- 176 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:03:13 ID:btbomhEE0
蝉の脱け殻。
ラムネのビー玉。
拾った貝殻。
きれいな石ころ。
お菓子の缶に、宝物を詰め込むように。
熱いサドル。
終わらない宿題。
凍らせた麦茶。
汗の染みた帽子。
夏のかけらを集めて、大事に仕舞う。
- 178 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:05:44 ID:btbomhEE0
この夏は二度と来ないなんて、感傷的な気分に浸るよりも。
この夏をどれだけ楽しむか。
次の夏をどれだけ楽しむか。
うんざりするくらい暑さを感じよう。
うんざりするくらい日射しを浴びて。
うんざりするくらい暑い暑いと繰り返す。
さあ、今年の夏は何をしようか。
海に行って、日焼けした肌に海水がしみるまで遊ぶか。
プールに行って、人の隙間を縫うように泳ごうか。
山に分け入り、虫を捕まえては量と大きさを競うか。
川に足を浸し、海ともプールとも違う冷たさを感じようか。
夜にはお祭りへ行こう。
喧騒と熱気に飲み込まれながら、君の手を離さないように気を付けよう。
一緒に花火を見よう。
君の手を強く握って、花が咲いたように笑う、目映い光に照らされるその横顔を眺めていよう。
夏にしか触れられないものは、やまのようにある。
- 180 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:07:16 ID:btbomhEE0
冷房の効いた室内。
窓辺に下げた風鈴と、日射しを遮るすだれ。
よく冷えた麦茶と、汗をかいたコップのしずく。
鞄には小さなパックの手持ち花火とサンダル、ビニール袋。
首からタオルをかけて、さらした脚や腕に虫除けスプレーを振った。
履き慣れた靴に足を入れて玄関を開ければ、冷えた室内に押し寄せる熱気。
さんさんと眩しい夏の日射し、みんみんじゃわじゃわとやかましい蝉の声が降り注ぐ。
暑さと眩しさとうるささを全身に浴びながら家を出て、歩き慣れた道を進む。
ぺたぺた、暑さにわいたアスファルトが靴底に張り付く。
わさわさ、フェンスに巻き付く野生化した朝顔の群れ。
ざわざわ、眩しい緑の田んぼが風に揺れていた。
- 181 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:09:04 ID:btbomhEE0
途中にある小さなトンネルは、すっぽりと日陰になっていて、僅かながら涼む事が出来る。
小さくごく短いトンネルの中に立ち入り、その場で立ち止まる。
中は暗くて涼しくて、中から見た外の世界は眩しい程に白い。
コンクリートは容赦なく日光を照り返し、揺らめきたつ陽炎が暑さを伝える。
トンネルの中と外の明暗がもたらすコントラストは、妙な異世界感すらあって。
ひやりとした空気もあって涼むには最適だが、よりいっそうに不思議な感覚に陥らせる。
目を細めて、目映い外の世界を眺める。
コンクリートの照り返しに、妙な既視感を覚えた。
過去何度もこうやって、目を細めた気がする。
首を傾げていると、小学生の男女が、笑いながらすぐ脇を駆け抜けて行った。
その背中を眺めて、少し笑って、トンネルの中から外へと踏み出した。
『銷夏のようです』
さて、今年の夏も暑いな。
- 182 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:11:06 ID:btbomhEE0
日曜日、天気の良い昼間。
水の抜かれたプール。
藻やら苔やら枯れ葉やら、ヘドロ状のゴミがたっぷり溜まったぬるぬる地獄。
その中に居るのは、水着にジャージを羽織った少年達。
デッキブラシを片手に、プールサイドの友人が水を流すのを待っていた。
六月の頭、命じられたプール掃除。
渋々参加する者。
真面目に取り組む者。
とにかく大はしゃぎする者。
各々が自由に掃除をしながら、暑くなり始めた日射しを浴びている。
木々の緑はまだ若く、柔らかさを残している。
未だ優しい暑さ、風のぬるさが、夏本番にはまだ時間がある事を物語っていた。
( ・∀・)「ギッコー、水流すぞー」
(,,゚Д゚)「おーう」
紺のジャージを羽織った二人が軽く合図をして、プール内に水を流す。
プールの底をブラシで擦るのはなかなか体力を使うらしく、額にうっすら汗を浮かべていた。
- 183 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:13:02 ID:btbomhEE0
ばしゃばしゃと跳ね返りながら汚れを押し流す水は、初夏の日射しを浴びてきらきらときらめく。
それを見ながら、ああ頭から水を浴びたい、とブラシを片手に思うばかり。
( ・∀・)「やっぱ動くとあっついなー」
(,,゚Д゚)「ジャージ脱ぐわもう……」
( ・∀・)「こっち置くから投げー」
(,,゚Д゚)「んー」
_
( ゚∀゚)「俺みたいにさっさと脱げば良かったものを」
( ・∀・)「このクソ汚いどろどろジャージがなんだって?」バシャー
_
( ゚∀゚)「あーやめてージャージに水かけないでー」
(,,゚Д゚)「アホが入ってすぐ転ぶから」
_
( ゚∀゚)「楽しくてつい」
( ・∀・)「掃除してんだよ遊んでんじゃねーんだよ」
- 184 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:15:03 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「ギッコさー」
(,,゚Д゚)「んー」ガシュガシュ
( ・∀・)「部活辞めたんだっけー」
(,,゚Д゚)「あー、春になー」ガシュガシュ
( ・∀・)「去年の夏にアレだろ、すげーの打ったんだろ、何で辞めたん」
(,,゚Д゚)「あれなーまぐれー」ガシュガシュ
( ・∀・)「あぁー……」
(,,゚Д゚)「登板も当たったのもまぐれでなー、まぁ普通に凡才だからなー」ガシュガシュ
( ・∀・)「ギッコも俺と同じだったかー」バシャー
(,,゚Д゚)「お前は秀才だろー、俺は凡才なんだよなー」ガシュガシュ
_
( ゚∀゚)「ひょーう!! 滑るー!!」ツィー
(・∀・ )
(゚Д゚,,)
( ・∀・)「アレが天才なんだよなー」バシャー
(,,゚Д゚)「悲しいことになー」ガシュガシュ
- 185 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:17:01 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「あーなんか部活やめる時にひと悶着あったってー?」
(,,゚Д゚)「あーあったあったー」
( ・∀・)「そのとき俺居なかったからさー」
(,,゚Д゚)「モラは帰宅部だしなー、えーとなー」
桜がちらほら咲き始めた頃。
自分の才能の無さ、頭の悪さ、大学受験のための勉強を始めなければいけない。
そんな理由が重なって、ギコは部活をやめる事にした。
元々、友人が「赤星かっこいいよな」と言う理由で入った野球部。
それに引きずられるように、一緒に入っただけだった。
途中で辞めようかとは思ったが、折角だからと一年の間はそこそこ真面目に勤しんだ。
元々少年野球をやった事が少しだけあったので、ある程度までは成績を伸ばした。
しかしまあ、努力も経験もまるで足りず、選手に選ばれる事は無いままで。
けれど夏場の大きな試合、ひょんな事から一度だけマウンドに立った。
結果としては母校を勝利に導いて、その瞬間だけは英雄になれた。その瞬間だけ。
- 186 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:19:01 ID:btbomhEE0
あとはもう、特に語る事もなく。
努力も、経験も、才能も。
何もかもが足りない、きわめて半端な凡才。
それに対してさしてショックは受けないし、当然だと受け入れている。
だからこそ、学年が変わる頃に、あっさり部活をやめようと決めた。
そんなギコの元に、神妙な顔をした友人が訪れる。
_
( ゚∀゚)『なぁギッコ』
(,,゚Д゚)『んー?』
_
( ゚∀゚)『部活さ、やめんの?』
(,,゚Д゚)『前も言ったろー、大学行きたいし、俺アホだからそろそろ勉強せんとなー』
_
( ゚∀゚)『……俺もやめる』
(,,゚Д゚)『んぁ? お前は俺よか評価されてんだろ?』
_
( ゚∀゚)『ギッコ居なくなるならやめる』
(,,゚Д゚)『えぇー……』
- 187 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:21:07 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)『んだよ寂しいのか? 俺が居なくても十分楽しいだろ』
_
( ゚∀゚)『俺な』
(,,゚Д゚)『ん?』
_
( ゚∀゚)『先輩とかから、すげー嫌われてるみたいでさ』
(,,゚Д゚)『…………』
_
( ゚∀゚)『部室でさ、なんか、色々言われてて』
(,,゚Д゚)『ヤな奴らだな』
_
( ゚∀゚)『先輩しかいないとこでさ、言ってて、俺聞いちゃってさ』
(,,゚Д゚)『部活ではちゃんとしとるしなぁ、態度が悪いとかは無いよな……』
_
( ゚∀゚)『なんかな、ちやほやされてるとか、生意気とか、』
(,,゚Д゚)『あー……気にすんなや、嫉妬だろ嫉妬、お前無駄に上達はえーし』
_
( ゚∀゚)『ヤな気分なんだな、これ』
(,,゚Д゚)『……おう』
_
( ゚∀゚)『だからさ、俺、やめたい』
- 188 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:23:39 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)『お前が辞めたいなら辞めっちまえ、後腐れないなら好きにしろ』
_
( ゚∀゚)『…………』
(,,゚Д゚)『後腐れすんなら、やりきってから辞めろ』
_
( ゚∀゚)『……うん』
(,,゚Д゚)『ごめんな、俺知らんかったから』
_
( っ∀゚)『ギッコ』
(,,゚Д゚)『うん?』
_
( つд∩)『ごめん、ごめんな、俺、』
(;,゚Д゚)『な、なに、お前何で謝ってんの、は? 泣いてんの?』
_,
( つд∩)『だって俺、お前とモラがどんな気持ちだったのか、やっと、』
(;,゚Д゚)『は? は??』
_,
( つд∩)『天才とか、秀才とか、言ってただろ、』
(;,゚Д゚)『い、いや誰もガチでお前のこと妬んでないから、ないから、やめろ』
- 189 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:24:11 ID:btbomhEE0
- _,
( ぅд;)『…………俺頑張るから、辞めるまで本気でやるから』
(,,゚Д゚)『あの、あー……無理すんなや? ああ言ったけど嫌なら辞めて良いからな?』
_,
( ぅд;)『うん……』
(,,゚Д゚)『えー……応援行くわ、元野球部員として、お前の親友としてな』
_,
( ぅ∀;)『うん、』
(,,゚Д゚)『だからもー……泣くなやお前……』
生まれて始めて聞く親友の泣きじゃくる声と、貸した肩の濡れる感触。
背中をばんばん叩いて、泣くな泣くなと繰り返しても、なかなか泣き止む事は無かった。
その後、ギコは宣言通りにちゃんと顧問と相談して部活を辞めた。
『後輩の陰口言うような部活無理っすわー』と
後ろ足で砂をかけるように言い放ち、目を丸くする親友を見て笑った。
そして親友はと言うと、まさかのその場で同時退部。
先日の宣言を見事に覆して、『傷ついたから辞めます!』と爽やかに言い放った。
実際に嫉妬からの陰口を繰り返していた上級生と、なにも知らない顧問は狼狽していて
後は色々と大変だったらしいが、もはやギコの知った事では無かった。
