- 248 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:42:45 ID:b822by8g0
その少年は、とても情け深いと言われていました。
頼まれれば誰にでも手を貸し、助力してくれる心優しい少年だと。
けれど実際は、ただただ無関心なだけ。
自分にも他人にも大した興味は無く、面倒が起きないようにと手を貸すだけなのです。
毎日のように、少年は誰かから頼み事をされていました。
『なぁこれやっといてくれよ』
('A`)「ああ、良いよ」
『これお願いしても良いかな』
('A`)「うん、任せて」
『これしてもらって良い?』
('A`)「分かった、やっておく」
ぼんやりと濁った眼差しは、自らを取り巻く環境もちゃんと理解していました。
- 249 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:43:47 ID:b822by8g0
時には暇つぶしの、娯楽のために理不尽な扱いをする事もあります。
肩を押したり、軽く殴ったり、些細な物でも積み重なれば重荷になる。
皆は彼を、ただ便利に使っているだけでした。
口答えもせずに頷いて、頼まれた事をやってくれる、とても便利な道具でした。
けれど少年はそう思われている事を理解してします。
('A`)(あの人は忙しそうだったから)
('A`)(あの人は大変そうだから)
('A`)(あの人は付き合いがあるから)
('A`)(だからしょうがない、しょうがない)
誰かを労るような哀れみの言葉に、中身はありません。
そう言っておけば面倒が起きない、こう言っておけば自分に言い聞かせられる。
これが自分の意志なのか、それとも何も考えずに動いているのか。
そんな事にすらもう興味は無くて。
無理を言われても怒る事は無く。
お礼を言われても喜ぶ事も無く。
ただ無感動に退屈な日々を生きていて、それが退屈だとも思わなくなっていました。
ただ何かを頼まれる度に、何かが胸でちりちりとざわめく気がしていました。
- 250 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:44:15 ID:b822by8g0
('A`)(昨日はプリントを持っていって、今日は掃除を代わりにやって)
('A`)(明日は、まあ、どうでも良いか)
('A`)(どうせ変わんないし、変わって欲しいとも思ってないし、どうでも良いや)
('A`)(…………)
('A`)(いつから、どうでも良いと思うようになったんだっけなぁ)
('A`)(……ま、どうでも良いか)
ふとした疑問が浮かんでも、そこに意識を向けはしない。
本来なら考えるべき事であっても、自分に興味もありません。
だから必要なことだけを繰り返し、繰り返し、心も眼も殺して生きるだけ。
明日の天気も、今日の夕飯も、テストの範囲も、クラスメイトの陰口も。
みんなみんなどうでも良くて、言われたままにハイハイと頷くだけで良かった。
誰かに頼まれた事をしていると、何も考えなくて済む。
人の役に立てているんだなと言う気持ちは、喜びでも充実感でもありません。
けれど何となく、生きている理由を与えられているような気がしていた。
でも何か、大切な物を忘れている気がしていました。
- 251 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:44:45 ID:b822by8g0
そんなある日の事でした。
曇り空の日曜日、買い物に出かけようと玄関の扉を開けました。
するとそこには、一人の女性が立っていたのです。
川 ゚ -゚)「おや」
('A`)「……どうも」
川 ゚ -゚)「少し良いですか、人の子よ」
('A`)「えっ、ああ、どうぞ」
川 ゚ -゚)「私は悪魔なのですが、人の子の家にしばらく厄介になりたく思います」
('A`)
川 ゚ -゚)
自称悪魔が、飛び込み居候を申し込んできました。
- 252 ◆tYDPzDQgtA[sage] 2018/03/25(日) 23:45:25 ID:b822by8g0
少年は訝しげな顔で女を見上げます。
ずいぶんと背が高く、仮装のような格好をしていますが、とても綺麗な顔立ちでした。
長い黒髪をまとめていて、露出の無い黒のドレス。
そして額から生える一本の鋭い一角を飾る金の装飾。
胸元を飾る白いクラバットを留める、美しく透き通る青い石。
感情の見えない眼で真っ直ぐに少年を見下ろして、返事を待つ異様な女。
('A`)
川 ゚ -゚)
('A`)「とりあえず、上がって下さい」
川 ゚ -゚)「失礼しましょう」
('A`)「むさくるしい部屋ですが」
,,川 ゚ -゚)「華やかではありませんね」カツカツ
