2 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:16:03.02 ID:8ERtVaOPO

 荒れ狂う金色の光。

 明るい空をも引き裂く雷、駆け抜けるは稲光。


 神の音は獣の咆哮。
 お山の天辺で、黒い獣が轟いて居る。

 何かを威嚇する様に、何かを退ける様に。
 金色の目玉を爛々と、空を睨め付け声を上げる。



     【( ^ω^)百鬼夜行のようです。】

       『第六話 山之獣 前』



 ごおう、ごおう、
 獣が吼える、空は荒れる。


4 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:18:02.70 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「よっこいせ、ほら餌だお、ふさ」

ミ#,゚Д゚彡「餌って云うな、飯って云え」

( ^ω^)「うりうり、かいぐりかいぐり」

ミ#,゚Д゚彡「止めろゴルァ!! 噛むぞッ!!」

( ^ω^)「おっおっ、ふかふかだお」

ミ#,゚Д゚彡「んぎゃーッ!! 止めんかゴルァア!!」


 庭に繋がれた火車、ふさ。
 炎の柄を持つ、派手な毛色の猫にしか見えないその姿。

 当人は犬だと言い張るが、人の形に姿を変えていないふさの姿は、どう見ても猫。
 人間の子供と同じ程の大きさをしたそれを、わしわしと撫でる坊っちゃんの手。

 ふかふかふさふさもふもふ。
 毛の多い猫の頭や背中や腹を撫でては、坊っちゃんは楽しそうに笑っていた。


7 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:20:08.23 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「ほうれ喉の下は厳しかろう」

ミ#,゚Д゚彡「テメッ、お、あ、うあ、ごろごろごろ、止めろッ!!」

( ^ω^)「ふははは、どうだこやつめ、ごろごろ云うが良いわ」

ミ#,゚Д゚彡「ごろごろごろごろ、ぐるるるる」

('A`)「坊っちゃん、遊んでねェで用意して来い」

( ^ω^)「はーい」


 縁側から降りてきたどくおに頭を掴まれ、
 坊っちゃんは素直に頷いて、ふさから離れて部屋へと戻る。

 その背中を眺めてから、どくおがふさへと顔を向けた。


('A`)

ミ#,゚Д゚彡

('A`)「猫」

ミ#,゚Д゚彡「犬だ」


11 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:22:04.35 ID:8ERtVaOPO

('A`)「そんなに猫扱いが嫌なのかお前」

ミ,,゚Д゚彡「それも嫌だけど家畜扱いが気に食わねェの」

('A`)「良いじゃねェかよ、可愛がられてンだぞ」

ミ,,゚Д゚彡「あのな、俺様ァ火車だぞ」

('A`)「それが?」

ミ,,゚Д゚彡

('A`)「火車ってのは、どっちかってェと忌み嫌われンじゃねェのか」

ミ,,゚Д゚彡「…………うん、死体奪ってくし」

('A`)

