- 2 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:10:55.98 ID:6YeXxQyyO
-
あの蜘蛛女を苦しめるには、どうすれば良いか知ってるか?
あの甘ったれな弱虫を、悲しませるにはどうすれば良いか知ってるか?
仲間思いの殻を纏った自己愛に満ちた女を、底の底から崩してやるにはな。
( ^ω^)百鬼夜行のようです。
【十四話 百挙百全と行きはせず。 前編】
仲間同士の殺し合いを、見せてやれば良いのさ。
己の無力さを、思い知らせてやれば良いのさ。
蠱毒と云う、地獄を彼奴に与えてあげるのさ。
- 3 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:14:10.93 ID:6YeXxQyyO
-
暗い暗い、毒壺の中。
血の気の多い虫共が、怒りに任せて同士討ちを始めた。
自分がどんなに和解を勧めても、落ち着く事を促しても、意味は無かった。
互いに噛み合い、毒を流して血を流して、血へどを吐いて倒れ逝く。
ああ、ああ、ああああ。
地獄だ、此処は。
皆が、仲間が憎しみ合って、殺し合う、ああ。
こちらへ襲い掛かる仲間を、蟻の子が殴り飛ばす。
何故に仲間同士で殺し合わねばならないのかと、叫んでいる。
駄目よひいと、その言葉は、今は火に油を注ぐだけ。
理不尽なこの状況に怒り狂う仲間達は、どうすれば、おさまるの。
わかんない、わかんないよ、わっちわかんないよ。
どうすれば良いのか、わっちには、わかんないよ。
- 4 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:16:14.71 ID:6YeXxQyyO
-
突然放り込まれた壺の中。
其処に居たのは、毒虫の仲間達。
しかしその仲間達は、理不尽な仕打ちに苛立っていて。
外から最後に聞こえた笑い声。
それは、同じ蜘蛛の妖怪の物だと、女郎蜘蛛だけが気付いていた。
「おねーさまぁ! これはいったい何でありましょーかぁあっ!!」
「ひいと落ち着いて、これは……」
「蠱毒、ですわねぇ……おねぇさまぁ」
「あ……くるう、ぬしさまも、此処に……?」
「はぁい……くるうも急に、入れられてぇ」
「蠱毒……こどくって……ひいと達は殺し合わねばならんのですかっ!?」
「そんな事、……そんな事、わっちには……」
- 7 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:19:34.57 ID:6YeXxQyyO
-
こちらへ寄ってきたのは、練色の髪をした女。
にこにこと掴み所の無い笑みを浮かべて、女郎蜘蛛の着物を引く。
頭を傾けて、おねぇさまおねぇさまと呼ぶ。
それは毒を持つ蛞蝓の妖怪で、異様な迄に女郎蜘蛛を敬愛していた。
泣きそうな顔でいやいやと頭を横に振る蟻の子と、にこにこ何処か楽しそうに笑う蛞蝓。
そんな二人に挟まれた女郎蜘蛛は、困り果てた顔で見えない空を見上げる。
空は壺の蓋によって遮られている。
それどころか、きっとこの壺は地中に埋められてしまっただろう。
蠱毒とは、そう云う物だ。
毒を持つものをたくさん放り込んで、長くても十日程、土の中に埋める。
そして殺し合いをさせて、生き残ったものを呪いの為に使うのだ。
と云っても、この蠱毒は呪いには使われないだろう。
恐らく女郎蜘蛛だけが気付いている。
これは、女郎蜘蛛に対する、いやがらせ。
- 10 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:22:54.36 ID:6YeXxQyyO
-
あの笑い声。
土蜘蛛の笑い声。
あれは、女郎蜘蛛に何度も求婚をした男の声。
そして女郎蜘蛛は、何度もそれを拒否し続けた。
恐らくは、その事に対する報復。
東に生きようとする女郎蜘蛛への、いやがらせ。
どうしよう。
どうしよう。
わっちの所為で、仲間達まで巻き込んで。
何とかしなきゃ。
何とかしなきゃ。
仲間達が殺し合いをはじめる前に、何とかしなきゃ。
じわじわと首を絞められる様な、焦燥感ばかりが身を襲う。
- 12 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:25:45.41 ID:6YeXxQyyO
-
「落ち着いてひいと、皆で力を合わせて出られる様に……」
「みんなで力合わせてぇ? 外に出られると思うんかぁ?」
「……やってみねば、解りんせん」
「はん、無駄や無駄、蠱毒の蓋なんざそォ簡単に開くかいな」
「それでも、何もしないよりは良いのではありんせん?」
「はっ……好きにしたらえぇわ、うちはそんなんごめんやけどなぁ?」
「……きゅう」
「気安ぅ呼ばんといてくれるか、毒蜘蛛のおひいさまが……胸糞悪いわ」
「お前ッ! おねーさまを愚弄するのかッ!?」
「おねーさまやと、笑わせんといてくれるか蟻のがきが、毒蜘蛛の取り巻き風情が」
「お前……ッ!!」
「何ややるか? あぁ? うちの鎧をそんなちぃこい拳で貫くかァッ!?」
- 15 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:28:29.97 ID:6YeXxQyyO
-
「このひいとに砕けぬものなどあるものかっ! ひいとのあぎとは全てを噛み砕くんだっ!!」
「そんならこの壺を噛み砕いてみんかい蟻コロがァッ! 糞がナマぬかしとんちゃうぞォッ!!」
「な……なっ……!!」
「ひいと、お止めなさいな……良い子だから、仲間割れは良くありんせん」
「ぅ……おねーさまが、云うなら……」
「ふん……勝手に仲間や云うのは止めてくれんか、さぶいぼ立つわ」
「…………」
(おねぇさまぁおねぇさまぁ)
(くるう……?)
