- 51 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:30:06 ID:dr8mfbeg0
その少年は、とても勤勉でした。
大変厳しいお父さんに育てられ、定められた事にひたすら忠実に生きてきました。
お母さんはおらず、お父さんは忙しくて滅多にお家には帰ってきません。
けれど少年は寂しいとは思いませんでした。
お父さんと顔をあわせると、何かと怒られてしまうのです。
だから今度こそ褒めてもらえるようにと、会えない間にたくさんたくさんお勉強をします。
お母さんが居ない少年にとっては、お父さんが全てでした。
お父さんの言う事は絶対に正しくて、
お父さんの言う事を聞いていれば間違う事はありません。
自分の事を自分で出来るようになりなさい。
教養こそが最も大切、勉強を怠る事なく、常に優秀でありなさい。
常に身だしなみを整えなさい。
服を汚すような真似は決してするな、そんな粗野な人間には決してなるな。
規則、規律は必ず守りなさい。
定められた法を守る事こそが大切な事、守れない者が居る場合はそれを正しなさい。
私が教える通りに正しくありなさい。
それを理解できない者が居るならそれはただの愚か者だ。
- 52 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:30:29 ID:dr8mfbeg0
学校での少年はとにかく真面目でした。
成績はいつでも一番で、規則を常に守り続けます。
大変な優等生ではあるのですが、彼は学校では嫌われものでした。
品行方正ではあります、けれどまるで機械のように決められた事にのみ従っているのです。
融通は全然きかないし、機械のような生活を他の人にも求めます。
やれ絶対に廊下を走るなだとか。
やれ下らない無駄口を叩くなだとか。
その対象は学友だけではなく、先生にまで及びます。
授業の開始が一分でも遅れれば怒り、些細なお喋りにも噛み付いて。
しかもお父さんに教わった通りに喋るので、その喋り方はとても高圧的です。
人をバカだと思っているような態度で、毎日のようにお説教をしてくる。
それが正しい事だと信じているから、決して態度を改めません。
少年は学友からも先生からも嫌われながら、いつも一人ぼっちでした。
そんな彼にも、悩みがありました。
- 53 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:31:23 ID:dr8mfbeg0
彼は最近、ろくすっぽ眠れていませんでした。
お父さんに褒めてもらうには、色んなお勉強をしなければいけません。
だからいつもお勉強をしていないと不安になる。
寝ている時間がもったいなく感じてしまう。
夜にはベッドに入りますが、うとうとしては目が覚めて、なかなか寝入れません。
そこでずっとベッドに居ても時間の無駄だと思い、起き出して机に向かいます。
だから彼は、いつでも眠くて眠くてしょうがないのです。
そんな彼が、朝の早い時間に浅い浅い眠りから覚めた時の事です。
ぼんやりした頭と視界の中、うつらうつらと身支度を整えます。
( ´_ゝ`)「おはよーさん」
( -~-)。゚「おはようございます……」
一人きりのはずの部屋の中で、誰かが挨拶をしてきました。
つい返事をして、少しの間を置いてから首をかしげます。
声のした方を見てみると、そこには見知らぬ男が座っていました。
だらしのない格好で、痩せた長い手足を投げ出して座る男。
見覚えのないその姿に疑問を抱きましたが、寝ぼけた少年は目をこすって部屋を出てしまいました。
- 55 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:33:37 ID:dr8mfbeg0
きっと夢でも見たのだろう、と深く考えもしませんでした。
しかし、すっかり目の覚めた昼過ぎには、あれは本当に夢だったのかと言う疑問が浮かびます。
帰ったらすぐにでも確認して、通いの家政婦さんにも聞いてみよう、と。
この日も不真面目な学友や先生に嫌われながら、放課後までを過ごします。
少年は自分が正しいと確信しているものだから、それを嫌がる周囲はバカなのだと思っています。
それが周囲には伝わるらしくて、みんなは少年と目を合わせるのも嫌がるのです。
優等生でもあり、問題児でもある彼を、みんながもて余していました。
少年がお家に帰り、家政婦さんに誰か居ないかと聞いても、困った顔で首を横に振るだけ。
じゃあやっぱり、あれはただの夢だったのか。
変な夢を見たな、と自分の部屋に入ります。
( ´_ゝ`)「おかえりー」
(-@-@)「ただいま戻りました……」
