- 2 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:15:18.05 ID:0Yf0sSk5O
-
夜道を歩く男が一人、上機嫌に小さな包みを持って歩いて居た。
にこにこと嬉しそうに笑う男。
町はもう暗闇に飲み込まれ、家々から溢れる灯りは僅かなもの。
男は足早に、家に待たせる家族に会うべく道を行く。
そんな男を襲うは、一陣の風。
びゅおうと突然吹いてきた風に、男は驚き目を瞑った。
その瞬間。
「ぅおっ!?」
どさり、地面に叩き付けられる身体。
足元に何かが当たり、男は体勢を崩してその場に倒れ込んでしまった。
- 4 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:17:29.98 ID:0Yf0sSk5O
- いたた、と男が地面にぶつけた膝を撫でて立ち上がると、
右の脹ら脛にひどい痛みを感じ、またも転んでしまった。
びりびりと痺れる様に、熱く痛むそこ。
痛む箇所に手をやれば、ぬるりとした何かが男の手を濡らした。
暗闇によって見えはしないが、男の脹ら脛は大きく裂けていた。
ぱっくりと口を開く傷からは、脂肪と血肉が覗き
どくんどくん、脈動に合わせて沸き上がる血が溢れ出る。
生成りの着物を赤く汚し、男は足を引き摺りながら帰路に就く。
とにかく帰ろう。
帰って、脚を見てもらおう。
地面に血の跡を残しながら、男はふらふらと去って行く。
その背中を、六つの目玉が見つめていた。
- 5 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:19:04.66 ID:0Yf0sSk5O
-
何も、妖怪でありたくない訳ではない。
妖怪であり続けたいと願う妖怪も、中には居て。
だからその妖怪は、訪れる本能に身を横たえる。
それが誰かを傷付ける事だと理解していても、己を失いたくはなくて。
だから『さんきょうだい』は、己の得物を振り上げる。
一番上は、どうか忘れないでと涙ながらに。
真ん中は、哀しそうな上を泣き止ませようと。
一番下は、良心片手に蹲り、二人に従う事も出来ず膝を抱く。
【( ^ω^)百鬼夜行のようです。】
『第二話 三人組之旋風 前』
転ばし刻んで傷を癒す。
それが本能なのだから、従う事しか出来やしない。
- 6 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:21:12.01 ID:0Yf0sSk5O
-
(#'A`)「ッざけやがってェ! どこのどいつだ、こんな事しやがったのはァッ!!」
(´・ω・`)「むきゅー……むきゅきゅー?」
(;^ω^)「おー……大丈夫だから、そう云うなお……」
(#'A`)「喧しいッ!! お前は自分がどんな目に会ったか理解してんのかァッ!?」
(;^ω^)「お、おー……」
(´・ω・`)「むきゅ……」
(;^ω^)「大丈夫だおしょぼん、気にすんなお」
お屋敷のある一室に、足を投げ出して座る男が居た。
その正面には、怒りをあらわにして怒鳴り、机を蹴っ飛ばす痩せた男。
座する男の首には、襟巻きの様な形をした奇妙な獣が絡まっていて
心配そうに、男の頬に額を擦り付けている。
生成りの浴衣を着て足を投げ出す男、坊っちゃんは、困った様に頭を傾ける。
その右足には、血の滲んだ包帯が巻かれていた。
- 7 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:23:09.18 ID:0Yf0sSk5O
-
(#'A`)「あああああっ、夜道に辻斬りたァふざけた真似しやがってッ!!
