- 10 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:05:09 ID:dr8mfbeg0
その女の子には、自信がありませんでした。
誰よりも誰かを救いたいと言う気持ちがありました。
けれど自分には何もない、何も出来ないと感じていたのです。
女の子が住む町にはお医者さんがおらず、ケガをした人や病気の人で溢れています。
女の子は心やさしくて、いつもそんな町の人たちの事を気づかっていました。
だけれど自分に自信がない女の子は、彼らのために何もできずにいて。
苦しむ彼らに何をしてあげれば良いのか、
どうすれば楽にしてあげられるのかが分からなかったのです。
その日も女の子は、苦しそうな町の人たちを見ては心を痛めていました。
苦しげに咳き込む人、真っ赤に腫れた足に呻く人。
いろんな人が苦しむ町で、女の子は生きていました。
ほんとうは楽にさせてあげたい。
助けてあげたい、救ってあげたい。
でもその方法を、女の子は知りません。
- 11 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:05:32 ID:dr8mfbeg0
女の子にはお母さんが居ません。
ある日突然、急に居なくなってしまいました。
いつもいつも役立たずと、いらない子だと言われてきました。
そんなお母さんでも、居なくなると寂しくてしかたがありませんでした。
ひとりぼっちは寂しくて、誰かのぬくもりが恋しくなります。
だから女の子は、誰かに必要とされたかったのです。
誰かの役に立ちたくて、何かをしてあげたくてしょうがない。
けれど自信が無いために、きっと何をしても迷惑になるからと、何も出来ないでいました。
誰かに必要とされたい。
誰かの役に立ちたい。
苦しむ人を救うすべが欲しい。
でも何もわからない。
何もしらない、なんにもない。
何かをたずねるのは怖い。
だってわたしは役立たずだから。
きっときっと迷惑がられてしまうから。
- 12 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:05:52 ID:dr8mfbeg0
そんなある日のこと、女の子のお家に知らない人がやってきました。
大きな大きな身体に、質の良い服をまとった男の人。
誠実そうに整った顔立ちをしていて、驚く女の子に向かって丁寧に頭を下げました。
('、`*川「あの、あの……あなたは、だあれ……?」
(`・ω・´)「驚かせてしまって申し訳ない、僕は町の外から来た医者だよ」
('、`*川「まあ、お医者さまなんですか? この町にはどうして?」
(`・ω・´)「ここには医者が居ないと聞いたものでね、けれど困った事に
泊まるところが見つからなくてね、良ければ宿の場所を教えて貰えるかな?」
('、`*川「まあ、まあ、でしたらここに泊まってくださいな、せまいけれど、おもてなしします」
(`・ω・´)「ああ、ありがとうお嬢さん、君はとても優しいね」
('、`*川「そんな、そんな、困ってるひとを助けるのは、とうぜんのことですもの」
(`・ω・´)「そんな事はないさ、とても素晴らしい事だ、君のお陰で助かったよ」
- 13 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:06:19 ID:dr8mfbeg0
女の子の頭を撫でてお礼を言う男の言葉に、女の子は胸の奥が熱くなりました。
助かったよ。
その一言だけで、浮き足だってしまいそう。
今までこんな風にお礼を言われたことなんてありませんでした。
だから女の子は、医者を名乗る大男にめいっぱいのおもてなしをしました。
食事も、ベッドも、何でもお世話しました。
大男が所持する白銀色の杯に、真っ赤なぶどう酒をそそいだり、旅の疲れを癒そうと肩を揉んだりしました。
それに対して大男は、言葉を尽くしてお礼を言うのです。
女の子はすっかり満たされたような気持ちになり、
大男に対する警戒心は、まったくありませんでした。
('、`*川「お医者さまだから、先生ってお呼びしてもいいかしら」
(`・ω・´)「はは、何だか照れるなあ、好きに呼んでもらって構わないよ」
('、`*川「それじゃあ先生、先生の病院はどこですか?」
(`・ω・´)「病院は無いんだ、身ひとつで来てしまったから
だからもし良ければ、少しの間ここに居ても良いかい?」
('、`*川「ええ、ええ、もちろん、よろこんで先生!」
(`・ω・´)「君は本当に優しくて素敵なお嬢さんだ、ありがとう、君のお陰で助かるよ」
- 14 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:07:41 ID:dr8mfbeg0