(うふふ……あのむかでちゃん、震えてるわぁ……ほんとは此処もひいともこわいのにぃ……)
(……皆、怯えるのはしようのない事にありんす、笑うのはお止めなさいね)
(はぁい……おねぇさまぁ……)
- 17 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:31:15.21 ID:6YeXxQyyO
-
そのまま、ぴりぴりと肌を刺す様な空気に包まれたままで時は流れる。
騒いでいた虫達は黙りこくって、苛立ちを恐怖に塗り潰す。
そんな中で響く音。
小さな蟻が壁を蹴って駆け登り、天井である蓋を殴る音。
その足場として、巨大な女郎蜘蛛が立ち続ける。
がん、がん、と殴る音が途絶える事はなく。
しかし壺の蓋は、びくともせずに口を閉ざしたまま。
蟻の子が疲れれば、蜘蛛は四本の腕で抱き締めて、揺りかごの様に寝かし付ける。
強張った筋肉は、蛞蝓の毒で優しくとろかせる。
そして目が覚めれば、また壁を殴り付ける。
気が狂いそうな終わらない作業、無駄な抵抗とも云えるそれ。
蛞蝓は何も云わず、ただふやけた目玉でにこにこと、それを見るだけ。
女郎蜘蛛の肩に寄りかかり、にこにこと。
そんな、朝も夜もわからぬ日々の中。
虫達は狂い始めた。
- 20 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:34:24.17 ID:6YeXxQyyO
-
はじめは小さな小競り合い。
肩がぶつかったぶつからないと云う、些細な事。
しかし今の虫達には、それすらも逆鱗に触れてしまう。
言葉だけのやりとりは、いつしか拳でのやりとりに。
そうしてそれは、噛み合い、毒の吐き合い、殺し合い。
疲れて眠った女郎蜘蛛を揺らす、小さな手。
泣きながら名を呼ぶ声に、目を擦って身を起こした。
暗い世界に目が慣れるまではほんの数秒。
その間にも、耳へと突き刺さる怒声と悲鳴に、女郎蜘蛛は四つの目玉を見開いた。
目を覚ました女郎蜘蛛を待っていたのは、阿鼻叫喚。
仲間同士で殺し合う虫達に、飛び散る血肉と毒の海。
背筋が急激に冷えてゆく。
蟻の子が、どうしようと泣いている。
蛞蝓が、楽しそうにけたけたと笑い転げる。
百足が襲い掛かる仲間達を殴り飛ばして怒鳴り散らす。
あ、あ 地獄、だ。
- 22 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:37:43.13 ID:6YeXxQyyO
-
目の前に、地獄がある。
こぼれんばかりに見開かれた目から、ぽたぽたと涙が落ちる。
自分の所為で、仲間が憎しみ合って死んでゆく。
自分の所為で、皆がこわれてゆく。
自分の所為で、自分の所為で、ああなんとか、何とかしなきゃ、はやく、はやく。
止めなさいと、叱りつけたかった。
けれど声はかすれて、喉から出るのは言葉にならない声ばかり。
仲間達の目、恨めしそうにこちらを見る目、もう生きてはいない濁った目。
なさけないね、わっち。
みんなに愛されたいとか、守りたいとか云っておいて。
ひいととくるうを抱き締めて、怯え固まる事しかできないの。
なにもできないの。
こわくて、こわくて、こわくて。
ただ、ひたすらにこわくて。
- 24 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:41:14.68 ID:6YeXxQyyO
-
仲間達の殆どが、あっと云う間に死に絶えた。
こちらへと飛び掛かってきた仲間をひいとが殴り飛ばして、泣きながら叫んで。
その勇気すらも、持てずにただ怯えていた。
思い知ったよ。
もうわかったよ。
わっち弱いから、なにもできない愚か者だから。
自己愛だけを振りかざしていた、愚か者だから。
ねぇ、もうやめてよ。
もうこの地獄を見せないでよ。
わっち、わっち、もう、わかったから。
わっちがかわりに、みんなのかわりに、死んでもいいから。
だから、だから、だから。
みんなをたすけて─────すぎうらさま。
- 27 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:43:34.92 ID:6YeXxQyyO
-
「女郎蜘蛛が、消えた」
「西に手を借りに行くと云ったけど……流石に遅いね」
「……西では、お頭が死んだらしい」
「ふむ……あの子が代わりに頭になれとでも云われてるのかな?」
「んなわけがあるか、彼奴は東に生きようとしていたのであるぞ」
「んー……じゃあ、面倒に巻き込まれた、とか?」
「…………」
「…………」
「ふぉっくすーふぉっくすー」
「はーい大将」
「子猫と一緒に西にれっつご」
「はぁ?」
- 31 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:46:50.60 ID:6YeXxQyyO
-
「蜘蛛ちゃんが居ないとね、こっちも大変なんだよ。あの子意外と腕力あるし、大事な手なんだ」
「だから、探しに行けとぉ?」
「うん、行け」
「…………だってよぉ雷獣、どうするぅ?」
「……」
「……おい雷獣」
「行くぞ狐、このままでは手が足りん」
「心配って云えばぁ? あの子ちょっと気になってんでしょ?」
「やっかましいわ」
「んじゃ僕が唾つけるけど」
「ややや止めろ」
「…………突っ込みきれないやぁ……さっさと行くよぉ」
「うむ……」
- 34 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:49:52.54 ID:6YeXxQyyO
-
「……それでおれも付き合う羽目になったのかー……」
「二匹で行くのは流石に心許ないしねぇ」
「黙ってさっさと行くぞ」
「……あいつ、蜘蛛と仲悪いんじゃないのかー?」
「喧嘩して仲直りして、共同作業から芽生える恋だよぉ」
「うわー……青春かー……」
「良いね良いねぇ青くて良いねぇ」
「甘酸っぱいなー……」
「しかも多分、両思い……良いねぇ甘いねぇ……」
「甘臭いぞー……」
「貴様らもう黙れ」
- 35 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:52:14.59 ID:6YeXxQyyO
-
「此処が西かー……」
「お姉さん居るんだっけぇ?」
「今回はその件は無視だぞー……」
「おい! 誰か居らぬか西の者!!」
「いきなり喧嘩腰かー……」
「こいつに多く期待しちゃ駄目だよぉ……ま、誰か居るかなぁ」
三匹の獣が西の地へ訪れたのは、女郎蜘蛛が居なくなってから三日ほど経った頃。
共に来た二匹は、まだたったの三日だと思いつつも何処か楽しそうに笑いながら雷獣に従う。
あの雷獣がねえ、とにやにや人の悪そうな笑みを浮かべて、必死に無関心を装う背中を見る。
素直じゃないね。
全くだー。
そんな言葉を目で交わし、西の森が揺れる音を聞いた。
西の森からのっそりと、姿を見せるは黒い蜘蛛。
巨大な体躯に、目玉を六つ描いた仮面をつける男。
- 38 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:55:46.64 ID:6YeXxQyyO
-
「…………おい土蜘蛛……貴様、蜘蛛を知らぬか、女郎蜘蛛を」
「……それを知ってどうすンだ?」
「貴様の知った事ではない、良いから答えろ」
「何で俺がお前に従わなきゃならねェんだ、それが人に物を訪ねる態度か?」
「我輩は我輩よりも弱い者に頭を下げるほど落ちぶれてはおらん、答えろ」
(杉浦が馬鹿だぞー)
(今さらだよぉ今さらぁ)
(それで済ませるのもどうかと思うぞー…………でもあいつ、なんか臭うぞー)
「断る馬鹿猫、東に戻ってにゃーにゃー吼えてやがれ」
「ほざけ土蜘蛛風情が、穏やかに聞く内に答えた方が身のためであるぞ」
「答えなかったらどうなんだ? あ?」
「貴様を頭だけにして語らせるのみである」
