137 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:35:13 ID:dr8mfbeg0


 その少年は、とても控えめな性格でした。



 いつも自分のものをみんなと分け合い、独り占めする事はありません。

 自分のものだと振りかざす事もせず、ただにこにこと差し出します。


 分け合う事は美徳だと、誰かに教わった気がする。
 それが誰かは覚えていないけれど、言われた通りにそうするとみんなは笑顔になった。


 優しい、ありがとう、感謝の言葉がほしかったわけではありません。
 けれどみんなが笑うから、嬉しそうにするから、なんだか気持ちが満たされるのです。



 初めはおやつをお友達と分け合う、ただそれだけのことでした。

 けれどいつしか、買ったばかりの本や、新しいおもちゃ、色んな物を分け合うようになりました。

 少年はそれでも、みんなが喜ぶなら、と思っていました。

 最後にはぼろぼろの状態で戻ってきても、みんなが楽しそうにしているなら幸せでした。


138 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:35:34 ID:dr8mfbeg0


 けれど本当は、心のどこかで思っていました。


 自分のものなのに。

 誰にも横から奪われない
  自分だけのものが欲しい。


 その気持ちに気付く度に、少年は自分を咎めます。

 そんな意地悪な事を考えてはいけないと。

 みんなと幸せも分け合うべきだと。



 そんな少年には、小さな頃から好きな女の子が居ました。

 可愛らしい黒髪の少女で、いつも女の子同士でよく遊んでいます。


 遠巻きに眺めては、かわいいなとぼんやり思うだけ。
 好きと言う気持ちは日に日に大きくなりますが、それを伝える事はありません。

 だってそんな事を伝えてしまえば、きっと彼女は困ってしまうだろうから。


139 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:36:26 ID:dr8mfbeg0


 好きだと言って困らせたくない。
 断られたら、気まずい関係になってしまう。

 好きを返してもらえたとしても、彼女を独り占めする事になってしまう。

 それじゃダメだ、きっとダメだから。


(,,^Д^)「ばぁ」

(;・∀・)「うわっ!?」

(,,^Д^)「こんにちは、この辺の子?」

(;・∀・)「う、うん……君は?」

(,,^Д^)「最近越してきたんだ、もし良かったら、友達になってくれないかな?」

( ・∀・)「そうなんだ……うん良いよ、喜んで」


 よく晴れた昼下がり、家の外で本を読んでいた少年。

 その顔を覗き込むように、一人の男が笑顔で話しかけてきました。


 少年よりも少し年上で、人当たりの良さそうな整った笑顔、透き通るような緑の瞳、優男と言うに相応しい風貌。

 そしてそんな優男の申し出を、少年は二つ返事で承諾しました。


140 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:37:22 ID:dr8mfbeg0


 その日から少年は、どこからともなく現れる優男と一緒に遊ぶようになりました。


(,,^Д^)「や、元気?」

(;・∀・)「わっ!?」

(,,^Д^)「なに読んでるの?」

(;・∀・)「課題に出された小説……」

(,,^Д^)「ふぅん、面白い?」

( ・∀・)「うん、面白いよ、本当は違う本だったんだけどね、これも面白い」

(,,^Д^)「もとの本はどうしたのさ」

( ・∀・)「人気の本だったから、交換してって言われて」

(,,^Д^)「君は読みたくなかったの?」

( ・∀・)「読みたかったけど……良いんだ、これも面白いから」

(,,^Д^)「ふぅん」


 日が暮れる頃には優男はどこかへと帰って行きます。

 何度か家の場所を聞いてみましたが、教えては貰えませんでした。


141 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:38:04 ID:dr8mfbeg0


 ある時は草むらから。


(,,^Д^)「ばぁ」

(;・∀・)「わっ、……もう、いつも変な所から出てくる」

(,,^Д^)「今日は何してるの?」

( ・∀・)「風景のスケッチ、明日提出するんだ」

(,,^Д^)「ふぅん、緑の鉛筆だけで?」