(`・ω・´)「そうだ、僕はまだ準備が必要だから、お礼に君に色んな事を教えてあげるよ」
('、`*川「まあ、ほんとうですか?」
(`・ω・´)「例えば苦しそうに咳をする人にはね、このお薬と水を飲ませて、背中をさすってあげるんだ」
('、`*川「すごいわ先生、さすがはお医者さまです、お薬を持ってるだなんて」
(`・ω・´)「それとぶつけたりして怪我をして、傷が赤く腫れてる人にはこのお薬を塗ってからよく冷やす」
('、`*川「足首を真っ赤にはらした人がいました、そう言うひとに使うんですか?」
(`・ω・´)「そうだよ、このお薬は君に預けるから、苦しそうな人が居れば使ってあげて」
('、`*川「よろしいんですか? わたしなんかが、その、お薬を」
(`・ω・´)「もちろんさ、君なら正しく使えるはずだからね」
('、`*川「先生……」
お医者さまの言うことなのだから、間違いはない。
お医者さまの渡してくれたお薬だから、間違いはない。
女の子は嬉しくなって、満ち足りた気持ちで、にっこり笑ってお礼を言いました。
これで皆さんを助けられます、と。
- 15 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:08:02 ID:dr8mfbeg0
('、`*川「ねぇ先生、わたしお買いものに行ってきます」
(`・ω・´)「ああ、行ってらっしゃい、留守番は任せておいて」
('ー`*川「ふふ、行ってきます」
カゴを下げてお家を出ると、市場の方まで向かいます。
女の子は裕福ではありませんが、お母さんが残していったお金が少しだけありました。
それを少しずつ切り崩し、町の人の好意と善意を受けながら生きていました。
町の人たちは良い人ばかりです。
いつも食べ物を多く渡してくれたりします。
だからこそ、女の子は誰かを助けたいのです。
『けほけほ、やあ、お使いものかい』
('、`*川「はい、日持ちするパンをくださいな」
『いつもご贔屓にどうも、けほけほ、寒くなってきたけど大丈夫かな』
('、`*川「とっても元気ですよ」
『そりゃ良かった、けほけほ』
- 16 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:08:24 ID:dr8mfbeg0
('、`*川「パン屋さんは大丈夫ですか?」
『ああ、最近ちょっと咳がね、けほけほ、困ったなぁ』
('、`*川「……そうだ、お水をいっぱいいただけますか?」
『? ああ良いよ、少し待って…………はい、どうぞ』
('、`*川「わたしではなくパン屋さんに、このお薬をお水で飲んでくださいな」
『薬を持ってるのかい? すごいな、けほ、お医者さまみたいだ』
('、`*川「いいえ、いいえ、わたしなんてそんな」
『それじゃあ、ありがたく……』
けほけほこんこんと咳をするパン屋さんに、大男から貰ったお薬を渡します。
そしてお薬を飲み下すパン屋さんの背中を、女の子は優しくさすってあげました。
すると、どう言うことでしょう。
パン屋さんの咳はぴたりと止まり、苦しそうだった呼吸がきれいになりました。
- 17 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:08:49 ID:dr8mfbeg0
『わあすごいな、本当に楽になったぞ』
('、`*川「ほんとですか?」
『ああ、咳が止まったよ、さすってくれてありがとう』
('、`*川「そんな、そんな、ああ良かった」
お礼にとたくさんパンをおまけして貰った女の子は、とっても嬉しくなりました。
誰かの役に立てた、ありがとうとお礼を言ってもらえた。
それが嬉しくて嬉しくて、しょうがなかったのです。
たくさんのパンを抱えながら、女の子は次にお野菜を買いに行きました。
『やあお嬢ちゃん、お使いものか』
('、`*川「はい、おいもをみっつくださいな」
『ああ、少し待ってな……いたた』
('、`*川「どうしたんですか?」
『昨日転んじまってさ、足首を捻って腫れてるんだ』
- 19 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:09:15 ID:dr8mfbeg0
('、`*川「まあ大変、それじゃあお困りでしょう」
『配達は無いんだがね、店番するのも大変なのがつらいよ……あいたたた』
('、`*川「そうだわ、このお薬を塗ってくださいな」
『薬かい? やあ、まるでお医者様みたいだ』
('、`*川「そんなそんな、冷やすものはありますか?」
『ああ、水ならあるよ』
('、`*川「それじゃあ皮袋にお水を入れましょう、お薬を塗ったらこれで冷やしてくださいな」
