- 3 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 00:52:10.86 ID:+bs5x23NO
-
その町は、あやかしが多く住んでいる。
町行く人々の中に、角を隠して紛れてらっしゃる。
しかしこの町のあやかしは、人に害を加えぬ不思議なあやかし。
人と変わらぬ生活に、人と変わらぬその心。
奴らあやかしはあやかしとしてではなく、人として生きておられる。
人畜無害なあやかし共は、人として認められていた。
そうして、人に混じり過ぎて、己のあやかしを亡くし行く。
人に害をなさぬ変わりに、あやかしはあやかしとしての魂を失ってしもうた。
けれども誰もそれを咎めず、長い時の末、それを知る者も減った。
あやかしから人へとなったあやかし共。
その中心たるは一人の男。
この町の大地主、の坊っちゃん。
その坊っちゃんだけは、あやかしがあやかしでない事に眉を寄せておられた。
- 5 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 00:54:26.84 ID:+bs5x23NO
-
坊っちゃんは、ふやけた笑顔のまま云う。
「どうして、妖怪は妖怪じゃあなくなったんだお」
大福の様な顔を、頬を膨らませて坊っちゃんは云う。
「人とあるのは良い事だと思うお、でも本来の姿を亡くすのはどうなんだお」
そして、向かいに座る男に向かって、とびきりの笑顔を見せた。
「だから、百鬼夜行、するお!!」
【( ^ω^)百鬼夜行のようです。】
『序 御知恵拝借』
- 7 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 00:56:04.86 ID:+bs5x23NO
-
みんみんじゃわじゃわ、外じゃあ木にしがみついた蝉がじゃんじゃんと鳴き喚く。
縁側に下げられた風鈴は、蝉の声では鳴らないと云うに。
痩せた男が腹の中でそう毒づき、風鈴を指先でつついた。
りん、と響かない音を奏ではしたが、涼しさは全く感じられぬ。
そりゃあそうだ、風ではなく人為的な力で鳴かせたのだから。
男は長い髪を手拭いで纏め、暑そうに肩を落とす。
襷のかけられた浴衣が、じっとり汗で湿っていた。
('A`)「あ゙ー……っちぃなー……」
背中をぐんにゃり曲げたまま、暑さのこもった息と共に言葉を吐き出す。
その息やら声は紙風船の中に吐き出した様に、どこかすっきりしなかった。
痩せた男は暑さに対して何かを思う事を諦めたのか、
右手に持っていた箒を握り直し、畳の埃を縁側から外へと掃き出し始める。
- 8 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 00:58:11.15 ID:+bs5x23NO
-
しかし、
ざかざかざっざっ。
みんみんじゃわじゃわ
ざかざかざっざっ。
みんみんじゃわじゃわ
ざかざかざっ
みんみんじゃわじゃわ
_,
(#'A`)「ええい暑苦しいッ! 鳴き止めッてんだコンチクショウがァッ!!」
男の神経を貪る様に響き渡る蝉の合唱に、汗を流す男が怒鳴った。
無論、蝉はそんな男を無視して必死に鳴き続け、男は余計に苛つくだけなのだが。
蝉にしてみりゃあ、んな事ァ知った事じゃあない。
こっちだって必死なんだと云うか云わぬかは分からんが、蝉はやはり鳴き続ける。
- 11 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:00:03.84 ID:+bs5x23NO
-
箒を振り回して木に当てようとする、痩せた男。
それを、別室から出てきた男が見付けて、かくんと肩を落とした。
(;^ω^)「……何してんだお、どくお」
_,
(#'A`)「蝉が! うるっせェ!!」
(;^ω^)「えぇ……夏の風物詩じゃねえかお……」
_,
(#'A`)「こんな風物詩はァ要らねェ! ギィィィ!!」
(;^ω^)「一週間しか生きられねんだから、そっとしてやれお……」
_,
(#'A`)「断る!!」
(;^ω^)「えぇ……つか暑さで狂ってねえかお、どくお……」
隣室から痩せた男、どくおが居る部屋に入った色白の男が呆れた顔をする。
どこか大福に似た顔の男は、暑さの所為か浴衣の上半身を脱いでおり、
首からは小さな竹筒に紐を通して下げていた。
