9 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:25:33.73 ID:CsrGaD2oO


 早く地を駆けるならば、車を。
 早く空を行くのならば、翼を。


 そうして辿り着くは、血の匂いが溢れんその地。

 堪えておくれと涙を流したとしても、そいつは聞けぬ相談で。
 ならばぬしを殺めたらんと涙を流せば、彼女らも涙を流すのだろう。


 嗚呼、知恵を貸しておくれよ誰かさんよ。
 如何にすれば、誰も泣かずに済むだろう。



     【( ^ω^)百鬼夜行のようです。】

       『第二話 三人組之旋風 中』



 彼奴も泣いて此奴も泣いて、ついには皆が泣き出した。

 どうすれば良いのと云う問いに、答えるはいったい誰なのだろうね。


11 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:27:32.34 ID:CsrGaD2oO

 過去に狐の親玉ふぉっくすと対立していた狸の親玉、ぎこ。
 黒茶の着物に濃紺の羽織を引っ掻けた、精悍な面構えの中年に入りかけた男である。

 大福の坊っちゃんがおっさんと親しみを込めて呼ぶその男は、
 九尾の狐ふぉっくすが綺麗な色男とするならば、こちらは「男前」。

 厳めしく大きな箪笥を思わせるその姿は、威厳やらに溢れた頼りになる親分様。

 まあ、中身は云う程でも無いのだが。


 因みに坊っちゃんはと申しますと、そんなぎこに抱えられておりまして。
 この様な間抜けな図の理由は、坊っちゃんの脚の怪我の所為。

 つい先日、夜道で脚を斬られてしまわれた坊っちゃん。
 その傷は深いものの、当人はいつもと変わらぬふやけた笑顔。


 しかしその傷を付けた人物、妖怪が、鎌鼬らしく。

 「鎌鼬さんきょうだい」の一番上は、ぎこの内縁の妻とも呼べるおなご。
 一番下の娘子は、ぎこの従兄弟のたからと呼ばれる狸の、最愛の人。


 はてさて全く、どうなる事やら。
 べべんべん。


13 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:29:10.17 ID:CsrGaD2oO

(,,゚Д゚)「と云うかよ」

( ^ω^)「お?」

(,,゚Д゚)「儂が乗り物じゃあねえか、これ」

( ^ω^)「いやいや、乗り物げっつの為に乗ってるだけだお」

(,,゚Д゚)「要するに乗り物じゃあねえか」

( ^ω^)「いやいやだから、今だけだお」

(,,゚Д゚)「放り投げんぞ」

( ^ω^)「いやん」


 坊っちゃんを小脇に抱えて、町の中をからころ走る狸の親玉が、口を開く。

 その光景はひどく奇妙な物であるが、
 坊っちゃんが関わっているならしょうがない、と町の人々は疑問すら抱かない。

 どれだけ奇妙な男なのだ。


15 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:31:08.77 ID:CsrGaD2oO

 ぐちぐち文句を溢すぎこと、それにぬるく返す坊っちゃん。

 お屋敷から出て暫く進めば、ふと、空気が変わり行く。


 どこか粛々とした雰囲気に、ぎこの足がゆっくりになる。
 ふと顔を上げてみれば、そこには外へ繋がる西の門。

 喪服を着込んだ人々がちらほらと見え、坊っちゃんに声をかけようと下を向いた

 その瞬間。


ミ,,゚Д゚彡「ぃよいしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 炎を纏った車輪が猫を乗せて、門をすり抜けて飛び出した。


(;,゚Д゚)「うぉおッ!? 何じゃあッ!?」

( ^ω^)「おー出た出た」


17 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:33:13.26 ID:CsrGaD2oO

 ひゃっはあ等と奇声を上げて、巨大な車輪が転がり回る。
 それを見たぎこは驚いて、坊っちゃんを落とさない様に力を込めた。

 ぎこに持たれる坊っちゃんは、小さくぐえと鳴いてから、車輪の動きを目で追う。

 ぎゃりんぎゃりんと音をさせ、炎を纏う車輪は横道に入り
 葬式を執り行うその場に、突撃していた。


(;,゚Д゚)「お、おいおいおい! 何してやがんだァ!?」

( ^ω^)「火車だからおー、死体持ってくのが火車の性だお」

(;,゚Д゚)「いや、駄目だろうが!? あいつァ阿呆かッ!?」

( ^ω^)「お、まあ大迷惑だから取り敢えず止めに行」


( ゚∋゚)「ギュェエエエエエエエエエエエッ!!!!」


( ^ω^)