('A`)「あっちょ待って土足」
川 ゚ -゚)「これは失礼を、しかし脱げないものでして」
('A`)「脱げない?」
- 253 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:46:25 ID:b822by8g0
川 ゚ -゚)「ええ、布巾を貸していただけますか」
('A`)「あ、はい」
玄関の低い框に腰掛けて、足まで隠すような長いドレスの裾を捲る白い手。
濡れ布巾を差し出す少年の目に、異様なものが映りました。
('A`)「……蹄?」
川 ゚ -゚)「蹄ですね」
細やかな金の装飾が施された馬の蹄が、そこにあったのです。
('A`)
川 ゚ -゚)゛ ゴシゴシ
('A`)「脚どうなってんすか」
川 ゚ -゚)「女の脚を見たがるものではありませんよ」
('A`)「あっすんませ……」
- 254 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:47:11 ID:b822by8g0
('A`)「でー……えー……悪魔なんでしたっけ」
川 ゚ -゚)「はい」
('A`)「悪魔が何で俺んちに……?」
川 ゚ -゚)「現界したのは良いのですが、何分人の子の世界に知り合いが居ないもので」
('A`)「あ、はい、悪魔居ないんすねこの世界」
川 ゚ -゚)「あなたでしたら都合が良さそうだったので頼んでみた次第です」
('A`)「頼……? まぁ良いか、確かに親もいませんし都合は良いですけど」
川 ゚ -゚)「ご両親はどうされたのですか」
('A`)「あー単身赴任に母親もついてって、俺は学校もあるから居残りです」
川 ゚ -゚)「どこかで聞いた事のあるような状況ですね」
('A`)「使い古されたような設定ッスよね」
川 ゚ -゚)「独りで寂しくはありませんか」
('A`)「あー……まぁ、慣れてるし、別に」
川 ゚ -゚)「随分とあっさりしていますね」
- 255 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:48:10 ID:b822by8g0
('A`)「居候つってもなぁ、勝手に良いのかな……まぁ良いか、いっすよ別に」
川 ゚ -゚)「人の子よ、私が言うのもなんですがもう少し現状について考えるべきではありませんか」
('A`)「えー……だって……脚ちょっと触って良いすか」
川 ゚ -゚)「その発言は不敬だと思いはしませんでしたか」
('A`)「良いかなって……」
川 ゚ -゚)「凡その検討はつきますが、良いでしょう、触って確認なさい」
('A`)「どもッス……おお、蹄から上は白い毛が……」
('A`)゛ サワサワ…サワサワ…
川 ゚ -゚)
('A`)「ふっかふかだ……」
川 ゚ -゚)「獣毛ですからね」
('A`)「境目どうなってんですか」
川 ゚ -゚)「膝より上までドレスを捲れと」
('A`)「あ、そんな上まであるんだ……」
- 256 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:48:44 ID:b822by8g0
('A`)「あー……じゃあ良いですよ、居候」
川 ゚ -゚)「何故その結論に」
('A`)「いやーだって人間じゃ無いなら断っても意味なさそうだし……」
川 ゚ -゚)「ええまあ、では改めて自己紹介をしておきましょうか」
('A`)「あ、はい」
川 ゚ -゚)「私は憤怒の王、悪魔です」
('A`)「はい」
川 ゚ -゚)
('A`)
川 ゚ -゚)「何か」
('A`)「あっそれだけ?」
川 ゚ -゚)「そうですね」
('A`)「何か長い口上があるのかと思った……」
- 257 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:49:12 ID:b822by8g0
川 ゚ -゚)「それでは随分と雑に決めましたが、よろしくお願いします」
('A`)「こちらこそよろしくお願いします、王様」
こうして、奇妙な共同生活がなぜか始まってしまったのです。
王様はいつでも無表情で、やや尊大な態度を崩しません。
けれど素直で我儘な性格ではないため、少年は問題を感じませんでした。
本来なら悪魔を自称する異形の女を居候として迎え入れる事は常人には出来ない事でしょう。
でも少年は頭を掻きながら、まあいいか、と適当に頷くだけ。
人間では無い事は理解しましたし、悪魔に目をつけられたなら拒んでもきっと意味は無いだろう。
だから適当に頷いて、適当に受け入れて、適当に暮らそう。
家族と離れて暮らし、親しい友人も居らず、毎日は色も無く動かない。
