2 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:02:14.21 ID:OTUw5IaHO

 あなたは、もう気付いておりますか?

 あの子は、人間ではない拾い子であると云う事を。

 あなたは、それに疑問を抱きますか?

 あの子は、一体何者であるかを。



     ( ^ω^)百鬼夜行のようです。

      【十三話 百孔千瘡 弱き母。】



 ならば語ってあげましょう。
 わっちの過去とそのお子を。

 そうしてあの子の出生を。

 わっちが語ってあげましょう。


3 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:04:21.08 ID:OTUw5IaHO


( ^ω^)「ってな感じで、何とかお話がつきましたお」

lw´‐ _‐ノv「お疲れさまでありんした、坊っちゃん」

( ^ω^)「じっちゃんとぺにさすさんは、町の皆へ謝罪と挨拶回りに行きましたお」

lw´‐ _‐ノv「んん、きっと最初は大変でしょうが、すぐに皆も打ち解けてくれましょうね」

( ^ω^)「弟者達は一度南へ戻り、報告に行くと出て行きましたお」

lw´‐ _‐ノv「はいはいな、幼子ちゃんも無事でなにより」

( ^ω^)「……」

lw´‐ _‐ノv「……」

( ^ω^)「おっかさん」

lw´‐ _‐ノv「はいな」

( ^ω^)「僕は、」

lw´‐ _‐ノv「……」

( ^ω^)「…………いえ、何でもありませんお」


4 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:07:24.36 ID:OTUw5IaHO

 坊っちゃんが、毒婦の君へ一礼をして立ち上がる。
 その背には、自分が何者かを問いたい気持ちが渦巻く。

 しかしあえて何も聞かず、沈黙を守り部屋を出た。

 毒婦の君、しゅうはその背中を眺め、ちくりと痛む胸を押さえる。


 ああ、あなたは聞きたいのでしょうね。

 お祖父様から、人間ではないと聞いたのでしょうね。

 それでも疑問を飲み込んで、一人で立つため出て行くのですね。


 少し前なら、すぐに取り乱して問い質して、子供の様に泣いていただろうに。

 いつのまにやら、親離れをしようとしている。

 このかたわの腕から離れて行く我が子は、嬉しくも、悲しくて。

 ああ、過保護なわっちを許してね。


8 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:10:23.12 ID:OTUw5IaHO

('A`)「……毒婦の君」

lw´‐ _‐ノv「あら、鬼の子ちゃん……坊っちゃんは?」

('A`)「坊っちゃんなら町の手伝いに行きやした」

lw´‐ _‐ノv「そ、う……」

('A`)「少し、よろしいですか?」

lw´‐ _‐ノv「ええ、どうぞ」

('A`)「…………毒婦の君は、ご存知ですか?」

lw´‐ _‐ノv「何が、でありんしょ?」

('A`)「坊っちゃんの事、です」

lw´‐ _‐ノv「……我が子、ですから」

('A`)「……知ってるんですね、坊っちゃんが何者か」


14 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:13:22.66 ID:OTUw5IaHO

lw´‐ _‐ノv「あの子が何の妖怪か、気になりんす?」

('A`)「はい、妖怪である事も知りませんでした」

lw´‐ _‐ノv「云ってませんでした、ゆえ」

('A`)「……」

lw´‐ _‐ノv「あの子の正体は、いずれ解りんす……わっちが云う事でもありんせん」

('A`)「そう、ですか」

lw´‐ _‐ノv「…………昔話」

('A`)「へ?」

lw´‐ _‐ノv「わっちの昔話……付き合っては、下さいません?」

('A`)「……よろこんで、我らが母様」

lw´‐ _‐ノv「有り難う、ござりんす……鬼の子ちゃん」


17 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:16:17.46 ID:OTUw5IaHO

lw´‐ _‐ノv「わっちはね、旦那様と仲が悪かったの」

('A`)「らしいっすね」

lw´‐ _‐ノv「でも、ずっと喧嘩してたら、惹かれあったの」

('A`)「喧嘩する程っすね」

lw´‐ _‐ノv「わっちも旦那様も若かったから」

('A`)「随分と昔っすね」

lw´‐ _‐ノv「昔はやんちゃして……まあ今でも」

('A`)「夜の話は禁止で」

lw´‐ _‐ノv

('A`)

