- 4 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 21:58:42.95 ID:hhFsarqUO
-
僕は親無し捨て子の拾われっ子。
血の繋がりはどこにもなく、繋がる物は絆のみ。
その絆も、容易く得た訳でもない。
幾度も泣いて幾度も受けた、心の痛み。
それでも僕は笑ってみせよう、それで君が笑うなら。
( ^ω^)百鬼夜行のようです。
【九話 百人百様 思いあれ。 前】
聞きたいなら、語ってみせよう。
僕の過去など、楽しいものではありはしない。
それでも全てを、幸に変える事は出来る。
- 5 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:01:09.72 ID:hhFsarqUO
-
子供をなくしたある夫婦。
悲しさ堪えて町へ移り住むその時に、夫婦は赤子の声を聞く。
おぎゃあおぎゃあと頼りなく、それでもはっきり泣くお声。
夫は声を頼りに赤子を探し、お山の上でその子を見付ける。
小さな鈴を結わえた産着に包まれて、赤子がぽつんと泣きじゃくる。
親は居らぬかと夫はお山に問い掛ける。
けれども赤子の親はどこにも居やしない。
赤子が何処から来たのかも、
赤子が何方のお子なのかも、
だあれも知らず、知るすべもなく。
ただただ赤子が泣いているので、夫はその子を拾い、妻の元へと戻って行った。
- 7 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:04:57.56 ID:hhFsarqUO
-
赤子を見た妻は、驚き戸惑い喜んで、その子の親になると決めた。
この子の親になりましょう。
この子の名前は何にしましょう。
この子が幸多く生きられますよう。
我らがこの子を育てましょう。
妻が赤子を、かたわの腕でそうっと抱いた。
すると、赤子はぴたりと泣き止んで、ふやふや愛らしいお顔で笑うから。
夫婦はとても幸せそうに、その子の親とし生きる事を誓うのだった。
かたわでも育てられるかしらと不安な妻。
我輩が居ると肩を抱く夫。
二人には、先代九尾の親とも呼べる男が居た。
困った時はその男を頼り、夫は尊敬の念を込め、男の人としての名を、息子へと受け継がせた。
名は、内藤。
町を作った男の苗字。
- 8 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:07:23.54 ID:hhFsarqUO
-
町の大地主、内藤の孫として町へとやって来た赤子。
皆はその子を可愛がり、親と祖父の畏怖もあって、とてもとても丁寧に扱われる。
大地主内藤の助けもあり、夫婦は赤子を何とかどうにか育てる事が出来た。
ほうら、たかいたかい。
そうら、良い子だね。
皆がお前を愛してくれるよ。
皆がお前を認めてくれるよ。
我らの息子と皆が愛するよ。
お前と血は繋がらずとも、皆がお前の親だから。
そうら、良い子だ、もうおやすみ。
坊やよいこだねんねしな、お山の上の可愛いお子よ。
我らの可愛い可愛い息子よ。
坊や、よいこだねんねしな。
足らぬお腕で、抱いてあげるよ。
- 11 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:10:55.69 ID:hhFsarqUO
-
あのこがほしい、あのこもほしい。
そのこもほしい、どのこもほしい。
みいんなみんな、わっちのおうででだいてあげるよ。
鬼に喰われてしまう前に、わっちのお腕をお求めやんせ。
わっちの胸へ抱いてあげるよ、鬼に連れられ喰われる前に。
わっちのお子におなりやんせ。
わっちのお子をお探しやんせ。
あのこがほしい、あのこもほしい。
みいんなみんな、わっちのお子よ。
そのこもほしい、どのこもほしい。
みいんなみんな、わっちが愛すよ。
妻は、母は、ほろほろ涙を溢してあやし歌う。
夫婦の間に生まれた子は、鬼に食われて死んでしもうた。
その時なくしたこのお腕、お子と共になくしたあんよ。
もう決して手放さぬ様、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにしてでも守ろう。
この子もあの子の様になくさぬ様に。
どうか、どうか、もうあの悲しみを繰り返さぬ様。
- 12 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:12:41.34 ID:hhFsarqUO
-
平穏平凡平和な日々は、不意に終わりが訪れる。
先代九尾が町を出て、後を任せて何処かへ消えてしまわれた。
それと同時に、夫が先代の仕事を継ぎ、多忙な日々へと成り変わる。
妻は一人で赤子の世話に追われるが、かたわの妻は一人で歩く事すらままならぬ。
赤子が泣こうと、片腕だけでは長くは抱けぬ。
おしめが濡れても、一人で替えてやる事も上手くは行かぬ。
子を産んだ事のある身と云えども、もはや乳など出るわけもない。
腹を減らした赤子を満たしてやる事すらも、妻一人では出来よう筈もなかったのだ。
それに漸く気付いた妻は、己の愚かさに泣きじゃくる。
嗚呼、一人では育てられぬのに、親になるなど愚かな事。
乳も出ぬ身で赤子を育てるなど、嗚呼、嗚呼。
このかたわが憎い、憎い、憎い。
この腕さえ、足さえあればこの子を育ててやれるのに。
どうしてどうして、嗚呼どうして。
どうして、わっちから我が子を奪った。
どうして、どうして、わっちから我が子を育てる術も奪った。
- 13 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:14:35.98 ID:hhFsarqUO
-
嗚呼、哀しい、苦しい、口惜しい。
其処で泣く我が子を抱き締められぬ。
床を這って側に行き、痺れる片腕で抱くこの悲しさ。
蜘蛛の姿になれば両腕では抱けよう。
けれど蜘蛛になれば、其処から動く事は出来ぬ。
姿を変えるは容易けれど、少なからずはあやかしとしての力を使う。
毎日毎日何度も何度も姿を変えれば、わっちの方も駄目になる。
嗚呼、誰か、誰か。
この子を、この子を抱いて。
この愚かな母のかわりに、この子を抱いて愛を注いで。
わっちは我が子も抱けぬ愚かな母。
どうか誰か、誰か、誰か、わっちに子を愛する術をおくれよ。