( ・∀・)「あはは、みんな無くしたからって持ってっちゃって」

(,,^Д^)「君のだろ? 返してもらえば?」

( ・∀・)「今返してもらうと困らせちゃうよ」

(,,^Д^)「変な話だね、困ってるのは君だろうに」

( ・∀・)「僕は良いよ、緑だけでも絵は描けるから」

(,,^Д^)「ふぅん、そうかい」


142 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:38:31 ID:dr8mfbeg0


 ある時は家と家の隙間から。


(,,^Д^)「やっ」

( ・∀・)「うわっ、もうどこから出てくるんだよ」

(,,^Д^)「今日は何を?」

( ・∀・)「町の清掃、手分けしてやるんだ」

(,,^Д^)「ふぅん、君は一番大変そうなのをやるんだ」

( ・∀・)「くじ引きで他の所に当たったんだけど、そっちが良いって言われたから」

(,,^Д^)「だから当たりくじをあげた? 何だいそれ、君がドブをさらう必要はあんの」

( ・∀・)「だってみんな嫌がるだろ?」

(,,^Д^)「君は嫌じゃないのかよ?」

( ・∀・)「好きではないけど、しょうがないさ」

(,,^Д^)「ふぅん、変なの」


143 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:38:52 ID:dr8mfbeg0


 ある時は窓の下から。


(,,^Д^)「やぁ」

( ・∀・)「うわ、びっくりした」

(,,^Д^)「今日は物思いかい?」

( ・∀・)「かもね、上がりなよ」

(,,^Д^)「ここで良いよ、何見てるのさ」

( ・∀・)「向こうでボール遊びしてる子達」

(,,^Д^)「あれはこないだ買ってもらったやつだろ、君が」

( ・∀・)「そうだけどね、楽しそうだから」

(,,^Д^)「楽しみにしてたのに、もう奪われたのか」

( ・∀・)「奪われてないよ、貸したんだ」

(,,^Д^)「返ってくる頃にはボロボロだよ」

( ・∀・)「ボールはそうなるものだから」

(,,^Д^)「ふぅん、それで良いんだ」


144 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:39:12 ID:dr8mfbeg0


 ある時はすぐ後ろから。


(,,^Д^)「よっと」

( ・∀・)「そろそろ来ると思ってた」

(,,^Д^)「僕の事が分かってきたね、今日は何してんの?」

( ・∀・)「うん、ちょっとね」

(,,^Д^)「悩みがあんなら聞いてあげるよ、言ってごらん」

( ・∀・)「迷惑だろ?」

(,,^Д^)「友達だろ?」

( ・∀・)「……君と遊ぶ事が増えたろ」

(,,^Д^)「そうだね、君がいつでもひとりぼっちだから」

( ・∀・)「そしたら、他の子が君と遊べよって言うようになって」

(,,^Д^)「おやおや」


145 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:39:36 ID:dr8mfbeg0


( ・∀・)「今日もさ、おやつ持ってきたんだ」

(,,^Д^)「空っぽじゃないか」

( ・∀・)「みんな、みんなが食べちゃった」

(,,^Д^)「君は?」

( ・∀・)「……」

(,,^Д^)「ヤな奴らだなぁ、散々君にたかっておいてこっちに来んなとは」

( ・∀・)「そんな事無いよ、きっと僕が気にさわる事をしたんだ」

(,,^Д^)「本気かよ? 善良を越えてただの馬鹿なんじゃないか?」

( ・∀・)「ひどい事言うなぁ君は……」

(,,^Д^)「あんな奴らほっときな、君を最初に仲間はずれにしたのはあいつらなんだから」

( ・∀・)「でも、仲直りはしたいよ」

(,,^Д^)「本当にただの馬鹿だなぁ」

( ・∀・)「ひどいや」


146 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:39:57 ID:dr8mfbeg0


( ・∀・)「あ、こっちに来た」

(,,^Д^)「どの面下げてきたんだか」

( ・∀・)「あー……帰っちゃった」

(,,^Д^)「追撃も出来ないとは、腰抜けだなぁ」

( ・∀・)「みんなを悪く言わないで」

(,,^Д^)「はいはい」

( ・∀・)「……でも、寂しいな」

(,,^Д^)「しょうがないな、僕が遊んでやろう」

( ・∀・)「ありがと」

(,,^Д^)「何かあったら僕に言いな、相談くらいは乗ってやるから」