- 42 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 21:59:33.24 ID:6YeXxQyyO
-
「は、お前はあの蜘蛛の何だ? 何が理由で何を聞きたい?」
「ほう、あの蜘蛛とな……知っているならば、全て吐かせてやろう」
「馬鹿云うなよ、聞きたいなら答えろってんだ」
「貴様に答える義理はない、何度も云うが我輩より弱い者に従う気もない」
「じゃあ、本当に俺がお前より弱いか見せてやろうか? あ?」
「良かろう、やってみせろ土蜘蛛風情が、この雷獣が負ける道理があるものか」
(帝、がなくなってるぞー)
(こわいこわぁい、避難しとこっかぁ)
(人の恋路を邪魔すると後が怖いから避難するぞー)
(もか、変なとこ鋭いよねぇ……)
(嗅覚とあぎとの力なら狐にも猫に負けないぞー)
(他では負けるけどねぇ)
- 43 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:01:30.91 ID:6YeXxQyyO
-
血の気の多い雷獣仔猫、だんと地を蹴り、土蜘蛛へと爪を伸ばす。
その爪を腕を振るって軽く弾き飛ばせば、蜘蛛は仮面を僅かに持ち上げて糸を吐いた。
腕へと絡み付く糸を雷で焼き切り、そのまま輝く稲光。
地を抉り焼く雷を、たんたんと軽い動きで跳ねて避ける。
あちこちへと吐き掛ける蜘蛛の糸。
それを踏まぬ様にと注意しながら、雷獣は土蜘蛛へと飛び掛かる。
かすりもしない互いの攻撃。
軽い動作で全てを避け、次の手を繰り出すばかり。
頭の使わない戦い方だと狐は笑い、肩を竦めて木の影から傍観する。
でも、このままではらちがあかない。
きっと雷獣よりも早く、土蜘蛛の方から何かを仕掛けるだろう。
雷獣は今一つ頭が良くないが、あの土蜘蛛はそこまででもない筈。
今はただ、手の内を見ようと遊んでいるだけに過ぎない。
さて、あの性悪そうな蜘蛛は何をするか。
- 44 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:04:27.25 ID:6YeXxQyyO
-
「そこまで躍起になるって事は、あの女郎蜘蛛の男かァ?」
「それが貴様にどう関係がある、つまらぬ事を吐く暇があるなら所在を云え」
「さてどうしてやろうかな、俺も彼奴の悲鳴は好きなもんでなァ」
「悲鳴、だと?」
「ああ、あれがどう喘ぐか知ってるかァ? 泣くみたいに喘ぐんだよ」
「な……ッ」
「彼奴は痛がる様と泣く様が一番綺麗だよなァ、あれは肌が白いから跡が残りやすいぜ」
「貴様……よもや、彼奴を……ッ!」
「ひはぁはははッ! 何だよ未だ抱いてねェのかあ!? 玉無しかよ雷獣様ァ!」
「貴様ァアアアアッ!!」
「はっ、あはははははっ! ざまあねえなァ! お手付きだって知らなかったかァ!?」
「貴様如きにあの蜘蛛を汚させるものか下郎があああああああッ!!」
「もう汚れてんだよォ馬ァアアアッ鹿!!」
- 46 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:07:14.37 ID:6YeXxQyyO
-
(あー、杉浦が熱くなっちゃってるなぁ……)
(がう)
(ん? ……あ、馬鹿もか、出たら危ないってばぁ)
「あの女がきれーなもんだと思い込んでたかァ雷獣サマァ!? ひはっははははは!!」
「ほざけ愚図がァアアアアッ!!」
「おい蜘蛛」
「…………あ? 邪魔すんなや獣が」
「その馬鹿はその馬鹿話で騙せても、おれの鼻は騙せないぞ馬鹿」
「……ンだと?」
「お前からは嘘の臭いがする、気持ちの悪い、果物の腐敗臭みたいな臭いだー……」
「…………犬か、糞がッ」
「狼だ、この嗅覚は嘘も真も腹の底に渦巻く嫉妬も全て見抜くぞー」
- 51 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:11:06.18 ID:6YeXxQyyO
-
「……嘘、だと?」
「あの子は間違いなく、……まあその、あれだー」
「処女だよぉ」
「……少しは濁せー」
「純潔の結界は破られてはいないよぉ」
「今さら濁すなー……」
「……引っ込んでろよ獣風情がァ……お前らも殺されてェか? あ?」
「友達が嘘に惑わされるのを指を銜えて見てるほど馬鹿じゃないぞー」
「そうそう、大体あの子がお前みたいな奴に唾付けられてるわけないじゃんねぇ?」
「お前はあの子に惹かれては拒絶されただけの間抜けな男、あの子は賢いからお前が嫌なんだー」
「残念だったねぇ土蜘蛛君? あの子が好きなのはそこの馬鹿だよぉ」
「えっ」
「雷獣黙ってぇ」
- 54 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:13:35.03 ID:6YeXxQyyO
-
「それは馬鹿だけど、力では誰にも負けないぞー」
「そしてこの僕の口と、狼の嗅覚……全てを敵に回して君に勝てるぅ?」
「おれ達をみんな敵にするのは、お前でもきついはずだー……だから、怪我しない内に教えろー」
「次期狐の親玉と山の守り神、敵にしちゃう覚悟はおありでぇ?」
「…………」
「もう諦めろ土蜘蛛、どうせその馬鹿に嫉妬したんだろうけどもう無駄だぞー……」
「いつまで経っても靡かないどころか、西を出て他の男と良い仲になってたのが嫌だったんでしょ?」
「端から見た意見としては、お前は男の風上にもおけない馬鹿にも劣る愚か者だー……」
「自分の魅力で振り向かせられないからってあの子を監禁でもしたわけぇ? なっさけな」
「……もうお前の傷も抉りたくないぞー……だから、早く教えてくれー……」
「未だ知ってるのに知らないと言い張るなら、僕らだって黙ってはいないよぉ?」
「既に黙ってないけどなー……」
「もか黙ってぇ」
- 57 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:17:12.56 ID:6YeXxQyyO
-
「はっ……はははははっ! 良い仲間をお持ちだなァ雷獣様よォ」
「ふん、仲間などでは無いわ」
「友達だからなー」
「…………蜘蛛、もう良いであろう、答えろ」
「……」
「我輩は戦を仕掛けに来たのではない、あの女の居場所を聞きに来たのだ」
「…………」
「さあ、答えろ土蜘蛛、あの女は…………しゅうは、何処だ」
「はっ…………土の中だよ……雷獣様ァアッ!!」
「なっ……が、ぁあああああっ!?」
地を蹴った土蜘蛛の、伸ばされた右手。
その手は、爪は、雷獣の顔へと、
- 60 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:19:35.56 ID:6YeXxQyyO
-
顔へと食い込む爪。
縦に引き裂かれた顔の痛みに雷獣は吼え、その場に崩れ落ちて顔を押さえた。
じくじくと痛む両の目。
目玉を抉り出されるのでは無いかと云う程のそれに、手を血に汚して吼える。
かっと毛を逆立てて飛び掛かった二匹の獣を、ひょいとかわした土蜘蛛は、げらげら声を上げて笑う。
木の枝へと飛び乗って、三匹の獣を見下ろしながら笑う土蜘蛛。
そして背中を向けながら、笑いながら、吐き捨てた。
「彼奴は地獄に居るぜ雷獣様ァ! 東の何処かに彼奴らの詰まった壺がある、見付けてみろよォ!!」
「ぐっ……ぁ、壺……だと……?」
「雷獣、もうほっとけ! それより手当てしに戻るぞー!」
「チッ……調子乗ってんなよぉ糞虫がぁ! いつかその面ブッ壊してやるよぉ!!」
「狐ももう良いから雷獣と一緒に背中に乗れー! ほら杉浦、帰るぞー!」
「……未だ、めいんかめらがやられただけである……」
「はいはい余裕そうですねぇ! 前見えねぇんだろうが黙ってろ馬鹿が!!」
- 64 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:22:45.22 ID:6YeXxQyyO