八百屋さんの足首に、大男から貰った薬を塗りつけます。
そして冷たいお水の入った袋をあてて足首を冷やすと、八百屋さんはほっとした顔になりました。
痛みが完全に引いたわけではありませんが、ずいぶんと和らいだみたいです。
『ああ、少し楽になったみたいだ』
('、`*川「よかった、わたしお役に立てましたか?」
『もちろん! 本当にありがとう、お嬢ちゃんのお陰でとても助かったよ』
('ー`*川「まあ、まあそんな、お役に立てたなら嬉しいです」
- 20 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:09:42 ID:dr8mfbeg0
お礼にと八百屋さんからたくさんのお野菜をもらって、大荷物に埋もれながら女の子はよたよたとお家に帰ります。
今日は二人も助けてあげられた。
助かったよありがとう、そう言ってもらえた。
まるで天にものぼる気持ちでした。
あんなに些細なことでも、怖がらなければ誰かに感謝してもらえる。
今まで知らなかったことを、持っていなかったものを使うことで、こんなに満たされる。
女の子は、何だか幸せな気持ちになりました。
('ー`*川「先生、先生、ただいま戻りました」
(`・ω・´)「やあお帰り、大変な大荷物じゃないか、重かったろう」
('ー`*川「ううん、これっぽっちも重く感じませんでした」
(`・ω・´)「おや、何か良い事でもあったのかな?」
('ー`*川「はい! 先生のおかげで、二人も助けてあげられたんです!」
(`・ω・´)「お薬を渡したのかい? ああ良かった、役に立てたんだね」
('ー`*川「ええ、ええ! わたしとっても、とっても嬉しくて!」
- 21 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:10:11 ID:dr8mfbeg0
(`・ω・´)「うんうん、良かったね、僕も嬉しいよ」
('、`*川「…………ねぇ、先生」
(`・ω・´)「なんだい?」
('、`*川「もし……もしよろしければね、もっとわたしに色んなことを教えてもらえませんか?」
(`・ω・´)「おやおや、それはどうして?」
('、`*川「だって、だってね先生、わたしはわたしだけの力じゃ誰も助けられないんです」
(`・ω・´)「ふむ」
('、`*川「わるいことになんて使いません、先生のお力を、ほんの少しだけお借りしたいの」
女の子は、今日ふたりを助けられたのは、自分の力ではないとわかっていました。
大男のくれた知識と、お薬の力で助けられただけなのだと、ちゃんとわかっていました。
もう使ってしまったからお薬も無いし、持っている知識もほんの少し。
自分だけの力ではこれ以上誰かを助けられる事なんて無いのだと、女の子は思っていました。
- 22 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:10:36 ID:dr8mfbeg0
だから、目の前の『先生』の力を借りようと思ったのです。
自分の力だと嘯いて誇示したいわけではありません。
知識をひけらかして持ち上げられたいわけでもありません。
ただ『先生』の力を借りて、使って、誰かを助けたかった。
誰かを救う事で、自らも救われたい。
無意味な存在ではないと、認められる事で自らも救われたい。
そんな自分の本心に、女の子は気付いていませんでした。
やや考え込む素振りを見せてから、大男は女の子に目の高さを合わせます。
こんなお願いをして、失礼じゃないかしら。
わたしみたいな役立たずが、迷惑じゃないかしら。
自分のわがままに肩をきゅっとすくめながら、女の子はうつむきます。
けれど大男は、女の子のさらさらの髪を撫でてあげながら、優しく微笑みました。
(`・ω・´)「それじゃあ、僕の仕事の手伝いをしてくれるかな?」
大男の申し出は、女の子にとって願ってもないことでした。
- 23 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:11:00 ID:dr8mfbeg0
('、`*川「えっ……」
(`・ω・´)「僕は医者で、町の人たちを助けるためにここに来た
けれどやっぱり、誰しもよそ者には警戒してしまうだろう?」
('、`*川「は、はい……」
(`・ω・´)「早く助けてあげたいのに、信用されなければ何にもならない
その点、君はこの町の人たちから信頼されてるみたいじゃないか」
('、`*川「そんな、そんなこと……わたしなんて……」
(`・ω・´)「今日二人も助けられたんだろう、それは君が信頼されているからさ
だからねお嬢さん、どうか僕の代わりに町の人たちを救ってはくれないかな」
('、`*川「わたしが、ですか?」