(;,゚Д゚)

( ^ω^)「あら、陰摩羅鬼まで」

(;,゚Д゚)「ぅおおおおおおいッ!?」

18 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:35:15.60 ID:CsrGaD2oO

 死体を奪いに訪れる火車と、使者の気から生まれる怪鳥、陰摩羅鬼。

 確かに葬式とは繋がりやすい妖怪共だが、まさか一緒に現れるなんてなあ。
 坊っちゃんはぎこに持たれたまま、はっはと表情を変えずに笑った。


 町に住まぬ妖怪、火車は基本的に好き勝手暴れ回る。
 たった今生まれた妖怪、陰摩羅鬼に町の秩序なんぞ知る訳もなく。

 静かにしんみりしていた葬式の場は、今や悲鳴と破壊音が広がる阿鼻叫喚。

 家屋を薙ぎ倒して轢き潰す火車は、げたげたと笑う。
 ぎゃあぎゃあと鳴き声を上げて羽搏く陰摩羅鬼は、騒がしく飛び回る。


 えらいこっちゃなあ。

 坊っちゃんが呟いた。


(;,゚Д゚)「いや、おい!?」

( ^ω^)「いやあまさかこんな事になるとは、陰摩羅鬼とか最近は出なかったのに」

(;,゚Д゚)「何を悠長にッ!?」


19 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:37:25.68 ID:CsrGaD2oO

( ^ω^)「まあほら、僕は足がこれだから」

(;,゚Д゚)

(;,゚Д゚)「いや、あのな、儂も前線から引いて随分な」

( ^ω^)「えぇ、猫や鳥に狸が勝てないのかお?」

(;,゚Д゚)「つうかな、あのな、儂、戦うのにその、火をな、使うんだがな」

( ^ω^)

(;,゚Д゚)「だってほらお前、儂、狐と化け合いやら鬼火の合戦をな」

( ^ω^)

(;,゚Д゚)「それにあの、ここで火は、な? 町が燃えッちまうだろ?」

( ^ω^)

(;,゚Д゚)

( ^ω^)

(#,゚Д゚)「ああもうやりゃあ良ェんじゃろうが!! 分かったわやるわい!!」


21 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:39:20.56 ID:CsrGaD2oO

 坊っちゃんを地面にべしゃんと叩き付けて、ぎこが肩をいからせ進んで行く。
 その先には、暴れ回る火車と陰摩羅鬼、逃げ惑う人々。

 ぎこがずかずかとそこに突っ込んで行き、喧しく羽搏く陰摩羅鬼を


(#,゚Д゚)「どっせい喧しいッ!!」

(#)∋ )「ギェピッ!?」


 殴り落とした。


 地面へと叩き付けられた陰摩羅鬼は声を上げ、その黒い身体を震わせる。
 そんな地を這う陰摩羅鬼に、坊っちゃんの管狐がしゅるりと巻き付き締め上げた。


22 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:41:07.24 ID:CsrGaD2oO

( ^ω^)「移動手段げっつ」

(´・ω・`)「むっきゅ?」

( ^ω^)「空から行けるのは便利だからおー」

(´・ω・`)「むきゅっきゅ」

( ^ω^)「流石にしょぼんで空は飛べねえお……」

(´・ω・`)ショボーン

( ^ω^)「さーて、後は地上での移動手段だお」


 どれどれと地べたに俯せで転がったまま、坊っちゃんがぎこと火車を探す。
 がしゃーんだのうぎゃーだのと音や声は聞こえるが、建物の影になっていて姿は見えない。

 右足を庇いながら匍匐前進をし、建物の角から向こう側をひょいと覗いた。

 そこには、予想通りの阿鼻叫喚。

 なのだが。


25 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:43:17.71 ID:CsrGaD2oO
ミ,,゚Д゚彡「ひゃっほぉぉぉぉぉぉうあッ!! 死体ィ寄越せァッ!!」

