1 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:14:29 ID:V9PqbkIw0

 あさ。
 目がさめたら、おそとはとってもあかるい。

 ことりさんの声がして、おひさまがきらきらしてる。

 ふかふかのベッドから下りたら、キッチンからことこと、おとがする。

 ぼやぼやするおめめをこすってキッチンまで行くと、大きなひとが立ってるの。

 そしてわたしがおきてきたのに気づくと、大きなひとはふりかえる。


( ΦωΦ)「……おはよう」


 そう言って、大きなひとはまたせなかをむける。

 じゅうじゅう、ぱちぱち。

 こげくさいけむりが、キッチンにはみちていた。





【まるでちいちゃなおちびさんのようです】

2 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:15:04 ID:V9PqbkIw0

 おかおをあらって、パジャマからおきがえ。
 わたしはちゃんと、一人でおきがえくらいできるよ。


 あさごはんは、こげたタマゴやきとばくはつしたソーセージ。
 トーストだけがこんがりきつね色で、バターがのってる。

 おさとうを入れたあったかい紅茶をわたしの前において、どすん、とイスにこしかけた。


( ΦωΦ)「…………」

(*゚ -゚)「…………」

( ΦωΦ)「いただきます」

(*゚ -゚)「いたあきます」


 みじかいじかんだけお祈りして、大きなフォークでぼろぼろになったタマゴをつつく。

 大きなひとは、ごはんがへたくそ。
 だけどわたしの分もつくってくれたから、ちゃんと食べる。

 やなことでもちゃんとやったら、きっとママに会えるから。

3 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:15:36 ID:V9PqbkIw0

 ばりばり、ぼそぼそ。
 にがくておいしくないタマゴやき。

 さくさく、ふわふわ。
 トーストはちゃんとおいしい。

 じゅわじゅわ、がりがり。
 こげてばくはつしたソーセージ。

 あまあま、こくこく。
 あまくておいしいあったか紅茶。


 おなかいっぱい。
 くちのなかはじゃりじゃり。


(*゚ -゚)「ごちそ、さま」

( ΦωΦ)「……ごちそうさま」


 大きなひとが、空っぽになったお皿を持ってキッチンに立つ。

 わたしは紅茶のカップとコーヒーのカップをもって、大きなひとのとなりに立つ。


( ΦωΦ)「……すまんな」

(*゚ -゚)゙ フルフル


 ひとのためになにかをしなさいって、ママもしんぷさまも言ってた。

4 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:16:54 ID:V9PqbkIw0

 ママとパパは、いつのまにかいなくなってた。

 ここからうごかないでね。
 いいこでいるんだよ。

 そういって、わたしをちかしつにおしこんで、ふたりとももどってきてない。


 大きな音がとってもこわくて、ずっといたから、ちかしつのたべものがなくなったのはおぼえてる。

 おやさいとか、ほしたお肉とか、あるものを食べてた。

 お水は、大きな音がしてから、てんじょうからぽたぽたおちるようになったからそれをのんだ。

 かんづめは、あけかたがわかんなかったから、たべものじゃないの。


 がちゃん。


 キッチンで、なにかのわれた音。
 おとなりのへやから、こっそりのぞく。

5 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:17:29 ID:V9PqbkIw0

( ΦωΦ)「…………」


 大きなひとがこわいかおを、もっとこわくしながらしゃがもうとしてた。

 だけど、手がすべったみたいで、手のひらをゆかについちゃって。

 いたそうにかおをゆがめて、つえがからんからん、ゆかにたおれた。

  _,
( ΦωΦ)「ッ……クソ」


 ぽたぽた。
 手のひらから、ゆかにしたたるあかいいろ。

 どうしよう。
 おけがをしたら、どうするんだっけ。

 しけつ、って言うやつだっけ。
 たしか、きずをおさえるの。

6 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:17:54 ID:V9PqbkIw0

 とたとた。

 おへやのベッドから、シーツをひっぱってはぎとる。

 ずるずる。

 シーツをひきずって、大きなひとのとこまで行く。


 大きなひとは手のひらから、お皿のかけらをひっぱりだしてて。
 わたしはまっかになったその手のひらに、シーツをおしつけた。


( ΦωΦ)「…………」

(*゚ -゚)