(`・ω・´)「そう、君がさ。 僕は君に薬と知識を与える、だから君にはそれを使って貰いたい」
('、`*川「え、え……そんな、光栄だけれど……」
戸惑う女の子の頬を、大きな手が優しく挟みます。
そして整った精悍な顔立ちが、清潔そうなせっけんの匂いが近づいて
どこまでも深く暗く、底の見えない真っ黒な両目が、女の子を射抜きます。
女の子は身動きも出来ず、ただ呆然としたように、真っ黒なひとみを見つめていました。
- 24 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:11:30 ID:dr8mfbeg0
(`・ω・´)「僕は、誰かを救いたいんだ」
('、`*川「は、い」
(`・ω・´)「わかるかい、僕は人を救いたいんだ。
この手で、可能な限りの人を救いたいんだ」
('、`*川「はい、先生……」
(`・ω・´)「ああ解ってくれるんだね、僕の気持ちを理解してくれるんだね」
('、`*川「もちろん、です……先生……」
目の前に存在する誠実そうな男は、まるで呪文でも唱えるように優しく優しく言葉を繋げます。
大きな手のひらが白い頬を撫でて、慈悲深そうな微笑みで、女の子の思考に踏み込むのです。
女の子はぼんやりとした顔で、けれどどこか感動したような顔で、頬を染めながら頷くだけ。
刷り込みのように、洗脳のように、女の子は疑いもせず大男の言葉を飲み込んでしまいます。
崇高な使命感のもと、この『医者』は動いている。
誰かを救済したいと言う、美徳のもとに生きている。
なんて、すばらしいひとなんだろう。
そんな人に『選ばれた』わたしは、なんてしあわせなのだろう。
- 25 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:11:55 ID:dr8mfbeg0
自信の無い女の子は、自分の価値が欲しかった。
それと同時に、誰かを助けたいと言う純粋な気持ちがあった。
その両方を、同時に満たしてくれる人が現れた。
(`・ω・´)「ほらご覧、誰かが手を差し伸べなければ生きられない人達がこんなに居るんだ」
大男は、窓にかけられたカーテンを開きながら言います。
(`・ω・´)「彼らは救いを求めている、助けを待ち続けている、救いが与えられねば死んでしまう」
先生は、女の子を抱き上げて窓の外を見せてあげました。
(`・ω・´)「僕に出来る事がある、そして君にも出来る事がある、解るだろう?」
女の子は、使命感と、幸福感で、胸がいっぱいでした。
(`・ω・´)「さあ人々を救おう、我々の手で」
その言葉を拒絶する理由なんて、どこにもありませんでした。
- 26 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:12:22 ID:dr8mfbeg0
それから女の子は、色んな事を教えられました。
たくさんの物を与えてもらいました。
女の子のお家を拠点にして薬を作ったり、病気の研究をする大男。
そして女の子は、色んな知識と薬を預けられ、それを使って町の人たちを助けて回りました。
『ああ、いたい、いたいよ、やけどをしてしまった』
('、`*川「よくお水で冷やしてからのお薬を塗ってください、そしたら動物の革をはりつけて」
『くるしい、くるしいよ、お腹がいたくてくるしいんだ』
('、`*川「お水でこのお薬を飲んでください、そうしたらお腹をあたためて、やさしく撫でましょう」
『ふらふらする、ひどく熱いんだ、頭もいたい』
('、`*川「このお薬を飲んだら、お水と果物を食べてよこになってくださいな」
女の子は次から次へと町の人たちのケガを、病気を癒してゆきます。
町の人たちの不調はたちまち良くなって、みんな元気になりました。
すると女の子は色んな人から感謝され、たくさんお礼をもらいました。
- 27 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:12:48 ID:dr8mfbeg0
('ー`*川「先生、先生、聞いてくださいな」
(`・ω・´)「どうしたんだい? 嬉しそうだね」
('ー`*川「わたし、今日もたくさん助けられたんです
ケガをした人を二人、病気の人を三人も」
(`・ω・´)「素晴らしいじゃないか、さすがだね、僕はこんなに素敵な助手を持ったんだね」
('ー`*川「うふふ、先生のおかげです、みんな先生のお力ですもの」
(`・ω・´)「そんな事はないさ、君の人望のお陰だよ、さあおいで、もっともっと教えてあげよう」
('ー`*川「はい先生、もっともっと教えてください、わたしもっとがんばります」
(`・ω・´)「ああ、そしてまた、たくさんたくさん救っておいで」
とっても満ち足りた気持ち。
