4 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 22:50:44.53 ID:HhSYEXvuO

代理ありがとうございます。

http://stupidrabbits.web.fc2.com/
http://nagixnagi.blog38.fc2.com/
総合で投下した短編をまとめて下さってます、ありがとうございます

http://nanabatu.web.fc2.com/boon.html
まとめて下さってます、本当にありがとうございます。


今回はなんか長いですぞー。

5 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 22:52:37.98 ID:HhSYEXvuO
 待ってくりゃれよ旦那様

 わっちが捧げたこの心

 それを抱いて何処へと


 後生でありんす旦那様

 わっちの心を奪っておいて

 何処へ行きます愛しい御方



 わっちを置いて 逝かないどくれ



 lw´- _-ノv春の日々、のようです

  『花の魁、散るは魁』



 貴方の居ないこの浮き世

 わっちにゃ耐えられやア、致しません

6 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 22:54:27.82 ID:HhSYEXvuO

 ある日のある時、ある昼下がり。
 花魁しゅうは己の部屋で脚を投げ出してぼんやりと、天井にぶら下がる花模様の提灯を見上げていた。

 火の入っていない提灯は、窓から入る風にゆらゆらと揺らされ、しゅうの目を僅かに楽しませていた。


 こんこん。
 控え目に叩かれた引き戸の音に、しゅうは視線を天井から開け放たれた出入り口に移す。


ζ(゚ー゚*ζ「おいらぁん、下で“はいん”おいらんが来てますよぉ」

lw´- _-ノv「ふむ、ふむ……珍しき客人か、すぐに行こう」


 しゅうの禿(かむろ)っ子“でれ”が舌足らずな言葉を渡し、てとてと桃色の振り袖を翻して戻って行く。

 その後ろ姿を見送り、しゅうはやっと立ち上がって打ち掛けを適当に羽織ると、部屋を後にした。


7 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 22:56:18.89 ID:HhSYEXvuO

 階段を降りてすぐ其処にある、暖簾が下がった店の入り口。
 見え隠れする赤毛の女、その後ろ姿。

 足音を隠しながらそろそろと近付いて、はいんの後ろにしゅうが立つ。


 何時も通りの挨拶代わりに、首筋へ息を吹き掛けようとする。

 が、どこか何時もとは違うはいんの雰囲気に、止めた。


 無言で少しだけ離れて、肩をトントンと叩いてみせれば、はいんは思い詰めた様な顔で振り返った。


从 ゚∀从「……よォ、しゅう」

lw´- _-ノv「───如何にした、はいんよ」

从 ゚∀从「あ? あァ、いや……ちょっと、なァ」


 はいんにしては、いやに歯切れの悪い返事。


9 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 22:58:16.00 ID:HhSYEXvuO

 赤毛の花魁はいんの隣、二枚歯の下駄をこんこん鳴かせてしゅうは歩く。
 長身のはいんも今は薄っぺらい雪駄を履いて、自分より背が低い筈のしゅうを見上げる状態で。

 ちゃらちゃら雪駄を奏でるはいんを横目でつらり、押し黙るその黒い着物姿に、しゅうは同じく黙ったまま。


从 ゚∀从「なアしゅうよ」

lw´- _-ノv「む?」

从 ゚∀从「あの“ぺにさす”ッてェなあ……覚えてやがるかイ?」


 黙りこくって辿り着いたは河川敷、やっと重い口を開いたはいん。
 その口から溢れたのは、しゅうにとっても懐かしい名前であった。

 しゅうやはいん、“おつう”何かと同年代───はいんは少しばかり歳が上だが───で、同期の女。
 遊郭での友人に恵まれたしゅう、その友人の内一人。

 それが今しがた話題にのぼった、“ぺにさす伊藤”。


10 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:00:17.69 ID:HhSYEXvuO

 しゅうは何度かうんうん、と思い出す様に頷いて、草の斜面に座り込んだはいんを見下ろす。


lw´- _-ノv「あの団子をよく奢ってくれた、伊藤が如何に、如何にした」

从 ゚∀从「……あの“泣き虫ぺにさす”……良い奴、だアな」

lw´- _-ノv「うむ、育ちも気立ても良い、よき女である」

从 ゚∀从「アイツ、なァ……」


 はいんの隣に腰を降ろしたしゅう、前髪に隠されたはいんの片目が、瞼が僅かに震えて見えた。

 懐かしき友の名と、はいんの普段と違う挙動。

 何かあったと、しゅうが気付くには十分すぎる物が揃ってしまわれた。


lw´- _-ノv「何が、あった」


 これまた何時もと違う、しゅうの凜とした声音。


11 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:02:42.13 ID:HhSYEXvuO

 珍しくしゃんとしたその声を聞いたはいんは、肩をぴくんと揺らして、少しの重々しい間を開けてから口を開く。

 その口からまろび出るであろう言葉は、しゅうにとって、聞きたくもあり聞きたくない物でもある。


 この胸のざわめきは、聞かねば収まりはしない。

 しかしこのざわめきが、“それを聞くなと”責めるのだ。


