2 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:11:19 ID:L7LFTm1cO

 僕が彼女を初めて見たのは、汚い公衆便所の扉の向こうだった。

 学校の帰り、寄り道をして遅くなった帰宅時間。
 その途中で腹具合が芳しくなくなり、駅近くの公衆便所へと足を向けた。

 人気の無い、静かで汚い、悪臭すら漂うそこ。
 並ぶ個室の扉を適当に選び、軽い音を立てながら押し開く。



 するとそこには、女の子が居た。



 傷だらけ、痣だらけ。
 切れた唇から、擦りむいた膝や肘から血を流す女の子。

 彼女は見覚えのあるセーラー服を身に付けていたが、埃や土や、あまりよく見たくない物で汚れている。

 白い肌に刻まれた傷と、滴る血と、膝まで乱暴に下ろされた肌着。

 そして洋式便器の蓋に膝を抱えて座り込んだままの、彼女の、燃える様に赤い髪。


 その乱れた赤髪に半分以上隠された、妙に冷たい眼差しから、目が離せなかった。

4 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:13:07 ID:L7LFTm1cO

 僕は彼女に声をかけるでもなく。
 彼女もまた、何を言うでもなく。

 ただぼんやりと見詰めあったのは、きっと数秒の出来事だったのだろう。


 それでも随分と長い間、見詰めあった気がした。
 僕はきっと、間抜けな顔で彼女を見ていたのだろう。

 突然吹き出すように、薄い唇を歪ませて、彼女は笑った。



「そんなに見るんじゃ、お金でも貰いたくなる」



 彼女の笑顔は、僕の心を根こそぎ奪い去るのに、十分すぎたんだ。




     あかいいとのようです。



 僕は、きっと、彼女に恋をしたのだろう。

5 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:15:13 ID:L7LFTm1cO


 ぼうっと、自分の席から外を見る。

 騒がしい教室の中、僕の頭の中には、先日の光景で満ちていた。


 鋭い目付き、薄い唇、白い肌。
 茶色とか、赤茶色ではない、真っ赤な癖っ毛。

 顔を歪める様に、嘲るようでもあり、卑屈にも見える笑顔。


(-_-)(名前を、聞けば良かったな)


 彼女が身に付けていた制服は、間違いなく僕が通う学校の物だ。

 あの赤髪を見たら、忘れるわけがない。
 それなのに見覚えが無いと言う事は、同学年ではないか、最近髪を染めたのだろう。

 まさか転校生が、突然あんな事になると言う展開も無いだろう。


(-_-)(いや、学年や教室は、この際置いといて、それよりも)


 今、この学舎のどこかに、彼女が存在しているかもしれない。

 その現実に、事実に、僕は興奮を覚えていた。

6 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:17:07 ID:L7LFTm1cO

 先日は、我に返った次の瞬間にはもう回れ右をして立ち去ってしまった。
 恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、駆け足で帰ってしまったのだ。

 帰りの電車の中で、腹痛を堪えるのに必死だった。

  _
( ゚∀゚)「おーいヒッキー、疋田ー」

(-_-)(彼女が、ここにいるかもしれない)
  _
( ゚∀゚)「ねーちょっとー、無視しないで貰えますー?」

(-_-)(会いたいけど、会ってどうする?)
  _
( ゚∀゚)「あの、ヒッキーさん? 疋田さん? ねぇ無視やめて?」

(-_-)(話す事も無いし、大丈夫だったかとか、聞くのもなんだし……)
  _
( ゚∀゚)「疋田くんお願いしますから無視しないでください、切ないからほんとやめて」

(-_-)「え? あ、長岡、いたの?」
  _
( ゚∀゚)「同じクラスだから俺ずっといるよ? 前の席だよ俺?」

(-_-)「ごめん、いたんだ、気付かなかった」
  _
( ゚∀゚)「えっ、何それ余計傷付く……」

7 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:19:06 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「何? なんかあったの?」
  _
( ゚∀゚)「あーうん……あの、まあ良いや、一組の高岡って知ってる?」

(-_-)「高岡?」
  _
( ゚∀゚)「そうそう、何か急に髪染めて来たんだよあいつ」

(-_-)「へー」
  _
( ゚∀゚)「しかも茶髪とかでなく真っ赤だぜ? すっげー真っ赤なの、校則ガン無視だよな」

(-_-)「金髪に言われても…………真っ赤?」
  _
( ゚∀゚)「そうそう、どうやったらあんなに赤くなるんだってくらい真っ赤でさー」


 間違いない。

 僕の予想は、当たっていた。
 彼女だ、彼女が一組にいるんだ。

 教室をひとつ挟んだだけの場所に、彼女がいる。

9 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:21:06 ID:L7LFTm1cO

 なおも話し続ける友人の言葉は、もう耳に入らなかった。

 頭の中にはもう、彼女の姿と笑顔と、声がぐるぐる。


 これは、いわゆる一目惚れなのだろうか。
 少し違う気がする、一目ではなかった。

 たぶんきっと、そうこれは、ひとえぼれ。
 彼女の笑みを見た瞬間、心を奪われた一笑惚れ。


 高岡と言うらしい彼女は、整った顔立ちをしていた。
 きつめの美人と言うのだろうか、どことなく挑発的な、冷たい眼差しが印象的な。

 ほっそりとした体格と白い肌、そして赤い髪は彼女の眼差しをよく映えさせる。
 と言うよりも、彼女のすべてが、彼女のすべてを映えさせていた。


(-_-)(参ったな)


 完全に、頭の中が彼女でいっぱいだ。

 友人が泣きそうな顔で僕に話しかけているのも、頭には届かない。

10 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:23:21 ID:L7LFTm1cO


 昼休み、弁当を片手にこちらを振り返る友人の笑顔を無視して、僕は教室を飛び出した。

 二つ向こうの教室へと早歩きで向かい、学生で賑わう廊下に紛れ込む。

 まるで背景の一部の様に、そっと、教室の中をうかがった。


(-_-)(あれ……赤い髪が、居ない……)


 購買にでも行ったのか、あるいはトイレにでも行ったのか。
 彼女の姿は、どこにもなかった。

 僕はぼんやりと教室の中をしばらく眺めてから、諦めて来た道を戻ろうと踵を返す。


 すると方向を変えた僕の目の前に、鮮やかな赤色があった。


(-_-)(あ、)

