- 108 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:27:54 ID:JRQfA62o0
みんみん、じゃわじゃわ。
みんみん、じゃわじゃわ。
夏休みが始まり、部活や勉強、
遊びに精を出す日々が始まった。
ざわざわ、ざわざわ。
さらさら、さらさら。
気持ちの良い風が吹く。
今年の夏は何をしようか。
からから、からから。
きこきこ、きこきこ。
プールに行きたい。
遠いけれど海も良いな。
サンダルを履いたまま海水に足をつけて、足とサンダルの隙間を流れる砂と水の感触。
膨らませた浮き輪やボール、熱せられた表面と、汗をかいた肌に張り付く鬱陶しさ。
火照る身体を冷やす水の冷たさ、海水に浮かぶ身体、水に後頭部を浸した時の冷たい感じ。
喉が乾いたら冷たいお茶やジュースを飲んで。
お腹が空いたら売店で買った固いフランクフルトや油臭い焼きそばを食べるんだ。
- 109 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:29:42 ID:JRQfA62o0
真っ黒に焼けるまで泳ぎ、遊ぼう。
日が傾いたら、荷物を片付けながら海を眺めよう。
大切な時間が終わってしまったみたいな、胸の痛みと切なさを抱き締めよう。
なんて。
きこきこ、きこきこ。
からから、からから。
今日から一週間、補習で学校に通うのだけれど。
【炎夏のようです】
ああもう全く、自転車のサドルとハンドルが熱い。
- 110 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:31:21 ID:JRQfA62o0
夏休みの序盤。
本来なら今日は、友人達と電車に乗って、街の方まで遊びに出掛ける予定だった。
今度みんなで海に行きたいから、水着とか服を買いに行こうと約束をしていたのだ。
今ごろは、買い物をして、物色をして、昼食を食べて、遊んで。
楽しい楽しい夏休みだった筈なのに。
しかし予定とはなかなか上手くは進まないもので。
自転車を学校の駐輪場に停めた少年は、中身のほとんど入っていない鞄を肩にかける。
妙に静かな校舎を見上げて、ため息混じりに足を踏み出した。
じゃり、じゃり。
砂の散らかるコンクリートを踏みしめる。
砂もコンクリートも、妙に白っぽいものだから、太陽の光を反射させて目を刺す。
まだ午前中だと言うのに空気はぬるく、お世辞にも爽やかとは言えない。
年々、夏の暑さがひどくなっている気がした。
- 111 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:31:55 ID:JRQfA62o0
( ・∀・)『え、赤点?』
_
( ゚∀゚)『実在すんの?』
(,,゚Д゚)『一週間補習になった』
( ・∀・)『お前今度の月曜は遊びにいくって言ったよな』
(,,゚Д゚)『すまん』
( ・∀・)『えー……はー……ないわー……』
(,,゚Д゚)『ごーめーんー』
_
( ゚∀゚)『何時からやんの?』
(,,゚Д゚)『朝から昼』
( ・∀・)『何科目?』
(,,゚Д゚)『三科目、休憩挟んで一時間ずつ』
( ・∀・)『ちゃんと勉強してこいアホギッコ』
(,,゚Д゚)『ほんとごめんて』
- 112 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:32:55 ID:JRQfA62o0
友人達のあきれた顔が忘れられない。
三人での買い物は先伸ばし、今日は二人で宿題をやるらしい。
昼から行くと言う案もあったが、帰りが遅くなると言う理由で却下になった。
二人との約束を反故にしたのは、紛れもない自分の責任。
言い逃れの出来ない状況のなか、腹をくくって学校へとやってきた。
しかし夏休みの学校と言うのは、妙に静かで不思議な感じだ。
上履きに履き替えて、静かな廊下を歩く。
きゅ、きゅ、と音を立て、妙に生ぬるい空気が肺に染み込む。
窓が開いていない。
余計に埃っぽい空気が熱せられている。
いつもは賑やかな廊下や教室も、しんと静まり返っていて。
(,,゚Д゚)(なんか……別の場所みたいだな)
異世界感とでも言うのだろうか。
何だか、居心地が悪いような、寂しいような、お腹がきゅうとなる。
- 113 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:34:27 ID:JRQfA62o0
きゅい、きゅい。
上履きのゴム底はいちいち声をあげながら、緩慢な動作で階段を上る。
三階の教室で行われる補習。
しかし二階まで上がっても人の気配すら感じない。
階段に漂う中途半端に冷えた空気と、外に面した廊下の熱気。
その二つがまじりあって肌を撫でると、何とも言えない気味の悪さ。
きゅい、きゅい。
三階に辿り着く。
校舎内、人の気配も、声も音も無い。
補習を受けるのは自分だけなのか、それとも場所を間違えてしまったのか。
きゅ。
普段とは違う顔を見せる学校に、言い様のない感覚を覚えて立ち止まる。
頭の芯がゆれるような、ぼやけるような。
急に瞳孔が広がる感覚と、くわんとゆらぐめまい。
人の家に初めて上がる時に似た、不思議なめまい。
グラウンドや体育館で練習する運動部の音も、遠くに感じる。
白い廊下は、きらきら、夏の光を飛散させる。
眩しいやら暑いやら、ギコは目を細めた。
- 114 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:35:22 ID:JRQfA62o0
そう言えば前も、こうやって眩しいと思ったものがあったな。
あれは何だったか。
廊下とか、床とか地面とか。
そうじゃなくて、もっと。
ぱしゃぱしゃ、きらきら。
波打って、たゆたって、ゆれるのは、水。
(,,゚Д゚)「あー……」
思い出した。
細い身体と濃紺の水着。
きらめく水面が揺れて。
「ギコくん?」
(,,゚Д゚)!