 それでも、それでも。

 これは聞かねば、ならぬ事。


从 ∀从「ぺにさすの間夫(まぶ)がなァ────病で死んだ」

lw´- _-ノv「……ふ、む」

从 ∀从「身請けすんのがァも決まってたんだアな、その旦那の所に、ぺにさすはァよ」

lw´- _-ノv「その、旦那は……よき男であったか」

从 ∀从「そいつァもう、遊女ォ金で買ってるとは思えねェ程に実直でなア……幸せに、なれただろうによォ」


12 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:04:36.45 ID:HhSYEXvuO

从 ∀从「それで、それで、なア」


 嗚呼、これは、


从 ∀从「それ聞いたァぺにさすなア」


 聞きたく、ない



从 ∀从「死ンじまいやがったア」



 嗚呼────


 愛しき、友人よ────



14 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:06:16.11 ID:HhSYEXvuO



 部屋には女と、男が一人。

 薄暗い床の間で、女が腰巻き姿で男に膝を貸していた。


('、`*川「ねぇ、ねぇ、しゃきんさん?」

(`・ω・´)「ん、どうしたんだい?」

('、`*川「………私ね、私、幸せになれるのよね?」

(`・ω・´)「僕が君に与えられる限りの幸せを、ただただ注いであげたいと思う」

('、`*川「ああ、ああ……幸せよ、私、いますごく、あなたに出会えて……しあわせ」


 良家の娘に生まれたものの、潰れてしまったその家の名。

 金に追われて男に追われ、辿り着いたはこの遊廓。


15 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:08:23.10 ID:HhSYEXvuO

 容姿は端麗、頭脳は明晰。
 気立てもよろしく、才色兼備とはまさにこの事。


 ぺにさす伊藤、それがその女の名。


 良いお嬢様だった生活から、坂を転げ落ちる様に家無き子となりはてた。
 借金を背負ったぺにさすは、様々な所で金を必死に稼いで生きる。

 しかしそれでは間に合わず、十代の始めにこの遊郭に訪れた。

 そこで出会った友人達、大人達は優しくて
 ぺにさすはそれに応えようと、必死で花魁になってみせた。


 そして今やこの九羽屋、はいんと並ぶ看板である。


16 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:10:55.36 ID:HhSYEXvuO


('、`*川「ねぇ、しゃきんさん」

(`・ω・´)「ん?」

('、`*川「私は、あなたに恋をした」


 花魁になって数年、ぺにさすは生まれて初めて恋を知る。

 それはひどく真面目そうな、精悍な顔をした男。
 どこかの庄屋の長男で、この遊郭には仕事のついでに立ち寄ったと言う、男しゃきん。

 きりりとした眉に、貫く様に真っ直ぐな眼差しは、ぺにさすの心にひどく響いて。


 遊女と言う立場にありながらも、ぺにさすは、その恋に心を捧げてしまう。


17 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:12:33.70 ID:HhSYEXvuO

 金で女を買う男、金で男に買われる女。
 本気になる奴ァ莫迦である。


 恋などしてはいけないと、頭で理解していても、心は惹かれてしまう物。


 己の身の上を話せば、頭を優しく撫でてくれた。

 己が背負う借金に、自分が肩代わりしようと微笑んでくれた。

 己に降りかかる不幸を、自分の事の様に悲しみ涙してくれた。

 そして幾度と汚れたこの身を、いとおしそうに抱いてくれた。


 もう、本気になるなと言うのが無理な話で。
 幾ら恋をしても実らぬと分かっていても、それは止まってくれやしなかった。


('、`*川「私ね、私ね、」


18 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:14:20.07 ID:HhSYEXvuO

 しゃきんを想えば食事は喉を通らず、他の客に抱かれる事すら苦痛で。

 恋をするとは、ひどく苦しい事。


 これ以上この恋で苦しむならば、商いに支障が出るならば。

 もう、全てを告白して玉砕しよう。
 そして早く、打ち捨てられれば良い。

 そうなれば簡単に吹っ切ってみせる。


 こちとら遊女、それくらいの覚悟は出来ている。
 さあ早く早く、私を見捨てておくれよ。


19 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:16:12.97 ID:HhSYEXvuO


 なのに。


(`・ω・´)「ぺにさす花魁、ありがとう」


 どうして。


(`・ω・´)「嬉しいよ、すごく、すごく」


 ああ、ああ


(`・ω・´)「僕も君が、愛しいんだ」


 どうしてそう、裏切ってくれるのか。


21 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:18:23.30 ID:HhSYEXvuO

 緋色の布団の上に向かい合って座る、男と女。

 ぺにさすが涙を浮かべて告白した恋に、しゃきんは真摯な眼差しで頷いた。
 それは『自分も恋をしている』と語るには十分で。
 追い討ちの様にかけられた言葉を聞けば、ぺにさすの両目から、はらはらと大粒の涙。