- 14 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:16:51.62 ID:hhFsarqUO
-
何日も何日も、夫の帰らぬ日々は続く。
妻は一人、赤子を育てる為に床を這う。
片腕片足片目のかたわ。
実子と共に奪われた体。
未だ慣れぬかたわの日々に、折り重なるは赤子の世話。
七つほど日が過ぎて、ようやっと夫が帰宅する。
泣きながら子を抱きあやす妻の姿に、夫は愕然とし。
すまなかった、すまなかったと繰り返す夫。
わっちが悪いの、かたわのわっちがみんな悪いのと繰り返す妻。
町の者に手は貸して貰えるが、皆にも生活がある。
それを無理に付き合わせるのは悪いと、妻ははらはら涙を溢す。
夫は仕事も忙しく、妻は悲しきかたわもの。
何とかして、この子を育てる術を探そう。
そうしなくては、この子が幸多く生きられるわけがない。
- 16 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:18:35.74 ID:hhFsarqUO
-
赤子が二つになった時、夫はある男を見付けた。
何をするでもなくぼんやりと、反抗的なのに虚無に満ちた目の男。
元は人間らしいが、未だ妖怪の己に慣れていない様子。
あの反抗的な目は若い証拠、そしてあやかしの己に未だ戸惑う証拠でもある。
夫は何故かその男が気にかかり、そっと声を掛けてみた。
最初は鬱陶しそうにしていたが、夫が力ある妖怪だと知ると、渋々おとなしくなった。
名は、どくお。
幼くして死に、餓鬼となったらしい。
人間の頃の名を引き摺るのは、やはり若く頼りない証拠か。
夫は少しだけ笑い、このとげのある餓鬼を、今なら更正させられるかと思う。
この調子では外の妖怪ともうまく行っていないのだろうが、外では上手くやらねば殺される。
外で生き延びる方法は、相当な力を持つか、付き合いが上手いか。
人の世と大差はない外の世界。
これではいかんなと、夫は男に問い掛ける。
『家に来る気は無いか?』
- 18 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:20:42.16 ID:hhFsarqUO
-
男は意外と簡単に了承し、嫌そうな顔ではあるが夫についてやって来た。
突然訪れた男の姿に妻は驚き、大きな息子が出来たものだと微笑んだ。
大きな息子に、夫は云う。
お前が望むのならば、今日から我らがお前の親。
嫌になれば逃げても構わん、無理に追う事はせん。
お前がしたいようにしてみるが良い、馴染むまで時はかかるが、その時をたっぷりくれてやる。
夫は、大きな息子がどうしようもない寂しさに怯えている事など承知の上で云い放つ。
つまり、逃げ出さぬ事など解っていて、逃げ場を用意しておいたのだ。
反抗期の子供と大差ない、大きな息子の反抗心。
それを無理に押し潰す事はせず、自由を与えてやった。
けれど放置をするわけではなく、甘える道も置いてやる。
なかなか素直にはならぬだろう。
すぐには心も開かぬだろう。
気長に気長に、大きな息子の歩幅で此方へやってこい。
- 20 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:23:02.07 ID:hhFsarqUO
-
妻と共に暮らせと云っても良かったが、どうやら大きな息子は女嫌い。
共に過ごさせるのは、妻にも息子達にもまだ辛かろう。
ならば、と夫は、息子達を内藤の住んでいた屋敷に住まわせる事にした。
彼処ならば、夫婦の住まう屋敷からも近い。
手が足りなければ、いくらでも貸してやろう。
少しずつでも大きな息子が馴染む様、出来うる事をしてやろう。
それは紛れもない父としての思いであった。
けれども、大きな息子が子供嫌いだとは、見抜けなかったのは多忙からなる余裕のなさが原因か。
この見落としが、幼い息子の心に傷をつけるなど思いもせず。
こうして、息子達の二人暮らしは始まった。
- 21 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:24:55.39 ID:hhFsarqUO
-
大きな息子は、嫌々ながらも幼い息子の世話をする。
飯は与え、体も拭いてやる。
必要な物や事は、最低限の義務としこなしはした。
けれど、それはとても投げ遣りで。
愛情など感じさせない、嫌々、渋々な行動。
三つになった幼い息子は、歩く事も喋る事も、おぼつかなくはあるが可能になる。
けれども冷たい冷たい大きな息子の眼差しは変わらず。
幼い息子は、大きな息子に対して幼いながらも気を遣う。
我が儘を云わず、大人しく。
時おり訪れる両親や近所の者から与えられた、絵本やら玩具を片手に孤独な遊び。
たまに甘えようと大きな息子の側に行くと、鬱陶しそうな目で睨まれる。
萎縮した幼い息子はそのまま、困った様に俯いて戻って行く。
その背中がまた、無駄に素直でいじらしく、大きな息子の苛立ちが募るのだが。
- 23 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:26:39.21 ID:hhFsarqUO
-
四つになった幼い息子。
相も変わらず大きな息子は、幼い息子をはね除ける。
それでも、戸惑いながらも側に寄る幼い息子。
この頃から、大きな息子による、幼い息子への暴力は始まった。
言葉も歩きもはっきりしてきた、四つの幼い息子。
寂しそうに近付くその小さな体を、苛立ちに任せて蹴飛ばした。
すると幼い息子は目を白黒させて、声を上げて泣きじゃくる。
その声が癪に障り、大きな息子は小さな体へ向けて怒鳴り付ける。
うるさい黙れと叫んでは、胸ぐら掴んで、壁に向かって叩きつけた。
幼い息子は静かになり、怯える様に静かに涙をこぼす。
自分の頭を抱える様に縮こまり、ひくひくと、小刻みに震えて泣いていた。
- 25 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:29:42.75 ID:hhFsarqUO
-
その日から、幼い息子の息苦しい日々はその勢いを増す。
口答えをすれば怒鳴られ、何かを求めれば殴り付ける。
時折訪れる客に見られぬ様、着物の下に隠れる場所を殴った。
外からそれを見られぬ様に、戸も窓も全て閉めきった。
ふわふわの、癖のある髪を掴んで壁に叩き付ける。
幼く頼りない、柔らかな肢体を蹴り飛ばす。