浴衣を纏める焦げ茶の帯には僅かに腹の肉が乗っていて、
肌の色も相まって、余計に大福に似て見えた。
- 12 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:02:14.27 ID:+bs5x23NO
-
そんな男はしっかり汗をかきながら、どくおの凶行を止めようと頭を掴む。
がっしと頭を掴まれ、ぐいと下へ押されて強制的に畳に座らされるどくお。
どこか苛々したまま、縁側から外を睨んで奥歯を噛み締めている。
(;^ω^)「まあ落ち着けお、暑いのに苛々すんなお」
_,
(#'A`)「うっせェよ大福が」
(;^ω^)「えぇ……ちょ、失礼じゃねえかお、それ……」
_,
(#'A`)「喧しいわ大福が、見てるだけで暑苦しい」
(;^ω^)「ちょ、お前さん……一応はお前さんの主人だお、僕……」
_,
(#'A`)「知るか大福、黴でも生えッちまえ」
(;^ω^)「ちょ、おま……えぇぇ……」
_,
(#'A`)「ああああああ暑くて苛々するううううあ!!」
(;^ω^)「ちょいと誰かー、水汲んできてくれおー」
- 14 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:04:05.75 ID:+bs5x23NO
-
男はどくおの頭を押さえたまま、この部屋には居ない誰かに云う。
遠くから「きゅー」と妙な鳴き声が響いたが、男は気にする素振りも見せぬ。
ぽんぽんとどくおの手拭いに包まれた頭を叩くと、手のひらに固い物を感じた。
( ^ω^)「……朝顔、つぼんでるお」
_,
(#'A`)「昼だからな」
( ^ω^)「向日葵、咲いてるお」
_,
(#'A`)「夏だからな」
( ^ω^)「綺麗だお」
_,
(#'A`)「俺が世話してッからな」
( ^ω^)「夏は暑いもんだお、そうぶーたれんなお」
_,
(#'A`)「暑さに弱ェんだよ」
- 16 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:06:11.81 ID:+bs5x23NO
-
どくおの頭から手をどけて、縁側に向かって腰を屈めた男が溜め息を吐く。
普段は大人しいのに、暑くなると機嫌が悪くなる。
本来ならば暑さに弱いと嘆くのは僕だろうが、と肩を竦めた。
座り込んだまま不機嫌な表情を顔に張り付けるどくお。
その隣にしゃがんでいた男はのっそり立ち上がり、ちゃぷちゃぷと云う音を聞く。
そして少しの間を置いてから、水の入った桶を持って、何かが部屋へやって来た。
(´・ω・`)「むっきゅー」
( ^ω^)「お、しょぼん有り難うお」
(´・ω・`)「むきゅー」
( ^ω^)「おっおっ、良い子だお」
桶を頭に乗せてやって来たのは、にょろりとした体を持つ奇妙この上ない生き物。
狐に似た頭を持つそれから桶を受け取って、男は朗らかに笑っていた。
- 17 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:08:07.48 ID:+bs5x23NO
-
しょぼんと呼ばれた奇妙な生き物。
それの正体は、男が首から下げる竹筒を住み処とする、管狐。
どこかしょんぼりと情けない、柴犬の様な麿眉をしたしょぼん。
その頭をちょいちょいと撫でてやれば、しょぼんは少しだけはにかむ。
水の入った桶を地面に置いて、未だに愚痴を云うどくおの頭を掴んだ。
そうして、にっこり。
( ^ω^)「頭、冷やせお」
掴んだどくおの頭を、桶の中に押し込んだ。
強い力で頭を桶に突っ込まれ、顔が水の中に沈む。
突然の事に驚いたどくおは目を見開いて、目一杯に水を飲んでしまう。
がぼがぼと息をしようともがくが、頭を押さえつけられて身動きがとれぬ。
水は冷たく心地よい筈なのに、今は冷や汗を流してもがくばかり。
強張ったどくおの肩が、びくんびくんと跳ねた。
- 19 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:10:17.73 ID:+bs5x23NO
-
一分程そうやって水責めをしてから、押さえる力を緩めてどくおの顔を上げさせる。
顔を真っ青にしたどくおは、激しく咳き込みながらぜひぜひと喉を鳴らしていた。
どくおを苦しめていた張本人は、ずっと変わらぬ朗らかな笑顔。
