96 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:05:04 ID:dr8mfbeg0


 その女の子は、あるお部屋に居ました。


 天蓋付きのベッドはまるでフリルとレースの海。
 窓にかかるカーテンはふわふわやわらかなシフォン。

 身に付けるのはリボンと布がたっぷりのドレス。
 お気に入りの毛布は、とってもやわらかくて暖かい。

 ふわふわ、ミルクに落としたはちみつみたいにたおやかな髪。
 にこにこ、ハニーキャンディのようにとろける瞳。

 すべすべのお肌は真珠みたいに真っ白で、うっすら色付く頬はやさしいばら色。


 豪奢な絨毯の敷かれた床に座って、女の子はにこにこ。
 何かを待つように、綺麗な細工の施された扉を見つめます。


 女の子が待つのは、7日に1度のお客様。

 とってもやさしい大好きなパパが、7日に1回だけお部屋の扉をノックするのです。


 まだかなあ、まだかなあ。

 たのしみだな、たのしみだな。

 にこにこ、そわそわ、わくわく。


97 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:06:02 ID:dr8mfbeg0


 こつこつ。
 扉の向こうから、まだ遠い足音。

 しゃら、と音を立てて女の子は立ち上がります。


 こつこつ。
 近づく足音。

 扉が開くのが楽しみで、そわそわしながら立ったり座ったり。


 こつこつ。
 もうすぐそこ。

 いいこいいこにしていなきゃ、女の子は裾をただしてきれいにお座り。


 こつ。

 扉の前で足音が止まりました。


 かしゃん、ぎぃぃい。

 きしむ音をさせながら、扉は開かれます。


98 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:06:25 ID:dr8mfbeg0


 『やあ、かわいいかわいいお姫様、ご機嫌いかがかな?』

川*^ー^)「わぁ、パパ、いらっしゃいませ」

 『今日もお姫様はご機嫌みたいだ、さぁ一緒に遊ぼうね』

川*^ー^)「えぇパパ、パパ、いっしょにあそぼぉ」

 『ああかわいらしいお顔をよく見せてごらん、すてきなすてきなお姫様』

川*^ー^)「パパ、パパぁ、いっぱいあそんで、くぅとあそんで」

 『もちろんさお姫様、さあ背中を向けて、今日もたくさんたくさん遊ぼうね』


 パパはやさしい手つきで女の子の頬を撫でて、嬉しそうに微笑みます。

 そしてやさしくやさしく、女の子のドレスのボタンを外すのです。

 むき出しになった白い肌を撫でて、はらはらと赤い跡を残します。


 女の子はそれがくすぐったくて身をよじるのですが、
 そうするとパパが困ってしまうので、いつも我慢していました。


99 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:07:00 ID:dr8mfbeg0


 パパと遊ぶのはとってもたのしい。

 このお部屋は大好きだけど、いつもひとりぼっち。

 だからパパが遊びにきてくれると、とってもしあわせ。


 パパはやさしく髪を撫でて、大好きだよって言ってくれます。
 きれいな髪、きれいな目、きれいな肌だと言ってくれます。

 だから女の子はパパが大好きです。
 たまにしか会えないけれど、こんなにもしあわせにしてくれるのですもの。


 『また来るよお姫様、それまで良い子で居るんだよ』

川*^ー^)「えぇ、くぅいいこでいるわぁ」


 パパが女の子の部屋から出ていく時、女の子はいつもはだかになっています。

 このままでは風邪を引いてしまうので、ふわふわあたたかな毛布で身体を包みます。


 このお部屋には何でもある。

 ベッドも、毛布も、お人形も、ドレスも。
 美味しい食事も運ばれてくるし、いつもお腹いっぱいになる。

 だけれどやっぱり、少しだけ寂しい。


100 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:07:31 ID:dr8mfbeg0