(-@-@)
(@Д@-;)「誰ですか!?」
- 56 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:34:03 ID:dr8mfbeg0
自分の部屋に戻った少年を待っていたのは、朝に見た見知らぬ男。
ベッドにもたれながら朝と同じように長い手足を投げ出し座り込んでいました。
( ´_ゝ`)「誰だと思うー?」
(;-@Д@)「……家政婦さんは、誰も居ないって言ってたのに」
( ´_ゝ`)「そりゃお前にしか見えないもんなぁ」
長く細い指をひらひらと動かしながら、男は軽くだけ説明をします。
男が言うに、どうやらその姿は少年にしか見えないと言うのです。
ためしにと家政婦さんの前まで連れていってみましたが、家政婦さんはやっぱり困った顔。
これ以上はおかしな人だと思われてしまう。
そう思った少年は、男の存在を隠すことに。
とは言え部屋に居られても邪魔なだけ。
しかし追い出そうとしても、男はいつのまにか部屋に戻ってくるのです。
困り果てた少年は、男を可能な限り無視することにしました。
- 57 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:34:59 ID:dr8mfbeg0
男は何をするでもなく、だらだらとしているだけ。
時々お勉強をする少年を覗き込んでは、退屈そうに欠伸をする。
部屋に置かれているテレビを眺めている時間が一番長いほど。
テレビの音はうるさくはありましたが、気にしないようにしていました。
( ´_ゝ`)「なーなぁ、お前なんでそんな勉強してんの?」
(-@-@)「しなければいけないからです」
( ´_ゝ`)「なーんで?」
(-@-@)「必要だからです」
( ´_ゝ`)「なーにに?」
(-@-@)「生きて行くのに……うるさいから静かにしてください」
( ´_ゝ`)「なーにが楽しいんだか」
楽しい楽しくないの問題ではない、と振り返って文句を言おうとしましたが
男は再び床に寝転がり、ぐうぐうと眠っていました。
ついさっきまで喋っていたのに、完全に熟睡している男を見て、少年は無性に腹立たしく感じます。
- 58 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:35:28 ID:dr8mfbeg0
少年は、毎朝早くに起きて身支度をします。
そして学校に行って、いきすぎた模範生のような態度で過ごします。
彼にしてみればバカな人ばかりの校内は、居心地が悪いばかり。
けれど学生の義務として、規則正しく、規律通りに過ごすのです。
帰宅したなら夜遅くまでお勉強をして、眠れぬ夜を過ごします。
彼の睡眠時間は少しずつ減っていて、眠りたくても眠れない日々。
頭は痛いし、ふらふらするし、眠たいし。
お勉強は捗らないし、周りにいるのはバカな人ばかり。
お父さんの言うままに生きているだけなのに、どうしてこんなにままならない。
机に向かう時間はこんなに長くなったのに、どうしてこうも満足できない。
真面目にやっているのに、ちゃんとやっているのに。
これじゃあ、またお父さんから叱られてしまう。
お父さんに叱られる時は、とても恐ろしい。
ため息混じりにこちらを見もせず叱られると、自分の価値が全くないような気持ちになる。
だから今度こそ、今度こそは褒めてもらいたいのに。
今度こそは、自慢の息子だと言ってもらいたいのに。
- 59 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:35:55 ID:dr8mfbeg0
少年は今日もまた、ほとんど眠れないまま朝を迎えました。
寝不足で痛むふらふらの頭を働かせて、身支度を整えます。
今日も、明日も、学校に行かねばなりません。
それが苦痛だと言うわけではありませんが、ただただ、眠りたいだけ。
だと言うのに、突然現れた男は毎日毎日、何もせずにだらだらと寝てばかり。
出ていけと言っても出て行かず、ぐうぐうすやすやと寝てばかり。
それを毎日見ていると、少年はイライラが募りました。
自分はこんなに努力しているのに、どうしてこんなにだらけた男が楽しげなのか。
忌々しくなって床に転がる男を踏みつけてやると、ぐぇ、と潰れたような声。
( ´_ゝ`)「ひーっどぉい」
(-@-@)「邪魔です」
( ´_ゝ`)「八つ当たりすんなよー」
(-@-@)「してません」
- 60 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:36:21 ID:dr8mfbeg0
( ´_ゝ`)「なぁ」
(-@-@)「何ですか」