从 ゚∀从「やぁ」

(-_-)(赤い、髪)

从 ゚∀从「……? 聞こえてる?」

(-_-)(綺麗な、色だ)

11 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:25:23 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「…………ねぇ、ちょっと?」

(-_-)「え……あ、はい」

从 ゚∀从「やあ、って言ったんだけど、聞いてなかった?」

(-_-)「あ、ごめん……あの、廊下……うるさいから」

从 ゚∀从「……ふうん、じゃあこっち来て」

(-_-)「あ、ぇ、ま、待ってよ」


 彼女がふいと背中を向けて、ついてこいと歩き出した。

 僕はその背中を追いかけながら、ただただ彼女の赤髪を眺めていた。

 ふわふわと揺れる短めの癖毛が、真っ赤な癖毛が、僕の視線を離そうとしない。


 少し歩いた先、たどり着いたのは人気の無い階段の踊り場。
 使われていない教室の近く、老朽化が進んだからと封鎖された廊下の先。

 ひんやりとした空気が心地よく、ここなら、確かに静かに会話が出来るだろう。

12 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:28:03 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「ねぇ」

(-_-)「あ、うん」

从 ゚∀从「今度は、ちゃんと聞いてたね」

(-_-)「静かだから、ここ」


 本当は、この静かな場所で彼女の声を待っていただけだ。

 先日の様に静かな場所での、彼女の声を。


从 ゚∀从「こないだの、君でしょ?」

(-_-)「うん」

从 ゚∀从「誰かに話した?」

(-_-)「ううん」

从 ゚∀从「何で、私の教室が分かったの?」

(-_-)「友達が、君の事を噂してたから」

从 ゚∀从「髪を赤くしたって?」

(-_-)「うん」

13 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:29:54 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「何で、私の教室に来たの?」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「私に用があったんでしょ?」

(-_-)「……うん」

从 ゚∀从「違うの?」

(-_-)「違わないけど、違う、かな」

从 ゚∀从「何、それ」

(-_-)「君に用があったと言うより、君を見に行ったから」

从 ゚∀从「……ほんと、何それ」

(-_-)「君の、」

从 ゚∀从「私の?」

(-_-)「髪」

从 ゚∀从「髪が?」

(-_-)「すごく、綺麗な赤だったから」

从 ゚∀从「…………ふうん」

14 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:31:29 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「別に、興味本意で見に来たんでは無いんだ?」

(-_-)「興味本意とは少し違うかな、見たかっただけだから」

从 ゚∀从「……何か、今こうして会話してるのが不本意みたいな言い方するね」

(-_-)「別に話すのは、嫌じゃないよ」

从 ゚∀从「……あっそ」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「…………」

从 ゚∀从「……あのさ、」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「…………聞いてないな」

(-_-)「…………」

从 ゚∀从「そんなに見るんじゃ、お金でも貰いたくなる」

(-_-)「ッ」

从 ゚∀从「あ、反応した」

15 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:33:46 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「……ごめん、見てた」

从 ゚∀从「見りゃ分かるよ」

(-_-)「ごめん」

从 ゚∀从「……今さ、何を考えてた?」

(-_-)「え?」

从 ゚∀从「私を見て、何を考えてたの?」

(-_-)「え……何も」

从 ゚∀从「え?」

(-_-)「ただ見てるだけで、何も考えてなかった」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「変だな、君」

(-_-)「よく言われる、なぜか」

16 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:35:10 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「別に、見ても良いけどさ……そんなに凝視しなくても良いんじゃないかな」

(-_-)「ごめん、失礼だった」

从 ゚∀从「……お昼、食べたの?」

(-_-)「まだ」

从 ゚∀从「食べる?」

(-_-)「うん」

从 ゚∀从「じゃあ、私のパンひとつあげる」

(-_-)「ありがとう」

从 ゚∀从「…………食べる時も見るわけ?」

(-_-)「ごめん」

从 ゚∀从「……良いやもう、座れば?」

(-_-)「うん」

17 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:37:13 ID:L7LFTm1cO

(-_-)(やっぱり、綺麗な髪だ)

从 ゚∀从「……」

(-_-)(白い肌がよく、合ってる)

从 ゚∀从「見てるなぁ……」

(-_-)(目の色は、黒……普通の色だ)

从 ゚∀从「こっち見てるのに見てないな君」

(-_-)(薄い唇……意外とよく笑うんだ)

从 ゚∀从「聞いちゃいねぇ」

(-_-)(体は、細い……細長い指)

从 ゚∀从「手を見てる?」

(-_-)(体格は……細いけど、まあ、そんなに興味無いかな……)

从 ゚∀从「体……見てるけど、何かどうでも良さそうだね」

(-_-)(脚も細長い、まっすぐ)

从 ゚∀从「今度は足見てる……」

(-_-)(あ、膝に傷、残ってる)

18 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:39:25 ID:L7LFTm1cO

(-_-)(……綺麗な、目)

从 ゚∀从「……見つめあってんだか、あってないんだか」

(-_-)(熱っぽくも見えるのに、冷たくも見える)

从 ゚∀从「何か、観察されてるってのが正しい気がするなぁ」

(-_-)(あ、笑った、少し困ったみたいに)

从 ゚∀从「変なやつ」

(-_-)(面白そうに笑った)

从 ゚∀从

(-_-)

从 ゚∀从「何考えてるんだろうね、君は」

(-_-)(コロッケロールおいしい)

从 ゚∀从「どうでも良いこと考えてそうだね」

(-_-)「え? あ、何?」

从 ゚∀从=3「何でもない」

20 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:41:39 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「どうして、そんなに私を見るわけ?」

(-_-)「綺麗だから」

从 ゚∀从「あーうん、ありがとうね」

(-_-)「ううん」

从 ゚∀从「……何も聞かないんだね?」

(-_-)「え?」

从 ゚∀从「こないだのこと」

(-_-)「あー……うん、別に、聞かれても困るだろうし」

从 ゚∀从「まあ、別に良いけどさ、楽だし」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「ねぇ」

从 ゚∀从「ん?」

21 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:43:29 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「見てても、良い?」