( ^ω^)「すっきりしたかお?」
(;'A`)「し……死ぬ、わ……ッ!」
( ^ω^)「んな簡単には死なねえお、拷問だったらもう少し浸けてたお」
(;'A`)「ご、拷問って……お前……」
( ^ω^)「で、ちったあすっきりしたかお?」
(;'A`)「…………はい」
( ^ω^)「なら良かったお。しょぼん、これ持ってってくれお」
(´・ω・`)「むっきゅ!」
- 21 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:12:12.57 ID:+bs5x23NO
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どくおが肩で息をしているのを尻目に、男はしょぼんに桶を渡しちゃ頭を撫でる。
むっきゅむっきゅと奇妙な声を上げながら、部屋を後にするしょぼん。
その後ろ姿を見送りつつ、どくおはびしょ濡れになった手拭いを外した。
ひどく手荒な方法ではあったが、確かに頭は冷め冴えた。
にしたって、もう少しやり方があるだろう、と
縁側から外へ手を伸ばし、手拭いを両手で絞った。
びしゃびしゃと沓脱ぎ石に落ちる水を見ながら、
ある程度の水気が抜けた手拭いを広げて、顔と頭を乱暴に拭く。
それを後ろから見ていた男は、ぬっと手を伸ばしてどくおの頭を掴み
濡れた事で落ち着いていた髪を、その手でぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
(;'A`)「わぶっ、うぉ、な、何すんだっ!?」
( ^ω^)「お」
(;'A`)「あ? …………あぁ、なるほど」
- 22 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:14:07.06 ID:+bs5x23NO
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頭をぐしゃぐしゃにされたどくおが男を振り返ると、
男は何も言わずに、己の生え際、その右上を指先でつついた。
どくおが自分の前頭部に手を遣り、その意味を理解すると、静かに頷いた。
生え際の左右、少し上へ触れた時に感じる小さな固さ。
湿った手拭いを頭に巻き直したどくおは、男を見上げて肩を落とす。
('A`)「……で、何の用だよ坊っちゃん、つまんねェ事なら捻っちまうぞ」
(;^ω^)「えぇ……坊っちゃんに向かってその言い種……」
('A`)「見りゃ分かンだろ、俺ァ掃除中なんだよ」
( ^ω^)「蝉に向かって怒号飛ばすのが掃除かお」
('A`)
( ^ω^)
('A`)「何の用で御座いましょうか、お坊っちゃん」
( ^ω^)「よきにはからえ」
- 24 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:16:10.71 ID:+bs5x23NO
-
('A`)「俺、仕事中なのになァ……」
( ^ω^)「坊っちゃんの相手も仕事の内だお、世話係」
('A`)「厳密に言うと親代わりじゃねェかい?」
( ^ω^)「何でも良いわい、餡蜜やらんお」
('A`)「あ、すんやせん」
机を挟んで、向かい合って座る男二人。
大変むさ苦しい光景ではあるが、この屋敷じゃあよく見る光景である。
一人の男は坊っちゃんと呼ばれ、半裸のまま胡座を掻いて座っている。
その膝には先ほどの管狐がてろんと乗っており、心地良さそうに眠っていた。
もう一人の男はどくお、青鼠色の浴衣を黒い帯で締めてはいるが、
ひどくみすぼらしく着崩れている。
痩せっぽっちでも背は低くないのだが、向かいに座る男には横も縦も負けていた。
二人の前には食べ掛けの餡蜜が、透明な器に盛られていた。
どちらともなくたっぷりの黒蜜が絡まる寒天や白玉を匙で掬い、口に運ぶ。
柔らかい冷たさを口から感じると、たまらなく幸せが沸き上り、顔が緩む。
- 26 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:18:08.79 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)「うめえお……しょぼん、美味しいおー」
(´-ω・`)「むきゅ?」