( ´_ゝ`)「なーにそんなイラついてんの?」
(#-@-@)「っ!」
( ´_ゝ`)「毎日毎日まじめにさぁ、学校行っちゃってまぁ」
(#-@-@)「……うるさい」
( ´_ゝ`)「なぁにが楽しいんだよなぁ、それ」
(#-@Д@)「うるさいっ!!」
どうして、何で、こんな男にこんな事を言われなきゃいけないんだ。
バカみたいに眠っているだけのくせに。
自分は、そんな風に眠れないのに。
(#-@-@)「楽しいとか……楽しくないとかじゃ、無いんだよ……」
( ´_ゝ`)「ふーん……でもさぁ、すげー眠いんじゃん? それでおべんきょー捗る?」
(#-@-@)「…………」
( ´_ゝ`)「良いじゃん、休んじゃえば、一日寝てられるぜ」
- 61 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:36:54 ID:dr8mfbeg0
ふざけるな、と怒鳴って、男にクッションを叩き付けて少年は部屋を出ました。
簡単に休むだなんて、そんな事が出来るわけがない。
そんな事は絶対に許されない。
ふざけた事を言うな、バカにしやがって。
不機嫌なまま教室に居ると、何だか見慣れたものにまでむかむかと怒りが沸いてきました。
自分を邪魔なものの様に扱い、鬱陶しそうな顔をする同級生。
まるで面倒なものを見るような、飽きれ顔の教師。
みんなみんなバカばっかりだ、何も理解していない、自分は絶対に正しいのに。
けれど。
ふと、頭に浮かぶ「何が楽しいのか」と言う男の言葉。
周囲を観察してみると、同級生たちは友人同士で楽しそうに喋っている。
教え合いながら予習をして、些細な事で笑っている。
教師は他の生徒と話す時は、笑っている。
何かを一緒に運んだり、相談に乗っては楽しそうにしている。
- 62 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:37:39 ID:dr8mfbeg0
なぜ、笑っているのだろう。
いったい何が楽しいのだろう。
少年は、自分は何を楽しいのかと考えました。
厳しいお父さん従って、真面目に、ただ真面目に言われた事をしてきました。
規則を守れと言われたから、学校の皆から疎まれて嫌われて、それでもきちんとやってきました。
教養こそが最も重要だと言われたから、毎日毎日机に向かって勉強ばかりをしてきました。
それを、楽しいと思った事はあったのだろうか。
楽しいとは、いったい何なのだろうか。
わからない。
今まで、父から言われた事しかしていない。
甘えた事も、わがままを言った事もない。
楽しい事があったとしても、それはもう覚えてはいない。
嬉しい事があるとすれば、それは父から認められる事。
でも父は、今まで僕を認めてくれた事があっただろうか。
- 63 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:38:05 ID:dr8mfbeg0
誰かに従う事しかできないんじゃないか。
自分の意思が無いんじゃないか。
でも従うと自分の意思で決めたはず。
でも命令が無い場合は何が出来るのか。
自分には、何も無いんじゃないのか。
(-@-@)「…………」
( ´_ゝ`)「んぁ、おーかえりぃ」
(-@-@)「…………」
( ´_ゝ`)「どーしたマジメ君、挨拶ねーぞぉ?」
(-@-@)「僕は」
( ´_ゝ`)「あ?」
(-@-@)「僕は、空っぽなんですか」
( ´_ゝ`)「あー?」
- 65 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:38:33 ID:dr8mfbeg0
( ´_ゝ`)「なーにお前、朝はあんなに怒ってたのに帰ってきたらしんなりしちゃってー」
(-@-@)「……僕には何も出来ないから、父さんは僕を認めてくれないのかな」
( ´_ゝ`)「…………」
(-@-@)「自分の意思では……何も出来ないから……」
( ´_ゝ`)「ばーっかだねぇお前」
男は、丸めたオレンジ色の毛布を少年に投げて寄越します。
( ´_ゝ`)「そーんな難しく考えてないでさぁ、休憩しろよ」
(-@-@)「……休憩」
( ´_ゝ`)「予習も復習もやめっちまえ、なーんも考えず寝ちまえよぉ」
少年は戸惑いました。
ほんのりと温かな毛布を突き返せなくて。
ふざけるなと言いたい筈の言葉をはね除けられなくて。
ただ、毛布を抱えて俯いていました。
- 66 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:39:53 ID:dr8mfbeg0
翌日、少年は初めて学校を休みました。
