭が、身体中が、重いよ。
……目もかすむ……どくおがいなかったら、喋ることも、きっとつらい。
…………くるしい、ね……。
…………。
…………。
逃げよう……どくお……いっしょに……。
外……出たら、幸せに……なれる……?
なれる…………なれるさ、ぜったい。
……外は、食べ物……あるよね。
あるさ……ぜったい。
- 103 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 22:58:17.18 ID:wM3Up33eO
-
もう、啜る泥水すらも存在しない。
食むべき草も、虫も、何もいない。
気丈に振る舞うくうの髪は、艶やかで美しかった頃の面影もない。
ぱさぱさの髪、汚れた肌、窶れた頬、疲労と絶望の滲む顔、痩せこけた手足。
どれもこれも、哀しいほどにみすぼらしく、お嬢様だった頃の姿なんて想像も出来ない。
もともと痩せっぽっちだったどくおですら、あの頃とは比べ物にならない程、痩せた。
二人とも、顔や体に、殴られた痕が生々しく残るばかり。
大人達の余裕も、もはやすっくり無くなった。
始めこそは可愛がっていた、血の繋がらない二人の子供。
けれど、心が窶れた今となっては、どうしようも、ない。
明日食う分も、今日食う分も無い。
小さな村は着々と、絶望が蔓延する様に滅びて行く。
備蓄は無い、水も無い。
食うもの、飲むもの、生きる糧が存在しない。
この状況で磨り減らない心が、あるのだろうか。
- 108 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:01:17.51 ID:wM3Up33eO
-
お嬢様としての利己と誇りを捨てられないくうに、義理の親はつらくあたる。
そんな我が儘を云っていて、生きていけると思うのか。
郷に入っては郷に従え、それを教えるために、不器用な拳を振るう。
けれど幼い、背伸びをするばかりで根は幼いくうに、そんな事が理解は出来ず。
理解出来ないくうに苛立ち、どくおも同じ様に殴られた。
くうと違い従順などくおには、削り残った良心が痛むのか、殴る回数は少ない。
しかしその拳が、くうの反抗心を刺激する。
くうのどくおを殴るなと、掴み掛かる事も少なくはない。
その度に、二人の傷は増え、心は減って行く。
長く続く日照り。
もう、いくつの月が過ぎただろう。
始めはあった村の活気も、今やどこにもありはしない。
村が壊れて行く。
人が、壊れて行く。
- 110 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:04:34.68 ID:wM3Up33eO
-
ろくに食えず、飲めもしない。
生きる事すら億劫で、けれど死ぬのは受け入れたくない。
幼い二人は着々と、死に向かう。
二人で話している時は、空腹も喉の渇きも少なく感じる。
けれど夜の寝る時は、目眩がする程の餓えと渇きに苦しんだ。
空腹で手が震える。
立ち上がる事も、眠る事も、動く事も、苦しい。
喉の渇きで頭が痛む。
足がふらつく、頭がふらつく、何度も転び、起き上がりたくもない。
かわいた唇に触れるのは、殴られた時の血の味と、砂の味。
泣く事すら、億劫で。
もう、何も、したくはない。
けれど、心を満たすために、二人でぼんやり、言葉を交わしていた。
- 112 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:07:37.30 ID:wM3Up33eO
-
ある日、くうが血を吐いた。
苦しそうに、小屋の中に転がって呻いている。
大人達は、もう駄目だと諦めた顔をする。
そんな中でも、どくおはくうの手を握っていた。
くう、くう。
どく、お。
いっしょに、逃げるんだよね。
う、ん。
いっしょに、幸せになるんだよね。
うん、うん。
いっしょに、いっしょに、生きるんだよね。
う……ん。
- 115 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:10:37.60 ID:wM3Up33eO
-
衰弱しきったからだ。
栄養不足から、病に蝕まれる小さなからだ。
飲まず食わず、生きてきた。
生きすぎた。
心が、保たれても、体はもう、壊れる寸前だった。
餓えに慣れているどくおよりも、くうが壊れる方が早いのは、必然だった。
なにか、食べさせなきゃ。
なにか、なにか。
でも村にはなにもない。
でもなにか食べさせなきゃ。
村には、なにもない。
じゃあ、外には?