だから突然寝首をかかれても、家財の全てがなくなっても、別にどうでも良いことだ。
だったら、受け入れるほうが楽だから。
しかし、少年の予想していたような事は一切起こりませんでした。
命を奪われる事も、金品を奪われる事もなく。
学校から帰ると美味しいご飯が用意されているくらいでした。
- 258 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:50:17 ID:b822by8g0
王様は、不思議なくらいに家事を何でもこなせます。
料理も掃除も得意だし、洗濯だって嫌がりません。
休日は並んで食事を用意したり、一緒にテレビを見て談笑したり。
意外なまでに快適な共同生活です。
両親と離れて暮らしてしばらく経ちますが、食事がちゃんと美味しいと思ったのは久々で。
特別親しい友人も居ない彼がこんなに誰かと言葉を交わしたのは、随分と久し振りな事で。
正直、ちょっとだけ、悪くないなと思ってしまいました。
('A`)「じゃあ王様、俺は学校行くから」
川 ゚ -゚)「人の子よ、お弁当を忘れていますよ、空腹のまま頭を使うつもりですか」
('A`)「あ、やっべ、ありがとう王様」
川 ゚ -゚)「また覗きに行きますがお構いなく」
('A`)「構うんだってアレ……気になるからあんまり来ないでくださいよ」
川 ゚ -゚)「人の子の観察は娯楽ですからね」
('A`)「そういやさ、王様って俺以外と話したりするの?」
川 ゚ -゚)「会話は可能ですよ、さあもう遅刻しますよ、急いて行きなさい」
('A`)「本当だ、行ってきまーす」
- 259 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:51:17 ID:b822by8g0
暇つぶしなのか、王様は少年の学校を覗きに来ます。
他の生徒からは姿が見えないらしくて、誰も気付きません。
しかし勉強しているその手元を覗き込んだり、何かを囁く素振りを見せます。
王様が見えているのは少年だけで、視界の端にちらちらと映る王様の姿に少しだけ困っていました。
何か悪い事をするわけではありませんが、傍から見ていて何となく冷や冷やするのです。
('A`)(王様はすぐ人を観察する、別に良いんだけど何か気になるんだよなぁ)
('A`)(見ていてそわそわすると言うか、いたたまれないと言うか)
('A`)(……気になる、か)
('A`)(他人を気にしたのって、どれだけぶりだろう)
('A`)(…………でも、どうせすぐ居なくなるだろうし、どうでも良いか)
('A`)(お弁当、美味しいな……王様の作る卵焼きって甘くないけど、結構好きだ)
('A`)(味ご飯も美味しい、自炊はある程度してたけど、王様が来てからご飯が美味しくなった)
('A`)(……)
('A`)(変な王様だなぁ)
- 260 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:51:37 ID:b822by8g0
お昼休み、教室でお弁当を食べる少年の視線の先には、王様が居ます。
窓の外、興味深そうに飼育小屋を覗き込んだり、ボールの入った籠を眺めたり、花壇の花をつついたり。
談笑している生徒たちの話を頷きながら聞いてみたり、誰も聞いていない筈なのにそれに意見してみたり。
まるで子供のようだけれど、その整った顔はいつだって表情を作りません。
冷たいまでに無表情な王様は、声も同じくらいに冷たい。
それなのに妙に家庭的で、どこか子供っぽい好奇心があって、
毎日おいしいご飯を作ってくれるし、忘れ物を届けてくれるし、疑問をぶつければ答えてくれる。
優しいと言う雰囲気でも無く、むしろ冷たくて、尊大で、静かに人間を見下している。
でも少年は、そんな王様が側に居る事が心地良いなと思っていました。
('A`)(王様はべたべたしてこないし、すぐに心配したり気を遣ったりしない)
('A`)(変な人だけど、ちょっと距離を置いてる感じが居やすいんだよな)
数日から数週間と一緒に過ごす時間が長くなればなるほどに、
少年は少しずつ、少しずつ、王様に心を開いて、気を許して行く。
自分にも他人にも興味は無いけれど、王様が側に居る事を受け入れる。
姉のような、友人のような、見知らぬ人のような、たまに会う野良猫のような、不思議な存在。
それを不思議なくらいに簡単に受け入れてしまった少年は、微笑ましそうな眼差しで王様を見ていました。
- 261 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:52:01 ID:b822by8g0
王様が校舎の向こう側に消えていくのを見ていると、ふと、少年の頭上から影が落ちました。
顔を上げてみると、そこに居たのは同級生が数名。