从 ゚∀从「……見てるじゃない」

(-_-)「今もだけど、これからも」

从 ゚∀从「良いけどさ、別に……でも」

(-_-)「でも?」

从 ゚∀从「そんなに見るんじゃ、お金でも貰いたくなる」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「冗談だよ」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「……冗談だよ?」

(-_-)(お金、か……)

从 ゚∀从「あ、聞いてないなこれ……」

22 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:45:12 ID:L7LFTm1cO

 その日は、ただ彼女を眺めつくした。
 呆れた顔の彼女は時々僕に話しかけていたけれど、最終的にはそれすらも諦めていた。

 僕は彼女を満喫して、少し満たされた気分になる。
 しかしその気分も、家に帰りつく頃には消え失せた。


 その日から、僕と彼女の密やかな時が増えた。
 時間が空けばあの場所で、二人で会って、ただ僕が彼女を一方的に見つめるだけ。


 一度、彼女を見る事を覚えた僕の欲求は、貪欲に彼女を求める様になる。

 人の欲求、欲望は、胃袋と同じだ。
 一度満たされて膨らめば、満ちる為に要する量は増えるばかり。


 次第に僕は、彼女を独占したいと思う様になるのは、必然でもあった。

23 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:47:08 ID:L7LFTm1cO

 彼女は二人で居る時以外は、友人と話したり誰かと関わりを持つ。
 当然だ、髪が赤いからと言って、学校生活が大きく変化する事はない。

 以前に比べれば一人の時間が増えたと彼女は言うけれど、生きていく以上、誰かと関わるもの。


 彼女が誰かと関われば、誰かが彼女を見る。

 僕にはそれが、何だか息苦しくてしょうがなかった。


 別に、僕と彼女は交際をしてるわけじゃない。
 彼女に恋をしているのは確かだろうけど、付き合いたいと言うわけではない。
 それに彼女も、僕にそんな感情は抱いていない筈だ。

 だから、僕は彼女を独占する権利が無い。
 彼女を縛り付ける理由も、無い。


(-_-)(でも、僕だけが見ていたい)

(-_-)(たぶん、これは嫉妬だろうな)

24 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:49:13 ID:L7LFTm1cO

(-_-)(彼女を独占するには、それなりの理由が必要だ)

(-_-)(でも、付き合いたいとか、そう言うんじゃない)

(-_-)(と言うか、付き合ってはくれないだろうし)

(-_-)(じゃあ何か、何か理由は)

(-_-)「…………あ、」


 ふと、思い付いた。

 僕が彼女を独占するに価する、理由。



 翌日、僕はポケットにある物を忍ばせて、いつもの場所に向かった。

 階段をゆっくりとのぼり、ひんやりとした空気が頬を撫でる。

 その空気に彼女の匂いが含まれている事に気付いて、少しだけ笑った。

25 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:51:14 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「やぁ」

(-_-)「やあ」

从 ゚∀从「君も、飽きないね」

(-_-)「飽きないよ、綺麗だから」

从 ゚∀从「はいはい」

(-_-)「飽きないどころか、もっと、君を欲しくなる」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「だから、お願いがあるんだ」

从 ゚∀从「付き合ってくれって?」

(-_-)「ううん、違う」

从 ゚∀从「え?」


 ポケットに手を入れて、中身を取り出す。

 そして彼女の頭上から、その全てをばらまいた。


(-_-)「君を、買いたい」

27 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:53:45 ID:L7LFTm1cO

 貯金の全てを引き出して、封筒に詰めてきた。

 それなりに裕福な家庭に育った僕の貯金は、六桁に軽く到達していた。

 将来のためにと溜め込んできたそれを、全て、彼女に差し出す。


(-_-)「それで、何時間君を独占できる?」

从 ゚∀从「…………は」

(-_-)「僕は君になにもしない、ただ見ていたいだけ」

从 ゚∀从「あは、ははは、……あはははっ」

(-_-)「……足りないかな?」

从 ゚∀从「君は……君は、どんだけ馬鹿なの? すっごい馬鹿だ君……っく、はは、あははははっ」

(-_-)「……馬鹿でも、いいよ」

从 ゚∀从「普通……っ普通同級生に万札ばらまいて買おうと思う? っぷ、くく、ふ……ぷはっ……」

(-_-)「馬鹿でも良い、君は、きれいだから」

从 ゚∀从「…………本当、本当に、馬鹿だなぁ……」

29 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:56:17 ID:L7LFTm1cO

 腹を抱えて、万札の中で彼女は笑い転げた。
 笑いすぎて苦しそうに、涙を浮かべながら僕を見る。

 その目は、初めて見た時と変わらず、とても綺麗だった。


从 ゚∀从「……何で、買おうと思ったわけ?」

(-_-)「前に言ってたから、お金でも貰いたくなるって」

从 ゚∀从「冗談って言ったでしょ?」

(-_-)「それでも、君を独占するには、これが一番だと思って」

从 ゚∀从「……考えようによっては、すごく失礼な事だよね、これ」

(-_-)「そう?」

从 ゚∀从「まあ良いよ、うん、別に良い…………付き合うとかは考えなかったの?」

(-_-)「君を見るのは好きだけど、なんか、付き合うのとは違う気がして」

从 ゚∀从「何だそりゃ……」

(-_-)「それに、交際を申し込んでも断るでしょ?」

从 ゚∀从「……さぁね」

30 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 21:57:56 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「君はさ、考えないの? 私にさわりたいとか、そう言うの」