 この日の食事は、ふかふかのパンケーキに濃厚なバター、甘い甘いシロップがたっぷり。

 とってもとっても美味しいけれど、女の子は喉が乾いてしまいました。

 いつもは一緒に甘い紅茶がついてくるはずなのに、今日はそれが無かったのです。


川*^ー^)「ねぇ、ねぇ、何か飲みたいの」


 女の子は喉が乾いたと訴えますが、お部屋には誰も来てくれません。

 お水が一杯だけほしいの、そう言っても誰も聞いてくれません。

 女の子は困ってしまって、お部屋のドアを叩きます。

 ドアは冷たくて、固くて、何も応えてくれません。


川*^ー^)「おみずをちょうだい、コップにちょうだい」


 大きな声を出してみても、たくさん扉を揺らしてみても、誰も来てくれません。

 お部屋には飲み物は何もありません、探してみても見つかりません。

 がしゃがしゃと扉を揺らします。

 その音ばかりが反響して、誰も助けてくれません。


101 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:08:05 ID:dr8mfbeg0


川*^ー^)「どぉして、どぉして、くぅおみずがほしいの、おみずがほしいの」


 寒々しいお部屋の中、扉がきしむ音と女の子の声だけが広がります。

 ぼろぼろと赤黒く固まったものが手のひらから剥がれますが、それには気付きませんでした。

 女の子は声をあげればあげる程に喉が乾いてしまいますが、口を閉じることはありません。

 ついには泣き出してしまいそうになった、その時です。



 「なにが ほしい ですか」

川*^ー^)「おみずがほしいの、コップにおみずがほしいのよぅ」

 「おみず ですか どうぞ どうぞ」



 どこからともなく聞こえた声に答えると、ぬぅ、と暗がりから大きな手が伸びてきました。

 その手には可愛らしい、おもちゃみたいな黄色のコップが乗っていて、中にはきれいなお水がたっぷり。


102 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:09:16 ID:dr8mfbeg0


川*^ー^)「わぁ、わぁ、ありがとぉ」


 女の子はそれを受けとると、ごくごくと飲み干しました。

 からからに乾いて痛かった喉が潤って、とっても幸せな気持ちになりました。


川*^ー^)「うふ、うふふ、ありがとぉ」

 「どう いたしまして」

川*^ー^)「ねぇ、ねぇ、あなたはだあれ?」

 「だれ でしょう ほかにほしい ものは ありますか」

川*^ー^)「えっとね、えっとね、くぅ、あたらしいもうふがほしいの」

 「ほかには ありますか」

川*^ー^)「それじゃあね、それじゃあねぇ、くぅおともだちがほしいわぁ」

 「おともだち ですか」

川*^ー^)「そうよぅ、いっしょにねむるおともだちがほしいのぉ、あなたはおともだちになってくれるぅ?」

 「はい よろこんで あなたのなまえを おしえてください」

川*^ー^)「くぅはねぇ、くぅはねぇ」


103 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:09:57 ID:dr8mfbeg0




川*゚ 々゚)「くぅはねぇ、くるうって言うのよぅ」



 フリルとレースの海みたいなお部屋。

 (真っ暗でじめじめした、寒々しい地下室)
  (鉄格子の向こうには鎖で繋がれた少女が一人)



 ひらひら綺麗なドレスを纏って、あたたかな毛布を抱える。

 (ぼろ布を纏う少女は痩せっぽち、そこらじゅうが傷だらけ)
  (汚れと穴だらけの毛布だけがか細い身体を温める)



 とっても美味しいパンケーキ、甘い紅茶もついてくる。

 (食べるものは乾いた固いパンだけ)
  (時々くず野菜のスープがついてくる)



 パパは遊びに来てくれると、髪を撫でて愛を囁く。

 (父親は少女に馬乗りになって、拳を振り下ろす)
  (お前の産んだせいで妻は死んだと吐き捨てる)