死なぬ程度に繰り返される暴力は、起こらない日が無い程に頻繁で。
怒鳴り付けるその言葉の意味も、もう理解できてしまう。
うるさいと、黙れと云われれば必死に口を閉ざす。
泣くなと云われれば、涙を堪えようと唇を噛んだ。
邪魔だと云われれば部屋の隅で縮こまり。
鬱陶しいと云われれば、悲しそうに謝罪を繰り返した。
- 28 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:32:32.65 ID:hhFsarqUO
- 幼い息子は五つになる。
小さな頃より本を読むのが好きだった事もあり、多少は文字も書けるし読めもする。
年齢相応の知能はついてはいたのだが、如何せん、幼い息子は世間知らずであった。
それもそのはず。
知識の元は本と、訪れる両親や町の者のみ。
外に出される事は殆んど無く、大きな息子の捌け口として扱われるのみ。
両親は、その事に気付いていたのか居ないのか。
何も云わずにたまに夫婦で訪れて、生活に必要な物を置いて行く。
その時だけは、幼い息子も手放しで甘える事が出来た。
毎日は会えぬが、優しく厳しく愛しい両親。
父の逞しい腕に抱き上げられ、鳥ごっこと称した小さな体をぶんぶんと振り回す遊びが好きだった。
母の柔らかな胸に抱かれ、優しく優しく頭を撫でるその手が何より好きだった。
坊っちゃんの髪はふわふわね、と微笑む母は美しく、母がかたわである事などまるで気にした事はない。
両親が来ると、心からの幸せを感じた。
愛されていると、言葉にせずとも感じられた。
幼い息子が言葉に出さなくても、嬉しそうに飛び付くと好きなだけ甘えさせてくれたから。
- 30 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:35:02.02 ID:hhFsarqUO
-
両親に飛び付いて甘えるその背中を、大きな息子が息苦しそうな目で見ていた。
恨みも嫉みも織り混ぜて、どろどろになった黒い目。
それに気付いていたのは、夫だけ。
未だ受け入れられぬかと胸が痛む夫だが、暴力にはまだ、はっきりとは気付いていない。
もしかしたら、と思う程度。
かたわの妻は幼い息子の相手にいっぱいいっぱいで、大きな息子には気付かない。
母として失格だとまた泣く事になるのだが、それでも妻は気付けない。
気付いてやれなかったと気付いた時には、もう遅く。
幼い息子の着物の下では、無数の傷跡が這い回っていた。
両親が来る事は、楽しみだった。
それと同時に、恐ろしかった。
両親が居る時は幸せでも、帰った後は、何時もより酷い暴力が待っているから。
- 34 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:38:05.16 ID:hhFsarqUO
-
いたい、いたい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
殴られながら幼い息子は泣きじゃくる。
ごめんなさい、ごめんなさいお、ごめんなさい、ごめんなさい。
もはや意味も、理由もありはしない謝罪。
ごめんなさいお、ごめんなさいお、ごめんなさいお。
小さく縮こまって震える体に浴びせる、罵詈雑言。
蹴飛ばして、踏みつけて、殴りつけて、叩きつけて、投げつけて。
殺そうとはしないその暴力が、ただ純粋に恐ろしかった。
殺す事が目的では無いから、終わりはない。
じゅうと背中に押し付けられた火掻き棒。
あの痛みに比べれば、殴られるのは怖くないのに。
ああ、どうして。
どうしてそんなに、ぼくがきらいなの。
- 36 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:40:29.62 ID:hhFsarqUO
-
大きな兄は、いつもいつも自分を殴る。
何かをすると怒鳴られて、殴られ蹴られて投げられる。
ひどい時は、背中に大きな火傷を負った。
その時ばかりは大きな兄は、やり過ぎたと思ったのか、ほんの少しだけ優しくなった。
でも、日々の暴力は変わらない。
いつも、いつも。
大きな兄は、泣きそうな顔で自分を怒鳴り、拳を振るう。
どうして、殴るのだろう。
殴っても、さみしいは変わらないのに。
さみしいさみしいと叫ぶ様に怒鳴るから、近くにいて、さみしいを除こうとした。
浴衣の袖を引いて、どうしてさみしいのかを聞きたかった。
僕がここにいるからさみしいは無いよと、云いたくて。
けれど大きな兄は側に寄った僕を見ると、また泣きそうな顔で怒鳴り、拳を振るう。
- 39 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:43:05.02 ID:hhFsarqUO
-
どうしては終わらないし、暴力も終わらない。
でも大きな兄はさみしそうだから、かなしそうだから。
家族だから、何かをしたくてしょうがなくて。
どんなに暴力を受けようが、罵声を浴びせられようが。
屋敷の外を知らないに等しい幼い息子にすれば、大きな息子は家族でしかなかった。
怖くて自分を叩くけれど、ご飯もくれるしお風呂も入れる。
叩くのは、きっと自分が悪いからだろう。
怒鳴られたら、叩かれたら云う事をきいて大人しくする。
でも、鬱陶しい、と云う言葉には、どうすれば良いのか解らなくて、ごめんなさいを繰り返した。
鬱陶しいには、どう答えれば良いのだろう。
何をどうすれば、鬱陶しくなくなるのだろう。
どくお、ねぇどくお、
返事はいつでも、振り上げられた拳。
- 41 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:46:51.58 ID:hhFsarqUO
-
どくお、どくお。
ねぇ、どくお。
どくお。
袖を引いて、名前を呼んで。
さみしいはみんな僕が食べてしまうから。
そんな目をしないで。
うるさい。
黙れ。
親無し子。
お前なんて誰も要りはしない。
黙れ。
そんな哀れんだ目で、俺を見るな。
- 43 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:49:10.32 ID:hhFsarqUO
-
伝わらない悲しみは、知っている筈なのに。
どくお、どうして。
黙れ。
どくお、
うるさい、うるさい、俺を呼ぶな。
どく、お、
お前なんぞ誰が可愛がってやるものか。
どく、
お前なんざ嫌いだ、ああ嫌いだ、大嫌いだ!!