ニヤニヤとした笑みを隠しきれない顔で、少年に話しかけます。
『なぁ、ちょっと悪いんだけどさ』
『先生に倉庫の掃除頼まれたんだけど、俺たち忙しいから代わりにやってもらえる?』
('A`)(ああ、またか)
『お前は要領良いじゃん? だから頼むよ、お前がやった方が絶対早く終わるし』
『俺ら本当忙しくってさぁ、なぁ?』
('A`)「良いよ、分かった、忙しいならしょうがないし」
『マジ? サンキューなぁ』
『いやー良い友達持ったわ』
『じゃーなぁ』
へらへらと笑いながら、同級生はじゃれるように強く少年の肩を叩いて去って行きます。
じんじんと痛む肩と、ちりちりとざわめく胸の奥、すっかり味を感じなくなったお弁当。
先程までの微笑ましそうな表情は消え失せて、濁った目で、半分ほど食べたお弁当を見下ろしていました。
- 262 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:52:32 ID:b822by8g0
('A`)(はぁ)
('A`)(まあ、良いや、忙しいなら、しょうがない)
('A`)(食欲、失せちゃったな)
川 ゚ -゚)「ちゃんと食べ切りなさい人の子よ」
('A`)(……王様、どこから出てきたんだよ)
川 ゚ -゚)「食事を無駄にする事は許しません、きちんと食べなさい」
('A`)(……はぁい、母さんみたいな事言うな)
川 ゚ -゚)「両親が側に居ないと寂しく思いますか」
('A`)(……別に)
いつの間にか傍らに立っていた黒い影は、少年の後ろを眺めながら口を開く。
川 ゚ -゚)「腹は、立たないのですか」
('A`)(何に)
川 ゚ -゚)「あの者共にです、忙しいと言う人間がああも人を指差して嗤いますか」
('A`)(……どうでもいいよ、別に)
川 ゚ -゚)「そうですか」
- 263 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:53:10 ID:b822by8g0
いつもより冷たい眼差しは、教室の後ろで笑う同級生を真っ直ぐに射抜いていた。
その目にどんな感情が宿っているのかはわかりませんが、少年は何も言わずにお弁当の残りを口に押し込みます。
喉が詰まりそうになりながら食べる少年は、王様と出会う前の虚ろな目。
悲痛でもなく、苦痛でもなく、ただ全てに興味を無くした顔。
どうでも良い。
興味なんてない。
面倒事はごめんだ。
適当に返事をするだけ。
自分が頷けば良いだけ。
自分がやれば丸く収まる。
適当に頷いて、適当に受け答えして、適当に働いて、適当にやってればそれで良い。
いちいち悩む必要なんて無い。
いちいち反論する必要なんて無い。
自分がやれば角も立たない。
自分がやれば丸く収まる。
そうすれば面倒も起きない。
だからそれで良い、自分がやれば良い。
別に不当な扱いだなんて思わない。
そんなことすらどうでも良い。
けれど何だか、何かを忘れているような気がする。
何かが、胸の奥で、ちりちりとざわめく、気がする。
- 264 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:53:30 ID:b822by8g0
それでも王様は尋ねる。
『俺帰るけど代わりにこれやっといて』
一方的な要求を飲み込む時。
『これじゃ駄目だと思う、やり直してよ』
納得できない願いを飲み込む時。
『別に本気でやるわけじゃないからさ』
理不尽な暴力を飲み込む時。
『手持ちないからさ、代わりに払って』
明らかな不利益すらも飲み込む時。
王様は決まって尋ねる。
川 ゚ -゚)「腹は立たないのですか」
そして少年は、いつも興味なさそうに答える。
('A`) 「別に、どうでも良いよ」
何も映していないような濁った目は、王様の貫くほどに真っ直ぐな視線を受け止めない。
- 265 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:54:05 ID:b822by8g0
けれどある日。
白く土埃で汚れた制服を叩いている少年を、王様は黙って見ていました。
徐々にエスカレートして行く同級生による『冗談』は、少年の身体すらも蝕んでいて。
ちりちり、ちりちり、胸の奥に何かがざわざわ。
当たりどころが悪かったらしく、顔に痣をこさえた少年を見下ろす王様。
そんな王様が、ゆっくりと口を開きます。
川 ゚ -゚)「腹は立ちませんか」
('A`)「どうでも良いよ」
いつもならここで終わるいつもの会話が、この日は続いたのです。
川 ゚ -゚)「怒って然るべきでしょう」
('A`)「何でさ」
川 ゚ -゚)「あの者共は人の子を人間として扱ってはいません、何故未だに怒りを持たないのですか」