( ^ω^)「しょぼんが作る餡蜜はうめえお、流石はしょぼんだお」
(*´・ω・`)「むっきゅっきゅ!」
( ^ω^)「おっおっ、首を絞めるなおしょぼん、頸動脈頸動脈」
('A`)
('A`)「教えたの俺でやんすよ、坊っちゃん」
( ^ω^)「うるせえお蝉に本気になる男」
('A`)「だから、すんやせんってば……」
( ^ω^)「しょぼんは良い子だおー」
(*´・ω・`)「むきゅー!」
('A`)「何だよこの疎外感」
- 28 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:20:22.69 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)「明日は冷やしぜんざいにしてくれお、しょぼん」
(*´・ω・`)「むきゅ!」
('A`)「だからね、それ俺の味なんでやんすよ坊っちゃん」
( ^ω^)「あーはいはい、しょぼんが作るもんはうめえおー」
(*´・ω・`)「むきゅーん!」
( ^ω^)「本当にしょぼんは料理上手の良い子だお、かいぐりかいぐり」
(*´-ω-`)「むきゅうー……」
('A`)
('A`)「明日は俺が作る」
( ^ω^)(計画通り)
- 30 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:22:11.19 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)(この野郎、最近は面倒がって台所に行かねえからお)
(´・ω・`)(むきゅー)
( ^ω^)(ははは、あやつめ)
長い間、二人で暮らしていた坊っちゃんとどくお。
元々は家事やら全般をこなしていたが、
しょぼんが来てからは簡単な仕事しかしなくなったどくお。
それに灸を据える様に、坊っちゃんはにこやかと笑っていた。
しょぼんが再び昼寝を始め、坊っちゃんとどくおは満たされた腹を撫でる。
前には空になった硝子の器が重ねられており、中身は綺麗に無くなっていた。
坊っちゃんが浴衣の上を着直して、腕を組む。
そして向かいに座るどくおを見据え、少しばかり真面目な顔をしてみせた。
とは云うものの、ふやけた笑顔にかわりは無いのだが。
- 33 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:24:06.85 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)「どくお」
('A`)「へいへい」
( ^ω^)「この町には、あやかしが多いお」
('A`)「だァな」
( ^ω^)「僕は、僕ががきの頃から良くしてくれたあやかしが、好きだお」
('A`)「……おう」
坊っちゃんが云わんとする話の中身は、どうやら真面目な物らしい。
それに気付いたどくおは崩していた足を正して、
曲がった背中をしゃんとさせ、真面目に話を聞く姿勢に入る。
どくおが姿勢を正すのを見てから、坊っちゃんは一息置いて、口を開く。
大福の様な容貌が、ひどく畏まって見えた。
- 34 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:26:03.82 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)「あやかしは、もう長い事、町で生きてるお」
('A`)「ああ、坊っちゃんのじい様の頃からだからな」
( ^ω^)「僕にはじい様の事も親父様の事も知らんお
でも、狭く生きるあやかしを、町で生きられる様にしたと聞いてるお」
('A`)「……おう、偉大なじい様と親父様だ」
( ^ω^)「僕はがきの頃からあやかしに囲まれてたお、だから、あやかしが好きだお」
('A`)「…………ありがてェ、事だ、本当にな」
( ^ω^)「……なのに、あやかしは、あやかしじゃなくなっちまったお」
('A`)「…………」
( ^ω^)「今はもう、あやかしが、妖怪が、人になっちまったんだお」
('A`)「……しょうがねェ事、さ……そのお陰で、あやかしは人に紛れられる」
( ^ω^)「でも、でもだお」
('A`)「坊っちゃん、」
- 36 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:28:04.68 ID:+bs5x23NO