目覚まし時計のベルを止める事もなく、ベッドの中で毛布にくるまっていました。
男はそのけたたましい時計のベルをそっと止めて、にんまりと笑いましたが、少年はそれを見てはいません。
ただ黙って縮こまり、時間が経つのを待つように唇を噛むだけ。
一時間経ち、二時間経ち、家の外では学生たちの賑やかな声や足音が響きます。
それを聞いた少年は、びくりと震えて、頭まですっぽりと隠れてしまいます。
何だか無性に彼らの声や足音が恐ろしくて、申し訳なくて、強い焦りを感じました。
けれどもう一時間ほど経つとその音や声は止み、静かな住宅地へと戻りました。
ほっとした少年は、そのままとろとろと微睡んで、ふわふわと眠りへ落ちて行きます。
頭までかぶった毛布のオレンジ色が、お日様のようにあたたかで、やさしくて。
暖かさと柔らかさ、安心感が少年をすっぽりと包んでいるものだから
夢も見ず、沈むように、泥のように、眠りの底へと溶けてしまいました。
- 67 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:40:51 ID:dr8mfbeg0
( -~-)「んぅ……むぐ……」
( ´_ゝ`)「おーっはよ」
(∩⊿-)「ふぁぁ……あふ……おはよう、ございます……」
( ´_ゝ`)「ほれメガネ、よーく寝たなぁ、昼過ぎだぞ」
(-@~@)「ありがとうございます……そう、ですねぇ……」
( ´_ゝ`)「顔色良くなったなぁ」
(-@-@)「……そうですか」
少年が再び目を覚ますと、日はすっかり上っていて、空腹を感じました。
頭は軽く、いつものような靄がかった重さなんてありません。
目も頭もすっきりと、気分も良く気持ちが良い。
こんなによく眠れたのは、初めてかも知れない。
何も考えず、ただ貪るように眠る事なんて無かった。
少年は戸惑いました。
これはずる休みです。
自分は悪い事をしてしまった、怒られてしまうかも知れない。
そんな罪悪感と焦燥感に苛まれてはいるのです、が。
- 68 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:41:20 ID:dr8mfbeg0
( ´_ゝ`)「たーのしいよなぁ、ずる休み」
(-@-@)「……体調が、悪かっただけです」
( ´_ゝ`)「こんなにしっかり寝てすっきり出来るなんてさー、最高だよなぁ」
(-@-@)「…………」
罪悪感と焦燥感はありました。
けれどその向こう側に、奇妙な快感があったのです。
朝は本当に苦しくて、申し訳なくて。
だけれど今は、とても気持ちが軽い。
なぜだろう、こんなに悪い事をしてしまった気持ちなのに。
身体も、気持ちも、すごく伸びやかで、爽快感すらある。
初めてのずる休み。
初めて、自ら選んだ事。
何もしないと言う選択を、初めてしたのだ。
- 69 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:42:42 ID:dr8mfbeg0
少年はお腹が空いたので、頭から毛布を被ったままキッチンまで移動しました。
まるでオレンジ色のおばけが、家を徘徊しているよう。
簡単なサンドイッチを作って、立ったままもそもそと食べて、お腹がくちくなると部屋に戻る。
部屋に戻ると軽くテレビを眺めてから、再びベッドに寝転がり、うとうと。
窓から射し込む暖かなお日様が、ぽかぽかと気持ち良い。
何も考えずに済む、何もしなくて済む、心が静かに凪いで行く。
男は日の当たる場所で丸くなる少年を見て、にたにたと笑っていました。
少年の髪をぐしゃぐしゃかき混ぜてやりながら、穏やかな時を眺めます。
しかし日が落ちて夕暮れ時。
毛布よりも濃いオレンジ色の光が、窓の外から射し込む頃。
外は再び学生の足音と声に溢れ、朝よりも賑やかになります。
それを聞いた少年は、震えるように毛布に潜り込んでしまいました。
朝同様の罪悪感と焦燥感が、少年を激しく責め立てるのです。
だから、もう勝手に休んだりはしない、もう二度と休まないと心に誓うのでした。
- 70 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:43:13 ID:dr8mfbeg0
再び眠れぬ夜が明け、息苦しい朝が始まります。
もう休まないと心に決めた少年は、眠い目を擦りながらもてきぱきと身支度を整えます。
いつものように、いつも以上に完璧に。
二度とあんな真似をしないように、あれは汚点なのだと自らを戒めて学校へ。
けれど少年を待っていたのは、いつも通りの楽しくない日常でした。
休んでしまって申し訳ない、そう謝りました。
しかし昨日欠席をした事に、誰も気付いていませんでした。
