44 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:33:00 ID:G9pv3IYIO


ふと、空を見た。

もう九月なのに、空には入道雲が浮いている。

学校の上に、空にむくむくと広がる入道雲。


じりじり肌を焼く日差しはまだまだ熱いままで、夏の終わりを感じさせない気温。

流れる汗をぬぐいながら、空を見続ける。

そんな僕の目に、人影がうつった。



【( ・∀・)くもをたべるひと。のようです】



彼は、学校の屋上で、手をのばしていた。


45 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:34:08 ID:G9pv3IYIO


もう学校が始まって数日が経つけど、みんなはまだ夏休み気分。
暑いとかだるいとか、好き勝手に口にしてるクラスメイト。

僕もそのうちの一人で、下敷きで自分をあおぎつつ、頬をつたう汗をせっせとぬぐっていた。


夏服とはいえ、この気温に制服は堪える。
襟をぱたぱたと開いて風を送るけど、ぬるい空気が肌を撫でるだけ。

全く涼しさがやってこない、蒸し暑い学校。


どうしてクーラーは職員室にしかないんだろう。
教室の扇風機は壊れてるし、窓を開けてもろくに風は入ってこない。

一階の廊下をのろのろと、溶ける様な足取りで歩く。

窓から空を見上げれば、夏の雲がむくむくしてる。
もう九月なんだから、さっさと涼しくなってくれよ。


46 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:35:06 ID:G9pv3IYIO


入道雲は向かいの校舎に一部を隠されてるけれど、その自己主張は激しいもの。
薄茶に汚れた校舎に、真っ白の入道雲はよく映える。


と、校舎に誰かがいる事に気づいた。


フェンスに囲まれた屋上、そのはしに、男子生徒がひとり立っている。

白い半袖のシャツに、黒いズボン。
しっかりと裾をズボンに入れて、真面目だなあ。


ああ、屋上なら涼しいのかな。
校舎の中より、風が通るだろうし。

風になびく襟が見えた気がして、僕はのたのたと向こうの校舎へと移動を始めた。

うだる様な暑さから逃れたくて、この髪を濡らして額に張り付く汗を乾かしたくて。


47 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:36:07 ID:G9pv3IYIO


冷たいラムネ、缶ジュース。

アイスクリーム、かき氷、ソーダアイス。

クーラーのきいた部屋、氷の浮かぶジュース、ねっころがってゲーム。


冷たいもの、涼しいものが頭の中を駆けめぐる。
どんなに考えたって意味はないし、この暑さを際立たせるだけ。

それでも考えずにはいられない、僕を冷やす幸せ。


途中の購買で買った紙パックのアップルジュースは、冷たかった。

けど僕の手の熱さとこの気温で、あっという間にぬるくなってしまう。
お腹に流れた冷たさも、もうどこにもない。

ああもう本当に暑い。
ぬるくなったジュースは、飲む気も起きないねばつくような甘さ。

捨ててしまいたい気持ちを堪えて、僕は階段を上る。


48 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:37:06 ID:G9pv3IYIO


時間がかかったけど、やっとたどり着いた屋上への扉。

汗でべたつく手で、少しだけ冷たいドアノブを掴む。
ほんの少しだけ涼しい気分になったけど、どうせまたぬるくなる。

ドアノブがあたたまる前に、僕はそれをひねって押し開けた。


ぶわん、と風が流れ込む。
全身を撫でる風はやっぱりなまぬるいけど、僕の体を乾かしてくれる。

もっと風を浴びたくて、冷たさを感じたくて、屋上へと足を踏み出した。


さして広くはない屋上。
けど、風はある。

お日様は直に浴びてしまうけど、
校舎の中より、ずっと涼しい。


49 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:38:07 ID:G9pv3IYIO


(#-;; -)「あー……すずしー……」


思わずもれる声。
肩を落として猫背になって、その涼しさを噛み締める。

すると、誰かが笑った。


( ・∀・)「あはは……暑いね、今日は」

(#゚;;-゚)「あ……ごめん」

( ・∀・)「何で? 暑いのはみんな一緒だよ」


僕が見かけた男子生徒は、まだそこに居た。
そして僕の方を見て、おかしそうに笑ってる。

ひとりの時間を邪魔しちゃったかと思って謝ったけど、どうやら彼は気にしてないらしい。


50 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:39:04 ID:G9pv3IYIO


少しだけほっとして、ドアを閉めて彼のそばまで行く。
思ったよりも強く流れる風に、髪が踊る。

日差しは強いけど涼しい。
短い前髪が乾き、襟がぱたぱたと風になびく。


(#゚;;-゚)「……涼しいね、ここ」