104 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:10:52 ID:dr8mfbeg0



 女の子の目に映る世界は、とても色鮮やかで素敵なものばかり。

 お部屋も、ドレスも、食事も、パパも。

 彼女の目に映ってしまえば、きらきら輝く宝石みたいなもの。



川*゚ 々゚)「あなたはぁ? あなたのおなまえはぁ?」

|  ^o^ |「ひみつ です」

川*゚ 々゚)「じゃあね、じゃあねぇ、ひみつさん」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「もういっぱいだけおみずをちょうだぁい」

|  ^o^ |「わかりました」

川*゚ 々゚)「それとねぇ、それとねぇ、くぅのおともだちになってぇ」

|  ^o^ |「はい くるう よろこんで」


 ちゃちな作りの黄色のコップは、ただの水でも幸せを溶かしたような味がする。


 ぼろぼろの女の子の頬を、大きな大きな手のひらが撫でました。

 女の子の小さな頭なんて、一息に潰せてしまいそうなくらいに大きな手でした。

 そんな大きな手を、小さな小さな爪のない指先で撫でました。


106 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:12:16 ID:dr8mfbeg0



 女の子のおともだちは、大きな身体に大きな手。

 まん丸大きな頭がぐらぐらと揺れながら、にこにこいつでも笑顔です。


 その姿はまるで化け物そのものでしたが、女の子の目にはただの大きな人に映ります。

 とっても大きなおともだちは、お膝に乗せてくれたり抱えてくれるのです。


 女の子が見るものと、実際のものが違う事におともだちは気付いていました。

 気味の悪い緩慢な動きで首をかしげますが、それだけで何も言いませんでした。


|  ^o^ |「くるう くるう ほしいものは ありませんか」

川*゚ 々゚)「えっとねぇ、えっとねぇ、おっきなくまさんのおにんぎょう!」

|  ^o^ |「わかり ました」


 ぬるりとおともだちの姿が影に消えて、少ししてから戻ってきました。

 その手にはとっても大きなクマのぬいぐるみがあり、女の子はそれを受け取ると強く抱き締めました。


川*゚ 々゚)「わぁ、わぁ! すてきぃ、うれしいわぁ!」

|  ^o^ |「よかった です」

川*゚ 々゚)「ありがとぉ、ねるときもぎゅーってするわぁ」


107 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:13:26 ID:dr8mfbeg0


 クマのぬいぐるみを抱き締めて微笑む女の子の顔を覗き込み、おともだちは頭を傾けます。


|  ^o^ |「ほしいものは ありませんか」

川*゚ 々゚)「えっとねぇ、えっとねぇ……まっしろできれいなドレスぅ!」

|  ^o^ |「わかり ました」


 おともだちは、何度も何度も尋ねます。

 ほしいものはありませんか、ほしいものはありませんか。

 それに応えて欲しいものを言うと、おともだちは何でも持ってきてくれました。



 大きなクマのぬいぐるみ。

 ふわふわひらひら真っ白なドレス。

 お花の刺繍のふかふかクッション。

 バラのクリームのケーキ。

 きらきら輝く砂糖菓子。

 お部屋いっぱいの花束。



 何でも、何でも、与えてくれました。



 けれど一番大切にしているのは、最初に貰ったお水のコップ。

 お水はもう飲んでしまったけれど、幸せの色の可愛いコップ。


108 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:14:19 ID:dr8mfbeg0




 けれど時々ご飯を届けにくる人には、おともだちが見えていないようでした。

 突然ものが増えたお部屋に驚いて、女の子を叩きながら泥棒と怒鳴ります。

 突然頬を撫でられた女の子は驚きましたが、嬉しそうに笑いました。

 それを気味悪がって、誰かは女の子がもらったものを持っていってしまったのです。