(#,゚Д゚)「じゃっかあしゃあッ!!」

ミ,,#)Д 彡「ほげぇッ!?」

(#,゚Д゚)「町ン中で暴れやがってこいつめがァッ!!」

ミ;,#)Д゚彡「ぉぶふっ! ちょ、ぇ? な、何だよいきなり!?」

(#,゚Д゚)「喧しいわ迷惑だわ変に顔は似てるわ坊主が腹立つわしぃは心配だわ」

ミ;,#)Д゚彡「は、はぁッ!?」

(#,゚Д゚)「たからは優柔不断だわ鬼は阿呆だわ管狐は大福食うわ
      狸とか微妙に印象良くねェわ別に腹は出てねェわふぐりで攻撃はしねェわ」

ミ;,#)Д゚彡「いや、ちょ、はッ!? 途中から俺様かんけ」

(#,゚Д゚)「昔話での狸は悪いわ間抜けだわ印象悪いわこちとら人間に害した事ないわ
      しぃが心配だってのに言い寄ってはあしらわれるわああああああああッ!!!!」

ミ;,#)Д゚彡「知った事じゃあねぇ!! いでっ、いでぇ! 耳がもげるうううう!!」

(#,゚Д゚)「じゃっかあしゃああああああああああああああッ!!!!」

ミ;,#)Д゚彡「理不尽じゃあああああああああああああいッ!!!!」

( ^ω^)

27 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:45:28.44 ID:CsrGaD2oO

( ^ω^)(言い寄ってるだけで、おっさんの女じゃなかったのかお……)

(´・ω・`)(むきゅう……)

( -∋-)「クェエエ……」

( ^ω^)「あ、起きたかお鳥」

( ゚∋゚)「ギュエエ?」

( ^ω^)「良いかお鳥、町の中では暴れちゃいかんお、迷惑になるからお」

( ゚∋゚)

( ゚∋゚)゙

( ^ω^)「よしよし、家が無いだろうから僕んち来るかお?」

( ゚∋゚)

( ゚∋゚)゙

( ^ω^)「よしよし、名前はなんだお……あ、喋れんかお」

( ゚∋゚)「あ、くっくると申します」

( ^ω^)「喋った」


30 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:47:08.49 ID:CsrGaD2oO

( ゚∋゚)「済みませんでした、産まれたばかりで物を知らなかったもので」

( ^ω^)

( ゚∋゚)「これからは気を付けようと思いますので、何卒宜しくお願い致します」

( ^ω^)

(´・ω・`)「むっきゅ」

( ゚∋゚)「あ、先輩になるんですね、宜しくお願いします」

(´・ω・`)「むきゅ!」

( ^ω^)

(´・ω・`)「むっきゅむっきゅ」

( ゚∋゚)クックー

(´・ω・`)「むきゅー」

( ゚∋゚)クックルドゥドゥドウ

( ^ω^)(何この図)