どうして。
どうして、どうして。
ぼくは、きみが、すきだよ。
- 46 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:53:04.35 ID:hhFsarqUO
-
ある日、幼い息子は父に連れられ外に出た。
久々の外出に、手を引く父の大きなてのひら。
それは幸せなのだけど、孤独に屋敷で待つ大きな兄は寂しかろうと思うと、手放しには喜べず。
手を引かれ、訪れたのは小さな神社。
巫女にお前を紹介しようと微笑む父に、喜びと悲しさが混ざった。
ちちうえ、どうしてどくおには、そう、わらいかけないの。
問う事は出来ず、ぐっと飲み込み笑ってみせた。
すると、神社の階段の上から、ぽんと何かが落ちてきた。
「おっ」
「ふむ、大丈夫か」
「おー、いたいおー……」
- 47 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:56:32.00 ID:hhFsarqUO
-
「手鞠か、上から落ちてきたのであるな」
「おー? きれいですお」
「うむ、綺麗であるな」
落ちてきた手鞠を抱く幼い息子に、父は優しく頭を撫でて笑う。
幼い息子は頷いて、手鞠を抱き、父の手をほどいて階段をかけ上った。
父が、あ、と小さく上げた声に振り返る事もなく、幼い息子は鳥居をくぐる。
すると、そこには。
「お、ちちうえ」
「む?」
「おんなのこがいますお」
「ほう」
- 49 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 22:59:44.89 ID:hhFsarqUO
-
鳥居の向こうに居たのは、綺麗な巻き髪二つに結った、幼い娘子。
気の強そうな顔は愛らしく、青い双眸が戸惑う様にこちらを見ていた。
娘は少しばかり上等な着物をまとい、その下半身は、人のそれではない。
青くきらめく鱗の美しい、冷たそうな蛇の尾。
綺麗な尾っぽだ、と幼い息子はふやふや笑う。
そして歳の近い彼女の側へと歩み寄り、ずいと手鞠を差し出した。
「きみのかお?」
「ぁ……は、はい……」
「なくさなくてよかったお、おとしちゃだめだお!」
「ご、ごめん、なさい…………ありがとう、ございます」
- 52 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:03:23.94 ID:hhFsarqUO
-
「おっ、きみのなまえはなんだお? ぼくはないとーだお!」
「ないとー……さん?」
「だお!」
「わ、わたしは……つん、です……とうげん、つん……」
「とーげん?」
「あ、み、みょうじ、です……」
蛇の娘は、幼い息子よりも少しばかり歳が下らしい。
しかし幼い息子に比べれば、その言葉は随分としっかり丁寧で。
堅苦しいまでの敬語にくすぐったさを感じたが、幼い息子はふわふわ笑う。
つやめく蛇の尾を見下ろして、綺麗だなあ、羨ましいなあと思うばかり。
そうこうしていると、父が鳥居をくぐって二人の側までやって来る。
そしてぽんと頭を撫でて、少し困った顔をした。
- 53 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:06:37.05 ID:hhFsarqUO
-
「息子よ、勝手に行くでない」
「お、ごめんなさいおちちうえ!」
「ふむ、これは……蛇の娘か?」
「! は、はじめ、まして……」
「とうげん……頭元家の蛇か、娘が居ると云っていたな」
「……? わたしのうちを、ごぞんじですか?」
「うむ、馴染みである。息子をよろしく頼むぞ、頭元の娘」
「は、はい!」
育ちの良い、しっかりとしつけられた娘。
あの蛇の一族は躾も性格も厳しい、娘にもそれは、確かに受け継がれている様だ。
くすりと笑う父は、蛇の娘の頭を撫でる。
- 54 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:08:50.73 ID:hhFsarqUO
-
「……我輩は巫女に話をしに行く、良い子にして居るのだぞ」
「はいですお!」
「……」
「お?」
「りっぱな、おとうさま、ですね」
「お、りっぱだお!」
「……あなたは、きみわるく、おもわないんですか?」
「なにがだお?」
「…………わたし、を」
「なんでだお?」
「あの……へび、だから」
「おー? おっぽ、きれいだお」
「へ……」
- 56 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:12:25.98 ID:hhFsarqUO
-
「うろこがきらきらしてるお、きれいだお!」
「…………」
「ぼくはふつうのあししかないし、へんしんできないお、うらやましいお」
「……わたしは、ひとのあしが、うらやましいです」
「お? そうかお?」
「…………はい、へびだと、いじめられます、それに……どこにもいけない」
「じゃあぼくが、きみのあしになるお!」
「はい、?」
「きみがどっかいきたいなら、ぼくがつれてくお!」
「へ、ぇ、?」
「だからきみは、ぼくのかわりにぼくのおっぽになってほしいお!」
「…………は、はい」
「やくそくだお!」
「……はい!」
- 57 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:14:59.80 ID:hhFsarqUO
-
「じゃあ、よろしくだおつん、ぼくのおっぽ!」
「……よろしく、です……わたしのあし、ないとうさん」
「おっおっ、つんのおとうさんはいないのかお?」
「わ、わたしのちちは……おしごとにでてますので……」
「あんまりあえないのかお?」
「……はい」
「じゃあぼくといっしょだお!」
「? でも、おとうさまが……」
「ちちうえはほんとのおとうさんじゃないし、あんまりあえないお……」
「あ……ご、ごめんなさい……」