 お高く気取った花魁が、子供の様にわんわん声をあげて泣いた。
 その紛れもない嬉し涙は、男の優しい手のひらに拭われて、抱き締められて。

 私はやっと幸せになれるのか。

 しゃきんにしがみつく細い手が、震えていた。


('、`*川「私は、私は遊女です、あなたの思う様な良い女じゃないの」

(`・ω・´)「今こうやって、泣いている君は遊女かい? その心は本物の君じゃあないのかい?」

('、`*川「あ、ぅ……けど、私は、私は……」

(`・ω・´)「何を、苦しんでいるんだい。僕は君を愛している、君は僕を愛してくれた、それは嫌な事?」

('、`*川「違う、違うの、でも、……私は、花魁なんだもの……」


22 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:20:17.07 ID:HhSYEXvuO

 しゃきんの腕の中で、目を真っ赤にしたぺにさすが俯く。

 たとえ愛し合っていても、客と遊女では結ばれぬ。
 所詮遊女は遊女、身を売る女は他の男に抱かれるさだめ。

 それを憂いて俯くぺにさすに、しゃきんは首を傾げてみせた。


(`・ω・´)「君は僕の妻になって、くれないのかい?」


 不思議そうな顔で、ぺにさすを覗き込む。
 それは端から見れば酷く滑稽で、田舎者だと笑われそうな言葉。

 それでもその言葉は、ぺにさすの暗くなりつつあった世界に射し込む、光そのもの。


('、`*川「私が、私が……しゃきんさん、の?」

(`・ω・´)「ああ、君はとても素晴らしい女性だ。僕は君を、娶りたい」


 娶る。
 それは嫁にもらうと言う、大概の女にとって、幸せを意味する事で。

 おさまっていた、ぺにさすの涙はまた、止まりそうになかった。


23 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:22:13.79 ID:HhSYEXvuO


 それからはと言うものを、恋に思い悩み暗くなっていたぺにさすは、うってかわって明るく笑顔を振り撒く日々。

 同僚のはいんがいぶかしげな顔をして首を傾げる様子にも、楽しげに微笑んで。


从 ゚∀从「おい、ぺにさす……手前ェ間夫に本気になってるみてェだアな」

('、`*川「ふふ、うふふ……うん、私ね、私ね……この心をあの人に捧げるって決めたのよ」

从 ゚∀从「莫ァ迦が……本気になんざァなりやがって、どうなっても知らねェぞ?」

('、`*川「あの人は信用出来るの、信頼出来るの」

从 ゚∀从「……真面目そうな奴が、真面目とは限らねェンだぞ」

('、`*川「…………有り難う、有り難うはいん……私のこと、心配してくれて」

从*゚∀从「や、やアかましいッ! ンなんじやァねぇよッ!! 大体手前は世間知らず過ぎンだよォッ!!」

('、`*川「ふふ、うふふっ、はいんは優しいわね、やっぱり優しい……でも今は、今は応援してやって、私の、私の幸せを……」

从 ゚∀从「ぺにさす……」


24 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:24:24.08 ID:HhSYEXvuO

('、`*川「初めてを奪われ、金を奪われた……けど、私の心を奪った人はしゃきんさんだけ。私の本当の初めてを、あの人は、受け入れてくだすったの」

从 ゚∀从「……あー……分かった、分かったよ」

('、`*川「私を、こんな私を娶って下さるって……私、私、本当に嬉しくて」

从 ゚∀从「あーもう、わアッたよ! もう良いッ!」

('、`*川「はいん……呆れてしまう? 私、こんなに舞い上がって……」

从 ゚∀从「うるせェ、……幸せになれよな、莫迦女ァ」


 ぺにさすの頭をパシンと軽く叩き、はいんは溜め息混じりに背を向ける。

 どこかぺにさすを心配する様な、幸せを願う様な言葉は酷く優しくて、それでも素直に祝福は出来ない。

 けれど、はいんにとっては精一杯の祝福。
 その言葉を受け取ったぺにさすは、俯きがちに微笑んだ。


25 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:26:43.54 ID:HhSYEXvuO


('、`*川「それでね、それでね……はいんたら、顔を真っ赤にして言うの」