取っ捕まえて手足もいで喰ってやらァッ!!」
(;^ω^)「や、やめんかーい……鬼に戻るなおー……」
(#'A`)「今だけは鬼に戻るッ! 人間一匹程度なら軽く喰えるッてんだよッ!!」
(;^ω^)「おー……そんなにひどい怪我じゃねえんだから、落ち着けおー……」
(#'A`)「ひどくねェだァッ!? 小指の先程の深さ斬られてンだぞッ!!?」
(;^ω^)「で……でも痛くねえお……」
(#'A`)「お前の痛覚が鈍いだけじゃああああああッ!!」
(;^ω^)「おー……」
実際に、坊っちゃんが負った傷は結構の物だった。
腱や神経は傷付いて居ないものの、その傷は深い。
一晩経った今でも血はなかなか止まらず、放って置いて治る傷ではなく。
これは縫わにゃならんかお、と坊っちゃんが眉を下げて溜め息を吐く。
痛みには強いしあまり感じないが、縫った時のひきつる感覚は好きじゃあない。
それより何より、目の前で怒りに任せて机を蹴るどくおが、正直な話、怖かった。
- 8 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:25:12.68 ID:0Yf0sSk5O
-
男手一つで坊っちゃんを育てたどくおは、過保護である。
過保護ゆえに、坊っちゃんがこういった怪我をした時は烈火の如く怒り狂う。
その姿からは、普段のうすぼんやりとした様子は伺えず
怒りに鋭くなった角と牙が溢れていた。
もはや手拭いの下に収まらない角に、口の端から溢れる牙。
それらは、人間とは云い難き容貌で
坊っちゃんは余計に、溜め息をこつりと転がした。
すると、とんとん、と縁側から音が届いた。
坊っちゃんがどくおから縁側へ顔を向けると、そこには白い着物の色男が立っていて。
( ^ω^)「お、ふぉっくす」
爪'ー`)y‐「やぁやぁ、時間かかったけど報告に来ましたよんっと」
( ^ω^)「報告?」
爪'ー`)y‐「取り敢えず、狐の上層部に連絡したら百鬼夜行手伝うってさぁ」
- 9 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:27:14.79 ID:0Yf0sSk5O
-
( ^ω^)「お! 本当かお!?」
爪'ー`)y‐「うん、僕が連絡したのは数匹にだけど、そっから他の狐にも云っとくって」
( ^ω^)「他の狐にも手伝って貰えそうかお?」
爪'ー`)y‐「ま、連絡つく奴等は手伝うんじゃないかなぁ」
( ^ω^)「有り難うおふぉっくす、恩に着るお!」
爪'ー`)y‐「ほいほい、約束だから云わないでねぇ」
( ^ω^)「脅すみてえにして悪かったお、ふぉっくす」
爪'ー`)y‐「理由云ってくれれば普通に手伝うのにさぁ、ところで」
( ^ω^)「お?」
爪'ー`)y‐「どしたのさぁ?」
( ^ω^)「お、脚かお?」
爪'ー`)y‐「それもだし、鬼っ子も、すごぅく怖いよぉ?」
(;^ω^)「おー……それが……」
- 10 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:29:18.77 ID:0Yf0sSk5O
-
耳を揺らしながら頭を傾ける色男ふぉっくすに、昨晩の出来事を簡単に説明する。
甘味処の帰り、土産を持って帰宅しようとしたら転んだ事。
どうやら転んだ時に、右の脹ら脛に大きな怪我した事。
どくおの様子をちらちら伺いつつ云うと、ふぉっくすは腕を組んで眉を寄せた。
珍しく見せる難しい顔に、どうしたのかと坊っちゃんも首を傾げる。
と、ふぉっくすがゆるりと口を開いた。
爪'ー`)y‐「そういやねぇ、最近、同じ様な事が多いんだって聞いたよぉ」
( ^ω^)「同じ様な事ってえと……転んで、怪我……かお?」
爪'ー`)y‐「うんうん、風が吹いて転んでーってのぉ」
( ^ω^)「おー……何なんだおー……?」
爪'ー`)y‐「んんー、なんとなく分かるんだがねぇ」
( ^ω^)「お?」
- 11 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:31:06.20 ID:0Yf0sSk5O