外には、食べ物は、ある?
- 119 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:13:32.89 ID:wM3Up33eO
-
皆が眠る、夜も更ける。
くうは死んだ様に、か細い寝息を立てている。
今なら、行ける。
ぼくなら、行ける。
立てる、歩ける、走れる、行ける、生ける。
どくおは村を飛び出して、口にする物を探した。
何度も転んでも何度も立ち上がって、荒野と云うに相応しい外を走った。
夏だと云うのに寒くて寒くてしようがない。
流れる汗すら冷たくて、蹲ってしまいたかった。
けど、でも、だけど。
くうが、死んでしまうから。
- 121 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:16:11.90 ID:wM3Up33eO
-
親が死んだ。
病気で、二人ともあっさりと死んだ。
一人で生きるのはつらかった。
みんなは優しいけれど、生きるのはつらかった。
寂しくて寂しくてしょうがなかったよ。
毎晩毎晩泣いていた。
でも、くうが居た。
くうが居たから、寂しいは減った。
ぼくの心を救ってくれたのは君だった。
君はぼくを引っ張り回して遊んで、笑って。
君の笑顔はきれいだった。
君の黒髪は、たまらなくきれいだった。
ぼくは、君が、好きだよ。
- 122 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:19:19.42 ID:wM3Up33eO
-
だから今度はぼくが君を救うんだよ。
今までずっと、君のわがまま越しに、助けられたから。
ずっと、ずっと、いっしょにいてくれたから。
いっしょだって、云ってくれたから。
だから。
涙が止まらなかったけど、ひたすら食べ物を探した。
草でも虫でも何でもいい。
ただ、くうを満たすものが欲しくて。
これが運命だって云うなら、体当たりでもして変えてやる。
小さな小さな薬草の花を見つけたどくおの顔に、笑顔が溢れた。
- 126 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:22:48.34 ID:wM3Up33eO
- 枯れた木の根本に生える小さな花に手を伸ばす。
これは、薬の花だと知っていた。
だからこれを、せめてこれを持って帰ろう。
幸せな未来、くうが元気になって、照れ臭そうにありがとうと笑う未来。
そんなものを思い浮かべて、溢れんばかりの笑顔で花を掴んだ。
その体が、宙に舞った。
身体中が裂ける様な痛みに、地面に転がったどくおは呻く。
痛みに滲む視界には、頭上には、腹を空かせた妖怪が、どくおを見下ろしていて。
左腕が、引き裂かれた。
牙が、肩に食い込んだ。
叫ぶ余裕もなく、左の肩から先が無くなった。
背中に爪が突き刺さった。
背中の薄い肉が、引き剥がされた。
血を吐いても、花だけは離さなかった。
- 129 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:25:40.76 ID:wM3Up33eO
- 左腕が無くなった。
背中も、中身が剥き出し状態で。
右足を踏み折られた。
膝から下が千切れた。
左足を掴まれた。
根本から、へし折られた。
残った右腕で、必死に地面を引っ掻いて、逃げようと進んだ。
引き摺り戻され、腹を裂かれた。
臓物が、減って行くのが解った。
もう、涙すら、出やしない。
誰かの声がした。
女の声だった。
女はどくおに聞いた。
「君のお家は、何処だい?」
- 132 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:28:27.96 ID:wM3Up33eO
-
どくおが、からだのほとんどを失っている頃。
村では、どくおが居ないと騒ぎになっていた。
それに気付いたくうが起き出して、どくおの行方を聞く。
すると、どくおは村から逃げた、と。
ああ。
くうを、おいて。
どくおは、にげて、しまったのか。
いっしょにと、やくそく、したのに。
沸き起こる憎しみだけが、小さな体を満たす。
- 135 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:31:51.73 ID:wM3Up33eO