- 115 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:36:12 ID:JRQfA62o0
(*゚ー゚)「やっぱり、ギコくん」
(,,゚Д゚)「あ、あぁ、しぃか」
(*゚ー゚)「どうしたの? そんなとこに立ってて」
(,,゚Д゚)「あー……ほら、人んち上がる時にくらくらするだろ」
(*゚ー゚)「あー、ギコくんするって言ってたね、大丈夫?」
(,,゚Д゚)「んー……なんかいつもと違うよな」
(*゚ー゚)「えっ」
(,,゚Д゚)「静かだし、窓開いてないからかな」
(*゚ー゚)「あ、あぁー……そうだね、変な感じだよね」
(,,゚Д゚)?
教室後部の、開け放たれた扉から顔を見せたのは幼馴染みの少女で。
つい先ほど思い出していた記憶の中に居たのも、この少女だ。
- 116 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:36:43 ID:JRQfA62o0
遠い親戚で、幼馴染みで、ちょっとした秘密を互いに持つ少女。
小学生の頃、疎遠になってそれは解消されたのだが。
中学に入ってしまうと、小学校の頃よりも一緒に過ごす機会がぐっと減ってしまった。
そうなると、険悪でも問題があるでもなく、ただ自然と疎遠な状態になっていた。
しかしいざ顔を突き合わせて話せば、昔のように笑えるのだと言うことは実証済み。
久々に言葉を交わす筈のしぃは、にっこり微笑みながらギコを教室へ招いた。
彼女の笑顔と、泣き顔には弱い。
と言うか、彼女には弱いのだ。
誰よりも可愛くて、誰よりも良い子で。
勉強が出来て、中学生にしては裁縫も料理も出来て、誰からも嫌われる要素はない。
ただ少しだけ地味ではある。
そしてギコは知らないが、彼女はなかなか早熟だ。
白いブラウスの下に、キャミソールを着てこなかった程度には。
- 117 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:37:30 ID:JRQfA62o0
(*゚ー゚)「ギコくんどこ座る?」
(,,゚Д゚)「ここで良いや、自分とこ以外の教室って変な感じだな」
(*゚ー゚)「そうだね、二年は私たちだけみたい」
(,,゚Д゚)「ふーん……お前さ、何で補習受けんの?」
(*゚ー゚)「え? あー、えっとね、テストの時にね、体調悪かったの」
(,,゚Д゚)「大丈夫なのか?」
(*゚ー゚)「うん、もう平気、でもテストはがっかりだったから」
(,,゚Д゚)「気を付けろよな、お前すぐ風邪引くんだから」
(*^ー^)「えへへ……ありがと、ギコくん」
(,,゚Д゚)「おう?」
久々に顔をあわせて、久々に言葉を交わして。
それでも詰まる事も、構える事もなく自然と出来た。
にこにこ笑顔のまま、斜め前の席に座る彼女の背中を眺めて、ギコは首をかしげる。
補習なのに、何であんなに機嫌が良いんだ?
- 118 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:38:24 ID:JRQfA62o0
カーテンの引かれたうっすら暗い教室内。
二人が座る席は、いつも自分達が座る席と同じ位置。
別の教室だとしても、何だかんだで自分の位置に座ってしまう。
鞄から筆記用具を取り出して、机にぽいと置く。
窓の方を見ても、クリーム色の重いカーテンが見えるだけ。
ああ、暗いし暑いし退屈だ。
しぃの方はどうだろう、わざわざ教科書とノートまで持ってきている。
補習はプリントの問題をやるだけだと、説明されていないのだろうか。
(,,゚Д゚)(しぃは真面目だからな)
(,,゚Д゚)(テストで悪い点とったの、ショックだろうな)
(,,゚Д゚)(はー……俺もやんなきゃな……)
(,,゚Д゚)(後で教えてもらうか……)
(,,゚Д゚)(いやそんな恥ずかしい事出来ねぇわ……モラに教えてもらお……)
- 119 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:39:07 ID:JRQfA62o0
ちくたく、ちくたく。
ぱらぱら、かりかり。
時計の音と、しぃの手元から溢れる紙をめくり文字を書く音。
校舎の外ではみんみん、じゃわじゃわ。
遠くでは運動部の音や声。
耳を澄ませてみれば、いろんな音が聞こえてくる。
けれど二人きりと言う空間に、少し緊張しているのだろうか。
いろんな音は遠く聞こえるのに、室内の音がやけに大きく聞こえる。
斜め前に座る彼女の息づかいまで、聞こえてきそうだ。
何も言わずに自習を始めた彼女と、手持ちぶさたなギコ。
声をかけようかと口を開くも、話題が見つからず口を閉じる。
別に話しかけにくい訳ではないが、話題が無いのに無理に話すのも馬鹿げていて。
とは言え、プリントを持ってくる筈の教師はまだ訪れない。
暑いし暇だしほんの少し気まずい。
もう帰りたい。
- 120 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:40:10 ID:JRQfA62o0
世間話でもしようか。
男子と女子じゃ話が合わない。
最近の調子はどうかな。
見れば分かるだろ普通だよ。
勉強でも教えてもらうか。
だから恥ずかしいって。
秘め事の話しでもしてみるか。
忘れろあれは過去だ。
そう、秘め事。
ギコとしぃの間には、ある秘密がある。
それはちょっとした、恥ずかしい思い出なのだが。
あの事は、あれ以来一度も話していないし、話題に出してもいない。
触れてはいけない秘密のように、抱え込んで大事に仕舞ってある甘い味。
思い出すと恥ずかしさに体温は上がるし、もう三年前だ、今さら話題に出してどうする。
向こうは忘れたい思い出かもしれない、止めろ止めろ、忘れとけ。
- 121 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:41:06 ID:JRQfA62o0
確か、好きだと、あの時言った。
暗がりで、泣き止ませたくて、謝りながら全部言った。
その答えは言葉では貰っていない。
返事が欲しくて言ったわけでもない。
それとも、返事はあの甘ったるい唇だったのだろうか。
いやでもそうだとしてもだ。
小五が二人で、好き合ったからとなんだ。
おままごとみたいなお付き合いでもしろってか。
できるかそんなもんふざけんな。
いやしかし、中二になったからって変わるか?