-
雷獣が受けた傷はさして深い物では無かったが、相手は蜘蛛。
毒があるかは解らぬが、もし毒を持った爪で傷付けられれば、下手をすれば命にも関わる。
そんな理由により、飛んで戻った東の地。
休憩中だったのか、握り飯片手にねじり鉢巻と云う格好の九尾は、傷付いた雷獣の姿に茶を噴出した。
握り飯を一気に口に放り込んでから、どうしたのかとあわてふためく九尾殿。
部下の狐から話を聞くと、大急ぎで蛙を取ってきて油を捻り出し、傷へと塗り付ける。
絞られた蛙をぽいと投げ捨てて、口の中の物を飲み込んでからしっかりと話を聞き。
暫し神妙な顔で何やらうんうんと悩んでから、東の妖怪で手分けして、女郎蜘蛛を探す事にした。
日が高い内は町作り。
日が落ちてからは蜘蛛探し。
東の土地の土の中、何処かに埋まっているであろう壺を探す。
蜘蛛探しがまるで雲を掴む様な話だね、と得意気に云った九尾が殴られる事もあった。
が、置いておく。
- 68 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:25:36.26 ID:6YeXxQyyO
-
明るい内には土木作業。
人間と妖怪は協力し、新しい町を作る為にと日々走り回る。
お上との面倒な事は人間と九尾が受け持ち、雑用的な作業に精を出す。
そうして日が落ちれば、蜘蛛を探す為に雷獣は東中を駆け回った。
生きているのかと不安にも思ったが、壺とは恐らく蠱毒の事だろうと聞き。
女郎蜘蛛が死ぬ前に、早く早く助ける為に、狐も狼も一緒になって探し回る。
地中に埋められた壺では匂いもしない。
耳を澄ませても何も聞こえはしない。
東の土地の何処かと云う、ほんの僅かな手掛かり。
それを信じるしか無くて、終わりなども見えなくて。
何日、何月、何年、何十年。
諦めもせず、探し続けた。
理由は大して無いと思って居たが、時が経つにつれてその理由はしっかりとした形を成す。
あの声を聞きたい、あの肌に触れたい、早く会いたい。
- 70 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:28:56.71 ID:6YeXxQyyO
-
「おねーさま……ひいと、もう力が出ない……」
「無理をしないで、少し……お休みなさいな……」
「うん…………お腹、すいた……」
壺の中には、もう四匹の虫しか残って居なかった。
女郎蜘蛛に蟻の子、蛞蝓、百足。
他の仲間は皆、同士討ちや空腹に倒れ、息絶えた。
腐敗臭に満ちた壺では、もう誰もが何かをする体力も残ってはいない。
血の気の多かった百足ですら、疲れはてた顔で虚ろな目。
蟻の子は壁を殴り続けた事で、拳を壊してしまった。
目の光を失った女郎蜘蛛に寄り掛かる蛞蝓だけが、相変わらず笑っている。
ああ、どれだけの時が流れたのだろう。
暗い壺の中に居すぎて、外の明るさも思い出せそうにない。
- 72 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:31:56.28 ID:6YeXxQyyO
-
お腹がすいた。
この子達ももう疲れただろう、苦しいだろう、空腹だろう。
このまま死ぬなら、その前に。
わっちの罪を、吐き出したい。
「…………ねぇ、少し聞いては、下さりませんか……」
「……何や」
「…………ぬしさま達が、ここに入れられた理由は……きっと、わっちの所為にありんす」
「は……?」
「わっちが、彼を、傷付けたから……」
「……始めから話しや、聞いたるわ」
「…………はい」
- 74 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:34:08.12 ID:6YeXxQyyO
-
女郎蜘蛛に求婚を続けた土蜘蛛、それを断り続けた女郎蜘蛛。
西から離れようとした女郎蜘蛛、想いを寄せた黒い獣。
力なくぽつぽつと、一つ一つ話す女郎蜘蛛。
黙ってそれを聞いていた百足は、壁を力一杯殴り付けた。
「…………なるほどなぁ……あんたがあの蜘蛛を振ったから、かいな……」
「本当に……ごめん、なさい」
「……ぶち殺したる」
「っ……おねーさまは、ひいとが守る……」
「そいつとちゃうわ、土蜘蛛や」
「へ、」
「彼奴がそこまで腹の底腐っとると思わんかったわ、振られたからて逆恨みかァ? ド阿呆がッ」
「…………きゅうと……」
- 76 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:37:08.00 ID:6YeXxQyyO
-
「……嫌々やけど、あんたの誘いに乗ったるわ……手ェ貸したる、絶対に此処から出たる……ッ!」
「でも、もうひいとは力が出せない……お前だけで壺を破れるのか……?」
「それは……せやけど、何もせんよりえぇんやろ」
「……うん」
「ほんなら、うちかて何かしたるわ……ッ!」
「あはぁ……でもお腹が空いちゃ、なぁんにも出来ないわぁ……」
「…………」
妖怪は寿命が長く、本来は簡単に死にはしない。
多少の空腹では餓死しないが、もう壺の中で生きてどれだけ経ったか解らない。
未だ、仲間の屍肉を食む事はしていない。
だがこのままでは、腐った肉を喰らう事になるだろう。
それに気付いていた百足は、ちらりと形も無くなった様な仲間の死体に目をやる。
とてもでは無いが、喰えた物ではない、蛆こそ沸いてはいないが腐りきった肉。
嫌そうに顔を歪めた百足が女郎蜘蛛へと視線を戻し、目を見開いた。
- 80 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:40:13.41 ID:6YeXxQyyO
-
たくしあげられた着物。
四本ある脚の一本に、己の爪を突き立てていた。
ぷちぷちと肉を引き裂いて、真新しい血の匂いが壺の中いっぱいに広がる。
四本腕で必死に、己の脚を引き裂いて、引きちぎろうと爪を抉り込む。
額に汗を浮かべて、痛みに顔を歪めて脚を引っ掻くその姿に、一瞬声を無くした。
「なっ……何しとんねんッ!?」
「……ひいと、あぎとの力は、残っておりんす……? 骨は、手では折れないの……」
「聞けや女郎蜘蛛ッ! 何っ……して……ッ!?」
「…………お腹、空いたでしょ……?」
「それ、は……」
「わっち、あんよは四本ありんす……一本くらい、無くしても……平気」
「…………おねーさま……噛み千切っても、良いのか……?」
「ええ……それで、お腹が満たされるなら……」
- 83 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:43:48.91 ID:6YeXxQyyO
-
百足の止める声も聞かずに、蟻の子は女郎蜘蛛の脚に顔を埋める。
そして血に濡れた傷へと噛み付き、牙を突き立てた。
ごりごりと骨を削る様に、みしみしと骨を圧迫して。
皮膚を肉を裂き、骨を、ごきりと噛み砕いた。
痛みに細い声を上げた女郎蜘蛛は、優しく蟻の子の頭を撫でる。
三人で分けてお食べなさいと、青い顔で微笑んで。
「お前……ッそいつの事好きなんやろッ!? せやったら何でそんな事出来るんやッ!?」
「……ひいとは、おねーさまの好意を無下にしたくない……だから、今は従う……」
「…………ッ……ド阿呆が……ッ!」
「大丈夫……脛から先だもの、人に化けたら、義足を付ければ歩ける、から……」
「……あんたら、ほんまに阿呆や……何やねん、もう……」
「ふふ……ごめん、なさい……」
- 90 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:46:34.41 ID:6YeXxQyyO
-
二匹は泣きながら、女郎蜘蛛の脚を喰らった。
それでも蛞蝓だけは、嬉しそうに肉を食んだ。
壺の壁に凭れて、天井を見上げる女郎蜘蛛。
ああ、会いたいな。
百足の様に、わっちを叱ってくれるかな。