lw´‐ _‐ノv「でね」

('A`)「はい」


20 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:19:09.81 ID:OTUw5IaHO


 それはずうっとずうっと昔のお話。

 西の都の近くに住まうは、麗しき女郎蜘蛛。
 その姿は黒と紫だんだら模様、美しい紫の髪を持つ女妖怪。

 物腰穏やかやんわりと、皆を愛する博愛主義。
 しかしそれは、誰からも嫌われたくないと云う弱さのあらわれ。

 誰かから疎まれる事を恐れ、皆を平等に愛する平和主義者の女郎蜘蛛。

 その美しさに心奪われる者は少なくはなく、求婚も幾度となく受けていた。

 しかし未だ若い女郎蜘蛛。
 恋も知らねば愛も知らず、ただ皆から優しくされる事が幸せで。

 皆から受けた求婚も、やんわり断り皆を愛した。
 その中には、一匹の蜘蛛の姿も。


 一匹の蜘蛛は、断られても何度もしつこく求婚する。
 それを柳の様にふやふやとかわし、優しく断り続けていた。


24 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:22:31.13 ID:OTUw5IaHO

 そんな中、ふと姿を見せるは東の獣。

 獣は己の力を振りかざし、誰彼構わず噛み付いては服従させる荒くれもの。
 しかしその力は確かなもので、東の頭として君臨する獣を恐れつつも、皆が慕っていた。

 黒く巨大な、雷を操る獰猛な獣。


 皆に優しさで慕われる蜘蛛。
 皆に力で慕われる黒き獣。

 相反する二匹の妖怪が、仲睦まじく行くわけが、なかった。


 東から訪れた獣は、西の妖怪へ牙を剥く。
 逃げ惑う妖怪を守る為、立ちはだかるは女郎蜘蛛。

 荒れてはいても平穏であった西の地を、汚す事など許すものか。

 蜘蛛は糸を吐き毒を吐き、獣と正面からぶつかり合う。

 力で押し負けそうになれば、毒をもって獣を制す。
 毒で侵されそうになれば、力をもって蜘蛛を貫く。

 三日三晩と続いた二匹の争いは、互いの力が尽きて一時の休戦。


26 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:25:03.97 ID:OTUw5IaHO

 当時の西の頭とは、皆に云われてしょうがなくなっただけに過ぎなくて。
 実は然程力はなく、達者な口回りでその場に落ち着いていた。

 そのため、ひと度騒ぎが起これば仲間を抱えて逃げ出す始末。
 仲間思いではあるのだが、力が無ければどうしようもありはしない。

 故に騒ぎが起これば、表へ出るは血の気の多い奴等か、皆に好かれる女郎蜘蛛。
 皆へ火の粉が降りかからぬ様にと、蜘蛛は牙を剥き立ち塞がるのだ。


 そして東へ戻ったお頭様は、戸惑いを隠せずに居た。

 まさか女が出てくるとは思っていなかった。

 それだけではない、よもや女が、己と対等に渡り合うだけの力を持つとも思ってはいなかった。


 それもまあ、妙に美しい女だ。
 毒を持つ女郎蜘蛛、紫色の美しいこと美しいこと。

 東の獣は黒く輝く毛並みを撫で付けながら、悔しそうに奥歯を噛む。


 この雷獣帝が、女に押されてしまうとは。


29 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:28:25.21 ID:OTUw5IaHO

 東の頭の獣様。
 己を雷獣帝と名乗りますは、黒光りする毛並みの雷獣様。

 一声吼えれば荒れ狂う稲光。
 地を抉り森を焼き、山すらも谷へと変える狂暴さ。

 未だお若い雷獣帝、己は何よりも強いと自負する愚か者。
 それはこの地においては間違いでは無いのだが、雷獣様は所詮、井の中の蛙。

 外の世界もろくに知らずに、ごおうごおうと吼えなさる。


 その事に気付いた獣が、まずは西へと爪を伸ばした。
 しかし結果はこの有り様。

 己へ楯突く者など居なかった。
 己より強い者など居なかった。
 己に見とれぬ者など居なかった。

 ああそれなのに、それなのに!

 あの女郎蜘蛛め、女郎風情が! この雷獣帝に楯突くとは!