ミ,,゚Д゚彡

('A`)「良いじゃねェか、可愛がられて」

ミ,,゚Д゚彡「…………うん」


15 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:24:07.47 ID:8ERtVaOPO

('A`)「あんなでも、一応は俺らの主人だぞ」

ミ,,゚Д゚彡「うん」

('A`)「妖怪にも、鬼にも火車にも優しい」

ミ,,゚Д゚彡「うん」

('A`)「甘ったれっちゃ甘ったれだが、良い奴だ」

ミ,,゚Д゚彡「うん」

('A`)「正直、優しくされて嬉しいンだろ」

ミ,,゚Д゚彡「…………うん」

('A`)「良かったじゃねェかよ、良い主人めっけて」

ミ,,゚Д゚彡「……うん」

('A`)「俺らァ、幸せモンだぜ」

ミ,,゚Д゚彡「うん」


16 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:26:07.13 ID:8ERtVaOPO

 繋がれた、地に伏せたままのふさ。
 その前にしゃがみ込んで話すどくおを見上げ、ふさはしきりに頷いていた。


 確かに、火車は望まれる妖怪ではない。
 つい最近まで町の外に生きていたふさは、近しい者など居なかった。

 獣と云えど火の車。
 無機物から生まれ落ちた妖怪とも、獣から生まれ落ちた妖怪とも違う。

 どちらかと云えば気性も荒いし、協調性にも欠ける。
 炎を纏う己に近付く者も、居やしなかった。


 けれど、乗り物としてとは云え、己を求めた男が現れたのだ。
 狸に殴られている己に、にっこりと笑って傍若無人な申し出。

 乗り物専属契約。
 馬鹿馬鹿しいし腹立たしい。

 けれどもその代わりに訪れたのは、驚く様な平穏だった。

 本当に、驚く程の平穏。


18 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:28:07.44 ID:8ERtVaOPO

 外の様に、気を抜けば他の妖怪に狩られる事もない。
 ただの獣の様に餌を求めて彷徨かなくても良い。

 死体を食む事は出来ずとも、今の生活は、決して悪い物ではない。
 寧ろ、たまに火車として駆け回れるのに安定した日々を送れる。

 それは、とても幸せで恵まれた事。

 普段はこうしてだらだらと、一日を寝たり他の妖怪と話して過ごす。
 時折仕事と称して、坊っちゃんやどくおを乗せて駆け回る。

 上下関係はあるが、食うか食われるかの駆け引きとは無縁。
 上の存在である坊っちゃんは、どの妖怪にも分け隔てなく優しいし
 どくおも何だかんだで世話をして、似た様な立ち位置のくっくるやしょぼんも楽しい奴。


19 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:30:03.35 ID:8ERtVaOPO

 よくよく考えてみれば、ふさは、己が幸せである事に気付く。

 ああ、なんだ。
 猫扱いって、そんなに悪くはないんだな。


ミ,,゚Д゚彡「…………毒されたなァ」

('A`)「良いンだよ、平和ってェのが何よりだ」

ミ,,゚Д゚彡「……うん」

('A`)「平穏が愛しくなれたなら、お前も町の住人だ」

ミ,,゚Д゚彡「…………うん」

('A`)「その近所のがきみてェな間の抜けた返事はなんとかなんねェのか」

ミ,,゚Д゚彡「喧しいわ、大体ンだよそれ」

('A`)「今、幸せ?」

ミ,,゚Д゚彡「うん」

('A`)「それ」


22 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:32:03.71 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「準備出来たおー」