( ・∀・)「うん、ありがと」


147 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:40:29 ID:dr8mfbeg0


(,,^Д^)「せいせいしたと思えよな、たかられなくなるんだから」

( ・∀・)「僕がみんなと分け合いたいだけだよ」

(,,^Д^)「本心では嫌がってる癖に?」

( ・∀・)「そんな事、…………そんな事、無いよ」

(,,^Д^)「本も、ボールも、当たりくじも、おやつも、みんな君の物だったろ」

( ・∀・)「……みんなと分け合う方が、楽しいから」

(,,^Д^)「君が嫌な思いをしてもか?」

( ・∀・)「……嫌じゃないよ、分け合うのは美徳だから」

(,,^Д^)「何が美徳だよ、君は耐えてるだけだろ」

( ・∀・)「…………」

(,,^Д^)「嫌な事も我慢して、それでみんな喜んでるって思いたいだけだろ」

( ・∀・)「……そんな事」


148 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:41:24 ID:dr8mfbeg0


( ,,^Д^)「僕の眼を見て言えるか? なあ」

( ・∀・)「……今は、君の緑の瞳を見れないや」

(,,^Д^)「ふん、全く君は、本当にただの馬鹿なんだから」

( ・∀・)「…………ごめん」

(,,^Д^)「まあ良いや、嫌なときは嫌って言えよ」

( ・∀・)「うん……」

( ,,^Д^)「それから、ちゃんと眼を見て話せよ、僕のこの綺麗な綺麗な緑の眼をね」

( ・∀・)「……ふふ、分かった、気をつける……」


 少しずつ、少年の世界は閉ざして行きました。

 友達は減り、自分のものは減り、優男は呆れたように少年の頭を小突きます。

 我慢ばかりするな。
 はっきり嫌だと言え。
 自分の気持ちを言葉にしろ。


 それでも少年は、困ったように笑います。
 まるで他には何もできないように、息苦しそうに笑います。

 もう誰も側には居ません。
 けれど優男だけは側に居てくれました。

 いつしか優男は少年の親友になりました。
 いつでもその親友の顔色をうかがうようになってしまいました。


149 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:41:45 ID:dr8mfbeg0


 対等な関係と言うものが分からない少年は、親友の言葉にいつも気圧されてしまいます。

 反論すれば嫌な思いをさせるかもしれない。
 けれど何も言わないと怒らせてしまうかもしれない。

 少年にとっての友達は、もう親友しか居ません。
 ひとりぼっちは辛くて苦しくて、堪えられそうにないのです。

 だから少しでも嫌われないように、彼の言葉に頷きます。


 公平に接するには、相手が複数いなければいけません。

 相手がただ一人になった今、人との接し方がもはや分かりませんでした。



 けれど、親友と過ごす時間は、緊張はするけれど楽しい時間。
 気はつかうけれど、話したり遊んだり出来る、幸せな時間。

 きらきらと輝く親友の瞳は、いつだって綺麗に澄む鮮やかな緑。
 それを見て話すのが、不思議なほどに心地よかったのです。


 けれど二人で過ごす時間だけが、楽しみだったわけではありません。


 窓からぼんやりと眺めるのは、ずっとずっと好きな女の子。

 花壇の手入れをする彼女は、間引いた花で小さな花輪を作っています。


150 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:42:06 ID:dr8mfbeg0


 彼女との面識はあります。
 言葉を交わした事もあるし、お互いの名前もちゃんと覚えています。

 ただ積極的に会話をするような関係ではなく、すれ違うときに挨拶をする程度。

 きっと相手は自分の事なんてどうとも思っていない。
 この気持ちを実らせるつもりもない。

 だけど好きだと言う気持ちだけは、大事に大事に抱え続けたい。
 大切な夢のように、想い出のように、仕舞い込んでは時おり出して眺めたい。


 そんな、淡い淡い、歪みの無い綺麗な初恋。


 彼女はいつか誰かと恋人になって、お嫁に行ってしまうだろう。

 しばらくは胸が痛くて眠れないかもしれない。

 けれどいつかそれは癒えるし、彼女の幸せを祝福し祈りたい。

 それに僕の側には、親友が居てくれる。
 馬鹿だ馬鹿だと叱責して、側には居てくれる筈だ。

 だから、大丈夫、ひとりぼっちにはならないから。