 怒りに吼えるは黒き獣。
 己の無知さに気付きはしない。


33 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:31:30.21 ID:OTUw5IaHO

 騒ぎを聞いた北の頭が、傷を癒す蜘蛛に話を伺った。


 「あの獣は、此方へも来そうかい?」

 「いいえ偉大な雪女様、それはわっちが許さない」

 「しかし女郎蜘蛛、お前は此処の頭ではない、どうして其処までするんだい?」

 「だってわっちはとっても弱虫、皆が傷付くのは嫌ですもの」

 「なのに此処の頭やその取り巻きは、お前を良くは思わない」

 「だってだって、わっちは頭じゃないのにでしゃばるから」

 「それでもお前は立ちはだかる」

 「ええ、わっちは弱虫だけど、なにもしないではいられない」

 「本当にお前はお人好しだね、あの獣すらも嫌わないんだろう」

 「ぷん、嫌いでありんすあんなの」

 「おやおや」


35 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:34:14.36 ID:OTUw5IaHO

 「しかし東の獣とは、よくまあやるねあの小わっぱが」

 「どうせ自分の力を過信しておりんす、おばかだわ」

 「云うね女郎蜘蛛、しかし無茶はしないように」

 「もちろんでありんす雪女様」

 「私達は西とも協定を結んでいない、お前の所は悪たれが多い」

 「でもでも、悪い子ばかりじゃありんせん」

 「それでも攻め込まれる恐れがあるから、西に心は許さない、お前に心は許しても」

 「……皆がご迷惑をかけたら、ごめんなさいましね」

 「お前が全てを背負う必要はない、お前はただ皆から好かれる一匹の妖怪に過ぎないんだ」

 「ありがとうございます……母者様」

 「気負いすぎないようにね、しゅう」


36 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:37:15.55 ID:OTUw5IaHO

 未だお若く麗しい、北の頭の雪女。
 他の奴等に見付からぬ様に、こっそりご帰還なされた。

 それと入れ替わりに訪れますは、南の頭の天狗殿。

 西の都に程近く、羽搏き連れて舞い降りる。


 「やあ、お久し振りだね女郎蜘蛛」

 「まあ天狗様、如何なさいまして?」

 「東の頭とやりあっていると聞いたので、様子を見に来たよ」

 「あらあら天狗様、南のお頭様がわざわざお越しいただくなんて」

 「君のところの頭は、相変わらずのへっぴり腰か」

 「申し訳ござりんせん……でもでも、悪い方ではありんせん」

 「それは解るよ、仲間思いの良い鬼……けれど飾りのお頭様」

 「……はいな」

 「気に病まないで、私も所詮は飾りの頭だから」


38 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:40:03.90 ID:OTUw5IaHO

 「天狗様で、ありんすか?」

 「私は木の葉天狗、弟よりも地位は低いが弟が頭になる事を嫌がったんだ」

 「まあ、だからお頭様に?」

 「ああ、それに私は北との協定を結んだしね」

 「母者様でありんす?」

 「う、うん、私の妻だけど」

 「さっきおいでくださいましたわ、入れ違いでしたけど」

 「あ、来てたのか……恥ずかしいな……」

 「あらあら、仲睦まじいとお聞きしてましたわ?」

 「ま、まあ……北に偵察に行ったらいつの間にか夫婦になってただけだよ……」

 「あらあら、うふふっ」

 「わ、私の事はさておき、げふん、西と東だよ」


42 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:43:10.33 ID:OTUw5IaHO

 「東の人の里は随分と発達しているが、妖怪の方は未だしっかりとはしていない様だね」

 「……西は、どちらもまだまだでありんす」

 「君も、西は掃き溜めだと思うのかい?」

 「己の住まう土地ながら、褒められたものではありんせん……」

 「西は、頭に恵まれない、だから皆が纏まらない」

 「纏まれば、少しは良くなりましょうか?」

 「私の所は纏まっている、私だけの力ではないけど、治安は決して悪くはないよ」

 「……わっちは……」

 「君は西の頭ではない、無理に全てを纏めようとしなくても良い」

 「でもでも、」

 「私には、西の土地に居続ける事が君の首を絞めている様に見えるよ」

 「っ」

 「無理に西に留まって、皆を纏めようとするのは止めなさい、君は其処まで強くはないよ」

 「でもでも……わっち……」


46 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:46:16.27 ID:OTUw5IaHO

 「君はただの女郎蜘蛛で、ただの妖怪、西の頭でもないのに、無理をする事はない」

 「で、も……」

 「この地と皆に愛着があるのは解るけど、このままでは君は押し潰されるよ」

 「…………」

 「何もすぐに此処を発てと云いはしない、けれど、此処から離れる事を考えても良い」

 「わっち……は」

 「私達、南と北は平和協定を結んだ、だから西と東にこれ以上は口を挟まない」

 「火の粉が……そちらへ行かぬ様に……?」

 「そう、私達はお頭だから、己の意思より皆の安全を優先する……お頭だから、だよ」

 「…………」

 「……君はお頭じゃ、ないんだよ、しゅう」


48 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:49:17.71 ID:OTUw5IaHO

 「この西も、平和なのは君の周りだけ、それは君の力だけど」

 「この都から外れれば……すぐに無法地帯にありんす……」

 「そう、君にそれを何とか出来ると思うかい?」

 「……いえ」

 「これは、年長者としての一つの意見に過ぎない」

 「はい……」

 「君は、皆が思うよりずっとずっと、弱い」

 「は、い……」

 「君には、この西の地を纏める事は、出来ないよ」

 「…………はい」

 「私はこれから、東にも顔を出しに行くけれど……君が良ければ北か南へおいで」

 「へ……?」

 「無理にとは云わないが、君の気持ちを楽には出来るかも知れない、南と北は、住むには平和だ」


52 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:52:13.49 ID:OTUw5IaHO

 西の都に程近く、ひっそり住まうは女郎蜘蛛。

 その穏やかさに心優しさ、毒の内側の弱さ。
 南北の頭はそれを知り、憐れみ優しく接するばかり。

 その優しさが痛く苦しく嬉しくて、蜘蛛は悲しそうに眉尻を下げていた。

 移住をするは易かろう。
 されどこの地にて親しむ者とは別れ難し。


 自分を慕う、可愛らしい蟲共。

 いつも元気なありんこに、少し不思議な蛞蝓娘。
 他にもたくさんたくさん、慕ってくれる妖怪がいる。

 そんな子達をそのままに、この地を離れる事は出来なくて。


 いいえ違う。

 ほんとうは、今まで培ってきたこの地位を、捨てる事が怖いのだ。


55 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:55:22.57 ID:OTUw5IaHO

 羽搏き飛び去る木の葉天狗。
 思いもよらぬ優しい誘いに、気持ちが揺らいでいないと云えば、嘘になる。

 けれど此処から離れるのは怖い。
 慕ってくれる者の居ない地が怖い。

 ひとりぼっちは寂しいよ。
 ひとりぼっちは悲しいよ。

 わっちは、一人じゃなあんにも出来んせん。

 自分を見てくれる者が、自分を求めてくれる者が。
 少しでも、自分を愛してくれる者が居なければ、何にもなあんにも、出来やしない。


 所詮は弱者の寄せ集め。
 自己を求めて傷を舐め合うだけの仲。

 それでも、このぬるま湯が好きだった。

 人から他所様から迫害されても、舐め合う仲間が居れば良かったの。

 そのお陰で、この土地が好きでいられるから。


58 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 21:58:26.68 ID:OTUw5IaHO


