569 ◆tYDPzDQgtA 2017/06/04(日) 21:01:44 ID:J1xcvgz20

 昔話をしませんか。
 血と死と泥にまみれた昔話を。

 寝物語のように滔々と。
 読み聞かせるように朗々と。

 膝を貸してごらん。
 灯りに揺らめく金の髪に指を絡めよう。

 朱に染まる緑の目を見上げて語ってあげよう。
 その仏頂面を眺めて教えてあげよう。


 君の相棒の半生はもう語った。
 だから次に語るのは、僕の死のお話。

 僕に与えられた最初の死を。
 孤独と苦痛を絶望を。


 すべて、君に晒してみよう。



 【道のようです】
 【番外編 いえいえそんな御大層な。】


570 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:03:35 ID:J1xcvgz20

 町を出て、国を出て、船に乗り。


 僕らは今、二人きりの部屋。
 その部屋は海の上に浮かぶ船。

 ゆらゆらと揺れる感覚にも慣れた船旅数日目。
 時おり甲板に上がる魔物を退治したり、食堂で弾き語りしたり。
 小銭を稼ぎつつ、のんびりした日々。

 次の国は海の向こう。
 やっぱり旅は広く大きく行かなきゃね。


 海の向こうの国に行く事にしたのは、ほんのちょっとした理由。
 大した理由もなく、ただ相棒が「海の向こうに暖かい国があるらしい」と言うので。

 どうやら、僕の言った事を覚えていたらしい。
 空気のきれいな、暖かい場所。

 律儀なんだから。


571 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:06:03 ID:J1xcvgz20

 暗く静かな夜の海。
 波の音だけがよく聞こえる。

 大きな灯りを落とした部屋で、日課の手入れをする相棒。
 赤黒い斧槍の刃を丹念に磨き、その切れ味を保つ。

 小さな背中は、下ろされた髪に隠されている。
 赤い灯りに照らされて、動くたびにきらきらと揺れる。

 僕は僕で楽器の手入れを終わらせて、荷物の整頓をしていた。
 あと数日はかかるが、こまめに整理しておかないとね。


 隣の国も言葉は通じるみたいだし、文字は少し違うけど、最低限の知識は入れておかないと。
 相棒はその辺どうなのかな、頭は良くないから覚えるのは難しいかな。

 まあ言葉が通じるならどうとでもなるか。


 しかし、海の向こうが本当にあるんだなあ。
 見た事が無いから、まるでおとぎ話みたいな感じだ。


572 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:07:41 ID:J1xcvgz20

爪'ー`)y‐「ツーンちゃん」

ξメ⊿゚)ξ「んー」

爪'ー`)y‐「これ捨てる?」

ξメ⊿゚)ξ「何それ」

爪'ー`)y‐「水着」

ξメ⊿゚)ξ「置いといて」

爪'ー`)y‐「はーぁい」

爪'ー`)y‐

爪'ー`)y‐「左目だけって不便?」

ξメ⊿゚)ξ「距離感は掴みにくいわね」

爪'ー`)y‐

ξメ⊿゚)ξ「何か眼鏡みたいなのは貰ったけど、苦手なのよねこれ」

爪'ー`)y‐「つけといたら?」

ξメ⊿゚)ξ「失った視力を補う魔道具とか怖くない?」

爪'ー`)y‐「うんまぁ謎原理だけど」


573 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:09:54 ID:J1xcvgz20

ξメ⊿゚)ξ「何かつけた感じ気持ち悪いし……」

爪'ー`)y‐「視力の良い人間がつけたらどうなるんだろ、貸して」

ξメ⊿゚)ξつ「ん」

爪∩ー`)「よいしょ」カチャ

ξメ⊿゚)ξ「どうよ」