誰かに求められ、認められる喜び。
すばらしい人に認められた、特別感。
女の子は、もうこの歓喜から抜け出せません。
ほんとうなら、大男の事を医者としてみんなに教えて回りたかった。
こんなに素晴らしい人が居るのだと声を大にして言いたかった。
けれど大男はそれを良しとせず、静かに首を横に振るのです。
- 28 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:13:25 ID:dr8mfbeg0
僕の事は秘密にしておいて欲しいんだ、よそ者の与えた知識を信用して貰えるかわからない。
それに今は調子も良く、君はたくさん救えている、それに水をさしたくは無いんだ。
もし滞ってしまったら、もう誰も助けられないかもしれない、それだけはつらいんだ。
悲しそうな顔で言うものだから、女の子はその言葉を信じて、大男の存在を秘密にしました。
(`・ω・´)「それにしても、食べ物がたくさんあるね」
('、`*川「はい、お礼にとたくさん貰ってしまって……こんなに食べきれませんね」
(`・ω・´)「そうだ、これも治療に使おう」
('、`*川「食べ物をですか?」
(`・ω・´)「ああ、ご飯をちゃんと食べないと、身体が弱って死んでしまうだろう」
('、`*川「はい、えいよう、しっちょう? ですよね」
- 29 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:13:58 ID:dr8mfbeg0
(`・ω・´)「そうそう、この町にはちゃんとご飯を食べられない人も居るだろう
お薬を飲んでも、ご飯をちゃんと食べていないと治らないんだ」
('、`*川「わかりました、だから、そんな人たちにごはんを渡すんですね?
ケガや病気を治すお薬だけじゃ、救えない人もいるってことですよね?」
(`・ω・´)「そう、ああやっぱり君は賢いな、なんて良い子なんだろう」
('ー`*川「うふふ、うれしい、ありがとうございます先生」
(`・ω・´)「よしよし良い子だね、さあ、もっともっと救っておいで」
('ー`*川「はい先生、わたし、わたしたくさん救ってみせます、たくさんお役にたってみせます」
女の子は、お薬や知識を使って町の人たちを助けて回ります。
それと同時に、お礼にと渡された食べ物を貧しい人たちに分けてゆきました。
ごはんを食べることで、元気になれる。
お薬にだけ頼るのではなく、自分の身体を大切にしようと。
受け取ったお礼のほとんどは、女の子の口には入りませんでした。
金品を受け取っても、それはお薬の材料に使ったり、毛布にかえて配りました。
けれど女の子はいつでもにこにこと、幸せそうな顔で人々を救って回ったのです。
- 30 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:14:26 ID:dr8mfbeg0
『いつもありがとう、君は本当に良い子だ』
('ー`*川「いいえ、いいえ、わたしなんてまだまだです」
『君のお陰で助かったよ、まるでお医者様じゃないか』
('ー`*川「そんな、そんな、わたしなんてお医者さまの足元にも」
『いつも走り回ってるが、どうしてそんなに一生懸命なんだ?』
('ー`*川「だって、だって、わたしがお役に立てるのがうれしくて」
たくさん助け、たくさん感謝され、すっかり有名人になった女の子。
決して驕らず、偉ぶる事もなく、いつも謙譲な態度を変えない。
それどころか、以前よりも笑顔が増えて生き生きとしている。
その異常なまでの献身に、みんなは驚き、そして感謝しました。
- 31 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:14:58 ID:dr8mfbeg0
('ー`*川「先生っ」
(`・ω・´)「ふふ、最近はいつも嬉しそうだね」
('ー`*川「はい! だって先生のおかげで、わたしこんなに幸せなんですもの」
(`・ω・´)「そんなに感謝されるのが嬉しいかい?」
('ー`*川「いいえ先生、わたしお役に立てるのがうれしいんです」
(`・ω・´)「そうだったね、はは、何度も聞いていたのにね」
('ー`*川「わたし、わたしなんにもできないダメな子でした
でも先生のおかげで、誰かの役に立てて、誰かを助けられて、ほんとうに幸せなんです」
(`・ω・´)「うん、うん、……けれどね、ご覧よこのお礼の品を」
('ー`*川「はい、こんなにいただいては申し訳ないです」
(`・ω・´)「そうじゃない、君は感謝されて当然の事をしているんだ、みんなの気持ちを受け取らないと」
('、`*川「みんなの、きもち?」
(`・ω・´)「そう、だってこんなに感謝して貰えるんだ、こんなに光栄な事は無いだろう?