結局おままごとみたいなお付き合いにしかならないだろ?
その前にあれが返事だったのかも今現在好き合っているのかも分からなくて。
あああもういやになるいやになる。
なんて恥ずかしい思考なんだ馬鹿馬鹿しい。
普段はそんな事に興味なんてない顔で、やや斜に構えているのに。
そう言うポジションに居るのになんだこれは。
ああもう暑い暑い暑い扇風機くらい回せよふざけんな。
- 122 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:41:55 ID:JRQfA62o0
頬についていた手で口元を覆い、俯きがちに明後日の方向をにらむ。
今くそ暑いのは窓も開いてないし扇風機も回ってないからだ。
顔が赤いとしてもそれはくそみたいに暑いからなんだ。
全身からあふれだす汗も暑いからだ。
全部暑いのが悪い、全部夏が悪い。
別に思い出したりしてない。
甘さとやわさを思い出したりなんてしてない。
そのせいで下腹の奥の方が熱を持ったりなんて、してない。
してない。
別にしぃの事を、そんなに意識なんて、
(*゚ー゚)「あ、そうだギコくん」
ずっ、がたん、がたがた。
(゚ー゚*;)「え、ギコくん? どしたの?」
(,,゚Д゚)「…………何でもない」
(*゚ー゚)?
- 123 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:42:44 ID:JRQfA62o0
結局彼女の方から振った話題で、他愛のない談笑をして、ギコの緊張も徐々にほぐれた。
そうしていると教師がプリントを持ってやってきて、時計を見ながら勉強をさせる。
数学のプリントが三枚。
滞りつつもどうにか答案を埋めた。
朝から昼まで、休憩を挟みながらも黙々と強いられる勉強は、苦痛ではあった。
しかし斜め前の少女がたまにこちらをちらりと見て、ひそひそ暑いねーなんて声をかけるから。
何だか、案外、補習も悪くはないな、と思ったり、しなかったり。
それよりも、気になるのは彼女の背中だ。
うっすら暗い教室だから、はっきりとは見えない。
しかし彼女の背中。
ブラウス越しに、下着の線が見えているような気がして。
いや見えていたとしても見るべきではない、考えるべきでもない。
わかってる、わかってはいるのだが、視線が思わず彼女の背中に吸い寄せられる。
後で、明るい場所で見ればはっきりわかるだろうか。
- 124 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:43:21 ID:JRQfA62o0
ざあざあ。
ばしゃばしゃ。
(*゚ー゚)「あー……」
(,,゚Д゚)「あぁー……」
補習が終わり、さあ帰ろうと言う頃には、外はどしゃ降りだった。
(*゚ー゚)「傘は持ってないなー……」
(,,゚Д゚)「俺も無いわ……」
(*゚ー゚)「んー……しょうがない」
(,,゚Д゚)「え」
(*゚ー゚)「走ろっか!」
(,,゚Д゚)「待ておい、待て、しぃ待て」
(*゚ー゚)「先行くよー!」
(;,゚Д゚)「待ーてーってー!!」
- 125 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:44:44 ID:JRQfA62o0
鞄を頭の上に掲げて、雨の中に向かって飛び出す彼女。
それを追いかけて、まず駐輪場で自転車を回収するギコ。
自転車を押しながら、彼女の隣を走る。
何をバカな事をしてるんだと罵ったが、彼女はきゃーきゃーと楽しそうに笑うだけ。
ばちゃばちゃ。
水溜まりを蹴散らして、二人が駆ける。
バカかお前は。
頭から雨水を浴びながら、雨音に消えない声で罵る。
あはは、つめたーい。
その状況を楽しんでいるのか、嬉しそうに笑って走る。
二人の並走は、イトウヤと言う小さな店の軒先まで続いた。
(*゚ー゚)「はー、冷たかった」
(,,゚Д゚)「バカだろお前、バカだよバカ」
(*゚ -゚)「えー、だって傘無くって」
(;,゚Д゚)「学校に貸し傘あるだろ!?」
- 126 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:45:31 ID:JRQfA62o0
(*゚ -゚)「あー…………あぁー」
(,,゚Д゚)「バカだよお前……」
(*゚ -゚)(そっか……相合い傘があったか……)
(,,゚Д゚)「おいバカ」
(*゚ -゚)「それやめてよぉ」
(,,゚Д゚)「ほら使え、汗臭いけど」
(*゚ー゚)「わぷ、タオル? 貸してくれるの?」
(,,゚Д゚)「一応使ってないけど、体操着と一緒だったから汗臭いぞ」
(*゚ -゚)クンクン
(;,゚Д゚)「わざわざ嗅ぐなよ!!」
(*^ヮ^)「……えへへ、ギコくんありがと」
(,,゚Д゚)「…………」
(*^ー^)「やっぱりギコくんは優しいよね」
(,,゚Д゚)「バカ言ってんなブス」
(*゚ -゚)「う、ひどいー」
- 127 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:45:57 ID:JRQfA62o0
軒先に停めた、雨に打たれる自転車。
二人並んでの雨宿り。
ある程度濡れた彼女と、全身ずぶ濡れのギコ。
頬を流れる雨水を、湿ったハンカチで拭う。
その隣では、水を吸ったシャツの裾を絞る。
肌に張り付く服の不快感と、半端に冷やされる体温。
生暖かさを感じると、夏場の雨とは不愉快でしかない。
ぽたぽた、短い前髪を上げて水を落とす。
ちらりと、傍らに立つ少女に目をやった。
(,,゚Д゚)(あ)
濡れた白いブラウスが肌に張り付き、健康的な肌色が透けて見える。
すんなりとした体のラインを浮き彫りにしながら、スカートの水を絞る手。
向けられた背中には、はっきりと細い下着の線が見えていて。
- 128 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:46:30 ID:JRQfA62o0
ばっ、と顔を反対方向へ背けて、肩にかけていた鞄に何か無いかと漁る。
元から物なんてほとんど入っていなかった鞄から出てきたのは、出し忘れた未使用のタオル。
確か間違えて二枚持ってきて、一枚を使い洗濯に出したはず。
汚れていないからと放置されていたタオルを掴み、彼女の横顔に押し付けた。
一瞬驚いた顔をした彼女は、すぐに微笑んでそれを抱き締める。
何がそんなに楽しいんだ。
ころころと良く笑う可愛らしい顔から目をそらして、溜め息をついた。
(,,゚Д゚)(…………白だったな……)