('A`)「そうだとしても、どうだって良いさ、別にどうにかなるわけでもなし」
- 266 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:55:02 ID:b822by8g0
川 ゚ -゚)「そうですか」
('A`)「そうだよ」
川 ゚ -゚)「人の子は、己の両親に嫌な思い出でもあるのですか」
('A`) 「え? いや別に、普通に良い親だよ、今は側に居ないけど」
川 ゚ -゚)「それならば、両親への愛情が無いのですか」
('A`)「……? どうしてそんな事聞くんだよ、親の事は普通に好きだよ」
川 ゚ -゚)「ならば何故怒らないのです」
('A`)「どう言う事だ?」
川 ゚ -゚)「人の子が持つ身体は、命は、親から与えられたものでしょう
その身体を、尊厳を踏み躙られ、何故怒りを覚えないのです」
('A`)「それは……」
川 ゚ -゚)「やはり、両親への情が無いのかも知れませんね」
('A`)「そ、そんな事無いって、ちゃんと好きだよ」
川 ゚ -゚)「そうですか、己が親にすら無関心だと言う自覚すらもありませんか」
('A`)「そんな、事……」
- 267 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:57:36 ID:b822by8g0
そんな事ない。
強く言い放ちたかったけれど、弱まる語尾に言葉を飲み込んでしまう。
今、両親は揃って側には居ません、けれど愛されていないなんて思った事もありません。
定期的に電話も、手紙もやり取りしているし、たくさん心配もしてくれる。
そんな両親が好きだし、大切なはず。
なのに、はっきりと言い返せませんでした。
一人の時間が長すぎて、全てに興味を無くしてしまって。
自分にも、愛すべき親にも、興味がなくなってしまったのか、愛想が尽きてしまったのか。
大切な筈だ、大好きな筈だ。
それなのに断言出来なかった、そんな自分が虚しい。
('A`)(親は、良い人間だ、優しいし、厳しいし、早く会いたい)
('A`)(でも何で、王様にきっぱり言えなかったんだろう)
('A`)(好きだよ、本当だよ、でも、俺は、自分が傷付いたってどうでも良いと思ってて)
('A`)(俺が傷付いて、怪我をする事で、親が悲しむとか、そんなの全然考えなかった)
('A`)(本当に、親にすら無関心なのかな、俺、そんなの、)
そんなの、何か、すごく嫌だな。
- 268 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:58:25 ID:b822by8g0
ぱらぱらと、押し入れから引っ張り出したアルバムをめくる。
今より若い両親と、幼い自分が笑っている写真。
楽しそうにはしゃいだり、遊んだり、時には泣いてる自分の写真すら並んでいる。
川 ゚ -゚)「人の子はこうして過去を懐かしむのですか」
('A`)「うん、人間は手元に残る思い出が欲しいんだよ、多分」
川 ゚ -゚)「良い文化だと思いますよ、物が増えると邪魔になる以外は」
('A`)「はは……確かに、そうかもなぁ」
川 ゚ -゚)「これが幼い時分の人の子ですか」
('A`)「ああ、これは遊園地に行った時、ジェットコースターに乗ってみたくて駄々こねて泣いたやつ」
川 ゚ -゚)「こちらは少し大きくなりましたね」
('A`)「それは数年後遊園地に行ってジェットコースターに乗ったやつ、このあとめちゃくちゃ吐いた」
川 ゚ -゚)「母親はこちらですか」
('A`)「うん」
川 ゚ -゚)「心配そうにしていますね」
('A`)「うん」
- 269 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:58:53 ID:b822by8g0
川 ゚ -゚)「父親の姿が殆どありませんね」
('A`)「これとか、人に撮ってもらったのにしか居ないよ、大体撮る側だったから」
川 ゚ -゚)「なるほど、こちらの画は」
('A`)「動物園で檻越しの猿に帽子取られて泣いてるやつ」
川 ゚ -゚)「人の子は泣いてばかりですね」
('A`)「ちゃんと笑ってるのもあるって、これとか、ほら」
川 ゚ -゚)「ふむ」
('A`)「あとこっちとかも、懐かしいな、海に行った時のだ」
川 ゚ -゚)「人の子が笑っている写真は、どれも親と映っているものばかりですね」
('A`)「え? …………あぁ、本当だ……確かにそうだな」
川 ゚ -゚)「これは最近の物ですか、幸せそうですね」
('A`)「ああ、誕生日の……お祝いのやつだな……」
川 ゚ -゚)「実に良い画だと思いますよ、人の子もこのような顔が出来るのですね」
