290 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:05:18 ID:FcNNVxjc0

 泣きながら森を走っていた。

 まっくらやみで、数歩先も見えなくて。
 緑臭くて、土臭くて、生臭くて。

 私はどうして、ここに居るの。
 ここはどこなの。
 どうして私がこんな目に。


 どんなに考えたって答えは出てこない。

 ただ、ただ、あの白い顔のばけものから、逃げるしかない。



 『まっしろなようです』



 ああお願いおばあちゃんお母さん神様。

 わたしをたすけて。

291 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:06:36 ID:FcNNVxjc0

 本当は、田舎になんて来たくなかった。
 暑いし、虫は多いし、エアコンだって効かない。

 おばあちゃんちなんて来たくなかった。
 親と里帰りなんて、何だか恥ずかしい。

 嫌がっても怒られるだけだし。
 おばあちゃんに顔を見せてやれって説得されて、渋々この山奥までやってきた。


 おばあちゃんはにこにこしてたけど、私はずっとむくれた顔。

 お菓子をたくさん用意してくれてたけど、おせんべいとか大福とか、全然好きじゃない。

 ジュースも無いし、パソコンも無い、携帯ばっかり見てたらまた怒られて。


 何もかも煩わしく感じて、私は持ってきた宿題を机に出す。

 やたらに話しかけてくるおばあちゃんから逃げるように、宿題をするフリを始めた。


 おばあちゃんが少し寂しそうで、でも笑ってて、余計に私は居心地が悪くて。

292 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:07:19 ID:FcNNVxjc0

 好きじゃないお菓子を渡されて、渋々ポケットにねじ込んで。
 味気ない麦茶を飲んでも、冷たい以外に良いところも分からない。

 暑くて暑くて、ペンを握る気も起きない。
 じわじわにじむ汗で、プリントはよれて行く。

 風鈴がちりちり鳴るけど、別に涼しさなんて感じない。
 扇風機なんて古くて風が弱いから、不愉快なばっかりだ。


ξ゚⊿゚)ξ「……はぁ…………友達とプール行く筈だったのに……」


 今頃友達は、楽しそうにはしゃいでるんだろうな。
 携帯に通知が来るけど、見る気が起きない。

 電源を切って、座布団に投げ付ける。


 宿題は進まないし。
 暑いし、うるさいし。
 イライラする。

 こんなとこに来て、何が楽しいんだろう。
 全然、楽しい事なんか無いのに。


 座卓の前に座ったまま、背中から倒れ込む。

 もう、昼寝でもしよう。

293 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:08:07 ID:FcNNVxjc0

 夏休み、おばあちゃんの家。
 暑い昼下がり、扇風機の前でうたた寝。

 ちりんちりん、風鈴の音。
 からんと溶けた、麦茶の氷。
 みんみんじゃわじゃわ、けたたましい蝉の声。


 私が覚えている情景は、これだけ。
 そこから先はまどろみに飲まれて、まっくろに塗りつぶされた。


 そしてふと瞼を持ち上げると、世界は闇に沈んでいた。


 緑臭い、森の闇。



ξ゚⊿゚)ξ「…………あれ」


 これは、夢かな。

 私はおばあちゃんの家で、夏休みの宿題を放り出して寝転がったのに。

 ざらざらした畳の感触も、ほのぬるい扇風機の風も、耳がいたいほどの蝉の声も。
 どこにも、存在しない。

 胸が締め付けられるような、くらいくらい、森の闇の静けさ。

294 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:09:14 ID:FcNNVxjc0

ξ゚⊿゚)ξ「夢……だよね……?」


 鼻を突く森のにおい。

 ひやりと肌を撫でる冷たい空気。

 足の裏から伝わる土と苔の感触。

 近くの木に触れると、手のひらには木肌のざらつき。


 手についた木屑を払い、頬を撫でる。
 あまりにもリアルな感触に、私は眉を寄せた。

 夢にしては、あまりにも。

 けれど夢でも、リアルに感じるものがあると聞いた事がある。
 脳がなんとかって言うよくわからないものだったけれど、きっと夢に違いない。


ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫……ちゃんと、私は私ってわかる……夢だってわかったら、問題ないんだから」