(,,゚Д゚)(…………)
(,,゚Д゚)(いや、ちょっと色ついてたか……)
('、`*川「あれ、何してんのあんた達」
(゚Д゚,;)「伊藤の姉ちゃんおっす!!!」
- 129 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:47:46 ID:JRQfA62o0
('、`*川「はいおっすおっす、あらまー通り雨かしらね」
(*゚ー゚)「えへへ、雨宿りさせていただいてます」
('、`*川「はいはいどうぞ、タオル持って来ようかね」
(*゚ー゚)「ありがとうございます!」
(,,゚Д゚)「あ、あざす」
(*゚ -゚)「ちゃんと言わなきゃダメだよー」
(,,゚Д゚)「うっせーな……」
('、`*川(いちゃいちゃしやがって)
店番の女子大生が大きなバスタオルを二枚持ってきて、二人の頭に被せながら空を見上げる。
雨足は弱まり、空が明るくなってきている。
通り雨だったらしい突然の悪天候は、気が済んだのか、風に押し流される様に姿を消して行った。
- 130 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:48:07 ID:JRQfA62o0
('、`*川「通り雨だわねー」
(,,゚Д゚)「そっすね」
('、`*川「もーちょいで完全に上がるでしょ、それまで雨宿りしてきなー」
店の中に戻って行く女子大生は、手をひらひら振りながら笑う。
このやる気の無い店番も、もうどれだけ見てきただろう。
初めて見た時は、まだしぃと同じ制服を来ていた筈だ。
今ではすっかり大人に近付き、店番姿も堂に入っている。
そんな彼女が散々見てきた少年少女の後ろ姿も、いつの間にか随分と大きくなった。
とは言え、まだまだ子供だ。
('、`*川(ったくもー、ニラニラさせてくれんだから)
はーやれやれ。
夏の暑さと別の何かに、頭をくらくらやられてしまえ。
- 131 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:49:04 ID:JRQfA62o0
二枚のタオルである程度水気を落としたしぃが、そっと店の中にあるフリーザーに手を入れる。
たっぷりの水と、氷に満たされたその大きな箱、冷やされているのは細い缶ジュース。
細い手を中に入れれば、指先がちぎれそうなくらいに痛く冷たい。
からから、氷と缶ジュースがぶつかり合う。
冷たく暗いその中から、赤い缶を一本、オレンジの缶を一本。
その二本と引き換えに、店番に差し出す百円玉。
代金を受け取る店番は、口の前で人差し指を立てるしぃと、間抜けなギコの後ろ姿を見比べる。
意図を察したのか、はいはい、と黙ったままで苦笑しながら、手を振って戻らせた。
にんまり、左手に持った赤い缶を前へ差し出しながら戻るしぃ。
その缶を後ろから、ギコの頬へ。
(*゚ー゚)「はいギコくん!」
(;,゚Д゚)「つべっつあぁあ!?」
(*^ヮ^)「あははっ、タオルのお礼!」
(;,゚Д゚)「ビビらせんなや……ありがとな」
- 132 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:50:20 ID:JRQfA62o0
(*゚ー゚)「ギコくんコーラ好きだよね?」
(,,゚Д゚)「んー」
(*゚ー゚)「男の子って何で炭酸好きなんだろ」
(,,゚Д゚)「モラあいつ炭酸飲むとむせるぞ」
(*゚ー゚)「炭酸苦手なんだ……」
(,,゚Д゚)「あいつガキだからな……」
(*゚ー゚)「一番頭良いのに?」
(,,゚Д゚)「一番ガキだぞあいつ」
(*゚ー゚)「ギコくんのが子供っぽいと思ってた」
(,,゚Д゚)「お前が言うなや」
(*゚ -゚)「私はちゃんと大人っぽくなってるもん」
(,,゚Д゚)「どーこが、チビ」
(*゚ -゚)「ギコくんが大きくなっただけー」
- 133 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:50:54 ID:JRQfA62o0
(,,゚Д゚)「チビ」
(*゚ -゚)「チビじゃないー」
(,,゚Д゚)「ブース」
(*゚ -゚)「むー……」
(,,゚Д゚)「ガキ」
(*゚ -゚)「ギコくんのウソつき」
(,,゚Д゚)「あ?」
(*゚ -゚)「昔可愛いって言ってくれたのに」
(;,゚Д゚)「な、ぇ、ば、バッカじゃねーの!? バッカじゃねーの!? 嘘に決まってっし!?」
(*゚ -゚)「結局ウソつきー」
(;,゚Д゚)「バーカ! バーカバーカ! ブス!!」
(*゚ -゚)「うーそーつーきー」
(;,゚Д゚)(こいつ泣かなくなったな)
- 134 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:51:21 ID:JRQfA62o0
どんなに子供のように罵っても、彼女はすべてを撫でるように受け止める。
いつの間にそんなに強くなったのかと、横目で見ながら缶のプルタブを上げた。
同じようにオレンジの缶を開ける指先。
白いブラウスから伸びる細い腕。
頬に張り付く湿った髪。
ちらりと背中を覗き込んでも、あの白っぽいラインは見えなかった。
安心したような、悔しいような。
弱まる雨足、水色に染まる世界。
何だか雨に沈む景色は、透明感が増す気がする。
濡れる緑も、トタンの屋根も、湿っぽく透き通り、水滴を落とす。
それでも全身にまとわりつく暑さは、あまり変わらない。
湿気が足された事で、余計に不快にすら感じる。
けれど夏の雨は、どうにも綺麗に見えていた。
- 135 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:51:48 ID:JRQfA62o0
下らない事を話しながら、雨が上がるのを待った。
軒先のベンチに並んで座ると、三年前のあの日のようだと胸が騒ぐ。
あの時は馬鹿な事を言って別れたが、今はもう、同じような事にはならないだろう。
何だかんだで、彼女は言葉の向こうの本音をみんな知ってしまっている。
どんなにブスだバカだと罵っても、全部真意が透けている。
こんなにやりにくい事があるだろうか。
しかし素直になるのは、少々難しい。
14歳と言う年齢に、素直さを求めるのは酷だった。
だから、適当な理由をつけてからでないと、何も言えないし、出来なくて。
(,,゚Д゚)「お前、足遅いだろ」
(*゚ -゚)「早くはないけど……」
(,,゚Д゚)「だからチャリ、後ろ乗れよ」
(*゚ -゚)!