-
どうしようもない擦れ違いだとは、誰も気付かない。
それも、しようのない事。
どくおは、くうの為にと村を出た。
戻ってくるつもりだった。
しかしそれを知らないくうにしてみれば、どくおは一人で逃げたと思う。
小さく大きな約束を踏みにじり、一人だけ助かろうと逃げ出した、と。
くうのために。
心も体も壊れる寸前のくうに、そんな可能性を思う余裕など、ありはしない。
だから、ずたぼろの状態で誰かに届けられたどくおに、
今にも消えそうな命のどくおに。
優しい笑顔を向ける事など、出来る訳がなく。
- 137 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:34:20.14 ID:wM3Up33eO
-
誰かに抱えられて、揺らされて、どくおは血を吐く。
女が「帰りたいか」と問うたから、どくおは「帰りたい」と答えた。
すると女は、どくおを優しく抱き抱えて走った。
しゃんしゃんと、走る動きに合わせて、女の持つ鉾の鈴が鳴いていた。
そして、女はどくおを村の入り口まで運ぶと、
優しく頭を撫でてやり、すまないと呟いて消えて行った。
村の大人達がそれに気付いたのは、その直後。
本当に、もうどうしようもない状態で。
生きている事が不思議なくらいの、悲惨な状態。
右手を残して手足は全て引きちぎられ、腹も背中も引き裂かれ。
臓物は引きずり出されて、顔にも、残った右手にも、傷が。
大人達は涙を流して、どくおの頭を撫でていた。
このままではいずれ死ぬると解っていても、こんな姿を見せられて、胸が痛まぬ訳がない。
- 140 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:37:24.38 ID:wM3Up33eO
-
今まですまなかったと義理の親も泣きながら、どくおの血まみれの頬を撫でる。
どくおは少しだけ、幸せを感じた。
けれど、涙に濡れる大人達に、泣かないでくれと悲しみを抱いた。
そして、そして、
冷たい眼差しで自分を見下ろす、くうの双眸に、ほとんど無い胸が、痛んで。
くうの口が、何かをつむぐ。
それは耳には届かない。
けれど暗い視界の中、はっきり見つめたその動き。
う ら ぎ り も の 。
- 143 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:40:08.57 ID:wM3Up33eO
- ちょっとうんこ限界だから10分くらい放出して来ます。
申し訳ないです。
お詫びにこれ置いときますね。
ttp://imepita.jp/20100509/085480
- 154 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:51:47.21 ID:wM3Up33eO
- ただいま戻りました、申し訳ないです。
カレー食ったらケツからカレー出た。
こんどこそ みんなの わっふるで どくおを しあわせにして あげてね!
- 157 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:55:11.84 ID:wM3Up33eO
-
どくおが最後に見た物は、どくおを蔑み、憎しみ、恨み、見下す、怒りに満ちた、歪んだ顔。
何よりもいとおしい筈のくうには、何も伝わらず。
ただ悲しくて、悲しくて。
くうに、恨まれた事が。
伝わらなかった事が。
握っていた花を踏み潰された事が。
何もかも、何もかもが、悲しくて、悲しくて、悲しくて。
どくおは、泣きながら、悲しみながら静かに命を手放した。
餓えと渇きと悲しみに、翻弄されて、眠りに落ちた。
暗い暗い土の中。
村の向こうの無縁塚。
優しく労る様に埋められた小さなからだ。
その中でも、ずっとずっと、悲しくて、寂しくて、苦しくて。
- 159 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/09(日) 23:58:13.78 ID:wM3Up33eO
-
随分と時が過ぎてから、どくおは其処から這い出した。
その姿は、人間のそれではなく。
体は手足を取り戻し、腹も背中もちゃんとある。
その代わりに、無かった物がそこにある。
生え際から二本生える、小さな角。