- 190 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:24:44 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「って事があってなー」
_
(;゚∀゚)「ギッコ!? ねぇギッコやめて!?」
( ・∀・)「うわ長岡ガチ泣きしたの? 見たかったんだけどそれ」
(,,゚Д゚)「鼻水まで垂らしてた、俺の肩ぐっしょぐしょになったわ」
( ・∀・)「ないわー」
_
(;゚∀゚)「あーやめて! やめて!! ごめんやめて!!!」
_,
(,,゚Д゚)「お前とモラがどんな気持ちだったか」キリッ
( ・∀・)「ファーwwwwwwwwww」
_
(;゚∀゚)「あぁー! あーっ!! いやーっ!!!」
( ・∀・)「つか何? 頑張る宣言からの即退部?」
(,,゚Д゚)「励ました俺が恥ずかしかったわー」
( ・∀・)「ないわー引くわーギッコかわいそうだわー」
_
(;゚∀゚)「ごめんて! ごめんって!! ごめんなさいて!!!」
- 191 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:25:24 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「で、天才の長岡君は部活を頑張る宣言覆しましたけど」
_
(;゚∀゚)「反省してるから許して」
(・∀・ )「あーそうだーなぁギッコーそういやこないだしぃちゃん見かけてさー」
(,,゚Д゚)「ほー」
_
( ゚∀゚)「あ、俺も見たわギッコの嫁」
( ・∀・)┌┛そ「長岡をヘドロに向かってシュウゥーッ!!!」メコォォォ
_
(;゚∀゚)「ふぎゃあああああ!!?」ベッチャーン
(,,゚Д゚)「成長しないなーあいつ……部活やめたら頭金色になっとるし……」
( ・∀・)「アレでこそ長岡だけどな……校則ガン無視するしな……」
<ヌルヌルスルゥー!! ベチャンベチャン
(・∀・ )「ばーかばーか」
(゚Д゚,,)「あーほあーほ」
- 192 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:25:59 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「んーでもよぉ、ギッコちゃんと連絡とってる?」
(,,゚Д゚)「誰と?」
( ・∀・)「しぃちゃんだよ……」
(,,゚Д゚)「取っとらん」
( ・∀・)「なーんーでーさぁ」
(,,゚Д゚)「あいつ携帯持っとらん」
( ・∀・)
(,,゚Д゚)
( ・∀・)「家とか」
(,,゚Д゚)「何をしろと」
( ・∀・)「お前なー……まだ怒ってんの?」
(,,゚Д゚)「……怒ってねぇよ」
- 193 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:26:53 ID:btbomhEE0
ぷい、と顔をそらして掃除を再開するギコに、友人はそれ以上追求できず。
ただ溜め息混じりに、俺の親友はアホしかいない、とプールの底に向かって水をまいた。
騒がしくも賑やかに、男子生徒達によるプール掃除は進められた。
プールが綺麗になる頃には、もう日は傾き。
下がってきた気温のなか、各々は制服に着替えて、濡れた水着とジャージを袋に詰め込んだ。
三人揃っての帰り道。
緩やかな坂道を並んで下る三人は、近付く梅雨の湿った空気を肌で感じていた。
しばらくは蒸す日が続く、と口々に文句を言いながら、自販機でジュースを買う。
段々の坂道の中腹にあるバス停で、徒歩組は休憩がてらに備え付けのベンチに座って談笑する。
その内容は最近暑いだの雨は嫌だの、下らない事ばかり。
赤い缶の炭酸ジュースを飲む度に、ふと浮かぶ光景がある。
もう思い出すべきではない、夏の残響。
- 194 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:27:34 ID:btbomhEE0
薄暗い教室。
汗の匂い。
滴る音。
(,,゚Д゚)(あー)
痛いくらいに動く心臓。
(,,゚Д゚)(忘れろ)
彼女の目尻に浮かぶ涙。
(,,゚Д゚)(やめろ)
触れた唇のやわさ。
(,,゚Д゚)(ああ、もう)
- 195 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:27:55 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「なーギッコー」
(,,゚Д゚)(夏になるたびに、アホくせぇ)
( ・∀・)「ギッコー?」
(,,゚Д゚)(ああくそ、忘れろあんなもん)
_
( ゚∀゚)「ギッコ応答しねーな」
( ・∀・)「たまに反応しなくなるよな」
(,,-Д-)゙(知るか、あんな奴)
( ・∀・)「目まで閉じやがった」
_
( ゚∀゚)「強制再起動するかー」
( ・∀・)「やめろよ本体にエラー残して後々に大変になるだろ」
_
( ゚∀゚)「そうなったらどうにかしよう」
( ・∀・)「なるかなー……あっ」
_
( ゚∀゚)「お」
- 196 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:28:23 ID:btbomhEE0
湿った生ぬるい空気がシャツ越しに背中を撫でる。
俯きながら瞼を下ろすと、暗さと蒸し暑さが全身を包む。
じっとしていれば、汗が流れるほどではない暑さ。
それが妙に不愉快で、初夏のこの時期は好きになれない。
暑いといろんなことを思い出す。
思い出さなくて良いことばかりがぐるぐると、執拗に自分を責め立てる。
悪いのはあいつだ。
心の狭いことを言うな。
あいつが、なにも言わないから。
何で思い通りになると思ったんだ。
だってあいつが。
「ギコくーん!」
あいつは。
- 197 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:28:47 ID:btbomhEE0
突然かけられた声に、下ろしていた瞼を持ち上げる。
そして目の前の坂を見上げると、そこには一人の女子高生。
形の良いローファー、紺のハイソックス、膝上のスカート。
白いブラウスと、胸には赤いリボン。
初夏の風に揺らされて、スカートから伸びる白くすんなりとした脚がよく見えた。
白い三角もちらりと見えたが、手すりに身を乗り出す彼女はそれに気付いていないらしい。
(*^ー^)「ギコくーん! モララーくんと、長岡くんも!」
( ・∀・)「しぃちゃん久し振りー」
_
( ゚∀゚)「どんだけぶりだっけー」
(*゚ー゚)「中学卒業以来だよー!」
オレンジになり始めた夕日に照らされる姿は、記憶の中の彼女より活発に見えた。
記憶の中の彼女は、いつまでも可愛らしくか弱いお姫様。
元気いっぱいに手を振って、大きな声で自分を呼ぶ姿とは、乖離して思えて。
- 198 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:29:14 ID:btbomhEE0
二年ぶりに見る姿。
背が少し伸びたらしい。
脚も腕も、あんなに長かっただろうか。
細いところは変わらない。
ろくに日焼けもしていない。
だがあんな風に笑ったかな。
ああそれに、あの。
あの、短くなった髪が、なんだか癪にさわる。
(,,゚Д゚)「…………帰る」
( ・∀・)「は?」
(,,゚Д゚)「じゃあな」
(;・∀・)「は、いや待て、待てよギッコ!」
- 199 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:29:55 ID:btbomhEE0
- _
( ゚∀゚)「相変わらず足はえーなギッコ」
(;・∀・)「お前のが早いだろうが! あーもー……ギッコまだ怒ってんのな……」
(*゚ -゚)「…………」
( ・∀・)「あー……ギッコ腹痛かったみたいだから! うん!」
_
( ゚∀゚)「こ!!」
(・∀・#)「やかましいわ!!」
(*゚ー゚)「……ギコくん、怒ってるんだね」
( ・∀・)「あー……んー……ギッコアホだからなぁ……」
(*゚ー゚)「んー……私が悪いんだよね……」
( ・∀・)「やー、ギッコがプリプリし過ぎなだけだと思うけどなぁ……」
とぼとぼ、と坂からぐるりと回って降りてきた彼女は、困ったように笑って。
それを見た友人は、どうにかしないとなぁ、と無駄にお節介な気持ちになって。
もう一人の友人は、ふと「エビフライが食べたい」と関係のない事を考えていた。
- 200 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:30:22 ID:btbomhEE0
一人で緩い坂道を駆け下りながら、自分の苛立ちに嫌気がさした。
なんて下らない事をいつまでも引きずってるんだ。
なんて馬鹿馬鹿しい怒り方をしているんだ。
ガキじゃあるまいし。
もう高二だってのに。
だってあいつが、相談もせず女子高に行くって決めたから。
教えられたのが、もう入学間近って時期になってからだったから。
なんか腹が立って。
なんか悲しくなって。
なんか、なんか、
申し訳なさそうに、離れた女子高の制服を着た彼女が謝ってて
勝手にしろよって、怒鳴り付けてしまったから。
もう、なんか、ずっともやもやしたままで。
- 201 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:31:19 ID:btbomhEE0
頭の都合で、自分が通うのは近場の公立校。
受験日に事故って、滑り止めに受け止められた友人と
最初から「お前らと同じとこ行く」と宣言していた友人。
何だかんだでいつものメンツが高校でも続くのだと思っていて。
彼女に聞いても、曖昧に笑うだけで。
結局彼女の選んだ高校は、電車で通う私立の女子高。
偏差値も高く、頭の良い彼女にはぴったりだった。
ぴったりだよ。
わかってるよ。
彼女が底辺から二歩上くらいの高校に通う必要はない。
ちゃんと身の丈に合った、必要な勉強が出来る高校に行くべきだ。
わかってる。
それが彼女のためになるとわかってる。
でもさ。
寂しかったんだよ。
- 202 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:31:40 ID:btbomhEE0
下らなくて、恥ずかしくて、馬鹿馬鹿しくて、情けなくて。
でも寂しくて、悔しくて、いたたまれなくて、恋しくて。
どうしてあんな事を言ったんだろう。
どうして気持ちをちゃんと伝えなかったんだろう。
どうして笑ってやれなかったんだろう。
どうして意固地になってるんだろう。
寂しそうな彼女の顔が忘れられなくて。
でも夏になるたびに胸を掻き回されるように苦しくて。
夏はあまりにも思い出が多すぎる。
彼女の唇の感触は、未だに忘れられそうにない。
身を焼くような暑さの中の、決して消えない秘め事。
締め付けられるように痛む胸と、どうしようもない、いとおしさ。
暑くなると、何もかもが自分の情けなさを責め立てるみたいで。
「夏なんか、大嫌いだ」
坂道を下りきったところで、ギコは俯きながらそう呟いた。
- 203 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:32:29 ID:btbomhEE0
矢が空気を裂くような速度で、六月は駆け抜けて行った。
湿気をはらんだ蒸し暑さは姿を隠して、訪れるのは肌を焦がさんばかりの日差し。
七月に入り浮き足立つ生徒達は、今から夏休みの予定を立てては期末試験と言う現実に脅かされた。
しかしそれも過ぎてしまえば、後は夏休みに突入するだけ。
テスト休みは夏休みの前夜祭のようなものだった。
(,,゚Д゚)「あー……っつ」
コンビニにでも出掛けようかと、財布を片手にぶらぶらと。
早々に揺らめき立つ陽炎を眺めながら、昼間からの散歩をしていた。
あれからずっと、いや、中学卒業からずっと、胸はもやもやしたままで。
後悔やら何やらで、どこにも行けず、なにも出来ずに過ごしてきた。