ほんの小さな事でも、理由がなければ言い出せない。
- 136 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:52:22 ID:JRQfA62o0
(,,゚Д゚)「後ろ拭いたから」
(*゚ー゚)「ほんとはダメなんだよ?」
(,,゚Д゚)「知ってる」
(*゚ー゚)「伊藤のお姉ちゃん、内緒にしてね」
('、`*川「へいへい」
(,,゚Д゚)「乗ったかー」
(*゚ー゚)「うん」
(,,゚Д゚)「行くぞー」
(*゚ー゚)「はーい」
からから、からから。
きこきこ、きこきこ。
二人分の重さを乗せて、自転車は軋みながら進む。
雨上がりの空気は水っぽくて、外から内から、身体中に水気が染み込むよう。
少しだけ気温は下がったが、それでも夏の暑さはそれに負けじと肌を刺す。
- 137 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:52:48 ID:JRQfA62o0
結局蒸し暑くなっただけで、シャツは汗と雨水で湿気て肌に張り付く。
じっとりとした不快感は全身を包む。
じわじわとにじむような汗は、からっと暑い時に流れる汗よりも不愉快だ。
からから、きこきこ。
風は多少あるが、涼しいとは思えない。妙に暑っ苦しい。
じわじわ、じりじり、汗がにじんで頬を伝う。
その暑さの理由の半分ほどは、恐らく自分の腹に回された細い腕。
ぴったりと寄り添うようにもたれ掛かる身体と、回された腕。
後ろに座る彼女の体温を背中でめいっぱい感じながら、自転車を漕ぐ。
互いの心臓の音が聞こえそうで、お互いが意識をそこからそむけようと風景だけを見ていた。
まだ日は高い。
空は青く、日差しは暑く、空気は緑。
ざわざわと風に揺れる稲の横をすり抜け、田んぼから飛び出すカエルを避けながら。
真夏の空気を裂くように、ペダルを踏む足に力を込めた。
- 138 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:53:36 ID:JRQfA62o0
(,,゚Д゚)「たでーまー……」
鞄を引きずるように帰宅したギコは、暑さやら熱さやらに、真っ赤になっていて。
一人置いて行くのもなんだし、かと言って自転車を押し続けるのも嫌だし。
一緒には帰りたいし。
だからと提案した二人乗りは、彼女がやけにしっかり抱き付いてくるものだから、
もう息をするのも忘れそうなくらいに緊張してしまって、彼女の家につく頃にはふらふらで。
お茶でも飲んでいく?
なんて誘われはしたが、そんな余裕がある筈もなく。
悪態をつく体力も残ってなくて、普通に断って帰って来てしまった。
濡れた制服を洗濯機に投げ込んで、シャワーを浴びて部屋着に着替える。
後ろから母親から小言が飛んできたが、耳を貸す根性は無い。
- 139 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:54:19 ID:JRQfA62o0
そんなことより、今日は色々ありすぎた。
暑くて暗い教室。
彼女の背中の線。
どしゃ降りの雨。
濡れて透ける肌。
腹に回される腕。
背中で感じる熱。
色々ありすぎて、膝を抱えて蹲りたい時もあった。
青少年には少し、刺激が強かったのだ。
今日見たもの、感じたものは、夜に眠らせてくれるのだろうか。
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)「はー……」
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)(やわかった……)
寝かせてくれそうにない。
- 140 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:55:00 ID:JRQfA62o0
暑い自室に戻り、ベッドに身を投げる。
すると、ぺろん、と間の抜けた音が枕元から響いた。
充電器を差したままだった携帯電話を覗くと、一日分の通知が溜まっている。
メールだかチャットだかの、グループ会話の中身が増えていた。
(,,゚Д゚)(あー……モラと長岡か……)
(,,゚Д゚)(遊びいけなかったもんなー……また謝っとかんと……)
(,,゚Д゚)(あぁー、数学も教えてもらわんと……)
──────────
( ・∀・):おーい、補習どうだー
_
( ゚∀゚):どうだー
( ・∀・):携帯忘れてったかな
_
( ゚∀゚):だせー
──────────
(,,゚Д゚)(うっせーよ)
- 141 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:55:50 ID:JRQfA62o0
──────────
(,,゚Д゚):ただいま
( ・∀・):おかえり
_
( ゚∀゚):お風呂にする?ご飯にする?