爪%ー`)y‐「…………」

ξメ⊿゚)ξ

爪%ー`)y‐「視界が360度全方位カバーした……」

ξメ⊿゚)ξ「ぅゎ」

爪∩ー`)「酔うこれ」

ξメ⊿゚)ξ「ね、気持ち悪いでしょ」

爪'ー`)y‐「気持ち悪いわ……」


574 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:11:27 ID:J1xcvgz20

爪'ー`)y‐「でも、距離感掴みにくいのに大丈夫?」

ξメ⊿゚)ξ「どうとでもなるわよ」

爪'ー`)y‐「……なら良いんだけどさ」


 平気そうな顔してるけど、片目に負荷をかけるのはつらいって分かってるよ。

 君は最近よく頭が痛そうにするし、一人の時に手を伸ばして物を掴む練習もしてる。
 手をかざして自分の視野を調べたり、見えなくなった右側に対して警戒して。

 戦士として、それは大きな足かせになるだろうに。
 そして失った右目は、もう戻せないのに。


 どうして君は、平気そうにしていられるのかな。


 何かを喪う感覚が、どんなにつらいか。
 君も僕も、それを知りすぎてしまっている。

 いろんな物をうしなって、いろんな物を手にして。
 僕らは今、ここまで歩いてきたんだから。


575 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:13:15 ID:J1xcvgz20

爪'ー`)y‐「ねぇツンちゃん」

ξメ⊿゚)ξ「何よ今度は」

爪'ー`)y‐「船旅だと女の子買えない」

ξメ⊿゚)ξ「だから船乗りは海の生き物を人魚と錯覚したり男同士に走るらしいわよ」

爪'ー`)y‐「やめてよ知ってるけど知りたくないよ」

ξメ⊿゚)ξ「あんた見映え良いからその辺の男引っ掛けてきなさいよ」

爪'ー`)y‐「やーだーよーぉ!! 僕は可愛い女の子と良いことしたいの!! 男を抱く腕は無いの!!」

ξメ⊿゚)ξ「あ、そっち側なのあんた」

爪'ー`)y‐「ツンちゃん膝枕」

ξメ⊿゚)ξ「おぞけが走るな」

爪'ー`)y‐「他の客に手を出すには船は狭いからヤバいの!」

ξメ⊿゚)ξ「ここまで知ったこっちゃない話があるだろうか……」

爪'ー`)y‐「お膝」

ξメ⊿゚)ξ「あーもーうるさいうるさい、分かった分かった」


576 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:14:35 ID:J1xcvgz20

 得物の手入れが終わり、道具を仕舞って手を拭く。

 そして相棒は、座る僕の膝に頭を置いた。


爪'ー`)y‐

ξメ⊿゚)ξ

爪'ー`)y‐「ちがうくない?」

ξメ⊿゚)ξ「膝枕ではあるが」

爪'ー`)y‐「ちがうくない……?」

ξメ⊿゚)ξ「あんたは文句しか言わない」

爪'ー`)y‐「あれれぇ……?」


 見上げるはずが見下ろす羽目になった綺麗な金髪。
 くるくると柔らかな手触りのそれに指を絡める。

 鬱陶しそうに眉は寄せているが、腕を組んだまま黙っている。

 何だろう、立場がおかしい。


577 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:16:29 ID:J1xcvgz20

ξメ⊿゚)ξ「ところで狐よ」

爪'ー`)y‐「はい」

ξメ⊿゚)ξ「あんたこの状態になって何をしたかったの?」

爪'ー`)y‐「いやー……この状態を求めていたわけじゃないからなぁ……」

ξメ⊿゚)ξ「私に膝枕されて楽しい?」

爪'ー`)y‐「楽しくはない」

ξメ⊿゚)ξ「私に膝枕して楽しい?」

爪'ー`)y‐「楽しくない」