(`・ω・´)「うん、……ケホッ、ケホッ……」

('、`*川「……しゃきんさん、どうなすったの? 最近は咳き込んでばかり、大丈夫?」

(`・ω・´)「大丈夫だよ、ぺにさすさん……けど風邪だったなら君にうつしてはいけない、今日は早めに帰るよ」

('、`*川「え、え……無理はなさらないでね? きちんとお医者様に診てもらって、ね?」

(`・ω・´)「ああ、分かってるよ。それじゃあまた、ぺにさすさん」


 二人の将来が約束されて、早くも二ヶ月。
 幸せの真っ只中である筈の二人なのだが、どうやらしゃきんは風邪を召したか、ここ暫く咳が多い。

 大事にと早くに帰らせたぺにさすも、心配そげな面持ちでその背中を見送った。


26 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:28:25.42 ID:HhSYEXvuO

 それから数週間、しゃきんは店に訪れず。

 妓楼の中をうろうろと、ぺにさすは訳もなく歩き回る。
 淡い緋色の打ち掛けを引き摺って、外を覗いてしゃきんを探す日々が続いた。


 それを見ていた花魁はいん、己の赤毛をぐしゃぐしゃ掻いて溜め息はらり。

 見世にまで出て探そうとするぺにさすの首根っこを捕まえて、その場に正座をさせる。


从 ゚∀从「おい、ぺにさす……大概にしろやァ」

('、`*川「あ、う、その」

从 ゚∀从「心配なのァ分かるがなア……」

('、`*川「ねぇ、ねぇはいん?」

从 ゚∀从「あン?」

('、`*川「お見舞いに行っては、ご迷惑かしら……」

从 ゚∀从「……」


29 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:30:27.10 ID:HhSYEXvuO

 心ここにあらず、と言った具合に俯き頬に手を添えるぺにさす。
 それはそれは異常なまでの入れ込み方で、はいんは力一杯、ぺにさすの頭を殴り付けた。

 がいん! と音がする勢いで頭を拳で殴られ、ぺにさすは目を真ん丸にする。
 何が起こったか分からない、といった顔で、はいんを見上げた。


('、`*川「は……はいん、?」

从 ゚∀从「いい加減にしな、手前は未だア遊女なんだ、花魁なんだよ」

('、`*川「あ、う……」

从 ゚∀从「その花魁がなんだァ? 一人の男に入れ込んで惚れ込んで“見舞いに行っちゃ迷惑か”だ?」

('、`*川「う……」

从#゚∀从「大概にしやがれ手前ェッ! 手前はそこらの女じゃアねェッ、この九羽屋の花魁だッ! 恋に生きるなア勝手だが、花魁としての誇りを忘れンじゃアねェよッ!!」


30 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:32:38.52 ID:HhSYEXvuO

 ぺにさすの目にあまる行動の数々、何とか耐えてきたはいんの堪忍袋の緒は、もう限界だった。

 はいんとて恋を知らぬ訳では無く、恋慕に悩む事もあった。
 しかしはいんは遊女としての己に、花魁と言う地位に誇りを持って生きている。

 花魁である事よりも恋を優先するぺにさすの行動は、そんなはいんの怒りに触れた。


 この遊郭で花魁にたどり着ける女は多くはない。
 他の女達を押し退けて、花魁に上り詰めたぺにさすも、それは重々承知している。

 けれども今のぺにさすは、将来の幸せが勝ってしまって、花魁としての気品を捨てている。
 花魁に許されざる行為だ。


('、`*川「ごめ……なさ、い」

从 ゚∀从「未だ、花魁なんだよ、手前は」

(;、;*川「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、はいん……」

从 ゚∀从「俺様に謝って……どうすンだよ、莫ァ迦が」

(;、;*川「分かってるの、分かってるの私だって! いけない事だって、許されない事だってッ!!」


31 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:34:20.08 ID:HhSYEXvuO

 両手で顔を覆って泣きじゃくり、身体を小さくしてその場に崩れ落ちるぺにさす。
 言い訳など出来やしない、花魁としての仕事を果たさず己の事ばかり優先して、他の客の相手もまともにしなかった。