( ΦωΦ)「…………」

(*゚ -゚)「とまった……?」

( ΦωΦ)「……すまん」


 シーツをおしつけたりゆうが分かったのか、大きなひとはちいさくあたまを下げる。

 それからわたしのあたまに、赤くない方の手をやろうとして、すこしなやんで、そのまま下ろした。

7 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:18:23 ID:V9PqbkIw0

 手のひらをきれいにしてから、手のひらにたくさんばんそうこうをはった。

 大きなひとはまた、ちいさく「すまん」とだけ言った。

 どうしてあやまるんだろう。


 そういえば、大きなひとはずっとあやまってた。

 ちかしつのごはんがなくなって、しばらくしてから。

 ずっとおなかが空いてて、ずっとねむたかったとき。

 大きなひとが、へんなかっこうで、ちかしつのドアをけっとばしてあけた。

 それでわたしを見つけると、なにかにむかってしゃべりながら、わたしをだっこした。

 あのときのごつごつした手袋と、かたいへんなおようふくを、今でもおぼえてる。


 なんて言ってたんだっけ。

 あのときはとってもねむたくって、ねむたくって、よくおぼえてないや。

8 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:18:50 ID:V9PqbkIw0

 たしか「すまない」と、「われわれ」と。

 「ならべて」、「しゃさつ」だっけ。


 どう言ういみかわかんなかったけど、だっこされるのは久しぶりで、うれしかった。

 だけどパパとママがかえってこないから、しんぱいだった。


 今でもパパとママはかえってきてないけど、きっといいこにしてたらまた会えるよね。

 だから今は、かおのこわい、大きなひとといっしょにくらしてる。


 大きなひとは、今はごつごつしたへんなかっこうはしてない。

 ふつうのかっこう。

 みじかいかみと、きずだらけのかおとからだ。

 くびからぎんいろのペンダントを下げてて、おねえさんゆびにぎんいろのリングがある。

 それと、ひだりあしがなくって、ぼうをつけてる。

9 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:19:28 ID:V9PqbkIw0

 おひるごはんにまたパンをたべて。

 おゆうはんには、のびちゃったパスタをたべて。

 おふろに入って、おきがえをして、あたらしいシーツをかけたベッドでねむる。


 おとなの大きなベッドにひとりきり。

 大きなひとは、ダイニングのソファでねてる。

 ときどきうんうんうなされるから、ソファまで行っておててをにぎる。

 そうしたらおちつくから、大きなひとはまるでちいちゃなこどもみたい。


 大きなひとも、パパとママとはなればなれなのかな。

 だとしたらさみしいもんね。

 わたしもときどき、パパとママが居ないって泣いちゃうから。

 だから大きなひとがうなされてるときは、わたしがいっしょにねてあげる。

10 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:19:49 ID:V9PqbkIw0





 あさ。
 目がさめたら、お外はとっても明るい。

 今日もあさから、キッチンからただようこげくささ。


(*゚ -゚)「……またこげた?」

( ΦωΦ)「……すまん」

(*゚ -゚)「お皿、出すね」

( ΦωΦ)「ああ、すまん」


 少し背ののびたわたしは、台にのると、しょっきだなに届くようになった。

 お皿を二枚とりだして、おじさんにわたす。


 今日のあさごはんは、こげたタマゴやきとソーセージ。

 きつね色のトースト、甘い紅茶。

 いつもどおりのあさごはん。

11 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:20:32 ID:V9PqbkIw0

 大きなひとをおじさんと呼ぶようになったわたしは、二人でくらすのにすっかりなれた。

 おじさんのかわりにおせんたくだってするし、台にのればシンクにとどくからお皿もあらう。

 パパとママにはまだ会えないけれど、がまんするよ。


 おじさんはあんまりおしゃべりしない。
 本をよんだり、おてがみをかいたり、町までおりておかいものに行く。

 わたしもときどき、おかいものについていくの。
 おじさんのかわりに、にもつをもつの。

 でも町におりると、いろんな人がわたしとおじさんを見てくる。

 おじさんはこわいかおをするし、わたしはなんだかイヤなきもち。


 だけどいつもいくパンやさんは、とってもやさしい。

 いっつもちいちゃなケーキをくれるし、とってもおいしい。

 パンやさんはよくおじさんのことを「しょうさどの」ってよんで、こわいかおをさせてる。

 でもおじさんは、こわいかおだけど、おこってるみたいじゃなかった。

12 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:20:58 ID:V9PqbkIw0

 パンやさんには子どもがいるんだって。
 わたしより大きいみたい。

 だからきられなくなったおようふくを、たまにもらうの。

 少し大きいけど、とってもかわいい。

 お礼におにわでつんだお花を、かんむりにしてパンやさんにわたした。

 むすめもよろこぶよ、ってわらってくれた。

 おじさんは、なんだかかなしそうなかおで見ていた。


 パンやさんはやさしいし、もらったおようふくをきておかいものに行くと、うれしそうにする。

 だからわたしもうれしくて、おじさんのおかいものに、ときどきついてく。

 でも、ときどきだけ。


 だってふだんは、おうちでおるすばんをして、おうちのことをするから。

13 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:21:37 ID:V9PqbkIw0

 おじさんがおでかけすると、わたしはお皿をあらって、おせんたくをして、おそうじをする。

 お皿はちゃんとふいて、たなにもどせる。

 おせんたくは、シーツはたいへんだけど、ちゃんとほせる。

 おそうじだってできるよ、ちゃんときれいにできるもの。


 でも火やナイフはあぶないから、キッチンにはあんまり立たせてもらえない。

 台がなくてもだいじょうぶになったら、っておじさんは言う。

 わたしはまだちいちゃな子どもだから、おじさんの言うことはちゃんときくよ。

 いいこでいるんだもの。



 だけど、ときどきしっぱいもする。

 おじさんがお出かけして、わたしがお皿をあらってたとき。

 うっかり、ほんとにうっかり、お皿をいちまいおとしちゃったことがある。

14 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:22:12 ID:V9PqbkIw0

 がちゃん。

 お皿が床におちて、ちいさくいっぱいになっちゃって。

 わたしはけがをしないように、きをつけておそうじしようとした。

 おじさんがたまにおとすから、わたしもきをつけてたのに。

 お皿をかたづけていたら、ゆびさきがチクッとして、少しずつあかくなっていった。

 いたいけどなかなかったし、いたいけどおかたづけもした。

 いたいけど、なかないで、じぶんでてあてもした。


 ちゃんとなかないで。
 ちゃんときれいにして。
 ちゃんとてあてもできた。


 だけどあかくなったガーゼを、そのままにしちゃった。

15 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:22:43 ID:V9PqbkIw0

 おじさんがかえってきて、おみやげのちいちゃなケーキをわたしてくれた。

 おかあさんゆびのばんそうこうを見られないようにして、おかえりなさいをした。

 なんだか、おこられてしまうきがしたから。

 だけどお皿をわったことは、ちゃんと言おうとしてたの。

 でもおじさんは、テーブルのガーゼを見て、はっとしたかおでわたしの手をつかんだ。

 それからゴミばこの中の、しんぶんしでつつんだ、われたお皿を見つけた。


( ΦωΦ)「…………」

(*゚ -゚)「ごめんなさい、お皿、わったの」

( ΦωΦ)「…………」

(*゚ -゚)「ちゃんと、言うつもりだったの、ごめんなさい」

( ΦωΦ)「他に」

(*゚ -゚)?

( ΦωΦ)「他に怪我はないか」

16 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:23:17 ID:V9PqbkIw0

(*゚ -゚)「……うん、ないよ」

( ΦωΦ)「そうか、…………なら、良い」

(*゚ -゚)「おこらないの?」

( ΦωΦ)「隠す気もなく、謝ったなら、怒る必要は無いだろう」

(*゚ -゚)「……ごめんなさい」

( ΦωΦ)「もう良い」

(*゚ -゚)「ゆび、ね」

( ΦωΦ)「…………」

(*゚ -゚)「いたかったけど、ちゃんとあらって、おくすりぬって、ばんそうこうはったの」

( ΦωΦ)「そうか」

(*゚ -゚)「でもね、いたくって、でもね、がまんしたの」

( ΦωΦ)「…………」

(*;-゚)「がまん、は、いいこだよね」

( ΦωΦ)「…………」

(*ぅ-゚)「いいこ、だよね」

17 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:23:48 ID:V9PqbkIw0

( ΦωΦ)「……我慢も、過ぎれば毒だ」

(*ぅ-;)

( ΦωΦ)「子供らしく、泣いても、我が儘を言っても良い」


 おじさんは、はじめてわたしのあたまをなでてくれた。

 その手がパパの手のひらみたいで、かなしくて、くるしくて、あいたくて。

 わたしは、大きなこえをあげてないてしまった。


 パパにあいたい。
 ママにあいたい。

 ぎゅってしてほしい。
 よしよししてほしい。

 いいこでいてもぜんぜんあえない。

 いつまでいいこでいればいいの。

 どうしてだれもおしえてくれないの。

 わたしはそんなにわるいこなの。

18 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:24:16 ID:V9PqbkIw0

 いっぱいがまんしても、いっぱいがんばっても、パパとママはかえってこない。

 パパとママはわたしがきらいになっちゃったの、わたしはもういらないの。

 あいたいよ、さみしいよ、もうやだよ。



 だれも、いいこでいればパパとママに会えるなんて言ってないのに。

 かってにそうしんじていたわたしは、おじさんをたたきながらなきじゃくった。

 おじさんは何も言わなくて、ただわたしのあたまをなでてくれた。

 そして小さく、すまん、とだけくりかえす。


 わたしはちいちゃな子どもだから

 おじさんがこわいかおをしているりゆうも

 おじさんがただただあやまるりゆうも

 ぜんぜん知らないまま、かなしいとさみしいをぶつけていた。

19 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:24:45 ID:V9PqbkIw0

 おじさんはことばが少なくて、わたしもことばが少なくて、ちゃんときもちを言ってなかった。

 いいこでいれば、パパとママがむかえにくるはず。

 そうしんじているわたしに、いつもおじさんはこわいかおをする。

 おじさんのそのこわいかおが、かなしいかおだって、わたしはまだ知らなくて。

 だからふだんは、パパとママのことは口にしていなかった。

 だからおじさんも、わたしがふだんいいこでいるりゆうを、あんまり分かってなかったみたい。



 すまなかった。

 気づいてやれなかった。

 すまない。



 ずっとあやまるおじさんのことばは、なんだかとっても、くるしそうだった。



 それからおじさんは、わたしがなきやむまでそのままでいてくれた。

 わたしがねるときは、めずらしく、わたしがねむるまでベッドにすわって手をにぎってくれた。

 その日のゆめは、さみしいけど、なんだかあたたかかった。

20 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:25:25 ID:V9PqbkIw0





 朝。
 目がさめたら、お外はとっても明るい。


 じゅうじゅう、ぱちぱち。

 今日の卵はきれいに焼けた。

 ソーセージも爆発してないし、トーストだってもちろんきれいなきつね色。

 コーヒーと紅茶をカップに注いで、朝食をお皿に取り分けたらテーブルへ。

 おじさんのコーヒーはお砂糖とミルクは無し、わたしの紅茶はお砂糖三つとミルクたっぷり。

 甘い紅茶はなんだかとっても子供っぽい、そろそろわたしもコーヒーにしようかな。


( ΦωΦ)「む……早いな」

(*゚ー゚)「おはようおじさん、朝ごはん出来てるよ」

( ΦωΦ)「ああ、すまんな」

(*゚ー゚)「どう? きれいに焼けたでしょ? わたしだっていつまでも子供じゃないんだから」

( ΦωΦ)゙「……そうか」

(*゚ -゚)「む、笑ったでしょ」

( ΦωΦ)"「いいや」

(*゚ -゚)「失礼しちゃう、ちゃんとレディ扱いしてよね」

( ΦωΦ)「……くく、」
 _,
(*゚ -゚)「おじさんっ!」

( ΦωΦ)「ああ、すまんすまん」
 _,
(*゚ -゚)"