('A`)「おう、ンじゃあ行くか」

ミ,,゚Д゚彡「あ? どっか行くのか」

( ^ω^)「山登りだおー」

('A`)「雷獣公に会いにな」

ミ;,゚Д゚彡「うげ、雷獣公か」

( ^ω^)「知ってるのかお?」

ミ;,゚Д゚彡「有名も良いトコだってェのよ」

( ^ω^)「おー……」

ミ,,゚Д゚彡「まあ良い、着いてくからこれ外せ」

('A`)「ンだ、一緒に来んのか」

ミ,,゚Д゚彡「悪いか」

('A`)「いや、荷物持てよ」

ミ#,゚Д゚彡


24 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:34:02.92 ID:8ERtVaOPO

 ふさの首に繋がる紐を外してやると、立ち上がったふさは人のそれへと姿を変える。
 首にはまった小振りな車輪に派手な着物、多く長い髪を一つに纏めた大柄な男。

 顔だけなら色男なのになあと坊っちゃんは呟き、手にしていた荷物を渡す。

 そしてとことこと、三人揃ってお屋敷を後にした。


 暫く歩いて訪れたのは、山の入り口である鳥居の前。
 ぱんぱんと軽く手を叩いて合わせてから、履き物を一枚歯の下駄に履き替える。

 どくおは何時も通りの浴衣姿だが、坊っちゃんは動きやすい装束姿。
 珍しく白い着物を着た事に戸惑いつつも、錫杖を片手に前を向く。


( ^ω^)「さ、行くおー」

('A`)「おゥよ」

ミ,,゚Д゚彡「結構急な坂だなァ」


 山伏に似た格好をした坊っちゃんを先頭に、三人が鳥居をくぐって山へと入って行った。


26 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:36:07.84 ID:8ERtVaOPO

 急な坂もある獣道、小枝や枯れ葉をざくざく踏んで、三人が山を登る。

 山に登るのは初めてではないが、最後に登ったのも随分前。
 もう十年やそこら登っていない様な気がする、と、坊っちゃんは先を見上げる。


 柔らかな地面に一枚歯が食い込み、土を蹴る。

 慣れるまでは扱いが難しいが、山を登るには一枚歯だなあ。
 坊っちゃんは額に浮かぶ汗を手の甲で拭い、ざくざくと山を行く。

 草の匂い葉の匂い、木々の匂いに土の匂い。
 山の匂いは、嫌いじゃない。

 どこからもののけが出てくるかも分からない、この空気。
 澄んでいるのにこもっているこの空気。

 山って良いなあ。
 たまに登るのは、楽しいかも知れない。


 にこにこ顔の坊っちゃんは、汗を流しながらそう呟く。


28 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:38:20.01 ID:8ERtVaOPO



(; ω )「ぜひー……ぜひー……」

(;'A`)「……坊っちゃん、登り始めて10分其処らだぜ……?」

(; ω )「ぜひぅー……へひゅー……」

ミ;,゚Д゚彡「肥えてっから体力ねェのか? こいつ」

(;'A`)「多分な」

(; ω )「僕の……事は……おいて……先へ……」

(;'A`)「何云ってンだ、立てほら」

(; ω )「あとから……追い付くお……ここは……僕に任せて……」

ミ;,゚Д゚彡「死亡ふらぐ死亡ふらぐ」

(; ω )「ぜひょー……ひひゅー……ぅげっふ、ぉぇっ、げほっ」

(;'A`)「ほら水飲め、大丈夫かァ?」

ミ;,゚Д゚彡「本当に体力ねェのな……」


29 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:40:21.64 ID:8ERtVaOPO

(; ω )「何で二人は……そんなに元気なんだお……」

(;'A`)「……鬼、だから?」

ミ;,゚Д゚彡「妖怪……だから?」

(; ω )「僕はもう……駄目だお……着いていっても……お荷物だお……」

(;'A`)「そんなに高ェ山じゃねんだから、登ろうぜ? な?」

(; ω )「僕には……無理だ……っ!」

(;'A`)「そう云うなよほら、手ェ貸してやるから頑張れって」

(; ω )「むり、おんぶ」

(;'A`)「下手に出れば調子に乗りやがってこンのがきゃあ」

(; ω )「おんぶ」

(;'A`)「お前なんぞおぶったら潰れるわ肥満体」

(; ω )そ


30 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:42:04.72 ID:8ERtVaOPO

(; ω )「歩けん、もう歩けんお……」

(;'A`)「あのなァ坊っちゃん……甘ったれンのも大概にな……?」

(; ω )「やだむりもうむり」

(#'A`)「坊っちゃんよォ……」

ミ;,゚Д゚彡「あーもー、俺様が背負うから喧嘩すんなやお前ら……」

(#'A`)「これは坊っちゃんが悪い」

(; ω )「自覚はしている」

ミ;,゚Д゚彡「後でひっぱたく。ほら乗れ塩大福、これじゃ日が暮れるわ」

(; ω )「すまんお、ふさや……げふっ、ぉぇっ」

ミ;,゚Д゚彡「背中で吐くのだけは止めろ。……どっこいせ」

( ^ω^)「視界が高い」

ミ,,゚Д゚彡「投げ棄てるぞ」


31 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:44:24.20 ID:8ERtVaOPO

 ふさの背中に身を任せ、坊っちゃんは疲れた様に目を細める。
 体力が落ちたなあ、等と考えながらも、何とかしようとは思わない。

 前を行くふさと、その背中の坊っちゃん。
 それをぼんやり見ながら、どくおは後ろ頭をがりがりと掻いた。


('A`)「甘やかすなってンだよ……」

ミ,,゚Д゚彡「あん?」

('A`)「何でもねェよ、猫畜生」

ミ;,゚Д゚彡「ンだよいきなり……」

('A`)「別に、俺も疲れた」

ミ;,゚Д゚彡「はァッ!?」

('A`)「疲れた」

ミ;,゚Д゚彡

('A`)