-
爪'ー`)y‐「ま、そいつはこれから来る奴に聞いてねぇ」
( ^ω^)「これから?」
爪'ー`)y‐「うん、先刻ねぇ、狸の親分に会ったんだぁ」
(;^ω^)「お!?」
爪'ー`)y‐「あ、喧嘩はしないよぉ? もう協定結んだからぁ」
(;^ω^)「お……そ、そうかお……しかし、何でまた狸どんが?」
爪'ー`)y‐「さー、相談があるって云ってたねぇ、ま、聞いておやりよぉ」
(;^ω^)「いや、それは構わんけど……何でまた僕に相談……?」
(,,゚Д゚)「百鬼夜行を手伝う代わりに、ちいと聞いて欲しくてな」
( ^ω^)「おっ、なるほどだお」
( ^ω^)
( ^ω^)「あれ?」
- 12 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:33:10.81 ID:0Yf0sSk5O
-
ぺたんと座る坊っちゃんと、縁側に腰掛けて話すふぉっくす。
何時の間にやら、その間で胡座を掻いて座る大男が現れていた。
濃紺の羽織に、黒に近い茶の着物。
無精髭を生やした顎を、武骨な手で撫でる男。
男の頭にゃ荒く短い黒髪に紛れる様に、小さな獣の耳が覗いていた。
(;^ω^)「た……狸どん……お前さん、何時の間に……」
(,,゚Д゚)「先刻だ」
爪'ー`)y‐「あらん、坊っちゃん気付いてなかったぁ?」
(;^ω^)「気付かんお……つうか、三大遊男の二人が揃っちまったお」
(,,゚Д゚)「失敬な話だ、儂ァこの狐とは違って遊び歩きゃあしねぇ」
爪'ー`)y‐「僕だって遊び歩いてなぁいよ、ただりりちゃんに会いに行ってるだけぇ」
(,,゚Д゚)「じゃかあしい変態め、一緒にすんなってぇんだ」
爪'ー`)y‐「こないだから変態扱いしかされてないなぁ、純愛なのにぃ」
(,,゚Д゚)「相手が良くねんだろうが、歳ぃ考えろや」
- 14 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:35:06.03 ID:0Yf0sSk5O
-
( ^ω^)「取り敢えずどくお、机蹴ってねえでお茶……お?」
坊っちゃんが二人から顔をそらし、苛立たしげに机を蹴るどくおの方を向く。
しかしそこにどくおの姿はなく、ただ机に冷えた麦茶が三杯置かれていた。
首を傾げて手を伸ばし、麦茶の入った茶碗を取って二人に渡す。
が、狐は「僕はそろそろおいとまするよ」と茶を断り、
へらへら手を振りながら、尾っぽを揺らして立ち去ってしまわれた。
一つ余った茶碗を机に戻し、大福がてんこ盛りの菓子器を狸の前に差し出す。
台所の方から怒鳴り声と何かを作る音が聞こえたが、二人は聞かない振りをした。
一口くいと茶を飲んで、冷たさで喉を冷やしてから息を吐く。
坊っちゃんの首から降りた管狐が、狸の前の大福を一つ貪っていた。
やっと真面目に話を出来る状態になり、狸が坊っちゃんに向き直った。
その顔は厳めしいが、まだ若さを多分に感じられる。
しかし若いだけではなく、相応の貫禄を持つ。
顔だけを見れば若いのだが、
顎の辺りにある傷や広い肩幅、太い腕に大きく骨張った手。
どれもこれも、ただの若造とは思えぬ物であった。
- 16 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:37:08.76 ID:0Yf0sSk5O
-
(,,゚Д゚)「で、だァ坊主」
( ^ω^)「お」
(,,゚Д゚)「脚、やられたんだろう」
( ^ω^)「やられた……って云うか、転んだだけだお?」
(,,゚Д゚)「そいつぁ違う、それはあやかしの仕業だ」
( ^ω^)「お……?」
(,,゚Д゚)「分からねェか? 妖怪に囲まれて、妖怪集めてるのにか?」
(;´ω`)「おー……すまんお……」
(,,゚Д゚)「…………否、ちゃんと話す、悪い」
- 18 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:39:05.91 ID:0Yf0sSk5O
-
ざらりとした顎を撫でて、狸は何をどう云うかと首を捻った。