152 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:42:28 ID:dr8mfbeg0


(,,^Д^)「今日は好きな子見てんの?」

(;・∀・)「うっわぁあ!?」

(,,^Д^)「そんなに驚くなよ親友、あれが君の好きな子だろ」

( ・∀・)「……うん」

(,,^Д^)「へぇ、可愛いじゃないか
     ずいぶん長く好きなんだろ? 告白はしないのかよ」

( ・∀・)「ううん、そんな事したら彼女に迷惑だから」

(,,^Д^)「迷惑? 君は清潔だし顔も不味くないだろうに、何が迷惑なのさ」

( ・∀・)「だって断られたら気まずいだろ
     了承してもらってもさ、彼女を独り占めする事になるから」

(,,^Д^)「はぁ、そうかい、別に独り占めが悪いとは思わないけどなぁ」

( ・∀・)「僕は苦手なんだ、何か、独り占めするのって」

(,,^Д^)「変なやつだなぁ本当に」

( ・∀・)「あはは、でも、良いんだ僕は、見ているだけで良いんだ」

(,,^Д^)「…………」

( ・∀・)「だから、気に」

(,,^Д^)「僕もさぁ」

( ・∀・)「え?」

(,,^Д^)「僕も、彼女が好きになったみたいだ」

( ・∀・)「…………え?」


153 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:42:49 ID:dr8mfbeg0


( ・∀・)「……何、を、言って」

(,,^Д^)「言ったろ、僕もあの子を好きになった、ちょっとあの子と仲良くしてくるよ」

( ・∀・)「何で、何でそんな」

(,,^Д^)「君みたいな腰抜けにさ、彼女は勿体無いじゃないか、あんなに可愛いんだよ?」

( ・∀・)「待って、待ってくれよ」

(,,^Д^)「だから僕があの子と仲良くなってさ、あの子をたっぷり可愛がってあげるんだよ」

(; ∀ )「……嘘、だろ……?」

(,,^Д^)「そしたらさぁ、僕は彼女のもので、彼女は僕のものになる
     そうなれば、やっと君の御守りからも卒業だ、君より大事な物が出来たってな」

(; ∀ )「おも、り……? 僕の……?」

(,,^Д^)「やっと肩の荷が下ろせるかもしれないんだ、邪魔してくれるなよ」

(; ∀ )「うそ、嘘だろ? 冗談だよな? いつもみたいな、笑えないよ、」

(,,^Д^)「冗談なものかよ」

(; ∀ )「っ!」


154 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:43:20 ID:dr8mfbeg0


(,,^Д^)「君が見たことのない場所まで、みんな見てくるよ、彼女の全てを見てきてやるよ」

(; ∀ )「やめ、そんな、彼女を傷付けるような真似は、」

(,,^Д^)「傷つけたりなんてしないさ、優しく優しく抱いてやるだけ」

(; ∀ )「あ、ま、待って、待ってくれよ、ああ、あああ」



 親友は、笑って少年の部屋から出て行きました。

 その瞳は、いつものような美しく澄んだ緑では無く
  ぎらぎらと強く輝いていて、胸に刺さって抜けないトゲのようでした。
 

 少年はへたり込んだまま、何が起きたのか、受け止めきれずに居ました。


 親友だけは側には居てくれると思っていた。
 けれど親友は、おもりだとか、肩の荷だとか、まるで少年が負担だったように言っていた。


 清い清い片想いも、馬鹿だな、ぁしょうがないなぁと呆れたように笑うと思っていた。
 まさかあんな、あんな風に、横からさらって行くみたいに。


 信じていたから打ち明けた。
 信じていたから寄りかかって。


 信じていたから。


  僕は彼に何をしてあげられた?



 窓の外では、少女と親友が言葉を交わしていました。


155 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:43:43 ID:dr8mfbeg0


  あの日から、親友とは一度も口をきいていない。

  まるであれが決別だと言わんばかりに、親友はやって来なくなった。

  よく澄んだ緑の眼は、あれきり一度も見ていない。


  その代わり、次の日も、その次の日も、親友は彼女の側で笑っている。

  楽しげに会話し、彼女の髪を撫でると彼女は照れ臭そうに笑う。
  そして親友は時おり少年の方を見ると、挑発するように笑顔で手を振る。
  最後に見た時のように、ぎらぎらと強く輝く緑の瞳で。


