最愛のようです。


 私は確かに君が好きだ。
 けれどね、君の気持ちは重すぎたんだ。
 私の為に、私の代わりに、そう言って君は何でもしてくれたし、何でもくれた。
 嬉しかったし幸せだったのだけれど。
 君のその、私の代わりに私の指先や髪の一本すら動かしそうな気持ちは、次第に私を潰していった。
 押し潰されそうなくらいに大きい君の気持ちは、嬉しい反面、ひどく息苦しかった。

 だからね、しぃ。
 だからね、

 私は君を、殺してしまったんだ。



最愛のようです。




(*゚ー゚)「ねぇ、どうかな? 美味しいかな?」

 君は可愛らしい弁当箱を持って、私に問い掛ける。
 首を傾げてみせ、髪がさらりと顔に流れるその一連の動きが、とても愛らしかった。

 私はいつも通り笑って、とても美味しいよと返す。
 すると君は幸せそうに笑うから、私もそれが嬉しくて、君の弁当を誉めちぎる。

 そしてやっぱり幸せそうに笑うから、私も幸せになったんだ。

 君の笑顔が何よりも愛しくて、たまらなく愛しくて。

 でも、それが間違っていたのだろうか。




 私が自分の仕事に取り掛かろうと机の中に手を入れると、あるはずの物がなかった。
 不思議に思って机の中を覗いてみると、君はとことこやって来て言ったね。


(*゚ー゚)「あ、私が代わりにやっちゃった。勝手にごめんね」


 少し驚いたけれど、手間が省けた事に喜んだ。
 それよりも、君が私の為にとしてくれた事が、何より嬉しかった。

 私はとても嬉しかったから、君の頭を撫でてありがとうを言ったね。
 その後に、君に買ってあげた自販機のリンゴジュース。
 本当はもっと良い物を奢ろうと思ったのだけど、君はそれが良いと譲らなかった。
 だから、少し納得はいかなかったけれど、120円のパックジュースを買って渡したんだ。

 ひどくひどく嬉しそうにありがとうを言う君が、大好きだった。




 けれど君はその日から、私の仕事を代わりにやってくれるようになった。
 私が手を付けようとした仕事は、みんな君がやってくれた後。

 そんな事が毎日毎日続いたから、私は申し訳ないから自分でやると言ったんだ。


(*゚ー゚)「私は大丈夫だよ、だって生徒会副会長だもん! これくらいのお手伝いやらなきゃ、こっちが申し訳ないよ」


 頑として譲らない君の言葉と意思の強い目に、私は反論も抵抗も出来なかった。

 けれど高校の生徒会長である私が、自分ではろくに仕事もせず副会長にすべてを押し付けている。
 そんな噂がたっては困るし、立場上、何か仕事をしなければ落ち着かない。

 それらを控えめに言うと、君は困ったような顔で渋々うなずいてみせた。
 その顔を見ると、何だかひどく申し訳なくて、悪い事をしている気分になって。




 ああそうだ、そう言えば私たちは生徒会室でも教室でも、登下校でも一緒だったね。
 君はにこにこ笑いながら私にくっついてきて、私もそれが妙に嬉しくて。
 登下校の時は、よく手を繋いで歩いた。

 君の手は私の手に比べれば小さくて、柔らかくて、とても女の子らしい華奢な手だった。
 小柄な君の手を握っていると、私が君を守らなきゃいけない、そんな使命感すら生まれた。

 そうして毎日一緒に行動をしていると、何時の間にやら私たちが付き合っていると言う噂が立った。

 少し満更でも無かったのを、覚えているよ。
 それを君に言ったら、困ったような照れたような顔をして笑っていたね。


(*゚ー゚)「え、えへへ……なんか、ちょっと照れちゃうね」


 はにかむ君が、私は確かに好きだった。




(*゚ー゚)「ねぇ、お家に遊びに行っても、良い……かな?」


 ある日、君が私の隣を歩きながら、首を傾げて上目使いにこちらを見て聞いた。
 繋ぐ手が少し汗ばんでいて、私は目を丸くして驚いた。
 誰かが家に遊びに来るとか、そんな事は初めてだったから、驚いてしまったんだ。

 少し間をあけて、小さく頷いたら、君はとても嬉しそうな顔をしたね。
 私も嬉しかったんだよ、ただ部屋の片付けをしておけば良かったと、後悔したけれど。


 その日を境に、君はよく私の家に遊びに来るようになった。
 それはもう、毎日の様に。
 毎朝私を迎えに来て、帰る時は私の家の前まで足を運んで。

 私の毎日が、さらに君で染まった。




 一月も経たない内に、まるで半同棲の様になっていた。
 君は毎日家に来て、夕飯を作って、私が眠る頃に帰る。
 そんな日々。

 君の手料理はとても美味しくて、ずぼらな性格の私に代わって家事をして。
 ついには、私は君に合鍵を手渡した。

 それは正解だったのか、それとも、間違いだったのか。
 もう、私には分からないよ。

 過ぎるほどの気遣いが嬉しい。
 けれど、強まって行く束縛。

 少しずつ少しずつ、君が私の中に入ってきて。
 少しずつ少しずつ、絞め殺すように。

 私は君で満ち溢れて行く。




 一人で行動をしようとすると、君は寂しそうな顔をした。
 他の友人と話していると、君は寂しそうな顔をした。
 自分で何かをしようとすると、君は寂しそうな顔をした。


(*゚−゚)「私は、いらない……かな、?」


 そう問われれば、首を横に振る事しか出来ないと、君は分かっていたのだろうか。
 君は何一つ強制も強要もしなかった。
 それが、何よりも苦しかった。

 きゃんきゃんと小型犬の様に吠える訳じゃなく、ただ悲しそうに顔を強張らせてこちらを見つめるだけ。
 何も言わず、ひどく寂しそうにうつ向いて背中を向けるから、私は慌ててその背中を追いかけていたんだ。