そして、顔を餡と餅取り粉まみれにする管狐の鼻ッ面をつついてから、再び口を開く。
つつかれた管狐はむきゅっと鳴いて、拗ねた顔で狸を見上げていた。
(,,゚Д゚)「……鼬が、だな…………その、」
( ^ω^)「お?」
(,,゚Д゚)「……妖怪にゃあ、人に害を成す奴も居る」
( ^ω^)「……お」
(,,゚Д゚)「で、な……妖怪にゃあ、本能がある」
( ^ω^)「お」
(,,゚Д゚)「人にゃあなりてェが、妖怪を捨てたくねぇ奴も居る」
( ^ω^)「……」
(,,゚Д゚)「そんな奴等ァな、普段は人の面ぁしてるが、本能にも従う」
( ^ω^)「…………まさか、」
- 19 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:41:12.11 ID:0Yf0sSk5O
-
(,,゚Д゚)「従うしかねえん、だぁな……」
( ^ω^)「何で……だお?」
(,,゚Д゚)「妖怪は捨てられん、だが妖怪で居続けるのは難しい
人の中で生きてりゃあ、妖怪は少しずつ、どうしても消えてっちめぇ」
( ^ω^)「お……」
(,,゚Д゚)「妖怪を保つにゃあ、本能に従うしかねえのよ」
( ^ω^)「でも狸どんは、ぎこは、ふぉっくすは?」
(,,゚Д゚)「儂ァ狐は、なんだ、その……格がぁな、違うんだよ」
( ^ω^)「お…………そう、かお……種の頭、だもんお」
(,,゚Д゚)「おう……だからぁ、な…………儂らみてえな奴とは違う、普通の妖怪は」
( ^ω^)「……本能に、従わなきゃいかん、かお」
(,,゚Д゚)「…………おう」
- 21 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:43:42.85 ID:0Yf0sSk5O
-
狸、ぎこと坊っちゃんは深く俯いてしまわれた。
無理もあるまい。
妖怪が妖怪である為には、己の本能に従わねばならぬ。
その本能が、人に害を成す事であっても、従わねばならぬのだ。
妖怪が妖怪である事。
それは、坊っちゃんも望む事。
しかしその代償に、誰かが傷付くのは、良い訳もなく。
(,,゚Д゚)「……どうすりゃあ、良いってえんだろうなぁ…………しぃ……」
( ^ω^)「お……、しぃ……?」
(;,゚Д゚)「あっ、や、何でもねえ」
( ^ω^)「しぃってえと……盛岡屋の、」
(;,゚Д゚)「芸者だ! 遊び女じゃあねえぞ!?」
(;^ω^)「や、う、うん、知ってるお?」
(;,゚Д゚)「あ、あァ……悪い……」
- 22 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:45:13.97 ID:0Yf0sSk5O
-
( ^ω^)「……しぃ、なのかお? もしかして、この」
(;,゚Д゚)「好きでやってんじゃあねえぞ!? 仕方なしにだなっ!?」
(;^ω^)「落ち着けおおっさん……しぃって事は、こいつは鎌鼬の仕業かお」
(;,゚Д゚)「だから好きでやってんじゃあな!?」
(;^ω^)「分かったから、分かったから落ち着けお」
(;,゚Д゚)「ぁ……あ、悪い……どうも、しぃの事になっちまうと……」
(;^ω^)「おー……辻斬りかと思ったら鎌鼬かお……むむむ」
(;,゚Д゚)「本人も苦しんでてだなッ!?」
(;^ω^)「分かったから、分かったからもうここは一つ黙れお!?」
変な汗を流し、必死になってこの場に居ない相手を擁護するぎこ。
度々声を大きくして云うぎこに、辟易とした坊っちゃんがぎこの肩を押さえた。
二人の間には、腹が膨れてとぐろを巻いて昼寝をする管狐が居た。
- 23 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:47:14.97 ID:0Yf0sSk5O
-
( ^ω^)「……しかし、僕に何か出来るのかお……」
(,,゚Д゚)「…………儂にも、何も出来ャしねえから、相談に来たんだ」
( ^ω^)「おー……そうそう、ちと関係無いんだけどお」
(,,゚Д゚)「あん?」
『僕にぃとぉおおおおおおおおおおお!!!!』
(^ω^;)!?