  それが何だか苦しくて、悔しくて、胸がじりじりと焼けるようだった。


  窓越しに、親友と彼女が談笑する様を眺める日々。
  裏切りとも言える親友の行為に、眠れない夜が増えた。



  家の外で二人連れの親友と彼女を見かけても、すれ違っても、顔を伏せるように頭を下げて通りすぎた。

  挨拶をする余裕もなく、こんな苦しい時間は早く終わってくれと祈るだけ。


  友人も居ない。
  もう誰も寄ってこなくなった。

  新しい何かも、お菓子も、もう誰も手を出そうとしない。

  あんなに苦しかったのに、本当の本当は嫌だったのに、今ではそれが恋しい。
  以前のように誰かに笑ってほしい、輪の中に居たい、利用されてるだけでも良い。


156 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:44:17 ID:dr8mfbeg0


  遠くから彼女を眺めるだけで良かった。

  傍らに恋人が居たとしても、幸せならそれで良いと思った。


  けれど違った。

  彼女の傍らに居るのは、親友だ。

  時々辛辣で、けれど優しくて、そばに居てくれた親友だ。


  僕だけの想い人。
  僕だけの親友。

  誰かのものになっても幸せを願いたかった。
  きっといつまでも側に居ると信じてた。

  疑う事すらしなかった。
  疑う事すら止めていた。



  どうしてだろう。

  どちらも大切な筈なのに。
  その両方がひとつになると、こんなにも、こんなにも。


  こんなにも、胸が、焼ける。


157 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:44:52 ID:dr8mfbeg0



  彼女は、日に日に綺麗になって行く。

  愛らしい田舎娘から、垢抜けた美少女に変わって行く。

  誰かの好みなのか、誰かの思惑なのか、彼女は変わって行く。


  親友は、いつでも笑っている。

  彼女の傍らで、隣で、側で、髪を撫でて、頬を撫でて、唇を寄せて何かを囁く。

  親友が囁く度に、彼女はくすぐったそうに、照れたように笑う。
  その仕草が可愛らしくて、胸が痛む。

  けれど親友がこちらを見て笑うから、すぐにカーテンを閉める。


  時には、彼女がこちらを見る事がある。

  親友が僕の方を指して彼女を促し、こちらを見ると、すぐにぷいと顔をそらす。

  そしてクスクスと笑い合って、じゃれ合う。


  いったいどんな話をしているのか、聞こえる距離に行く気も起きない。
  そんな勇気があれば、僕は今、ひとりぼっちになっていない。


158 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:45:23 ID:dr8mfbeg0


 彼女との親友が仲良くなればなるほど、少年は気持ちが沈みました。


 片想いの相手である彼女は日を追うごとに綺麗になり、
 優男な親友の隣に立っても見劣りせず、釣り合うようになって行きます。

 以前の可愛らしい純朴な彼女が好きでした。
 今の彼女もとても綺麗だけど、好きになった彼女はもっと素朴な姿でした。

 知っているものが、好きだったものが知らない何かに変わって行く。