尖った爪に、犬の様な牙。
どくおは、人捨ての餓鬼に、成り果てていた。
黄泉返ったどくおは、何をするでもなく、無縁塚の上に座る。
腹が減れば、餓鬼の本能に従った。
目覚めた頃にはもう、村はなく。
あの日照りも過ぎ去り、穏やかな日々。
雨も降る、草木もある。
あの時は無かった物が、其処らじゅうにある。
無い物は、くうと、あの頃の心。
- 162 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:01:47.98 ID:8V6YVa0PO
-
くうの事は、考えない様に蓋をした。
思い出すのはつらすぎて、考えたくもない程に胸が痛む。
だから、どくおは餓鬼として生きた。
時の流れと共に、体は大人のそれになる。
それと同時に、心は嫌と言うほど荒み行く。
鬼になったのだ。
鬼に、優しさなどあるものか。
人を襲いこそしなかったが、女は目の敵にする様になった。
女の目が、匂いが、髪が、体が、何もかもが疎ましい。
すぐに泣く、すぐに喚く、我が儘ばかりで人の話しなど聞きやしない。
人を振り回すばかりで、中身は何もない。
同時に嫌うのは、子供。
女を嫌うと変わらぬ理由で、ただただひたすら疎ましい。
心なぞ、もう誰にも開くものか。
- 165 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:05:35.97 ID:8V6YVa0PO
-
だから、その辺に座って居たら、一人の男に拾われた時も。
妖怪と人間が共存する町に住む様になった時も。
その男と、男の妻の、血の繋がらない息子を見た時も。
自分を拾った奇妙な夫婦が、自分を息子の様に可愛がろうとした時も。
体の不自由な妻と多忙な男の代わりに、その息子を育てる事になった時も。
自分になつこうとする息子を蹴飛ばした時も。
その息子の友人らしき小娘に、睨まれた時も。
いつも、いつでも。
心なぞ、開くものかと、奥歯を噛み締めていた。
なのに。
- 167 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:07:37.09 ID:8V6YVa0PO
-
苛立ちと憎しみと嫉みで、息子を蹴飛ばした。
何度も殴り、怒鳴り付けた。
なのに息子は、怯えながらも自分になつこうとする。
そのふやふやとした笑顔が。
しまいこんだ、あの笑顔に重なるから。
手触りの良さそうな髪が、白い肌が、頼りない手足が、いつかの記憶と重なるから。
余計に増す嫉み、苛立ち。
何度も何度も何度も、虐げて虐げて虐げて。
それでも、笑うから。
あのがきが、家族だと笑うから。
どうしようもなく、惨めになるんだ。
満たされた、恵まれた境遇に苛立ちが募るのに。
あの少女のように、邪気もなく笑うから。
惨めで惨めでしょうがなくて、拳を振り上げるしかなくて。
- 169 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:10:18.53 ID:8V6YVa0PO
-
何かを抱き締める腕は、あの時に千切られた。
何かを愛する心だって、あの時に壊れてしまった。
目の前の小さな生き物に優しく接する事なんて、接し方なんて、解らないんだ。
いつだって、ほんとは、泣きたかった。
悲しい寂しい悔しい妬ましい苦しい。
頭の中は、まだ子供とそう変わらなかったから。
なのに鬼になってしまって。
子供である事も、大人になる事も出来ず。
この手は拳を握るだけ。
この腕は物を投げるだけ。
この足は体を蹴飛ばすだけ。
この口は泣く子供を罵るだけ。
満たされないし救われない。
- 172 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:13:31.42 ID:8V6YVa0PO
-
でも、子供は自分の袖を引く。
泣きながら謝って、悲しそうに袖を引く。
何も云わずに袖を引く。
助けを求めるのは、子供ではなく俺だと云う様に袖を引く。
その眼差しは泣きじゃくる家族を見る目。
俺の心は壊れて行く。
小さく、どくお、と呼んだ。
俺は返事は出来なくて。
小さな体をはね飛ばす。
どうすれば良いか解らないから。
うるさい黙れと怒鳴り付けて。
静かに泣きじゃくって謝罪を繰り返す姿は、幼い頃の俺にそっくりだった。