そう、教師すらです。
それどころか教師は笑います。
『昨日は静かで過ごしやすかった』と。
ぱらぱら、ぱらぱら。
何かがほどけて行くような感覚。
- 72 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:45:34 ID:dr8mfbeg0
あの日から、少年は毎日の生活が『楽しくない』と感じるようになりました。
学校に足を運んでも、お勉強をしていても、どこか上の空。
何をしても頭になんて入ってきません。
代わりに大きくなるのは、睡魔と男の言葉でした。
『何でそんな事をするのか』
『何のためにするのか』
『何が楽しいのか』
少年には、もう分かりませんでした。
ただ一つはっきりとしている事は、『楽しくない』だけ。
それに気付いてしまってから、今までは当然だった事が苦痛になりました。
誰にも認められず、誰もから疎ましく思われ、何をしていても楽しいには程遠い。
眠い頭を無理矢理に起こして、机に向かっても虚しいばかり。
言われた通りにしていただけ。
けれどもしかしたら、それは間違いだったのかも知れない。
- 73 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:46:19 ID:dr8mfbeg0
それから少年は、あまり日を置かず、再び学校を休みました。
ついに考え疲れてしまって、疲れた頭を休ませたかったのです。
夜にはよく眠れませんが、昼間はよくよく眠れました。
すやすや、すやすや、夢も見ずに眠りに落ちて、目が覚める頃には気分がすっきり良くなる。
いつも自分を包んでいた眠気はどこにも無くなり、開けた視界が快感ですらありました。
日がな一日なにもせず、オレンジ色の毛布に包まれて、ただ横たわるだけの一日の気持ち良さ。
お腹が空いたら適当に食べて、眠くなったら眠り、退屈になっても眠る。
目が覚めたら男の隣でテレビを眺めて、ぽかぽかお日様を浴びて、またうとうと。
夕暮れ時にはまた胸がしくしくと痛みましたが、初めての時ほどではありませんでした。
少年は、少しずつ変わり始めていました。
何もしない事が、少しだけ楽しいと感じていました。
- 74 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:47:27 ID:dr8mfbeg0
学校に行きはしますが、休む頻度が上がりました。
月に一度休むようになり、教師から理由を訊ねられました。
ただの体調不良です。
二週に一度休むようになり、教師が心配の言葉を口にしました。
別に何もありません。
週に一度休むようになり、教師は彼を初めて叱りました。
居ない方が静かでしょう。
三日に一度休むようになり、教師は相談室へ少年を呼び出しました。
少年は応じず帰宅しました。
『次のニュースです、───郊外にて、事故を起こした車が』
(-@-@)「ただいま……」
( ´_ゝ`)「おーかえり、まだ昼だぜー」
(-@-@)「……家政婦さんは……?」
( ´_ゝ`)「家族旅行で休みじゃん? こないだ言ってただろ」
(-@-@)「あー……」
- 75 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:48:31 ID:dr8mfbeg0
『────家族と思われる四人の遺体が』
( ´_ゝ`)「飯ないからさぁ、俺作っといたよ」
(-@ー@)「……そんな事、出来たんですね」
( ´_ゝ`)「でーきるよぉ、ほら食え」
(-@ー@)「いただきます……」
( ´_ゝ`)「明日はがっこー行くぅ?」
(-@~@)「んむ……いかない……」
( ´_ゝ`)「なーんで?」
(-@~@)「…………眠いから……」
( ´_ゝ`)「じゃあしょーがないなぁ」
ぱらぱら、ぱらぱら。
ほつれて、ほどけて、ほころびて。
はらはら、はらはら。
一度やぶれほころびたなら、そう簡単には戻せない。
『次のニュースです』
- 76 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:49:17 ID:dr8mfbeg0
今まで、学校を休んでも家の事はちゃんとしていました。
自分の事は自分でやる。
毎日ちゃんとお勉強もする。
身なりを整え綺麗にする。
端から見て完璧であるように。
( ´_ゝ`)「別にさぁ、毎日それやんなくて良くね?」
(-@-@)「え……でも、洗濯は毎日……」
( ´_ゝ`)「明日でいーじゃん? 量も無いしさぁ」
(-@-@)「……そっか……」
男の言葉に、ふらふらと寄り掛かる事が増えました。
( ´_ゝ`)「着替える必要無くね? 寝てるだけじゃん?」