 蜘蛛に負わされた傷を舐める、雷獣帝。
 その後ろへと、ばさり降り立つ木の葉天狗。

 恐る恐ると声をかけ、諭す様に声音を絞る。


 「雷獣、怪我は大丈夫かい?」

 「何処のどいつだ、我輩の背へ回る下郎は」

 「ああ、その……すまない、木の葉天狗の父者と云うよ」

 「天狗……? 南の使いか」

 「いやその、実は南のお頭なんだ」

 「はっ、お頭だと? 貴様の様な輩がか? 寝言は夢見で云うものであるぞ」

 「まあ、そう思うだろうけど……それより、西へ喧嘩を売ったららしいね?」

 「ふん……耳が早いな天狗風情が」


62 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:01:12.22 ID:OTUw5IaHO

 「その様子だと、押し負けたかな」

 「ほざけ天狗がッ!! 我輩が負けるわけもなしッ!!」

 「けれど雷獣、西のしゅうは大して怪我もしていなかった」

 「ッ……女相手だ、手加減したまで」

 「寝言は夢見で云うものだ、雷獣」

 「なッ……!」

 「君は女郎蜘蛛に、しゅうに負けたんだよ雷獣」

 「ほざくか天狗ッ!! この雷獣帝に敗北などある筈がないッ!!」

 「その傲慢さはいずれ君を殺す、だから君はしゅうに負けた」

 「負けてなどおらんわ天狗風情がッ!! 知った様な口をきくなッ!!」

 「君はしゅうより弱い、何度でも云う、君は弱い、だからしゅうに負けた」


65 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:04:54.04 ID:OTUw5IaHO

 「我輩が負けるなど有り得るものかッ! 我輩はこの地で最強と謳われる雷獣帝であるぞッ!?」

 「君の守るものは、その傲慢さだけだ」

 「ならばあの女に守るものがあるとでも云うのかッ!!?」

 「あの子は仲間を守る為に君に立ち向かった、それがあの子の強さになる」

 「ッ……下らん下らん、何が仲間が、ただ媚びへつらうだけの愚図共がッ!!」

 「そうやって、自分だけで何でも出来ると思っているから君は弱いんだ」

 「未だほざくか天狗……ッ!」

 「私は忠告するよ、雷獣」

 「あぁ?」

 「次にあの子と戦えば、君は根っこからあの子に負ける」

 「チッ……今なら見逃すぞ、下郎が」

 「忠告したよ雷獣、君が広い目を持てる様に、南から祈ろう」


67 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:07:18.87 ID:OTUw5IaHO

 飛び立つ天狗の背に、どれだけ雷を落としてやろうかと思った。

 しかし今の雷獣帝には、その力も残ってはいない。
 女郎蜘蛛との戦いで、力は使い果たし、傷すら負ってしまったのだ。


 あの蜘蛛め、どれだけ雷を放とうが、蜘蛛の巣で全てを流してしまう。

 しかもあいつが吐き出す毒の所為で、出してもいない力がどんどん抜けていった。

 蜘蛛の巣と毒しか出せぬ蜘蛛の癖に。
 鬱陶しい蜘蛛の巣さえ無ければ、あの細い腕を引き千切ってやったものを。


 しかし、美人ではあった。

 鈴をつついた様な声に、整った顔立ち、体も奇妙なものではあるが、出るべき所は出ている。

 あの紫の髪は、黒い着物とよく合うだろう。

 黒い着物。


 いやいや変な事は考えるな。


71 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:10:40.85 ID:OTUw5IaHO

 大体あれは我輩の敵、初めて我輩を退かせた女。
 よもやこの我輩が、力勝負で退く事となろうとは。

 ああ思い出すだに腹立たしい。
 一体何だと云うのだ、あの美人は。


 「やほー雷獣帝」

 「あ?」

 「うっわ顔怖っ、いきなり威嚇しないでよぉ?」

 「……何だ狐か、帰れ」

 「何それひどくなぁい? 狐一の美男子と謳われるこの僕が折角おちょくりに来たのにぃ」

 「帰れ」

 「西のかわいこちゃんに負けたんでしょ? だっせ」

 「今なら帰らせてやるが」

 「黙れ馬鹿」

 「殺すぞ馬鹿」


74 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:13:14.05 ID:OTUw5IaHO

 「大体、君ねぇ? 雷獣の癖に人んとこの群れまで恐怖政治すんのやめてくれるぅ?」

 「目障りな狐が悪い」

 「狸の方ならまだしもさぁ? 僕ら狐は美形揃いなのよぉ?」

 「うっさい」

 「黙れ馬鹿、そんな事やってっからお前は友達居ないんだよぉ? このぼっちが」

 「ふん、そんなものが必要か」

 「友達も居ない仲間もいなぁい、親もいなけりゃ女もいなぁい? 何が楽しくて生きてんのさぁ?」

 「……貴様は楽しそうだな、間抜け面」

 「楽しいよぉ? 仲間いっぱい馬鹿いっぱい、女もいっぱいよりどりみどりぃ」

 「…………」

 「僕が勝ち組なのは明らかだねぇ? 雷獣帝さまぁ?」

 「凄い死ね」

 「がきかお前、まあがきか」


76 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:16:21.59 ID:OTUw5IaHO

 「未だくそがきの癖に、ちょーしこいておいたしてんじゃねぇよ」

 「貴様も似た様な歳であろうが」

 「僕は上下関係がしっかりした中で生きてんのぉ、お前みたいにやさぐれてなぁいしぃ」

 「…………」

 「僕は未だ一尾だけどね、すぐに九尾になるよぉ……僕にはその素質があるから」

 「己で云うか」

 「それをお前が云うの?」

 「貴様と一緒にするな、下等動物が」

 「その下等動物を馬鹿にしてると、痛い目見るんだよぉ雷獣帝」

 「ほざけ害獣」

 「……人間から雷獣が霊獣とか呼ばれるからって、ちょーしのんなよお前」

 「はっ、ただの獣が何を吼えるか」

 「あー感じ悪っ、だぁから友達居ないのよお前。大体、僕は金毛白面九尾狐になる男だよぉ?
   金毛はくみゃっ…………と、とにかく、神獣とか云われてんだぞ! 敬えよ!」