('A`)「はは……俺だって、明るく笑ったりするよ」
- 270 名無しさん[sage] 2018/03/25(日) 23:59:41 ID:b822by8g0
('A`)「この時は、俺が転んで母さんが心配して……こっちは父さんに肩車してもらって……」
川 ゚ -゚)「ええ」
('A`)「こっちが、母さんのお弁当が美味しくて……父さんが俺のために、山に連れてってくれて……」
川 ゚ -゚)「良い思い出ばかりですね」
('A`)「……うん……こうして見てみると、思ったより、良い思い出って多いんだな……」
川 ゚ -゚)「悪い思い出ばかりだと思いましたか」
('A`)「悪い、って言うか……特に思い出があると思ってなかった……みんな、写真見るまで完全に忘れてた」
川 ゚ -゚)「人間とはそう言う物なのでしょう、だからこそ思い出を手元に残る形で置いておくのではありませんか」
('A`)「あー……ああ、そっか、そうだよな……俺が言ったんだったわ……」
川 ゚ -゚)「思い出すための物が手元にあるからこそ、普段忘れる事が出来るのでしょう」
('A`)「うん……」
川 ゚ -゚)「何か、納得は出来ましたか」
('A`)「…………うん」
- 271 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:00:53 ID:CeVsBJmM0
('A`)「やっぱり、好きだよ、家族は」
川 ゚ -゚)「そうですか」
('A`)「二人とも優しいんだ、怒ると怖いけど、あんまり怒られた事はないな」
川 ゚ -゚)「あなたは『良い子』ですからね」
('A`)「……別にさ、苦労してきたとか、血が繋がってないとか、そんな複雑な家庭環境じゃないんだ」
川 ゚ -゚)「はい」
('A`)「だけどやっぱり、家族って、大事なんだよな」
川 ゚ -゚)「ええ、そうでしょうね」
('A`)「悪魔なのに分かるのか?」
川 ゚ -゚)「悪魔の主食は人間ですから」
('A`)「うげ」
川 ゚ -゚)「冗談です」
('A`)「王様の冗談って分かりにくいんだよなぁ……」
- 272 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:01:38 ID:CeVsBJmM0
川 ゚ -゚)「しかし人の子よ、あなたは何故そうも己に対して無関心なのですか」
('A`)「何で、だっけな……学校でいじられるようになってからかな……嫌だなって、最初は思ってた気がする」
川 ゚ -゚)「人の子にも通常の人間並みの感性がありましたか」
('A`)「でもうちの親ってさ、滅多に怒らないし……善良な人間だと思うんだ」
川 ゚ -゚)「画を見ているだけでそれは伝わってきますね」
('A`)「うん……だから、嫌な事があるって言えなかったんだと思う」
川 ゚ -゚)「己の感情や不満を吐露する事で、家庭の平和を乱したくはなかったと言う事ですか」
('A`)「はい……」
川 ゚ -゚)「それから、どうなりましたか」
('A`)「それから……我慢してたのかな……どうだったろ……」
川 ゚ -゚)「────人の子は、何故あの者共の頼みを受け入れるのですか、断れば良いでしょう」
('A`)「それは……」
川 ゚ -゚)「それは」
('A`)「…………ああ、そうか……」
- 273 ◆tYDPzDQgtA[sage] 2018/03/26(月) 00:02:54 ID:CeVsBJmM0
('A`)「俺、親から言われてきたんだ……」
川 ゚ -゚)「『人の役に立ちなさい』」
('A`)「……人を、傷付けないように」
川 ゚ -゚)「『誰かのために動ける人になりなさい』」
('A`)「何で……分かるんだよ」
川 ゚ -゚)「立派な親を持ちましたね」
('A`)「……うん」
川 ゚ -゚)「しかし、それは呪いでしょう」
('A`)「…………そうみたいだな」
川 ゚ -゚)「ふむ、有意義な時間でしたね、夕餉の支度でもしましょうか」
('A`)「…………」
誰かのために何かをすると、生きている理由を与えられた様な気がしていた。
けれどそれと同時に、大切な物が一つずつ抜け落ちて行った気がする。
それが何なのか、少しだけ、見えてきた。
- 274 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:03:28 ID:CeVsBJmM0
両親の教えは、こうなるためにあるわけでは無いと言う事だけは分かった。
誰かのために、自分のために、優しい人間になって欲しかっただけなのでしょう。
それが鎖だと思った事はありませんでした。
そこまで自分を縛っているだなんて思っても居なかったし、これが良くない物だとも思えません。