 それが何だか辛くて、恐ろしくて、歯痒くて、たまらない気持ちになります。


 親友とは口をきいていません。
 視線が合う事があっても、向こうは少年を馬鹿にしたように笑うだけ。

 まるで『お前にはできないだろう』と言うように。
 どこか見下したように、鼻で笑うのです。



 けれど変化があったのは、少年もです。

 以前より外に出る回数が減り、部屋にこもるようになりました。

 ちらちらと脳裏に過る二人の姿に笑顔も減り、寝不足になり、ずっと苦しそうな顔。


159 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:46:05 ID:dr8mfbeg0


 そして少年のなかにある感情も、少しずつ姿を変えて行きました。

 はじめは、寂しい、と言う気持ちだけでした。

 唯一そばに居てくれた人が居なくなった。
 ずっと好きだった人のそばに誰かが居る。


 疎外感と孤独に、苛まれて苛まれて、苦しくてしょうがありませんでした。



 どうしてあんな事をするのか。

 そこまで怒らせてしまったのか。

 そんなに嫌われるような事をしたのか。

 どうすれば親友と以前のような関係に戻れるのか。


 はじめは、そんな気持ちばかりでした。



 けれど三日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、少年の気持ちは歪んで行きます。


160 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:46:25 ID:dr8mfbeg0


 何であんな事をされなければいけないのか。

 なんて嫌な奴なんだろう許せない。

 僕の気持ちを知っている癖に。

 みんな僕のものなのに。



 怒りに似た感情は、どろどろと彼の心を包み、蝕みました。

 そして、早く取り戻さなければ、と言う焦燥感。

 もう少年は、今までのようには笑えません。

 苦痛に歪んだような顔で、窓の外を睨むだけ。



 そんな彼の元に、親友がやってきました。

 まるで久々に会う旧友のように軽く、気さくな態度で。

 そして相変わらずの、人当たりの良さそうな笑顔でした。


161 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:46:47 ID:dr8mfbeg0


(,,^Д^)「やぁ久しぶり、元気だったか? ずっと一人でこっちを見ていたのは知ってるけど」

( ・∀・)「……ふざけるな」

(,,^Д^)「ふざける? 何をさ」

( ・∀・)「近付くなよ、もう、彼女に近付くな」

(,,^Д^)「おいおい変な事言うなよ、君はあの子の恋人か?
     違うよな? 前の君ならそんな事言わなかったのにさぁ、変わったなぁ君」

(#・∀・)「お前のせいだ! お前が、っお前があの子のそばに居るから!!」

(,,^Д^)「何だよただヤキモチ焼いてるだけなんだろ? 一人になったのがそんなに寂しいのかよ?」

(#・∀・)「うるさい、うるさい! そんなんじゃ、お前が、お前が悪いんだ!」

(,,^Д^)「何だよ今さら、彼女は君のものじゃない、僕だって君のものじゃない
     君が言ったんだろ、迷惑だって、困らせるって、じゃあ何も要らないって事だろ」