(゚Д゚,;)!?
『間違えた栗鹿の子ぉおおおおおおおおおおお!!!!』
(´ω`;)
(~Д~,;)
- 25 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:49:18.48 ID:0Yf0sSk5O
-
(;´ω`)「…………あいつには、鎌鼬の事は云わん方が良いと思うお」
(;,~Д~)「…………ああ……」
台所から聞こえた奇声に肩を落として、二人は軽く頷き合う。
鬼は苛立ちを菓子作りにでもぶつけているのか、甘ったるい匂いが流れていた。
ふわあん、と鼻を擽る甘い香りにしょぼんが寝言でむきゅと鳴く。
それに目を落とし、二人が頭を抱えていると
再び縁側から、とんとんと音が舞い込んだ。
( ^ω^)「お?」
(,,^Д^)「今日は、庭から失礼します」
( ^ω^)「お、たからじゃねえかお」
(,,゚Д゚)「よう、如何した?」
- 26 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:51:21.53 ID:0Yf0sSk5O
-
縁側へと顔を向ければ、そこには茶緑の袴をぴしり着こなす一人の男。
その顔は柔和そうな笑顔ではあるが、ぎこによく似ている。
物腰の柔らかな挨拶をし、頭を下げれば頭に生えた狸の耳がよく見えた。
そして手にしていた風呂敷包みを縁側に置き、失礼と告げて腰かける。
( ^ω^)「どうしたんだお? たからが出てくるとは珍しいお」
(,,^Д^)「お怪我をされたと聞きまして、様子を伺いに参りました」
(,,゚Д゚)「…………たからの薬はよく効く、しっかり治せ」
( ^ω^)「……お、しょぼん、水汲んできてくれお」
(´-ω-`)「むぎゅー……」
とぐろを巻くしょぼんの頭をつついて起こすと、
しょぼんは頭をあげてふにゃふにゃ宙へ浮かび、部屋から出て行く。
それを見送ってから、坊っちゃんは風呂敷包みから薬を取り出すたからを見る。
坊っちゃんの視線に気付いたたからが顔をあげ、く、と頭を傾けた。
- 27 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:53:11.00 ID:0Yf0sSk5O
-
(,,^Д^)「どうしましたか?」
( ^ω^)「おー…………いや、いつも一緒に居るちびっこは、どうしたお?」
(,,^Д^)「あ……でぃさんなら、具合が悪いみたいで」
( ^ω^)「お、大丈夫かお?」
(,,^Д^)「はい、何だか気持ちが参ってるみたいで」
( ^ω^)「……お」
(,,^Д^)「……」
(,,゚Д゚)「おい、たから」
(,,^Д^)「はい、兄さん」
(,,゚Д゚)「分かってんだろう、お前も」
(,,^Д^)「…………」
- 28 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:55:06.55 ID:0Yf0sSk5O
-
(,,゚Д゚)「最近、お前の所にもよく来るんだろう、脚を斬られた患者が」
(,,^Д^)「……はい」
(,,゚Д゚)「そいつらは、打ち身とでけェ切り傷をこさえてんだろう」
(,,^Д^)「…………はい」
(,,゚Д゚)「旋風と共に転んじゃあ、脚を斬られてんだろう」
(,,^Д^)「…………は、い」
(,,゚Д゚)「それが何なのか、お前は、分かってんだろう」
(,,^Д^)「…………」
小さな薬壺を握ってぐ、と黙りこくるたから。
それをじいと、睨む様に見据えるぎこ。
そんな二匹の狸を見て、坊っちゃんは何度めかも分からぬ溜め息を転がす。
そして、今の状況を頭で整理する事にした。
- 29 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:57:16.70 ID:0Yf0sSk5O