「でも、つんがいるお! おうちにも、その……こわいけど、かぞくいるお」
「こわい、かぞく?」
- 58 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:17:24.75 ID:hhFsarqUO
-
「おー……どくおっていうんだお、ちょっとこわいんだお……」
「こわいん、ですか?」
「おー…………いっつもおこってて、たたいてくるお……」
「!?」
「でも、ぼくのかぞくだお! こんどあわせるお!」
「……はい」
ぼくの、かぞく。
その言葉には、嘘も何もありはしない。
ただ純粋に、大きな兄を家族だと思っての言葉。
けれど蛇の娘には、それが何処か、無理をしている様に見えた。
それも、そのはず。
幼い息子は、昨夜つけられた背中の傷の痛みに、耐えていたから。
- 61 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:21:38.41 ID:hhFsarqUO
-
それから幼い息子は、蛇の娘とよく遊ぶ様になった。
大きな息子はそれを快くは思わなかったが、引き留める訳には行かず。
楽しそうにはしゃぎ、屋敷から出て行く傷だらけの背中を見つめていた。
自分だけの屋敷は、重く、苦しい。
一人になると、僅かに残った良心が首をもたげる。
ああ、あの幼子に。
あの小さな体に。
あの笑顔に、何をしている。
あの子は満たされていて。
俺には何もなくて。
悔しい寂しい悲しい苦しい。
堂々巡りの感情の渦。
要するに、嫉妬だ。
だからあの小さな背中に、馬乗りになって、火を押し付けて泣き叫ばせて。
ああ。
- 63 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:23:29.35 ID:hhFsarqUO
-
蛇の娘と幼い息子は仲良しこよしで日々を過ごす。
外に出て遊び回る事が増えた幼い息子は、前にも増して明るく元気なお子になる。
きゃらきゃら楽しげに笑いはしゃぐ幼子達。
草臥れていた幼い息子の心も、次第に満たされて行って。
帰宅すれば、夜になれば大きな息子からの暴力に震えるのだが。
それでも、蛇の娘のお陰で笑う事が多くなったもので。
その心に生まれた余裕の所為か、幼い息子は少しばかり、過ちを犯してしまう。
縁側で足を投げ出して座る大きな兄。
日が高い内は大きな兄も、少しだけ優しい。
優しいと云っても、ただ拳を振るわないだけなのだが。
それでも、幼い息子からすれば優しいと云える事。
だから、とことこ背中に近付いて、くいと袖を引いた。
- 64 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:26:24.82 ID:hhFsarqUO
- 「お……どくお」
「…………ンだよ」
「どくおは……おんもで、遊ばないのかお?」
「お前と一緒にするな、ガキが」
「おー……」
「…………」
「ぼく、は……どくおとも、いっしょに遊びたいお……」
「……何で俺が」
「だって、どくおは…………家族、だお……」
「ッ……」
「どくおがさみしいは、ぼくもさみしいおー……」
「……ッ誰が、寂しいだ?」
「お? ど、どくお……が」
「ふざけンなガキがッ! 俺がいつ寂しいつった!? ァあっ!?」
「ごっ、ごめ、ごめんなさいおっ!」
- 65 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:28:32.16 ID:hhFsarqUO
-
袖を引いていた幼い息子の体を、殴り飛ばす大きな兄の腕。
ぽんと軽く跳ねる様に、小さな体が畳の上に転がった。
余計な事を云ってしまったと気付いた頃にはもう遅く、
雨戸も開けている状態で、大きな兄は幼い息子の腹を蹴飛ばしていた。
咳き込みながら、体を庇う様に縮こまる幼い息子。
その背中を蹴り、踏み、大きな兄は罵声を浴びせる。
ああ、さみしいと云うのは、禁句。
今まで飲み込んで圧し殺していた寂しさを、幼子にさとられてしまったこの怒り。
悲しみやら怒りやら恥ずかしさやら悔しさやら。
ぐちゃぐちゃになって、泣きたくなって、泣く代わりに幼子を泣かせる。
謝罪を繰り返す幼い息子、それに対して黙れと怒鳴る大きな息子。
蛇の娘が、庭に入って来た事など気が付きもせず。
- 68 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:31:39.89 ID:hhFsarqUO
-
「失礼します内藤さん、いらっしゃいま」
「ごめんなさいお、ごめんなさいお! ごめんなさいおっ!!」
「す……か…………?」
「いたいお、いたいおっ! ごめんなさいおっ!」
「ッせんだよガキがッ! へらへら笑って殴られたらすぐ泣いて、泣けば良いと思ってンのかッ!?」
「ごめんなさいお、ごめんなさいお! ごめんなさいお! ごめんなさいおっ!!」
「うるせェ黙ってろッ! だからガキは嫌いなんだよ鬱陶しいッ!!」
「あぐっ、ぅっ……ごめんなさいお、ごめんなさいおっ……」
「うっせェ泣くなッ!! ガキがァッ!!」
「ぅ、あぅっ……うっ、ぐ……ごめ、なさ……お……」
蛇の娘の声に気付かぬ二人の息子。
しかし、座敷へ飛び込んできたその小さな姿に、息を飲む。
- 69 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:34:18.97 ID:hhFsarqUO
-
「お前ぇええええええええええッ!!!!」
「ッ! な、ッ!?」
「内藤さんに何をしている、何をしているッ!? なぜ内藤さんを殴るッ!?」
「ンっだよガキが、お前は黙っ」
「黙れ外道がッ!! お前が内藤さんを殴る道理がどこにあるッ!? 内藤さんがお前に何をしたッ!?」
「ぉ……つん……?」
「内藤さん、大丈夫ですか内藤さんッ!?