21 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:26:05 ID:V9PqbkIw0

 おじさんは、昔に比べると少しやわらかくなった。

 怖い顔はするけれど、今ではそれがどんな顔なのかある程度分かる。

 わたしはもうすっかり大きくなって、踏み台が無くたってキッチンには立てる。

 それでもまだ、おじさんよりもずっとずっと小さいんだけど。

 でもそれはおじさんがおっきすぎるだけよ、わたしがちいちゃいんじゃないもの。


 わたしはもう、ちいちゃな子供じゃないの。

 お皿を割って、指を切ったって泣いたりしない。

 シーツを干そうとして、転んで泥まみれになったりもしない。

 勝手にキッチンに立って、コンロの火で前髪を焦がしたりもしない。

 町へ下りてお買い物をする時の、あの視線だって怖くない。

 寝る時にお人形をだっこしたり、は、今でも、するけど。



 それに、パパとママが帰ってくる事を、待ち続けたりもしない。

22 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:26:41 ID:V9PqbkIw0

 もうちいちゃな子供じゃないから、わたしにだってわかってる。

 パパとママは、もうわたしを迎えになんてこない。

 わたしがいらなくなったか、キライになったか、死んじゃったんだ。

 だからもう、パパとママを待ったりしない。


 それにわたしは今、おじさんのお世話で忙しいんだから。

 毎日ちゃんとおそうじして、ご飯を作って、おせんたくもする。

 足の悪いおじさんの分も、わたしが頑張らなきゃいけないんだもの。

 ちゃんとやってるつもりで、ろくに出来てなかったおちびさんの時とはちがうの。

 今のわたしは、ちゃんと出来てるの。


 それなのにおじさんは、いつまでたってもわたしをちいちゃなちいちゃなおちびさん扱い。

 わたし、もうそんなに小さくないのに。

23 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:27:54 ID:V9PqbkIw0

 いつからだろう、おじさんにおちびさん扱いされるのがイヤになったのは。

 背が伸びて、出来ることが増えて、お勉強もして、読み書きも計算も出来るようになった。

 わたしとしては、とっても大人になったと思うんだけど、おじさんはわたしを笑う。

 それが何だか、すっごくバカにされてるような気持ちで、すっごくすっごくイヤなのに。

 何にも出来ないちいちゃなおちびさんみたいな扱いは、すっごくイヤなのに。

 おじさんは、そんなの全然わかってないんだから。
 女心を理解できないなんて、おじさんってばひどいんだから。


 ほんとはもう、一人で町に下りてお買い物だって出来る。

 足の悪いおじさんの代わりにお買い物に行くって言っても、ダメだって許してくれない。

 そんなにわたしのことを信用していないのかと思うと、すっごく悔しくて、イヤなの気持ち。


 パン屋さんにそう言ったら、パン屋さんは笑って「おじょうちゃんが大切なだけだよ」と言う。

 おじさんはフクザツそうな顔で「止めんか」と呟き、杖をこつこつお店を出る。

24 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:28:41 ID:V9PqbkIw0

 お店を出たおじさんを追いかけようとすると、パン屋さんが口を開く。


「あのおじさんは、娘が居なかったから扱い方が分からんだけさ」

 パン屋さんはなつかしいような顔をして、わたしを見る。


「不器用な人なんだ、許してあげなよ」


 またおいでと手を振るパン屋さんは、わたしよりおじさんの事を知ってるみたい。

 わたしは人生の半分以上をおじさんと過ごしているのに、それでもパン屋さんの方が長いみたい。

 それも何だか悔しいけれど、パン屋さんは良い人だからがまんする。


 少し前まで、パン屋さんは娘さんのお洋服のお下がりをくれていた。

 最近はもう身体が大きくなったから、お下がりは無いんだよと笑ってた。

 相変わらず小さなケーキもくれる、カップに入ったまんまるケーキ。

 やさしい甘さで、上に乗ったお砂糖がカリカリして美味しいの。

 わたし、パン屋さんのこのケーキが今でもいっとう好き。

25 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:29:25 ID:V9PqbkIw0

 おじさんは言葉が少ないくせにデリカシーがなくって、わたしはいつもおこってしまう。

 だってわたしのお洋服もかってに洗っちゃうんだもの。
 わたし自分で出来るって言ってるのに、ついでだって。

 そのくせ普段は無関心なんだから、おじさんはわたしが何を好きか分かってない。

 もう子どもっぽいのはイヤって言ってるのに、お土産だってぬいぐるみを買ってくる。

 お人形はもういっぱいあるからいらないの、そう怒るとしゅんとする。

 おじさんの中のわたしは、いつまでたってもちいちゃなおちびさん。


 子ども扱いしないで、ちゃんとご飯も作れるよ、女の子として扱って。

 いつまでも抱っこされてなきゃいけないおちびさんじゃないのよ。

 ちゃんとおじさんの役に立ってるでしょ、一人でちゃんと出来てるでしょ。


 わたし、ちゃんと良い子でしょ。

 だからわたし、おじさんと一緒に居られるよね。

26 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:29:58 ID:V9PqbkIw0

(*゚ -゚)「おじさん、おゆうはん出来たよ」

( ΦωΦ)「ああ、すまんな」

(*゚ -゚)「はい、今日はトマトのだよ」

( ΦωΦ)「ああ」


 こつん、こつん、杖をついておじさんは歩く。

 大きなお皿にたっぷりのパスタ、トマトソースの赤がまぶしい。

 わたしのお皿は小さくて、少しのパスタにソースはちょっぴり。


( ΦωΦ)「相変わらず、食が細いな」

(*゚ -゚)「……うん」


 大きくなりたいけど、たくさんは食べられない。

 どれだけ食べられるようになったら、大人なんだろう。

 たくさん食べて、早く大人になりたいな。

27 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:30:22 ID:V9PqbkIw0

(*゚ -゚)「……ねぇおじさん」

( ΦωΦ)「ん」

(*゚ -゚)「おじさんは、子どもの頃からたくさん食べてたの?」

( ΦωΦ)「食べたくはあったが、そうもいかなかったな」

(*゚ -゚)「じゃあ、どうしてそんなに大きいの?」

( ΦωΦ)「子供、だがお前よりは大きい頃に、よく動きよく食う環境に居たからかも知れんな」

(*゚ -゚)「わたしもそこに居れば大きくなれる?」

( ΦωΦ)「…………それは、許可出来んな」

(*゚ -゚)「どうして?」

( ΦωΦ)「どうしても、だ」

(*゚ -゚)「……いじわる」

( ΦωΦ)「すまん」

(*゚ -゚)「…………」

( ΦωΦ)「もう数年もすれば、大きくなろうさ」

(*゚ -゚)「……うん」

28 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:31:03 ID:V9PqbkIw0

 おじさんは、それがどこかは教えてくれなかった。

 そこがキライってわけじゃないみたいだけど、わたしが行きたいと言うと、必ず怖い顔をした。

 その顔は、絶対に許してはくれないたぐいの顔。

 わたしはいじわるで言ってるのかと思ったけど、そうじゃないみたい。

 どんなところかは分からないけど、時々おじさんから不思議な匂いがするのに関係があるのかな。

 焦げたみたいな、ひりひりするような、不思議な匂い。

 地下室に居た時にも、外から流れ込んできた匂い。

 それと埃っぽい匂いもして、お外で何かをしているのかな。


 匂いがするのはいつも、わたしを置いてお出かけして、帰ってきた時。

 フクザツそうな顔で、怒られた子どもみたいな顔で、お土産を持って帰ってくる。

 お土産は決まってかわいいお人形だから、わたしはうれしくないんだけれど。

29 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:31:45 ID:V9PqbkIw0

 お部屋を増やしたおじさんのおうち。

 わたしは増やした方のお部屋で寝るようにして、おじさんも今はちゃんとベッドで寝てる。

 最初は何にも無かったお部屋だけど、今ではすっかりおじさんのお土産でいっぱい。

 色んなお人形が並んだり、詰め込まれたり。

 そのおかげで、わたしのお部屋はどんどん子どもっぽくなるんだから。

 もっと女の子らしい、お姉さんらしいお部屋にしたいのに。


 だけどおじさんのお土産をむげには扱えない。

 ちゃんと大事にしてしまう、だっておじさんがわたしのためにくれたんだもの。

 それに子どもっぽいけど、みんなみんなかわいいんだもの。


 だから今日も、わたしはお人形に囲まれながら、お人形を抱いて眠る。

 抱きしめるひときわ古いお人形は、おじさんと暮らす前から持っていたお人形。

 わたしと、パパとママをつなぐ、たった一つのお人形。

30 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:32:23 ID:V9PqbkIw0





 朝。
 目が覚めたら、お外はとっても明るい。


 朝露がきらきらと、お日様の光を反射させている。
 お庭で育てているトマトの葉っぱも、きらきら綺麗。

 小鳥の声は聞こえるし、良い天気、今日もお洗濯物がよく乾きそう。

 パジャマから着替えて、顔を洗って髪をすく。
 おじさんのお部屋を覗くと、まだすうすうと微かにだけ聞こえる寝息。


 寝てるおじさんのお部屋に勝手に入ると、怖い事になるからもうしない。
 ちいちゃな頃に驚かそうと思って部屋に忍び込んだら、勢い良く起き上がったおじさんに押さえ付けられた。

 その時はわけがわからなくて、怒られたと思って大泣きしたっけ。
 おじさんは困ったように謝り続けるし、しばらくはギクシャクしたなあ。


 おじさんが普通の人になって、もう10年くらい。

 それでもまだ、あの突き刺さるような警戒心は変わらない。

 職業病とでも言うのかな。

 でも、何をしていても心休まってそうに無い顔だったあの頃とは違う。
 最近は、随分と穏やかになったし、笑う事も増えてきた。

31 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:33:15 ID:V9PqbkIw0

 丸坊主ってくらい短かったブルネットの髪も、今ではすっかり伸びたし白いものが混じってる。

 おじさんは更におじさんになって、わたしはすっかり、大きくなってしまった。



 じゅうじゅう、ぱちぱち。
 昨日はベーコン、今日はこんがり美味しそうなソーセージ。

 目玉焼きは昨日焼いたから、今朝はふわふわチーズオムレツ。

 トーストもこんがり狐色、なんだけど、長く使ったトースターは最近調子が悪い。

 もいだばかりのトマトのサラダ、しゃきしゃきのグリーンもたっぷり。

 コーヒーも美味しく出てるみたい、おじさんはそろそろ起きてくるかな。


( ΦωΦ)「む……おはよう」

(*゚ー゚)「おはようおじさん……あらやだ、ばっちい顔」

( ΦωΦ)「むう」

(*゚ー゚)「顔を洗っておヒゲを剃ってきてね、コーヒー入れるから」

( ΦωΦ)「ああ、分かった」

(*゚ー゚)「寝癖もついてるよー?」

( ΦωΦ)「んー……」


 起きたらこんなにだらしないおじさんになっちゃうんだから、笑っちゃう。

 寝てる時の方がかっこいいんじゃないかしら?