 数々の愚かな行為の罪の重さは分かっている、分かっているからこそ、質が悪い。


 大粒の涙で顔を濡らすぺにさすに、背中を向けたはいんが口を開く。

 言いたくもあり、言いたくない事を告げようと。



从 ∀从「手前の間夫、肺の病らしいな」

(;、;*川「…………ぇ、?」

从 ∀从「俺様も今朝知った、西門近くの小屋で養生してるッてよ」

(;、;*川「あ、ぁ、私、私は……」

从 ∀从「────嗚呼、後ろに目は無ェから見えやしねェなア……後ろで何かが何処かに行っても、俺様にゃア分からンや」

(;、;*川「っ……ごめ、なさ……ごめんなさい、ごめんなさい、はいんっ」


32 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:36:13.65 ID:HhSYEXvuO

 立ち上がり、はいんに背を向けて走り出した。

 裸足のまま外に飛び出して、西門を目指す。


 足の裏を砂や小石が傷を付けて、血が溢れようとも立ち止まる事はなく。
 長い髪が乱れ、着物がどれだけ汚れても気にする事もせず。
 ただひたすらに愛しい男の元へと走り続けた。

 麗しい花魁が、顔を涙で濡らしながらひた走るその姿は、ひどくひどく、物悲しく。



 西門のすぐ側にある小さな小屋、今にも崩れそうな汚いぼろ小屋。

 その小さな戸を、荒い呼吸を整える事もせずに開け放つ。


(;、;*川「しゃきんさんッ!?」


33 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:38:28.08 ID:HhSYEXvuO

(`・ω・´)「けほっ……ぺにさす、さん? どうして此処に、これは白昼夢かい?」

(;、;*川「しゃきんさん、しゃきんさん……どうして、肺の病だなんて、どうして……っ!!」


 小屋の真ん中に敷かれた布団にはしゃきんが寝かされており、ゆっくりと身を起こしたしゃきんは胸を押さえながら咳をする。
 ばたばた、と駆け込んだぺにさすがその胸にしがみつき、涙を溢しながら言葉を荒くした。

 白い手がしゃきんの着物を握って、震えながら“どうして教えてくれなかった”と訴える。

 しゃきんは凛々しい眉を少しだけ歪めて笑っては、ぺにさすの頭を撫でるばかり。


(`・ω・´)「大丈夫、大丈夫だよぺにさすさん、治らない訳じゃないんだから」

(;、;*川「けど、けどぉ……っ」

(`・ω・´)「ほら駄目じゃあないか、お仕事をほっぽりだして来たんだろう? 花魁は、ちゃんと花魁で居なくちゃあ」


35 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:40:17.46 ID:HhSYEXvuO

 ぐす、と鼻を鳴らして涙するぺにさすに微笑んでみせる。
 しゃきんの健康的だった頬は白く痩せ、微笑みも精一杯で。

 頭をよしよし撫でる手のひらも少し薄く、しがみつく胸板も、薄い。
 この男が思い病に冒されている事は一目瞭然な筈なのに

 ぺにさすには、それが分からなかった。


(`・ω・´)「君が僕の妻になるまで、君は花魁なんだから」

(;、;*川「ええ、ええ……分かりました、ちゃんとお仕事するわ……だから、だからね、しゃきんさん」

(`・ω・´)「ああ、きっと元気になってみせるから、愛してるよぺにさすさん」


 やっと会えた。

 それだけに心がいって、しゃきんの異状に気付かない。

 それは愚かだからか、純粋だからか。

 しゃきんの嘘にも、気付かない。

 愛してると言う言葉は、真でも。


37 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:42:44.20 ID:HhSYEXvuO


 ある日の早朝、先日までの浮わついたぺにさすから、元の“花魁ぺにさす”へと元通り。

 せっせと仕事に精を出し、客の相手に新造達の世話もしっかりこなす、ぺにさす。
 緋色の着物がよく似合うその女は、今日も笑顔を売っていた。


从 ゚∀从「おーおー忙しそうだアな」

('、`*川「あ、はいん……ええ、約束したもの、しゃきんさんと」

从 ゚∀从「病が治ったら嫁に来いッてか? ッたアく幸せそうで何よりだ」

('、`*川「……怒らないの?」

从 ゚∀从「何で怒るんだよ、花魁としてきちんと働いてンだ、文句ァねぇさ」


 からからと笑ってぺにさすの肩を軽く叩くはいんの手が、いつもより優しく感じる。
 近く幸せを手に入れられると言う余裕からなのか、ぺにさすもそれに対して胸を張って笑うのだ。