ミ;,゚Д゚彡「どうしろと」


34 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:46:20.94 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「どくおもおんぶかお?」

ミ;,゚Д゚彡「三段重ねは無茶だろッ!?」

('A`)「おんぶ」

ミ;,゚Д゚彡

('A`)

( ^ω^)

ミ;,゚Д゚彡「……乗れよ、もう……進めねェだろ……」

( ^ω^)「んじゃ僕の背中に乗るお?」

('A`)「おゥ」

ミ;,゚Д゚彡「こいつらやだもう……」

('A`)「どっこい…………おお、視界が高い」

( ^ω^)「どくお軽いお、飯食ってるかお?」

ミ,,゚Д゚彡「俺様は重いんですけど」

( ^ω^)「ははは」


36 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:48:11.25 ID:8ERtVaOPO

 結局、ふさが二人を背負って山を登る。

 ふさの背中には坊っちゃんが、坊っちゃんの背中にはどくおが乗って。
 どちらにしろ、ふさに全ての重さが行くのに変わりは無い。

 しかし体力だけはあるのか、ふさは汗も浮かべる事もなく進んでいる。
 結構な重さの筈なのだが、顔色ひとつ変えずに、平然と山登りをするふさ。

 元が猫だからなのか、その足取りは軽く、転びかける事もない。


( ^ω^)(最初からこうすれば良かった様な)

('A`)(楽を前提に考えンな)

( ^ω^)(ごめんなさい)

('A`)(しかし楽だ)

( ^ω^)(うむ)

ミ,,゚Д゚彡「お前ら何か腹立つぞ」


37 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:50:04.65 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「しかし、この辺は空気が綺麗だおー」

('A`)「妖怪の住処みてェなモンだからな、手ェ出せねんだ」

( ^ω^)「町の妖怪もここに住むのかお?」

('A`)「こう云う所の方が妖怪の体には良いから、たまに来るんじゃねェか?」

( ^ω^)「おー、りふれっしゅしに来るのかお」

('A`)「だァな、山にゃあ良いモンが多い」

( ^ω^)「人間の僕も山はりふれっしゅ出来るおー」

('A`)「ああ、鬼の俺もだ」

ミ,,゚Д゚彡「出来ねェよりふれっしゅ」

( ^ω^)「ええ、」

ミ,,゚Д゚彡「火車が山にりふれっしゅしに来たら山火事になんぞ」

( ^ω^)「ああ、なるほど」

ミ,,゚Д゚彡「あと重い」

( ^ω^)


40 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:52:17.11 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「でも、山の空気は良いお?」

ミ,,゚Д゚彡「うん」

( ^ω^)「澄んでていい匂いだおー」

('A`)「土と木の匂いだな」

( ^ω^)「腹が減るお」

('A`)

( ^ω^)「冗談です」

('A`)「冗談に聞こえねェ」

ミ,,゚Д゚彡「腹減った」

('A`)「指でも噛んでろ」

ミ,,゚Д゚彡「両手が塞がってるわ」

( ^ω^)「随分登ってきたおー」

ミ,,゚Д゚彡「自由だなお前」


41 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:54:17.78 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「ほら、もう先刻居た所が見えないお」

('A`)「歩くの再開してそんなに時間経ってねェのにな」

( ^ω^)「いやあ、早くて楽ちん」

('A`)

(;^ω^)「あ、ごめ、ちょ、首絞めるなお、ちょーくちょーく」

ミ,,゚Д゚彡「背中で暴れンなー」

( ^ω^)「はーい」

('A`)「へーい」

ミ,,゚Д゚彡(何時もと立場が違ェ……)

( ^ω^)「お、この木、皮が変な剥がれ方してるお」

('A`)「綺麗な四角に剥がれてンな」

( ^ω^)「迷うの防止の目印かお?」

('A`)「かもな」


42 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:56:07.98 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「葉っぱも茶色くなってきたおー」