彼女の家は近い。
会おうと思えば会える距離だ。
だがそれが出来る程、言い訳も、口実も、用事も、思い付かない。
高二なんてものは、まだまだ子供だ。
- 204 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:33:09 ID:btbomhEE0
蝉の声はまだしない。
しかし鼓膜を震わせるあのうるささも、もうじき始まる。
緑は濃くなったが、まだ夏本番とは言えない若い色をしている。
たんぼの稲もまだまだ若く、田植えからさほど経っていない。
時おり吹くぬるい風だけが、夏の匂いを届けてくれた。
(,,゚Д゚)「あー…………あ?」
幼い頃から歩き慣れた道。
ふと通りかかったある場所に、違和感を覚えた。
雑貨屋、イトウヤ。
二年前に店主が亡くなり、店じまいとなった場所。
色褪せたもとは青かったベンチ。
あちこちが剥離して、骨組みは錆びてざらざら。
雨漏りすらしたトタンのひさし。
錆びて変色して、雨が当たるとやたらにうるさい。
閉めきられたシャッターには、閉店の張り紙が貼られていた。
雨風にさらされて無くなって、もう久しい。
- 205 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:33:52 ID:btbomhEE0
いや、閉めきられていた。
今は、開いている。
(;,゚Д゚)「い、伊藤のばーちゃん!? 生きてたの!?」
('、`*川「葬式来たでしょうがあんた」
(;,゚Д゚)
('、`*川
(;,゚Д゚)「伊藤の姉ちゃんが街から帰ってきた!?」
('、`*川「はいはい街から帰ってきましたよー」
久々に見る、馴染みの顔。
閉店した筈のここ、イトウヤの店番をよくしていた孫娘の姿。
大学を卒業して、県内の街の方で独り暮らしをしていたはず。
その元店番は、綺麗に掃除された店内で、売り物の瓶ジュースを飲んでいた。
- 207 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:35:06 ID:btbomhEE0
(;,゚Д゚)「な、何で!? やめたろ店!?」
('、`*川「私にも思うところがあったのよー」
(;,゚Д゚)「……イトウヤ、またやんの?」
('、`*川「やんの」
(;,゚Д゚)「……駅前にコンビニに出来たよ?」
('、`*川「知ってる」
(;,゚Д゚)(チャレンジャーだ……)
('、`*川「まぁ不便だって声が多かったみたいでね、ここ年寄り多いから」
(,,゚Д゚)「あー……うん、でもここ通学路だし、学校から買い食いの苦情来てたんだろ?」
('、`*川「買い食いさせる親が悪いのよ、店に責任押し付けんなっつう
つーかPTAの苦情よりも地元住人のあると便利って声が大きいんだけどね! ふはは!」
(,,゚Д゚)(あ、このイトウヤは安泰だ)
- 208 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:35:26 ID:btbomhEE0
('、`*川「さて悩める少年よ、ついでにそこのサッシ閉めて」
(,,゚Д゚)「あ、はい、うわエアコン入ってる!?」
('、`*川「私は暑いのは嫌いです、ほらなんか買え」
(,,゚Д゚)「あー……なんか夢みたいだな、イトウヤまたやるんだ……」
('、`*川「ふふーん、告知一切しなかったから誰も来ないのよね、暇」
(,,゚Д゚)「姉ちゃん……はい50円」
('、`*川「ごめんねーそれ60円になったのよー」
(,,゚Д゚)「くっ、不況め……」
('、`*川「で、だ」
(,,゚Д゚)「ん?」
('、`*川「相変わらずのクソ半端な田舎だけど、少年少女は相変わらずかな?」
(,,゚Д゚)「…………」
('、`*川「えらく沈んだ顔してたわよー」
(,,゚Д゚)「あーうー……姉ちゃんつえーなぁ……」
- 209 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:36:08 ID:btbomhEE0
('、`*川「悩みごとかい」
(,,゚Д゚)「……誰にも言わない?」
('、`*川「いーわない言わない、2ケツしてたのも言わなかったっしょ」
(,,゚Д゚)「んー……じゃあ…………しぃ、覚えてる?」
('、`*川「根込さんちの長女でしょ? 女子高行ったっつー」
(,,゚Д゚)「うん……女子高行った……」
('、`*川「そのしぃちゃんが? どした?」
(,,゚Д゚)「俺に、何も言わずに女子高行って」
('、`*川「ふむ」
(,,゚Д゚)「それが、なんか、もやもやして」
('、`*川「んー、相談されたかったの?」
(,,゚Д゚)「…………」
('、`*川「同じ学校が良かったの?」
(,,゚Д゚)「……うん」
- 210 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:36:28 ID:btbomhEE0
('、`*川「それがワガママって、自覚してる?」
(,,゚Д゚)「うん……」
('、`*川「んじゃ良いや」
カウンターに置かれた瓶ジュースを飲みながら、店主は天井を仰いで言葉を選ぶ。
それを眺めるギコは、クッションの破れた丸椅子に座ったまま缶ジュースの蓋を開ける。
カシュ、と飛沫をとばしながら暗い口を開いたそれ。
口から溢れる白い空気を見下ろしてから、口をつけた。
冷たくて、甘くて、しゅわしゅわで。
よく冷えた缶の表面を水滴が伝い、手を濡らす。
あの時のジュースも、こんな風に冷たかったっけ。
復活したアイスストッカーには、きっと二つに割れるソーダアイスも入っているのだろう。
最後に食べたのは、いったいいつの事だろう。
しゃくしゃく。
ねばるような甘さ。
冷たくなる胸の奥。
思い出すと、ふと食べたくなってしまう。
- 211 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:37:34 ID:btbomhEE0
ああ、夏の残炎。
いつまでもじりじりと、尾を引き、なごり、とどまり、消えてはくれない。
胸が苦しくなるような、身を焼くような、焦がすような、暑い、熱い、何か。
忘れてしまいたい。
忘れたくはない。
遠い日の秘め事、幼い蜜月、触れあった禁忌、身を抱くほどの熱い痛み。
全てを無かった事になんて、きっと一生出来やしない。
無かったことになんか、できっこない。
そんな悲しいことはできない。
そんなもったいないことはできない。
だってあの思い出は、決して無下にはできない大切なもの。
この懐かしい空気の中に身をおいて、ふと気付いた現実。
そんな大切なものの、消滅を、願ってしまっていた。
じゃあ。
若い店主は天井を見上げたまま、口を開く。
- 212 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:38:06 ID:btbomhEE0
「あんたは、どうしたい?」
「俺は、」
「あの子に謝ってほしい? それとも謝りたい?」
「俺、は、」
「仲直りしたい?」
「 うん」
「悪いことしたのは、どっち?」
「俺、だよ」
「じゃあ、謝んなさい」
「 はい」
「気の済むように、後悔しないように、やんなさい」
「はい」
「じゃ、もう行きなさい」
「はい」
- 213 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:38:38 ID:btbomhEE0
一人きりになった店内。
古びた壁や天井が、壁に貼られたままの古いポスターが、あの頃の姿を残している。
綺麗に掃除はしても、思い出だけは消せなくて。
朽ちてしまうまで、祖母との思い出をこの店に生かしておきたい。
ああ、全く。
今日来た客は、二人だけ。
('、`*川「二人揃って、同じこと考えちゃって」
若いって良いわねぇ。
お姉さんも、旦那見つけなきゃな。
本当にああもう全く。
新装開店のビラでも作ろうかしらね。
- 214 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:39:07 ID:btbomhEE0
イトウヤからの帰り道。
懐かしい空気の中、少しだけ決心がついた。
七つ上の若い店主が、背中をぐいと押してくれた。
(,,゚Д゚)(謝ろう)
(,,゚Д゚)(怒鳴ったこと、謝ろう)
(,,゚Д゚)(お前はお前に必要なのを選んだんだって)
(,,゚Д゚)(他のものが不要になったんじゃないって)
(,,゚Д゚)(ちゃんと、分かってるからって)
(,,゚Д゚)(あやま)
(*゚ー゚)「あ、ギコくん」
(;,゚Д゚)「ヘェアッ!!?」
- 215 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:39:39 ID:btbomhEE0
来た道を戻りながら、前だけを見て考え込んでいた。
だから途中のお地蔵さん横のベンチに座る彼女の姿に気が付かなくて。
突然彼女が声をかけてきたから、間の抜けた声を上げてしまって。
ついでに言うと右手に持っていたのみさしのジュースを落とした。
(*゚ー゚)「どうしたの? 変な声出して」
(;,゚Д゚)「お、オァァ……何でもない……」
(*゚ー゚)「イトウヤ行ったの?」
(,,゚Д゚)「あ……うん」
(*゚ー゚)「びっくりしたね」
(,,゚Д゚)「うん……」
- 217 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:40:08 ID:btbomhEE0
さんさんと降り注ぐ日差しの中。
会話はさして弾まず、先ほどの決心は突然のことにかき消えていた。
せめて、せめて心の準備がしたかった。
準備期間を設けてほしかった。
さすがにさっきな今ではちょっと無理だ。
(*゚ー゚)
(,,゚Д゚)
(*゚ー゚)「……えっと」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「あ、暑いね……」
(,,゚Д゚)「……うん」
(;*゚ー゚)
(;,゚Д゚)
- 218 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:40:28 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「あ、と……えと……」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「……あっ、野球!」
(,,゚Д゚)「え?」
(*゚ー゚)「野球部、だよね?」
(,,゚Д゚)「え、あ……ああ、まぁ……」
(*゚ー゚)「試合出てたよね、すっごいホームラン打ったの」
(,,゚Д゚)「まぁ……辞めたけど……」
(*゚ー゚)「えっ……辞めちゃったの?」
(,,゚Д゚)「うん……春に……」
(*゚ー゚)「……そっか、残念……かっこよかったのに」
(,,゚Д゚)「何言ってんだよ……つか、何で知ってんの」
(*゚ー゚)「えっとね、友達の彼氏が出てるからね、一緒に応援に行ってたんだ」
(,,゚Д゚)「……ふーん」
- 219 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:40:51 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「そしたらね、相手のチームに急にギコくんが出てきたんだよ」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「すごくびっくりしてね、思わずギコくんの方応援しちゃって」
(,,゚Д゚)(良いのか応援して)
(*゚ー゚)「そしたらギコくんが、すっごいの打ったんだよ、すっごかったんだよ」
(,,゚Д゚)「俺の事だから分かってるっつーに……」
(*^ー^)「あ、そっか……えへへ……あとでね、友達に怒られちゃった」
(,,゚Д゚)「……バーカ」
(*゚ -゚)「あ、ひどいー」
あれ、おかしいな。
なんか、なんだ?