ξメ⊿゚)ξ「あんたの膝は固い」

爪'ー`)y‐「男の膝はだいたいこうじゃないだろうか」

ξメ⊿゚)ξ「先生はもうちょい柔らかかったわ」

爪'ー`)y‐「君まさかアラフォーに膝枕させたのかい」

ξメ⊿゚)ξ「日常的にしてるらしいわよ」

爪'ー`)y‐「あー……子供いっぱい居るからなぁ……」


578 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:18:05 ID:J1xcvgz20

ξメ⊿゚)ξ

爪'ー`)y‐

ξメ⊿゚)ξ「歌え」

爪'ー`)y‐「今は子守唄のストックが無いです」

ξメ⊿゚)ξ「プロだろ捻り出せ」

爪'ー`)y‐「プロだけど出ない時は出ません」

ξメ⊿゚)ξ「えー……」

爪'ー`)y‐「と言うか寝るつもりか……膝で……」

ξメ⊿゚)ξ「暇なんだけど……」

爪'ー`)y‐「何で膝枕してるんだろう……」

ξメ⊿゚)ξ「知らんわ……」

爪'ー`)y‐「やっぱ食堂にでも行こうか……」

ξメ⊿゚)ξ「出禁」

爪'ー`)y‐「君さぁ」

ξメ⊿゚)ξ「ビュッフェが悪い」


579 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:21:09 ID:J1xcvgz20

爪'ー`)y‐「ツンちゃんさぁ」

ξメ⊿゚)ξ「ん」

爪'ー`)y‐「僕の事好き?」

ξメ⊿゚)ξ「えっ気持ち悪っ」

爪'ー`)y‐「僕はツンちゃんの事だぁい好きだよぉ?」

ξメ⊿゚)ξ「うわ気持ち悪っ」

爪'ー`)y‐「ツンちゃんそれ照れ隠しでは無く素で言うから色気も可愛げも無いんだよ?」

ξメ⊿゚)ξ「事実をありのまま伝えてるから」

爪'ー`)y‐「もーぉーかーわーいーくーなーいーぃ」

ξメ⊿゚)ξ「あーうっさいうっさい、もう下りるわ」

爪'ー`)y‐「いやもうちょい」

ξメ⊿゚)ξ「楽しんでんじゃねえの膝枕」

爪'ー`)y‐「退屈は凌げる」


580 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:22:45 ID:J1xcvgz20

爪'ー`)y‐「ツンちゃん口悪くなったなぁ」

ξメ⊿゚)ξ「ヒールのお陰かしら」

爪'ー`)y‐「んもーあのややブス」

ξメ⊿゚)ξ「ややブスに罪は無いわよ」

爪'ー`)y‐「気の強いとこはほんとソックリなんだから」

ξメ⊿゚)ξ「そうかしら」

爪'ー`)y‐「似てる似てる、まったくもー」

ξメ⊿゚)ξ「……似てると言えば」

爪'ー`)y‐「ん?」

ξメ⊿゚)ξ「デレは両親によく似た角だったわ」

爪'ー`)y‐「うんうん」

ξメ⊿゚)ξ「私はあの、ひ…………お母さんに、髪は似てると思うし」

爪'ー`)y‐「きっと顔立ちはそっくりなんだろうねぇ」


581 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:24:33 ID:J1xcvgz20

ξメ⊿゚)ξ「あんたは、分からないの?」

爪'ー`)y‐「僕は親の顔なんて知らないしなぁ、自分が金髪だって事もなかなか気付かなかったし」

ξメ⊿゚)ξ「……でも、誰かの血を受け継いだからその色なんでしょうね」

爪'ー`)y‐「娼婦とごろつきの間に生まれたのかも知んないけど、まぁそうだろうね」

ξメ⊿゚)ξ「でも私、あんたの髪好きよ」

爪'ー`)y‐「ほんとー?」

ξメ⊿゚)ξ「ええ、バナ……いや、えー……色、良い色ようん……あの……あー……バナナ……うん」

爪'ー`)y‐「完全にバナナ扱いしたね? バナナなんだね?」

ξメ⊿゚)ξ「表現が……表現がちょっと……バナナ……」