32 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:49:07.27 ID:CsrGaD2oO

( ^ω^)「取り敢えず、これ僕んちまでの地図だお、ここに行っといてくれお」

( ゚∋゚)「把握しました、では、失礼します」


 細く黒い鳥の姿をした陰摩羅鬼、くっくる。
 妙に流暢に喋っては頭を下げて、その姿を筋骨隆々な男の姿に変え、のしのしと立ち去った。

 首を捻ってその後ろ姿を見送った坊っちゃんとしょぼんは、顔を見合わせる。


(;^ω^)「飛ばんのかお、あれ」

(´・ω・`)「むきゅ」

(;^ω^)「黒い鳥だったのに何でまっちょに」

(´・ω・`)「むきゅ?」

(;^ω^)「…………しょぼんも、まっちょになるのかお?」

(*´・ω・`)「むきゅっ!」

(;^ω^)「えぇ、何その反応……分からんお……」


34 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:51:15.29 ID:CsrGaD2oO

 くっくるを見送り終わり、狸と火車の方へと顔を向ければ、
 狸は火車の上で馬乗りになって獣の耳を引っ張って怒鳴っていた。

 褌が覗いてるぞと突っ込むかを考えていると、火車が坊っちゃんの姿を見つけた。
 そうして痛みやら重みに涙を浮かべ、地面を手のひらで叩きながら声を上げる。


ミ;,゚Д゚彡「丸いの! そこの丸いの! 助けろッ!!」

( ^ω^)「んん? 聞こえんなあ?」

ミ;,゚Д゚彡「助けろってんだコンチクショウ大福餅がッ!! ぐぇっ、重いおっさん!!」

( ^ω^)「耳が遠くなったかお、何やら聞こえる様なない様な」

ミ;,゚Д゚彡「お願ぇします後生だから助けて下さいッ!!」

( ^ω^)「よかろうなのだ、その代わり」

ミ;,゚Д゚彡「ンだよ助けてよッ!!?」

( ^ω^)「僕の乗り物専属契約」

ミ;,゚Д゚彡「だあああああッ!! するッ! するからッ!!」


35 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:53:18.97 ID:CsrGaD2oO

( ^ω^)「うむうむ、おっさんそんなもんで離してやれおー」

(,,゚Д゚)「あ? ……あぁ、分かった」

ミ;,゚Д゚彡「ぐへぇぇぇ……死ぬかと思った……」

(,,゚Д゚)「じゃかあしいわ」


 火車の上からぎこが退き、坊っちゃんの元へと戻る。
 坊っちゃんの腕を持って立ち上がらせると、その腕を自分の肩へと乗せた。


 ふらふら額を押さえて立ち上がる火車は、今や車輪を首に嵌めた一人の男。

 火車は小振りな車輪を首飾りの様に付け、趣味の悪い柄物の着物を着ていて
 もさもさと多い髪を一つに纏めちゃ、猫の耳と尾を覗かせていた。

 そんな派手な男は坊っちゃんの元へと足を運び、後ろ頭をがしがし掻く。


ミ,,゚Д゚彡「…………で、ンだよ? 何すりゃ良いんだ?」

( ^ω^)「取り敢えずその前に、田中さん達に云うべき事がある筈だお」


38 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:55:20.36 ID:CsrGaD2oO

ミ,,゚Д゚彡「……すんやせんッした」

( ^ω^)

ミ,,゚Д゚彡「ごめんなさいもうしません」

( ^ω^)「よろしい」

(,,゚Д゚)「で、乗り物も手に入れたみてえだし、儂ャ此処で失礼する」

( ^ω^)「お? おー、有り難うおぎこ、これからどうすんお?」

(,,゚Д゚)「お前らは鎌鼬の所に行くんだろう、儂ャ代わりに後片付けする」

( ^ω^)「おー……すまんお、ぎこ」

(,,゚Д゚)「構わねェや、今は、しぃに会いづらくもある」

( ^ω^)「……分かったお、ぎこ、また」

(,,゚Д゚)「またな」


41 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:57:21.73 ID:CsrGaD2oO

 坊っちゃんが片足立ちになると、ぎこは背を向け、右の手をひらりと振る。
 簡単な挨拶を済ませ、火車の頭をごつりと殴ってから荒らされた葬式の場へと向かった。

 頭を強か殴られた火車は頭頂部を押さえて低く唸ったが、すぐに肩を落とす。
 別れの場であったそこを無惨な姿にさせた事に、漸く反省しようと云うのか
 肩を落とし、僅かに俯いたままでそこを見ている。

 そんな火車の頭をわしわしと掻き回し、坊っちゃんが溜め息混じりの言葉を吐く。


( ^ω^)「……手伝うかお?」

ミ,,゚Д゚彡「…………どっか行くンだろが、乗せる」

( ^ω^)「おっおっ、素直に阿呆な火車だお」

ミ,,゚Д゚彡「うっせばかやろ大福餅、俺様は反省なんざしねェし」

( ^ω^)「まあ今度、菓子折り持ってけお」

ミ,,゚Д゚彡「…………うん」

( ^ω^)「後悔するなら最初からすんなお」

ミ,,゚Д゚彡「だって本能なんだもんよ……死体あったら取りに行きたいんだもんよ……」

( ^ω^)「めんどくせえ本能だお」


42 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 02:59:12.12 ID:CsrGaD2oO