会いたい、なあ、杉浦様。
何でこんなに会いたくなるのか、解らないけど。
それでもまた、あの黒い毛並みに触れたいな、あの低い声を聞きたいな。
喧嘩したけど、本当は悪い方では無いの、本当は優しい方だって解ってるの。
外に出たら、一度で良いから、頭を撫でてくれるかな。
お願いしたら、撫でてくれるかな。
外、出たいなあ。
みんなと、外に。
- 91 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:49:27.88 ID:6YeXxQyyO
-
女郎蜘蛛の肉を喰らい、僅かに力を取り戻した虫達が、必死になって蓋を殴る。
百足の体に持ち上げられた蟻の子が、蜘蛛の糸を巻かれて保護された拳を振るう。
しかし壁なら未だしも、蓋を殴ると云うのはなかなかに難しいのか、蟻の子は直ぐに疲れてしまう。
蟻の子が疲れれば、女郎蜘蛛が百足の上に乗って蓋を殴った。
その間に蛞蝓は蟻の子の疲れを溶かし、女郎蜘蛛が疲れればその疲れを溶かす。
妖怪らしく毒や力を使えば良いとも思ったが、
蓋に仕掛けでも施してあるのか、それらは全く効果が無く。
しようがなく、己らの拳で何とか蓋を破る事にした。
殴れば殴るだけ、蓋が揺れて大きな音を立てる。
全く意味が無いと言うわけではなさそうで、蓋が揺れる度に僅かな希望が胸に湧く。
朝も夜も存在しない壺の中。
寝る間も惜しんでひたすらに殴り続ける。
拳が壊れても、血が流れても、色が変わろうが痛みに襲われようが、止める事はしなかった。
- 93 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:52:53.74 ID:6YeXxQyyO
-
「雷獣、ちょっと良いか」
「む、狸か」
「儂ンとこの集落近くで、最近変な音がするんだが」
「変な音?」
「ああ、何かを殴る様な音が僅かにだが聞こえる、だが何処から聞こえるかは解らん」
「…………まさか、」
「ああ、もしかしたら地中からかも知れん、そしたら手前が探してる奴かも知れねェだろ」
「何処だ、貴様の集落は何処にあるッ!?」
「あー落ち着け落ち着け、音がするって事は何かが生きてるって事だ、落ち着いてついてこい」
「恩に着る、狸ッ!」
「種族じゃなくてぎこって呼べよ……もう狸の大将だぞ儂ャ……」
- 94 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:56:03.37 ID:6YeXxQyyO
-
「ほら此処らへんだ、がんがん音がするだろ」
「うむ……だが、何処から……」
「儂の仲間も手伝ってやるからよ、手分けして探したらァ」
「ああ……さして広くはない、直ぐに見付けるぞッ!」
「手前さん、失礼だな……人んとこを広くはないって……」
連れてこられた狸の集落。
もう狐との協定を結んだ為、殆どが出来たばかりの町へと移住をしてしまっていた。
それでも何とか仲間を呼び寄せて、狸の大将と共に土を掘って壺を探す。
音が大きく聞こえる所を探し、手当たり次第に穴を掘っては耳を澄ます。
それを何度も何度も繰り返し、手が土に汚れ、爪が割れても穴を掘った。
もうすぐ会えるかも知れない。
それだけが、今は希望で。
- 95 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 22:59:17.67 ID:6YeXxQyyO
-
蓋を殴り付ける女郎蜘蛛の手に、少しだけ違和感を感じた。
否、正しくは違和感ではなく、感触が変わったのだ。
先ほどまでは固く、向こう側が重かった。
けれど今は、蓋の向こう側が少し軽い。
もしかしたら、もしかしたら、出られるかも知れない。
先程よりも強く、蓋を殴った。
衝撃に蓋が撓み、僅かに明かりが射し込んだ。
もっと、もっと強く殴る。
もっと、もっと、もっと。
外が近い、外の匂いがする。
新鮮な空気の匂いがする。
涙を目尻に浮かべて、痛みも気にせずに殴り続ける。
女郎蜘蛛の異変に気付いた蟻の子が、百足の上へ飛び乗った。
二人で、必死に殴る。
更に蓋が曲がり、僅かな風が流れ込んだ。
- 97 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:02:30.02 ID:6YeXxQyyO
-
蓋の隙間から覗く土。
その隙間から覗く空。
勝手にぽろぽろと溢れる涙は止まらなくて、女郎蜘蛛も蟻の子も、希望に満ちた目で涙に濡らす。
がん、がん、がん。
殴る音に血の音が混じっても、休む事は無かった。
みし、みしみし、めきり。
蓋が壊れても行く音が、希望の音。
ああやっと出られる。
蟻の子も百足も、嬉しそうに涙を浮かべて笑顔になる。
恋い焦がれ続けた空。
外の空気。
今まで当然の様にそこにあった物の有り難みが、よく解った。
出せる限りの力を込めて、目一杯の一撃を、蓋へと叩き付けた。
そして
ごうん、と派手な音を立てて、蓋が弾け飛んだ。
- 100 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:06:01.22 ID:6YeXxQyyO
-
泥だらけになってやっと見付けた壺に手を伸ばそうとした、その時。
蓋がばんと弾け飛び、一人の女が、その衝撃で飛び出して来た。
ぼろぼろの体、汚れた肌に血まみれの手。
紫の髪もばさばさで、初めに見た時の美しさは欠片もない。
それでも見間違える筈がなく。
驚きに目を丸くする雷獣と、その上へと倒れ込んだ女郎蜘蛛もまた、目を真ん丸にして。
ぼろぼろな震える手で、雷獣の頬を撫でる。
あの頃に比べると大人になった、でも見間違えようのない黒く美しい髪。
金色の目が僅かに潤み、同じ様に汚れた頬を撫でた。
確かに存在する温もりに、嫌でも涙が溢れてしまった。
「会いたかった、しゅう」
「わっちも……杉浦様」
かたくかたく抱き合って、二人は年甲斐もなく、声を上げて泣いた。
- 104 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:09:34.72 ID:6YeXxQyyO
-
やっと会えた、会いたかった、触れたかった、頭を撫でてほしかった。
その声を聞きたかった、ずっと会いたかった、もう離したくはない。
嗚咽に混じる言葉を交わして、抱き合って。
離ればなれだった長い時を埋めるのは、互いの胸に育った恋心。
傷だらけの女郎蜘蛛に涙を流し、目に傷を負った雷獣に涙を流す。
他人の為に流す涙と、自分の為に流される涙の暖かさを思い知った。
今まで自覚せず抑え込んでいた想いは、再び触れた温もりに爆発する。
急激に襲う想いは、腕いっぱいに感じる相手の感触を確かめる度に、大きくなった。
- 106 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:13:29.85 ID:6YeXxQyyO
-
「…………」
「…………きゅう、だいじょぶか」
「うん……あんたは?」
「へーき、お腹すいたから何か貰いに行こ……いてて、きゅうおんぶ」
「さっきまでしとったやないか…………あれ、くるうは?」
「壺の中……いないな、どっか行ったのかな」
「先に西に戻ったんかもな」
「……きゅう、これからどーする?」
「んー……考えるのもめんどいわ」
「おねーさま東に町作ってるって云ってたから、行ってみるか?」
「せやなー……ほんなら、お邪魔しよか」
「お店しようお店、お菓子が食べたい」
「あんたが食いたいだけやないか…………ま、それもえぇかもな」
- 109 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:17:05.14 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「これが馴れ初め」
(~A~)zzz...