……ッ私の、私の大好きな内藤さんを……よくも泣かせたな…………ッ」
ぎゅう、と細い腕に抱き締められた事で、幼い息子は蛇の娘の存在にやっと気付く。
怒りに震える、蛇の娘の声に腕。
どうしてつんは、怒っているのだろう。
涙で歪んだ視界に、痛みでぼやけた頭。
ただ遠くを見る様に、二人のやり取りを聞いていた。
- 72 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:36:00.45 ID:hhFsarqUO
-
「チッ……ガキがこぞって鬱陶しい……ガキに解るかよ、幸せそうに育ったガキにッ!!」
「だから内藤さんを泣かせるのか、お前の利己で内藤さんを泣かせるのか」
「だったら何だッてんだよガキがッ!!」
「………………喰い殺してやる」
「ァあ?」
「石にして腹からはらわたから喰い荒らして殺してやる噛み砕いてやる
へびみこはお前の腹から喰い潰し喰い荒らし苦痛だけを与えてやる
私ははへびみこのつん、私は内藤さんの蛇、私は内藤さんの鱗、尾、毒、
念仏を唱えろ外道、内藤さんを泣かせるのかなら牙を剥く、蛇を怒らせた罪は重いと知れッ!!!!」
「なっ……!? なん、おいッ! ……な……ッ!?」
怒りに燃える蛇の娘の双眸。
見開かれたそれを見て、幼い息子は何だか無性に悲しくなった。
自分の所為で兄を怒らせ、蛇の娘まで怒らせた。
自分が余計な事をしてしまったから、二人がとても怒っている。
申し訳なさに滲む涙。
そっと蛇の娘の頭を撫でて、小さく声を上げた。
- 74 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:39:23.41 ID:hhFsarqUO
-
怒らせたのは自分だから。
兄を、いじめないで。
怒られるべきは、自分だから。
「おー……つん……?」
「! 内藤さん!? 大丈夫ですか!?」
「どくお……いじめないで、くれお……」
「ッ!?」
「ちょっと、こわいけど……ぼくの、かぞくだおー……」
「…………ッ解り、ました」
「お……ありがとうお、つん…………ごめんなさいお、ごめんなさいおー……」
「……私にまで、謝らないでください…………内藤さんは悪くないんです」
「おー……ごめんなさいお……」
「……内藤さん……」
- 78 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:42:04.31 ID:hhFsarqUO
-
兄の異変には気付かなかったが、石と化した兄の足が戻って行くのは理解した。
そして蛇の娘も、大きな兄も怒りが失せて行く事も、解った。
幼い息子はほっと安堵して、蛇の娘の頭をよしよし撫でる。
僕は大丈夫だよと云い聞かせると、蛇の娘は苦しそうな顔をして
何かあったら云って下さいとだけ告げて、屋敷から飛び出してしまった。
その背中をしばし見つめてから、幼い息子は大きな兄に顔を向ける。
大きな兄はばつの悪そうな顔で背を向けたが、幼い息子はその袖を両手で引く。
今度はそれを振り払う事が出来なくて、泣き出しそうな顔で幼い息子を見下ろす。
殴られないと解ったのか、幼い息子は、涙を滲ませて笑った。
ごめんなさいお。
そう、笑った。
ttp://imepita.jp/20100509/092410
- 81 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:44:26.90 ID:hhFsarqUO
-
その翌日、息子達の両親が訪れた。
蛇の娘から話を聞いたらしく、珍しく母が厳しい顔をしていて。
甘えさせてくれそうな雰囲気ではないと察したのか、幼い息子は困った様に俯く。
と、そんな幼い息子をひょいと抱き上げる太い腕。
父が幼い息子を抱いてやり、向こうの部屋で遊ぼうと微笑んでくれた。
幼い息子は父の言葉に喜ぶが、兄はどうするのかと首を傾げる。
大きな息子は母と大事な話があるんだよ。
そう説明をして襖を閉めようとした瞬間、母が大きな息子を殴り飛ばした。
次いで響くのは、始めて耳にする母の怒鳴り声。
突然の事に目を見開いた幼い息子は、父の腕から降りて母の元へ向かおうと暴れる。
しかし父の立派な腕はそれを許さず、苦虫を噛み潰した様な顔で、幼い息子を別室へと連れて行く。
- 83 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:46:47.80 ID:hhFsarqUO
-
別室へ移動した幼い息子は、父の胸板を叩きながら、母がどうして兄を殴ったのかを問い質す。
涙ながらに兄の元へ行こうとする小さな体を抱え込み、父は目線を合わせて困った顔をした。
「あれに、殴られているのであろう?」
「おっ……でも、それはぼくが……」
「あー……何かを叱る時に殴る事は、最低限しか許されぬ事である」
「お……?」
「お前達の母が誰かを殴るのは、初めてであろう?」
「お……はじめて、ですお」
「我輩も、お前達を殴った事はあるか?」
「……ありませんお」
「あー……何だ、つまるところはだな、兄はお前を叱る方法を間違えたのだ」
「まちがい……ですかお?」
「うむ、殴る事が叱る事ではない、母はそれを正す為に、兄を叱っているのだ」
- 85 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:48:40.31 ID:hhFsarqUO
-
「おー……でも、たたかれたらいたいですお……」