(-_-)「いや、別に」

从 ゚∀从「即答かよ……」

(-_-)「見ていたいだけだから」

从 ゚∀从「……上級者だなぁ」

(-_-)「え?」

从 ゚∀从「何でもない、好きにしなよ、お金は受け取った」

(-_-)「わかった」

从 ゚∀从「……変なやつ」

(-_-)「言われ慣れたよ」


 彼女をお金で繋ぎ止める行為は、きっと良くない事だ。

 でも僕には他の方法がなかった。

31 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:00:01 ID:L7LFTm1cO

 彼女に恋をしてる。
 だからと言って、彼女と変な意味での関係を持ちたいわけじゃない。

 彼女を見ているだけで、僕は満たされる。
 けど満たされるのは僕だけで、僕は彼女の満たし方を知らない。

 恋愛関係を結ぶ事で、彼女を満たせるとは思えなかった。
 僕はそこまでの度量もないし、甲斐性も無い。


 だから、お金で満たそうと思った。


 僕が貯金をはたいた理由は、単純に二つだけ。
 彼女を独占する権利と、彼女を満たす方法。

 薄汚い行為だと分かっていても、これしかなかったんだ。



 その日を境に、彼女は可能な限り他人との関係を絶った。
 必要最低限以外は、やんわりと。

 期限があるだろうこの関係は、いつまでもつのだろう。

 三日か、一週間か、一ヶ月か。

 彼女の金額がわからない僕は、それも彼女に任せるしかない。

32 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:02:06 ID:L7LFTm1cO

 授業が終わればいつもの場所に向かい、ただ彼女を眺めて他愛もない話をぽつぽつと交わす。

 時には彼女に質問し、時には彼女に質問をされ。
 何かがあるわけでもなく、何かが起こる事もない。

 金で繋ぎ止めるこの時間は、脆く、それでも幸せな時間だった。


 赤い癖毛、黒い切れ長のつり目、白い肌、薄い唇、細い手足、長い指、小さな爪。

 どこか挑発的な眼差し、嘲る様な笑顔、指先で髪を触る癖、組み重なる脚。

 少し低いまとわりつく様な声、呼吸、脈動、足音、衣擦れ。


 彼女の何もかもに、恋をしていた。


(-_-)(でも、彼女の内面は、見えない)

 見ようとしていないだけ?

(-_-)(見えないから、見る事も出来ない)

 見せようとしていないから?

(-_-)(彼女の中身は、きっと綺麗だ)

 美しい物も醜い物も、彼女のものなら何でも綺麗だ。

33 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:04:29 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「ねぇ、聞いても良い?」

从 ゚∀从「何?」

(-_-)「どうして、髪を赤くしたの?」

从 ゚∀从「ずいぶん今さらな質問だなぁ……」

(-_-)「どうして、赤を選んだの?」

从 ゚∀从「さあ、何でだろう」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「見つけて欲しかったから、かな」

(-_-)「見つけて欲しかった?」

从 ゚∀从「そう、だから目立つ色にした」

(-_-)「誰に、見つけて欲しかったの?」

从 ゚∀从「さあ、誰だろう、よく分からないや」

(-_-)「そっか」

从 ゚∀从「うん」

34 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:06:37 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「ねぇ」

从 ゚∀从「何?」

(-_-)「いつまで、こうしてられる?」

从 ゚∀从「さあ、いつまでだろう」

(-_-)「いつまで、君を独占できる?」

从 ゚∀从「……さぁね」

(-_-)「お金が足りなくなったら、僕はどうしようか」

从 ゚∀从「さぁ、犯罪には手を出さないでよね」

(-_-)「うん、わかった」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「今、期限が切れたって言ったら、どうする?」

(-_-)「……どうしよう」

从 ゚∀从「もう私を見るなって言ったら?」

(-_-)「……」

35 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:08:43 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「私が拒絶したら、どうするつもりだったの?」

(-_-)「拒絶されないって、何となく、わかってたから」

从 ゚∀从「……ふぅん」

(-_-)「でも、君が見るなって言うなら、無理強いは出来ないから」

从 ゚∀从「……つまんないの」

(-_-)「え?」

从 ゚∀从「君は、男としてつまんないよね」

(-_-)「そう、かな」

从 ゚∀从「普通は私に何かしたがるのに、君はどうでも良さそうだし」

(-_-)「見るだけで、満足だから」

从 ゚∀从「それがつまんないんだよ」

(-_-)「……ごめん」

从 ゚∀从「私を見たいって言うのに、好きだとははっきりとは言わないし」

(-_-)「そう言うの、嫌かなって」

从 ゚∀从「……馬鹿じゃないの?」

36 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:10:03 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「結局君の言う好きって、絵とか物に対する好きなんだよ」

(-_-)「……あぁ、そう、かも」

从 ゚∀从「じゃあ私って言う人間はどうすれば良いわけ?」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「私は人間で、物じゃない、私は君の目を楽しませるために生きてるんじゃない」

(-_-)「ごめん」

从 ゚∀从「そうやって、すぐ謝る」

(-_-)「…………ごめん」

从 ゚∀从「もう、良い、私は人間で、女で、感情もある、君の所有物にはなれない」

(-_-)「うん」

从 ゚∀从「……じゃあね」


 僕は、彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
 苛立たしげに僕を見て、吐き捨てる様に階段を降りていった。

 本来なら僕は、その背中を追うべきだった。

 けど僕は、そんな彼女も、綺麗だなって見ているだけ。

37 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:12:12 ID:L7LFTm1cO


 彼女を買って、二週間。

 彼女の値段は、どうやらあの金額で二週間分だったらしい。



(-_-)(……もう、たぶん、あの場所には行けない)

(-_-)(行っても、彼女は居ないと思う)

(-_-)(はっきりとは言われなかったけど、彼女はもう、僕に見られたくない)

(-_-)(…………参ったなぁ)
  _
( ゚∀゚)「なーヒッキー」

(-_-)「ん?」
  _
( ゚∀゚)「え、あ、聞こえてた?」

(-_-)「うん、どうしたの?」
  _
( ゚∀゚)「あー、いや、それはこっちのセリフなんだけど」

(-_-)「え?」
  _
( ゚∀゚)「今日は彼女のとこ行かないわけ?」

38 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:14:26 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「……彼女?」
  _
( ゚∀゚)「高岡と付き合ってんだろ? だから最近付き合い悪かったんじゃん?」

(-_-)「……」
  _
( ゚∀゚)「まあ付き合いは元々良くないか、つーか人の話聞かないし」

(-_-)「…………」
  _
( ゚∀゚)「聞いてないし」

(-_-)「長岡」
  _
( ゚∀゚)「あ、はい」

(-_-)「長岡は、好きな子とか居るの?」
  _
( ゚∀゚)「急にお前そんな」

(-_-)「居ないの?」
  _
( ゚∀゚)「あー……まぁ、居るけど……」

(-_-)「そっか……」

39 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:16:16 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「じゃあ、その子を見ていたいって、思う?」
  _
( ゚∀゚)「うん、まぁ」