32 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:33:56 ID:V9PqbkIw0

( ΦωΦ)「……トマトか」

(*゚ー゚)「おかえりなさいお寝坊さん、コーヒーどうぞ」

( ΦωΦ)「…………トマト」

(*゚ー゚)「好き嫌いはダメだよおじさん、トマトはとっても身体に良いんだから」

( ΦωΦ)「生はなぁ……」

(*゚ー゚)「ワガママ言わないで食べて食べて、ちいちゃなおちびさんじゃないんだから」

( ΦωΦ)「…………いただます」

(*^ー^)「召し上がれ」
  _,
(( )ΦωΦ))

(*゚ー゚)
  _,
( +ω+)"

(*^ー^)゙

33 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:34:30 ID:V9PqbkIw0

 毎日同じだった朝食も、レパートリーを増やした。

 昔と違って運動量の減ったおじさんが太らないように、サラダもたっぷり出すようになった。

 お庭でお野菜を育てたり、お裁縫を練習したり、もちろん勉強もしてる。

 おじさんが言うようには、背はそこまで伸びなかった。

 だけどキッチンに立つのに苦労はしないし、生活するのに不便がない程度にはなった。

 こうして成長して思うのは、本当におじさんは大きいって事。

 大きくなったわたしよりも、ずっと大きいんだもの、町で一番じゃないかしら?



 だけれど、わたしはもう大きくなっちゃった。

 ちいちゃなおちびさんの頃と違って、もうお膝には座れない。

 手を繋いで歩くのも、抱っこしてもらうのも、今はもう出来ないな。

 もちろん一緒にお風呂も入れない、一緒に寝る事も出来ない、頭は今でも撫でてくれるけど。


 少し昔の反抗期。
 おじさんのやる事なす事みんな嫌だったあの頃のわたし。

 それを越えちゃった今の私は、もっと甘えていれば良かったなぁと思う。

34 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:35:01 ID:V9PqbkIw0

 もちろんおじさんから見ればまだまだ子供。
 それはわたしだって分かってるし、子供として振る舞うよ。

 けれどそろそろ結婚も出来る年頃、大人と子供の狭間に居るわたしは、身の振り方に悩んでしまう。


 おじさんはわたしの家族で、わたしの保護者で、わたしの大切な人。

 わたしを娘のように扱ってくれるおじさんのお陰で、今のわたしが居るんだもの。


 無理に良い子で居ようとはもう思わないけど、それでもやっぱり迷惑はかけたくない。

 毎日ちゃんと楽しいし、毎日とても充実してる。

 町に下りるのも、一人で行けるようになった。

 町の人たちはやっと、わたしを町の一員だと認めてくれるようになってきた。

 まだ少し、時々とても、居心地の悪い事はある。

 でもそれもしょうがない事。
 わたしがきちんとしていれば、ひどい目になんてあわない。



 って、思ってたんだけどなぁ。

35 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:35:30 ID:V9PqbkIw0

 おじさんが一人でお出掛けの日。
 火薬と土ぼこりと鉄錆の匂いをさせて、お土産を持って帰ってくる日。


 わたしは切らした食材と野菜の苗が欲しくて、町へ一人で下りていった。


 自転車で丘を下り、町までの風を浴びて進む。
 すれ違う人には挨拶をして、手を振って。

 町についたらお肉屋さんでソーセージやハムを買う。
 昔はわたしの金髪を嫌な目で見ていたけど、今ではとっても優しくしてくれる。

 他のお店でもパスタやお砂糖、コーヒー豆と紅茶の葉っぱ。
 いつもありがとうとおまけしとくれて、笑顔を向けてくれた。

 パン屋さんはいつも通り、わたしをとても可愛がってくれる。
 娘さんを重ねるみたいに、とっても優しい目をしてるの。


 今でもわたしを嫌う人はいるけれど、優しくしてくれる人はたくさん居る。
 視線を感じるのは、わたしの金髪は目立つだけだと思うようにしていた。



 だから、突然髪を掴まれた時はビックリした。


 汚い言葉をわたしにぶつけて、突き飛ばして転ばせた人は、最近越してきた男の人。

 わたしがこの町に居るのが気に入らないみたいで、すごく汚い言葉を投げ掛ける。

 謝って帰ろうとしたわたしの頬を強か殴り付けてきて、髪を掴む手が痛かった。

36 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:36:43 ID:V9PqbkIw0

 ああ困ったな、どうしよう。

 今日はおじさんが居ないから、わたしがどうにかしなきゃ。

 やっぱり髪を染めた方が良いのかな、でもおじさんが止めたからなぁ。

 目の色は変えられないし、ああどうしよう、頬が痛い。



「お兄さん、お得意様の娘さんが何かしましたか」


 パン屋さんが麺棒を片手にお店から出て来ていて、他にもぞろぞろとお店の人が出てくる。

 おどろいた男の人に解放されたわたしの頬を、お肉屋さんが冷やしてくれた。


 怖かったろ、大丈夫かい。

  どうして?

 町の人が新参ものに殴られたんだ、放っておけるか。


 そのあと男の人をお店の人たちが連れていってしまったから、どうなったのかはよくわからない。

 だけどわたし、ひどく心配してくれる町の人に、何だか胸が痛いくらいに嬉しくなった。

 そのあとはパン屋さんが自転車ごと車で家まで送ってくれて、わたしは何度も頭を下げた。

37 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:37:34 ID:V9PqbkIw0

 殴られた頬は少し腫れていて、口の端が少し切れてしまった。

 薬を塗って、頬を氷水で冷やす。

 いつの間にか、わたしはちゃんと町の一員になれていたんだな、嬉しいな。
 それにしても、あの男の人が怪我をしていないと良いけれど。


 ぶるるん、車の音。

 おじさんは夜まで帰ってこない筈だけど、誰だろう。


(;ΦωΦ)「……っ!!」バンッ

(*゚ー゚)「あれ、おじさん」

(;ΦωΦ)「ぁ……ッ、無事か? 怪我は!?」

(*゚ー゚)「頬が腫れただけだよ、大丈夫」

(;ΦωΦ)「他には!?」

(*゚ー゚)「口の端が切れたくらい、落ち着いておじさん、他には転んだくらいだよ」

(;ΦωΦ)「落ち着けるものか!! お前が殴られたんだぞ!?」

38 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:38:05 ID:V9PqbkIw0

(*゚ー゚)「……大丈夫、これくらいならあとも残らないよ? ほら座って」

(;ΦωΦ)「…………」

(*゚ー゚)「ありがとうおじさん、心配してくれて」

(;ΦωΦ)「……当然の事を、言うな」

(*゚ー゚)「パン屋さんが連絡したの? 心配性なんだから」

(;ΦωΦ)「…………」

(*゚ー゚)「みんな、優しいねおじさん、わたしが殴られたら、町の人が助けてくれた」

( ΦωΦ)「……そうか、また、礼をせねばな」

(*;ー゚)「うん……みんな、優しい……おじさんも、……」

( ΦωΦ)「…………」

(*ぅー;)「……嬉しいのに、何で泣いちゃうのかな……変なの……」

( ΦωΦ)「……座れ」

(*っー∩)「うん……」

39 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:38:41 ID:V9PqbkIw0

 久々に座ったおじさんの膝。

 頭をくしゃくしゃと撫でる手。

 みんなに優しくしてもらって。
 おじさんが慌てて帰ってきてくれて。

 嬉しくて嬉しくて。


 だけどそれと同時に、初めて直接叩き付けられた敵意の恐ろしさを、思い出してしまって。


 言葉をぶつけられた事はある。
 この町で金髪に青い目は目立つから、しょうがないと飲み込んできた。

 でも殴られたのは初めてで、痛くて、怖くて、悲しくて、つらくて。

 おじさんにしがみついて、声をあげて泣いてしまった。

 ちいちゃなちいちゃなおちびさんみたいに、こわかった、こわかったと繰り返して。

 そんなわたしの頭を撫でながら、おじさんはすまないを繰り返す。

 おじさんは何も悪くないのに、何度も謝るのは昔から変わらない。

40 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:39:24 ID:V9PqbkIw0

( ΦωΦ)「……お前を置いて、行くべきではなかったな」

(*ぅ -;)「ううん……お出掛けは昔からだもの……」

( ΦωΦ)「お前を守れんようでは、申し訳が立たん」

(*ぅ -;)「そんなことないよ、おじさんはわたしをちゃんと守ってくれてる」

( ΦωΦ)「…………」

(*ぅ -;)「わたしが、油断してたんだよね、みんなは良い人だからって」

( ∩ω+)゙

(*ぅ -;)「おじさん……?」
  _,
( +ω+)「殴られたお前にそう言わせる程、この町は敵意に満ちていたのだな」

(*ぅ -゚)" !
  _,
( +ω+)「そんな町でお前を一人にした、油断だ、お前ではなく私のな」

(*゚ -゚)「そんな事、ないよ……」

41 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:40:02 ID:V9PqbkIw0
  _,
( +ω+)「すまん、もうお前を一人にはしないさ」

(*゚ -゚)「やめて」
  _,
( ΦωΦ)「そうは行かん」

(*゚ -゚)「これ以上、わたしをおじさんの重荷にしないで」

( ΦωΦ)"「…………何を言う」

(*゚ -゚)「わたし、おじさんにはたくさん感謝してる、側に居たいって思ってる」

( ΦωΦ)「…………」

(*゚ -゚)「だからわたし、ずっとおじさんの役に立ちたくて良い子にしてきた
     もうパパとママに会えない事は分かってる、だからおじさんの役に立ちたかった」

( ΦωΦ)「……それは、」

(*゚ -゚)「おじさんは、罪悪感からわたしを育ててくれたでしょ?」

( ΦωΦ)「ッ!」

(*゚ -゚)「わたしは救ってくれたおじさんに、恩返しをしたくて、だから良い子で居てきた」

( ΦωΦ)「……止めてくれ」

(*゚ -゚)「おじさんが居なければわたしはもう死んでたから、救ってくれたのはおじさんなの」

(;∩ω+)「止めてくれッ!」

42 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:40:36 ID:V9PqbkIw0

(;∩ω )「止めてくれ……私に、そんな資格は……」

(*゚ -゚)「だけど今はね、恩返しもしたいけど、それだけじゃないよ」

(; ω )「…………」

(*゚ -゚)「おじさんと暮らすのは楽しいの、毎日とっても、ご飯を作るのもお掃除するのも楽しい」

(; ω )

(*゚ー゚)「トマトが嫌いなおじさんに、どうやって食べさせようか考えるのも楽しい
     お部屋いっぱいの縫いぐるみに、一つ一つ名前をつけるのだって楽しいの」

(; ω )「……」

(*゚ー゚)「わたし、幸せだよ?」

(;ΦωΦ)"!!