-
ぎこが云った様に、
風が吹いては転び、脚を大きく斬られると云う事が増えているらしかった。
それは坊っちゃんすらも体験した事で、確かな事であった。
そうしてその理由も、ぎこの話によれば、妖怪による物。
こんな芸当が出来る妖怪と云えば、他には居ない。
三匹一組の妖怪、鎌鼬。
妖怪、鎌鼬の本能は、人を転ばせて怪我をさせ、薬を塗って傷を癒すと云う物。
最終的に傷は治るので、結局は、悪戯程度の事なのだが。
なのだが。
(,,゚Д゚)「お前の所のでぃが、薬の役目の筈だ」
(,,^Д^)「……」
(,,゚Д゚)「如何して、怪我人が増えてる。三匹めが居なけりゃあ、悪戯では済まん」
(,,^Д^)「…………」
(,,゚Д゚)「今、本能に従ってる鎌鼬は、上の二匹だけなんだろう」
- 30 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 03:59:06.78 ID:0Yf0sSk5O
-
一番下の薬を塗る役が居らねば、斬られた傷はそのまま。
すぐに治る筈の傷が癒されぬのだから、それは最早、悪戯ではない。
辻斬り。
そう、云わざるをえない。
鎌鼬が本能に従うのは構わない。
しかしそれは、三匹目が居てこそなのだ。
じくん、と痛む脚に、坊っちゃんは額を押さえて俯いた。
自分の知らない所で、何か面倒な事が起きている。
それを理解してしまって、もう楽観的にはなれない。
三匹目に役目を果たさせるか、鎌鼬達の行動を、止めさせるか。
そうしなければ、傷を負う人々が増えるのみ。
こいつは、早いとこ何とかしなければ。
そう坊っちゃんが思った時、しょぼんが水のはった桶を持って戻ってきた。
- 31 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:01:04.11 ID:0Yf0sSk5O
-
(´・ω・`)「むきゅ」
( ^ω^)「お、有り難うおしょぼん」
(´・ω・`)「むきゅー」
(,,^Д^)「……では、手当てをしましょうか」
( ^ω^)「お」
ぎこに追い詰められていたたからが、ぱっと顔をしょぼんに向けて云う。
その顔はどこか安堵した様な顔で、ぎこは苦々しい表情を作る。
坊っちゃんの右足に巻かれた包帯を外し、水で濡らした手拭いを用いて傷を洗う。
血を落として綺麗になった傷は大きく、
中指の一と半分程の大きさで、深さは小指の先程度。
ぱっくりと開いた傷からは、白い脂肪に赤の肉が覗き
ぬらりと血で濡れては、光を反射させてぬらぬらと光る。
それをひょいと覗き見た狸ぎこは、うへぇと渋い顔をした。
- 32 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:03:11.81 ID:0Yf0sSk5O
-
(,,゚Д゚)「こいつァ……深いな、おい」
( ^ω^)「おー……そんなに痛くはねえんだけどお」
(,,゚Д゚)「おいおい……たから、こいつァ大丈夫なのか? 思ったより酷ェぞ」
(,,^Д^)「ううん、大事な筋やら神経は大丈夫みたいですけど……」
(,,゚Д゚)「こりゃあ、暫くは動かせねェなあ……」
(,,^Д^)「そうですね、でも深いのに中の方は余り傷が…………あ」
( ^ω^)「お?」
(,,゚Д゚)「あん?」
(,,^Д^)「あ、いえ、あの…………はい……」
(,,゚Д゚)「…………ああ、」
(;^ω^)「お、お?」
(,,゚Д゚)「………………肥えてて良かったな、坊主」
( ω )そ
- 33 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:05:11.88 ID:0Yf0sSk5O
-
ぽつり呟いたぎこの言葉に、坊っちゃんが少しばかり泣きそうな顔をした。