82 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:20:11.75 ID:OTUw5IaHO

 「解った解った、帰れ」

 「…………どうせ西のかわいこちゃんに負ける癖に」

 「何か云ったか狐」

 「そろそろ名前で呼んでくれるぅ? 僕にはふぉっくすって名前があんのぉ」

 「知らん帰れ、我輩は忙しい」

 「どーこが、かわいこちゃんに付けられた傷治してるだけじゃん」

 「……」

 「君さぁ、女の子相手に恥ずかしいと思わないのぉ? 本気になって喧嘩して馬鹿みたぁい」

 「我輩は貴様の様に腑抜けた男ではないのでな」

 「何ほざいてんのよ童貞が、女の子の扱いで僕に敵う奴がいるかよぉ」

 「…………」


86 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:22:32.17 ID:OTUw5IaHO

 「あ、童貞って図星?」

 「大概、帰れ」

 「だっせ」

 「殺すぞ」

 「殺してみろ馬鹿が、出来もしない事云って調子こくな馬ぁ鹿、お前、今は何も出来ないだろぉが」

 「……鬱陶しい、消えろ」

 「僕に口喧嘩で勝てない癖に、お前が女の子に敵うわけねーだろぉが」

 「何の関係がある? 大概にしろよ狐が、貴様を噛み殺すだけの力はあるぞ?」

 「弱い獣はきゃんきゃんとまあ吼えます事でぇ」

 「狐ッ!!」

 「あー怖い怖い、余裕がないねぇ力だけで築き上げた自分の地位が揺らぎかけて怯える獣はぁ」

 「なッ……!!」


89 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:25:31.71 ID:OTUw5IaHO

 「だっせぇよお前、だっせぇ上に情けなくて馬鹿馬鹿しい、世渡り下手でやってけると思ってんのぉ?」

 「我輩の力で捩じ伏せられぬ物があるかッ!!」

 「捩じ伏せられなかったんだろぉが蜘蛛さんがよぉ!!」

 「う……ッ」

 「なに考えてんのぉ? 馬鹿なの死ぬのもう死ねよ馬鹿が! 力だけでやってけるわけねぇだろ!!」

 「貴様如きに、何がッ」

 「僕は上下関係厳しい中でやってんだよぉ馬鹿が! 力だけでのしあがれるほど甘くねぇよ!!」

 「我輩は貴様とは違うッ! 我輩は生まれ落ちた時より雷獣であるぞ狐がァッ!!」

 「だから何だってんだぁ、うすらとんかちがぁ!! 力の使い方も解ってねぇ馬鹿がほざくなぁ!!」

 「ならば貴様には解ると云うか!?」

 「お前よりは解るね馬ぁ鹿! こちとらがきの頃からしごかれてんだよぉ!!」

 「我輩は雷獣であるぞ!? 貴様の様な下等動物と一緒にするな愚図がッ!!」

 「大っ概にしろよお前! ほんっとむかつく!! もうお前なんか勝手に蜘蛛ちゃんに殺されてろぉ!!」

 「ああ勝手にさせて貰う! 早急に立ち去れ下等動物がぁあッ!!」


94 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:28:13.15 ID:OTUw5IaHO


 何で我輩、狐と喧嘩してるんだろう……。

 蜘蛛にやられた傷が未だ痛いのに……。

 弱いって自覚したのに、指摘されて腹が立ったんだけど……何してんだろ、我輩……。


 我輩の力を広く知らしめる為に出向いた西の土地、井の中の蛙である事をよしとはしない。
 西の奴等を少し締めれば、多少は我輩の名も轟くであろうと思ったのに。

 思ったのになぁ……何だよあの蜘蛛、強いわ……。

 今まで我輩に楯突く者など居なかった。
 我輩に怯えぬ者など居なかったと云うのに。

 ああまで正面から、ぶつかられたのは初めてだった。


 次は、必ずや仕留めてやる。

 その前に、狐に詫びを入れねばならんが。


99 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:31:16.77 ID:OTUw5IaHO


 先の争いより七つ程の夜が過ぎて、西の蜘蛛は東へ出向き獣に会う事にした。
 その理由は、移住と争いの終結の為。

 無駄としか云い様のない争いを、出来るならば穏便に済ませたい。
 先日は思わず真っ向から喧嘩を買ってしまったが、それを詫びる為でもあった。

 悩んだ末に決めた事。
 何もかもが名残惜しいが、移住する前に決着を付けておきたくて。


 「東の獣様、いらせられまするか」

 「…………あ? ……蜘蛛?」

 「はいな、西の蜘蛛にありんす」

 「何だ、貴様から出向いてきたか、今ならば存分に力も出せるぞ蜘蛛」

 「いいえその事でありんすが、わっちはもう戦いたくはありんせん」

 「は? 我輩を退かせておいて何をほざく?」

 「わっちはぬしさまを傷付ける事も、わっちが傷付く事もよしとはしません」

 「だから何だと云う? 我輩を退かせて勝ち逃げか?」