 夢のなかで夢を自覚する、明晰夢、だっけ。
 確か自由に動かせる夢、そう、無意識にできるのはレアなはず。
 ただ少し得をするだけの夢、それだけ。

295 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:10:23 ID:FcNNVxjc0

 なのに。


ξ゚⊿゚)ξ「……足の裏が、いたい……」


 空を飛びたいだとか、風景を変えたいだとか。
 願っても、祈っても、この夢は少しも姿を変えようとしない。

 少し歩いてみたところで、足の裏にじわじわと痛みが募るだけ。

 裸の足の裏から伝わるものは、土と草、湿った苔、そして痛み。


 ここにずっと居たって、夢だとしても何も変わらない。
 どこか、明かりのある場所へ行こう。

 でも、数歩先すら良く見えない闇。
 どこを見てもまっくらで、何もない、ただの森。

 ただあてもなくうろうろと、小石を踏んだりして痛みを感じながら、歩くだけ。


 しばらく歩いたところで、疲れて座り込んでしまう。
 耳が痛くなるくらい、自分が発する音しかしない静けさ。

 足の裏は痛くてざらざらして、疲れてしまう。
 それにこの肌寒さ、袖無しを着ている私には、つらく感じる。


 怖い。


 わけのわからない場所で、一人だけで、寒くて暗くて。

 心細さに、自分の肩を抱く。
 どうすれば良いの、夢ならどうすれば覚めるの。

296 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:11:51 ID:FcNNVxjc0

 歩いても歩いても、ここがどこかも分からないのに、どこに行けば良いんだろう。
 空は木々の枝葉に遮られて、何も見えない。
 少しの明るさもないこんなところで、何を頼りに歩けって言うんだ。


 怖くて、心細くて、踞っていた。

 けれどこの理不尽な状況に、私は苛立ちを持ち始めている。

 どうしてこんな目に合うの。
 どうして私が、何で、どうして、理不尽じゃないか。

 イライラする。
 何で、私がこんな、こんな、


ξ#゚⊿゚)ξ「ッ……夢なら覚めなさいよ!! なんなのよこれ!! 意味わかんないし!!」


 苛立ちに任せて、吐き出す。
 誰にぶつけるでもなく、ただこの状況がいらだたしくて。


ξ#゚⊿゚)ξ「なんなのよもう!! マジ意味わかんないし!! 足痛いし! 寒いし!! もおっ!!」


 こうして怒鳴り散らす事で、心細さをどうにかしたかったのかも知れない。
 はあはあと吐き出しきった息を肺に送り込みながら、座ったまま頭を抱える。

297 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:12:45 ID:FcNNVxjc0

 ぐしゃぐしゃと前髪をかき回して、泣き出しそうな気持ちをどうにか落ち着かせようとした。

 寒くて暗くて痛くて怖くて寂しくて。

 何で、私が、



 がさがさ。

 どこかから、音がした。


ξ;゚⊿゚)ξ「ッ! …………な、に……?」


 ばっと顔を上げて、音のした方向を探す。

 けれど音がどこから聞こえるのかわからなくて、期待と恐怖を感じながら首を巡らせる。

 誰かが居るなら助けてほしい。
 でもその誰かが悪い人なら?

 それに人かどうかも怪しい。
 野犬とか、熊とか、襲ってきたらどうする?

 逃げられる?
 助かる?

299 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:14:26 ID:FcNNVxjc0

 一歩後ずさる私に、じり、と近付く何か。

 あんまり大きな頭をぐらぐら揺らしながら、笑顔を向けるそれから目が離せない。

 私はあまりの事にどうする事も出来ず、声もあげられず、ぱくぱくと開閉する口が渇いていく。
 ただまっしろな何かを見たまま、少しずつ、少しずつ、後ずさる。


 一目でわかった。

 これは人間じゃない。

 ばけものだ、これは。


 本能がものすごい勢いで警報を鳴らす感覚。
 逃げろと、早く逃げろと、無意識の内に身体がじりじり動く。

 しかしまっしろなばけものは、私が退く度に近付いてくる。

 そして、ぬぱぁ、と歪んだ口が開いた。
 ぐい、と私の顔のそばまで首を伸ばして、顔を近付けて、至近距離で。
 真っ赤な口の中がうごめきながら、気味の悪い声が、まろび出る。