 心を縛り付けるような、重くて苦しい束縛。
 全身にか細い蜘蛛の糸を巻き付けるように、じわじわ、じわじわ、私の首を絞めてゆく。

 朝、目が覚めたら君がいる。
 夜、眠る瞬間にも君がいる。
 一日中、君は私の傍らに寄り添い、にこにこと、人懐こい笑顔を向ける。

 その笑顔を見ている時は幸せだった。
 手料理に舌鼓を打つ時は幸せだった。
 手を繋いで君の体温を感じている時は、幸せだった。

 幸せだったんだ。
 それは、事実なんだ。

 幸せだった、筈なのに。





(*゚ー゚)「ねぇねぇ、これ面白かったよ」

(*゚ー゚)「ね、今日は何を食べたい?」

(*゚−゚)「……ね、私……いらない?」

(*゚ー゚)「大好きだよ、あなたの事!」

(*^ー^)「あなたがいれば、なんにもいらないの」


 「同じ気持ちになれたら、嬉しいな」



 息苦しい。

 ああ、もう、息すら出来ない。

 私は君と言う底無し沼に足を踏み入れ、間抜けにも、そこに立ち尽くしていたんだ。




 私のすべてを飲み込もうとする君を、心の底から絞め殺さんばかりの愛をくれた君を。

 私は押し倒して、細い細い首に両手をかけて、力を込めた。


(*゚−゚)「ぁ、あ」


 馬乗りになって首を絞める私の手に、君の手が重なった。


(* − )「……ぉ、さ……わた、し……ぁ」


 冷えて行く君の体が恐ろしかった。
 絞められた首から言葉を絞り出す君が恐ろしかった。


(* − )「な、た……が、だ……す、き……だ……よ」


 最後の最後まで愛を与えて、君は涙を溢して、動かなくなった。




 ひどい色をした首の痣と、色を無くした君の寝顔が、恐ろしかった。


 ああ、私は君を殺した。
 この手で、愛らしい君を、細い首を絞めて、喉を握りつぶすようにして首を絞めて。

 部屋の真ん中で横たわる君は可愛くて愛しくて。
 そっと茶色の髪を撫で付け、私も涙をこぼした。


 怖かったんだ、怖かったんだ、もう何も考えられないほどに怖かったんだ。





 私の後ろをついて歩く君が。
 私の手を握って離さない君が。
 私の携帯電話をそっと開く君が。
 私の影から友人を睨み付ける君が。
 私の家の事を私より知っていた君が。
 私の机に赤い文字の手紙を入れる君が。
 私の郵便物を開封しては笑っていた君が。
 私の家に盗聴機なんかを仕掛けていた君が。
 私の姿を四六時中監視してにこにこ笑う君が。

 何よりも恐ろしかったんだ。
 私は君が恐ろしかったんだ。

 君の無垢に見える人懐こい笑顔が、ひたすらに恐ろしかったんだ。

 すべてを知ってしまった私に気付いていながらも、いつもと変わらずにこにこ笑う君が恐ろしかったんだ。




 なぁ、しぃ、君はどうして、そんなに私を愛してくれたんだ。
 私は君を愛するより、恐れるようになったと気付いていたのに。

 なぁ、しぃ、どうして私の首を、こうも締め上げたんだ。
 しぃ、答えてくれよ、しぃ、私は、


 私は、女なのに。


川 ゚ -゚)「……しぃ、私は、君が大好きだったよ」

 けれどね、しぃ。

川 ゚ -゚)「それと同時に、恐ろしかったんだよ」

 私を押し潰す君の愛が、怖かったんだ。

川 ゚ -゚)「どうして、ああ、もう愚問なのだろうか、誰かを愛する事に、理由は必要ないのかな」




 けれどねしぃ、私のこの気持ちは本物だったんだ
 本物だったんだよ

 君は、私の最愛の人だった
 君と同じように、最も愛していたんだよ


川 ゚ -゚)「君は信じないかな、もう私の言葉は聞こえないし、私も聞けない、君の言葉を」

 それでも分かるのは、君が私を愛していたと言う、紛れもない、この事実、物的証拠。
 赤い文字で記された君の手紙は、私に対する愛がつらつらと流れていた。
 私の全てを握りしめて、抱き締めていたくて行ってきた事ばかり。

川 ゚ -゚)「遅くなったね、言うのが、今さらだけど言うよ、しぃ」

 未だに涙と唾液を床に溢す君は、死んでいても愛らしいね。

川 ゚ -゚)「私は君を恐れていたし、息苦しかったし、重かったし、時には煩わしくも感じた、けれどね、しぃ」


  素直さん、私はあなたが大好きだったよ

  私も君が大好きだったよ、最愛の人


 そして私はゆっくりと、ネクタイをドアノブに縛り、首に掛けて─────


おわり。

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