 「いえ、ですから……」

101 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:34:53.82 ID:OTUw5IaHO

 「我輩はその様な事を認めはせんぞ蜘蛛! 争いを避けたいと云うならば我輩を殺せ!!」

 「あ、あの……」

 「貴様は初めて我輩を退かせた女! それが逃げるとは言語道断!!」

 「……ひとのはなし、全然きかない」

 「さあ我輩を殺してみせろ蜘蛛め! それとも西へ逃げ帰るか!!」

 「わっちは、西から出て行こうと思うのでするが……」

 「はあ!? それでは意味が無かろうが!?」

 「いや……そんなの知りんせん……」

 「ほざけ蜘蛛! 我輩はそんな事は認めぬぞ!!」

 「……何でぬしさまの許可が必要なんでありんすか」

 「え……や、それは……その……」

 「わっちはもう、下らぬ争いなどしたくはありんせん」

 「下らぬ、だと……?」


106 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:37:24.17 ID:OTUw5IaHO

 「ええ、これに意味などありんすか? ただぬしさまの自己満足にありんす」

 「貴様……ッ! 我輩の行動を、下らんと云うか……!?」

 「え……?」

 「我輩の行いが無駄であり下らんと云うか女郎風情が!! 貴様に何が解ると云う!?」

 「うぇ……この方めんどくちゃい……」

 「何か云ったか」

 「……ぬしさま、面倒でありんす、そうやってわっちに噛み付いて何になりんす?」

 「我輩の名は轟く」

 「…………名を轟かせて、どうしたい? 皆を僕にしてふんぞり返りたい?」

 「我輩は雷獣帝、下郎共が讃えるに相応しい者である」

 「お話になりんせん、己で帝を名乗るとは、傲慢甚だしい。ぬしさまはただの獣にありんす」


110 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:40:28.99 ID:OTUw5IaHO

 「我輩をただの獣と同一視するでない愚か者がッ! 我輩は雷獣であるぞ!?」

 「だから何でありんす? わっちはただの蜘蛛の妖怪、それにひけをとるのはどなた様?」

 「黙れ蜘蛛! 貴様など我輩が引き裂いてくれる!!」

 「それが出来なかったので今わっちは此処に居りんす! 己の強さを何処まで過信なさりまするか!?」

 「黙れ黙れ蜘蛛風情が!!」

 「その蜘蛛風情におくれをとった癖に! ぬしさまはただのわがまま仔猫! 何も強くなどない!!」

 「黙れ女郎蜘蛛ぉおッ!! 我輩は東の頭であるぞッ!!!」

 「皆を纏めず己の力を振りかざすだけの仔猫の何処がお頭様!? 少しの力しか無い癖に!!」

 「頭でもない蜘蛛が図に乗るなッ!! 役に立たぬ西の頭の下に居る貴様がほざくかッ!!」

 「ええわっちらのお頭様は力無き方! しかしぬしさまと違い仲間を思う!!」

 「それが何の役に立つ!? 力無き物は死ぬばかりッ!!」

 「ならばぬしさまも同じ運命を辿りましょう! ぬしさまはわっちらのお頭様より劣るッ!!」


114 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:43:10.38 ID:OTUw5IaHO

 女郎蜘蛛の言葉が引き金となったのか、雷獣は地を蹴り蜘蛛へ爪を伸ばす。

 劣等感、怒り、嫉妬、苛立ち、全てが混ざり合い頭を浸す。

 売り言葉に買い言葉とは、まさにこの事。
 穏便に事を済まそうとしていた筈の蜘蛛ですら、苛立ちに任せて毒を吐く。


 獣と蜘蛛が、咆哮上げて飛び掛かる。

 片や牙と爪を用いて、片や毒と糸を用いて、互いを捩じ伏せる為に吼え続ける。


 荒くれ悪たれ東の獣。
 己の力を過信する、傲慢なる若い雷獣。

 平和主義の鎧を纏うは臆病者の西の蜘蛛。
 未だ若い女妖怪、全てを哀れむ愚か女郎蜘蛛。

 妖怪とは血の気が多い。
 種族を守る血の性か、敵と見なせば誰彼構わず牙を剥くもの。

 普段は穏やかそうに構えようが、その内にたぎる血は所詮けだもの。

 妖怪とは、人の様には行かぬもの。


117 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:46:12.04 ID:OTUw5IaHO

 地を抉り、木々を燃やして暴れまわりますは二匹の妖怪。
 己の力と地位のため、己の弱さを誤魔化すため。

 辺りの事など考えず、好き勝手に全てを力で飲み込んだ。

 東に住まう妖怪は、巻き込まれぬ様にと姿を潜めてやり過ごす。


 若く愚かとは云え、雷獣の力は確かで。
 下手に手を出せばこちらに危険が降りかかる事もある。

 どうせ若輩者同士の大きな喧嘩。
 疲れはてれば止まるであろう。

 そう思って、狐も狸も狼も、皆がしんと息を殺す。