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( ^ω^)「どうして、妖怪は妖怪じゃあなくなったんだお」
('A`)「そいつは、そう……人の中に、居すぎちまったんだ」
( ^ω^)「……」
('A`)「人であれば、妖怪の頃にゃあ出来なかった暮らしが出来る
妖怪がなかなか得られなかった平穏が手に入る、だから、」
( ^ω^)「人とあるのは、平穏は良い事だと思うお
でも本来の姿を亡くすのはどうなんだお」
('A`)「…………しょうがねェ事……なんだよ……」
( ^ω^)「それでも僕は、寂しいお、妖怪が妖怪でなくなっちまうのが」
('A`)「……俺じゃ、俺は、駄目、なのかい?」
( ^ω^)「駄目じゃない、駄目じゃないお、でも悲しいんだお、寂しいんだお」
('A`)「…………」
- 38 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:30:05.42 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)「馴染んだ物の形が壊れるのは、ごく当たり前の事だと、理解してるお」
('A`)「……それでも、寂しいのか」
( ^ω^)「……寂しいんだお、思い出が消えちまうみたいで、悲しいんだお」
('A`)「……なら坊っちゃん、坊っちゃんは、どうすれば良いッてんだい?」
( ^ω^)「…………」
('A`)「妖怪として、人に虐げられて生きれば、良いのか?」
( ^ω^)「違うお、違うんだお、そうじゃあないんだお」
('A`)「なら、」
( ^ω^)「妖怪として、人の中で生きられれば、どれだけ良いか」
('A`)「……俺は人になって、良かったと思ってるぜ、坊っちゃん」
( ^ω^)「どくお……」
- 40 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:32:16.13 ID:+bs5x23NO
-
('A`)「俺は、人にならなきゃ地獄でしか生きられなかった」
( ^ω^)「……」
('A`)「変わっちまうのは、どうしようもねェ、変わる事を望む奴も居る」
( ^ω^)「…………分かって……るんだお……」
('A`)「……悪い」
( ^ω^)「……だから僕は、思ったんだお」
('A`)「ん?」
( ^ω^)「妖怪を完全に捨てちまう前に、一つ、見たいもんがあるんだお」
('A`)「見たい、もん?」
( ^ω^)「最後に、妖怪として最後に、大行列を成してほしいと」
('A`)「……まさか、坊っちゃん、」
( ^ω^)「最後の最後に、大きな花火を打ち上げるみてえに」
('A`)「…………なるほどね、何を真面目に云うかと思やァ……そう云う事かい」
( ^ω^)「────だから、百鬼夜行、するお!!」
- 43 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:34:09.35 ID:+bs5x23NO
-
大福の様なふやけた笑顔が、満面の笑みに変わる。
それを見たどくおは、少しばかり困った様に、嬉しそうに、口の端を持ち上げた。
この馬鹿が云う事は、とても簡単なもの。
妖怪と最後の思い出に、百鬼夜行が見たい、それだけだ。
目の前で満足げに笑い、管狐のにょろりとした体を撫でている坊っちゃん。
管狐は眠りながら、嬉しそうにむきゅーだかむっきゅんだか鳴いている。
そこに妖怪のままの妖怪が居るじゃねェか、とは云わず、どくおも笑う。
('A`)「で、町の奴等に伝えに行くのか?」
( ^ω^)「お、そのつもりだお」
('A`)「だがよ坊っちゃん、町の奴等だけじゃあ足りねェぜ?」
( ^ω^)「お……」
('A`)「……まあ、町の外まで手を借りに行くのもありかもな」
- 46 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:36:16.89 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)「町の外に、知り合いとか、居るのかお?」
('A`)「居るッちゃあ居るが……妖怪にゃ、悪たれ共も居るんだぜ?