(-_-)「見るだけで満足するのは、おかしい事?」
  _
( ゚∀゚)「おかしいな」

(-_-)「そんなに?」
  _
( ゚∀゚)「うん」

(-_-)「じゃあ、どうすれば良いの?」
  _
( ゚∀゚)「手を繋ぐところから始めるだろ、んでデートとかするだろ」

(-_-)「うん」
  _
( ゚∀゚)「そんでー……あー……ちゅ、ちゅっちゅするだろ?」

(-_-)「うん」
  _
( ゚∀゚)「そっから、あの……えー…………にゃんにゃん、するじゃん?」

(-_-)「にゃんにゃん?」
  _
( ゚∀゚)「あ、うん、聞かないで、ググれ」

(-_-)「わかった」

40 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:18:25 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「……じゃあ、僕はおかしいんだ」
  _
( ゚∀゚)「まあ変だな、今さらだけど」

(-_-)「でも、見るだけで満足するんだ」
  _
( ゚∀゚)「なにもしないで、ただ見るだけ?」

(-_-)「うん」
  _
( ゚∀゚)「上級者だなお前……」

(-_-)「え?」
  _
( ゚∀゚)「俺はまあ、平均的な男子だって自覚してるけどさ」

(-_-)「うん」
  _
( ゚∀゚)「さっき言ったように、色々したくなるもんだよ、だって人間だし男子だし」

(-_-)「人間だから……」
  _
( ゚∀゚)「要するにさ、好きな相手ってほら、なんだ、…………繁殖の相手? じゃん」

(-_-)「繁殖……」

42 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:20:13 ID:L7LFTm1cO
  _
( ゚∀゚)「だから、生き物としてさ、その……にゃんにゃんしたくなるのって普通じゃん?」

(-_-)「…………ああ、にゃんにゃんってそう言う」
  _
( ゚∀゚)「うっさい、だからお前は高岡を繁殖の相手として見てないんじゃね」

(-_-)「……絵とか、物を見る好きだって言われた」
  _
( ゚∀゚)「まぁそうなんじゃないの? と言うかお前って性欲あるの?」

(-_-)「…………どうだろう」
  _
( ゚∀゚)「お前が心配になるよ俺……」

(-_-)「……でも、好きだと思うんだ、彼女を」
  _
( ゚∀゚)「…………、本人に好きって言った?」

(-_-)「……言ってないかも」
  _
( ゚∀゚)「取り敢えず言うべきじゃない?」

(-_-)「でも、言ってどうするの? 絵とかを見る感覚で好きなら、彼女に失礼だと思う」
  _
( ゚∀゚)「その失礼な行為をずっとしてきたんだろ?」

(-_-)「……うん」

43 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:22:25 ID:L7LFTm1cO
  _
( ゚∀゚)「一度、ちゃんと言うべきだと思うよ…………君が、好きだ……って」

(-_-)「…………長岡」
  _
( ゚∀゚)「ん?」

(-_-)「長岡に告白されたみたいで、気持ち悪い」
  _
( ゚∀゚)「お前って時々すげーひどい事言うよな……」

(-_-)「ごめん」
  _
( ゚∀゚)「なんかすげー傷付くわ……ショックすぎるわ……」

(-_-)「ごめん長岡、キモい」
  _
( ゚∀゚)「何で重ねて言ったの!?」

(-_-)「ごめん、キモい」
  _
( ゚∀゚)「もう言わなくて良いよ! 泣くよ!?」

(-_-)「冗談、好きだよ」
  _
(*゚∀゚)「…………よ、よせよ……照れるだろ……」

(-_-)「キモい」
  _
( ゚∀゚)「!?」

44 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:24:13 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「でもさ、触りたいと思わないのはどうしようもないよね」
  _
( ゚∀゚)「どう触りたくないわけ?」

(-_-)「え、」
  _
( ゚∀゚)「気持ち悪いとか、触ると汚しそうとか、色々あるだろ?」

(-_-)「触ると……汚しそう……」
  _
( ゚∀゚)「まあ綺麗な子とかそう言うのわかってなさそうな子は触ると汚しそうだしなー」

(-_-)「……」
  _
( ゚∀゚)「特別大事にしたい相手とか、関係を壊したくないとか……」

(-_-)「…………」
  _
( ゚∀゚)「……ヒッキーさん?」

(-_-)(汚しそう……壊し、そう……)
  _
( ゚∀゚)(聞いてないわこれ……)

(-_-)(あー……彼女が、綺麗だから……触る気が、失せるのか……)
  _
( ゚∀゚)(ただたんにヒッキーの場合はエロスに興味が無さすぎるだけな気がする)

(-_-)「え?」
  _
( ゚∀゚)「え?」

45 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:26:17 ID:L7LFTm1cO


 友人に相談して、得られた答えはいくつかあった。


 僕は彼女が好きと言う事に、変わりはない事。

 そして彼女に触れたいと言う気持ちが、全く無いと言うわけではない事。


 後者については、僕自身も意外だと思った。
 触れたいとは言っても、手に触れたいだとか、髪に触れたいと言う事だとは思うけれど。

 もう少し、自分の気持ちを整理しよう。
 それから、彼女にちゃんと伝えたい。


 彼女の目を見て、唇を見て、失礼な行為を詫びたい。

 そして伝えるんだ、初めて会った時から、今でもずっと、好きだと。
 彼女の赤い髪を目で探す癖が消えないのは、それだけ彼女が好きだと言う事を。



 ただ問題があるとするならば、


(-_-)(……あれ?)