('A`)「寒露も過ぎたからなァ」

( ^ω^)「直ぐに冬だおー」

('A`)「茶が美味くなるな」

( ^ω^)「汁粉食いてえお」

ミ,,゚Д゚彡「ぜんざいじゃねェのか?」

( ^ω^)「つぶ餡は苦手だお」

ミ,,゚Д゚彡「ンだそりゃ」

('A`)「坊っちゃん豆が苦手なんだよな」

( ^ω^)「お」

ミ,,゚Д゚彡「……面倒臭ェ奴だな、お前」

('A`)「小豆を濾すのにも慣れた」


43 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 00:58:14.97 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「お?」

('A`)「あン?」

( ^ω^)「この木、先刻も見なかったかお?」

('A`)「ん…………ああ、本当だな」

ミ,,゚Д゚彡「先刻の木だな」

( ^ω^)

('A`)

ミ,,゚Д゚彡

( ^ω^)「迷ったのかお」

ミ,,゚Д゚彡「うん」

('A`)「素直に云やァ許されると思ったか?」

ミ,,゚Д゚彡「ううん」

( ^ω^)「変に素直な奴だお……」

('A`)「素直に云われても迷った事に変わりはねェがな」


44 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:00:08.14 ID:8ERtVaOPO

 右手に見える木の幹には、皮が綺麗な四角に剥がれた跡がある。
 それはつい先程も見た事のある木で、坊っちゃんとどくおはふさを見下ろす。

 方向音痴と云う訳ではないが、普段は立ち入らない山。
 そんな所を案内も無しに歩いたからか、ふさは方向感覚を失っている。

 どくおが坊っちゃんの背から降りて辺りを見回すが、どうにも見覚えのない場所。
 困った様に眉を寄せて、後ろ頭をがりがり掻く。


('A`)「……参ったな」

ミ,,゚Д゚彡「……ごめんなさい」

( ^ω^)「案内無しだからしょうがないお、気にするなお」

ミ,,゚Д゚彡「ごめんなさい……」


 しゅんと項垂れるふさの髪を頬に受け、坊っちゃんがくすぐったそうに肩を竦める。

 気にするなとは云ったが、これではどこにも辿り着けぬ。
 どうしたものかと坊っちゃんが首を傾げると、視界の端に、白い何かが写り込んだ。


45 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:02:11.92 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「お?」

('A`)「ン?」

( ^ω^)「ふさ、あれば何だお?」

ミ,,゚Д゚彡「んあ?」


 坊っちゃんが、ふさの背中から木々の隙間を指差す。
 何だ何だと不思議そうな顔をして、指された方へ足を運ぶ。

 と、


( [)( ∴)


 薄い緑と薄い青の不思議な生き物が、木のうろからこちらを見ていた。


ミ,,゚Д゚彡「こいつァ……」

('A`)「……木霊、だな」


47 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:04:04.88 ID:8ERtVaOPO

( ^ω^)「おー、ちっこいおー、うりうり」

( ^ω^)っ゙)[)

(;'A`)「こら坊っちゃん、いじんな」

( ∴)「ゴェ」

( ^ω^)「お、鳴いたお」

( [)「ゴェェ?」

( ^ω^)「おー?」

( [)「ゴェ?」

( ^ω^)「おおー?」

( [)「ゴェェェ?」

(;'A`)「何してんだお前らは」


48 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:06:07.79 ID:8ERtVaOPO

 ふさの背から降り、緑の方の木霊と顔を見合わせ、首を傾げあう坊っちゃん。
 その後ろ頭を軽く叩いて、どくおが小さな木霊の頭をつついた。

 ころんころんと音をさせて頭を揺らし、やはり不思議そうに首を傾げる木霊。


( ^ω^)「名前はあるのかお?」

( [)「ゴェ」

( ^ω^)「おー、何言ってるか分からんおー」

( [)「ゴェェ……」

ミ,,゚Д゚彡「そっちはびこ、こっちがぜあ、だってよ」

( ^ω^)「ふさ分かるのかお?」

ミ,,゚Д゚彡「うん」

( ^ω^)「何で?」

ミ,,゚Д゚彡「分からん」

(´^ω^)(´[)