町の奴等みてェに、気の良い妖怪ばっかりじゃあねェんだよ?」
( ^ω^)「おー……」
('A`)「一応は俺も着いてくがよ、俺ァ、やり合うのは苦手なんだよ」
( ^ω^)「鬼なのに、かお?」
坊っちゃんの言葉を聞いたどくおが、そっと手拭いを外して頭に手を遣る。
痩せた指先に当たるのは、うっすら茶色の小さな突起。
ぼさぼさの頭を撫で付ければ、よく見えるそれ。
生え際の少し上、二ヶ所に生えるは、小さな角。
どくおの、あやかしとしてのあかしだった。
- 48 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:38:13.28 ID:+bs5x23NO
-
('A`)「俺ァな、鬼は鬼でも、餓鬼なんだよ?」
( ^ω^)「お……」
('A`)「餓鬼に、やり合う力があるものかよ」
( ^ω^)「でも、人間よりは強いお」
('A`)「相手が人間ならな、だが相手は妖怪だろうがよ」
( ´ω`)「おー……」
('A`)「……情けねェ面すんなよ坊っちゃん、誰かに手伝い頼めば良いだろ」
( ^ω^)「お?」
('A`)「だから、他にやり合える奴に手伝い頼むんだよ」
( ^ω^)「…………不本意ながら、把握だお」
('A`)「へいへい、じゃあ行くか」
( ^ω^)「あてがあるのかお?」
- 50 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:40:33.92 ID:+bs5x23NO
-
('A`)「あるよ、ほら裏の神社によ」
( ^ω^)「おー……お、なるほどだお」
('A`)「ンじゃあ、行くぞ」
( ^ω^)「その前に着替えてくるお、おめかしおめかし」
('A`)「何を色気付いてんだ、気色の悪い」
( ^ω^)「ちょ、おま、外に出るのに湯上がり着じゃナンだからって……」
('A`)「ああはいはい、さっさとしろ」
( ^ω^)「何なのこの子、やっぱり明日のぜんざいもしょぼんに頼むお」
('A`)「ごゆっくりどうぞ、お坊っちゃん」
( ^ω^)「ははは、こやつめ」
('A`)「うるせェ、甘味を俺より旨く作る奴なんざ居るかよ」
( ^ω^)「何なのその自信」
- 52 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:42:11.63 ID:+bs5x23NO
-
膝に乗せていた管狐を机に置いて、坊っちゃんがどっこらせと立ち上がる。
そして、裸足をぺったらぺったら鳴らしながら部屋を後にした。
残されたどくおは、手拭いを頭に巻いて立ち上がった。
机では、むきゅーむきゅーと寝息を立てるしょぼん。
その頭を指先でつつき、両手で持ち上げて自分の肩に乗せる。
この屋敷には、二人と一匹しか住んでいない。
坊っちゃんのじい様やら親父様の時は多く居た使用人も、今や一人も残っていない。
親父様と入れ替わりにやって来たどくおが、坊っちゃんを育て上げた。
しょぼんは使用人ではなく、あくまでも愛玩動物の立場。
屋敷に住まうのは、実質、二人だけ。
親無しの坊っちゃんと、鬼のどくお。
老う坊っちゃんに、老わぬどくお。
広すぎる屋敷には、どうしようもない孤独が広がる。
いつかはこの屋敷も、遠くない未来、無人になってしまうのだろう。
行方知れずのじい様や親父様を思い出して、どくおはため息を転がした。
どうして、俺は鬼なんだ。
- 54 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:44:10.45 ID:+bs5x23NO
-
从 ゚∀从「で、私の所に来たと云う訳かイ?」
( ^ω^)「お、はいんの姐様なら何とか出来るかと」
从 ゚∀从「あのねエ、私は便利屋じゃア無いんだよ、内藤の坊っちゃん」
( ^ω^)「そこを何とかはいんの姐様」
从 ゚∀从「何とかと云われてもねエ、どうしろッてエのだよ」
着物に着替えた坊っちゃんと、そのままの格好のどくおは神社に居た。
目の前の賽銭箱に座る女に頭を下げて、何かを頼み込む坊っちゃん。
頭を下げられる女は、参った様に頭を掻いて煙管をくるりと回す。
女は、左目が隠れる変わった髪型をしており、その髪の色は深い紅色。
巫女の装束を纏う女、はいんは煙を吐き出してから腕を組んだ。