 本能か、と坊っちゃんが小さく呟き、火車の頭を支えに俯く。

 理性でどうにか出来る事もあるのだろうが、妖怪の本能は強い。
 人になろうとしていない火車等にすれば、そいつは堪えられる物でもないのだろう。

 尤も、人になりたくても本能に身を任せる者も居る。


 ぎこが加わり、葬式の場が建て直されて行く。
 それをちらりと見てから、坊っちゃんはこつりと息を吐いた。

 怒りに任せて本能に従おうとしたり、苦しみながらも本能に従おうとしたり。
 妖怪は愛しいものではあるが、妖怪は、面倒なものでもあるのだなあ。


( ^ω^)「……うっし、行くお」

ミ,,゚Д゚彡「おう、んじゃ車になるか」


 顔を上げた坊っちゃんが云うと、火車は坊っちゃんの手を退けて少し離れた。

 とにもかくにも、鎌鼬の元に行って話の一つでも聞かねばやってられない。
 話を聞いた所で何か出来るとは思えないが、放って置く事も出来ない。

 今こうしている間にも、辻斬りが起こるかも知れないのだから。


45 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:01:20.26 ID:CsrGaD2oO


 町の中を、一輪の車が駆け抜けていた。

 炎を纏った派手な猫車が、一人の男を乗せて駆け抜けていた。

 猫車を押すのは、人程もある巨大な化け猫で。
 その姿は炎に包まれているにも関わらず、燃えている様子はない。

 それは猫車本体も、そこに乗せられた男も同じ事であった。


ミ,,゚Д゚彡「おらおらおらおらおらああああああああッ!!!!」

(;^ω^)「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!?」

ミ,,゚Д゚彡「掴まっとかねェとぶっ飛ぶぞおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

(;^ω^)「みんなごめおぎゃあああああああああああああああああッ!!!!」


 化け猫は猫車を押しながら吼え、振り落とされそうになる男は悲鳴を上げる。

 それはもう、賑やかしく。


46 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:03:19.39 ID:CsrGaD2oO

 道行く人々を二、三人ほど弾き飛ばして駆け抜ける猫車。
 その目的地は、先日坊っちゃんが足を運んだ盛岡屋。

 町の中心部に存在するそこへと、猫車は爆走しておられた。


 化け猫はおらおら退け退け等と吼えているが、
 異様な迄の勢いと早さの猫車を、人間が避ける事など出来もせず。

 どっかんどっかんぶつかっては弾き飛ばされる人々に、
 坊っちゃんは叫びながらも謝罪を繰り返していらっしゃった。


 暴走する様に猫車が爆走し、大した間も開かずに町の中心部へと辿り着く。

 足で移動するより何倍も早いが、足で移動するより何倍も乱暴な移動手段。
 そのお陰で坊っちゃんは、思ったよりもずうっと早く盛岡屋に来る事が出来たのだが


ミ,,゚Д゚彡「はい目的地ィッ!!」

(;^ω^)「おおおおおおおおおおッ!!?」


 盛岡屋の前で突然止まった火車の所為で、
 坊っちゃんの体が、ぽんと宙を舞った。


50 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:05:15.22 ID:CsrGaD2oO

 ずざあと顔面から地面に突っ込んだ坊っちゃんを見下ろし、火車が人の形に戻る。
 そして、ぴしと片手を上げて


ミ,,゚Д゚彡「じゃ、お前ンちで待機してやらァ、あばよ」


 来た時と同じ様な勢いで、すたこらと走り去った。

 泥んこの顔を上げて派手な着物の背中を見送り、坊っちゃんはのっそり身を起こす。

 顔やら着物に付いた汚れをぽんぽん、と払い落とし
 右足を庇いつつ立ち上がると、のたのた盛岡屋の暖簾を潜った。


( ^ω^)(帰りどうすんだお……)