ただ根底に両親の教えがあって、それが少しずつ歪んでしまった。
『誰かのために』
『自分のために』
きっと今もそれは変わって居ない。
ただ、少しだけいびつになってしまっただけ。
自分で考える事も、動く事もやめてしまっただけ。
王様は、ほんの少しだけ優しい声で言いました。
川 ゚ -゚)「その呪いはもう解けたでしょう、歪みを正してやりなさい」
川 ゚ -゚)「自分にとって何が大切か、何を守るべきか、どう感じれば良いのか、もう分かるでしょう」
川 ゚ -゚)「忘れていた何かを完全に思い出す、その手助けをしてあげましょう」
両親への想いは、ちゃんと思い出せました。
だから忘れてしまったもう一つの何かの尻尾を、あと少しで掴めそうな気がした。
- 275 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:03:55 ID:CeVsBJmM0
何を忘れているのだろう。
感じる事をやめた何か。
一つ思い出した大切なものは、自分を少しだけ人間に戻してくれた。
じゃあこの忘れた何かを完全に思い出せたなら、自分はちゃんとした人間に戻れるのではないか。
そうすれば、両親に胸を張れるのではないか。
少年は、忘れた物を探していました。
自分の中にあるべき何かを探していました。
人から頼まれごとをされる度に、胸の奥でちりちりとざわめく何かがその尻尾でした。
喜びなのか、充実感なのか、わからないけど早く見たい。
早く自分のものを、自分の中に戻してやりたい。
大好きな両親から与えられた何か、持って産まれた何か、一緒に育てた自分だけの何か。
尻尾を掴むために、少年はいつもより頼まれごとに励みました。
ぼろぼろになっても、疲れ切っても、たくさんたくさん働きました。
胸の奥はずっとちりちりとざわめいていて、早くその正体を見たくて堪りませんでした。
そんな少年を、王様は静かに静かに見下ろしていました。
- 276 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:04:44 ID:CeVsBJmM0
『あ、なぁちょっと良い?』
('A`)「うん、どうした?」
『あのさー俺ら金無いんだけど』
『でも欲しいもんがあるんだよねぇ』
『そこでちょっとお願いがあるんだよね』
ちり。
('A`)「……代わりに、買ってこようか?」
『いやいや悪いってー』
『いっつもお前に金出させてるじゃん?』
『俺らさぁ、悪いなーって思ってるんだよ』
ちりちり。
- 277 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:05:52 ID:CeVsBJmM0
('A`)「じゃあ、どうすれば良い?」
『えー?』
『どうって、なぁ?』
『お前も俺も金ねーじゃん? じゃあさ、他に無くない?』
ちりちりちり。
('A`)「無いって、何が」
『えーマジで分かんない?』
『おいおいマジー? はっきり言わなきゃ駄目?』
『しょうがねぇなー』
('A`)「うん、ごめん、教えて欲し」
『店から盗ってこいよ、お前』
ぢり。
- 278 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:06:29 ID:CeVsBJmM0
('A`)「……は?」
『は?じゃねーって』
『さっさと行けよ』
('A`)「い、や……そう言うのは、駄目だよ、犯罪だし」
『は、知るかよ』
『お前が捕まっても俺らどうでも良いし』
『それよりさっさと行けって』
熱い。
('A`)「……無理、そう言うの、親に顔向け出来なくなるから」
『ウケる、親だって』
『お前の親とか知らねぇっつーの』
『マジどうでも良くね?』
焼けるように熱い。
- 279 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:06:59 ID:CeVsBJmM0
('A`)「駄目だよ、無理だから、俺は」
『さっさと行けって、お前言われた事出来なかったら存在価値ねーぞ』
『親に顔向け出来るようにさぁ、ちゃんとお願い聞いてくれませんかー?』
『命令聞く以外に取り柄なんかねーじゃん、何拒否ってんの』
『つーかさ』
胸の奥が。
『クズみたいなお前産んだ親ってさ』
熱くて、熱くて。
『どっちもクズみたいなもんじゃね?』
かつん。
すぐ後ろで、床を叩く蹄鉄の音。
そして耳元で、女の囁き声を聞いた。
- 280 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:08:12 ID:CeVsBJmM0
:( A ):「…………王様」
『は?』
:( A ):「こう言う時……どうすれば良いのか、教えてくれ……」