普通に、話せるし、顔も見れるぞ?
- 220 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:41:55 ID:btbomhEE0
やけに嬉しそうに、楽しそうに、はしゃぎながら話す彼女の笑顔。
まるで自分だけが見ていたように、大事な何かを自慢するように話していて。
妙に、むず痒い。
しかし、友人の彼氏だろうが、見知らぬ男がしぃに応援されるのは何だか癪だ。
少しだけ、ほんの少しだけ、気分が良い。
(*゚ー゚)「あ、そうだ!」
(,,゚Д゚)「ん?」
(*゚ー゚)「携帯ね、高校入って買ったんだよ」
(,,゚Д゚)「あー……お前、持ってなかったもんな」
(*゚ー゚)「自分で買おうと思ってて……携帯って高いねぇ、一括だと大変だったよ」
(;,゚Д゚)「一括で買ったのかよ!?」
(*^ー^)「えへへ、12万頑張りました。
だからね、アドレス交換しようよ」
(,,゚Д゚)「あー……うん」
(*^ヮ^)「やったぁ!」
- 221 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:42:17 ID:btbomhEE0
今さらのように、アドレスやら、IDやらを交換する。
三年前にはもう持っていたギコと違って、彼女は慣れない手つきで白い携帯を操作していて。
あんまりまごまごしているから、代わりに操作して自分のアドレスやら番号を登録する。
よく使うアプリのインストールも、IDの登録も設定も、彼女の目の前で教えながら行った。
大きな目を丸くしながら、画面を覗き込む彼女。
すごいねぇ、ギコくんは詳しいねぇ、なんて
あの頃と同じ顔で笑うから、何だか気恥ずかしくなってしまう。
短くなった髪も、よく似合っている。
少しだけ、活発な印象にはなった。
けれどやっぱり、根っこは全然変わってない。
携帯電話を額にぺちんとぶつけて返すと、彼女は爽やかな夏の日差しみたいに笑っていた。
ありがとギコくん、今度連絡するね、なんて言うものだから。
胸がぎゅう、と熱くなった。
- 222 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:43:03 ID:btbomhEE0
容赦なく降り注ぐ日差しの中で、ベンチに座る彼女と、正面に立つギコ。
上から見下ろす彼女の頭、白い帽子が眩しくて、目を細めてしまう。
すらりと伸びた腕や脚は、太陽の熱で少し赤くなっている。
楽しそうに携帯電話を両手で持ち、ぺちぺちと操作する彼女から視線をそらした。
足元に落ちている先程落とした缶を拾って、残っていた中身を排水溝に流す。
道を挟んだ斜向かいにある自販機と、隣に置かれたゴミ箱に歩み寄って、空き缶を投げ入れた。
(,,゚Д゚)(……あっつ)
真夏よりは優しいが、昼間の日差しは肌を焼く。
じりじり、じわじわ、汗がにじむ。
尻ポケットに差し込んでいた財布を取り出して、小銭を自販機に落とし込む。
ランプのついたボタンを眺めてから、やや悩んで、二つのボタンを押した。
そして二つの缶をもって、彼女の前まで戻って行く。
相変わらず彼女はピンクのケースに入った白いそれをぎこちなく叩いてばかりで、
大体の事はそつなくこなせると思っていたのに、意外と不器用な面があると知り、少し笑ってしまう。
- 223 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:43:39 ID:btbomhEE0
(*゚ -゚)「うー……んー……? 伸ばし棒はどこ……?」ペチペチ
(,,゚Д゚)
(*゚ -゚)「小文字は……あれー……外だと画面が見づらいよー……」ペチペチ
(,,゚Д゚)「へい」ペト
(;*゚o゚)「ひぇっ!?」
携帯電話と格闘する彼女の頬に、オレンジ色のよく冷えた缶をぴたりと当てた。
びく、と跳ね上がった彼女がうっかり携帯を落としそうになりながら、ギコを見上げる。
そして冷たい何かの正体に気づくと、にっこり、また嬉しそうに笑った。
(*^ヮ^)「えへへ、ありがとギコくん」
(,,゚Д゚)「おう」
(*゚ー゚)「120円?」
(,,゚Д゚)「奢り」
(*゚ー゚)「良いの?」
(,,゚Д゚)「飲めよ」
(*^ー^)「……えへへ」
- 224 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:44:13 ID:btbomhEE0
携帯を膝に置いて、両手で冷たい缶ジュースを持っては回して、プルタブを上げずに眺める。
まるで飲むのが勿体無いと言うように、にこにこ、缶をいじるだけ。
それに対しては何も言わず、自分の分である赤い缶のプルタブを上げた。
かしゅ、と冷たい音を立てながら、先程も見た暗い口が開く。
一口飲めば、喉に炭酸の刺激と冷たい甘さ。
この薬臭いような、身体に悪そうな甘さが、なぜだか妙に美味い。
(*゚ー゚)「……ギコくんは、やっぱりコーラが好きなんだねぇ」
(,,゚Д゚)「んー」
(*゚ー゚)「男の子はコーラが好きなのかなぁ」
(,,゚Д゚)「……お前はオレンジで良いんだろ」
(*゚ー゚)「うん、好きだよ?」
(,,゚Д゚)"
(*゚ー゚)?
(,,゚Д゚)「そうかよ」
(*゚ー゚)「うん」
- 225 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:44:33 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「ね、ギコくん」
(,,゚Д゚)「んー……」
(*゚ー゚)「私がオレンジ好きなの、覚えてたんだね」
(,,゚Д゚)「…………おう」
(*^ー^)「……えへ」
(,,゚Д゚)「…………」
ああ、むず痒い。
気恥ずかしい、こそばゆい、走り出したい。
覚えているに決まってる、どれだけの時間を共有したと思ってるんだ。
覚えているに決まってる、どれだけお前の事を見てきたと思ってるんだ。
いや、しかし、どれだけの時を過ごしても、どれだけ彼女を見てきても、
未だに、その真意を探り当てて、汲み取る事なんて出来ないままだ。
彼女が語らないのではなくて、ギコにその能力が無いだけなのだが。
- 226 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:45:24 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「……なぁ」
(*゚ー゚)「ん?」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「…………」
彼女の正面に、横を向いて立ったまま、口を開いては閉じ、開いては閉じ。
言葉を手探るように、缶や足元に視線を落としてから、よく晴れた空を見上げる。
雲は少なく、やや白っぽい青。
真夏には遠い、刺すような日差し。
しかし、夏は近い。
もう、すぐそこだ。
(,,゚Д゚)「……高校、楽しいか」
(*゚ -゚)「…………うん」
(,,゚Д゚)「…………そか」
- 227 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:46:10 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「俺も、楽しい」
(*゚ー゚)「……よかった」
(,,゚Д゚)「うん……」
(*゚ー゚)「……あのね」
(,,゚Д゚)「ん」
(*゚ー゚)「友達も出来たしね、楽しいんだけどね、」
ざあ、と風が吹く。
浮き上がった彼女の帽子を、上から押さえてやる。
顔の見えない彼女が、小さく言葉を紡いだ。
「ちょっと、寂しい」
「…………俺も」
「そっ、かぁ」
ざわざわ。
風は、まだ止みそうになかった。
- 228 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:47:26 ID:btbomhEE0
みんみん、じゃわじゃわ。
みんみん、じゃわじゃわ。
じーわじーわ、つくつく。
じーわじーわ、つくつく。
時刻は昼前。
夏休みが始まって一週間ほどが過ぎた頃。
エアコンの冷気にある程度冷やされたリビングで、扇風機を回しながら机の前に座る。
机の上に広げられているのは、夏休みの宿題と汗をかいた麦茶のコップ。
右手にペンを握ったまま、左手の携帯をじっと見つめている。
画面には、二週間ほど前に彼女から届いたメッセージ。
もう終えたやり取りを何度も見ては、次のメッセージが来ないか、自分から送るべきか。
他愛のない会話をしただけで、結局まだ謝れていない。
何か俺、謝ろうとして謝れないのをしょっちゅうしてる気がする。
- 229 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:48:12 ID:btbomhEE0
『宛先はギコくんですか?』
『はい』
『わーい、送れたよ』
『良かったな』
『この文字打つのむずかしいね』
『慣れだろ』
『スナイプ入力だっけ?』
『スワイプだし入力はフリックだ』
『はずかしい』
『そうだな』
『ばか』
『お前だよ』
なんて、下らない会話だ。
そんな下らない会話が、たまらなく心地好いんだ。
二年間、もやもやしたまま、もやもやして過ごしてきた。
そんな中で、彼女が再び日常に戻ってきたみたいで。
正直、困惑する。
- 230 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:48:41 ID:btbomhEE0
イトウヤの帰りに会って、少し話した。
謝る事は出来なかったが、胸の内を互いに伝え合えた気がする。
でも、まだ気まずさが強い。
彼女から言葉を選んで話してくれると、会話は驚くほどスムーズに進む。
しかし自分からだと、そうはいかない。
コミュニケーション能力が低い自覚は無いのだが、彼女に対してだけは難しい。
自分の気持ちは、ちゃんと理解している。
俺は小さい頃から、しぃが好きなんだ。
でもほんの少しだけ、胸にしこりが残ってる。
このしこりを取り除きたい。
この気持ちを伝えたい。
あの時の約束は、まだ有効なのだろうか。
もう、この二年で無効になってしまったのだろうか。
有効なのだとしたら。
無効なのだとしたら。
ああもう、頭の中が捏ね回されるみたいだ。
- 231 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:49:03 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「はー……」
( ・∀・)「見ろ長岡、これが人を呼んでおいて宿題をしない大学進学予定の人間だ」
_
( ゚∀゚)「つまり宿題を捨てて遊べば良いんだな」
( ・∀・)「良いわけねーだろひっぱたくぞ」
_