 早いところ、あの馬鹿二人が落ち着く事を待ちながら。


 しかしまあ、二匹の罵り合いに殴り合い。
 それはそれは頭の悪いこと悪いこと。

 人の事を考える筈の蜘蛛も、本当は己の愚かさに気付いている獣も、飽きる事なく続けるのだから。


 二匹の攻防は七日七晩に渡って続き、終結したのは一匹の狐の怒鳴り声によってであった。


121 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:49:32.76 ID:OTUw5IaHO


 「たいっ……がいにしなさいッ!!!!」

 「うぇっ!?」

 「ひゃっ!?」

 「君達はもう何をしてるんだ何日も何日も! 何が楽しくて争うか!?」

 「……狐か」

 「狐か、じゃない! いい加減にしなさい!!」

 「き、貴様に説教されるいわれは」

 「君は東のお頭を気取ってる様だが実際はただの暴れはっちゃくでしかないんだぞこの仔猫!!」

 「あ、あば……」

 「上下関係も解っていない馬鹿にお頭が務まると思うのかこの悪たれ! 馬鹿を自覚してるだろ!!」

 「……」

 「君はただのわがまま小僧でしかないし正直僕よりも弱いんだぞ! 今までは大目に見てたが我慢ならん!!」

 「…………」


123 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:52:24.70 ID:OTUw5IaHO

 「馬鹿みたいに調子に乗って暴れ回って自分は強いとか云って阿呆か! 阿呆だ!! この阿呆!!」

 「…………」

 「君も君だ女郎蜘蛛! 和解に来て喧嘩を買って皆に迷惑をかけて何をしてるんだ!!」

 「ご、ごめんなさい……」

 「この地の惨状を見てみなさい! 何が皆を愛する平和主義の博愛主義だ! 君も暴れはっちゃくだ!!」

 「暴れはっちゃく……」

 「この地面に空いた大穴をどうするんだ全く! と云うかどうやったらこうなるんだ!!」

 「…………ごめんなひゃい……」

 「どっちもどっち!! しかし仔猫の方が悪い!! でも女郎蜘蛛も悪い!! 解ったね!?」

 「……」

 「……」

 「へ! ん! じ! は!?」

 「……すまん」

 「ごめんなさい……」


128 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:55:31.07 ID:OTUw5IaHO

 九尾の狐様に目一杯叱られて、漸く大人しくなる二匹。

 当時の九尾様は二匹を正座させ、こんこんと説教を続けた。
 次第に涙目になって行く二匹に気付いてはいたが、反省する良い機会。

 一晩中己らの行いについて叱られ、もはや押し黙る他は無かった。


 「はい、それじゃ仲直り」

 「え……」

 「……」

 「仲直りしなさい、大体仔猫が喧嘩を売ったのが悪い。喧嘩を買ってしまった女郎蜘蛛も悪い」

 「…………」

 「…………」

 「そして他の者へ詫びに行きなさい、じゃないと何処にも住めないようにしてやろうか」

 「……すまなんだ」

 「……ごめんなさいましね」


131 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 22:58:11.29 ID:OTUw5IaHO

 「……もう貴様が東の頭をやれよ……狐」

 「やだよ面倒臭い、僕は狐の親分で手一杯だ」

 「……」

 「しかし、この穴どうしようか、派手に地面抉ってくれちゃって」

 「……」

 「……町でも作るか!」

 「は?」

 「は?」

 「よし町を作ろう! 妖怪でも住める人の町を!」

 「な、なにゆえに……?」

 「君も住めるだろ?」

 「はい?」


135 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 23:01:14.18 ID:OTUw5IaHO

 「いい加減、こういった妖怪同士の争いに辟易してる妖怪も少なくないんだ」

 「それで……町?」

 「そ、争いの起きない様に人間と一緒に住める様に、疲れた妖怪達が住む町」

 「……争いが、それで起きなくなるか?」

 「起こす様な妖怪は住まさん」

 「お狐様、結構独裁的……」

 「いい加減、隠居したがってる奴等も居るしね、僕も疲れたし丁度良いや」

 「自分の為ではないか」

 「それでも誰かの役には立つ、地ならしは済んでるし人間とも顔がきくから何とかなるさ」

 「…………お狐様」

 「うん?」

 「わっち、西から出て他所に住む事を考えておりんした」

 「うん」

 「……わっちも、住んで……良いの?」


137 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 23:04:10.35 ID:OTUw5IaHO