(#・∀・)「うるさいっ!!」

(,,^Д^)「困ったなぁ、僕に何を求めてるんだよ、なぁ? あの子の側から離れろ? それだけ?
     今さらあの子が僕から離れてくれるかなぁ?」

(#・∀・)「お前……っ!!」


162 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:47:16 ID:dr8mfbeg0


(#・∀・)「どうして、どうしてお前は、あんな事っ!」

(,,^Д^)「どうして? 僕には僕が自由に動く権利があるよな?」

(#・∀・)「っ……そうやって、お前はいっつも、僕を馬鹿にするんだな」

(,,^Д^)「本当の事じゃないか、何で僕の行動をいちいち君に了解してもらわなきゃいけないんだよ」

(#・∀・)「親友だって、親友だって信じてた、そう言ってたのに」

(,,^Д^)「親友だから何だよ、親友ならいつでも君の側で頷いてろって?」

(#・∀・)「違う! 違う違うそうじゃない! そんなじゃない!! 僕はただっ!!」


 親友は、わざと感情を煽るように言葉尻を上げて言います。
 それに乗っかるように、彼は熱くなるままに言葉を荒く強くしてしまいます。

 どうして伝わらないんだと、苛立ちが募りました。
 まるで自分が悪者のように、ワガママな子供であるかのように扱われてしまうのです。

 実際には、ワガママだと自覚をしていました。
 親友が思う通りに動かなくて、イライラしたのかも知れません。

 でもそれよりも、ただ深く傷ついてしまったのです。
 信じていた親友に与えられた傷が、痛くて痛くてしょうがなかったのです。


163 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:47:47 ID:dr8mfbeg0


(#・∀・)「っ……分かってるよ、僕がちゃんと言わないから、行動しないからいけなかったって……」

(,,^Д^)「ふぅん?」

(#・∀・)「僕が臆病だったのも、意気地無しだったのも! 分かってるよ!」

(,,^Д^)「そう」

(#・∀・)「だけど君はっ何であんな事をしたんだよ!? そんなに僕が嫌だったのかよ!!」

(,,^Д^)「…………」

(#・∀・)「答えてよ! そんな、そんなに僕が嫌いだった!? わざと傷付けたかった!?」

(,,^Д^)「あのさ」

(#・∀・)「っ」

(,,^Д^)「本音言ってくれない?」

(#・∀・)「…………は?」

(,,^Д^)「それとも、僕ではなくあの子に言いたい事があるのかな?」

(#・∀・)「……何を」

(,,^Д^)「ああ好きだとかそう言うさ、うすっぺらい小綺麗装った言葉じゃなくね、本音だよ」


165 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:48:15 ID:dr8mfbeg0


(#・∀・)「…………何が、言いたいんだよ」

(,,^Д^)「あの子に何て言いたい? 何を伝えたい? 汚い本音吐き出してみてくれる?」

(#・∀・)「何でっ、そんな事」

(,,^Д^)「あー君には言えないかぁ? ずぅーっと好きだった子に何にも伝えられない腰抜けだもんなぁ?」

(#・∀・)「お前……っいい加減にしろよ!! 今はそんなの関係っ」

(,,^Д^)「あぁ怖くて本人には言えないか? 本音なんて怖くて伝えらんないかぁ?
     腰抜け君は怖がりさんだから本人に直接なんて言えないよなぁ、僕が練習台になってやろうか?」

(# ∀ )「────ッ!」

(,,^Д^)「ほら言えよ、僕は彼女じゃない、言葉を選ばなくて良いんだよ?
     ほら彼女に言いたい事、僕にしか言えない事を言ってみろよ? 汚い本音を汚い言葉で吐き出せよ?」