(*^ー^)「家族と一緒に居られて、幸せだよ、わたし」

(;ΦωΦ)「…………本当、に……」

(*゚ー゚)「それともおじさんにとって、わたしは家族じゃない? 今でも罪悪感から世話をするだけ?」

(;ΦωΦ)「そんな筈が無いだろう!!」

43 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:41:11 ID:V9PqbkIw0

( ΦωΦ)「お前は、私の家族だ、…………ただ一人の、私の娘だとも……」

(*^ー^)「……だよね」

( ΦωΦ)「…………すまん、私は、過保護が過ぎるだろうか……」

(*゚ー゚)「わかんない」

( ΦωΦ)「窮屈な思いを、させて居ないだろうか……」

(*゚ー゚)「大丈夫だよ」

( ΦωΦ)「私を……恨んでは、居ないだろうか……」

(*^ー^)「……おじさんったら、本当におバカさんなんだから」

( +ω+)゛「ああ、すまない……私は本当に、愚かなのだな……」


 そんな事ある筈ないって、おじさんも分かってたはず。

 だけど言葉にした事は無かったから、不安だったのかも知れない。

 わたしはおじさんの事が大好きだし、ちいちゃな頃みたいに無理をしてない。

 おじさんもわたしを、ちゃんと家族として扱ってくれている。

44 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:41:32 ID:V9PqbkIw0

 お互いに、もう無理はしていない筈なのに。

 それが本当にお互い同じ気持ちなのか、分かっていても、分かっていない。

 ちゃんと言葉にしなきゃ、伝わるものも伝わらない事だってあるよね。


 町には確かに、わたしに向けられる敵意はある。
 だけどわたしは、この町が嫌いじゃない。

 わたしの世界の中心はおじさんだけれど、他の人たちが居なければ生きてはいけないから。

 何かを憎みたくも、恨みたくもない。
 誰かに生かされているこの事実を、現実を、わたしは知っている。


 そしてわたしも、誰かの生きる糧になっている。

 ひとりぼっちだと、壊れていただろうおじさんの、支えにちゃんとなれている。

 そう、自覚もしてるんだから。

45 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:42:07 ID:V9PqbkIw0

(*゚ー゚)「おじさん、ありがとう」

( ΦωΦ)「む……」

(*゚ー゚)「わたし、ここもおじさんも、大好きだよ」

( ΦωΦ)「……そうか」

(*゚ー゚)「でも、もうお膝には座らない」

( ΦωΦ)「…………そうか」

(*゚ー゚)「だってもうおちびさんじゃないでしょ? 恥ずかしいよ」

( ΦωΦ)「……私にすれば、まだまだ子供なのだがな」

(*゚ー゚)「分かってる、……こうしてお膝に座るのは今日までよ?」

( ΦωΦ)「寂しくなるな」

(*^ー^)「ふふ」


 少し寂しそうに微笑むおじさんは、わたしには、幸せそうに見えた。

46 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:42:40 ID:V9PqbkIw0


 これ以来、言葉の足りなかったわたしたちはたくさん言葉を交わすようになった。

 ほんの些細な事でも言葉にして、色んな気持ちを口に出した。


 今日はこんな事があった。

 今日はこんな事を感じた。

 今日は嫌な気分になった。

 今日は嬉しい事があった。

 ねぇねぇおじさん聞いて。
  どうした、何かあったか。

 ああ娘よ、そう言えばな。
  なあにおじさん、どうしたの。


 下らない事で笑って、怒って、悲しんで。

 わたしたちの日々は、今までのものより何だか賑やかさが増した。

47 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:43:05 ID:V9PqbkIw0


 良い年頃だが、まだ嫁に行く気は無いのか。
  おあいにくさま、当分そんな予定はありません。


 おじさんたら、またトマトを残して。
  どうにも青臭い上に酸っぱいのがな。


 タオルはどこに仕舞うようにしたんだったか。
  やだやだおじさんったら、裸んぼで出てこないでよ。


 ねぇねぇおじさん、わたし新しいミシンが欲しいな。
  今ある分はもう使えなくなったのか、随分長く使ったからな。

 すっかりお前は料理が上手くなったな。
  ふふん、伊達にずっとおじさんと暮らしてないもの。


 ああやだ、嵐で庭の畑がダメになっちゃう。
  待ちなさい、傘で出るのはさすがに無謀だ。


 相変わらず、お前の紅茶はやたらに甘いな。
  ちいちゃな頃から、これだけは変わらないの。


 おじさん一緒に寝ても良い? 別に怖くなんてないけれど。
  分かった分かった、夜半に目が覚めたものだから怖いのだな。

48 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:43:37 ID:V9PqbkIw0


 おじさんにとってのわたしは娘。

 でもわたしにとってのおじさんはパパじゃない。

 だってパパとママは一人だけ、代わりなんて居ないから。

 だから、おじさんはおじさん。
 わたしだけの、大きな大きな泣き虫さん。

 お友だちでもない。
 もちろん恋人でもない。
 親子に等しい家族のかたち。


 こんな日々はずっと続くとおもった。
 きっと離れたりなんてしないとおもった。

 だっておじさんたら、今じゃわたしが居ないとタオルの場所も分からない。

 困ったおちびさんみたいな、大きな人。



 そんな大きな人は、数年後の春の日、病に臥せってしまった。

49 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:44:03 ID:V9PqbkIw0


 突然倒れて、お医者様を呼んだ事。

 もう何年も前から、知らぬ間に蝕まれていた事。

 大丈夫だと微笑む顔が、随分と痩せていた事。

 突然の事に頭も心も追い付かなくて、取り乱してしまった事。


 色んな出来事がわたしを追い詰める。


 最初こそは元気に振るまい、一緒に朝食を食べていた事。

 だけどいつしか、そんな食事も残すようになってしまった事。

 あっと言う間に食事の量が、わたしが食べる量よりも少なくなった事。

 見る間に痩せて、今までの服がすっかり大きくなってしまった事。

 そのせいで体力が落ち、徒歩で町へ下れなくなった事。

 気が付くと、杖をついて歩く事すら出来なくなってしまった事。


 些細な事も大変な事も、わたしの心を握りつぶす。

50 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:44:41 ID:V9PqbkIw0


 ほんの一年。

 今まで二人で重ねた15年を、病はほんの一年で粉々にしてしまう。



(*゚ー゚)「おじさんご飯よ、起きられる?」

(ヽΦωΦ)「……ああ、すまんな……」

(*゚ー゚)「はい、あーん」

(ヽΦωΦ)「…………美味いよ」

(*^ー^)「ふふ、当然でしょ? 町でも料理上手って言われてるんだから」

(ヽΦωΦ)「ああ……そう、だったな……」



 おじさんの口へ、ゆっくりとスプーンを運ぶ。

 その中身は、お砂糖で甘くしただけの重湯。