 羨ましかろう、なんて言っては叩かれる。
 良き友人に恵まれたぺにさすの、これもまた、幸せのひとつ。


38 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:44:36.57 ID:HhSYEXvuO

 がらら、と裏口の戸が開く音に、ぺにさすとはいんはじゃれあったままの体勢で目を向ける。

 戸を開けた人物は、冴えない顔をした男。
 肩に担がれた米俵に、ぺにさすは首を傾いだ。


('A`)「失礼致しやす」

('、`*川「あらお米屋さん? お米、頼んでたかしら?」

('A`)「いえ、米屋じゃなくて武雲屋の下働きでござんす。うちのしゅう花魁から、はいん花魁へ」

从 ゚∀从「あ? 槍でも降ンのか今日は」

('A`)「古古米だそうな」

从#゚∀从「嫌がらせかイ」

 米俵をどん、と置いて手拭いで汗を拭う男。
 草臥れた浅葱色の着物をたくしあげたまま、その場にしゃがみこんで腰を叩く。

 歳は未だ若い筈なのに、その行動は中年の野郎にしか見えなくて、はいんとぺにさすはクスクスリ、と苦笑い。


39 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:46:47.02 ID:HhSYEXvuO

从 ゚∀从「おい、どくお……手前やァ幾つだ」

('A`)「え? 二十代とだけ申しやしょうか、謎が多い方が良い男ざんしょ」

从#゚∀从

(;'A`)「あ、あぁ……そういやぁ直ぐ其処で葬式やってましてねぇ」

从 ゚∀从「葬式ィ? 珍しいな遊郭で」

('A`)「えぇ、何やら他所から来てた人みたいでねぇ、西門裏の方でひっそりと」

('、`*川「ッ」


 西門に、他所から来た人間。

 そのたった二つの言葉に、ぺにさすは敏感に反応した。


('、`;川「あの、あの、どくおさん……その、その人の名前は、分かります、か?」

从 ゚∀从「ぺにさす? どうし……ッ、おい、まさか」

('A`)「ん? うーん名前は確か、ああ誰かが呼んでた様な……」


41 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:48:25.54 ID:HhSYEXvuO

 よいせ、と立ち上がって腕を組み、首を傾いで思い出すどくお。
 どくおの言葉を待つぺにさすは、胸を押さえてドクドク喧しい心臓に翻弄される。

 頭の芯からゆうっくりと冷たくなり、背筋がきんと冷える。
 想像するのも恐ろしい物が脳裏に浮かび、それは



('A`)「ああ……確か“しゃきん”と子供が呼んでましたよ」



 それは、現実の物となる。



(;、;*川「ぁ、あ、ああ……ああああっ! やあああああああああああああああっ!!」


 両手で覆われた顔が、涙で濡れた。


42 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:50:15.42 ID:HhSYEXvuO

 ぺにさすの悲痛な叫びは告げたどくおを焦らせ、目を丸くして青ざめる。
 いったいどう言う事なのか、うっすらと理解して。


(;'A`)「は、はいん姐さん、まさか……」

从 ∀从「ぺにさす、行け」


 真っ白な顔をしてへたり込むぺにさすを立ち上がらせて、はいんが強く背を押した。


从 ∀从「行けッ!! 早くッ!!」

(;、;*川「ひっ、ぐ……しゃきんさん、しゃきんさん……っ!!」


 何時かの時と同じ様に、裸足で駆け出したぺにさす。
 その背中を見送る事もせずにはいんは項垂れて、頭を抱えた。

 蚊帳の外といった状態のどくおは、ただただ顔を青くしてきょときょと周囲を見回すばかりで、どうすれば良いのかも分からずに居た。


43 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:52:14.26 ID:HhSYEXvuO

(;'A`)「はいん姐さん、あの、俺……余計な事、を?」

从 ∀从「……いや、言ってくれて、有り難うよ───ああ何で、何で今ッこの時にッ!」

(;'A`)「はいん、姐さん……」

从# ∀从「あああああ畜生、畜生、畜生めェッ!! 幸せにしてやったって良いじゃアねェかよ仏様ァッ!! ぺにさすが何をしたぁああああああッ!!!!」


 だん! だん!