「お前も、痛かったろう」
「…………お」
「傷を見せなさい、痛みを除いてやろう」
「……ちちうえ」
「む?」
「どくおのいたいのも……とんでけ、してくれますかお?」
「…………うむ」
「お……ありがとうございますお!」
「……息子よ」
「お?」
「お前は、兄を憎むか?」
「なぜですお?」
- 88 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:50:34.65 ID:hhFsarqUO
-
「殴られるは、痛かろう?」
「ぼくが、わるいことしたからですお」
「…………質問を変えよう、お前は、兄を好くか?」
「どくおは家族ですお! だいすきですお!」
ふやふやと、何時もと変わらぬ笑顔。
しかし着物を脱いだその幼い体には、無数の傷跡が這い回っている。
どうして、気付いてやれなかったのか。
この小さな体の痛みにも、あの大きな胸の痛みにも。
父親失格だと、厳めしい顔を歪めて幼い息子を抱き締める。
傷だらけで、未だ血も滲んでいる様な体。
どうしてこんな小さく傷まみれの体で、こんな仕打ちを受けて、兄を家族と云えるのか。
- 89 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:54:00.48 ID:hhFsarqUO
-
狸から貰った軟膏を、体に優しく塗り込んでやる。
その痛みに顔を歪めるが、幼い息子は声も上げなかった。
痛みにも慣れてしまったのかと、余計に胸がちくちくと痛む。
あの兄を慕う理由は、両親が常に側に居なかったから。
唯一とも云える家族の存在に、すがるしかなかったのだろう。
背中に一際大きく残る傷を撫でてやり、ひきつったその感触に涙が滲みそうになった。
大妖怪だの雷獣公だのと呼ばれようが。
所詮は、一度子を亡くした、愚かな父に過ぎぬ。
我輩とて、子を亡くす苦しみは二度と味わいたくはない。
もう二度と、何も手放したくはない。
背を向ける幼い息子に見えぬ様、涙を手の甲で拭った。
この腕は、愛しい物を抱くために使おう。
この力は、愛しい物を守るために使おう。
もう、壊す事などしたくはない。
- 90 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/16(日) 23:57:13.98 ID:hhFsarqUO
-
傷の手当てを終え、着物を着せてやると、幼い息子はふやふや笑って礼を云う。
どうやら、向こうも叱り終えたらしい。
襖の向こうが静かになっている。
父は着物の隙間から、首から下げた小さな竹筒を取り出す。
それを外して、幼い息子の小さな首へと、ひょいとかける。
不思議そうに首を傾げる息子へ笑いかけ、竹筒の蓋を外してやった。
すると、
「むっきゅん!」
竹筒からするりと姿を現したのは、細長い、狐の頭を持つあやかし。
管狐はふよりと宙へ舞い上がり、幼い息子の首へと優しく巻き付いた。
それは、先代九尾の置き土産。
霊力たっぷりの尾を千切り、管狐へ姿を変えた祖父からの贈り物。
- 94 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:00:27.03 ID:bHyCbnaBO
-
「それはな息子よ、お前の祖父からの贈り物である」
「おじいさま、ですかお?」
「うむ、もう覚えてはおらぬだろうがな。それは、お前の友達である」
「お……」
「もし何かがあれば渡せと云われた、遅くなったが、お前にそれを渡そう」
「おー……ぼくの、ともだち……」
「……お前の友人であり、お前を守る大事な物である……大切にしろ」
「はいですお、ありがとうございますお!」
「名は……聞いていなかったが…………そうであるな、しょぼん、どうだ?」
「しょぼん……?」
「そら、しょぼん、返事をせい」
「むっきゅー!」
「はは、気に入ったらしい」
「おー! よろしくだお、しょぼん!」
- 95 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:02:46.77 ID:bHyCbnaBO
-
「よし、それを兄に見せてこい、お前と兄の友人だと」
「はいですお!」
襟巻きの様にふかふかなそれを抱き締めて、幼い息子は嬉しそうに部屋を飛び出す。
そして、母と兄が居る座敷の襖を開けて、とたとた兄に駆け寄り、飛び付いた。
「わ、っ!?」
「どくお、どくお! ともだちだお!」
「は、はぁ? 何だ、それ」
「しょぼんだお! ともだちだお!」
「しょぼん……? …………よ、よか、ったな」
「お?」
「…………ンだよ」
- 97 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:05:21.35 ID:bHyCbnaBO
-
「おー……ははうえ、どくおいじめたお?」
「はて、何の事でありんす?」
「どくおないてるお、いじめちゃだめですおー」
「何の事やら、わっちには解りんせん?」
「おー! いじめちゃめっですお!」
「きゃー、お止め下さいましー」
「おっおっ! しょぼん、もふもふするお!」
「あーれー」
「おー! せーばいですおー!」
「むきゅーん!」
「あらあら、可愛らしい管狐」
「しょぼんですお!」
「ふふ、大事になさいましね」
- 98 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:07:50.94 ID:bHyCbnaBO