( ゚∀゚)「モラって俺に厳しくない?」
( ・∀・)「厳しくさせる奴が悪くない?」
_
( ゚∀゚)「ギッコー何みてんだよー」
( ・∀・)「逃げるなこら」
(,,゚Д゚)「あー……しぃのメッセ……」
_
( ゚∀゚)「嫁と仲直りしたんギッコ」
( ・∀・)゙ ゴスッ
_
( ゚∀゚)「いたい! 机の下から蹴るなよ!?」
- 232 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:49:31 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「オレ オマエノ デリカシー ナイトコ キライ」
_
( ゚∀゚)「えぇ……ごめん……」
( ・∀・)「それはさておき、しぃちゃんと仲直りしたんかギッコ」
_
( ゚∀゚)(聞くのか)
(,,゚Д゚)「まだしてない……」
_
( ゚∀゚)(答えるのか)
( ・∀・)「でもアドレス交換したんだろ? メッセもやり取りしてるのに」
(,,゚Д゚)「…………なぁモラ」
( ・∀・)「うん?」
(,,゚Д゚)「俺、心狭いよな」
( ・∀・)「うん」
(,,゚Д゚)
( ・∀・)
_
( ゚∀゚)(えぐい)
- 233 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:50:01 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「ギッコしぃちゃんが女子高行って怒ってたじゃん」
(,,゚Д゚)「はい」
( ・∀・)「まぁ一言欲しかったのはわかるけどさ」
(,,゚Д゚)「はい」
( ・∀・)「二年引きずるのは女々しい」
(,,゚Д゚)「ハイ」
_
( ゚∀゚)(ひどい)
( ・∀・)「そんだけ一緒の学校行きたかったんだろ」
(,,゚Д゚)「…………うん」
( ・∀・)「しぃちゃんもそれ分かってたから言えなかったんだろうよ」
(,,゚Д゚)「…………」
( ・∀・)「言えなくさせたのも、お前のせいでもある」
(,,゚Д゚)「……はい」
_
( ゚∀゚)(きつい)
- 234 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:50:24 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「でも、もう怒ってないのな」
(,,゚Д゚)「だってさ、……しぃがうちみたいな底辺来る必要無いだろ」
( ・∀・)「 そうだな」
_
( ゚∀゚)(こらえた……本来は進学校に行きたかったモラがこらえた……)
(,,゚Д゚)「あいつには、あいつの進路があるんだし」
( ・∀・)「 そうだな」
_
( ゚∀゚)(モラ……大人だなぁ……)
(,,゚Д゚)「だからさ……何か……俺がわがまま言って怒るの、カッコ悪いなって……」
( ・∀・)「そうだな!」
_
( ゚∀゚)(ここぞとばかりに生き生きと……)
(,,゚Д゚)「だからあの、寂しいけど、怒ってない」
( ・∀・)「ふむ」
(,,゚Д゚)「つか、勝手にしろって怒鳴ったからさ、謝りたい」
( ・∀・)「ギッコ最低だよな」
_
( ゚∀゚)(鬼か)
- 235 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:51:07 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「ふーん、急に成長したじゃん」
(,,゚Д゚)「伊藤の姉ちゃんにも言われたから」
( ・∀・)「俺がどんなに言っても聞かなかったくせに」
_
( ゚∀゚)「女じゃないとダメなんだな」
(,,゚Д゚)「人聞きが悪い」
( ・∀・)「見損なったぞギッコ!」
_
( ゚∀゚)「推定Fカップがそんなに好きか!」
( ・∀・)「その観察眼は気持ち悪い」
_
( ゚∀゚)「えっ」
( ・∀・)「つかイトウヤ復活すごいよな、長続きすると良いんだけど」
(,,゚Д゚)「あの姉ちゃんならいける気がする」
_
( ゚∀゚)「おっぱいでっかいしな」
( ・∀・)「いつまでガキみたいなこと言ってんだお前は」
_
( ゚∀゚)「ダメなのか……」
- 236 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:51:55 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「モラだってガキだろ」
( ・∀・)「俺は医大目指してるエリート志望だから」
_
( ゚∀゚)「底辺高だけどな!」
( ・∀・)「俺じゃない、突っ込んできた自転車が悪い」
(,,゚Д゚)「しかも逃げたしな」
( ・∀・)「まぁ……悪いことばかりじゃないけどな」
( -∀-)゙「そりゃ進学校行きたかったけど……」
( ・∀・)゙「……前らと一緒の高校行けたから」
"(・∀・ )「勉強以外の大事なものを色々知れて」
_
( ゚∀゚)「ギッコ見て、消ゴム七段重ね」
(,,゚Д゚)「何で七つも持ってんだ」
(・∀・ )
- 237 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:52:56 ID:btbomhEE0
- _
( ゚∀゚)「モラが怒った」
(,,゚Д゚)「真面目に宿題しないからだな」
_
( ゚∀゚)「見てギッコ、ノート端のとこをこうすると動く」
(,,゚Д゚)「パラパラ漫画作るな」
_
( ゚∀゚)「モラって大人っぽいけどガキだよな」
(,,゚Д゚)「高2で蝉取りに誘ってくるお前もどうかしてるけどな」
_
( ゚∀゚)「モラめっちゃ楽しそうだったぞ」
(,,゚Д゚)「ガキだからな」
_
( ゚∀゚)「ギッコも遊んでたじゃん」
(,,゚Д゚)「ガキだからな」
_
( ゚∀゚)「なんだみんなガキか」
(,,゚Д゚)「そうなるな」
( ・∀・)「おまえらきらい」
- 238 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:53:18 ID:btbomhEE0
ああ、友人とのバカなやり取りは楽しい。
どちらも、何だかんだで自分の事を案じてくれているのは分かってる。
無駄にお節介な秀才は、呆れて怒って、それでも面倒見が良い。
バカでマイペースな天才は、何も考えずに喋って怒られるが、あれで意外に鋭い。
このバカ共と、親友で良かったな。
一人だったら、きっと煮詰まって駄目になっていた。
それは三人全員に言える事なのだが、誰も口に出しはしない。
みんながみんな、それを察しているのだから、口に出す必要は無かった。
この察しの良さが、彼女には向けられないのだが。
ふと時計を見上げると、時刻は昼食に良い時間。
宿題はさして進まなかったが、少しだけ胸のつかえが取れて、少しだけ腹が減った。
人間は案外簡単だ、胸が詰まって食欲が無くても、少しほっとしたら食欲がわいてくる。
さて、昼飯はどうしようか。
- 239 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:54:04 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「そういやうち親居ないからさ、今日泊まってけよ」
( ・∀・)「夫婦で旅行だっけ」
_
( ゚∀゚)「ギッコんちのとーちゃんかーちゃん仲良いよな」
( ・∀・)「晩飯とかは? あんの?」
(,,゚Д゚)「近所に頼んであるって、カップ麺とかで良いのにな」
_
( ゚∀゚)「ピザとか注文しようぜ」
( ・∀・)「何で親居ないとピザ食いたくなるんだろうな」
(,,゚Д゚)「カップ焼きそばとかな」
( ・∀・)「わかるわ」
_
( ゚∀゚)「お菓子食いまくったりな」
(,,゚Д゚)「コンビニチキン食いまくったりな」
( ・∀・)「わーかるわー」
- 240 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:54:45 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「んじゃ昼飯は? 何かあんの?」
(,,゚Д゚)「それも近所に頼んであるって」
_
( ゚∀゚)「羽目を外せそうにねーな!」
(,,゚Д゚)「作ってもらったら食うよなぁ……」
( ・∀・)「器洗って返すよなぁ……」
_
( ゚∀゚)(優等生かよ)
( ・∀・)「あ、じゃあそろそろ届くか取りに行くのかな」
(,,゚Д゚)「あー届くみたいだから準備しとくか」
( ・∀・)「じゃあ長岡、イトウヤまで俺らの昼飯買いに行こうか」
_
( ゚∀゚)「焼きそば食べたい」
( ・∀・)「普通のヌードルで良いかなー」
(,,゚Д゚)「行ってらー」
( ・∀・)「宿題しとけよー」
- 241 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:55:16 ID:btbomhEE0
友人二名が財布を片手に席を立ち、玄関へと向かう。
宿題をしろと言った次の瞬間には机の上を片付けていて、友人は笑いながらギコの頭をはたいた。
イトウヤまではさして距離は無い、十分やそこらで戻ってこられるだろう。
戻ってきたら昼食にして、食べ終わったら宿題を。
まあ、ろくに宿題なんてしないのだろうけど。
長岡が入るとろくに勉強にならない。
あれで成績が良いのだから腹が立つ。
ぴんぽん。
友人が玄関でサンダルに足を入れると、チャイムが鳴った。
ついでに応対をしようとドアを開けると、むわ、と熱気が涼しい屋内へと流れ込む。
そのまま押し開けて、目を焼くような日差しと照り返しに眉を寄せて。
(*゚ー゚)「あ、モララーくんだ」
( ・∀・)「あっ」
_
( ゚∀゚)「お、ギッコの嫁」
_
( ゚∀(⊂三( ・∀・)「しぃちゃん、どしたの?」メリィ
- 242 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:55:55 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「えっとね、お昼ご飯持ってきたんだよ」
( ・∀・)「あぁー」
(*゚ー゚)「二人が居るのは考えてなかったや……お昼ご飯二人分しかない……」
( ・∀・)「二人分」
(*゚ー゚)「待ってて、すぐ作り足してくるから!」
( ・∀・)「いやいやいやいやー俺らもう帰るとこだからさー長岡が昼奢ってくれるってー」
_
( ゚∀(#)「えっ? そんな話したっけ?」
( ・∀・)三⊃「だからまた明日来るわーああーっと荷物忘れてたぞー」ヅムゥ
_
(#)∀(#)「いたい」
(・∀・ )「おおーいギッコー昼飯が届いたぞー」
<おー?