 そんな疑問を胸に一つばかり、置きながら。


51 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:07:08.91 ID:CsrGaD2oO

 びっこを引く様に店に入ると、入り口に待機していた下男に
 「しぃを頼む」とだけ伝え、目的の人物が居るであろう間へと案内される。

 下男に肩を借りつつ、未だ女郎屋ではない盛岡屋の中を行く。
 少しして目当ての間に着くと、下男はそっと襖を開け、下がってしまった。


 片足でひょこひょこ、と開けられた襖の隙間から座敷の中に滑り込む。
 するとそこには、出入り口に背を向けて座り、三味線を奏でる一人の女。

 優しい桃色の着物を着て、長い黒髪を背中に垂らした細い後ろ姿。

 坊っちゃんは適当な座布団の上にどさりと座り込むと、それにゆったり声をかけた。


( ^ω^)「しぃ」

(*゚ー゚)「あら、いらっしゃいましお客様…………ん?」

( ^ω^)「お?」


52 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:09:41.06 ID:CsrGaD2oO

 坊っちゃんの声に女がゆるりと振り返り、形の良い笑みを売る。

 と、女の顔が、少しばかり驚いた表情へと変わった。


(*゚ー゚)「あら……あらまあ、もしかして、内藤さま?」

( ^ω^)「お、覚えてたかお?」

(*^ー^)「もちろん、小さい頃、お世話しましたもの」

(;^ω^)「おー……みんな僕のがきの頃を知ってるから困るお……」

(*^ー^)「そらそうやわぁ内藤さま、町の妖怪は、みんな内藤さまの育ての親よ」

(;^ω^)「お……恥ずかしくて困るおー……」

(*^ー^)「うふふ、親御さまがいてはらへんからて、みんなでお家に伺ってね」

(;^ω^)「そういやあ、六つくらいの頃からみんな来てたお……」

(*^ー^)「ふふっ、あんなに泣き虫さんやったのにねぇ」

(;´ω`)「恥ずかしいから止めてくれおー……」


55 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:11:11.08 ID:CsrGaD2oO

 両親の顔を知らぬ坊っちゃんは、幼い頃より血の繋がらぬ妖怪達に育てられていた。
 その筆頭は、坊っちゃんのお屋敷に住み込みで居るどくお。

 しかし町中の妖怪達も、幼い坊っちゃんを気にかけて
 あれこれと世話を焼いてくれていたもので。

 悪戯小僧共に親無しと云われども、そのお陰で悔しくはなかった。
 苛められて泣いたとしても、妖怪達が優しく慰めてくれた。

 それに、血の繋がりこそはなくとも、親が沢山居る状況。
 物心ついた頃には、寂しいとも思わなくなっていた。


 そんな坊っちゃんの寂しさを取り除いてくれた妖怪の一人が、この、しぃである。

 優しく厳しく、柔らかな方言で頬を撫でられると嬉しくて。
 比較的直ぐに、盛岡屋で働く為に居なくなってしまったが。

 それでも、しぃは未だに優しく坊っちゃんに微笑みかける。

 もうすぐその微笑みが壊れるとも知らず。


56 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:13:08.01 ID:CsrGaD2oO

(*゚ー゚)「あ、と……今はお客様やったね……おこんにちは、内藤さま」

( ^ω^)「おっおっ、久しぶりだお、しぃ」

(*゚ー゚)「何年振りでしょうね、大きくなられまして」

( ^ω^)「縦に? 横に?」

(*^ー^)「うふふっ、どちらを云うてもお怒りにならはる癖に」


 懐かしい顔に、しぃは愛らしい顔で愛らしい笑みを作る。
 ころころと小手鞠の様に笑うしぃからは、何の警戒心も伺えぬ。

 三味線をそっと床に置き、坊っちゃんの側までやって来る。

 
記憶の中よりずうっと大きくなった頭を撫でようと手を伸ばした時、
 しぃの目に白い包帯が映り、ぴくんと指先を跳ねた。

 そのまま頭を撫でる事なく下ろされた手を己の膝に乗せ、
 坊っちゃんの投げ出された右足から目を反らし、取り繕う様に、にっこり。


60 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:15:08.44 ID:CsrGaD2oO

 少しの間、他愛もない会話を二人で交わす。
 そこには男と女と云う色は無く、母と子に近い穏やかな物であった。

 しかし二人で話している間も、しぃはちらちらと坊っちゃんの脚を見て
 何かを云おうとしては口を閉じ、触れようと手を伸ばしては引っ込める。

 その時のしぃは、ひどく悲しそうな、申し訳なさそうな目をしており。
 しぃの眼差しの理由を知る坊っちゃんもまた、
 どこか悲しそうな顔を、ふやけた笑顔の端に乗せていた。