爪'ー`)y‐「バナナ……」

ξメ⊿゚)ξ「目も綺麗な青だし」

爪'ー`)y‐「話題をバナナからそらしたね?」

ξメ⊿゚)ξ「空より海の方が近いかしら」

爪'ー`)y‐「バナナを無かった事にしようとしてるね?」


582 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:25:36 ID:J1xcvgz20

ξメ⊿゚)ξ「あんたが女受け良い理由は私にだって分かるもの」

爪'ー`)y‐「あ、ちゃんと理解はしてたんだね」

ξメ⊿゚)ξ「時々ブッサイクだけど」
  _,
爪#'Д`)y‐「イーケーメーンーでーすーぅ!!」

ξメ⊿゚)ξ「いやーぶっさいぶっさい」

爪'ー`)y‐「褒めたり貶したり……もー」

ξメ⊿゚)ξ「あんた人の事言えんの?」

爪'ー`)y‐「えー僕は賛辞に特化してますよぉ?」

ξメ⊿゚)ξ「ほぉ」

爪'ー`)y‐「君の髪はまるで月の光を紡いだように美しいねとか」

ξメ⊿゚)ξ「詩的だ……」

爪'ー`)y‐「君の瞳は輝石すら曇らせる程に深く澄みきらめく翠緑だとか」

ξメ⊿゚)ξ「詩的だ……」

爪'ー`)y‐「君の肌は天鵞絨よりもなめらかで絹よりもすべらかで」

ξメ⊿゚)ξ「もう良い怖い」


583 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:26:53 ID:J1xcvgz20

爪'ー`)y‐「ここからが本番ですよ?」

ξメ⊿゚)ξ「もう良いもう」

爪'ー`)y‐「女の子を表現するのによく言うのは、立てば芍薬 座れば牡丹」

ξメ⊿゚)ξ「歩く姿はカリフラワー」

爪'ー`)y‐「それ好き」

ξメ⊿゚)ξ「好き」

爪'ー`)y‐「君の場合、立てばホームランバー 座れば雪見だいふく 歩く姿はメロンボールかな」

ξメ⊿゚)ξ「語呂わっるいなおい」

爪'ー`)y‐「王将アイス?」

ξメ⊿゚)ξ「意外と売ってない」

爪'ー`)y‐「デレは 立てばパナップ 座ればうまか棒 歩く姿はビエネッタ……」

ξメ⊿゚)ξ「語呂良いなビエネッタ……」

爪'ー`)y‐「僕は?」

ξメ⊿゚)ξ「立てばきつねうどん、座ればいなり寿司」

爪'ー`)y‐「歩く姿は」

ξメ⊿゚)ξ「やんやんつけぼー」

爪'ー`)y‐「何でだ!!!」


584 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:27:39 ID:J1xcvgz20

爪'ー`)y‐「あーもう! 僕はこんな色気も汁気もない会話をしたいんじゃないの!」

ξメ⊿゚)ξ「楽しんでただろ……」

爪'ー`)y‐「面白い感じにするのやめて!」

ξメ⊿゚)ξ「誰よ最初にしたの……」

爪'ー`)y‐「君だよ!」


 膝の上で悪態をつく相棒の頭を軽くぺしぺしと叩く。

 そうだよこんな愉快な感じにしたいんじゃない、もっとしっとりした感じが良いんだ。


 はあ。
 でもまあ、こうやって馬鹿みたいな会話出来るのも楽しくはあるか。

 少し前なら、こんなに気を抜けなかった。
 きっとお互いそうだろう。

 油断しきって、気を抜ききって。
 相手をなにもかも委ねられるなんて。


 そんなの、考えたことも無かったな。


585 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:28:57 ID:J1xcvgz20

 溜め息混じりに金の巻き毛をくしゃくしゃとかき混ぜると、相棒は不機嫌そうだがなすがまま。
 口を開くと気味が悪いだの気色が悪いだの、本当に色気も何もあったものじゃない。