(,,゚Д゚):風呂もう入った
_
( ゚∀゚):フケツ
( ・∀・):むしろ清潔だろ
( ・∀・):補習どうだった?
(,,゚Д゚):暑かった
( ・∀・):ちゃんと分かったか?
(,,゚Д゚):そこそこ
_
( ゚∀゚):うんこ
( ・∀・):今度うち来いよな、勉強教えるし
(,,゚Д゚):うん、数学とか教えてほしい
- 142 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:56:46 ID:JRQfA62o0
( ・∀・):さっき雨だったろ、大丈夫だった?
( ・∀・):くそ暑かったけど水分とった?
( ・∀・):ギッコすぐ無茶するから
(,,゚Д゚):嫁かお前は
_
( ゚∀゚):あー嫁っつーとさ
( ・∀・):嫌な予感がするから長岡は黙ろう
_
( ゚∀゚):ギッコの嫁も補習だろ
(,,゚Д゚):しぃなら居たけど
_
( ゚∀゚):赤点はギッコだけで
_
( ゚∀゚):二年は二人だけみたいな補習
(,,゚Д゚):二人だったわ
_
( ゚∀゚):なんで補習うけてんだろなギッコの嫁
(,,゚Д゚):さぁ
- 144 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:57:16 ID:JRQfA62o0
- _
( ゚∀゚):あれじゃん、ギッコ二人きりじゃん
_
( ゚∀゚):ガンバれよ
(,,゚Д゚):は
_
( ゚∀゚):色々出来んじゃん
_
( ゚∀゚):ちゅーとか
[長岡がグループ会話から外されました]
( ・∀・):俺はなんもきいとらんし見とらん
(,,゚Д゚):おう
( ・∀・):ギッコそろそろ晩飯やろ食ってこい
(,,゚Д゚):うん
──────────
長岡はいつか殺す。
- 146 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:58:05 ID:JRQfA62o0
結局その日はなかなか眠れず、ゴミを増やしながら悶々とした夜を過ごした。
それからと言うものの。
友人の余計な茶々が頭の中にずっと引っ掛かっていた。
朝起きて、制服に着替えて、学校に行き、彼女と勉強をする。
そんな日々の中でも、ずっと二人きりだのと言った言葉が頭にこびりついてしまった。
暑い中、二人で交わす言葉は他愛のないものばかり。
けれどその下らない一つ一つの言葉すら、妙に意識してしまうような。
胸の辺りがもやもやと熱く、ちくちくと痛む。
察しはついているが、認めたくはない、まだ認めたくない。
この胸焼けのようなもやもやも、とげの刺さったようなちくちくも。
たったの一言で片付くものだと分かってる、分かってるが、しかしまだ。
まだ、素直にはなれそうもないから、頭をかきむしって机に突っ伏するのだ。
ああくそ全く。
三年前の方が、まだ素直になれたじゃないか。
たったの二文字をすんなり認められない。
- 147 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 22:59:13 ID:JRQfA62o0
彼女の所作はなかなか綺麗で、育ちの良さがうかがえる。
優等生で、女の子らしく、を絵に描いたような存在だ。
と、思っているのはギコや男子のみで。
実際は年相応であり、はしたない真似もよくする。
しかし思い込むとそれらは気付かないもので。
ギコの中の彼女とは、未だに可愛らしい大人しいお嬢ちゃんのまま。
何も知らない、弱くて脆くて、危なっかしくて、誰よりも可愛らしいお姫様。
そうではないと頭のどこかでは気付いているのに、心がまだついてはこない。
だから汚してはいけなくて。
二度と傷付けてはいけなくて。
大事に大事に扱わなければいけなくて。
それに相反する欲求を、どうにか殴り付けてねじ伏せて。
部屋のゴミ箱には自己嫌悪に満ちたゴミが増えてゆく。
- 148 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:00:26 ID:JRQfA62o0
木曜のその日は、朝からうだるような暑さだった。
朝一番でも自転車は熱く、日差しを照り返す地面は陽炎に揺らぐ。
みんみんじゃわじゃわ、みんみんじゃわじゃわ。
蝉の声は、いつもよりうるさい気すらして。
記録的猛暑と言われるその日は、頭の中がぼやけて濁りそうなくらいの熱に包まれていた。
(;*゚ー゚)「あっつーい……」
(;,゚Д゚)「あ゙ぁー……」
(;*゚ー゚)「窓開けちゃだめなのかなー……」
(;,゚Д゚)「カーテンすげーことになるから嫌がるんだよなあのオッサン……」
(;*゚ー゚)「先生をオッサンって言っちゃだめー……うぅーあづいー……」
カーテンがぴっちり閉じられた教室内は、やはりどこか薄暗い。
光熱費の削減だのと電気をつけない教師だが、黒板の上で回る扇機は許容するらしい。
- 149 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:01:54 ID:JRQfA62o0
昼も過ぎれば、教室は更に薄暗さを増す。
見えないわけではないが、まとわりつく様な暗さ。
ねっとりと全身を覆うような、体内に似た明るい暗さ。
それに教室にこもる蒸した熱気が合わさって、どうにも息苦しさを感じる。
机で仕事をしていた教師当人は暑さに限界を感じたのか、それとめ他用なのか、
水分をしっかりとれとだけ言い、扇風機を強にしと教室を出ていってしまった。
熱のこもった空気をかき混ぜる扇風機のぬるい風。
ペンを持つ手からにじむ汗が、プリントに皺を作る。
かりかり、固い机にのせた紙、そこをすべるペン先の音。
あ、いま、二人きりか。
ふと頭に浮かんだ言葉に、ギコの頬を流れる汗の量が増えた。
- 150 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:03:30 ID:JRQfA62o0