( ・∀・)「うん、涼しい」

(#゚;;-゚)「君のお気に入りの場所?」

( ・∀・)「かな? 俺は高いところが好きなだけだけど」

(#゚;;-゚)「へー……」

( ・∀・)「バカとなんとかは高いとこが好きってね」

(#゚;;-゚)「そこは煙となんとかは、じゃないの?」

( ・∀・)「あははっ、まあ良いじゃない……君は高いとこ好き?」

(#゚;;-゚)「んー、考えたことない」

( ・∀・)「そっか、高いとこは良いよ、雲がこんなに近い」


51 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:40:05 ID:G9pv3IYIO


(#゚;;-゚)「……雲が好きなの?」

( ・∀・)「うん、美味しいから」

(#゚;;-゚)「美味しい?」

( ・∀・)「そ、美味しい」


彼は、ちょっと変わった人らしい。

雲を見上げて、首をかしげる。

むくむく、もこもことはしてる。
けど見てるだけで、美味しそうとは思えない。

むしろこの暑さを証明する様な入道雲は、いまひとつ好きになれそうにない。


( ・∀・)「食べてみる?」

(#゚;;-゚)「は?」

( ・∀・)「ちょっと待ってね」


52 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:41:05 ID:G9pv3IYIO


空に向かって、手を伸ばす。
両手を合わせて何かを掬うように動かしている。

ちょっと電波入ってるのかな、と彼の足元に座りながら思う。

まあ、屋上に一人でいる時点でちょっと変わってるけど。
まさかこんな妙な事を言い出すなんて。


( ・∀・)「はい、どうぞ」

(#゚;;-゚)「へ?」

( ・∀・)「美味しいよ」


笑顔で僕を見下ろす彼の手には、白くてもこもこした何か。
合わせられた両手に、こんもりと乗っている。

にこにこ笑いながら、悪意の見えない顔で僕を見る。

なもんだから、僕はそれを受けとるしかなかった。


53 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:42:04 ID:G9pv3IYIO


むくむく、もこもこ、ふわふわ、ちょっとぷにぷに。

何だこれ。

さわり心地は柔らかいマシュマロに似てるけど、初めて触れる感触。


( ・∀・)「召し上がれ?」

(#゚;;-゚)「い、いただきまー……」


なんか、食べざるをえない状況。

正直、ちょっと食べるのには抵抗がある。
でも食べないわけにはいかなそう、あんなに期待に満ちた目を向けられてるし。

ええいしょうがない、一口だけでも口にいれよう。

ちょっとだけ千切ったら、ぷわんっ不思議な感触。
それをぽんと口に放り込んだ。


54 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:43:03 ID:G9pv3IYIO


ふわふわ。
もこもこ。
ぷにぷに。

な、何だこれ。

口にいれてすぐは、無味無臭。
不思議な食感だけが広がる。

けどひとつ噛むと、それは奇妙な弾力。
ふわんと弾けるように、口の中いっぱいに優しい甘さが広がった。

弾けるように、溶けるように、濃いクリームみたいな風味が鼻に抜ける。
それと一緒に、優しくて落ち着く甘さがふわふわ。


(*#゚;;-゚)「……な、なにこれ……」

( ・∀・)「入道雲、クリームみたいでしょ」

(*#゚;;-゚)「う、うん……?」

( ・∀・)「よく味わってみて、クリームっぽい中に爽やかな味があるから」

(*#゚;;-゚)「はぁ……」


55 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:44:11 ID:G9pv3IYIO


不思議と気持ちが落ち着くような味、匂い。

彼に言われるまま、もう一口を放り込んで味に集中する。

ふわふわもこもこぷにぷに。ふんわり。


あ。


(#゚;;-゚)「……日向夏?」

( ・∀・)「かな? 柑橘系の味」

(#゚;;-゚)「あと……ちょびっと、ミントっぽい」

( ・∀・)「わ、スゴいな……美味しいでしょ?」

(*#゚;;-゚)「……うん」

( ・∀・)「良かった」


56 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:45:07 ID:G9pv3IYIO


(#゚;;-゚)「……ねぇ、どうやったの?」

( ・∀・)「雲?」

(#゚;;-゚)「うん……ていうか、本当に雲なんだ」

( ・∀・)「そうだよ、ほら……よく見てて」

(#゚;;-゚)「わ……わわ」


僕の手から無くなった入道雲。
彼は新しい入道雲をとろうと、手を伸ばす。

入道雲に手を持ち上げて、水を掬うみたいに、そっと手を合わせる。

すると、彼の手のひらにはこんもりと白いもこもこが乗った。


優しく空からちぎって、僕に差し出される雲。
それを受け取って空を見れば、入道雲はわずかに欠けていた。