 その日を境に、赤い髪はいなくなってしまった事。

47 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:28:59 ID:L7LFTm1cO

 朝礼や集会、移動教室の度に探していた赤い髪。
 期限切れから数日は、探せば見つかった赤が、今はもうどこにも居ない。

 そっと彼女の教室を盗み見た時、そこには友人と楽しげに話す黒髪の彼女が居た。

 言い知れない虚無感と、寂しさが僕を襲う。


 この間まで僕のものだと思っていた彼女が、完全に僕を拒絶した。

 見るなと、はっきり言われた様な気分。
 別に彼女を見られなくなっても、期限が切れても、どこかで平気だと思っていた。

 彼女を好きだと言う気持ちが確かだと言う事は、彼女に拒絶されれば傷付くのは当然なのに。


 僕は少し、ぼんやりし過ぎていたらしい。

 こんなにも胸が痛くなるなんて、思ってなかった。


(-_-)(ああ、僕は、)


 なんて、馬鹿なんだろう。

50 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:31:47 ID:L7LFTm1cO

 僕はどうすれば良いのだろう。
 彼女にちゃんと思いを伝えて、それから。

 それからの事を考えていないし、どう伝えるかも考えていない。

 彼女をまた、あの場所に呼び出して伝えるのか。
 君が好きだと、これからも見ていたいと。


 拒絶された今の僕に、それが出来るのか。


(-_-)(ああ、どうしよう)


 今彼女に思いを伝えて、どう返されるか。

 この段階になって、やっと僕は、拒絶に対する恐怖を抱いた。

 切り捨てられたら、吐き捨てられたら、僕はどうすれば良いのだろう。
 また友人に泣き付いて、うだうだと愚痴を溢して、おしまい?

51 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:32:39 ID:L7LFTm1cO

 おしまいに出来るのか。
 いいや出来るわけがない。

 どうして出来ないのか。
 彼女を独占していたから。

 なら僕はどうしたい。
 また、あの笑顔を見たい。


 見るだけで、満足は出来ない、きっと。


(-_-)(整理しよう)


 僕は、彼女が好きだ。
 たぶん、これは恋だ。

 彼女の笑顔を見たい。
 彼女の赤毛に触れたい。
 彼女の手を握りたい。
 彼女の目を見て伝えたい。

 どうか、僕のものになってほしいと。

52 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:34:28 ID:L7LFTm1cO

(-_-)(……何だ、今さら整理する様な事、無かったな)

(-_-)(全部、最初から抱いてた感情だ、きっと)

(-_-)(…………彼女に会いたい)


 会って話したい。
 会って見ていたい。
 会って触れてみたい。

 僕は彼女に触れた事が無い。
 彼女はきっと、柔らかくて冷たい。
 白くて細くて、淡雪みたいに、きっとはかない。

 胸が痛い。
 頬が熱い。
 何だろう、とても恥ずかしい。

 これが、誰かを好きになるって事なのかな。
 すごく胸が痛くて、熱くて、恥ずかしくて、苦しい。

 ああでも、なんだか。

 案外、悪い気はしない。

53 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:36:15 ID:L7LFTm1cO

 胸が痛くて、眠れない日が続いた。
 布団の中でお腹を抱えて、恥ずかしさに身を縮めた。

 彼女に拒絶されてから、ずっとこんな夜を過ごす。
 眠れなくて、寝返りをうって、頭の中は彼女でいっぱい。

 柔らかそうな髪の匂いが、微かに漂っていたあの場所。
 あそこにはもう行ってない。

 それでも夢に出る程、あの時に焦がれている。

 会いたい、話したい、触れたい、見つめたい。

 僕だけのものにしたくて、でも出来なくて、無力感が僕を襲う。

 悲しいしつらいし苦しいし、涙がにじみ出て、溢れ出す。
 それでも彼女は側に居ないし、困ったように笑ってはくれない。

 どうして平気だと思ってたんだ、あんなに大切なものを失って。
 どうして平然としていたんだ、あんなに大事なものを失って。

 僕はなんてバカなんだ、こんなにも彼女を好きなのに。


 彼女が髪を染め戻すまで、何で気付かなかったんだ。


 彼女が愛しいって、何で気付かなかったんだ。

54 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:38:32 ID:L7LFTm1cO



 眠れない夜を過ごして2週間。
 寝不足と彼女不足は、もう限界だった。

 もう七月、夏休みも近い。
 彼女を見かける事の出来る時間が無い。

 もう時間が無い。
 早く、早く彼女に会いたい。

 でもこの2週間、彼女は僕を避けるように動き、話しかける事も出来なかった。


 でも、もう何もかもが限界だ。
 もう駄目だ、壊れてしまう。


 今日にでも、彼女に会いたい、伝えたい、ぶちまけたい。



 薄暗い、放課後の教室。
 彼女を探して、廊下を歩く。

 もう帰ってしまったかもしれない。
 それでも今日、伝えたい。

56 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:40:40 ID:L7LFTm1cO

 彼女を探して、歩く。
 歩きは早歩きになり、ついには駆け足に変わる。

 泣きそうな顔で、汗をぽたぽた、走り回った。

 それでも彼女は見つからなくて、下駄箱の前で崩れ落ちる様に膝を抱えた。


 泣いちゃダメだ。
 かっこ、悪いから。

 かっこ悪いとこ、見せたくないから。


 涙目で靴を履き替え、俯きながら外に出る。
 むわっとした、暑苦しい空気。

 僕は汗に濡れたシャツを肌から剥がす気も起きず、とぼとぼと歩く。


(-_-)「…………悔しいな」


 何にも出来ず、一人歩く。
 無力感と、虚無感と、孤独感。

57 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:42:08 ID:L7LFTm1cO

 空はまだうっすら明るいけど、すぐに暗くなる。
 僕はもう、彼女の黒髪を見つけられない。

 悔しくて悔しくて、涙がにじんだ。


 どうして僕は、もっと


 ナーガレナガーレテーイツーカー キエユクートーシテーモー♪


(-_-)

(-_-)「……長岡からメールだ」


 相変わらず長岡は空気を読まない。

 億劫な感じで携帯をポケットから取り出し、開く。
 そして友人からのメールを、のろのろと開いた。

58 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:44:17 ID:L7LFTm1cO

from 長岡
件名 なし
本文 駅前で赤毛ハケーーーーー(゚∀゚)ーーーーーン!!