どちらも言葉を発することはなく、ただ黙々と渡されたプリントに答えを書き込む。
それが合っているのか間違っているのか、それもわからなくなってきた。
暑さにくらくらと揺れる頭の中。
思わず鞄から取り出した水筒。
蓋を開けて、一気に口から喉へ、喉から腹へ、頭に響くような冷たい麦茶が流れ落ちる。
ぶは、と大きく息をしながら汗を拭う。
少し和らいだ暑さに水筒を仕舞うと、前方からくすくすとかすかな笑い声が聞こえた。
かちこち。
時計の針が進むが教師は戻らない。
かりかり。
ペンの先が撫でる紙も、もう終わりが間近。
ぽたぽた。
プリントに落ちる汗が、暗く丸い染みを作る。
ふわ、と、カーテンが揺れた。
- 151 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:05:27 ID:JRQfA62o0
(;,゚Д゚)「え?」
(*゚ー゚)「ギコくん、終わった?」
(;,゚Д゚)「あ、ぇ、おあ、ま、まだ」
(*゚ー゚)「あー、ここ間違ってる」
(,,゚Д゚)「うっせ、気付くな」
ふと顔をあげると、近くにあった彼女の姿。
自分の分が終わったらしく、ギコのプリントを覗きながらくすくす笑っている。
そんな彼女が窓の方を見て、きょとんと目を丸くした。
(;*゚ー゚)「あ、うそ」
(;,゚Д゚)「あー?」
(;*゚ー゚)「窓開けようと思ったら開いてた……」
(;,゚Д゚)「無風だったのかよ……」
(;*゚ー゚)「えー……あついよー……」
- 152 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:07:12 ID:JRQfA62o0
もー風来ないかなー。
唇を尖らせながら、手の甲で汗を拭う彼女は、
とことこと自分の席まで戻り、二本のスポーツドリンクを持って戻ってきて、一本をギコに渡す。
窓際、カーテンの隙間から差し込む光はやけに眩しい。
そんな光を浴びながら、眩しそうにスポーツドリンクの蓋を開ける。
元は冷たかったそれもすっかり温くなり、たペットボトルの表面はびっしょり。
水滴だらけのそれを持ち、手を濡らしながら飲み口に唇を押し当てる。
ごくごくと、喉を動かしながら飲み下す。
額から頬へ、頬から顎へ、顎から首へと流れる汗。
汗をかいたペットボトルと、濡れた手、滴る水、火照る彼女の顔。
ぷは、とペットボトルから口を離せば、唾液が繋がり、切れて。
薄暗い教室。
きらきら、真夏の光を反射させるしずく。
むせかえる様な暑さ。
汗で頬や身体に張り付く、髪と服。
赤くなった彼女の顔。
あの夜の熱が、不意によみがえる。
- 153 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:09:16 ID:JRQfA62o0
ふと、友人の言葉が頭によぎった。
二人きりだの、頑張れだの。
下らない言葉が、揺らいでいた理性を、蹴り落とした。
気が付くと、席を立ち、手を伸ばしていて。
驚いた顔の彼女の細い手首を掴んで、近くの机に彼女を押し付けた。
ごとん。ちゃぽちゃぽ。
床に落ちたペットボトルから、中身が溢れ出す。
上半身を机に寝かせた姿になって、驚いたような、戸惑ったような顔。
そこに覆い被さる影に、赤い顔を更に真っ赤にしていた。
恐らく、いや間違いなく、覆い被さる方も、真っ赤になっているのだろう。
ぽたぽたと落ちる汗は、止まりそうにない。
- 154 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:10:10 ID:JRQfA62o0
「ギコくん、待って、」
「しぃ」
「待って、待ってよ」
「しぃ、俺、俺さ」
「やだ、や、やだよやめて、ギコくん」
乱暴にめくりあげられたブラウスに、日焼けしていない白い肌がさらされる。
まだ小振りな胸を覆う、淡い色の下着。
仰向けになった胸は重力に従い、下着の中でやわらかく歪んでいた。
その胸に唇を寄せると、彼女はか細く声をあげる。
汗の流れる首に、噛みつくように吸い付けば、きゃあとかすかな悲鳴。
手首を押さえつけていた手が彼女を解放して、平らな腹に触れた。
その手がゆっくり上がってきたところで、
どん、と身体を突き飛ばされた。
- 155 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:12:06 ID:JRQfA62o0
目尻に涙を浮かべる彼女が、肩で息をしながらギコを見上げる。
そしてブラウスを正しながら、
(*゚ -゚)「…………ギコくんのバカ」
自分の荷物を掴むと、教室から飛び出して行った。
しぃの背中を追う事も出来ず、ギコはただその場に崩れ落ちた。
倒された椅子を抱えるように、ばくばくとうるさい自分の胸をシャツごと掴む。
あ、どうしよう。
何してんの俺。
どうしよう。
何て事を。
最低だ。
蝉の声は遠く、聞こえるのはやたらに早い心臓の音だけ。
背筋がいやと言うほど冷えているのに、顔は火が出そうなほどに火照っていた。
- 156 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:13:07 ID:JRQfA62o0
大事に大事に扱わなければいけないのに。
何て事をしてしまったんだろう。
うつむいて、両手で頭をがしがしとかきむしる。
見開いた目と、真っ赤な顔と、冷たい頭と背筋。
床に広がるスポーツドリンクと、ちぎれて落ちたボタンが自分のしでかした事を語っていた。
泣かせてしまった。
また泣かせてしまった。
ほんとには傷付けないようにしてたのに。
あんな風にするつもりじゃなかったのに。
何て事をしたんだよ。
何てバカなんだよ。
ああもう自分が嫌になる。
謝らないと、ちゃんと謝らないと。
いや待てよ、謝る資格はあるのか?
あんな事をして、目を見る資格すら無いんじゃないか?