 壁を殴り付けるはいんの拳は赤く染まり、

 九羽屋には、女の怒号が止む事はなく。



44 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:54:15.09 ID:HhSYEXvuO


(;、; 川「はぁっ、はぁっ……しゃきん、さん……しゃきんさんっ」


 足の裏を傷付けて、泣きながら走るのは二度目。

 一度目は未来の夫しゃきんの身を案じて走り、
 二度目はしゃきんの生死を確認する為に。

 どくおに告げられた言葉が頭の中をぐるぐると、ぺにさすの脳髄を犯すばかり。


 身体にまとわりつく打ち掛けをその辺りに脱ぎ捨てては、顔を涙と砂ぼこりに汚す。
 呼吸がどれだけ乱れようが、足が幾らもつれようが、ぺにさすは奥歯を噛み締めて走るだけ。


 やっと幸せにしてくれると、約束した愛しい男の元へ。


46 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:56:38.34 ID:HhSYEXvuO

 ようやく西門に辿り着いた頃には、着物は乱れて髪はぐちゃぐちゃ。
 見るも無惨な姿をしたぺにさすが、それでも美しい泣き顔で“あの小屋”を目指して歩く。

 そこの角を曲がれば、しゃきんが養生していた小屋がある。

 曲がって、戸を開いてみれば、きっと笑ってくれるはず。
 また仕事を抜け出して、と、叱ってくれる筈なのだ。


 そ、と。
 いつの間にか止まっていた足を動かして、角を曲がった。



  (`-ω-´)


(;、; 川「────っ!!」



 目に飛び込んできた物は、未だ蓋をしていない棺桶に詰め込まれた男の、白い顔。


48 ◆tYDPzDQgtA 2008/05/31(土) 23:58:21.89 ID:HhSYEXvuO

 棺桶に蓋をしようとする男達を押し退けて、ぺにさすはその棺桶にすがり付く。
 男達は面食らい、引き剥がそうと手をかけるが、止めた。

 身を乗り出して棺桶に入ったしゃきんの頬を指先で撫でては、涙が溢れる。
 噛み締めていた奥歯がほどけて、堪え続けていた嗚咽が次々と、葬式を場を濡らすのだった。


(;、; 川「うっ、う……ああ、ぁぁあああああ……っうわああああああっ! しゃきんさん、しゃきんさん、嘘よね、嘘よねっ……ぁ、あああああっ!! うわあああああああああああああああんっ!!!!」


 指先から伝わる物は、死体となった低い温度だけ。

 誰も大声で泣くぺにさすに声などはかけられず、ただ黙って、泣き叫ぶその悲鳴を聞くしかなく。


 皆してそっと、顔を背けた。



49 ◆tYDPzDQgtA 2008/06/01(日) 00:00:16.86 ID:XUmoZzwhO


 太陽が昇って、降りて、あっと言う間に夕暮れ時。
 はいんは九羽屋の裏口で爪を噛み、手に布を巻き付けてぺにさすの帰りを待っていた。
 側に居ようとした禿のでぃを断り、一人でただ待ち続ける。