 妖怪として生きづらくなって居たしぃ達さんきょうだいは、
 坊っちゃんのじい様に云われて町へ来て、人として生きる様になった。

 そこからがらりと変わった生活に、しぃ達は幸せだった。
 坊っちゃんはその恩人の孫で、可愛がりたくてしようがなくて。

 けれどその理由は孫だからと云うだけではなく、情が移ってしまったと云う事もあって。


 しぃからすれば、坊っちゃんは我が子の様に可愛い子。

 その子の脚に、覚えのある傷がある。


61 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:17:16.38 ID:CsrGaD2oO

 うっすら血の滲む包帯から目を反らして笑うしぃに、坊っちゃんが口を開く。


( ^ω^)「おっおっ、ところでしぃ」

(*゚ー゚)「はいな?」

( ^ω^)「しぃ、悲しいかお」

(*゚ー゚)「へ、?」


 その表情は先程と変わらぬふやけた笑顔で、声の調子も変わりはしない。

 それなのに、その口からまろびでた言葉に、しぃはびくりと肩を跳ねさせた。


( ^ω^)「悲しいかお、しぃ」

(*゚ー゚)「……ややわぁ内藤さま、何のお話です?」

( ^ω^)「悲しいのかお、しぃ」

(*゚−゚)「……」

( ^ω^)「悲しいから、そうやって笑うのかお、しぃ」


64 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:19:06.16 ID:CsrGaD2oO

(*゚−゚)「……内藤さま、」

( ^ω^)「人を斬るのが、そんなに悲しいのかお」


 変わらぬ調子で淡々と、しぃに問い掛ける言葉を送る坊っちゃん。

 しかしその言葉に問う様子はなく、どこか、現実を押し付ける様な力を感じた。


 坊っちゃんが言葉を紡げば紡ぐほど、しぃは顔色を無くして俯く。
 膝に乗せた手は拳を握り、ふるふると小刻みに震え始めて。


(* − )「…………どうして、内藤さま……」

( ^ω^)「人とあやかしの狭間は悲しいかお、しぃ」

(* − )「……どうして、…………」

( ^ω^)「僕の脚を見るのが、悲しいのかお」

(* − )「どうして…………ぎこ様と同じ事を……仰有いますん……」


68 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:22:16.44 ID:CsrGaD2oO

 ぽつ、と呟くしぃ。
 何度も小さく「どうして」と繰り返す小さな肩は、もはや見て分かる程に震えており。

 俯いて縮こまるしぃを、坊っちゃんは真っ直ぐに見つめる。


 育ての親とも言える女の、ひどく弱々しい肩を。


( ^ω^)「……」

(* − )「私には……何の、事だか……」

( ^ω^)「じゃあ、しぃ、僕の脚を見ろお、真っ直ぐに」

(* − )「っ……」

( ^ω^)「見れないんだお、罪悪感で見れないんだお、それは、しぃが」

(* − )「存じません、…………存じません、わ……」

( ^ω^)「なら、どうして顔を背けるんだお」

(* − )「…………」

( ^ω^)「…………」


69 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:24:08.36 ID:CsrGaD2oO

 ふるふる震えるしぃが、吐息と共にか細く言葉を吐き出す。

 少し掠れたその声に、目元にきらりと浮かぶ涙に、坊っちゃんは少し、悲しくなった。


(* − )「内藤さまも…………仰有いますん……?」

( ^ω^)「……しぃ、」
 _,
(*;−;)「っ内藤さまも仰有いますんっ? 私に、あやかしを捨てろと仰有いますのっ!?」


 ばっと顔を上げたしぃが、言葉を強くして言い放つ。
 浮かべていた涙がぼろりと溢れ、白い頬の曲線を滑らかに流れ落ちた。

 ほろほろと涙を流して言ったしぃは、涙を拭う事もせず、坊っちゃんを見る。
 その眼差しは坊っちゃんを責める物ではなく、どこか、助けを求めている様で。


( ^ω^)「違う、違うお、しぃ」
 _,
(*;−;)「私だって誰かを傷付けたくはあらしませんっ! でも、でもっ!」

( ^ω^)「しぃ、」
 _,
(*;−;)「人の中に居るのは素晴らしいですっ、幸せですっ!
     この様なけだものを人として、優しく迎え入れて下さいましたんやものっ!!」


72 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:26:16.69 ID:CsrGaD2oO

 顔を歪め、甲高く怒鳴る様に吐き出すしぃ。
 その顔が、声がたまらなく悲しくて、坊っちゃんは己の胸をぎゅうと押した。


( ^ω^)「お……」
 _,
(*;−;)「幸せですわ、とてもとてもっ! でも、でも私は鎌鼬やのですっ!!
     私は人である前に、妖怪やのですっ! 鎌鼬やのですっ!!」

( ^ω^)「…………」
 _,
(*;−;)「これもさだめと諦めようとはしましたっ! でも諦められませんのっ!!
     だって、私は人ではないのです! あやかしでしかないのですぅっ!!」


 それは最早、悲鳴とも云える言葉で。

 はらはら、ほろほろ、可愛らしい顔を涙に濡らし。
 箍の壊れた入れ物の様に、しぃの中に溜まっていた物が溢れ、止まりはせず。


 ああ、ぎこも云っていたのか。
 止める様にと、きっと優しく、云ったのだろう。

 それがしぃを追い詰める物だと分かっていても。
 云わざるをえなかったのだろう。

 人の為より、しぃの為に。

73 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:28:40.73 ID:CsrGaD2oO

 崩れ落ちそうな、しぃのなかみ。
 その肩を抱いてやる事も出来ず、坊っちゃんは僅かに俯き、声を吐く。

 何の気休めにもならないと理解していても云うしかなく。
 何もせずには居られなく。


( ^ω^)「…………妖怪が妖怪である事は……僕も望む事だお」
 _,
(*;−;)「私が私を保つには、あやかしを保つには……
     ……ッこの身に流れる血に従うしかないのですぅっ!!」