(# ∀ )「る、さい……うるさい、うるさい……ッ!」

(,,^Д^)「ほら腰抜け君、本当は何を言いたい? どうして欲しい? 教えてもらえますかぁ?」

(# ∀ )「…………」

(,,^Д^)「あらら、黙り? 詰まんないな君は、やっぱあの子と遊んでた方が」

(# ∀ )「…………見るな」

(,,^Д^)「んー?」


166 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:48:42 ID:dr8mfbeg0


(# ∀ )「見るな……見るなよ」

(,,^Д^)「何だい、何の事だよ?」

(# ∀ )「僕、以外……見るな…………見るなよ……っ」

(,,^Д^)「……ふぅん?」

(# ∀ )「僕だけを見てろよっ! 僕をっ!! 僕以外を見るなよッ!!」

(,,^Д^)「はは、あはは、その調子その調子」

(# ∀ )「僕だけの物だ、僕だけの物なんだよ!! 誰も触るな! 見るな!! 話し掛けるなッ!!」

(,,^Д^)「良いじゃないか調子出てきたぞ、ほらもっともっと」

(# ∀ )「僕だけの、僕だけの物になれよ!! なぁ!! 僕だけの物にッ!!」



 がたん。



(# ∀ )「どうして! 他の奴なんか見るんだよ!! お前はッ!! 僕の物だろッ!!?」

(,,^Д^)「ぁ、ぐ、え」



 どすん。

 ぎりぎり。


167 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:49:08 ID:dr8mfbeg0


(# ∀ )「どうして!! どうして笑うんだよ!! どうして僕だけを見ないんだよ!!
     どうしてっ!! 僕のものなのにッ!!!」

(,, Д )「ぐ、ぅぁ」

(# ∀ )「他の誰にも渡すものか、誰にもっ!! 側に居ろよ!! 僕のもので居ろよッ!!
     お前はッ!! 全部、全部僕のものなんだよッ!!!」

(,, Д )「ぁ゙、あ」

(# ∀ )「はー……ッ、はー……ッ……」


 荒々しい言葉を吐き出して、吐き出して、何もかも吐き出しました。

 同時にひどく乱れた呼吸をぜえぜえと整えたところで、少年はすこし冷静になりました。


 少年は、いつの間にか親友に馬乗りになって、その首を絞めていました。

 まるで喉を握り潰すように、息の一つも逃さぬように力を強く強く込めて。

 そして何もかもを吐き出した少年の目が、やっとまともに機能しました。

 すると眼前には、息をしていない、ぐったりと横たわる親友の姿があったのです。


168 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:49:58 ID:dr8mfbeg0


(; ∀ )「…………え……?」


 震える手をそろそろと離してから、ずり落ちるように親友の上から降ります。

 恐る恐る、頬をぺちぺちと叩きますが、反応はありません。

 胸に耳を当ててみても、何の音もしませんでした。

 光の無い緑の眼が、少年を見上げていました。



 さあ、と、自分の顔から血の気が引くのが分かりました。


 嘘だ、嘘だろ、どうしてそんな。

 そんな、起きろよ、起きてくれよ。

 頼むよ、ごめん、こんな事するつもりじゃ。


 慌て、戸惑い、困惑して、狼狽して。
 泣きそうな顔で親友の肩を揺すり続けました。

 けれど親友は、ぴくりともしません。




 今まで押さえ込んできた感情や、言葉や、苛立ちは、とても強いものでした。

 それなのに、心臓を止めた親友の姿は、それらを消し飛ばしてしまうくらいに、絶望的で。


169 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 22:50:29 ID:dr8mfbeg0


(; ∀ )「あ、ああ、起きて、なぁ、起きてよ、君が、君が居ないと」

 叩いても。


(; ∀ )「頼むよ、ごめん、謝るから、もうあんな事言わないから、起きて、起きてよ」

 揺すっても。


(; ∀ )「ああ、あ、ああああ、どうしよう、どうしよう、どうしよう」

 声をかけても。


(; ∀ )「君が居ないと、僕は、僕は本当に、一人に、起きて、ああ、ごめん、ごめんなさい」

 親友は、目を覚ましません。


(; ∀ )「どうしよう、どうしよう、人を呼んだら、連れていかれる、どうしよう」



 ふと、視線を感じました。


 視線を感じた方へ、顔を向けました。


 そこには、少年が想いを寄せる彼女の姿。

 半開きになった扉から、怯えた彼女と目が合いました。


 少年は、ゆっくりと立ち上がり。
  少女はひきつった声を上げて後ずさり。



 息をしていない親友は
  美しく澄んだ緑の瞳で うっすらと、微笑みを浮かべていた。



 おわり。






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