- 56 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:46:16.56 ID:+bs5x23NO
-
从 ゚∀从「しかしねエ……私も一応は人間なのだよ? 内藤の坊っちゃん」
( ^ω^)「でも、はいんの姐様は長生きだお」
从 ゚∀从「そいつア妖怪と契りを交わしてるからさ、だから私はこの姿」
( ^ω^)「おー、赤毛の事かお?」
('A`)「ああ、だから胸が無いのか」
从 ゚∀从「君達は実に失礼だ」
( ^ω^)「え、僕も?」
('A`)「本当の事だろォが姐様よ」
从 ゚∀从
从 ゚∀从「帰れ、主に鬼」
('A`)「だが断る」
( ^ω^)「どくおちょっと黙れお」
- 59 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:48:21.26 ID:+bs5x23NO
-
巫女はいんは、己の凹凸が限りなく乏しい胸を軽く叩いた。
その行動に大して意味は無いのだろうが、
どくおはそれに対し、叩いてもでかくはならねェよと呟く。
その結果、頭にたん瘤をこさえる事になるのだが。
从 ゚∀从「で、思い出作りに百鬼夜行、だったかイ?」
( ^ω^)「お、そうだお」
从 ゚∀从「別にそいつア構わんと思うよ、妖怪の見納めと思やアね」
( ^ω^)「お……」
从 ゚∀从「まアだからと云って、私に何が出来るのかと云う話なのだがね」
( ^ω^)「はいんの姐様はめっぽう強いって聞くお、だから、」
从 ゚∀从「外の妖怪を手懐けるのに、拳を振るえと云うのかイ?」
( ^ω^)「お……そう云ったら、聞こえが悪いお……」
从 ゚∀从「アアすまんすまん、しかし、間違っちゃアいないのだろう?」
( ´ω`)「おー……」
- 60 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:50:11.82 ID:+bs5x23NO
-
('A`)「姐様よ、あんまし虐めてやんなや」
从 ゚∀从「虐めてるつもりは無いのだがね、すまんすまん」
('A`)「で、手は貸してくれねェのかくれるのか」
从 ゚∀从「結論としちゃア貸して遣るさ、微力ながらもね」
('A`)「そいつァ有り難いこって」
从 ゚∀从「君、感じが悪いね」
('A`)「そりゃどうも」
从 ゚∀从「女嫌いは構わんがね、私は女じゃア無いのだよ
そう、素っ気なくしないでくれ賜えよ鬼っ子殿」
('A`)「……煩ェんだよ、お前は」
从 ゚∀从「アアやれやれ、全く困った鬼をお持ちだね内藤の坊っちゃん」
(;^ω^)「す、すまんお」
('A`)「喧しいッてんだよ姐様よ」
(;^ω^)「どくおっ、止めろお!」
- 63 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:52:39.94 ID:+bs5x23NO
- 険悪な雰囲気を溢れさせる鬼と巫女。
本来ならば敵と云っても過言ではない立場ゆえ、しょうがないのだろうけれど。
顔を合わせりゃいがみ合い、言葉を交わせば罵り合い。
それが、がきの様に可愛らしければまだ良いものの
こいつらは、陰険な言い方に遣り方で罵り合ってはいがみ合う。
普段は丸いどくおも、はいんが相手なら刺を成す。
もっとも、はいんは何時でも誰が相手でもこの態度なのだが。
静かに口が悪い分、頭は切れるしよく冴える。
腕っぷしも、そのかんばせも申し分無いもの。
ただ、性格が悪いのだ。
从 ゚∀从「アアやれやれ、内藤の坊っちゃんを困らせるとは悪い鬼だ」
('A`)「喧しい巫女様だァな、清らかさの欠片もめっかんねェ」
从 ゚∀从「別に私は好きで巫女をしている訳じゃア無いさ、祭り上げられただけさ」
('A`)「ァあ? じゃあ辞めッちまえよ巫女なんざ」
从 ゚∀从「おいそれと辞めるもんじゃア無いよ、責任感と云うのが鬼には無いのかイ?」
('A`)「良い根性じゃねェか巫女様よ、あ?」
从 ゚∀从「アアこわいこわい、巫女に対して何を云うやらこの鬼は」
- 64 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:54:05.50 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)
(´・ω・`)
( ^ω^)「しょぼん、帰るかお」