50 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:08:08.72 ID:8ERtVaOPO

ミ,,゚Д゚彡「おい、ちまこいの」

( ∴)「ゴェ?」

ミ,,゚Д゚彡「悪いけど、山頂まで案内してくれねェ?」

( ∴)

( ∴)゙

ミ,,゚Д゚彡「ありがとよ、オラ背中戻れや豆大福」

( ^ω^)「はーい」

('A`)「びこ、だったか? 一緒に行くか?」

( [)゙

('A`)「んじゃ、坊っちゃんの頭にでも乗りな」

,,,(ノ[)ノ

,Σ(ノ(⊂(∴ )


51 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:10:14.43 ID:8ERtVaOPO

 ふさの背に坊っちゃんが、坊っちゃんの頭に木霊が二匹。
 ちょんと座っては、ふさに進むべき道を指示する。

 青い木霊のぜあは真面目に案内をしているが、
 緑の木霊のびこは、坊っちゃんと楽しげにじゃれあって居る。

 それらを後ろから見ながら、どくおがぼんやり頭を傾ける。
 木霊にも個性があるもんだと呟いて、ぜあに怒られるびこを眺めていた。


 真面目なぜあの案内に従って進めば進む程、耳に届くは雷の音。
 山頂が近いのだろうと唾を飲み込み、三人の面持ちが厳しくなる。

 雷の音は雷獣公の音、雷獣公が居るであろう山頂からそれが聞こえるは、当然。

 しかしあの隠居した筈の雷獣公が、雷を発している。
 違和感は覚えぬが、何かがあるのだろうと不安にはなるもので。

 時折ちかちかと視界に入る稲光に、肩をびくりと竦めるばかり。

 今の雷獣公は厳しいが、優しくもあるお方。
 暴れていたのは随分昔の事で、今は丸くなったもの。

 そんなお方が雷を降らす。
 不安にならぬ、訳もなく。


52 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:12:06.56 ID:8ERtVaOPO

 三人の視界に、赤い鳥居が入り込む。

 あれだけ時間が掛かっていたのが嘘の様に、容易く山頂に辿り着いてしまった。

 もう此処まで来れば、耳を澄まさずとも轟音が耳を刺す。
 最早誰も口を開かず、坊っちゃんは静かにふさの背から降りた。

 木霊の二匹はふさの肩にひょいと跳び移り、
 少しばかり不安そうな面持ちで、鳥居の向こうを見つめていた。


 一つ二つと息を置き、気を背筋をしゃんとさせ、坊っちゃん達が足を動かす。

 先頭には坊っちゃん、その後ろにはどくおとふさが並んで。
 ゆっくりと、赤く古びた鳥居をくぐった。


 その瞬間

 ぴしゃあんと、三人の目の前で古い石畳がはぜた。


54 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:14:06.61 ID:8ERtVaOPO

(;^ω^)「おっおおおっ!?」

(;'A`)「うわっち!!」

ミ;,゚Д゚彡「うあっぶねェ!!」


 足元へと降り注いだ槍の様な雷は石畳をえぐり、三人は驚き飛び退く。

 各々が悲鳴を上げて退くと、その耳へ低い声が舞い降りた。


 『何用だ、貴様ら』


 声に続いて訪れた、ずん、と云う何かが落ちる音。
 尻餅をついた坊っちゃんがそちらへ顔を向ければ、そこには一匹の黒い獣。


 金色の目玉に黒い体毛。
 ぱりぱりと電気を帯びたその体は、虎とも獅子ともつかぬ容貌。

 しかし虎より獅子より巨大な体躯、長い尾が石畳へ、ばしんと叩き付けられた。


( ΦωΦ)「我輩は問うたぞ、何用と」


56 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:16:03.51 ID:8ERtVaOPO

(;^ω^)「ら…………雷獣、公……」

( ΦωΦ)「む……貴様は、内藤の……」

ミ#,゚Д゚彡「いッきなり雷撃つ奴があるかボケェッ!!」

(;^ω^)「ひいっ!? 命知らず! 命知らずが居るお!」

ミ#,゚Д゚彡「木霊共に当たったらどうすんじゃあッ!!」

(;'A`)「意外と! 意外と心優しい!」

( ΦωΦ)「…………内藤の坊主に、餓鬼か……」

ミ#,゚Д゚彡「無視かァッ!!」

(;^ω^)「ふさちょっと黙って! 黙るお!」

(;'A`)「命知らずも大概にしてくれッ!!」