 意地悪をされてしまいましたが、きっとクマさんと遊びたかったのねと女の子は笑いました。

 すぐに返してくれるわ、そうにこにこする女の子。



 実際に、女の子の持ち物はすぐに戻ってきました。

 少し赤く汚れてはいますが、眠っている間に戻ってきていたのです。

 女の子は喜んで、おともだちはそれを眺めます。

 それからご飯を届けにくる人が変わりましたが、女の子は気付きませんでした。

 誰かが来ては持ち物を持ち去り、持ち物が戻ってきては人が変わる。



 いつのまにか、誰も何も持って行かなくなりました。

 おともだちとお喋りをしていても、怯えたようにすぐ逃げていくようになりました。


110 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:15:01 ID:dr8mfbeg0


 おともだちのお膝で、色んなものに囲まれて、女の子は今まで以上に幸せでした。

 小さな小さな手のひらには、たくさんたくさん幸せが乗っています。


 ほしいものは何でもくれる。
 お腹が空けば食べ物を持ってきてくれる。
 抱っこもしてくれる、腕の中で眠らせてくれる。


 天井に頭を擦りそうな背丈、顔に貼り付いた仮面のような笑顔。

 いびつに歪んだ背中と、恐ろしいほどに大きな手。

 女の子は、そんなおともだちが大好きでした。



 温度の無い手のひらでも、撫でてもらえると幸せ。

 気味の悪い長さの腕でも、その中にすっぽり収まると幸せ。

 不気味なまでに固まった笑顔でも、自分だけを見てくれる幸せ。


 女の子は、パパよりおともだちの方が好きになっていました。


|  ^o^ |「くるう くるう」


 そしておともだちは、今日も尋ねます。


|  ^o^ |「ほしいものは ありませんか」


111 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:15:44 ID:dr8mfbeg0



 女の子は考えました。

 たくさんたくさん考えました。

 パパはたまにしか会えません。

 だからおともだちとはずっと一緒に居たかったのです。

 だからだから、女の子はたくさんたくさん考えました。

 そして、おともだちに向かって言うのです。



川*゚ 々゚)「くぅねぇ、くぅねぇ、あなたがほしいのぉ」



 ひとりぼっちは寂しいので、おともだちと一緒がよかっただけでした。

 だけれどおともだちは、少し驚いたような素振りで首を傾げます。



|  ^o^ |「わたし ですか」

川*゚ 々゚)「そうよぅ、ずぅっとあなたといっしょがいいのぉ、だからくぅにあなたをちょうだぃ?」


112 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:16:24 ID:dr8mfbeg0


 おともだちのほっぺをぺちぺちと撫でながら、女の子は笑います。

 その言葉には裏も表もなく、ただただ純粋なものでした。


|  ^o^ |「わかり ました わたしは くるうの ものです」

川*゚ 々゚)「やったぁ! やったぁ! うれしいわぁ!」

|  ^o^ |「くるう」

川*゚ 々゚)「あのね、あのねぇ、じゃあねぇ、くぅもあげるぅ、あなたにあげるぅ!」

|  ^o^ |「くるう を ですか」

川*゚ 々゚)「そうよぅ、くぅはあなたのものでねぇ、あなたはくぅのものなのよぅ」

|  ^o^ |「くるうは わたしの」

川*゚ 々゚)「これならねぇ、これならねぇ、ずぅっとずぅっといっしょでしょぉ?」

|  ^o^ |「いっしょ くるうと」

川*゚ 々゚)「いっしょよぅ!」

|  ^o^ |「  わかり ました くるうは わたしのもの です」

川*゚ 々゚)「わぁ、わぁ、うれしいわぁ!」


113 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:17:03 ID:dr8mfbeg0


 大好きなおともだちが、じぶんのものになりました。