51 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:45:20 ID:V9PqbkIw0

 頑張って煮込んだ野菜たっぷりのスープより、この方が身体が受け付ける。

 どんな物でも、柔らかくしても、スープにしても吐いてしまう。

 だからわたしは、おじさんが口に出来る物だけを選ぶようになった。


(ヽΦωΦ)「…………」

(*゚ー゚)「もう良い?」

(ヽΦωΦ)「ああ…………すまん」

(*゚ー゚)「良いのよ、今朝より多いもの。 背中を拭いちゃうね、タオル温めておいたの」


 ほんの3口分だけ減ったそれを下げて、お湯と蒸しタオルを持ってくる。

 身体を起こすのもつらそうなおじさんのパジャマを脱がせて、温かなそれで背中を拭く。

 ひゅうひゅう、掠れた呼吸音を聞きながら、骨の浮いた背中を見つめる。


 綺麗なブルネットだった髪は、もうすっかり白くなった。

 あんなに筋肉質だった身体も、もう、骨と皮だけみたいに痩せた。

 きりっとしていた目元も、顔立ちも、まるでおじいちゃんみたいにくたくた。



 ほんの、一年。

 ほんの一年で、おじさんは、おじいちゃんになってしまった。

52 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:45:48 ID:V9PqbkIw0

 今でも、痩せた指先で頭を撫でてくれる。

 その余りにもか細い手に、力の無い手に、わたしは嫌でも察してしまう。



 外は、雪がしんしんと降り積もる真っ暗な曇天。


 おじさんはきっと、この年を越せない。



 病に侵されていると知った時、わたしは取り乱して声を上げて泣いてしまった。

 だけど今は、もうおじさんの前で泣いたりはしない。

 おじさんがひとつも泣き言を言わないのに、わたしが泣いてちゃいけない。


 ひどく身体が痛むだろうに、息が苦しいだろうに。

 思うように動かない身体が、言葉を紡ぐこともつらい喉が憎いだろうに。

 着実に近付いてくる死は、恐ろしいだろうに。

 おじさんは、ひとつも、弱音を吐かない。

53 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:46:23 ID:V9PqbkIw0

 骨の浮いた背中は、白くなった髪は、生気の無い微笑みは、わたしの胸の奥を握り潰す。

 どうしようもなく悲しくて、苦しくて、つらくて、怖くて、たまらなくて。

 毎日のように、一人の部屋で、声を殺して泣いてしまう。

 こわい、こわいよ、おじさんがいなくなる。
 どうして、どうして、いやだよ、こわいよ。


 親に置き去りにされた、ちいちゃなおちびさんのように、わたしは一人きりで泣く。



 おじさんの苦しみを少しでも和らげたい。

 おじさんの残り時間を少しでも伸ばしたい。

 おじさんの願いを少しでも叶えたい。

 おじさんと過ごす時間を一秒でも長くしたい。


 お医者様でもないわたしに出来る事なんて、ほとんど無くて。

 ただ側に居て、手を握って、背中をさすって、明るく話しかける。

 うわべだけの励ましなんて言えない。
 だから、今日は頑張ったね、おじさんたら子供みたいね、と無理にでも笑ってみせた。

54 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:46:51 ID:V9PqbkIw0


 ねぇ大きい人、どうかわたしの可愛いところだけ覚えていて。


 ワガママを言って困らせたり、理不尽に怒ったり、不機嫌な可愛くないわたしは忘れて。

 泣いているわたしも忘れて、パパとママに会いたいとあなたを困らせたわたしを忘れて。

 あなたの隣で笑っていた、幸せそうにしていたわたしだけを思い出にして。

 あなたの病を知って、取り乱して、いやいやと泣きじゃくったわたしを忘れて。

 こんなのあんまりだと、理不尽だと神様にさえ怒っていたわたしを忘れて。


 わたしは、最期まであなたの隣で笑っているから。
 笑顔の、娘の、可愛らしい思い出だけを抱いて旅立って。


 わたしは全てを抱えて生きて行くから。

 あなたは、素敵なものだけを、胸に抱いていてほしいの。



 これは、いけないワガママなのかな。

55 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:47:17 ID:V9PqbkIw0



 朝。
 目が覚めたら、お外は真っ暗、雪の空。


 毎朝の日課、朝一番におじさんの部屋を覗いて、無理に元気に声をかける。

 するとおじさんは、浅く暗い微睡みから、重たい瞼を持ち上げて、ゆらゆらとこちらを見てくれる。

 そして、疲れたような、掠れた声で、おはようと微笑んでくれる。



 ゆらゆらと、こちらを。



 見て、くれる



 見て





 おじさん?

56 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:47:45 ID:V9PqbkIw0


 泣き叫びながらお医者様を呼んだ。

 急いで駆け付けてくれたお医者様のお陰で、一度だけ、こちらへ戻ってきた。

 だけど眠ったまま、目は覚まさない。

 おじさんの夜は、まだ続いている。

 お医者様は、もう目を覚まさないかもしれないと言う。



 わたしは、ちゃんと全部言ってきたつもりだったのに、伝えたい言葉がたくさんある事に気付いた。


 ああどうしよう。
 わたし、お別れの準備は済んだと思ってた。

 本当はそんな準備、出来るわけ無いのに。
 胸をずたずたにされたみたいに、痛むに決まってるのに。

 どうしようおじさん。

 わたし、わたしまだ、まだ。

57 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:48:13 ID:V9PqbkIw0

(ヽ+ω+)"「ぅ……」

(*゚ -゚)「ッ! おじさんっ!!」

(ヽΦωΦ)「……あ、ぁ…………朝、か……」

(*゚ー゚)「……そうだよ、朝だよ、おはようおじさん」

(ヽΦωΦ)「おは、よう……」

(*゚ー゚)「…………ねぇ、おじさん」

(ヽΦωΦ)「ん……」

(*゚ー゚)「わたし、おじさんと一緒に居られて、幸せだよ」

(*- -)"「…………」

(*゚ー゚)゙「……幸せ、だったよ」

(ヽΦωΦ)「……ああ、私もだ……」

(*゚ー゚)「わたし、本当は、もっと一緒に居たいよ」

(ヽΦωΦ)「……私も、だよ……娘よ」

(*゚ー゚)「だけどね、神様の元に行くおじさんを、もう引き留められないんだね」

(ヽΦωΦ)「ああ……そう、らしいな……」

58 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:48:52 ID:V9PqbkIw0

(*;ー゚)「あのね、」

(*ぅー;)「わたし、ね、」

(*つ -∩)「おじさんが、大好きよ」

(ヽΦωΦ)「……私もさ……可愛い、しぃ」

(*つ -∩)「うん……」

(ヽΦωΦ)「なあ、娘よ……私は……お前を育てて良かったよ……」

(ヽΦωΦ)「罪悪感から……お前を、引き取ったが…………ちゃんと、家族になれた……」

(*ぅ -;)「……うん」

(ヽΦωΦ)「お前が、泣くのも……怒るのも、笑うのも…………私には、素晴らしい思い出だ」

(*ぅ -;)!!