( ^ω^)「だから、……だから、斬るんだお……分かってる、お……」
 _,
(*;−;)「苦しいのです、悲しいのですっ! 私の利己の為に、
     私を受け入れて下さった方々を、傷付けとるんですものぉっ!!」


 わんわん泣きじゃくる事が出来るほど、子供ではない。
 しょうがないと全てを割りきれるほど、大人でもなく。

 人より長く生きていようがいまいが、しぃはまだまだ小娘の域から出ておらず。


77 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:30:08.00 ID:CsrGaD2oO

( ^ω^)「……泣かないでくれお、しぃ…………」
 _,
(*;−;)「どうすれば良いのですかっ!? 内藤さま、私はどうすればよろしいのっ!?
     我が儘だと分かっていても、私には何も捨てられへんのですっ!!」

( ^ω^)「しぃ……」


 それを真っ向から受け止める坊っちゃんも、
 気のきいた事を云えるほど、長くは生きていなくて。

 若造である自分の手をそっと見て、眉尻を下げてはしぃを見る。
 そうして相槌を打って、悲しそうに俯いて。

 ああ、何も出来やしない。


 鎌鼬が泣いている。
 育ての親が泣いている。

 愛する妖怪が泣いている。
 愛する人が泣いている。

 痛い、痛い、胸が痛い。


79 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:32:28.44 ID:CsrGaD2oO
 _,
(*;−;)「己の存在を否定する事も、これ以上誰かを傷付ける事もっ!
     私にはもう何も選ばれへん、妹にまで見捨てられてっ!!」


 甲高いその悲鳴に、坊っちゃんが、ん? と首を傾げた。

 今、しぃは何と云ったか。

 妹に、


( ^ω^)「お……妹に、見捨て……?」


 やっと問う言葉を口にした坊っちゃん。
 その言葉に、しぃははっとした顔をして、ついに崩れ落ちてしまわれた。

 投げ出された坊っちゃんの脚、その腿の辺りに顔を伏せて
 生成りの着物をきゅうと握り締め、震えながら息を吐く。


ああ、聞いてはいけなかったのか。

 しぃの髪を撫で、己の言葉を悔やむと同時に、しぃが声をひねり出した。

 _,
(*;−;)「…………でぃちゃん、でぃちゃん……私を見捨てないで……っ
     つうちゃんと一緒に、一緒に……居てほしいのにっ……」

81 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:34:23.60 ID:CsrGaD2oO

 ひっくひっく、静かにしゃくりあげる鎌鼬。
 静かになった座敷の中は、ひどく悲しい空間になっていて。

 坊っちゃんは、しぃの跳ねる背中に心底涙を溢したくなった。

 けれども僅かに滲んだそれを、ぐ、と飲み込み、細く息を吐く。


 よしよし、よしよし。
 ただ優しく頭を撫でて背中を撫でて。
 大した言葉はかけられなくとも、何かをしたくて。


( ^ω^)「しぃ…………もう泣かないでくれお、しぃ……」


 そう囁いた瞬間に、首筋に当たるひやりとした何か。


 「……オィあんたぁ、何しとるんや……?」


82 ◆XCE/Wako2nqi 2009/08/30(日) 03:36:28.40 ID:CsrGaD2oO
 開け放たれた襖から、流れ込むは夏の風。

 どこかこもった風の匂いに、
 首に当たる冷たさに、坊っちゃんは冷たい汗を流して。


(;^ω^)「お……?」

(* ∀ )「何しとるんやてよ……聞いてんのよぉ……」

(;^ω^)「あ……お、お前さん……つう、かお……?」

(* ∀ )「俺の問いに答えへんのなら……姉さまを泣かせるんなら……」

(;^ω^)「お、つ、つう?」

(#*゚∀゚)「ぶっち殺してやらぁよぉおおおおおッ!!!!」


 蹴り上げられた背中に、しぃを庇いながら坊っちゃんが畳の上を転がった。
 その視線の先には、赤い目をした鎌鼬。

 白い腕から生える銀の刃が、ぎらりときらめいていた。



『残 八十七匹』

おわり。

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