 左の親指の爪はもう噛みすぎて形が悪くなっており、他の指の爪も形が崩れていた。


 あのまま身投げなどはしないだろうか、ちゃんと帰ってくるだろうか。

 それだけが気掛かりで、今日は仕事どころでは無かった。


( 、  川「…………」


 じゃり、と言う音にはいんは顔を上げて裏口を見る。
 其処には項垂れたぺにさすが一人、汚れた打ち掛けを片手に立っていた。


从 ゚∀从「ぺに、さす……」

( 、  川「ただいま戻りました、はいん……疲れたから、疲れたから私、お部屋に戻りますね……」

从 ゚∀从「……あァ、分かった」


50 ◆tYDPzDQgtA 2008/06/01(日) 00:02:05.95 ID:XUmoZzwhO

 ふらふらとした足取りで階段を上って行くぺにさすを見送り、はいんは赤毛を掻き毟る。

 気の利いた事のひとつも言えないなんて、どう言う事だ。
 そう己に毒づいたはいんも、ゆっくりぺにさすの後を追う。

 何か一言だけでもかけてやりたい、同情なんかじゃあない言葉を。


 絞められたぺにさすの部屋の引き戸。
 壁を殴りすぎて痛む手を伸ばして指先に引っ掻け、そっと開く。

 布団の上で足を投げ出して座るぺにさすが、開いた戸に少しだけ顔を上げてみせ、濁った眼をつらりと動かし、はいんを見上げた。


( 、  川「どうなすったの、はいん……私、疲れてしまったの……今日はもう、休みたいわ」

从 ゚∀从「なァ、ぺにさす……俺様は、な……羨ましかったンだぜ、手前が」

( 、  川「…………」

从 ゚∀从「すまねェ、こんな時に言ったッて無駄なのに……すまねェ、ぺにさす」


51 ◆tYDPzDQgtA 2008/06/01(日) 00:04:07.23 ID:XUmoZzwhO

( 、  川「謝らないではいん、私、私ね、幸せだったの……恋って幸せなんだって、初めて知ったの」

从 ゚∀从「……ああ」

( 、  川「楽しかった、嬉しかった、幸せだった……でも、もうお仕舞いなのね、もう相手が居ないんだもの」

从 ゚∀从「…………すまねェ……」

( 、  川「良いの、良いのよはいん…………ねぇ、私ね、……また、しゃきんさんに恋をするわ」

从 ゚∀从「おい、ぺにさす」

( 、  川「そしてね、次こそは結ばれるの……次こそは、ずっと二人で、幸せになるの」

从 ゚∀从「おい待て、待てぺにさすッ! 手前、」

( 、  川「有り難う。……お願いはいん、もう、眠らせて……」

从 ゚∀从「……あァ、おやすみ、ぺにさす……おやすみ」


( 、  川「ねぇはいん……ごめんなさい……」


  たん。

52 ◆tYDPzDQgtA 2008/06/01(日) 00:06:05.42 ID:XUmoZzwhO


 翌朝、

 ぺにさすは自室で首を切って死んでいた。


从 ∀从「……」


 黒く変色した血液が撒き散らかされたその部屋に、横たわる女が一人。

 女は幸せそうな死に顔で、剃刀を片手に眠っている様だった。


 枕元には一筆、赤い文字で「ありがとう」。


从 ∀从「莫ァ迦……女が」


 もはや声を荒らげる事も、涙を流す事も出来ず。

 はいんはふらふら覚束無い足取りで、武雲屋へと足を運ぶのだった。



53 ◆tYDPzDQgtA 2008/06/01(日) 00:08:14.98 ID:XUmoZzwhO



lw´- _-ノv「……」

从 ゚∀从「ッてェ、事だったのさ」


 赤い髪を風に遊ばせる横顔が、悲しげに俯いた。

 ここ数ヵ月の内に起きた事を聞かせ終えたはいんは、膝を抱いて背筋を震わせる。
 くぐもった嗚咽を漏らして小刻みに震える背中を、しゅうがそっと、抱き締めた。


从 ∀从「俺様がもっと、見舞いに行かせてやってりゃア……もっと、会わせてやっていりゃア……ッ!」

lw´- _-ノv「はいんに何が出来たのか、はいんに命が救えたか?」

从;∀从「なァんにも出来やしねェよッ! けど、けどなァッ!!」

lw´- _-ノv「そうやって自分の所為だと背負い込んでは、浮かばれる物も浮かばれぬ、止めるがよいよい」

从#;∀从「ッせェッ!! 手前は何も、何も……ッ!!」


 ぱん。


54 ◆tYDPzDQgtA 2008/06/01(日) 00:10:48.70 ID:XUmoZzwhO

 顔を上げ、しゅうに怒鳴り付けていた頬を、軽くはたいた。

 しゅうは細い目を少しだけ開いてはいんを睨み付け、己が殴ったはいんの左頬に手を添える。

 突然の事に目を見開いたはいんは、涙も止めて呆然とするだけ。


lw´- _-ノv「お止めはいんや、ぬしも殴られりゃあ痛かろう」

从 ∀从「……そりゃ、なア」

lw´- _-ノv「伊藤も痛かったろう」

从 ∀从「ッ……そうだァ、な」

lw´- _-ノv「わっちがはいんに痛い思いをさせた理由は、はいんの為。ならばはいんが伊藤に痛みを与えた理由も、同じなのではなかろうか」

从 ゚∀从「……しゅう、手前」

lw´- _-ノv「少なくとも伊藤は、はいんが悪だとは思わなかったのでは無いのかえ」


56 ◆tYDPzDQgtA 2008/06/01(日) 00:12:27.86 ID:XUmoZzwhO

 きゅ、とはいんを両腕で抱き寄せる感触。
 柔らかな女の身体の暖かさは、死んだ友人のそれとよく似ていて、はいんの止まっていた涙がぽろり。

 最初にこの女に話して良かった、殴ってくれて、叱咤してくれて良かった。

 はいんを殴って叱りつける様な奴は他には居ない、だからこそ、この母の様な暖かさが身にしみる。


 しゅうの紫色の着物、その胸元に染みを作りながら

 はいんは嗚咽を、必死でこらえるのであった。




  花の魁、散るは魁。

  美しい花の命は、短い。



おしまい。

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