(ヽΦωΦ)「しかし、……もう、泣くな、しぃ…………それじゃあ、目が溶けてしまう」

(*; -;)「おじさん……ごめんね、泣いて、ばっかりで……ちゃんと笑おうと思ってたのに……」

(ヽΦωΦ)「……私の為に……私の所為で、お前は泣くのだな……」

59 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:49:38 ID:V9PqbkIw0

(*; -;)「ごめんね、ごめんねおじさん、わたし、泣くっ、つもり、はっ」

(ヽΦωΦ)「ありがとうよ……しぃ」

(*; -;)「ッ!!」

(ヽ+ω+)゙「ありがとうよ……私の、娘よ……」

(*; -;)「おじさんやだよっ! ねぇっ!! おじさんッ!!」

(ヽ+ω+)「まだ……夜、らしいな……おやすみ……しぃ……」

(*; -;)「ああ、あああっ!! やだやだやだおじさんっ!? やぁあああッ!!!」



 結局、わたしは大人になんてなれてやしなかった。

 泣きじゃくって、泣き叫んで、しがみついて、すがり付いて。

 おじさんの痩せ細った手が固く冷えてしまうまで、わたしは泣き続けていた。

 お医者様も、町の人も、そんなわたしを止める事は無かった。


 ただ皆が、声を殺し、はらはらと涙をこぼすだけ。


 おじさんとわたしの家には、わたしの泣き声だけが、むなしいほどに響いていた。

60 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:50:01 ID:V9PqbkIw0




 町の人たちに手伝われ、おじさんのお葬式を行った。

 棺が運ばれ、誰かが喋り、皆が涙する。

 わたしはパン屋さんに肩を支えられながら、虚ろな目で大きな棺を見ていた。

 不思議なくらいに涙は出なくて、ただ現実味が無くて、一枚膜を隔てた向こう側を眺めているようで。


 皆は、口々におじさんの死を悼む。

 そして一人になったわたしを、皆が労ってくれた。

 だけれどわたしは、機械的にお礼を言う事しか出来なかった。

 まるでわたしの事じゃないみたいに、関係のない事のように感じていた。


 だからわたしが今、なぜ黒いドレスを着ているのか
  なぜ大きな棺が土に埋められているのか、よく分からなくて。

 かくん、と傾いだ頭が、パン屋さんの胸に当たった。

61 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:50:26 ID:V9PqbkIw0


「色々と話し合わなければいけない事もある」

「はい」

「忙しくなるから、私も手伝うよ」

「ありがとうございます」

「今日は一人で大丈夫かい」

「はい、大丈夫です、ありがとうございます」



 がちゃ、ばたん、と家の扉を閉める。

 帽子を外しながら、ダイニングを抜ける。

 おじさんの部屋を覗くと、乱れたベッドがあるだけ。

 傍らには、もう使われなくなって久しい杖。

 壁にかかるのは、痩せる前の大きな服。

 テーブルにはわたしとおじさんが写る写真。



 ばふ、と大きなベッドに倒れ込む。

 大好きな家族の匂いと、嗅ぎ慣れない、死臭がした。

62 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:51:11 ID:V9PqbkIw0

 ドレスが皺になるのも気にせず、冷たいベッドに横たわる。

 シーツを掻き寄せて抱き締めながら、扉の無い入り口から見えるダイニングに目を向けた。

 若い頃のおじさんの背中が、夢のように脳裏に浮かぶ。


 身を起こして、シーツをかぶったまま家の中を歩く。



 ダイニング。

 おじさんの席は向かって左、食事をする姿が見える。
 渋い顔でトマトを見下ろしてるの。


 わたしの部屋。

 ベッドに腰かけてわたしの頭を撫でてくれる姿が見える。
 穏やかな顔をしている。


 お風呂場。

 石鹸やタオルの場所はどこかと訊ねるおじさんの姿が見える。
 何度教えても忘れちゃうんだから。


 トイレ。

 新聞を片手に出てきてはわたしに怒られる姿が見える。
 読み物は持ち込まないでって言ってるのに。


 玄関。

 お土産のお人形を抱いて帰ってくる姿が見える。
 お部屋がいっぱいになるから、小さいのって約束したのに。

63 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:51:48 ID:V9PqbkIw0

 真っ暗な庭に出る。

 暗くて良くは見えないけれど、二人で作った花壇と畑。
 花は綺麗に咲いたし、お野菜だっていびつだけど美味しく出来た。


 物干しのロープが放置されてる。

 二人分の洗濯物がたなびく様は、とっても清々しい気持ちになった。
 日曜日には、シーツやらの大きなものを洗うの。


 横倒しにされたままの自転車。

 おじさんがわたしのために買ってくれた赤い自転車。
 上手く乗れるようになるまで、何度も一緒に練習した。



 シーツの端を踏んで、転んだ。

 ぶつけた膝の痛みに、今起きている事は現実だと思い出す。

 起き上がる事が出来なかった。

 泥にまみれるシーツの中で、縮こまって震えていた。

64 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:52:23 ID:V9PqbkIw0

 この、思い出ばかりの家で、わたしは生きていくの?

 二人で生きてきたこの場所で、わたしは一人で生きていくの?

 話す相手も居ない、誰の温もりもない、誰の声もしない、こんな冷たい場所で?

 ご飯を作っても、美味しいと返してくれる人も居ないのに?

 真夜中に目が覚めても、誰も手を握ってはくれないのに?

 不愉快な事があれば怒って、嬉しい事があれば笑って、悲しい事があれば泣いて。
 それを分かち合ってくれる人が、居ないのに?



 わたしは、ひとりぼっちで、生きるの?



 気付かないようにしていたのに、気付いてしまった。

 考えないようにしていたのに、考えてしまった。

 そんな現実に、ぞわ、と頭の芯から背筋が冷たくなって行く。

65 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:52:43 ID:V9PqbkIw0

 一人は嫌だよ。

 あの時みたい。

 地下室は嫌い。

 缶詰もきらい。

 一人はきらい。

 だって、だってもう、誰も。

 誰も、ドアを蹴破って、わたしを救ってはくれないのに。

 どんなに寂しくても、どんなに怖くても、誰もわたしの頭を撫でてはくれない。

 あなたが居ないと生きていけないのに。

 一人はいや、一人はいや。

 置いてかないで、置いてかないでよ。


 おねがいわたしをひとりにしないで。




 汚れたシーツの中。
 静かな夜の庭の中。

 わたしは、狂ったように泣き続けた。

66 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:53:27 ID:V9PqbkIw0



 いつのまにか、汚れたシーツを抱えて、ベッドで眠っていた。

 着替える気も起きなくて、何かをする気が起きなくて、そのままベッドに横たわる。

 外は明るくて、昼を過ぎている頃か。
 お腹が、ぐう、と鳴りはしたが、何かを食べようと言う気も起きなかった。


 なにもしたくない。

 このまま食べなければ、眠り続ければ、おじさんとまた会えるかも知れない。

 少なくとも、これから先、孤独を感じずに済む筈だ。

 玄関のチャイムが鳴る。

 わたしはベッドから動かない。

 電話のベルが鳴る。

 わたしは枕に顔を伏せる。

 ドアを叩く音がする。

 わたしはシーツに潜り込む。

67 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:53:51 ID:V9PqbkIw0

 日が落ちる。

 静かになる。

 寂しくなる。

 震えて眠る。

 日がのぼる。

 明るくなる。

 ノックの音。

 電話のベル。

 日が落ちる。

 静かになる。

 寂しくなる。

 震えて眠る。

 夜はながい。

 こわくなる。

 日がのぼる。

 明るくなる。

 扉を叩く音。

68 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:54:18 ID:V9PqbkIw0

 肌着姿でシーツにくるまる。

 なにもしたくない、なにもたべたくない。

 何度も夜が明け、夜が更け、何日経ったか分からない。

 うごきたくない、もうなにもいらない。

 くしゃくしゃに丸めた紙のように、わたしの心はダメになった。

 わたしはこんなに子供で、わたしはこんなに愚かで、わたしはこんなにあの人に依存していた。

 枯れたと思った涙は毎夜ぽろぽろとこぼれるし、あの夜に泥まみれになったシーツもそのまま。

 おじさんの物をどうにかしたくない。
 唯一残された匂いは、もうここにしか存在しない。

 すっかり匂いの薄れたはずのシーツを抱き締めて、わたしはまた涙をこぼす。

 おじさん、わたしは悪い子だよ。
 悪い子だから、あなたのそばに生きたいよ。

 おじさんわたしを叱ってよ。
 親不孝者と叱ってよ。

 他には誰も、叱ってくれないんだから。

69 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:54:40 ID:V9PqbkIw0

 乱暴にドアが叩かれる。

 誰かの声がする。

 どんどん、どんどん。

 やめて、そんなにしちゃドアが壊れちゃう。

 おじさんとわたしのお家なの、壊さないで、壊さないで。


 ベッドから降りようと、身体を起こした。

 けれど力が入らなくて、どさ、と床に身体が落ちる。


 ドアを叩く音が一瞬止んだ。


 不思議、身体がろくに動かない。

 どうして、だろう。

 もう、眠ろう。

70 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:55:07 ID:V9PqbkIw0

 ばきん、とドアが蹴破られた。

 お嬢ちゃん、と声を荒らげて駆け込んできた複数の足音。

 わたしを見つけたその人は、わたしを抱き起こしながら何かを叫んでいる。


 早く医者を連れてこい。

 大丈夫か、寝るんじゃない。

 お前ら早くしろ。



 わたしを抱き起こす人。

 何かを喋る人。

 記憶が重なって、揺れる。



「しゃさつ、しないの?」


 口をついて出た、かすれた声に、場が静まり返る。


 顔にぽたぽたと落ちる、温かな何か。

 わたしを抱き締める腕が、震えていた。

71 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:56:02 ID:V9PqbkIw0



 それからわたしは、お医者様に点滴を繋がれ、ベッドに寝かされた。

 わたしを抱き起こしたパン屋さんは、少し赤い目をしながら、わたしを見ていた。


 脱水と栄養失調だと言うお医者様と、頷くパン屋さん。

 扉の無い、部屋の出入り口から見えるのは背中。

 お肉屋さん、雑貨屋さん、色んな人達が家の中に居る。

 汚れたキッチンを掃除したり、放置して腐った食材を片付けたり。

 何も食べる物が無いなと言いながら、棚の奥から缶詰を見つけた。


 いやよ、缶詰は嫌いなの。
 だってそれは、開けられない、食べ物じゃないから。



 かしゅ。

 簡単に開いた缶詰から、器に移される果物が見えた。

72 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:56:43 ID:V9PqbkIw0


「何度か様子を見に来たけど、出なかったろ」

「落ち着くまでそっとしておこうと思ったんだけどな」

「お嬢ちゃんが町に下りなくなって一週間」

「君たちは毎週末、食材の買い込みに町に下りてきてた」

「看病に忙しくて、前の週末は下りて来てなかったろ」

「だから、誰とはなしに気付いたんだ」

「もしかしたらこの家に、もう食べる物が無いんじゃないかと」

「それなのに下りてこないのは、何かあったんじゃないかって」

「もっと早く皆で来れば良かった、ごめんよお嬢ちゃん」

「この状況を、予想できなかったわけじゃないのに」

「どいつもこいつも、君が心配だったんだよ」

「ごめんよ、一人にさせちゃって」

「過ぎた孤独は、心を壊しちまうもんな」

73 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:57:41 ID:V9PqbkIw0

 わたしの頭をわしわしと撫でる手は、懐かしいほどに暖かい。

 部屋に入ってきた町の人達は、缶詰の果物を片手に、大丈夫か、と口々に並べた。


 パン屋のじいさんが車飛ばしてきたんだよ。
 若い奴ら蹴っ飛ばしてな、こえーのなんの。
 缶詰くらいなら食えるだろ、ほら。
 バカ、固形食の前に重湯からだよ。
 ドアちゃんと直しとけよじいさん。
 ちびさん大丈夫か、まだ顔色が悪いな。
 もうちびさんって歳じゃないだろうに。