 とってもとっても嬉しかった女の子は、自分をおともだちにあげました。


 大好きなおともだちになら、じぶんをあげても良いと思いました。

 お互いがお互いのものなら、ずっとずっと離ればなれにはなりません。


 おともだちは大きな頭をぐらぐらと揺らして、女の子を抱えていました。

 彼が何を考えているのかなんて、誰にも分かりませんでした。



 けれどおともだちは、やっぱり尋ねます。



|  ^o^ |「ほしいものは ありませんか」



 女の子はとっても幸せでしたが、ふと思い付きました。


 パパに、おともだちを紹介したくなったのです。

 素敵な素敵なおともだちだから、自慢をしたかったのです。


川*゚ 々゚)「えっとねぇ、えっとねぇ……パパにあいたいわぁ!」

|  ^o^ |「わかり ました」


114 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:17:56 ID:dr8mfbeg0


 ぬる、と鉄格子を越えたおともだちが、上の階へと消えて行きます。


 大きなぬいぐるみを抱いて、ドレスの裾を正して、女の子はパパとおともだちを待ちます。

 もらったものを一つずつパパに見せてあげよう。
 宝物たちを見てもらおう。

 ぬいぐるみを、ドレスを、クッションを。
 そしてかわいいかわいい黄色いコップと、それらをくれたすてきなおともだちを。

 パパに、ちゃんと見せてあげよう。



 ふと、上の階から、悲鳴やら大きな音やらが聞こえてきました。

 きゃあきゃあ、ばたばた、とっても賑やか。


  ばけもの。
  ひとごろし。
  たすけて。
  うちころせ。


 色んな声が聞こえてきます。
 ぱんぱん、と何かをはじく音もしました。

 何をしてるのかしら、と女の子はそわそわ。
 パパとおともだちがパーティでもしているのでしょうか。


 少し経つと、上からは何も聞こえなくなりました。

 そして、ずるずる、ぺたぺた、音をさせながらおともだちが戻ってきました。


115 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:18:37 ID:dr8mfbeg0



|  ^o^ |「どうぞ くるう パパ です」


 差し出された手のひらに乗っていたのは、パパの握りこぶしほどの赤いかたまり。

 きょとんとした顔の女の子でしたが、すぐに笑顔になって言いました。


川*゚ 々゚)「パパのだわぁ! ありがとぉ!」


 女の子には、それはいつもパパが身に付けている時計に見えていました。

 止まってしまっているけれど、いつも見ていた銀の懐中時計です。

 赤くて大きなかたまりの懐中時計を受け取ると、それに頬擦りするように耳を当てます。

 なんにも聞こえませんが、なんだかあたたかくて優しい気持ちになりました。


川*゚ 々゚)「パパにかしてもらったのぉ?」

|  ^o^ |「パパから もらって きました」

川*゚ 々゚)「うれしいわぁ、うれしいわぁ、くぅとってもほしかったのぉ」

|  ^o^ |「そう ですか」


116 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:19:13 ID:dr8mfbeg0


川*゚ 々゚)「パパとおはなししたのぉ?」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「パパはなにかいってたぁ?」

|  ^o^ |「もう いません」

川*゚ 々゚)「そうなのぉ? どうしてぇ?」

|  ^o^ |「ここに それが あるからです」

川*゚ 々゚)「とけいがここにあるからぁ?」

|  ^o^ |「  はい」

川*゚ 々゚)「そぉ……そぉなのぉ……」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「それじゃあ、しょうがないわねぇ」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「あなたがいればさみしくないわぁ、へぇきよぅ」