( ^ω^)「みい つけ た」

300 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:15:20 ID:FcNNVxjc0

ξ;゚⊿゚)ξ「ひっ……ぃ、いやぁあああああぁぁあぁあっ!!!」


 ばけものの声に、私は勢い良く走り出した。

 駄目だ、あれは絶対に駄目なやつだ。
 逃げなきゃ、逃げなきゃ、早く逃げなきゃ。

 あの口、歪んだ口が真っ赤な糸を引いてうごめいて。
 あの、目、笑顔に見えたあの目、目の形がそう見えただけで、濁った目玉が私を見ていて。

 なにあれ、なんなのあれ、なんで、どうして、ああいやだ、いやだいやだいやだ。


ξ;⊿;)ξ「ひっ……ひっ……っ……は、あぁ……っやだ、やだぁ……なにあれぇ……っ」


 ぼろぼろ零れる涙が顔をぐしゃぐしゃに濡らして、ひきつった様な息が胸で鳴る。
 足の裏の痛みは今は感じない、それどころじゃない。

 全身から冷たい汗が溢れだして、心臓がばくばく、ずきずき。
 耳に届くのは走り抜ける風の音と、自分の息と足音だけ。

 後ろから音がしない事に不安を感じて、足の動きが弱まる。
 はあはあ、荒い息を整える事も出来ずに、ゆっくりゆっくり、立ち止まった。

 振り向くのが、怖い、でも、ああ、でも。

301 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:16:14 ID:FcNNVxjc0

 胸を押さえながら、勢いで後ろを振り返った。

 見えたらすぐに逃げよう、そう、すぐに。

 でも予想は外れて、私の背後には静かな森が、闇が、広がるだけ。


ξ;゚⊿゚)ξ「あ、ぇ……いな、い……」


 数歩引き返してみても、何の音もしない。
 あの白い姿も見えない。


ξ;゚⊿゚)ξ「は、ぁ……よか、た……よかったぁ……」


 ああ、あああ。
 座り込んでしまいそうな安堵感に息を吐いた。


 涙を手の甲で拭いながら、進行方向に向き直る。

 居ないけど、今のうちにもっと逃げなきゃ。
 捕まったらどうなるか分からない、本能が逃げろって叫ぶ。
 だから早く、静かに、ここから出られるように。

303 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:18:31 ID:FcNNVxjc0

 叫ぶ間も無く、私は来た方向に踵を返して走り出した。
 今度は後ろからがさがさと走る音がする。

 声を出してはいけない気がして、必死に唇を噛み締めて走った。
 何度も転びかけて、足をもつれさせながら走った。
 少しでもあのばけものから逃げたくて、離れたくて、走って、走って、走って。


 息も絶え絶えになり、遠退く音を聞いて草むらに身を隠した。

 全身から溢れる汗、冷たい肩を抱いて頭を下げて、縮こまって。
 荒い息を必死に殺し、ゆっくりゆっくり吐いて、吸って、吐いて、吸って。

 徐々に近付く音に、ただ祈った。
 お願いします、お願いです、気付かないで、通り過ぎて。


 すぐ側を音が駆け抜けて、吐き出しそうな声と息に口を押さえてぐっと飲み込んだ。

 全身の震えが止まるように、小さく縮こまって涙を堪える。


ξ;⊿;)ξ(やだ、やだよもう、なにこれ、なんなのこれ……)