 わいわい、賑やかな室内。

 この家がこんなに声で溢れた事なんて、あっただろうか。


「お嬢ちゃん、自分から何も食わなかったろ」

「そんな緩やかな自殺をしたって、家族の所には行けないよ」

「君を産んだご両親も、育てた少佐殿も、そんな君は見たくない筈だ」

「親不孝はいけないよ、一人で生きるのはつらいが、君は一人じゃないだろう」


 一人じゃない。

 わたしを見下ろすパン屋は、顔をくしゃくしゃにして笑った。

74 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:58:24 ID:V9PqbkIw0

「あの人の所に行くのは、もう少し後でも良いはずさ」

「あの喧しい町の奴らだって、君を助けてくれるから」

「そら、シーツを離して、もう洗ってしまおう」


 優しく掴まれたシーツの端。

 汚れたシーツをずっと抱き締めたまま、離そうとしなかったわたしの手。


 わたしは少しの間を置いて、そっと、手を離した。



 一人じゃない。

 叱ってくれる。

 救ってくれる。

 助けてくれる。

 開けられたドア。

 開けられた缶詰。



 外は、とっても明るい。

75 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:58:49 ID:V9PqbkIw0


 体調が良くなるまで、町の人達は毎日わたしの様子を見に来てくれた。

 色々な手続きを、話し合いを少しずつ終わらせていった。

 元気になった頃、家中の大掃除をして、おじさんの物を少しずつ処分した。

 その殆どを町の人が形見分けとして引き取ってくれて、おじさんがどれだけ慕われていたのかが分かった。

 荒れ放題だった庭を綺麗にして、わたしの私物も減らした。



 思い出を少しずつ、触れられるものから心の中に仕舞って行く。

 ひとつひとつ、大切な思い出に満ちた家。

 二人きりの家の中から、わたしは外に出よう。

 たくさんの人に助けられて、たくさんの人に愛されて生きよう。



 あなたとの思い出とお別れするわけじゃない。
 あなたとの二人の世界からお別れするわけじゃない。

 まだ時間はたくさんあるから、あなたへのお土産話をたくさん用意しておきたいの。

76 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:59:25 ID:V9PqbkIw0

 一人になって、たくさんの人たちに助けられた。

 優しさも愛情も、抱えきれないほどに与えられた。

 だからわたしも、それを返さなきゃいけない。

 誰かのために、わたしのために、わたしは何かをしなきゃいけない。



 二人きりの家から出て、わたしは小さな教会に身をおいた。

 わたしみたいに誰かに支えられなきゃ生きられない大人と子供のために。

 抱えきれないほどたくさんの愛情、抱えきれないほどたっぷりのお人形を持って。



 一人では生きていけないから。
 誰かが居なければ生きられないから。

 わたしは、その誰かになりたい。
 誰かのために、寄り添える誰かになりたい。

 そうしたらきっと、パパもママもおじさんも、わたしを褒めてくれる。

 なんてね。

77 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 06:59:56 ID:V9PqbkIw0





 出会ったばかりの頃。

 何も知らないちいちゃなわたしを抱き上げて、あなたは機械みたいな目をしてた。



 あなたと暮らす様になった頃。

 戸惑うあなたとわたしは、お互いにどう接して良いのかまるで分からずにいた。



 あなたと暮らして、少し経った頃。

 良い子で居よう、良い子で居ようと無理をしていた幼いわたしを、あなたは抱き締めてくれた。



 あなたと暮らして更に数年経った頃。

 子供扱いが嫌で、背伸びをしてはいつも怒っていたわたしと、思春期の娘を笑うあなた。



 あなたと暮らして10年が経った頃。

 わたしはすっかりお姉さんで、あなたはすっかりおじさんになってしまった、一番幸せな時。



 あなたと暮らして15年が経った頃。

 その一年は、ずっと涙に沈んでいた。

78 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:00:26 ID:V9PqbkIw0


 あなたと過ごした日々から、50年が経った今。


 異邦人だったわたしは、小さな教会のシスターとして生きてきた。


 わたしに良くしてくれていた人々を見送り、与えられた幸せを皆に返し続けた日々。

 もう、わたしをおちびさん扱いしていた人達は居ない。



(#゚;;-゚)「シスター、ねぇシスター」

(*゚ー゚)「……なあに、何かあったの?」

(#゚;;-゚)「ううん、シスター、もう眠いの?」

(*゚ー゚)「そうね……何だか、随分と眠い事が増えたわ」

(#゚;;-゚)「シスターお昼寝しても良いよ、ちびちゃんたちはわたしが見てるから」

(*゚ー゚)「ありがとう、あなたは本当に優しい子ね」

(#゚;;-゚)「シスターがそうしなさいって、教えてくれたから」

79 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:00:52 ID:V9PqbkIw0

 金髪の少女が、とたとたと駆けて行く。


 この町に住む人達は、金髪とブルネットの髪を持つ。

 あの頃は人と扱われなかった金の髪は、もう、町の一員として溶け込む様になった。



 ねぇおじさん、50年で、人々は変わるものなのね。

 未だに嫌う人は居るけれど、皆、ちゃんと人として生きている。



 ああ、眩しい程に明るい空。

 揺り椅子に揺られながら、子供達の声を聞く。


 わたしの金髪も、すっかり白くなってしまった。
 手も顔も、しわくちゃのおばあちゃん。

 あなたとすれ違ったとしても、きっとわたしだとは分からないくらい。

80 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:01:12 ID:V9PqbkIw0


 人には優しくしなさい。

 間違いがあれば正しなさい。

 分からない事があれば共に考えなさい。

 たくさん喧嘩をして、たくさん仲直りなさい。

 誰かと喧嘩をするのは、憎み合う事じゃないもの。

 お互いの事を知る為に、言葉を尽くしても良いものよ。

 好きも、嬉しいも、ありがとうも、ちゃんと言葉にして。

 そうしなければ伝わらない事って、たくさんあるものだから。



 そうでしょ、おじさん。

 わたしたち、そうして家族になったものね。

81 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:01:52 ID:V9PqbkIw0

(*゚ー゚)(ああ……良い天気ね)

(*- -)゙(こんなに良い天気だと、眠くもなるわ)

(*- -)(少しだけ、お昼寝させてもらいましょう)



 さやさや、風が草花を踊らせる。
 わあわあ、子供達が笑う声がする。


 何だか、色んな事を思い出す。

 ほんの、ちいちゃなおちびさんだった頃の事。

 おじさんとお別れをした、まだお嬢さんだった頃。

 わたしが生きてきた時間の、ほんの一部だとしても、あの15年はこんなにも重く強く根付く。


 思い出される日々を思うと、おじさんの言葉の意味を知る。

 泣くのも、怒るのも、笑うのも、全ては素敵な思い出だ。

 綺麗な物だけを持っていてと祈った幼いわたし。
 おばあちゃんになって分かったわ、どんな思い出も綺麗なのだと。

82 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:02:18 ID:V9PqbkIw0

 嫌な事も、苦しい事も、たくさんあった。

 金髪のシスターを嫌がる人だって居た。

 だけれどわたしは、それを越えて、今こうして、幸せを噛み締めているの。


 子供達に、次は何を教えよう。
 楽しい事も嫌な事も、あの子達の今後にきっと役に立つ。

 甘いものばかりでは、虫歯になってしまうから。


 ああ、そうだ。

 わたしったら、未だに一人の時はお砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲んでしまうの。

 子供達に知られたら、子供みたい、ずるいと言われてしまうから、秘密なのだけれど。

 やっぱり、甘い紅茶だけは止められないの。

 どうしてかしら、不思議ね。

83 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:02:38 ID:V9PqbkIw0







「しぃ、しぃよ」


 ううん、だあれ。


「ほら、もう起きなさい」


 わたし、まだ眠いわ。




( ΦωΦ)「そら起きなさい、私の娘よ」

(*ぅ -゚)「んぅ……おじさん……?」

( ΦωΦ)「ああ、おはよう」

84 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:03:18 ID:V9PqbkIw0

(*゚ー゚)「あら……あら? わたし、お昼寝を……」

( ΦωΦ)「行くよ、しぃ」

(*゚ー゚)「おじさんたら、わたしが分かるの? こんなに、しわくちゃのおばあちゃんよ?」

( ΦωΦ)「はは、分かるともさ、お前は私の娘なのだから」

(*゚ー゚)「……ああ、そっか」

( ΦωΦ)「ああ、そうだよ」

(*゚ー゚)「ねぇおじさん、わたし、大人になれたかしら」

( ΦωΦ)「私にすれば、お前はいつまでも可愛らしい娘さ」

(*^ー^)「ふふ、やだわ、こんなおばあちゃんに」

( ΦωΦ)「関係は無いさ、私の娘」

(*^ー^)「そう……そうね、わたしのおじさん……手をつないでも良いかしら?」

( ΦωΦ)「喜んで」

(*゚ー゚)「ありがとう、向こうにはパパとママも、みんなもいるのかな?」

( ΦωΦ)「居るよ、さあ、行こう」

(*^ー^)「うん、おじさん、いっしょにいこ」





 わたしね、お土産話がたくさんあるの。

 それは楽しみだ、ゆっくりと聞こうか。

85 ◆XuvvuSgErk 2017/08/19(土) 07:03:48 ID:V9PqbkIw0








(#゚;;-゚)「シスター、ねぇシスター」

(#゚;;-゚)?

(#゚;;-゚)「おやすみしちゃった? シスター」

(#゚;;-゚)「……あ、また甘いお茶飲んでる……」

(#゚;;-゚)「…………シスター、お茶を飲む時は、とっても幸せそうな顔をするよね」

(#゚;;-゚)「……ちいちゃい、おちびさんみたいな顔しちゃって、シスターったら」

(#-;; -)゙「わたしも眠くなってきたや……ちびちゃんたち寝かし付けよ……」



 さやさや。
  風が舞う。

 すうすう。
  幼い寝息。



 細く上っていた甘い甘い紅茶の湯気が、薄れて、消えた。




 おわり。

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