-
「…………」
「……これ、息子」
「ぇ……あ、はい……」
「余り、息子を虐めるな?」
「……うっす」
「成敗するぞ、馬鹿息子め」
「すんませ……ぇ?」
「何であるか」
「……あ、や……息子……」
「文句があるか、馬鹿息子」
「あ……いえ…………有り難う、御座います」
「……ちったあ素直になれ」
「……はい、…………親父さん」
- 101 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:09:40.25 ID:bHyCbnaBO
-
その翌日から、兄は暴力を振るう事を止めた。
振るう理由が無くなったのだと、幼い息子は知る由もなく。
しかしぎこちなくも優しい兄の手のひらに、胸はいっぱいに満たされる。
恐る恐る、頭を撫でる。
不馴れながらも繋がれる手。
遊び疲れて眠る体を背負う兄。
少しずつ少しずつ、今まで作った溝を埋める様に、兄は弟を可愛がった。
弟はそんな兄に、今まで以上によくなつく。
蛇の娘も、始めこそは警戒していたが、すぐにもう大丈夫らしいと安堵する。
兄は料理も掃除も、家事は何でもこなせる様にした。
両親から息子だと認められ、弟の存在も認め合った。
ならば、この幼子を立派に育ててみせよう。
兄として、父として、友として、そして使用人として。
このふやふや笑う弟を、育て上げようと。
- 102 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:12:04.11 ID:bHyCbnaBO
-
今まで弟を虐げてきた己を戒める様に、兄は自らを使用人と名乗る。
弟は戸惑ったが、根底にある関係は崩れないと気付き、次第に慣れていった。
滞りなく二人の関係を修復する事が出来たのは、恐らく、あの管狐のお陰。
少しでも亀裂が走りそうになれば、ふかふかもふもふと二人の仲を取り持つのだ。
何も考えていない様に見える管狐は、恐らく影の苦労人。
そして兄は菓子作りの得意な父に教わり、弟が喜ぶ様にと菓子を作る様になる。
初めは不格好で味も良くはなかったそれも、すぐに見映えも良く上手くなって。
店を始められると誉められる程になった菓子作り。
それを見て、弟は自分の事の様に胸を反らして喜んだ。
とは云え、未だに父の腕を越える事は出来ぬのだが。
ふくふくとすくすくと、幼い息子は成長する。
何時の間にやら、兄弟はすっかり仲良く暮らし、弟は兄の身長も追い越した。
少々育ちすぎたきらいもあるが、弟は昔から変わらずに、今もふやふやと笑う。
- 104 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:15:13.02 ID:bHyCbnaBO
-
唯一、内藤の姓を持つ事が許された弟。
しかし兄はそれを羨む事もなく、ただ隣に立ち続ける。
兄が作った菓子を食べる弟は、今も昔もひたすらに、幸せそうに笑うから。
兄はずうっと、菓子を作り側に居ようと心に決める。
そして弟もまた、嬉しそうな兄の菓子を頬張り、側に居ようと思うのであった。
兄弟以上で友達以上、主従関係それ以上。
それ以下はなくそれ以上。
血の繋がりなど無くとも、痛みを堪えて築き上げたこの絆。
家族と云う絆を得た、幼い息子と大きな息子。
二人は、紛れもない兄弟であった。
- 105 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:17:35.57 ID:bHyCbnaBO
-
( ^ω^)「…………と、云うお話だったのサ……」
ξ゚听)ξ「はー…………懐かしいですね」
( ^ω^)「もう十五年は昔かお、いやあ若かった。」
ξ゚听)ξ「内藤さんはお幾つでしたっけ?」
( ^ω^)「たぶん二十歳かそこらかと」
ξ;゚听)ξ「あ、あばうとですね」
( ^ω^)「いや、正直数えてないお……つんは幾つだお?」
ξ;゚听)ξ「…………十八、九……くらいかと」
( ^ω^)「……」
ξ;゚听)ξ「……」
( ^ω^)「ういやつめ、うりうり」
ξ;*´凵M)ξ「もひゃあ」
- 106 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:19:31.86 ID:bHyCbnaBO
-
ξ゚听)ξ「……どくおさんも、昔は悪かったと云うか、尖ってましたね」
( ^ω^)「だお、つんよりずっとつんつんしてたお」
ξ゚听)ξ「私はつんでれしてないつんですので」
( ^ω^)「まあ世の中そんなもんだお、うりうり」
ξ;*´凵M)ξ「うひょわ」
( ^ω^)「……つんには、たくさん助けられたお」
ξ゚听)ξ「私もですよ、私が此処に居るのは内藤さんのお陰です」
( ^ω^)「…………これからも、よろしくお、僕の尾っぽ」
ξ*゚ー゚)ξ「……はい、私の足」
(*^ω^)
ξ*^ー^)ξ
- 111 ◆XCE/Wako2nqi 2010/05/17(月) 00:23:06.39 ID:bHyCbnaBO
-
さあ、昔話はこれにて一時御仕舞いと致しましょう。
十の目が出る頃には、町は大変な騒ぎに飲み込まれる。
お次に置けるは皆の思いの内側を。
蠱毒の欠片を覗き見て、穏やかな日々は終わりを告げるので御座います。
訪れたるは砦を壊しにかかるあやかし共。
さあ、ひとつ息吐き始まります。
百の鬼共、一度目の大行進。
食い止めるは町のあやかし、人間達の四つの砦。
『九話前編 おわり。』