 だけれどまあ、こんな相棒だからこそ僕は今でも旅をしているのだろう。
 色事に無縁で、真面目な癖に自制は効かず、何でも背負いたがる頑固者の偽善者。

 この可愛いげの無い可愛い相棒も、先日の母親の件ではずいぶんと参っていた。
 今では落ち着いたように見えるが、決着がつくまで時間を要するだろうな。


 何だかんだと、この子の赤裸々な部分を聞く羽目になった。


 なら、僕も少し話そうかな。


 外から流れ込むは波の音、掬いきれない水の音。
 部屋を包む、ゆらゆらぐわぐわ静かな揺れ。

 海の真ん中に浮いているのだと思うと、妙にわくわくするような、心細く感じるような。
 胸の奥が落ち着かず、揺れる船のように波に翻弄されるので。


爪'ー`)y‐「ツンちゃん」

ξメ⊿゚)ξ「ん」

爪'ー`)y‐「暇だから、昔話しよっか」


 暫しの間を置いた相棒は、黙ってポケットから銅貨を取り出した。


586 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:29:55 ID:J1xcvgz20

 あれは少し前だけれど、何年前かは覚えてないな。
  (適当なのね。)

 僕が不死者になって、人生初の死を迎えた話さ。
  (何で覚えてないのよ。)

 その時の僕がどんな感じだったか、君には僕の死を知っていてほしいから。
  (重い。)

 さ、茶々入れはここまで、ここからは口を閉ざして僕の死と痛みと苦しみを聞いておくれよ。
  (わーたのしみー。)



 まず、あの人が亡くなってから僕はもう自暴自棄そのものだった。
 生きる理由が生きる事、やさぐれながらも娯楽を求めて生きていた。

 だって僕の希望でもあったあの人はもう居ない。
 僕は生まれが卑しい粗末な命、染み付いた臭いも汚れも完全には拭えない。

 あの人の期待も温もりも愛情も踏みにじるみたいに、クソ溜めみたいな生き方をしてた。
 ただあの人を裏切った自分が、そんな生き方を変えられない自分が嫌いだったんだよね。

 だから、別に長生きなんて出来なくて良いと思った。
 あの人に掬われた命だけど、少しの間は人間として生きられたから。

 もう良いやって、どうせ最初から汚いんだって、卑屈になってね。
 今でも卑屈? マシになった方ですぅ、良いから口閉じなさい。


587 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:31:04 ID:J1xcvgz20

 だから危ない事もいっぱいしたし、法も山ほど犯したし。

 それでも捕まらなかったのは、きっと何だかんだで生きたかったからかな、本能で逃げ切ってたのかも。

 僕は計算だと思ってたし、そんな駆け引きも楽しいからだと思ってた。
 でも君を見てると、本能でギリギリのリスク回避してただけな気がする。
 痛いつねらないでちぎれる。


 まあ僕は見映えが良いから。
 僕は見映えが良いから、利用する事も出来た。 大事な事だよ。

 便利に使えるこの見てくれにだけは、顔も知らない親に感謝したもんさ。
 まあ見られない顔の方が早く死ねるだろうから結果的に良かったのかもしれないけど。

 顔が良ければ女は寄る。
 女で遊ぶのは一番手っ取り早くて簡単な娯楽だ。

 娼婦やら情婦やら、どんな女にも手を出したし、嫌がる女も居なかった。
 尻は軽いが頭の良い女ばかり選んだからね、まあ面倒も起きたけど。

 ん、何その目。 女をなんだと思ってんだって顔?
 あのね、これはお互い様なの、向こうもリスク背負って理解して遊んでたの。
 君には分かんないだろうけど、僕を連れ歩く事が彼女たちのメリットでもあったんだからね。