( ΦωΦ)「…………」


57 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:18:13.58 ID:8ERtVaOPO

( ΦωΦ)「……坊主、何用なのだ」

(;^ω^)「あっ、あ、その、あの」

( ΦωΦ)「しゃんとせんか、坊主」

(;^ω^)「ごごごごめんなさいおごめんなさいお!!」

('A`)「…………僭越ながら、この餓鬼から申させて頂きやす」

( ΦωΦ)「……ほう、云うが良い」

('A`)「此度、百鬼夜行を催す事となりやした
    そして是非とも、雷獣公のお手を借りたく思いやして」

( ΦωΦ)「ほう、ほう、ふむむ……」

(;´ω`)


 しゃんと云おうと背筋を伸ばして来たのになあ。

 雷獣公の突然の雷によって吹き飛んだ神妙な面持ち。
 のっそり立ち上がって、坊っちゃんは肩を落としながら己の頬を引っ張る。

 よく伸びた。


59 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:20:33.06 ID:8ERtVaOPO

( ΦωΦ)「…………済まぬが、断る」

( ^ω^)「お……雷獣公……」

( ΦωΦ)「今は退け、我輩には為すべき事がある」

( ^ω^)「……お断りしたら、どうするお?」

( ΦωΦ)「……我が雷にて、追い払うのみ」


 着物に付いた埃を払い、坊っちゃんは雷獣公を真っ直ぐに見つめる。
 獣の姿をした雷獣公は、表情を変えずに真っ直ぐ見返す。

 黒い身に纏う電気がぱりぱりと強くなり、体毛がぶわ、と膨らんだ。
 その姿を見るだけで、萎縮してしまうこの心。

 しかし此処まで来て退く訳にもいかず、毒婦の君からの伝言もまだ伝えてはいない。

 そう思えば、退ける訳が無いのだ。
 退ける訳が。


61 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:22:12.20 ID:8ERtVaOPO

( ΦωΦ)「去ね、坊主、餓鬼よ」

ミ#,゚Д゚彡「どこまでも俺様は無視か」

( ΦωΦ)「弱者に掛ける言葉など、この口から吐こうとは思わぬ」

ミ#,゚Д゚彡「ンッの野郎……ッ!!」

( ΦωΦ)「憤るならば力を示して見せるが良い、我輩に噛み付いてみせよ」

ミ#,゚Д゚彡「やったるわァこんの野郎ォッ!!」

(;^ω^)「ふ、ふさ! 僕らは喧嘩しに来たんじゃないお!?」

ミ#,゚Д゚彡「喧しい! 売られた喧嘩を買わんで何が雄じゃアッ!!」

(;'A`)「おいおい止めろ! 黒焦げにされンなが落ちだぞッ!?」

ミ#,゚Д゚彡「焦がし返すッ!!」


 長い髪をぶわりと逆立たせ、ふさがギリギリと奥歯を噛み締める。


63 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:24:09.16 ID:8ERtVaOPO

 雷獣公と恐れ尊ばれる相手であろうが関係はない。
 ただ、己の自尊心が吼えているのだ。

 男ならば噛み付いて、己の力を示したいと。


 ふさが地を蹴り、雷を溜める雷獣公へと飛び掛かった。
 その長い爪には炎が纏われ、雷獣公の毛皮を焼き裂こうと伸ばされる。

 しかし赤い爪が雷獣公の体毛に触れる事はなく、虚しく空を切るばかり。

 大の男よりも大きな体躯の雷獣公は、その身に似合わぬ軽やかな動きで飛び退く。
 そして蓄えていた雷を、ふさ目掛けて力強く放った。

 ぴしゃん、がしゃん。
 降り注ぐ雷に壊れる地面。

 先程と同じ様にかわして見せたふさは、直ぐ様体勢を整えて牙を剥いた。


(;'A`)「おいおいおい……どうすんだァこれ……」

(;^ω^)「あわわわわわわ……雷獣公も遊ばないでくれお……」


65 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:26:03.80 ID:8ERtVaOPO

( [)「ゴェ」

( ∴)「ゴェ?」

(;^ω^)「お、二匹とも無事だったかお?」

( [)゙( ∴)゙

(;'A`)「危ねェから避難しとけ、雷喰らっちまうぞ」

( [)「ゴェェ?」

(;^ω^)「お? ……ええと、何をしてるのか、かお?」

(;'A`)「俺らにも分からねェよ……」

( ∴)"