57 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:46:40 ID:G9pv3IYIO


(#゚;;-゚)「…………すごい」

( ・∀・)「でしょ」

(#゚;;-゚)「……なんか、何て言ったら良いのかなこれ……雲をとる人、初めて見た……」

( ・∀・)「そりゃそうさ、いっぱい居たら雲がなくなっちゃうよ」

(#゚;;-゚)「はぁ……雲って、空気中の塵とか水蒸気とか……」

( ・∀・)「気にしない気にしない、食べても体に悪くないし美味しいし」

(#゚;;-゚)「…………ま、いっか」

( ・∀・)「うんうん、ほら食べなよ」

(#゚;;-゚)「う、うん」


新たに手に乗せられた入道雲。
小さくちぎって、口に入れる。

ふわふわで、もこもこで、ちょっとぷにぷにむっちりしてて……


(#゚;;-゚)「あれ」


58 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:47:07 ID:G9pv3IYIO


( ・∀・)「ん、どうしたの?」

(#゚;;-゚)「なんか、さっきのよりむっちりが少ない……味もちょっと違う」

( ・∀・)「ああ、さっきのはあっちの雲だったんだ」

(#゚;;-゚)「立派な入道雲だね」

( ・∀・)「今のはこっちの雲」

(#゚;;-゚)「ちょっと……薄いかな?」

( ・∀・)「うん、その雲はもう秋の雲に近いんだ、だから味も匂いも感触も変わる」

(#゚;;-゚)「あー……季節限定かぁ……」

( ・∀・)「立派な入道雲からは、スゴく美味しい夏の雲がとれるんだ」

(#゚;;-゚)「さっきの?」

( ・∀・)「さっきのももう秋に入りかけ、七月八月の夏の雲はすっごく美味しいよ」


59 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:48:13 ID:G9pv3IYIO


(#゚;;-゚)「ほへー……どんなの?」

( ・∀・)「クリームっぽいのにしつこくなくてね、でも優しい甘さで、爽やかで……難しいな」

(#゚;;-゚)「んー…………ねぇ」

( ・∀・)「ん?」

(#゚;;-゚)「夏以外の雲は、美味しいの?」

( ・∀・)「夏以外は雲がとりにくいからね、秋の雲は掬っても掬っても集まらない」

(#゚;;-゚)「むう……残念」

( ・∀・)「秋はブドウとかの味、冬はもっと強いミント、春はイチゴとかの味がするよ」

(#゚;;-゚)「何それおいしそう」

( ・∀・)「美味しいよ、量は食べられないけど……あと夏も、桃とかいろんな味がある」

(#゚;;-゚)「…………」

( ・∀・)「食べてみたい?」

(#゚;;-゚)「うん」

( ・∀・)「来年までお預けだね」


60 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:49:06 ID:G9pv3IYIO


(#゚;;-゚)「来年かぁ……遠いね」

( ・∀・)「あっという間だよ」

(#゚;;-゚)「……ね」

( ・∀・)「ん」

(#゚;;-゚)「他にも、他の季節の雲」

( ・∀・)「食べたい?」

(*#゚;;-゚)「……うん」

( ・∀・)「あははっ、良いよ……僕はモララー、君は?」

(#゚;;-゚)「あ、僕はでぃ……二年」

( ・∀・)「僕も二年だよ……って言うか、何で僕なの?」

(#゚;;-゚)「お兄ちゃん多いから……」

( ・∀・)「そっか……よろしくね、でぃ」

(#゚;;-゚)「うん、よろしくモララー」


61 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:50:12 ID:G9pv3IYIO


「雲の事、みんなには秘密ね? 空から雲が無くなっちゃうから」

「うん、わかった」

「そうだ、僕の家に来なよ? 瓶にね、雲を少しだけとってあるんだ」

「良いの?」

「良いよ、また空からちょっと貰えば良いし」

「わ、やった……ありがとっ」

「どういたしまして、それより次の授業始まっちゃうよ」

「……良いや、もうちょっと食べたい」

「あははっ、不良だー」

「君もでしょ、ねぇあの雲は? おいしい?」

「あれはもう秋の雲だから、栗の味かなー」

「じゃあね、あれは?」

「サンマ」

「……マジで?」


63 ◆5Lh0opUYFc 2010/09/05(日) 22:51:14 ID:G9pv3IYIO



ふわふわ。
もこもこ。
ぷにぷに。
むっちり。
ふんわり。

不思議な味と匂いと感触。
それを空から拝借する彼も、少しだけ不思議な人。


夏の終わりに出来た新しい友達は、くもをたべるひと。

そして僕もまた、そのくもを少しだけもらうひと。


セーラー服をひるがえして、僕は今日も屋上にかけ上がる。

ドアを開けて、風を感じながら外に飛び出し、僕は愕然とした。



「雲、ないんだけど」

「ごめん、みんな食べちゃった」



おしまい。


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