588 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:31:56 ID:J1xcvgz20

 ごほん。
 で、まあ派手な女遊びをしてれば命はわりと狙われるよね。
 気に食わないだの人の女に手を出しただの、間男の宿命だよね。

 そんな状況も楽しいと思ってた。
 楽しいとは今でも思うけどさ、まあ命賭ける程では無いかなぁ、死なないけど。


 生きてて楽しいと思い込むしかなかったのかもね。
 楽しく生きてんだから楽しいに決まってるって。

 睨まれたり殴られたり蹴られたり。
 詐欺みたいな事して人の女抱いて。
 殺されかけたり逃げ延びたり。

 リスクも楽しい、駆け引きも楽しい、誰かの優位に立てて、蹴落として、欺いて。
 楽しくて楽しくてしょうがない筈なのに、一人になって楽器を見ると、なぜだか生きるのが嫌になった。

 僕はどうして生きてるんだろう。
 こんな事の何が楽しいんだろう。
 あの人に申し訳ないと思わないのか、裏切って踏みにじってこれで良いのか。


 だから僕は、一人が嫌いだった。
 一人の夜なんて耐えられないから、余計に人肌を求めた。


589 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:33:29 ID:J1xcvgz20

 そんな時だね、ある魔女に手を出したのは。

 今となっては出会い方も顔も覚えてないし、興味は無いけど。


 いつものように手を出して、いつものように逃げ出した。
 一晩だけ楽しむつもりだったけど、相手を間違えたよなあ、怒られちゃってね。

 それで、僕は呪いを受けました。
 輝かしいくらい自業自得だよねぇ、笑える。

 最初はどんな呪いかわかんなくてね、大した事無いし平気だと思ってた。
 確かまじない言葉は「このものにとわのこどくあたえひきさきたまえ」だっけな。



 んで呪い受けてしばらく経った頃にね、うっかり街道で盗賊に襲われたんだ。

 うっかり一人で夜になってさ、夜営の準備してたら囲まれてね、脇の森の方に追い立てられて。

 荷物も服も剥ぎ取られるし、殴られるわ蹴られるわ、痛かったなぁアレ。

 代わる代わる僕を殴ったりして、首絞めたり、ああアレもあったかな、ほら目を。

 ん? 聞きたくない? まあまあ聞こうよ。


590 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:36:25 ID:J1xcvgz20

 何もない街道だったから、娯楽にも餓えていたんだろうねあの人たち。
 その数日は女の子も通らなかったみたいで、余計に鬱憤が溜まってたみたい。

 ツンちゃんはさ、娯楽ってどんなのがあるかわかる?


 ご飯? うんそうだね。

 遊び、まぁ一番がそれだね。

 女、そうだね、さっき言ったよね。


 他にもあるんだ、色々ね。
 例えばね、そう、ふふ、わかった?


 暴力だよ、ツンちゃんがよくやるやつ。


 処刑、あるじゃん?
 あれってさ、見る側からすれば娯楽なんだよね。


 ふふー、僕がどうなったか、察したかなー?

 じゃあ正解を教えるね、耳を塞がないの。


591 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:37:21 ID:J1xcvgz20

 正解は、拷問からの死でしたー。


 まず動けないようにさ、脚を折るんだ。
 両足を潰したら腕も片方潰す、抵抗がもう出来ない状態だね。

 そこからはさ、死ぬまでおもちゃになるだけだよ。
 もう金品も何もかも奪われてるから、生きてる間は暇を潰す道具になるんだ。

 叫んだところで誰にも聞こえないから、喉は潰されなかった。
 でもこっちの目を潰されたよ、外からね、押し潰してた。

 残ってる片腕で逃げようとするけど、それはわざと残してあった腕なんだよね。

 僕が必死に這って逃げようとするのを笑うため。
 そしてその腕を潰して絶望させるため。

 そうしたら、もう手足も役に立たないからさ、逃げられないわけじゃない。
 舌を噛む前に猿轡を噛ませると思うでしょ、違うんだよー、歯を全部砕くんだ。 殴って。

 ガキの頃に拷問慣れは確かにしてたけど、あの頃はさすがにキツかったなぁ。


 なーにツンちゃん、聞きたくなさそうな顔。

 ダメだよ、ちゃんと聞いて。
 僕がどんな無様な死に方をしたのか、ちゃんと聞いてて。

 僕は君に、全部教えておきたいんだよ、ツンちゃん。


592 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:39:22 ID:J1xcvgz20

 うん、ふふふ、そんな怖い顔で聞かないでよもー。
 昔の事なんだから、ほら続き話すよ?