(-@-@)「……でも」
( ´_ゝ`)「明日の洗濯物が減るじゃーん?」
(-@-@)「あー……そっかぁ」
- 77 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:50:10 ID:dr8mfbeg0
( ´_ゝ`)「ほら、めーし」
(-@-@)「ありがとうございます……」
( ´_ゝ`)「こぼしてるぞー」
(-@-@)「むぐ…………あの」
( ´_ゝ`)「んー?」
(-@-@)「結局……あなたは、誰なんですか……? 何者なんですか……?」
( ´_ゝ`)「妖精さんみたいなもんだってぇ、お茶飲むー?」
(-@-@)「いただきます……でも、どうしてこうしてくれるんですか……?」
( ´_ゝ`)「俺がやんなきゃお前死んじゃうだろー、食い終わったら風呂なぁ」
(-@-@)「はぁい…………ありがとうございます……」
( ´_ゝ`)「よーせよーぉ、照れるだろー?」
(-@-@)「…………おいしい……」
( ´_ゝ`)「だっろー?」
- 79 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:51:35 ID:dr8mfbeg0
朝に起きる事も無く。
自分の事もろくにせず。
お勉強すらも投げ出して。
伸びた髪もそのままに。
だらしのない格好で。
少年はただ、いつもの毛布にくるまっていました。
もう学校に顔を出す事はありません。
家では何もせず、ひたすら眠り続けています。
いつのまにか少年は、自ら何かをする事がほとんど無くなっていました。
時おり男に揺り起こされて、簡単な食事を与えられ
うとうと微睡む少年の服を脱がせると、お風呂にも入れてくれました。
きっと少年は、傍らでにたにたと笑うこの男が居なければ、食べる事も何もかもやめていました。
今の少年を支配するのは、何もしたくない、眠っていたいと言う欲求だけ。
真面目で、勤勉で、頑なだったあの頃の面影は、もはやどこにもありません。
- 80 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:52:11 ID:dr8mfbeg0
最初のずる休みは、確かに彼が初めて選んだものでした。
少年の意思で行動したものでした。
けれど今の彼に、意思があるとは思えませんでした。
『次のニュースです、───町の路上で男性の遺体が』
( ´_ゝ`)「なぁなぁ、寝て過ごすのは楽しいか?」
(-@-@)「たのしい……?」
( ´_ゝ`)「楽しくないのか?」
(-@-@)「わからない……でも、眠い……」
( ´_ゝ`)「眠るのは良いよなぁ、最高の娯楽と欲求だもんなぁ」
(-@-@)「たのしい、なのかな……」
( ´_ゝ`)「楽しいなんじゃない?」
(-@∀@)「……じゃあ、楽しいや……」
『男性の身元は───市の学校教諭で』
- 82 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:52:52 ID:dr8mfbeg0
『───さんは、腹部を刃物で刺されており』
( ´_ゝ`)「うんうん、楽しいのが一番だよなぁ」
(-@∀@)「うん……」
( ´_ゝ`)「寝てても良いぞぉ、だーれもお前の邪魔しないから」
(-@∀@)「うん……うん……」
( ´_ゝ`)「んー?」
(-@∀@)「なんにも、したくない……」
( ´_ゝ`)「なぁんにもしなくて良いだろー? 必要な時は起こしてやるからさぁ」
(-@∀@)「……うん」
( ´_ゝ`)「ほら眠れよ、毛布にくるまってさぁ、お前は何もしなくて良いんだよ」
(-@∀@)「うん……わかった……」
『次のニュースです』
- 83 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:53:49 ID:dr8mfbeg0
もはや生きているのかどうかもわからない。
寝ているのか起きているのかもわからない。
毎日あんなに寝ているのに、いつでも眠くてあくびが出る。
何もしたくない、何かをする気力もない。
みんなみんな、どうでも良い。
今となっては寝る事だけが、彼の楽しみでした。
( ´_ゝ`)「なーぁ」
(-@∀@)「ふぁい……?」
( ´_ゝ`)「お前さぁ、お父さんに認められたいんだっけ?」
(-@∀@)「あー……」
( ´_ゝ`)「そのためにさぁ、毎日毎日ひとりぼっちで頑張ってたんじゃん?」
(-@∀@)「んー……」
( ´_ゝ`)「今もまだ認められたいわけ?」
(-@∀@)「…………」