lw´‐ _‐ノv
('A`)ハッ
lw´‐ _‐ノv「鬼の子ちゃん……?」
(;'A`)「あ、は、はい、聞いてまス、はい」
lw´‐ _‐ノv「……長くなったとは自覚しておりんすが……そんな暇そうにしなくとも……」
(;'A`)「す、すんやせん……」
lw´‐ _‐ノv「良いもんもう……お帰りやんせ……ぷん……」
(;'A`)「す、拗ねないで下さいよう……」
lw´‐ _‐ノv「此処から更にわっちと旦那様の新婚生活話が待っておりんすが」
(;'A`)「うえ」
lw´‐ _‐ノv
- 110 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:19:31.24 ID:6YeXxQyyO
-
(;'A`)「あ……そ、それから?」
lw´‐ _‐ノv「……わっちが壺に入ってから、どれだけ経ったのかは解りんせん、
でも町は何とか出来ておりんした、結局わっちは町作りには殆ど参加せずじまい」
('A`)「はぁ……町作りって基本的にどれくらい掛かるんですかね」
lw´‐ _‐ノv「知りんせん、ぷん」
(;'A`)「す、拗ねないで下さいよ……」
lw´‐ _‐ノv「その事からわっちは、町に住むのが申し訳なくて田舎の方に引っ込みんした」
('A`)「旦那様と二人で?」
lw´‐ _‐ノv「ええ、もうわっちと旦那様は想い合っておりんしたから、二人でこっそりご結婚」
('A`)「こっそり……」
lw´‐ _‐ノv「わっちは右足の脛から先を失いんしたけど、生活にはさして問題はなく
平和に二人で、人と同じ様に夫婦生活を満喫しておりんした」
('A`)「はー……ちょっと前じゃ想像も出来ませんね」
lw´‐ _‐ノv「まあ、わっちらもちょっと老いんしたから……」
- 115 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:21:29.51 ID:6YeXxQyyO
- (;'A`)「あ……そ、それから?」
lw´‐ _‐ノv「……わっちが壺に入ってから、どれだけ経ったのかは解りんせん、
でも町は何とか出来ておりんした、結局わっちは町作りには殆ど参加せずじまい」
('A`)「はぁ……町作りって基本的にどれくらい掛かるんですかね」
lw´‐ _‐ノv「知りんせん、ぷん」
(;'A`)「す、拗ねないで下さいよ……」
lw´‐ _‐ノv「その事からわっちは、町に住むのが申し訳なくて田舎の方に引っ込みんした」
('A`)「旦那様と二人で?」
lw´‐ _‐ノv「ええ、もうわっちと旦那様は想い合っておりんしたから、二人でこっそりご結婚」
('A`)「こっそり……」
lw´‐ _‐ノv「わっちは右足の脛から先を失いんしたけど、生活にはさして問題はなく
平和に二人で、人と同じ様に夫婦生活を満喫しておりんした」
('A`)「はー……ちょっと前じゃ想像も出来ませんね」
lw´‐ _‐ノv「まあ、わっちらもちょっと老いんしたから……」
- 116 ◆XCE/Wako2nqi[ミスった(´・ω・`)] 2010/07/25(日) 23:22:34.94 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「しかしなかなか子は宿せず、何度も交尾」
('A`)「濁して」
lw´‐ _‐ノv「愛し合いんしたが、何年経ってもお子は出来ないまま」
('A`)「はいはい」
lw´‐ _‐ノv「まあ、旦那様が居ればわっちは幸せでありんした
少し寂しくはあったけれど、二人の生活は穏やかで幸せな日々」
('A`)「本当、平和っすね」
lw´‐ _‐ノv「ええ……でもある日、わっちの腹に、ついにお子が宿りんした」
('A`)「おお……」
lw´‐ _‐ノv「嬉しくて嬉しくて、大きくなるお腹を二人で撫でて……初子の喜びを噛み締めて」
('A`)「そりゃ、嬉しいですよね……」
lw´‐ _‐ノv「そして北のお頭様に産婆さんをして貰い、元気な男の子を産みんした」
('A`)(母者さん……)
lw´‐ _‐ノv「本当に本当に嬉しくて、二人で泣いて、赤子を立派に育てようね、って」
- 120 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:25:45.95 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「ある日ね、旦那様がわっちと赤子を置いてお仕事に行きんした」
('A`)「旦那様の仕事?」
lw´‐ _‐ノv「お菓子屋さん」
('A`)「ああ……お店してたんすね……」
lw´‐ _‐ノv「たまに卸しに行く程度ではありんしたが、なかなかよろしい稼ぎでありんした」
('A`)「旦那様ぱねぇ」
lw´‐ _‐ノv「赤ちゃんはやっとはいはいが出来るくらい、まだわっちの乳で育っておりんした」
('A`)「可愛い盛りですね」
lw´‐ _‐ノv「赤ちゃんを遊ばせて、わっちは旦那様の帰りを待ちながら夕食の支度
そんな中、戸を叩く音が聞こえんした」
('A`)「……」
lw´‐ _‐ノv「滅多に人も尋ねて来ないけれど、お祖父様が様子を見に来たのかと思ってね」
- 121 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:27:36.72 ID:6YeXxQyyO
-
はいはいと、手を拭きながら戸を開けた。
優しげな凛々しい顔の九尾の顔を想像しながら。
また赤子を抱っこしに来たのかな、なんて。
けれど戸を開けた先に居たのは、複数の目玉を描いた仮面の男。
あの、土蜘蛛で。
「…………ぁ……」
「やっと見付けた、女郎蜘蛛」
「何を、しに……来んしたか……」
「それを聞く意味があるかァ? ……聞かなくても、解るだろうが」
幸せを、壊しに来たよ。
仮面の下で笑うのが、解った。
- 125 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:30:26.57 ID:6YeXxQyyO
-
赤子を抱いて逃げ出そうと背を向けたその瞬間、掴まれた右腕。
みしみしと食い込む爪に、悲鳴が口から洩れた。
その声にうとうとしていた赤子は目を覚まし、異様な気配を感じたのか、大きな声で泣きじゃくる。
赤子の姿に土蜘蛛は笑い、女郎蜘蛛の右腕を、小枝を折る様にべきりとへし折った。
腕から走る痛みに顔色を無くし、見開いた目から涙を溢さない様にと必死に耐える。
その耳元で、土蜘蛛は笑いながら囁いた。
「赤子が抱けないようにしてやるから、安心しろよ」
背中を左手で押さえ、右手で女郎蜘蛛の右腕を引く。
みしみし、ぎしぎし。
骨の折れた腕が、少しずつ引き千切られる音。
その感触を楽しむ様に暫く押したり引いたりして、そして、力を込めて腕を引いた。
ぶちん。
右腕の根本から、着物の袖と腕が、体と離ればなれになった。
- 127 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:33:37.20 ID:6YeXxQyyO
-
「あっ……ぁ、あああああっ……!!」
「ははっ、悲鳴殺すなよ、楽しくねェだろ?」
「だ、れが……っぬしさまを、楽しませるものか……ッ!」
「ほら脚も出せよ、既に脛から先がねェんだ、もう要らないだろ?」
「やっ、いやぁああああああああッ!!」
「はっ、あははははっ! ひはぁははははははははッ!!」
着物の裾に隠れた、半端に短い右足。
その根本に爪を立てて、力任せに引っ張った。
ぶちぶちと肉が裂ける音と痛みに、今度は喉から悲鳴が溢れる。
右足が根本から千切られてゆく痛みと、それからなる悲鳴。
赤子はわんわんと泣き叫び、母の温もりを求めてこちらへと這ってくる。
産着の隙間から覗く鎖骨には、蜘蛛の形の痣。
ああわっちの子、わっちと旦那様の子。
この子だけでも守らなければと、左腕を必死に伸ばして。
右足が、千切れた。
- 133 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:36:58.65 ID:6YeXxQyyO
-
痛みに叫ぶ間も与えず、綺麗に整った顔に突き刺さる爪。
右目をぐりんと抉り出して、手のひらに転がした。
げらげらと笑う男に、泣き叫ぶ女と赤子。
まるで地獄の様な其処に、救いが現れる事はなく。
女郎蜘蛛の下腹を踏みつけて、内臓を壊す様に、何度も何度も蹴り飛ばす。
「…………もう、子を産めない様に、してやるからな」
「や……ぃ、や……ァ゙……」
「子も産めない、子も抱けない、並んで歩く事も出来ない……生きてて、幸せかァ……?」
「ひ……ぐ、ぅあ……あ、ぁあ……あ」
「……お前が俺を選んでたら、大事にしてやったのに、なァ……」
「だ……れが…………わっちの、心は……旦那様の物でしか、ない……ッ!」
仮面をずらして、にっこりと笑った。
そして腹へと噛み付いて、皮膚と肉を裂き、内臓を引きずり出す。
子を孕む為の臓物を引き出して、それを握り潰した。
- 135 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:39:17.39 ID:6YeXxQyyO
-
血を吐いて、身動きの取れない女郎蜘蛛。