 えーとそうだな、ぼろ雑巾みたいになったんだったね。
 二日くらいかな、そのままぐちゃぐちゃにされてたのは。

 僕はもう死んでるような状態だった。
 浅く呼吸してたまに呻くだけの肉のかたまり。

 そうなるともう遊べないからさ、始末するわけ。
 あの人達が回復魔法使えなくて良かったなー、使えてたら本当に地獄だったかも。


 僕はもう要らないおもちゃだからさ、適当に潰して適当に捨てるんだ。
 腹にね、ここ、ナイフ突き立てて、谷底に蹴り落とされた。


 腹を裂かれた時にさ、ああやっと死ねるんだって思った。
 二日の拷問が苦しかったってのもあるけど、それ以外のすべてから解放される。

 もうあの人を、おばあちゃんを裏切らなくて済む。

 もうこんなクソみたいな人生から抜け出せるんだ。

 もう訳のわからない孤独も焦燥感も苦しみも味わわずに済むんだって。


593 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:39:56 ID:J1xcvgz20

 死にたくなかった。
 でもやっと解放される。

 死んだ後の行く先は違うだろうけど、おばあちゃんに謝りたい。
 わざわざ助けてもらったのに、僕はこんなクソみたいな生き方しか出来なかった、ごめんなさいって。


 寒くて眠くてもう痛みも感じなかった。
 そうしたら谷底に叩き付けられて、意識は途切れた。


 なのに僕は、目を覚ましたんだ。
 谷底で、裸で、何も持たない状態で。

 傷は無くて、周りには僕が飛び散った痕跡と、何かに食い荒らされた痕跡。
 ぐちゃぐちゃだった体は元通りで、傷一つありやしない。

 何かの間違いだと思ったよ。
 死後の世界か、夢を見てるんだと。

 でもね、それは現実だった。
 まだ近くに居た犬みたいな魔物に襲われてね、食い荒らされて死んで分かったんだよ。


 死にたくないって本能で感じてたんだろうけど、僕はずっと早く死にたがってたんだろうね。

 死ねないって知った時は、結構絶望したよ。


594 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:40:59 ID:J1xcvgz20

 何度も自殺して、蘇って、理解しちゃったんだ。
 終わらないんだって、僕はこのクソみたいな人生から、逃げ出せないんだって。

 化け物として、ずっと人間より下の生き物として生き続けなければいけない。

 怖くて怖くて、おそろしくて、もうどうすれば良いかなんて分からなかったよ。
 そしてそれが呪いだと気付いたのは、もう自暴自棄になって落ち着いた頃だった。


 僕は魔女の呪いで、死ねない化け物になってしまった。

 死ねないのなら、好きに生きれば良い。

 どうせ死ねないんだから、みんな捨てて生きよう。

 もう生きていると言って良いのかも分からないような状態で。

 周りに寄るのはろくでもない連中ばかり。
 類は友を呼ぶね、人を人だとも思わないような奴らばかりだった。


 それからしばらくしてからだよ、ツンちゃん。

 僕は、君と出会えた。


595 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:43:17 ID:J1xcvgz20

 そこからは全部話したから、もう良いよね。

 これでも君には感謝してるんだ。
 もちろんデレにも、僕を人間らしい生き物にしてくれた。


 ほんとはね、もう疲れてたんだよ。

 楽しい事を少しでも見つけて、それを生きる糧にしてきた。
 でもさ、もう疲れてたんだ。

 今後も、僕のせいで君に迷惑をかけると思う。
 それでも君は、許してくれるかな。


「ねぇ狐」


 はい?