(・∀・ )「あと俺ら帰るわー荷物取ってー」
,,(,,゚Д゚)「おーう?」
(*゚ー゚)ノシ「ギコくーん」
(;,゚Д゚)そ「ファアォ!?」
- 243 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:56:22 ID:btbomhEE0
( ・∀・)「じゃあなーまた明日なー」
_
( ゚∀゚)「モラー、俺まだギッコとドカポンやってないんだけどー」
( ・∀・)「宿題しろよ」
_
( ゚∀゚)「集まってやる事なんて遊びに決まってるじゃん」
(;,゚Д゚)「おい待て、待てお前ら」
(・∀・ )「明日また来るわー」
(;,゚Д゚)「状況がわからん、待て」
_
( ゚∀゚)「遊びたいのにモラが帰ろうとする」
(;,゚Д゚)「宿題しろよ」
( ・∀・)「俺は長岡が昼飯奢ってくれるって言うから二人で帰ります」
_
( ゚∀゚)「言ってない」
( ・∀・)「お前はしぃちゃんが持ってきた昼飯を食べて宿題しなさい」
(;,゚Д゚)「えぇぇぇぇ……」
(*゚ー゚)(やっぱりギコくん達と居ると楽しいなぁ)
- 244 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:57:06 ID:btbomhEE0
- _
( ゚∀゚)「モラー、俺財布に2万円しか無いんだけどー」
( ・∀・)「意外とあるじゃねーか……」
_
( ゚∀゚)「あ、食うなら四人のが楽しくない?」
( ・∀・)「長岡」
_
( ゚∀゚)「へい?」
( ・∀・)「空気読め」ドスッ
_
( ゚∀゚)「ふぐぅ」
( ・∀・)(あのな、しぃちゃんとギッコ二人にしたいの、わかる? 意味わかる?)
_
( ゚∀゚)(…………あっ)
( ・∀・)「全然鋭くないよなお前……じゃ、行くぞー」
_
( ゚∀゚)「あ、待って待って、これこれ」ゴソゴソ
( ・∀・)?
- 245 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:57:56 ID:btbomhEE0
- _
( ゚∀゚)「ギッコはいこれ! ちょっと暑さでわいてるかもしんないけどやるよ!!」
(;,゚Д゚)「お、おう? ありがとう?」
( ・∀・)「アッ」
( ・∀・)
( ・∀・)「ヨシイクゾー」
_
( ゚∀゚)「ワー」
( ・∀・)(どしたんあれ)
_
( ゚∀゚)(薬局の試供品もろた)
(;,゚Д゚)「…………アホ共ぉ……」
(*゚ー゚)「二人とも、また今度ねー」
<マタネー
<バイバーイ
(;,゚Д゚)「……何なのあいつら……」
(*゚ー゚)(たのしい)
- 246 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:58:18 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「……取り敢えず上がれよ」
(*゚ー゚)「うん、お邪魔しまーす」
(,,゚Д゚)「何渡したんだあいつ……」ガサガサ
(*゚ー゚)「ギコくーん、お台所借りるねー」
(゚Д゚,,)「お、おーう」
(,,゚Д゚)
(,,゚Д゚)(後で良いや、置いとこ……)
(*゚ー゚)「ギコくーん、これ麦茶とめんつゆどっちー?」
(゚Д゚,,)「ピンクがめんつゆー」
(*゚ー゚)「はーい」
(,,゚Д゚)「……手伝うかー」
(*゚ー゚)「大丈夫だよー、盛り付けだけだからー」
(,,゚Д゚)「んー」
- 247 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 21:58:57 ID:btbomhEE0
何やら慌ただしく家を出ていった友人と入れ違いに訪れたのは、件の彼女。
腕に下げたビニール袋と、両手で持ったガラスの器。
ビニール袋にはおかずが、ガラスの器には茹でられたそうめんが入っている。
両手が塞がった状態で、よくインターホンが押せたな。
しかしあの喧しい友人二人を眺める時も、何やら嬉しそうな顔をしていた。
(,,゚Д゚)(……友達居るんだよな……?)
彼女の人柄なら問題なく居るだろうが、少しだけ要らない心配をしてしまう。
自分よりも、ずっと人付き合いも上手いだろうに。
かちゃかちゃ。
とぽとぽ。
台所から届く音。
カウンターの向こうの背中は、懐かしくも見覚えの無い人のよう。
短くなった髪がさらさらと揺れる。
小学生の頃は、背中まで伸ばしていたのにな。
似合ってはいるが、何か心境の変化でもあったのだろうか。
後で、それとなく触れてみるか。
- 248 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:00:27 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「おまたせー」
(,,゚Д゚)「お、おう、ありがとな」
(*゚ー゚)「おそうめんとー、お茄子とー、豚の天ぷらでーす」
(,,゚Д゚)(うまそう)
(*゚ー゚)「じゃん、薬味も持参だよ」
(,,゚Д゚)「おお」
(*゚ー゚)「生姜とー大葉とー茗荷ー、おネギもあるよー」
(,,゚Д゚)「色々持ってきたな……」
(*゚ー゚)「お母さんがあれもこれもーって、置いて帰っても良い? 使う?」
(,,゚Д゚)「あー、使う使う」
(*゚ー゚)「わーい、じゃあ手を合わせて下さい」
(,,゚Д゚)「……お前も食うの?」
(*゚ー゚)「ダメ?」
(,,゚Д゚)「良いけど……」
- 249 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:01:25 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「……あれ、割り箸?」
(*゚ー゚)「うん、私のお箸は持ってこなかったから」
(゚Д゚,,),,「ちょっと待ってろ」
(*゚ー゚)?
,,(,,゚Д゚)っ「ほら」
(*゚ー゚)「…………小学生の時に使ってたお箸だぁ……」
(,,゚Д゚)「母ちゃん捨ててなかったから」
(*^ー^)「……えへへ、ちっちゃいねぇ」
(,,゚Д゚)「そりゃそうだな」
(*゚ー゚)「……いただきます!」
(,,゚Д゚)「いただきまー」
(*゚ -゚)「あー、ちゃんと言わなきゃダメなんだよー」
(,,゚Д゚)「いただきまーすー」
(*゚ー゚)「んもー」
- 250 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:02:10 ID:btbomhEE0
ずるずる、つるつる。
もぐもぐ、がつがつ。
冷たいそうめんが口の中から腹までを冷やして行く心地よさ。
合間に取る茄子や豚の天ぷらは、歯応えや味に変化を与える。
めんつゆに少しずつ落とす薬味も、また同様の効果をもたらしてくれた。
間違いなく美味い。
しかしそれよりも、向かい側で麺をすする彼女が気になる。
気になるが、気にしないように。
視線が勝手に動いてしまうが、見ないように。
ずるずる、つるつる。
互いの出す音だけが、部屋の中に響く。
食事中と言う事もあって、室内は静かなものだ。
咀嚼の音と、エアコンの音、扇風機の音、少し遠くに冷蔵庫の音。
後は外で鳴き続ける蝉の声が、壁やガラス戸越しに聞こえるくらい。
- 251 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:02:50 ID:btbomhEE0
真っ昼間だが、部屋はやや薄暗い。
まだつけていなかった電気と、ベランダのガラス戸にかけられたすだれ。
薄暗いが、息の詰まるような暑苦しい暗さではない。
どこかひんやりとした、心地のよい暗さ。
隙間から差し込む日差しは、室内との対比でやけに明るく見える。
静かで、暗くて、涼しくて。
扇風機のゆるい風が彼女の髪を、さわさわと撫でていた。
ふと、視線が合う。
ふい、と視線をそらす。
くすり、笑う声が聞こえた。
(*゚ー゚)「ねぇ、ギコくん」
(,,゚Д゚)「ん」
(*゚ー゚)「焼けてるねぇ」
(,,゚Д゚)「あー……こないだ蝉とったから」
(*゚o゚)「男の子って高校生になっても蝉とりするんだ……!」
- 252 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:03:23 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「長岡が言い出したんだよ」
(*゚ー゚)「あー、だからかぁ」
(,,゚Д゚)(長岡の評価って分かりやすいな)
(*゚ー゚)「相変わらず、三人とも仲良いねぇ」
(,,゚Д゚)「……そっちはどうだよ」
(*゚ー゚)「私? ちゃんとお友達出来たよ」
(,,゚Д゚)「ふーん……」
(*^ー^)「でもね、ギコくん達と話すのはね、やっぱり楽しい」
(,,゚Д゚)「……ふーん」
(*゚ー゚)?