医者狸たからは気まずそうな顔で、俯きながら手当てをする。
その手が僅かに震えているのは、申し訳なさの為か、はたまた笑いを堪えてか。
(,,゚Д゚)「……甘いもん控えろや、ぶくぶく肥えッちまうぞ」
( ^ω^)「おー……でも、つんが……」
(,,゚Д゚)「家でも食うだろうが」
(;´ω`)「どくおが作るんだおー……美味いんだおー……」
(,,゚Д゚)「女に会う為に甘味食ってんだろ、家では我慢しろや」
(;´ω`)「…………ここだけの話、どくおが作る方が……美味いんだお……」
(,,゚Д゚)「あー…………じゃあ、運動しろや」
( ^ω^)ニコヤカ
(,,゚Д゚)「肥えて死ぬぞ」
( ´ω`)ニョボン
- 35 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:07:14.06 ID:0Yf0sSk5O
-
(,,^Д^)「ま、まあ、内藤さんはそこまでその、大きくはありませんから」
( ´ω`)「その気遣った言い方が余計に切なさを煽るお……」
(;,^Д^)「あ、いえ、あの、た、多少肉付きが良い程度ですから……」
(,,゚Д゚)「帯に腹ァ乗ってるな坊主」
(;´ω`)「さ、触んなお……」
(,,゚Д゚)「水饅頭かこいつァ、肉の層は薄いが羽二重餅みてェに柔らけぇ」
(;´ω`)「揉むなおおっさん……やめろお……」
(,,゚Д゚)「締まりのねェ面に腹、女に振られンぞ」
(;´ω`)「おー……自分が六つに割れた腹だからってうるせえおー……」
(;,^Д^)「に、兄さん、遊んでないで、邪魔ですから」
(,,゚Д゚)「ンだとゴルァ」
(;,^Д^)「本当の事でしょ……」
- 36 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:09:13.94 ID:0Yf0sSk5O
-
傷に薬を塗るたからの後ろから手を伸ばし、
坊っちゃんのたわわな腹で遊ぶ様に揉むぎこは、呆れた様な表情。
それをたしなめる医者狸と、飼い管狐の様な情けない顔をする坊っちゃん。
今坊っちゃんの脚に塗られている、狸伝膏と呼ばれる狸お手製の薬は、よく効く。
そいつはかの有名な河童の薬や、鎌鼬の薬の様に。
町医者を務める狸、たから。
心は優しくお人好し、甘ったれで臆病者。
幼い時分は、従兄弟のぎこの後ろに隠れていた様な奴である。
しかし悪戯好きな妖怪では珍しく、人一倍強い正義感。
そんなたからは、医者が適職とも云えて。
だからこそ、自分の助手である小娘、でぃ。
鎌鼬の末っ子の事を考えると、何も云えなくなってしまう。
この場には居ないでぃ、人見知りが激しく大人しいでぃ、可愛らしく、傷だらけのでぃ。
たからが愛してやまない小娘が、この『鎌鼬辻斬り事件』にも関わっている。
そう思うだけで、胸も胃も、ひどく締め付けられてしまうのだ。
- 38 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:11:18.82 ID:0Yf0sSk5O
-
坊っちゃんの手当てをしながら、たからの頭の中は鎌鼬の事で一杯。
目の前に居る坊っちゃんや、たからの背中を見る従兄弟が、
どんな切なそうな、苦しそうな顔をしているかも知らず。
ただ利己的に、愛しい娘の事ばかりを考える。
そいつが人としての普通だが、たからは医者である。
その立場も弁えず、患者の事を放っておいて、ただただ。
( ^ω^)「…………鎌鼬に、会いに行くかお」
(,,^Д^)「ぇ、え?」
考え込んでいたたからは、突然口を開いた坊っちゃんの言葉に目を丸くする。
何を言ったのかなかなか理解できず、
少しの間を置いてから、あぁと小さく声を上げた。
そして、首を傾げた。