|  ^o^ |「そう ですか」


117 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:20:17 ID:dr8mfbeg0


 真っ赤に染まったおともだちは、女の子のそばに戻ります。

 女の子は、しょうがないわぁ、と楽しそうに時計を開いて遊んでいます。

 しばし懐中時計を撫でたりつついて遊ぶの女の子を眺めてから、おともだちは口を開きました。



|  ^o^ |「くるう ほしいものは ありませんか」


 懐中時計を抱えたまま、女の子は考えるような素振りで首を傾げました。


 そしてにっこり答えます。



川*゚ 々゚)「くぅ、おそとにでみたいわぁ!」


 お部屋の外、上の世界には興味がありました。

 だけどパパがダメだと言うので、お部屋に居ました。

 パパが居ないなら、もうここに居る意味はありません。

 おともだちがそばに居るなら、ここで無くても良いのです。


118 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:21:54 ID:dr8mfbeg0


 わかりました。

 おともだちはもう何かを考える素振りも、迷う素振りもありませんでした。

 ただ頷いて、鉄格子をめりめりと握り潰して扉を開きました。



|  ^o^ |「いきましょう くるう」


 女の子を抱え上げて、おともだちは行こうとします。

 けれど女の子は困ったように、そこから動きません。


川*゚ 々゚)「くまさんもクッションも、いっしょにいかないのぉ……?」

|  ^o^ |「わたしが もって いきますよ」

川*゚ 々゚)「ほんとぅ? よかったぁ」

|  ^o^ |「はい ほんとう です」

川*゚ 々゚)「でもねぇ、でもねぇ、これだけはくぅがもっていたいのぉ、だめぇ?」

|  ^o^ |「こっぷ ですか」

川*゚ 々゚)「あなたがさいしょにくれたのよぉ、とってもとってもだいじなのぉ」

|  ^o^ |「わかり ました それは くるうが」

川*゚ 々゚)「わぁい、わぁい!」


 おともだちが、まるで膨らまないポケットの中にみんなみんな仕舞い込んで、お部屋は空っぽになりました。

 一番大切なものを胸に抱いた女の子は、それを見ると、安心したように長い腕に抱かれてお部屋をあとにしました。


 生まれてはじめて、お部屋の外に出る。
 そのわくわくで、胸がいっぱいになります。


119 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:22:30 ID:dr8mfbeg0



 階段を上がり、二回扉を開けると、明るい場所に出ました。

 明るい照明、大きな窓、高い天井。

 どこか、お家の中のようでした。


 興味深そうにきょろきょろと視線を動かす女の子でしたが、足元でその視線が止まります。

 お腹がぱっくりと開かれたパパが、寝転がっていたからです。


川*゚ 々゚)「パパがいるわぁ」

|  ^o^ |「もう いませんよ」

川*゚ 々゚)「ねてるのかしらぁ?」

|  ^o^ |「くるう パパはもう いません」

川*゚ 々゚)「でもいるわぁ?」

|  ^o^ |「それは もう パパでは ありません」

川*゚ 々゚)「そうなのぉ? とけいがここにあるからぁ?」

|  ^o^ |「はい」


120 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:23:13 ID:dr8mfbeg0


 ふしぎねぇ、と微笑む女の子は、しげしげと寝転がるパパを見ます。

 お腹が開いていて、中からたくさんお花がこぼれています。

 床にもたくさんの赤い花が水溜まりになっていて、少し乾いて黒くなったお花もありました。


川*゚ 々゚)「ねぇ、ねぇ」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「おなかのなかには、おはながあるのぉ?」

|  ^o^ |「おはな ですか」

川*゚ 々゚)「ほらぁ、パパのおなかからいっぱいでてるぅ」

|  ^o^ |「そう ですね」

川*゚ 々゚)「じゃあねぇ、じゃあねぇ、ほかのひとのおなかもみてみたいわぁ!」

|  ^o^ |「わかり ました」


121 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:23:42 ID:dr8mfbeg0



 女の子を抱えたまま、おともだちは何かを探すように歩き回る。


 そして中から話し声のするお部屋を見つけると、床を軋ませながらゆっくり近付いた。

 その扉を開けてみると、そこに居たのは同じ服を着た女の人たち。

 怯えたように集まって、縮こまって、涙を浮かべながらこちらを見ました。



 歓迎するようにこちらを見る目、驚いたように声を上げる。
  (ひきつった顔、震える声、絶望した眼差し)