ああ、どうしよう。
- 157 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:14:33 ID:JRQfA62o0
ふらふらと、掃除をして、片付けて、徐々に血の気の失せてゆく顔。
二人分のプリントを掴み、力のない足取りで職員室まで届けに行った。
教師はその姿に困惑して、保健室に寄れと言ったがそれどころではなかった。
とにかく彼女に謝る方法を探したかった。
もう素直になれないとか、反抗期とか、そんなものは吹き飛んでいた。
そんなもの、自分がやらかした内容に比べれば下らないことだ。
それよりも、そんな事よりも、どうしよう、どうしよう、どうすれば。
自分の理性が簡単に崩壊しやがったせいで、とんでもないことになってしまった。
ああもうどうしよう、泣かせた、ああ、また泣かせた、もう。
ほんとうに、
(,, Д )(しにたい……)
俺は、どれだけあいつが好きなんだ。
- 158 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:15:17 ID:JRQfA62o0
結局、何をどうするかと言う答えは見つかる筈もなく。
翌日学校で彼女と二人になったが、お互いに顔も合わせず、声もかけない。
ただ彼女の背中が、透けて見えていたものが、キャミソールに変わっていただけだった。
謝りたくても謝れない。
話しかけたい、顔を見たい。
それも許されない気がして、ただ黙って机に向かった。
補習期間は一週間。
最終日と言うのは、想像していたよりも容易く訪れる。
結局あれから一言も交わさないまま迎えてしまった最終日。
夏休みが終わるまで、もう顔を合わせる事も無くなってしまいかねない。
想像すると、腹が痛くなる。
- 159 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:16:16 ID:JRQfA62o0
謝らなきゃ。
バカなことしてごめんって。
謝らなきゃ。
二度とあんな事しないって。
謝らなきゃ。
謝らなきゃ。
ちゃんと言わなきゃ。
好きな子に、これ以上嫌われたくない。
これ以上無いほどに、嫌われているのだろうけど。
だってあんな事されたら、誰だって嫌いになるだろう。
久々に話せて嬉しかったのに、楽しかったのに。
気恥ずかしくて、素直になれなくて、バカだのなんだの言って。
ああよくアレで嫌われなかったな。
いや嫌われてたのかな。
でもしぃはそう言う奴じゃない。
恥ずかしくて、嬉しくて、楽しくて、暑くて、苦しくて。
この気持ちはずっと身を潜めていたのに、再確認してしまって。
ああもうとにかく、とにかくだ。
自分の背中を蹴っ飛ばして、自分の勇気を蹴っ飛ばして、いわなけりゃ絶対後悔する。
- 160 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:17:03 ID:JRQfA62o0
絶対、後悔するから。
(,,゚Д゚)「しぃ!」
(*゚ -゚)「!」
だから、帰ろうとする彼女を追いかけて校庭まで走って。
(,,゚Д゚)「ごめん!!」
(*゚ -゚)「ギコくん……」
(;,゚Д゚)「ほんとにごめん!! あの、あんな事、するつもりじゃ無くて!!」
無様なくらいに深々と頭を下げて、目一杯に謝った。
(;,゚Д゚)「あの、俺……ほんとあの……すみませんでした!!!」
(*゚ー゚)「……ぷっ」
そしたら、彼女は笑って。
- 161 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:17:30 ID:JRQfA62o0
とことこ。
スポーツドリンクのボトルをぶら下げて、すぐ目の前までやってくる。
思わず顔を上げると、しぃは再びにっこり笑って。
少し背伸びする爪先と、後ろ手に持たれた鞄とボトル。
柔軟剤と、シャンプーと、汗の匂い。
唇に触れていたやわらかさは、ほんの数秒で離れたけれど。
その感触は、人生二度目の感触は、もう一生忘れられない程に刻み込まれた。
「あのね」
「は、ひ」
「まだ」
「え」
「まだ、ダメだから」
「え?」
- 162 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:18:09 ID:JRQfA62o0
(*^ー^)「宿題、頑張ってね」
(,,゚Д゚)「あ、う、ん?」
(*゚ー゚)「約束だよ」
(,,゚Д゚)「うん、うん?」
(*^ー^)「また新学期にね、ギコくん!」
(,,゚Д゚)「お、う……またな……」
いや待て。
まだって何だ。
何がまだダメなんだ。
待ってくれおい。
この夏はダメなのか。
この年はダメなのか。
教えてくれよしぃ。
- 163 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:19:09 ID:JRQfA62o0
背中を向けて走っていく彼女だが、その耳は真っ赤に染まっていて。
一人残されたギコは、口を押さえながらその場にうずくまった。
(,,゚Д゚)(あー)
(,,゚Д゚)(口、スポーツドリンクの味する)
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)(俺もうスポドリ飲めない)
まだダメだと言う言葉に、いつなら良いんだと言う疑問が頭から離れない。
何だかよく分からないが、怒ってはいなかったらしい。
嫌われてもいなかったらしい。
許されたと言う安堵感。
同時に押し寄せる暑さ。
さっきまで聞こえていなかった蝉時雨が、鼓膜を揺さぶり全身を濡らす。
その蝉のうるささも、心臓の音を誤魔化してはくれない。
- 165 名無しさん[sage] 2016/06/19(日) 23:22:15 ID:JRQfA62o0
校庭の隅でうずくまったまま、全身に降り注ぐ真夏の日差しと蝉の声。
蝉はいまだに生きようと鳴き続けるし、空にはもこもこの入道雲。
夕方近くに降る雨も、この身を焼くような熱さを和らげてはくれそうにない。
夏休みはまだまだ続く。
潰されたのは一週間だけ。
海にも行くし、プールにも行く。
親と友人と共に、遊び倒さなければいけないんだ。
楽しい楽しい夏休みは、まだまだ、
(まだ、ダメだから)
ああもう全く。
まだまだ、この夏は続きやがる。
やたらに火照る口を押さえて、暑苦しい空を睨んでいた。
おわり。