その感謝の気持ちをきちんと受け取らないのは、みんなに失礼になるじゃないか」
- 32 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:15:23 ID:dr8mfbeg0
('、`*川「あっ……そう、ですね……そうですよね……」
(`・ω・´)「君は謙遜が過ぎる、人の気持ちは、好意は、正面から受け取らなければ」
('、`*川「……ごめんなさい、わたしったら…………
わたし、自分の気持ちを押し付けてばかりだったんですね……」
(`・ω・´)「君の気持ちを押し付けだと思った人は居ないだろう、実際に救っている
けれど僕らもまた感謝しなければいけない、僕らの手で誰かを救えるのだから」
('ー`*川「……はい、先生……わたしも、たくさんありがとうを言うようにします」
(`・ω・´)「良い子だね、よしよし、とても素直で可愛らしくて、とっても素敵な子だよ」
('ー`*川「…………」
(`・ω・´)「だからね、これからもたくさん救っておいで」
先生は、なんでも教えてくれる。
ダメなわたしに、教えてくれる。
大切なことも、必要なことも、みんなみんな教えてくれる。
ただ優しいだけじゃない。
ちゃんと叱ってくれて、髪を撫でてくれる。
- 33 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:15:51 ID:dr8mfbeg0
お医者さまの知識とお薬は、わたしに誰かを助けることを許してくれた。
それはわたしの力じゃない、これは先生のお力。
けれど先生の代わりにそれを使えるのはわたし、わたしに許された、わたしの力。
そして先生は優しい。
褒めてくれる、叱ってくれる、髪を撫でてささやいてくれる。
君は素敵だ、可愛らしい、素晴らしい、良い子だと。
先生はかんぺきだ。
暖かくて賢くて、何でも知ってて何でも出来る、こんなに素晴らしい人はほかに知らない。
そんな人に許された、与えられた、認められた。
('ー`*川(ああ、なんて、しあわせなんだろう)
女の子は、ずっと救いを求めていました。
誰かを救うことで、自分も救いたかった。
けれど女の子は、目の前で微笑む『先生』によって救われてしまいました。
だから女の子にとって、目の前で微笑む『先生』は
『神様』になったのです。
- 34 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:16:19 ID:dr8mfbeg0
女の子は、笑顔で救いを振り撒きます。
それが生き甲斐のように、それが使命のように。
困った人がいれば手を差し出し、苦しむ人がいれば背中をさすって。
心優しく、穏やかに、献身的に、持ちうる全てを差し出すように働き続けました。
女の子はただ『神様』の言うままに動き、求められるままに動き、己の事はまるで省みませんでした。
けれど以前のように卑屈ではなく、感謝や賛辞をありがとうと笑顔で受けとるようになったのです。
それが町の人たちには余計に眩しく映り、いつしか女の子への態度も変わってゆきました。
('ー`*川「ねぇ先生、何だか近頃は、皆さんからとってもていねいに扱ってもらえるんです」
(`・ω・´)「そうなのかい?」
('ー`*川「はい、今までも皆さん優しかったんですけれど、近頃はとくに」
(`・ω・´)「きっとみんなが感謝しているからだね、とても素敵な事じゃないか」
('ー`*川「はい、お礼に、もっともっとたくさん救わなきゃ」
(`・ω・´)「ああ、そうだね、もっともっと期待に応えないとね」
('ー`*川「はい、先生、先生、もっとたくさんお言葉をくださいな
わたし先生のお言葉があれば、きっと何でも出来ると思えるんです」
(`・ω・´)「ふふ、良いよ、こっちへおいで」
('ー`*川「先生のおっしゃる通りにすれば、きっとわたし、なんだって出来ます
お言葉を、ご指示をくださいな先生、わたし言われた通りに救ってみせます」
(`・ω・´)「僕の気持ちを、思想をここまで理解してくれるのは君だけだよ
君が居なければ僕は誰も救えなかった、ああ、ありがとう、僕はなんて幸福者なのだろう」
('ー`*川「ああ……先生、せんせい……わたしも幸せです、しあわせなんですせんせい……」
(`・ω・´)「うん、うん……一緒に救おう、もっともっとたくさん救おう、我々の手で」
- 35 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:16:49 ID:dr8mfbeg0
すっかり『神様』に心酔して、崇拝するまでに依存してしまった女の子。
まるで神の代行者のような気持ちで、日々働いていました。
女の子の気持ちが変われば、その態度も雰囲気も変わります。
だからこそ、町の人たちには女の子がどこか神聖なものにすら見えていました。