それでも必死に伸ばされた手の先にある、小さな生き物。
その首根っこを、血に濡れた手で掴み、持ち上げる。
「これは、捨てて来てやるから安心しろよ」
にっこり笑ってから仮面を戻し、赤子を掴んだまま出て行く土蜘蛛。
呼び止める力も追い掛ける力も無く、女郎蜘蛛はただただ泣いた。
ああ、何と無力な母なのだろう。
我が子の一人も守れずに、何が母と云うのだろう。
声もなく、虚ろに涙を流すだけ。
他には何も出来なくて、人として長く生きてしまって、妖怪として対峙する事も出来なくて。
ごめんなさい愛しい我が子。
ごめんなさい旦那様。
わっちは無力な女です。
そうして女郎蜘蛛は、母と云う存在に固執する様になる。
- 140 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:42:08.45 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「これがね、わっちの過去、子を孕めない女の過去」
(;'A`)「毒婦の君……」
lw´‐ _‐ノv「ああ、そう呼ばれる様になったのは、わっちらが此処に移住してから」
(;'A`)「い、意外と最近っすね……」
lw´‐ _‐ノv「元々は、昔からわっちらを知る子達の冗談からそう呼ばれる様になりんした
その所為で、町の人間達はわっちらが昔から居る、強い妖怪で町の元締めだと思ったの」
('A`)「……ただの勘違いじゃないですか」
lw´‐ _‐ノv「そ、事実は物語ほど、大した物ではありんせん」
('A`)「……確かに、本当は意外と普通の方ですね」
lw´‐ _‐ノv「わっちや旦那様、お祖父様だって……お話で伝わってるほど、強くはないのよ?」
('A`)「ま、生きる伝説みたいなもんですから……尾鰭に背鰭に胸鰭だって付きますよね」
lw´‐ _‐ノv「そゆ事、…………正直、噂話の方が大きくなりすぎて困っておりんす……」
('A`)「あー……今さら弱いところ、見せられませんし……皆も知ったら不安がるし」
lw´‐ _‐ノv「うん……虚勢をはって偉そうにしてみるけど……ぶっちゃけ、若い子には敵いんせん」
- 143 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:45:15.75 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「わっちや旦那様はまだしも、お祖父様は可哀想なくらいでありんす」
('A`)「大旦那……相当な強さになってますよね」
lw´‐ _‐ノv「あれ、殆どね…………でまかせ……」
(;'A`)「…………薄々、感付いてました」
lw´‐ _‐ノv「昔は本当に強かったし、立派な方ではありんしたが……相当なお歳でありんす……」
(;'A`)「歳には、敵いませんよね……今でもそれなりには強いんでしょうけど」
lw´‐ _‐ノv「そりゃ元九尾でありんすから、多少は……でも本当は、その……よぼよぼ」
(;'A`)「……尾が一本足りないからって云ってるのは?」
lw´‐ _‐ノv「本当ではありんすが、九本あっても……もうそんなには……」
(;'A`)「あああ……微妙に知りたくない裏側だった……」
lw´‐ _‐ノv「狐と狸の大将も、若く見えるけど、そろそろ代替わりしてもおかしくありんせん……」
(;'A`)「更に知りたくなかった……」
- 146 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:49:36.22 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「……東の妖怪は強いどころばかりだと思われてるし、そう思わせてはおりんすが」
(;'A`)「みんな、本当はそろそろ隠居するくらいの歳なんですね……」
lw´‐ _‐ノv「じゃなきゃあ町でのんべんだらりしておりんせん……」
(;'A`)「まあ、それもそうっすね……うわー町のとっぷしいくれっと聞いちゃった……」
lw´‐ _‐ノv「そんなわけで、鬼の子ちゃん」
('A`)「はい?」
lw´‐ _‐ノv「次世代に町の未来は託しんした、後はよろしくでありんす」
(;'A`)「わーい任されちゃったー…………それ、坊っちゃんに云っては?」
lw´‐ _‐ノv「あの子は未だ人間状態でありんすから」
('A`)
lw´‐ _‐ノv
(;'A`)「そうだ俺、坊っちゃんの過去聞きたかったんだッ!」
lw´‐ _‐ノv「ちっ、思い出しんしたか……」
(;'A`)「えらい引っ張って来たのに此処で坊っちゃんの話を聞かなかったら俺が阿呆ですよ!?」
- 149 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:51:15.42 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「んもー……それから旦那様が帰って来て、えらくお怒りになりんした」
(;'A`)「まあ、でしょうね……」
lw´‐ _‐ノv「先にわっちの手当てをしてから、我が子を探しに飛び出したけど……
見付かったのは、産着の上から着せてた上着だけ……それを持って、泣いておりんした」
(;'A`)「…………」
lw´‐ _‐ノv「それから少しして、話を聞いたお祖父様が飛んできて……もう町においで、と」
(;'A`)「それで、町に……?」
lw´‐ _‐ノv「はいな……お祖父様の息子夫婦として移住を決めて……その移動中でありんした」
(;'A`)「?」
lw´‐ _‐ノv「お山の上で泣く、赤子を見付けたのは」
(;'A`)「あ……」
lw´‐ _‐ノv「旦那様が声の方へ探しに行き、親を呼んだけれど周りには誰も居らず
暫くしてから、旦那様は生まれてさして経っていない様な赤子を抱いて戻って来んした」
(;'A`)「それが、坊っちゃん……?」
lw´‐ _‐ノv「ええ、赤い紐を結わえた小さな鈴が産着に付いていて、ちりちりと鳴らしながら」
- 153 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:55:23.60 ID:6YeXxQyyO
-
lw´‐ _‐ノv「その子の親は居ないらしくて、ただ一人だけ置き去りに……でもね」
(;'A`)「でも?」
lw´‐ _‐ノv「その子のすぐ側に、もう一人赤子が居た跡がありんした
そしてそこには、ひとつの扇が落ちていた」
(;'A`)「もう一人……って事ァ……?」
lw´‐ _‐ノv「……恐らく、対になる子が、居たのでありましょうね」
(;'A`)「じゃ、じゃあ坊っちゃんは……」
lw´‐ _‐ノv「双子、であると……思われます
誰かがもう一人を拾い育てたのか、他のところへ捨てたのかは、解りんせん」
(;'A`)「でも、誰が坊っちゃんと、もう一人を……」
lw´‐ _‐ノv「……わっちはあの子の親を探しんしたが、全く手掛かりはなく……
だからわっちと旦那様は、坊っちゃんの親になろうと決めんした、立派に育ててみせようと」
(;'A`)「…………」
lw´‐ _‐ノv「ま、育てられなかったけれど……この、かたわじゃ……ね」
- 154 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/25(日) 23:57:17.27 ID:6YeXxQyyO
-
(;'A`)「坊っちゃんが、双子……」
lw´‐ _‐ノv「あの子が妖怪である事は、本当は拾った時に解っておりんした
けれど何の妖怪かまでは解らなくて、ならば人間として、今の世に合わせて育てようと」
(;'A`)「……確かに、これからは妖怪には生きづらくなるでしょうからね」
lw´‐ _‐ノv「何の妖怪かも解らぬまま妖怪として育てるならば、人間として育てた方が、幸せだと思いんした」
(;'A`)「…………結局、坊っちゃんの出生は、謎のままなんですね」
lw´‐ _‐ノv「……わっちね、思うの」
(;'A`)「はい?」
lw´‐ _‐ノv「あの子の親は、はじめから居らぬのではないか、と」
(;'A`)「へ?」
lw´‐ _‐ノv「あの子はただの妖怪ではない、ならばもう、あの子を産んだ母親も、居らぬのではないか」
- 155 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:01:33.00 ID:mZi57kR7O
-
(;'A`)「ど、どゆ事ですか?」
lw´‐ _‐ノv「……かみさまに、親が居るでしょうか」
(;'A`)「ものに、よっては……まあ自然から生まれるのも多い……って?」
lw´‐ _‐ノv「…………」
(;'A`)「ちょ、ちょっと待って下さいよ、じゃあ……」
lw´‐ _‐ノv「あの子は山の子、わっちの子……それ以上でも、以下でもありんせん」
(;'A`)「……」
lw´‐ _‐ノv「あの子はもうすぐ、己の中身に気付きましょう……今度のお祭りにて、きっと」
(;'A`)「お祭り……百鬼夜行の事、ですか?」
lw´‐ _‐ノv「……あの子の双子ちゃん、ね」
(;'A`)「は、はい」
lw´‐ _‐ノv「きっと、西のお子でありんす」