(´・ω・`)「むきゅ」
ねちねちと刺をふんだんに含んだ言葉のやり取りをする二人。
そんな二人に背を向けて、管狐を首に巻いた坊っちゃんが歩き出した。
さわらぬ神になんとやら。
これ以上、参る前に放ったらかして帰るが吉。
そう決めた坊っちゃんに気付いた二人が、慌ててその背中を呼び止めた。
(;'A`)「お、おい待てよ坊っちゃん!」
从 ゚∀从「こんなのを置いて帰らないでくれ賜えよ、内藤の坊っちゃん」
( ^ω^)「人様ほったらかして喧嘩する様な奴等は知らんお、さあ帰るおしょぼん」
(´・ω・`)「むっきゅ」
- 67 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:56:16.07 ID:+bs5x23NO
-
(;'A`)「悪かったよ、悪かったって」
( ^ω^)「喧しいおアジの開きのあばら骨」
(;'A`)「あばっ……」
从 ゚∀从「ほら、これ持って帰ってくれ賜え」
( ^ω^)「喧しいお河豚の鰭酒」
从 ゚∀从「ほう、なかなか高級だね」
( ^ω^)「僕は魚臭くて好かんお」
从 ゚∀从「う」
( ^ω^)「さーて帰るおしょぼん、そろそろ取り立てもせにゃあならんお」
从 ゚∀从「あ、ちょ、ま、待ち賜えよ内藤の坊っちゃん」
( ^ω^)「そこの長屋の家賃、滞納されてんだお、何とか搾り取らにゃあ」
从;゚∀从「ま、あ、待って、待ち賜え、待ってくれ」
( ^ω^)「ああ、そういや、はいんの姐様の自宅はそこの長屋にあったお」
从;゚∀从「済みません待って下さいお願いします」
- 72 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 01:58:43.77 ID:+bs5x23NO
-
( ^ω^)「じゃあ、云う事がある筈だお」
(;'A`)「う」
从;゚∀从「う」
( ^ω^)「しょぼん、暫く料理当番頼むお、誰も台所に入れるなお」
(´・ω・`)「むきゅ」
(;'A`)「すまん本当すまん、ごめんなさい」
( ^ω^)「しょぼん、ちとそこの長屋の家賃取り立て、手伝ってくれるかお?」
(´・ω・`)「むきゅ」
从;゚∀从「アアすまんすまん本当にごめんなさい」
( ^ω^)「次に喧嘩したら、大地主の権力を全開で使うお」
(´・ω・`)「むきゅ?」
( ^ω^)「これ、大地主でなく大地主の坊っちゃんだろとか云わない」
(´>ω<`)「むきゅー」
- 74 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 02:00:18.17 ID:+bs5x23NO
-
頬をぷくんと、焼いた餅の様に膨らませた坊っちゃん。
その口から告げられた言葉に、どくおとはいんは慌てて謝罪の言葉を口にした。
不本意ながらと云った具合に下げた二人の頭を一発ずつ殴り、
坊っちゃんは腕を組んで、ぷふんと息を吐き出す。
( ^ω^)「で、だお。これから軽く妖怪達の所に行きたいんだお」
('A`)「へい」
( ^ω^)「最初は、誰の所に行ったら良いと思うお?」
('A`)「好きなとこで良いんじゃねェのか?」
从 ゚∀从「しかし、馴染み深いとは云え突然行くのはね」
( ^ω^)「そうなんだお、良く知る顔ばかりだけど、突然行くのは気が引けるんだお」
('A`)「あー…………じゃあよ、取り敢えず屋敷の近くから回ってみたらどうだ?」
- 77 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/08/09(日) 02:02:31.71 ID:+bs5x23NO
- ( ^ω^)「お、例えば?」
('A`)「例えば、」
从 ゚∀从「甘味処にも居るんじゃアないかイ? 良く行くのだろう?」
(#'A`)
( ^ω^)「甘味処……じゃあ、そこから行くお! どくお着いて来いお!」
('A`)「……おう」
从 ゚∀从「私はお勤めがあるからね、手が必要ならまたおいで」
( ^ω^)「おっ、ありがとおはいんの姐様!」
从 ゚∀从「アアはいはい、またね」
軽く手を振って、巫女に別れを告げて再び歩き出す。
どこか拗ねた顔のどくおと、困った顔の坊っちゃん。
しかしその顔には、少なからず、期待等が顔を覗かせていた。
これから始まるであろう百鬼夜行に、胸をときめかせて。
おわり。