(-_-)

(-_-)イラッ


宛先 長岡
件名 Re
本文 うざい。


(-_-)=3


 それにしても、赤毛、か。

 昼見た彼女は黒髪のままだったし、きっと別の人だろう。
 長岡のメールは本当に何か、めんどくさい。

 まあ駅の方は帰り道だし、見かけはするかもしれない。
 変な期待を持たせるのは、やめてほしい。

60 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:46:24 ID:L7LFTm1cO

 なんか、脱力した。
 でもはみ出してた涙も引っ込んだし、長岡は、良い友人だ。

 ああでも、今日伝えたかった。
 こんなに汗だくになって探したんだ、会いたかった。


 彼女は、僕をどう思ってるんだろう。
 変な奴だと思ってるのは、間違いないだろうけど。

 お金で彼女を繋ぎ止めたんだから、最低だと思われてもしょうがないかな。

 でも彼女に、少なくともこれ以上嫌われないようにしたい。
 そのためなら、出来る事を何でもしたい。

 もう貯金は無いから、お金が関わる事は無理だけど。


(-_-)「あ」


 お腹、痛い。

 昼にアイス食べたからか、急に下腹部に痛みが走った。
 まさかこんな状況で腹痛に襲われるなんて、ひどい踏んだり蹴ったりだ。

61 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:48:15 ID:L7LFTm1cO

 お腹を押さえながら、急いで駅まで走る。
 冷や汗と脂汗をにじませて、駅近くへの公衆トイレへ駆け込む。


 人気の無い、静かで汚い、悪臭すら漂うそこ。

 そして並ぶ個室の扉を適当に選び、軽い音を立てながら押し開いた。



 目に飛び込んだのは、鮮やかな赤。

 整ったセーラー服に、白い肌。

 薄い唇、長い睫毛が縁取るつり目。


从 ゚∀从「…………やあ」


 そして彼女は、にっこりと笑った。

63 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:50:11 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「…………ぇ」

从 ゚∀从「久し振り、疋田君」

(-_-)「あ、ぇ……ひさし、ぶり…………高岡さん」


 腹痛がすっと引き、僕は、出会った時と同じように膝を立てて座る彼女を見ていた。

 鮮やかな、鮮やかな赤い髪。
 僕が焦がれ続けた、挑発的な笑み。

 ぼんやりと彼女を見つめる僕に、彼女は困った様に、薄い唇を歪ませて笑った。


从 ゚∀从「そんなに見るんじゃ、お金でも貰いたくなる」


 あの時と一緒だ。
 僕が彼女に恋をした、あの時と一緒。

 口の中が渇いて、さっきまでとは違う汗が流れる。
 頬が暑くなるのを感じて、恥ずかしくて、息苦しくて。

 あの時と違うのは、僕だけだ。

64 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:52:22 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「……ねぇ」

(-_-)「髪、」

从 ゚∀从「髪?」

(-_-)「どうして、赤く、したの?」

从 ゚∀从「……見つけて欲しかったから」

(-_-)「誰、に?」

从 ゚∀从「今さら、それを聞くの?」

(-_-)「ぇ、あ、」

从 ゚∀从「君に見つけて欲しくて、君に来てほしくて、ここに居るのに?」

(-_-)「ぁ……」

从 ゚∀从「ねぇ、言いたい事、」

(-_-)「、って……待って」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「あ、ぅ……あの…………ぁ、」

从 ゚∀从=3

65 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:54:22 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「…………好き、なんだ、君が、髪の色じゃない、君が、好きなんだっ!」

从 ゚∀从「……は、あはっ」

(-_-)「ずっと! 君が黒髪に戻して、ずっと苦しかったんだ! やっと、やっと好きだって!」

从 ゚∀从「待って、はは、あははっ」

(-_-)「僕はっ! 高岡さんが好きなんだっ!!」

从 ゚∀从「待って、やめ、あはっ……泣かないでよ、ちょっと……っははは」

(-_-)「っ……泣いて、ないし」

从 ゚∀从「泣いてる、好きだって……っふふ、叫びながら泣いて……ああもう、あはははっ」

(-_-)「……君と、ここで会って……笑顔を見た時から、ずっと好きだったんだ……」

从 ゚∀从「わかった、わかったよ、もう……ふふ……ああ、もう……君は可愛いなぁ……」

(-_-)「ずっと……最近ずっと、眠れないんだ……っ君が好きで、苦しいんだ……」

从 ゚∀从「わかったから、良いよ、もう……泣かないでよ、泣かないで、ほら」

(-_-)「よくない、よくないよ、ちゃんと、伝えなきゃ」

从 ゚∀从「伝わったよ、伝わってる、本当はずっと伝わってた、あの場所に居るときからずっと」

66 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:56:07 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「でも、僕は、」

从 ゚∀从「わかってる、好きだよ、君は私を好きで、私も君が好きだよ」

(-_-)「ぇ、う、でも、」

从 ゚∀从「好きだよ、君が私を見付けた時からずっと、君を待ってたんだよ、君が好きだよ」

(-_-)「高岡、さ、」

从 ゚∀从「髪を赤にしたのは、誰かに見つけて欲しかったから、ただの反抗期だった
  でも君が見つけてくれたから、もう必要ないと思って、それに君を困らせたくて黒に戻した」

(-_-)「……高岡、さん」

从 ゚∀从「でも君は思ったより傷付いた、そんなに困ると思わなかった
  だからまた見つけてもらいたくて、さっき赤くしてきたよ、君に見つけてほしくて」

(-_-)「高岡さん、待って、」

从 ゚∀从「ん?」

(-_-)「……さっき見付けたのは、友達なんだけど」

从 ゚∀从「……台無しだよ」

(-_-)「ごめん……」

68 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 22:58:55 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「だいたい怒ったんだよ私、君は意気地無しだし、ずっと私を見るだけで触れようともしない」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「私は君を待ってたのに、馬鹿みたいで、それで……っ」

(-_-)「…………熱い」

从*゚∀从「……しょうがないじゃん」


 初めて触れた彼女の手は、とても熱かった。


 急に恥ずかしそうに俯いて、高岡さんは手を握られながら、耳まで真っ赤にしている。

 さっきまでの余裕なんて、もうどこにもない。
 ただ恥ずかしそうに、顔を背けるだけ。


(-_-)「…………可愛い」

从*゚∀从「うる、っさい……馬鹿みたい」

(-_-)「僕は、バカだし変だけど……高岡さんが好きだよ」

从*゚∀从「し、知ってるよ、聞いたよ、さんざん聞いたよ」

69 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:00:32 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「高岡さんの手を握りたかったし、髪に触れたかった、目を見て全部伝えたかった」