彼女の笑顔を見ていると不思議と元気になる。
彼女の手当てを受けると傷がすぐさま良くなる。
彼女の薬を飲めば、たちまち病気が治ってしまう。
始めこそは、ただの心優しい女の子として扱われていました。
けれど今は、もはや聖なるものとして扱われているのです。
その少女は、天から使わされた聖なるものだと。
彼女は神の声を聞くことが出来る、聖女なのだと。
噂は噂を呼び、憶測に尾ひれを生やし、女の子と言う虚像がどんどん造り上げられてゆきます。
- 37 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:20:00 ID:dr8mfbeg0
けれど女の子は何も否定しません。
肯定もせずに、にっこりと笑っては救いを与えるだけ。
そんな女の子を、町の人たちは崇めるようになりました。
都合のよい聖女として、祭り上げたのです。
女の子が『神様』を崇めるように。
町の人たちは『聖女』を崇める。
何かを信じ、仰ぎ、崇拝するのに必要なものは、
ほんの些細な切っ掛けと、一握りの真実だけ。
その真実すらまやかしであったとしても、信じてしまえば本物になるのです。
('ー`*川「先生、今日もたくさん救いました」
(`・ω・´)「良い子だね、君のお陰でたくさんの人が命を落とさずに済んだ」
('ー`*川「うふふ、やるべき事をしただけです、みんなみんな先生のおかげ」
(`・ω・´)「僕と君の両方が居たからこそ、僕らはみんなを救えているんだね」
('ー`*川「先生のお手伝いが出来て、わたしとっても光栄です」
(`・ω・´)「聞こえるかい感謝の言葉が、賛辞が、あれらは君の、僕らの行いを讃える声だ」
('ー`*川「はい、先生」
- 38 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:20:24 ID:dr8mfbeg0
('、`*川「でも先生、みなさんわたしを聖女だと呼ぶんです、わたし、そんなじゃないのに」
(`・ω・´)「好きに呼ばせれば良いのさ、そういった存在を支えにみんなは救われるのだから」
('ー`*川「まあ、そうなんですね、わかりました、じゃあ否定しないようにします」
(`・ω・´)「うん、けれど嘘になってしまうから、肯定してもいけないよ」
('ー`*川「はい、わかりました先生」
(`・ω・´)「良い子だね、だからもっともっとみんなを救ってあげよう」
女の子は白銀色の杯を傾ける『神様』の膝に座り、甘えるように身を預けます。
もっとお言葉をください、そう甘い声音で神託をねだる女の子の髪を、優しく優しく撫でる手。
誰かから感謝される事は、自らの存在を認めてもらえる事。
誰かに認めてもらえれば、生きる気力に直結する。
『神様』の力を振るう女の子は、確かな手応えとやりがいに満ちていました。
自分の発言で誰かを救い、自分の行動で誰かを救う。
神の言葉を人に伝え、神の業で人を救う。
神に従えば何でも出来る。
神の声を聞くのは一人だけ。
自分は特別な存在になれた。
自分は神に必要とされた。
全能感と言う毒にも等しい美酒に酔いしれて、女の子は溺れてゆきました。
とろけたような眼差しで、自らの信仰対象をうっとりと眺める女の子には
もう、自らの意思なんてほとんど無くて、溺れるまま、酔わされるままでした。
- 39 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:20:48 ID:dr8mfbeg0
町の人たちは女の子を祭り上げ、救いを求めました。
女の子はそれに応えるように、救いを与え続けました。
けれど女の子が与えるのは、病や怪我を治すといった救いのみ。
当然なのです、女の子は『医者』である『神様』の言葉に従っているだけなのですから。
健全な身体になる以外の救いはありません。
よしんばあったとしても、健康になった事で精神的に楽になる程度でしょう。
本来ならそんな救いだけで良かったのかも知れません。
けれどみんなは、女の子を『聖女』と認識してしまったのです。
『あの子は聖女様に違いない』
『あの子は皆を救ってくれる』
『あの子はきっと神様の使い』
人々は口々に噂します。
- 40 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:21:27 ID:dr8mfbeg0
『ならきっと何でも出来るに違いない』
『ならきっと奇跡を起こせるに違いない』
『ならきっと死んだ者を甦らせられるに違いない』
『ならきっと巨万の富すらも与えてくれるに違いない』
『奇跡を与えてくれるに違いない』
『奇跡を起こせるに違いない』
救いに慣れてしまった人々は、偉大な奇跡を求めました。
『我々をもっともっと幸せにしてくれるに違いない』
そして一度底の抜けた欲望は、溢れかえってとどまる事を知りません。