『何言ってんのこいつ』
『頭おかしいんじゃね』
戦慄く唇が紡いだ言葉に、女の白い手が、少年の手に重なりました。
「方法など、一つでしょう」
少年の手を優しく撫でるように、強く強く拳を握らせて。
「その怒り、全て拳に宿すが良い」
拳から離れた王様の手が、とん、と少年の背中を押した。
- 281 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:09:38 ID:CeVsBJmM0
弾かれた様に、少年は同級生に掴みかかっていました。
胸ぐらを掴んで引き摺り倒し、握った拳を振り上げて、顔に向かって振り下ろす。
馬乗りになって、何度も、何度も何度も振り上げて、振り下ろして。
泣きわめく一人の上から引き摺り降ろされると、次の一人の顔を潰すように殴り付けて。
強く強く握られた拳が真っ赤に染まっても、まだ殴り続けた。
驚愕と罵倒が、戸惑いと焦りに変わり、最終的に涙声の謝罪に変わるまで。
少年は、今まで忘れていた怒りに飲み込まれながら、己の同輩を狂ったように殴り続けた。
その日を境に、少年は変わりました。
理不尽な事があれば、不当な扱いを受ければ、躊躇いなく拳を振るうようになったのです。
今まで従順だった少年の突然の変貌に、皆は驚き戸惑いました。
そして最初に殴られ続けた彼らは、すっかり少年に怯えるようになり
自分が誰に殴られたのかを口にする事は、決してありませんでした。
- 282 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:10:10 ID:CeVsBJmM0
そんな彼は今、生徒指導室に居ました。
憮然とした表情で、一人で椅子に座っています。
例え最初に殴り倒した相手が黙っていたとしても、同じ様に誰かを殴ればその行動は人に知られる。
正当防衛の域を超えた暴力は、あっと言う間に教師にまで知れ渡りました。
そして今は、生徒指導の教師に捕まり、部屋に押し込まれたところ。
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「まあ、こうなりますね」
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「もう少し考えて行動してはどうですか、人の子よ」
少年は自分の傷だらけの手を撫でながら、渋い顔で傍らに立つ王様を見上げました。
その目は、以前のように虚ろに濁ったものではありません。
- 283 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:11:39 ID:CeVsBJmM0
('A`)「……なぁ王様」
川 ゚ -゚)「はい」
('A`)「あんた、もしかして余計な事をしてきたんじゃないのか」
川 ゚ -゚)「余計な事とは何ですか、私はきちんと思い出させてあげたでしょう」
('A`)「それが余計だったって言ってるんだよ」
川 ゚ -゚)「人として、怒りは最低限必要な物でしょう、それを取り戻せた事を喜んではどうですか」
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「人の子が己の感情を操れないのは自分の責任でしょう、それを私に押し付けるのは止めなさい」
('A`)「…………」
川 ゚ -゚)「怒りを思い出した気分は如何ですか」
('A`)「最悪だよ」
川 ゚ -゚)「そうですか、それは何より」
(#'A`)「あ?」
- 284 名無しさん[sage] 2018/03/26(月) 00:12:30 ID:CeVsBJmM0
川 ゚ -゚)「私にまで怒りをぶつけますか、人の子よ」
('A`)「そう言えば……たまに学校で居なくなってた時、何してたんだよ」
川 ゚ -゚)「人間観察ですよ、それと困っている人間にこっそり何かを教えたり、手助けをしていました」
('A`)「…………憤怒の王って言ってたよな」
川 ゚ -゚)「言いましたが」
('A`)「わざと、俺が怒るように仕組んだとか無いよな」
川 ゚ -゚)「さて、確かに人の子の怒りは私の糧でもありますが」
(#'A`)「……おい」
川 ゚ -゚)「それと」
(#'A`)「は?」
川 ゚ー゚)「人の子が我を忘れて怒り狂う様は、非常に愉快な娯楽です」
王様は、少年を見下ろしながら、初めて顔を歪ませて嗤いました。
まるでいびつな玩具を見るように、愉しげで見下した笑顔でした。
それを見た少年がかっと顔を赤く染め、拳を握って立ち上がろうとした、その時。
廊下から響く複数の足音と、誰かに何度も謝罪しながら近付いてくる両親の声に
少年は、さっと顔色を無くすのでした。
おわり。