(,,゚Д゚)「…………お前全然焼けてないのな」
(*゚ー゚)「赤くなるから日焼け止め塗ってるんだよー」
(,,゚Д゚)「あー……真っ赤になってたなそういや」
(*゚ー゚)「あんまり焼けないんだけどね、赤くなって痛くなるんだー」
- 254 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:04:36 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「……ごっそさん」
(*゚ー゚)「お粗末様でした」
(,,゚Д゚)
(*゚ー゚)
(,,゚Д゚)「美味かった」
(*^ヮ^)「わぁい」
(,,゚Д゚)(誘導された)
(*゚ー゚)「デザートに桃があります」
(,,゚Д゚)「よっしゃ」
(*゚ー゚)「洗い物して剥いてくるねー」
(,,゚Д゚)「あー、俺洗う」
(*゚ー゚)「良いのー?」
(,,゚Д゚)「うん」
(*^ー^)「ありがとー」
(,,゚Д゚)(かわいい)
- 255 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:05:54 ID:btbomhEE0
洗い物をする隣で、洗った桃の皮を剥く彼女。
慣れた手付きで包丁を動かす姿に、普段から料理をしている事がわかった。
ああ、良い嫁になりそうだな、なんて。
ふわ、と漂う桃の甘い匂いが、隣に立つ彼女のシャンプーの匂いと混ざって鼻腔をくすぐる。
白くすらりとした首筋が、髪の隙間から覗く小さな耳が、妙に視線を奪う。
ん? と視線に気付いた彼女が首をかしげながらこちらを見上げた。
手元に視線を動かして、何でもないと口にする。
(,,゚Д゚)「髪、切ったんだな」
(*゚ー゚) 「へん?」
(,,゚Д゚)「……最初見た時は、びっくりした」
(*゚ー゚)「えへへ、伸ばしてたんだけどね、春にね、つーちゃんに燃やされたの」
(,,゚Д゚)「えっ」
(*゚ー゚)「お墓参りに行って、お線香あげようとしてね、チャッカマンでぼって」
(,,゚Д゚)「け、怪我は?」
(*゚ー゚)「ないよー、髪のこのあたり燃えちゃったけど」
(,,゚Д゚)「お、おう……」
- 256 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:07:18 ID:btbomhEE0
(*^ー^)「ふふ、つーちゃん泣いちゃってね、大変だったの」
(,,゚Д゚)「あいつシスコンだからなぁ……」
(*゚ー゚)「よいしょ、桃剥けましたー」
(,,゚Д゚)「はい器」
(*゚ー゚)「切って盛り付けまーす」
(,,゚Д゚)「洗い物終わった」
(*゚ー゚)「あ、拭いて仕舞わないタイプ?」
(,,゚Д゚)「めんどい」
(*゚ -゚)「もー」
(,,゚Д゚)「あーはいはい、拭きます」
(*゚ー゚)「はいは一回だよー」
(,,゚Д゚)「はーいー」
(*゚ー゚)「すぐ伸ばすー」
(,,゚Д゚)「お前が言うな」
- 257 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:08:11 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「はい完成」
(,,゚Д゚)「食うか」
(*゚ -゚)「もー、途中で放り出すんだからー」
(,,゚Д゚)「桃がぬるくなるから」
(*゚ー゚)「しょうがないなぁ、食べましょう」
(,,゚Д゚)「食べます」
食後のデザートに冷たい果物と入れ直した麦茶を持って、机まで戻る。
ギコは元の座布団に座り、彼女は向かいから斜めの席に移動した。
片した宿題を隅へ押し退けるギコを、頬杖をついて眺める彼女。
味気の無いつまようじの刺さった桃に手を伸ばそうとしたら、彼女が口を開いた。
(*゚ー゚)「あ、そうだ」
(,,゚Д゚)「んー」
- 259 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:08:54 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「あのねギコくん、まだダメだよ」
(,,゚Д゚)「? 何が?」
まだ食ってはいけないのだろうか、と彼女の顔と桃を見比べる。
しかし彼女はそれを眺めながら、頬杖を崩して、少し恥ずかしそうにはにかむ。
(*゚ー゚)「責任取れる歳までね、ダメなんだよ?」
(,,゚Д゚)
(;, Д )そ
あ、ああ
(;*゚ー゚)「な、なんて、ね?」
(;, Д )「…………」
約束は、有効だった。
- 260 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:09:31 ID:btbomhEE0
突然の彼女の言葉に、思考も動作も停止してしまった。
そして意味を理解して、ぶわ、と首から上が暑くなる。
一気に溢れだした汗と、高まる体温、からからに渇いてゆく口の中。
恐らく、いや間違いなく、首から上は真っ赤になっているのだろう。
すぐそこに座る、彼女と同じくらいに。
自分の発言がどんな意味を持つのか、彼女は理解しているし。
自分が何を言われたのか、ギコも理解してしまっている。
いきなり、なんて事を、口にしたんだ。
お互いにそう思いながら、真っ赤になって変な汗を流す。
俯いて口を閉ざし、相手の顔も見れなくて。
どうするんだよ、この空気。
ああでも、でも。
無効には、なっていなかった。
あの約束は、まだ有効だったのか。
それは、互いにちゃんと伝えてはいない気持ちが、一方通行では無いと言う意味で。
- 261 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:09:52 ID:btbomhEE0
どくどく、胸が、全身が、脈動がうるさい。
この二年、もやもやしどおしだった。
一方通行なんじゃないか、このまま自然消滅するんじゃないかと、ずっと息苦しかった。
けれど彼女の言葉は、それを容易く覆してくれて。
ああ、細い手が震えている。
赤くなった額に浮かんだ汗が、前髪を濡らしている。
お前、そこまで恥ずかしいなら言うなよ。
何を変な勇気を出しているんだお前は。
ああもう、ああもう、
畜生、俺も、自分の背中を蹴っ飛ばさないと。
(;,゚Д゚)「…………あのっ!」
(;*゚ -゚)「ギコくんっ」
(;,゚Д゚)「はいっ!?」
(;*゚ -゚)「あ、お、お先に、どうぞ」
(;,゚Д゚)「あ、いえ、そちらこそ」
- 262 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:10:30 ID:btbomhEE0
(;*゚ -゚)「あの、あの、ね、私、あれ、わざとだったの」
(;,゚Д゚)「あれ?」
(;*゚ -゚)「キャミソール、あの、中2の、補習、着てなかったの」
(;,゚Д゚)「は、ぇ、はっ?」
(*゚ -゚)「……私ね、あのね、ギコくんにちゃんと、女の子だって、思われてるのか、不安でね」
バカか。
バカかこいつ。
最初からずっと、お前はお姫様なんだよ。
(*゚ -゚)「だからね、意識してほしいなって、すっごく恥ずかしくて、すっごくドキドキしたけど」
バカかよお前は。
ほんとにバカかよ。
なんでそう言うアホみたいな努力するんだよ。
なんではっきり口で言えないんだよ。
行動する方がずっと恥ずかしいだろそれ。
- 263 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:10:58 ID:btbomhEE0
(*゚ -゚)「でもね、あの、その、効果、ありすぎちゃったみたいで、ね」
ああそうだな、効果あったよ。
ありすぎてバカな事しでかしたよ。
お前のせいかよあれ。
いや俺のせいなんだけど。
(*゚ -゚)「びっくりして、こわくなって、逃げちゃった……ごめんね、私、その、ヤな子だよね」
そうだなひどい奴だよ。
そう言ってやりたいけど、口が乾いて声が出ない。
俯きながら、汗浮かべて、真っ赤になって、なんて告白しやがるんだ。
何でそんな事できたんだお前、そこまで追い詰められてたのかお前。
ああもう畜生。
自分のせいで傷付けたと自制心を殴り付けていたのに。
手のひらで踊らされてるのかと思ったらこぼれ落ちてるし。
まずこいつの手にそんなもん乗るわけないし。
- 264 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:11:52 ID:btbomhEE0
(*゚ -゚)「でっ、でもあのっ、中学生には、ね、早いと思うしね、だからね」
もういいよ、分かったから。
言いたかった事があふれだして止まらなくなってるのは分かったから。
そんな泣きそうな顔で、いっぱいいっぱいの顔で、唇を震わせて、お前は何を言ってるんだ。
(*; -゚)「あの、あのね、えっとね、高校もね、話さなきゃって思ったの、でもね、」
ああ。
ついに、ぽろ、と涙がこぼれ落ちた。
(*っ-;)「違うとこ行くって言ったら怒るかなって、こわくって……
バカだよね、言わない方が怒るよね、ごめんね」
やめてくれよ、頼むからもう。
(*っ-∩)「ごめ、ね、ごめん、なさ、……う、ぅ……ごめんなさぃ……
もう、もう、なんで……なんで、涙出るのぉ……」
俺が先に謝りたかったのに。
泣くなよ、泣かないでくれよ。
お前に泣かれるの、つらいんだって。
- 265 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:12:17 ID:btbomhEE0
「ごめんね、ごめんね、私、ごめんなさい」
そう繰り返して泣きじゃくる彼女の肩が震えていて。
何度も何度も、次々に溢れる涙を手でこすって。
私のせいなの。
私が悪いの。
ギコくんのせいじゃないの。
ギコくんは悪くないの。
私がバカな事したから。
私が恥ずかしい事したから。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ちゃんと言えばよかった。
こわくて言えなかった。
嫌われたと思ってた。
でも前みたいに接してくれた。
ちゃんと謝りたかったの。
全部ちゃんと言いたかったの。
しゃくりあげながら、胸をひきつらせて言葉を吐き出す。
その姿があんまり痛々しいから、いじらしいから、手を伸ばした。
- 266 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:12:47 ID:btbomhEE0
膝立ちになって、目を擦る手を掴んだ。
がたん、ぶつかった机と、揺れるコップの中の麦茶。
彼女は驚いた目をこちらに向けた。
そのまま顔を近付けた。
震える声をもう聞きたくなかった。
唇を塞ぐと、懐かしい感触。
長く長く感じる時間は、ほんの数秒。
ぷは、と唇を解放した。
大きく息を吸いながら、彼女の細い体に腕を回した。
腕の中に収まる身体は、思っていたより、ずっとずっと小さかった。
ああ、やっとだ。
三度目にして、やっと自分から出来た。
- 267 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:13:09 ID:btbomhEE0
「ギコ、く?」
「怒ってない」
「ぇ……」
「もう怒ってない」
「……ギコくん」
「ごめん」
「どうして、謝るの?」
「あの時、怒鳴ったから、カッコ悪い事ばっかりで」
「ギコくんは、悪くないもん」
「悪いんだよ、俺が」
「悪いの、私だよ」
「しぃ」
「な、に?」
好きです。
あ、ぁ、私も、すき、です。
- 268 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:14:21 ID:btbomhEE0
そのまま、彼女を抱きすくめたまま床に倒れ込む。
あ、と目を丸くした彼女は、間近にあるギコの顔を見上げて、必死に首を横に振った。
だめ、だめだってば。
フリじゃないの、だめなの。