- 176 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:16:25.30 ID:8V6YVa0PO
-
ある日、子供の両親が訪れた。
父親は息子を抱き締め、別室に行く。
体の不自由なかたわの母が、俺を殴り付けた。
そして怒鳴り付けてから、静かに、静かに、俺の心の根っこを絞め潰す様に、俺を叱る。
殴られれば痛かろう。
怒鳴られれば恐ろしかろう。
罵倒されるのは苦しかろう。
お前はそれを知っている筈だ。
餓えるのは悲しかろう。
抱き締められぬは寂しかろう。
それを知って、何故、それをする。
- 178 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:19:40.33 ID:8V6YVa0PO
-
抱き締める腕が無いなら、この腕を千切ってくれてやる。
優しい言葉をつむぐ唇が無いのなら、この唇もくれてやる。
愛しさ抱く心が無ければ、全て私がくれてやる。
抱き締められたいと何故云わない。
愛されたいと何故云わない。
優しくされたいと、満たされたいと何故云わない。
私達はもう、お前の親だ。
欲しければくれてやる。
愛されたいなら愛してやる。
満たされたいなら満たしてやる。
云わなければ、口にしなければ、親にも誰にも伝わらぬ。
どうしてお前は、そうも私達を嫌うのだ。
かたわの親は、それほど迄に嫌なのか。
- 181 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:22:29.84 ID:8V6YVa0PO
-
気が付けば俺は泣いていて、かたわの母にしがみついていて。
満たされたかった、愛されたかった、幸せがずっと欲しかった。
ずっとずっとずっと、一人になったあの頃から、死ぬ前からずっとずっと。
幸せが欲しかったよ、愛される幸せで満たされたかったよ。
誰も誰も、叱ってなんてくれなかったから、解らなかったから。
愛し方も愛され方も知らなかったから。
ああ、餓鬼は。
腹が減るからだけじゃない。
喉が渇くからだけじゃない。
愛が欲しくて、愛されたくて。
愛に餓えるから、餓鬼になる。
- 185 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:26:05.97 ID:8V6YVa0PO
-
泣いて、泣いて、泣き叫んで。
がきの様に、愛してほしいと泣き叫んで。
求めれば、与えてくれる。
愛されたいと云えば、愛してくれる。
親は、慈しんで、いとおしんで、俺の頭を撫でたから。
しがみつく俺の頭を、一本の腕で撫でたから。
わっちのこと、きらい?
問う母に、俺は頭を横に振った。
すると母は、嬉しそうに笑って、俺を抱き締めてくれた。
その腕は、悲しいほどにあたたかかった。
- 187 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:29:07.67 ID:8V6YVa0PO
-
母は、かたわの己を嫌われる事が恐ろしくて、俺に聞けなかったと云う。
してほしい事はないか、要るものはないか、一人でも大丈夫か、寂しくはないか。
悲しくはないか、あの子は我が儘を云わないか、苦しくはないか、大丈夫か。
ずっと云いたかった事がやっと云えたと、母は笑う。
俺も笑って、初めて、その人を母と呼んだ。
翌日からは、子供にも、ぎこちなくも優しく接する事が出来た。
恐る恐る頭を撫でてやると、ぱっと花が咲いた様に笑った。
それが妙に心地よくて、頭を撫でる事、手を繋ぐ事、背負ってやる事、一つずつ覚えた。
そのたびに、子供は嬉しそうに、俺の名を呼んで笑う。
純粋に、弟が、家族が出来た喜びに、俺は、幸せを感じた。
やっと、やっと、俺は、満たされたから。
幸せになってしまったから。
彼女の事に、ほんとうに、蓋をしてしまったんだ。
- 189 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:32:36.66 ID:8V6YVa0PO
-
俺が、幸せになる。
満たされる。
家族を持って、幸せに。
それが裏切りだとは、気付かなかった。
心の底では気付いていたのかも知れないけれど。
俺は、目の前の幸せに溺れて。
過去を捨てる様に蓋をしてしまったから。