( ∴)「ゴェェ」

(;^ω^)「? ……あ、百鬼夜行、かお?」

( ∴)゙


66 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:28:15.53 ID:8ERtVaOPO

(;^ω^)「今度百鬼夜行をするのに、参加する妖怪を集めてるんだお」

( ∴)

( ∴)「ゴェ」

(;^ω^)「お?」

(;'A`)「……参加すンのか?」

( ∴)゙

( ^ω^)「おっ、有り難いお!」

( [)

( ∴)っ<;[)

( ∴)っ<;[)「ゴェ」

(;'A`)「……びこも、参加か?」

( ∴)っ<;[)゙

( ∴) ;[)

(;^ω^)(ぜあのが強いのかお……)


67 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:30:04.34 ID:8ERtVaOPO

 棚ぼたの様に参加する妖怪を得ている間にも、ふさと雷獣公の小競り合いは続く。
 小競り合いと云っても、ふさが一方的に襲い掛かっては遊ばれているだけなのだが。

 ひょいひょいと軽い動作で避ける雷獣公は、小さな雷を降らせるだけ。
 縦に伸びる傷痕を持つ双眸は、余裕たっぷりにふさを見る。


 そろそろ終わらせるか。

 そう心中で呟き、溜めていた電気を放とうと全身に力を込め。

 一気に、全てを解放した。


 びしゃん、がしゃん、ごろりごろり。
 解放された雷はそこら中に広がり降り注ぐ。

 数多の金色の槍を突き立てられた様に石畳ははぜ、木々が砕けて倒れて行く。

 そんな中、雷を避けようと逃げ惑うふさと坊っちゃん達。

 そうして、


(; ω )「おっ…………ッ!!?」


 その一筋が、木霊を庇う坊っちゃんの身へと。

69 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:31:03.60 ID:8ERtVaOPO

 頭上から真っ直ぐに降って来た雷は、坊っちゃんの身に突き刺さる。

 坊っちゃんはびくんと一つ、大きく跳ねてから、ゆっくり地面へと倒れ込んだ。

 焦げた着物から黒い煙が上り、嫌な匂いが鼻を突く。
 寸での所で当たらずに済んだ二匹の木霊が、坊っちゃんの頭や肩を揺らす。

 ごぇえと濁った声で叫ぶその声は、涙混じりの悲鳴に近く。
 動かない坊っちゃんを揺らして、ただ揺らして。


(; A )「…………坊っちゃん……?」


 顔色を無くしたどくおがふらふらと、坊っちゃんの側に座り込んで肩を揺らす。

 けれどもその体は、動かずにただ地に伏せたまま。

 小さな小さな断末魔の後に動かなくなった坊っちゃんを、見開いた目でただ見つめ。

 ぼろり、暖かな雫が頬を流れた。


71 ◆XCE/Wako2nqi 2009/10/11(日) 01:32:42.75 ID:8ERtVaOPO

(; A )「……坊っちゃん、なァ、坊っちゃん…………坊っちゃん……?」

ミ;, Д 彡「あ……あぁ……ッ」


 焦げ臭さが鼻を突く。
 嫌な匂い、焦げる匂い。

 余りにも呆気なく動かなくなった体を見つめて、ふさもさっと顔色を無くした。
 口を押さえて、小刻みに震えて。


 その向こう側では、雷獣公すらも顔色を無くす。


 嫌な程に静かな空間で、坊っちゃんはただただ倒れ伏していた。


(; A )「嘘だろ…………おい……」


 どくおの呟きが、虚しく転がった。



 『残り 七十八匹』

 おしまい。

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