そう言い含めても、どんなに抵抗しても、この二年ですっかり大きくなった腕の中からは逃れられない。
短くなった髪の隙間から覗く耳や首に唇が触れて、きゃあと小さな悲鳴が上がる。
今までの分を返すように唇を塞がれて、酸素が薄くなってゆく。
短めのスカートは、暴れるからめくれてしまっているし。
服越しにも分かる胸の膨らみは、あの時のように柔らかく歪んでいる。
首と肩の境界あたりに甘く噛みつきながら、タンクトップの中に手を入れた。
しっとりと汗ばむ肌は、やわく手のひらに吸い付くようで。
ゆっくりと手を上へと移動させ、そのままに服はめくれあがる。
大きくは無い、形の良い、やや小振りな胸。
淡い水色のドット柄、シンプルで可愛らしいそれ。
その中に、手を差し込んだ。
- 269 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:14:42 ID:btbomhEE0
きゃあ、きゃあ。
さっきよりも強い悲鳴が上がる。
拒絶の理由は八割が羞恥で二割が理性。
大きな手のひらが生まれて初めて他人の手が及ぶ場所に触れている。
ぱちん、と胸の間の留め具が外されて、白い胸があらわになった。
羞恥に胸まで赤く染めて、ばかばかとギコの胸を叩く。
もうあの頃のように、押してもびくともしてくれない。
ぎこちない愛撫は止まる気配は無く、それでも触れられた場所が熱くなるみたいで。
時おり息をつまらせながら、白い喉をさらした。
それでもどうにか必死に抵抗をしていると、傍らに落ちていた小さな紙袋が倒れた。
がさ、と開いた口から、中身がこぼれだす。
その中身を見た二人は、互いに言葉も出ないほどに、羞恥に包まれた。
- 270 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:15:22 ID:btbomhEE0
あいつは、なんて物を置いていったんだ。
どう言うつもりでこれを渡したんだ。
いや用途は限られているのだが。
三つ入りの試供品が二つ、一箱は封が切られて、一つを使った痕跡がある。
あいつ使ったのか、と思ったら、水を入れて遊んだ形跡が袋の底に残っていた。
やはりあいつはバカだった。
しかし、とギコが袋の中身を掴む。
それを止めようと彼女はもがく。
彼女に馬乗りになった状態で、膝立ちになる。
ぱりぱり、破られる袋。
ぴり、と切られる封。
小さな濃いピンクのそれが、正方形の包装から取り出されて。
かちゃかちゃ、ベルトをはずす音。
もう止める事など出来ないとわかっていても、ぺちぺち、と退かない脚を叩いていた。
ダメなんだよ、ダメなんだからね、私たちまだ子供なんだからね。
もちろん何の抵抗にもなっていないし、そんな抗議は届かない。
そして最終的に、抵抗を諦めた彼女の口から、
バカぁ、とか細く頼りない、震えた悲鳴が発せられた。
- 271 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:15:57 ID:btbomhEE0
みんみん、じゃわじゃわ
(ああ蝉の声が遠い)
きし、きし、
(板張りの床のか細い声)
がたがた、
(そばにある机が揺れる)
ぜぇ、はぁ
(どちらの胸が鳴っているのだろう)
ぽたぽた
(汗がとまらない)
とく、とく、とく、とく、
(心臓のうごきは、早くなるばかりで)
擦れる音、触れ合う音、まざりあう音
甘い、甘い
頭がしびれるほどに甘い、何か
「ダメって、言ったのに」
からん、と、溶けた麦茶の氷と
すっかりぬるくなった、甘い甘い桃の匂いが存在を主張した。
- 272 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:16:34 ID:btbomhEE0
- ────────────
じゃり、じゃり。
境内の砂利を踏む音が、そこらじゅうから聞こえる。
みんみんじゃわじゃわ。
聞き慣れたやかましい蝉の声が、全身を包む。
溢れ返る熱気、喧騒、色んな音と匂い。
まだ日の高い神社は、真夏の日差しの中、夏の祭りに賑わっていた。
はあ、と汗を拭いながら、鳥居に背中を預けて立つ。
首から下げたタオルが、じわじわと湿ってゆく。
まだかな、と空を見上げる。
嫌になるような眩しい熱が、目をくらませた。
(*゚ー゚)「ギコくーん! 遅くなってごめんねー!」
(,,゚Д゚)「おーっせーぞー」
(*゚ー゚)「女の子は準備が大変なのー」
(,,゚Д゚)「へいへい」
- 273 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:17:06 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「…………」
(,,゚Д゚)「…………」
(*゚ー゚)「…………」
(,,゚Д゚)「浴衣新しいやつだな」
(*゚ー゚)「うん!」
(,,゚Д゚)「前のが似合ってるわ」
(*゚ -゚)「えー」
淡く色づいた白地に、優しい色合いの朝顔の柄。
背中まで伸びた髪を結い上げて、小さなガラス飾りのピンで前髪を止めている。
足元は相変わらずの下駄で、今年も持参したサンダルが役に立ちそうだ。
期待していた言葉を貰えなかったのか、唇を尖らせる彼女。
その口許に、先に買っておいた、ポケットに差し込んでいた物を突き付けた。
- 274 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:17:29 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「ほら」
(*゚ー゚)「あ、りんごあめ! くれるの?」
(,,゚Д゚)「おう」
(*^ヮ^)「ありがとうギコくん、これ好きなんだー」
(,,゚Д゚)(知っとるわ)
(*゚ー゚)「じゃあ待たせたお詫びにこれを進呈です」
(,,゚Д゚)「おー、さんきゅな」
彼女が巾着風の鞄から取り出したのは、まだ冷たいスポーツドリンク。
ちょうど喉が乾いていたので、ぱき、と蓋を開けて喉を潤した。
飲みさしのスポーツドリンクは鞄に仕舞い、二人並んで歩き出す。
今日はやけに天気が良く、日が長い。
いつもならそろそろ日が傾くのに、まだ空は明るいままだ。
- 275 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:18:07 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「あーっちーなー」
(*゚ー゚)「かき氷買う?」
(,,゚Д゚)「おー、買う買う」
(*゚ー゚)「でもお祭りのかき氷って固いよねー」
(,,゚Д゚)「砕いた氷でしか無いな」
出店で買ったかき氷は、暑さを和らげるためにレモン味。
とは言え違うのは匂いだけで、どれもただの砂糖水にかわりはない。
大事なのは気分だ気分、と固い氷を崩しながら口に運ぶ。
がりがり、氷を噛み砕くと少しだけ涼しく感じた。
ああしかし、今年も暑い。
夏は好きだが、こうも暑いと嫌になる。
そう言えば夏には、様々な思い出があるな。
金魚すくいに興じる彼女の袖をつまんでやりながら、遠い日々に意識をやった。
- 276 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:18:33 ID:btbomhEE0
アイスの甘さ。
ジュースの冷たさ。
胸を締め付ける痛み。
絶望すら感じる罪悪感。
身を焦がす様な暑さ。
手に残る柔らかさ。
忘れられない唇。
汗に濡れた髪。
こぼれる涙。
夏の記憶の断片が、頭の中でぐるぐる踊る。
りんごあめ。
スポーツドリンク。
懐かしいなにか。
- 277 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:21:27 ID:btbomhEE0
(*゚ー゚)「見てギコくん、出目が三匹もとれたよ!」
(,,゚Д゚)「しぃ」
(*゚ー゚)「へ?」
得意気に笑う彼女の唇に、唐突に重なる。
すぐに離れたが、彼女は顔を真っ赤にして、下駄でむき出しの脛を蹴ってきた。
痛いな何すんだよ
人前で何てことするの!
頬を膨らませる彼女が水槽に金魚を戻してから、手水舎で手を洗う。
ちら、とこちらを見て、せめてひと気のない場所でしてよ、と赤くなりながら小さく呟いた。
あの頃はまるでお姫様だったのに、すっかり気が強くなってしまった。
やれやれ、既に尻に敷かれているな。
ああ、しかし。
長かったな、ここまで。
- 278 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:24:55 ID:btbomhEE0
ここまで来るのに、9年ほどかかってしまった。
もっと前から好きだったが、意識したのは小5の頃から。
擦れ違いやら、素直になれないやらで、随分と時間がかかってしまったな。
彼女と付き合ってはや三年、まだ三年。
うだうだとしていた時間を埋めるためにも、たくさん彼女と時間を共にしたいな、なんて。
手を拭きながら彼女が傍らに戻る。
遠くを指差して、なにかを伝える。
向こう側には、友人二人の姿。
手をふりながら、こちらへと走っていた。
手を振り返しながら、かき氷に直接かぶりつく。
甘くて、爽やかなすっぱい匂いが広がった。
ああ、そう言えば。
懐かしさの理由がわかった。
一度目はりんごあめ。
二度目はスポーツドリンク。
- 279 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:25:26 ID:btbomhEE0
(,,゚Д゚)「三回目はめんつゆだったな」
(*゚ー゚)「何が?」
(,,゚Д゚)「さぁ?」
(*゚ -゚)「えー?」
厳密には四度目では無いが、今回はレモンの味。
もはや秘め事ではないのだが、蜜に密なる二人きりでの大事な行い。
これからも重ね、これまでを抱き、ずっと大切にしていたくて。
近付いてきた見慣れた面々。
傍らで首をかしげる彼女。
大学に進学してもなお、この面子に変化は訪れそうにない。
きっと就職をしても、回数こそ減れども、何だかんだでつるむんだろうな。
全く、退屈をしないな。
- 280 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:26:48 ID:btbomhEE0
あれから、ついに彼女と付き合うようになったギコは
友人たちから全力の茶化しを受ける羽目になった。
しかしそれもしょうのない事だ、自分がヘタレてたせいだと甘んじる他無い。
それからと言うと、
秀才二人に勉強を教わって、天才一匹につっつかれながらの受験勉強。
えらく苦労はしたが、行きたかった大学には受かった。
全員が違う大学に進む事になってしまったが、それでも同じ時は過ごせる。
互いに時間を見つけては、何かと声を掛けあって集まるのだ。
彼女の短くなった髪は、ギコの要望によって再び長く伸ばされている。
ロングヘアが好きなんて、ステレオタイプなんだから、と笑われながら。
しかし友人二人は、いつまでたっても浮いた噂を聞かない。
未だに初恋を引きずってるだの。
未だに初恋すらしてないだの。
あの二人も、相当にマイペースだ。
そんなマイペースな奴らと。
可愛い彼女と過ごす夏。
- 281 名無しさん[sage] 2016/07/10(日) 22:27:09 ID:btbomhEE0
さて、今年は何をしようか。
どんな事をして過ごそうか。
どこへ遊びに出掛けようか。
海や、山や、川や、プールや、街中や、互いの家。
どこへだって行こう、この夏を嫌になるまで満喫しよう。
空は嫌と言うほどに晴れてるし。
太陽ははうんざりするほど照っている。
容赦なく肌を焼く熱も、流れる汗も、くらくらする頭も、変わりやしない。
目を刺す様な真っ青な空には、白くもこもことした雲が浮かぶ。
蝉の声もやむ気配はなく、太陽の照り返しはいやに眩しく。
今年も、最高気温は上がる一方で。
(夏は、まだまだ終わりそうにないなぁ)
おしまい。