彼女が、同じように餓鬼になる事なんて、想像すらしていなかった。
それに気付いた時には、もう、遅かったんだ。
- 192 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:35:08.62 ID:8V6YVa0PO
-
( ^ω^)「どくお……」
( A )「……ははっ、馬鹿だよなァ俺、くうの事、忘れて……」
( ^ω^)「…………しようの、ない事、だお」
( A )「……うん」
( ^ω^)「どくおが幸せになる事が……悪い事なわけ、ないんだお」
( A )「…………あり、がとう……坊っちゃん」
( ^ω^)「泣くなお、まだ、泣くなお」
( A )「……うん、うん」
从 ゚∀从「なるほど、ね…………よく解った」
( A )「…………くう……救われる、かな」
从 ゚∀从「……救ってみせるのは、君だ、どくお」
- 197 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:39:52.99 ID:8V6YVa0PO
-
从 ゚∀从「聞けば、それは全て、擦れ違い」
( ^ω^)「だお……伝わらなかった、擦れ違いだお……」
从 ゚∀从「…………彼女を戻せるかは解らない、けれど、戻してみせよう」
( ^ω^)「……くうは、悪い子じゃ、ないんだおね」
从 ゚∀从「ただの子供だったのさ…………今も、なお……子供なのだよ」
( ^ω^)「…………彼女の憎しみと狂気を、取り除いてやらなきゃあ……あまりにも、可哀想だお」
从 ゚∀从「ああ…………しかし」
( ^ω^)「お?」
从 ゚∀从「いや……ふふっ、よく育ったものだ」
( ^ω^)?
(よもやあの時の子が、餓鬼になっていたとはね)
- 200 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:42:40.33 ID:8V6YVa0PO
-
('A`)「…………よし、じゃあ、迎え撃つ準備しねェとな」
( ^ω^)「お、もう大丈夫かお?」
('A`)「おう、めそめそしてても、どうしようもねェしな
……俺がさ、絶対、くうを幸せにしてやるさ」
( ^ω^)「……お! よし、行くお!」
('A`)「おう!」
ξ゚听)ξ「あ、内藤さん、どくおさん」
( ^ω^)「お、つん」
ξ゚听)ξ「阿部さんに協力を仰いだら、了承して貰えました」
( ^ω^)「おー! 良かったお、心強いお!」
ξ゚听)ξ「その代わり、可愛い男の子は居ないかと聞かれました」
( ^ω^)「盛岡屋の陰間でも紹介しとくと良いお」
ξ゚听)ξ「いえ、意味がよく解らなかったので内藤さんと云っておきましたが」
(;゚ω゚)
- 202 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:45:41.40 ID:8V6YVa0PO
-
ξ゚听)ξ「……どくおさんの、昔話をしてたんですか?」
( ^ω^)「だお」
ξ゚听)ξ「……懐かしいですね、石にしかけちゃったり」
( ^ω^)「おっおっ、そんな事もあったおー」
ξ゚听)ξ「…………」
( ^ω^)「お?」
ξ゚听)ξ「いえ……まだ、時間に少し余裕がありますね」
( ^ω^)「だおね、今日は来ないだろうし僕らの持ち場はすぐそこだし」
ξ゚听)ξ「じゃあ……内藤さんのお話、聞かせて貰えますか?」
( ^ω^)「お? 僕の、かお?」
ξ゚听)ξ「はい、内藤さんの」
( ^ω^)「おー…………解ったお、じゃあ座るお」
ξ゚听)ξ「はい」
- 203 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/10(月) 00:48:45.77 ID:8V6YVa0PO
-
愛に餓えるは餓えの鬼。
幼くしては散り逝く命に、愛の水を注いでやろう。
そうすれば、渇いた魂も満たされる。
ならば、この血を愛とし注いであげよう。
かたわの母はにっこり微笑む。
餓えるなら、満ちるまで全てを与えるよ。
だから口にし、求めておくれ。
みんなみんな与えてあげる。
みんなみんな、愛しい我が子。
彼女の母の称号は、相応しいと鬼は笑う。
だから、俺も負けずに幸で満たしてみせよう。
愛しい愛しい、あのお嬢様を。
『八話後編 おわり。』