从*゚∀从「やめ、やめ、も、いいから」

(-_-)「高岡さんの笑顔を見ていたいし、高岡さんに触れたいよ、僕は、高岡さんが好きだから」

从*゚∀从「や、め、も、ちょ、やめろ……やめいっ!」

(-_-)「やめない、顔あげて、目を見て言いたいから」

从*゚∀从「やめ、あ、う、ぅ」


 手を離して、うつむく頬を両手で挟んで持ち上げる。

 熱い頬は真っ赤で、少し泣きそうな顔で僕を睨み付けている。


(-_-)「高岡さん、好きです、僕と付き合ってください」

从* ∀从「っ……ぁ、ぐ……うぅ…………わかった、から……離して、」

(-_-)「いやです」

从*゚∀从「……付き合うよ、わかったよ! 私も君が好きだよ! ああもう! 立場逆転しちゃったじゃん!!」

71 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:02:42 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「……ありがとう」

从*゚∀从「う、ぐぐ……」

(-_-)

从*゚∀从

(-_-)

从*゚∀从「離せよ」

(-_-)「あ、うん、ごめん」

从*゚∀从「と言うかそこで普通はキスとかするだろ」

(-_-)「や、そこまではまだ、さすがに」

从*゚∀从「……台無しだよ」

(-_-)「ごめん……」

从*゚∀从=3

73 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:04:57 ID:L7LFTm1cO



 僕はやっと、彼女に全部をぶちまけた。
 いざ本人を前にすると、用意していた言葉はみんな吹っ飛んでしまったけど。

 それでもちゃんと、好きだと、伝える事ができた。
 途中で泣きそうになったり、彼女に笑われたり、色々あった。


 僕はいつもの場所の、更に奥で空を見上げる。

 汗でうっすら濡れた制服が、風に冷やされる。
 立ち入り禁止の屋上は、これからの、二人だけの秘密の場所。


从 ゚∀从「やぁ、パン買ってきた」

(-_-)「ありがとう、アイスいる?」

从 ゚∀从「またお腹壊すよ、溶けてるし」

(-_-)「飲めば良いよ」

从 ゚∀从「どんな発想だよ……ほら、ジュース」

(-_-)「じゃあこっちも、はい」

从 ゚∀从「ん、ありがと」

74 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:06:24 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「……もうすぐ、夏休みかぁ」

从 ゚∀从「どっか行く?」

(-_-)「図書館とか?」

从 ゚∀从「あーうん、君ってそう言う奴だ」

(-_-)「だって人混みとかはちょっと……」

从 ゚∀从「まぁ私も苦手だけどさ……そうだ、親戚んちのそばに海があるよ」

(-_-)「へー」

从 ゚∀从「やる気ねーな……人気のない海辺だからプライベートビーチ状態だよ」

(-_-)「……へー」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「何か言う事は?」

(-_-)「……それはいいね、いっしょにいきたいね」

从 ゚∀从「棒読みすぎる」

75 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:08:30 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「日焼けすると赤くなるし……」

从 ゚∀从「赤いの好きでしょ?」

(-_-)「君の髪だから好きなんだけど」

从*゚∀从「……」

(-_-)「あー、その赤いのも好きかな」

从*゚∀从「っば、ばーか、ばーか、くそ、二人で旅行とか、考えたのに」

(-_-)「僕お金無いしなぁ」

从 ゚∀从「あるよ、ほら」

(-_-)「……それ、まだとってあったの?」

从 ゚∀从「使う事無いし、これで旅行行こうよ」

(-_-)「……わかった」

从 ゚∀从「よっし、どこ行く?」

(-_-)「軽井沢」

从 ゚∀从「……そんなに海嫌い?」

(-_-)「塩水はちょっと」

77 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:10:30 ID:L7LFTm1cO

从 ゚∀从「はぁ……まあ良いや、のんびりしよう」

(-_-)「うん」

从 ゚∀从「ところでさ」

(-_-)「うん」

从 ゚∀从「君の携帯、ずっと震えてるけど」

(-_-)「友達からのメールがうるさいからマナーモードにした」

从 ゚∀从「……友達ほったらかして良いの?」

(-_-)「良いよ、教室で会うし」

从 ゚∀从「ふーん……」

(-_-)「髪さ」

从 ゚∀从「ん?」

(-_-)「赤いのも似合うけど、黒いのも好きだよ」

从*゚∀从「…………そりゃどーも」

78 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:12:27 ID:L7LFTm1cO

(-_-)「ところでさ」

从 ゚∀从「ん」

(-_-)「聞いても良いのかな、会った時の事」

从 ゚∀从「聞きたいならどうぞ」

(-_-)「……じゃあ、今度で良いや」

从 ゚∀从「ふぅん、まぁ想像通りだと思うけど」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「……どうでも良いよ、あれが代償で君に見つけてもらえたなら、それで良い」

(-_-)「うん……」

从 ゚∀从「……」

(-_-)「……」

从 ゚∀从「汚いって、思う?」

(-_-)「何で? 高岡さんは綺麗だよ」

从*゚∀从「…………あっそ」

79 名も無きAAのようです 2013/07/21(日) 23:14:21 ID:L7LFTm1cO

 暑苦しい日差しの下で、僕はそっぽを向いた彼女の、赤くなった耳を見る。

 すっかり荒れてしまった彼女の黒髪は、それでも綺麗だと思った。


 彼女は僕が可愛いとか綺麗とか言うと、怒ったような困ったような、恥ずかしそうな顔をする。

 そしていつも、最初は私が優位だったのに、とふてくされた顔でそっぽを向く。

 僕は何だかそれが嬉しい気がして、また可愛いと言っては、黙れと怒られるんだ。



 赤い髪の意図は、彼女から全て聞いた。
 彼女からの告白も、全て。


 見つけて欲しかった彼女。
 見つけて欲した僕。


 月並みな言葉だけど、僕らは赤い糸で繋がっているんだな、なんて。

 一人で笑う僕を見て、彼女は赤い顔で、ふてくされた様な顔でそっぽを向いてから、笑った。



おわり。

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