- 41 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:22:04 ID:dr8mfbeg0
けれど女の子は態度を変えません。
日々の行いも変えません。
病気の人はずいぶん減りました。
それでも女の子は変わらずに、怪我人や病人のために働きました。
たくさんたくさん救いました。
たくさんたくさん癒しました。
いつでも異常なまでに優しくて、献身的で、見返りを求めない。
感謝の言葉だけで十分だと、笑顔でお礼を返すだけ。
怪我を治して、病気を治して、いつもと変わらない日々を過ごしているだけ。
それが面白くないのは、『聖女』を崇める人々でした。
信奉者は求められてもいない貢ぎ物をたくさん女の子に与えました。
そうすればきっと奇跡を与えられると信じて。
しかしどれだけ求めても、どれだけ焦がれても、奇跡は与えられないからです。
女の子には奇跡なんて起こせないのですから、当然の事でした。
けれど一度、勝手に信じてしまった人々は、それが受け入れられなかったのです。
- 42 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:22:24 ID:dr8mfbeg0
最初は目を無くして信じ込み。
次に求めた物が与えられない事に疑問を抱き。
不安と疑問を抱え続ける事で不確かな確信に変わる。
信じた自分達が間違っていたとは全く思いません。
勝手に『聖女』に仕立てあげて、勝手に信仰対象にしたとしても。
彼らは被害者のような顔で言うのです。
『騙された』
身勝手で、自分勝手で、押し付けがましい信仰心はみんなの心を蝕みました。
女の子が何も悪いことはしていなくても、そんな事は関係ないのです。
本人の意思など関係なく、ただ自分達は騙された、裏切られたと義憤に燃えます。
- 43 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:22:54 ID:dr8mfbeg0
彼女は聖女だと思っていたのに。
(彼女は否定も肯定もしない)
それなのに彼女は奇跡を与えてはくれなかった。
(そんなすべを持っていないのだから当然だ)
あれほどに信じていたのに、色んなものを貢いだのに。
(彼女がいつそれを求めたのだろう)
彼女は本当に天から使わされた聖女なのか。
(そんなわけは無いと本当はみんな知っていた)
自分達に嘘をついているのではないか、裏切っているのではないか。
(嘘も裏切りもあるはずが無いのに)
都合の良い時には利用して。
都合が悪くなれば簡単に憎む。
窓の外を眺めながら、白銀色の杯が、赤い葡萄酒を揺らしながらきらめいた。
- 44 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:23:32 ID:dr8mfbeg0
女の子は普通の女の子で。
特別な力なんて何も無くて。
言われた通りに受け取って。
言われた通りに曖昧に微笑み。
言われた通りにただ救い続けた。
そして町が敵意に満ちてゆくのに、女の子は気付きません。
今日もまた、言われるがままに誰かを救ってきました。
それでも女の子は笑います。
『神様』の言う通りにすれば皆を救えるから。
『聖女』などと言う肩書きに、興味はありませんでした。
だって救えればそれで良かったから、どうでも良かったのです。
('ー`*川「先生、見てください、今日もこんなにお礼をいただいてしまいました」
(`・ω・´)「やあ、ありがたい事だね」
('ー`*川「はい先生、またこれで誰かを救えます、」
(`・ω・´)「そうだね、…………おや、今日は外が賑やかだ」
('ー`*川「まあほんと、お祭りでもあるんでしょうか」
(`・ω・´)「ふふ、お祭りかも知れないね」
- 45 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:24:14 ID:dr8mfbeg0
窓の外では人がたくさん集まり、わいわいと賑やかにしていました。
手に何かを持ちながら、パン屋さんや八百屋さんを先頭に歩き出しました。
みんな元気になったんだ、救えたんだなと女の子は笑顔になります。
それを見る『神様』もまた、にっこりと笑みを浮かべながら杯を傾けました。
('ー`*川「先生、おゆうはんは何にしましょうか?」
(`・ω・´)「君の食べたいもので良いよ、素敵な晩餐にしよう」
('ー`*川「まあ、うふふ、ありがとうございます先生」
(`・ω・´)「君はたくさん、たくさん救ってきたからね、今までお疲れ様」
('ー`*川「先生たら、わたしはもっともっと、たくさん救うんでしょう?」
(`・ω・´)「そうだったね、ごめんごめん、あはは」
朗らかで穏やかなお家の中は、とてもあたたかくて幸せな空間で、
乱暴なノックの音がそれを引き裂くのは、もう数分ほど後の事でした。
おわり。