 さっきまでの苛立ちは姿を隠し、私を包むのは恐怖だけだった。

304 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:19:26 ID:FcNNVxjc0

 音が遠退き、やっと噛み締めていた唇を離す。
 血が滲み、汗と混ざって変な味がした。

 どうして、こんな目に合うんだろう。

 もしかして、おばあちゃんに冷たくしたからかな。

 神様が怒ったのかな。


 ポケットに何か無いか、そっと手を入れて探る。
 携帯は置いてきたけれど、ポケットにはおばあちゃんから受け取ったお菓子が入っていた。

 音を立てないように気を付けながらそれを取り出し、そっとそっと封を切る。
 割れてしまった小さなおせんべいを、ひとかけ、口に入れた。

 少し甘くて、しょっぱい、おしょうゆの味。

 その味になんだか、安心してしまって、涙がぽろぽろと零れる。

305 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:20:20 ID:FcNNVxjc0

 おばあちゃん、私に、会いたがってたのに。

 私、ひどい態度だったなぁ。

 昔は大好きだったのに、なんで、あんな態度とったんだろ。

 怖いよ、寂しいよ、どうしよう、どうしよう、助けて。

 帰ったらちゃんと謝ります。
 帰ったらちゃんと孝行します。

 一緒にスイカ食べて、一緒にお風呂入って、一緒に寝る。

 あんなにわずらわしいと思ってたのに、今はこんなにも、頭を撫でてほしい。

 お母さんにも謝りたい。

 もうわがまま言わないから、もう反抗したりしないから。

 中学に入ってから、お母さんにひどいことたくさん言った。

 全部ぜんぶ謝ります、いいこにします、言うことききます。

 もうやだ、怖いのはやだ、家に帰りたい。

306 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:21:20 ID:FcNNVxjc0

 むしが良いよね。
 今までさんざん迷惑かけたのにね。

 でも守ってもらえるのが当然で。
 それが鬱陶しく思ってて。

 ほんとに怖い目に合ったら、守られる事がどれだけ有り難い事かわかって。

 私は、ただのわがままな子供で。


 気が付くと、おせんべいの袋を抱き締めて、しゃくりあげて泣いていた。
 一人が怖くて、まっくらが怖くて、誰かに会いたくて。

 もう耐えられなかった、気が狂いそうだった。
 この闇も、森も、寒さも、恐怖も、もう耐えられなかった。


ξ;⊿;)ξ「おかぁ、さ……おばあちゃん…………ごめんなさい……ごめんなさい……」


 思わず声が口から洩れて、あ、と気付いた時にはもう遅かった。

 私の顔のすぐ横から、後ろから、白い顔が、ぬうっとこちらを覗いてきて。

 軋むような動きで顔を向け、私は、それと目があった。

307 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:22:22 ID:FcNNVxjc0

ξ; ⊿ )ξ「いやぁああああぁぁあああぁあッ!!!」


 叫びながら勢い良く飛び起きる。

 涙と汗でぐしゃぐしゃになった私の目に映るものは、見覚えのある座卓と襖。
 真っ白な宿題と、氷の溶けた麦茶のコップ。

 ここは、おばあちゃんの家。


ξ;゚⊿゚)ξ「ぇ……あ……? あれ……?」


 荒い息を整えながら、周囲を見回す。
 扇風機は止まっているが、私がまどろむ前と変わらない光景。

 ああ、ああ夢だったんだ、夢だったんだ。

 安堵感に飲み込まれ、私はそのまま膝を抱えて泣いてしまう。
 良かった、夢だったんだ、良かった。

 あれは、ただの悪夢だったんだ。
 ちゃんと、起きられたんだ、戻ってこれたんだ。

308 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:23:26 ID:FcNNVxjc0

ξ;⊿;)ξ「あぁ……ああぁぁぁぁあっ……! 怖かった……ッ怖かったよぉ……!!」


 ひくひくとしゃくりあげて、小さい子供みたいに泣いてしまう。

 こんなに、こんなに安心できるなんて。
 ああ誰かに会いたい、おばあちゃん、お母さん、どこに居るんだろう。

 でも良かった、こんなにも日常がいとおしく感じるなんて。

 うるさい蝉の声も、風鈴の音も、暑苦しさも、こんなに、


 あれ?



ξ゚⊿゚)ξ「…………蝉の声が、しない……」


 風鈴の音も、聞こえない。
 風に揺れているのに、音がしない。

 壊れちゃったのかな、と縁側に出て風鈴に手を伸ばす。

 つついても、揺らしても、こつりとも音がしない風鈴。

309 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/14(金) 20:24:36 ID:FcNNVxjc0

 まだこんなに日は高いのに、どうして蝉が静かなんだろう。
 私はそんなに長い間眠っていたわけではないみたいなのに。

 それに、何だか、


ξ゚⊿゚)ξ「暑く……ない……」


 空は晴れて、太陽はあんなにも明るい。

 なのにどうしてか、私は暑さを感じない。

 おかしい、何かがおかしい、どうして。


 視界の端に、白い何かが映った。

 おそるおそる、足元に視線を下ろす。



( ^ω^)「みい つけ た」


 縁側の下から這い出るその白い顔。
 足元に落ちるのは、ぐしゃぐしゃになったおせんべいの袋。

 すっと、私の顔から、血の気が引いた。



  おわり。

383 ◆GEouCwZC5A[sage] 2015/08/15(土) 03:46:12 ID:frYuQOb20
お題使わせてもらったの言い忘れたのでご報告しておきます。

壊れた風鈴
白昼夢
神隠し
家に帰れなくなる呪い
気が狂う

です。
失礼しました。

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