- 39 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:13:27.91 ID:0Yf0sSk5O
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( ^ω^)「……話、聞くくらいは、せにゃあならんお」
(,,゚Д゚)「……しかし坊主、お前の足ャあ」
( ^ω^)「乗り物があれば良いんだお」
(,,^Д^)「乗り物?」
(,,゚Д゚)「台所の鬼の背中にでも乗っかってくのか?」
(;^ω^)「あれに乗っかったら潰れて折れるお」
(;,^Д^)「い、いえ、一応は彼も鬼ですから、それは……」
『いでぇぇぇぇ!! 指切ったああああああああああ!!!!』
(´ω`;)
(~Д~,;)
(-Д-,;)
- 40 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:15:24.11 ID:0Yf0sSk5O
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( ^ω^)「で、確かどこかで葬式があった筈だお」
(,,゚Д゚)「あ? …………あー、あった様な……」
( ^ω^)「知らせが来てたんだけど、脚がこれだから行けなくてお」
(,,^Д^)「それが、何か?」
( ^ω^)「狸どん、ちょっと葬式の場まで運んでくれお」
(,,゚Д゚)「あァ? 重いじゃあねえか」
( ^ω^)「ちょいとしょぼん、妖怪ばすたぁ呼んで鎌鼬の始末して貰えお」
(,,゚Д゚)「よしどこまでだ、肩に担いでやらァよ」
( ^ω^)「よかろう、ならば西門前までだ」
(,,゚Д゚)「合点任せろおら行くぞ」
(;,^Д^)(……良かった、ばすたぁ呼ばれなくて良かった……)
- 42 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:17:39.62 ID:0Yf0sSk5O
- 手当てが終わり、坊っちゃんの右足に真新しい包帯が巻かれた。
坊っちゃんは脚を引き摺りながらふらふらと立ち上がり、投げ出された羽織を拾う。
それを肩に引っ掛けると、宙に浮くしょぼんを支えにひょこひょこと歩く。
びっこを引きながら廊下に顔を出せば、口の横に手を立てて声を張り上げた。
( ^ω^)「どくおー! 出掛けてくんおー!!」
ずだだだだだだだだ。
(#'A`)「いけませんッ!!」
(;^ω^)「えぇ……」
(#'A`)「足ィ引き摺ってどこに行くんだばぁろぃ!! ド阿呆ッ!!」
(;^ω^)「……西門とこの田中さんのじい様の葬式」
(#'A`)
( 'A`)「そう、かんけいないね」
( ^ω^)(ころしてでもうばいとる)
( 'A`)「間違えた、じゃあ、しょうがないね」
( ^ω^)(阿呆だお)
- 43 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/20(木) 04:19:59.57 ID:0Yf0sSk5O
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坊っちゃんが叫んだ直後に、全速力で走って来たどくおを言いくるめ
んじゃ行ってくると軽く云ってから、ひょこひょこ玄関に向かう坊っちゃん。
その姿が喪服でない事に疑いも持たず、背中を見送るどくお。
坊っちゃんの後を追って、簡単な挨拶をしてから出て行くぎこ。
どくおが指に怪我をしている事に気付き、手当てを始めるたから。
平和そのものとなったお屋敷とは裏腹に、
町の中では、ちょいと一騒ぎが起きようとしていた。
( ^ω^)「あ、たからに百鬼夜行手伝ってくれるか聞くの忘れてたお」
(,,゚Д゚)「気にすんな、手伝わせる」
( ^ω^)「お、ならひと安心だお」
『残 八十九匹』
おわり。