- 84 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:56:18 ID:dr8mfbeg0
( ´_ゝ`)「んー?」
(-@∀@)「どーでもいーです……」
( ´_ゝ`)「だーよなー」
(-@∀@)「ねるぅ……」
( ´_ゝ`)「おーやすみーぃ」
自分の成り立ちも、根底も。
何もかもを覆して、台無しにして、無かった事にして。
少年は、もう何でもありません。
何も選ばず、何もせず、緩慢な絶望の中で眠り続けるだけ。
そんな彼の家の、チャイムが鳴りました。
いつもなら無視するのですが、今日は男に起こされたので
オレンジおばけのまま、玄関まで行きます。
そして外からがちゃがちゃ開けようとしているドアの鍵を外して、ドアを開けました。
- 85 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:56:59 ID:dr8mfbeg0
そこに立っていたのは、かっちりした身なりの中年の男。
よく知る、あまり見ない、会うのが楽しみでもあり恐ろしくもあった人。
『全く、遅いじゃないか何をしているんだ』
(-@∀@)「あー……父さん……」
『何だその格好は、こんな時間に何を考えているんだ』
(-@∀@)「…………」
『お前、新しい家政婦を断ったそうじゃないか、それでちゃんとやれているのか』
(-@∀@)「あー……」
『学校からも連絡があったぞ、休んでいると言うのは本当か? 全くそんな事を教えた覚えは』
(-@∀@)「うー…………」
『そこをどきなさい、中に入れないじゃないか、本当にお前はどうしてそう愚図なんだ』
耳障りでした。
目の前でイライラと喚きたてる父の声が、耳障りでした。
- 86 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:57:56 ID:dr8mfbeg0
寝ているところを起こされて、眠い目をこすって出てきたのに
何だかよく分からないが、父から怒られている。
眠いのに、寝たいのに、どうして邪魔をするんだろう。
開け放したままの玄関、外から町の人の視線がちらほら。
ああ寒い、うっとおしい、ねむい。
( ´_ゝ`)「なぁ」
(-@∀@)「はい……?」
( ´_ゝ`)「ほら」
飽きもせずに少年を罵倒する父親の声はろくに聞こえず、
いつのまにか背後に立っていた男が、少年にそっと何かを差し出します。
それはキッチンにある筈の小さな果物ナイフで、銀色にきらきらと輝いていました。
( ´_ゝ`)「うるさいよな」
(-@∀@)「はい……」
( ´_ゝ`)「静かにさせようぜ」
(-@∀@)「……わかりましたぁ」
- 87 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:58:45 ID:dr8mfbeg0
後ろからナイフを握らされて、手を添えられて。
ナイフを握った手を、大きな手がぐいと引っ張り
そのまま銀色の刃は、父親の腹へとめり込んで行きました。
ぞぶ、と固いような柔らかいような、不思議な感触でした。
父親が崩れ落ちて、何かを叫んでいます。
まだうるさいなと男が言うので、もっと静かにさせなければいけません。
それから数分なのか、数時間なのか、よくはわかりませんが
気が付くと、足元には父親が倒れていました。
ドアが閉められないので、父親を外に蹴り出してからドアを閉めました。
( ´_ゝ`)「静かになったなー、もっかい寝ようぜ」
(-@∀@)「はい……ふあぁ……」
手も服も真っ赤に染まっていましたが、綺麗にするよりも今は眠くてしかたがありません。
ぼんやりと頷いて、ナイフをぽいと捨ててから、汚れた格好のままベッドに戻ります。
- 88 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 21:59:17 ID:dr8mfbeg0
何だか外が騒がしくて、サイレンの音がしました。
家の前でも誰かが騒いでるみたいです。
(-@∀@)「うるさいですね……」
( ´_ゝ`)「そうだなぁ、っと」
『臨時ニュースです、たった今───町で、男性が刺されたと』
(-@∀@)「ふぁ……」
( ´_ゝ`)「寝ればー?」
(-@∀@)「うん……」
『男性を刺したとされる少年は、家の中に────』
少年はもそもそと布団の中に潜り込み、ぼんやりとだけ音を聞きます。
テレビから流れる音が、何だか家の外から聞こえるみたいでした。
テレビ越しに外を一瞥してから、男は電源を切ってリモコンを投げます。
そしてすやすやと眠る、赤く染まったオレンジ色の毛布おばけを眺めてから、昼食の準備を始めました。
『次のニュースです』
おわり。