 ようこそお姫様、一人がそう大きく言いました。
  (中の一人が喉を震わせ、悲鳴を上げる)


 みんな口々に歓迎の言葉を投げ掛けて、お茶やケーキの準備を始めます。
  (それを皮切りに、皆が皆、声を上げて逃げ出そうともがく)



 「おなか でしたか」

 「えぇ、おなかよぅ!」


123 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:24:15 ID:dr8mfbeg0



 魔法使いのステッキみたいにおともだちは軽く指先を振ります。
  (化け物は長い長い腕を振るい、大きな大きな手を振り抜く)


 すると、まるで魔法みたいに、お腹からたくさんの赤いお花が溢れだしました。
  (横凪ぎに振るわれたその腕はメイドの腹を引き裂いた)


 ぶわあ、と部屋いっぱいに広がるお花畑に、女の子は目を輝かせました。
  (飛び散る血と肉、むせかえる臭い、耳を刺す悲鳴と嗚咽)



 「すごい、すごいわぁ! とってもきれぇ!」

 「くるう くるう もっと みたいですか」

 「みたいわ、みたいわぁ! きれいなもの、たっくさんみたいわぁ!」

 「くるう くるう よろこんで」


 お部屋は真っ赤に染まって。
 真っ赤なお花でいっぱいになって。

 吐き気をもよおすような、濃い花の香りが充満していて。

 女の子はもっともっとと穢れの無い目でねだり続けた。


124 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:24:56 ID:dr8mfbeg0


 お屋敷の扉は開きません。
  まるで魔法がかかったみたいに。

 お屋敷の窓は壊れません。
  まるで呪いがかかったみたいに。

 お屋敷の人は逃げ惑います。
  まるで蜘蛛の子を散らすように。

 お屋敷の中は真っ赤に染まる。
  まるでお花畑のように。



 「すごぉい、すごいわぁ、とってもきれぇ!」

 「うれしい ですか」

 「すぅっごくうれしぃ!」

 「よかった です」



 おともだちは女の子に何でも差し出します。
  まるでそれが使命のように。

 女の子はお花を抱えて笑います。
  まるで自分は世界一幸せだと言うように。


125 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:25:47 ID:dr8mfbeg0


 お屋敷の中はそこらじゅうが真っ赤なお花畑。

 もう動いてるものは何もいません。


 下ろしてもらった女の子は、ばしゃばしゃとお花畑を駆け回ってはしゃぎました。

 すごいわきれいねと声を上げて笑いながら、手に掬ったお花を撒き散らします。


 真っ赤なお花をたっぷり詰めた、幸せ色のコップをおともだちに差し出します。

 それを受け取ったおともだちは、どこか満足そうに、はしゃぎまわる女の子を眺めていました。


川*゚ 々゚)「すごぉい! ひとのおなかにはおはながつまってるのねぇ!」

|  ^o^ |「そう ですね」

川*゚ 々゚)「くぅも? くぅのおなかにもつまってるのぉ?」

|  ^o^ |「はい きっと」

川*゚ 々゚)「みてみたいわぁ!」

|  ^o^ |「だめ です」

川*゚ 々゚)「だめなのぉ?」

|  ^o^ |「それは わたしのもの ですから」


126 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:26:26 ID:dr8mfbeg0


川*゚ 々゚)「そっかぁ……そうよねぇ、くぅはあなたのものだものねぇ」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「じゃあがまんするわぁ! くぅはいいこですものぉ!」

|  ^o^ |「いいこ ですね」

川*゚ 々゚)「うふふぅ…………ねぇねぇ?」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「おそとには、なにがあるのぉ?」