「盗賊は、どうなったの」


 さあ? 知らないけど、


596 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:44:05 ID:J1xcvgz20

「あんたは、どうしてこんな話を私にしたの」


 言ったでしょ、僕の死に様知ってて貰いたかったから。


「延々とグロ話聞かされた身にもなりなさいよ」


 あはは、慣れてるでしょそれくらい。


「あんたが平気ならまぁ良いけど」


 ん?


「初めて死んだ時の事は、私だって思い出したくない」


 ツンちゃんもなかなか凄惨だったみたいだねぇ。


「あんなの、もう御免だわ」


 普通は死んだらそれまでだからね。


597 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:44:38 ID:J1xcvgz20

 僕はさ、死に慣れたゾンビ野郎でさ。

 気味の悪い、呪われた化け物なわけじゃない。

 それでも君たちはね、何だかんだで僕を生かしてくれたんだ。

 化け物みたいなものだとしても、人間として扱われるのは嬉しい。

 だから、もうこれからは卑屈にならなくて済むんだなって。


「……そうね」


 過去の事なんてもう良いやって、言えるようになってきたから。

 ツンちゃん、ありがと。


「気持ち悪いわね」


 ひっどーい。


598 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:45:33 ID:J1xcvgz20

 あー、でもアレだなぁ。


「何よ」


 おばあちゃんから貰った指輪があったんだよね

 それも、初死で取られたんだよなぁ。


「…………」


 まあ、今となってはもうどうしようもない事さ。


「大切な物、奪われてたのね」


 んー、まぁ昔の事だからね。


 「そう」


599 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:46:15 ID:J1xcvgz20

 ぎし、と勢い良く相棒が僕の膝から起き上がり、床へ降り立つ。

 そしてベッドに腰かけたままの僕を見下ろして、それはそれは、それはもう怖いくらいの真顔で。


ξメ⊿゚)ξ「戻らなきゃいけないわね」

爪'ー`)y‐「へ?」

ξメ⊿゚)ξ「やる事が出来たから、南の島はお預けよ」

爪'ー`)y‐「えっ、待ってツンちゃん」

ξメ⊿゚)ξ「船員に話してくるわ、途中だけど戻るって」

爪'ー`)y‐「ツンちゃん? ツンちゃん??」

ξメ⊿゚)ξ「何よ」

爪'ー`)y‐「あの、まさか君……お礼参りするつもりじゃないよね……?」

ξメ⊿゚)ξ

ξメー゚)ξ「私はね、」




 「怒ってるわ、とても」


600 名無しさん[sage] 2017/06/04(日) 21:48:06 ID:J1xcvgz20

 背筋が凍るような笑顔で、僕の相棒は誰かの死刑宣告をした。

 ああ言い出すと絶対にきかない頑固な相棒さんは、船員に話をしに行き、僕は苦笑しながら荷物を片付ける。

 はぁ、やっと新天地に行けると思ったのに。
 次の船が出るのはいつだろうなぁ。


 とは言え、僕の相棒はやっぱり僕が大好きなようだ。

 可愛いところもあるじゃない。
 色っぽさは皆無だけど、こんなのも悪くないよなぁ。



 ──── なんて思ったのはこの時だけで。



 その後、人が増えて大きな団になっていた事で指名手配され、
  生死問わずの討伐依頼まで出るようになった盗賊達の七割が五体不満足ないし死亡。

 五体満足で生きている者は心に深い傷を負い、金髪や緑の目を持つ少女に怯える羽目になった。


 そして、その全てが一人の少女の手によるものだと言う情報は瞬く間に広がり。

 盗賊達の間で、「緑の瞳をした盗賊殺し」の噂は恐怖の対象として語り継がれてしまったのだが。



 ま、それはまた別のお話ってやつで。

 僕の小指には今、懐かしい指輪がはまっている。



 おしまい。


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