 「良いよ? 面倒起こさないなら」

 「わ……ありがとう、ござります……!」

 「んじゃ、町作るの手伝ってね」

 「はいな、喜んで!」

 「仔猫はどうする?」

 「杉浦と呼べ」

 「はいはい、で、どうする?」

 「…………詫びの代わりに、手伝ってやらん事も」

 「じゃあ二人で頑張ろうか女郎蜘蛛」

 「あ、や、やらせてください」

 「よろしい」

 「…………こいつ苦手である」

 「何か云ったかなー仔猫」

 「なんでもない……」


139 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 23:07:13.07 ID:OTUw5IaHO

 そうして始まりました町作り。

 狐の親分は人間と妖怪を呼び、共存を約束させて町作りを始めた。

  しかし東ではこの事が話題になったものの、
 他の地には話が届かなかったのか、知る者は少なかった。


───────

('A`)「あの、毒婦の君、良いですか?」

lw´‐ _‐ノv「はいな?」

('A`)「何か、きゅう姐さんから聞いた話と微妙に食い違うんですが」

lw´‐ _‐ノv「どの辺りが?」

('A`)「毒婦の君が東に出向いた時に、旦那様と出会ったとか……」

lw´‐ _‐ノv「ああ、それは旦那様が来た時はきゅうが他所に行ってたからでは?」

('A`)「あ、きゅう姐さんは知らなかったんすか?」

lw´‐ _‐ノv「まあ、その時の話は何故か皆が語りたがりませんでしたゆえ」

('A`)「まー……お頭がへたれ全開じゃねぇ……」


141 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 23:10:15.70 ID:OTUw5IaHO

('A`)「あと、きゅう姐さん曰く、毒婦の君には敵が多かったと……」

lw´‐ _‐ノv「あー……気付いてなかったの、当時」

('A`)「あー……あと予想以上に旦那様が……うん」

lw´‐ _‐ノv「ま、若かったので」

('A`)「まあ、若いとね」

lw´‐ _‐ノv「あと食い違いがあっても、歳の所為で記憶があやふや、と云う事で」

('A`)「えれぇ無理矢理な纏め方っすね……」

lw´‐ _‐ノv「云わないの、わっちも若く見えるけど本当は随分お年寄りでありんす」

('A`)「何となく夢の壊れる発言ですね、それ……」

lw´‐ _‐ノv「……ろりばばあ?」

('A`)「止めなさい」

lw´‘ -‘ノv「ほら、ろりばばあ?」

('A`)「止めなさい」


144 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 23:13:13.68 ID:OTUw5IaHO

lw´‐ _‐ノv「で、町作りはどうやらそこまで順調では無かったみたいでありんす」

('A`)「あれ、毒婦の君も町作り参加してたんでは?」

lw´‐ _‐ノv「それがね、ひーちゃん達にお手伝いお願いしようと西に行ったら、捕まりんした」

('A`)「あー……毒の壺、ですか」

lw´‐ _‐ノv「そ、そのお陰で本当はわっち、あんまり町作り出来ておりんせん」

('A`)「地ならししただけっすね」

lw´‐ _‐ノv

('A`)

lw´‘ -‘ノv

('A`)「ろりっても無駄ですから」

lw´‐ _‐ノv「ちぇっ」


147 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 23:16:27.59 ID:OTUw5IaHO


 皆が初めてとなる、人と妖怪が共存する町作り。
 やはりと云うべきか、反対する者は少なくはなく。

 邪魔をする者、批判する者は後を絶たず、町作りは難航する。


 余談ではあるが、その頃には雷獣と女郎蜘蛛は、何やら良い関係になっておられた。


 そこでしゅうは、せめてもと力自慢の妖怪に協力を仰ごうと、西へ一旦引き返す。


 すると、西ではお頭が病に死んだと大騒ぎ。

 誰が後継になるだの、本当は殺されたのではないかだのと、
 流石の西の妖怪も、混乱を隠せず騒ぎ立てていた。

 そんな中に戻った女郎蜘蛛。
 騒ぎに乗じて忍び寄るは、黒い影。


 蟻の子に会う女郎蜘蛛の背中へと、何者かが覆い被さった。


149 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/18(日) 23:19:24.62 ID:OTUw5IaHO

 突然の事に驚き戸惑う女郎蜘蛛。
 抵抗をする間も与えずに、世界は一転まっくらやみ。


 気が付けば、そこは暗く狭い壺の中。

 共に入れられた蟻の子が、ここから出せと騒いでいる。


 辺りには、怒りと戸惑いに揺らぐ虫妖怪共。
 その中には、蛞蝓やら百足やら、毒持ち共も多く居て。



 ────ああ、蠱毒、だ。


 そう気付いた時には、壺の蓋はもう、閉じられていた。


 男の笑い声、ひとつだけを壺の中に転がして。



 『十三話後編 おわり。』


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