|  ^o^ |「そと ですか」

川*゚ 々゚)「きれぇなもの、いっぱいあるぅ?」

|  ^o^ |「おそらく あります」

川*゚ 々゚)「いってみたぁい!」

|  ^o^ |「わかり ました」


127 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:26:57 ID:dr8mfbeg0


 中身を飲み干したコップを女の子に返して、おともだちは女の子を連れて扉の前まで行きます。

 すると、さっきまではびくともしなかった扉が開き、ざわ、とあたたかな風が流れ込みました。


 お屋敷の中もとても綺麗でしたが、外の世界は、それ以上に綺麗でした。

 木々も、草花も、風も水も、ただそこにあるだけなのに美しいと感じました。


 けれど女の子をいちばん惹き付けたのは、本物のお花畑。

 お屋敷の向こう側に、開けた場所にお花畑があったのです。

 幸せに満ちた黄色いお花が咲いていて、甘くて優しい匂いが風に運ばれて行きます。


 お花畑の真ん中で、ざわざわと風に撫でられながら女の子は考えました。



川*゚ 々゚)「くぅ、こんなにしあわせでもいいのぉ?」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「いいのかなぁ」

|  ^o^ |「はい」

川*゚ 々゚)「ほんとぉ?」

|  ^o^ |「はい」


128 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:27:48 ID:dr8mfbeg0


川*゚ 々゚)「うれしぃ、ねぇねぇ、いっしょにおどろぉ!」

|  ^o^ |「はい よろこんで」



 お部屋の中でも幸せでした。

  (毛布、ドレス、食事、パパ)


 おともだちが出来てからは、もっと幸せになりました。

  (幸せの色、お人形、ドレス、クッション、ケーキ、お花もたくさん)



 お部屋いっぱいのお花も。

 お屋敷のいっぱいのお花も。

 みんなみんな素敵だけど、本物のお花畑はもっと素敵。


 ずっとほしかった気がする。
  ずっと夢見てた気がする。


 お部屋の外、そばに居てくれる人、咲き乱れるお花。


 みんなみんな、手に入ってしまった。


129 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:28:29 ID:dr8mfbeg0


 女の子とおともだちは、手を取り合ってくるくると回る。
 お花を蹴散らして、幸せそうに、楽しそうに、踊っている。


 窮屈だと感じた事なんて無い。
 だって最初からずっとずっと幸せだったから。

 不幸だった時なんて無い。
 だって女の子の目には素敵なものしか映らないから。

 どんなに痛くても、苦しくても、寂しくても。
 女の子の目には映らないのだから、そんなものは存在しない。

 だから幸せだった。
 ずっと幸せだった。


 だけどおともだちが出来てから、ほんとうに幸せになれた気がする。
 今までがにせものだったとは思わないけれど、やっとほんとうになれた気がする。


 最初からこわれていた。

 こわれたまま生まれてきた。

 だからなおる事はない。

 ずっとずっとこわれたまま。

 それでも彼女は求め続ける。


 その小さな手のひらには幸せの色

  けれど確かな幸せを感じてもなお、求め続ける。


131 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:29:28 ID:dr8mfbeg0


 おともだちとならずっとしあわせでいられる。

 ずっとずっと、ずっとこのままでいられる。

 もっともっと、しあわせになれる。



川*゚ 々゚)「あは、あはは、あははぁははぁ」

|  ^o^ |「たのしい ですか」

川*゚ 々゚)「うんっ! とぉってもぉ!」

|  ^o^ |「うれしい です」


 幸せないろの中、少女は笑う。
  黄色のコップは赤く汚れていた。

 幸せないろを抱えて、少女は笑う。
  汚れた赤すら美しく見えていた。

 幸せないろに溺れて、少女は笑う。
  もっともっとしあわせを求める。


 幸せなものしか見えないから。
  しあわせな物に囲まれていた。

 幸せなものしか見えないから。
  そばにあるお墓にも気付かない。

 幸せなものしか見えないから。
  すぐそこが崖だとは気付かない。


 幸せなものしか見えないから。




 次に踏むべき地面が、もう無い事にも、気付かなかった。




 おわり。






inserted by FC2 system