- 158 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:03:53.05 ID:mZi57kR7O
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(;'A`)「西って、長岡とか云う……」
lw´‐ _‐ノv「あの子を見た訳ではありんせん、けれどあの子の声と気配、鈴の音は聞きんした」
(;'A`)「鈴……」
lw´‐ _‐ノv「坊っちゃんが持っていた鈴は、あの子が持たねば鳴りんせん
あの鈴の音と同じものを聞いたのは、西のお子が訪れた時だけ」
(;'A`)「…………長岡が、坊っちゃんと双子……?」
lw´‐ _‐ノv「あの子は、刀を持つ……坊っちゃんは、扇を持つ
人を切るもの、扇ぐもの……まるで正反対なものを持ち、正反対な場所に居る」
(;'A`)「……」
lw´‐ _‐ノv「哀れなまでに、道が別れてしまいんした……けれどもうわっちには、どうにも出来ない」
(;'A`)「坊っちゃんは、双子と……殺し合うって事ですか?」
lw´‐ _‐ノv「…………」
(;'A`)「そんな、やっと見付けた肉親と!? 血の繋がる兄弟とッ!?」
lw´‐ _‐ノv「……もう、道を正すには、遅すぎまする」
(;'A`)「どうしてそんな……そんな、もっと早く……ッ!」
- 161 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:07:36.50 ID:mZi57kR7O
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lw´‐ _‐ノv「西の者はね、其処でしか、もう生きられぬのです……
あの子を取り巻く環境は、もはや西に生き死ぬ道を選んでしまいんした」
(;'A`)「でも長岡は、未だ若いし……ッ」
lw´‐ _‐ノv「蝙蝠達はあの子の親、そしてあの子は西のお頭」
(;'A`)「あ……」
lw´ _ ノv「今さら、どう……出来ると云いまするか……」
(;'A`)「毒婦の、君……」
lw´ _ ノv「…………母に、なりたかった……皆を愛し、幸せに出来る様な……」
(;'A`)「…………」
lw´ _ ノv「わっちはほんに……駄目な女で、ありんす……」
(;'A`)「……これは、坊っちゃんに……伝え、ても……?」
lw´ _ ノv「もう、隠しても無意味でありましょう……お任せ、致しんす……」
(;'A`)「…………解りました」
- 163 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:09:52.79 ID:mZi57kR7O
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ざし、ざし。
草履が土を蹴り、その動きを見る様に深く俯く。
毒婦の君から過去の全てを聞いた餓鬼は、難しい顔をしたまま通りを歩く。
誰かが声をかけても聞こえないのか、ただ俯いたまま真っ直ぐに歩くだけ。
知りたかった事も、知りたくなかった事もみんな聞いてしまったと云う、妙な重圧。
何の妖怪かは、知らずに育てた。
けれど今はもう、気付いているのだろう。
自分は知らない、自分の弟、息子、親友、主人の正体。
奇妙な疎外感と、秘密を聞いた時に似た妙な罪悪感が胸を刺す。
ちくちくと、胃が痛い。
坊っちゃんと、あの長岡が、双子。
信じたくもない、事実に限りなく近い憶測。
- 165 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:13:08.00 ID:mZi57kR7O
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ああ、そう云えばあの鈴の音。
確かに、坊っちゃんの鈴と同じ音だった。
でも、だからって、そんな。
鈴の音だけを頼りに、そんな事。
でも否定は出来ない。
否定したくても、出来ない。
あんな坊っちゃんをぼろぼろに捨てた元友達の、西の頭が、坊っちゃんの双子だなんて。
どちらが兄なのかな。
長岡の方が、兄なのかな。
坊っちゃんが長男と云うには、頼り無いしな。
ああ、もう胸が痛い。
こんな事、坊っちゃんに教えられるものか。
けど教えないわけには、いかないんだろうな。
- 169 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:16:16.30 ID:mZi57kR7O
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あの坊っちゃんに、隠し事なんて出来る筈がない。
ふやふやこっち向いて笑われたら、何でも話したくなってしまう。
あれは本当に、面倒な妖怪だ。
人間に限りなく近い妖怪だ。
('A`)「何の妖怪、なんだろうなァ……」
解らない正体。
いや、本当は解ってるのかも知れない。
だって何年も、一緒に居たんだ。
あいつの事なんて、何でも知ってる。
じゃあ、気付いていないのだろうか。
解っていても、見逃しているのだろうか。
ああ全く頭がこんがらがる。
- 173 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:18:33.96 ID:mZi57kR7O
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双子だと知ったら、どうなるだろう。
悲しむか、怒るか、いっそ喜ぶかもな。
それから、凄く悩むんだろうな。
( ^ω^)「どくお?」
(;'A`)「うおッ!?」
( ^ω^)「さっきから呼んでるのに返事しないから、どうかしたのかお?」
(;'A`)「あ、いや……大丈夫だ」
( ^ω^)「おー? 変などくおだお」
(;'A`)「大丈夫大丈夫……どうした?」
( ^ω^)「お、門の警備を強くするかどうするかで悩んでたんだお」
(;'A`)「あー……もう、良いんじゃないか?」
( ^ω^)「門は開けっぱなし、かお?」
- 176 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:21:43.98 ID:mZi57kR7O
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(;'A`)「こないだの門番で、えらい怪我人も出たし……向こうさんも減ったし」
( ^ω^)「なるほど……じゃあ一応警備だけつけてすかすかで」
(;'A`)「お、おう」
( ^ω^)「……」
(;'A`)「ん?」
( ^ω^)「どくお、やっぱ変だお……何かあったかお?」
(;'A`)「そ、そうか? 毒婦の君の昔話ずっと聞いてたから、疲れたのかもな」
( ^ω^)「お……何かあったなら云うお? 相談くらいは乗るお」
(;'A`)「あ、ああ…………なあ、坊っちゃん」
( ^ω^)「お?」
(;'A`)「その、あの……坊っちゃんの肉親が見付かった、つったら……どう思う?」
( ^ω^)「嬉しいお?」
- 177 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:24:24.79 ID:mZi57kR7O
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(;'A`)「それが、その……敵でも、か?」
( ^ω^)「嬉しいお」
(;'A`)「……殺し合う事に、なっても?」
( ^ω^)「嬉しいお」
(;'A`)「…………坊っちゃんは、肉親と、殺し合えるか?」
( ^ω^)「無理だお」
(;'A`)「…………」
( ^ω^)「僕は弱いし、喧嘩なんてもってのほかだお
だからきっと僕は殺し合いになったら、死んでしまうお」
(;'A`)「……」
( ^ω^)「でも、最後まで足掻き続けるお。最後の最後まで、お話するお」
(;'A`)「坊っちゃん……」
( ^ω^)「……僕は死にたくないし殺したくもない甘ったれだから、……あーよく解らんお」
- 180 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:28:42.85 ID:mZi57kR7O
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(;'A`)「兄弟と、殺し合う事になっても……そうやって、笑うのか?」
( ^ω^)「……」
(;'A`)「なあ……なあ、坊っちゃん……」
( ^ω^)「僕にはこうして、笑ってふわふわしてる事しか出来ないお」
(;'A`)「でも……」
( ^ω^)「だから僕は、死ぬ時も、ずっとずっと、笑ってるお……兄弟と殺し合っても、笑うんだお」
ああ、傷付く事も、傷付ける事も怖い、臆病者だ。
この男は誰よりも何よりも臆病で、何もかもを愛する男なんだ。
自分を犠牲にしてでも、誰かを愛したい、人の気持ちなんて全く考えない男なんだ。
この坊っちゃんの家族になって、良かった。
この馬鹿は、俺達が、ぶん殴ってでも守らなきゃいけない馬鹿なんだな。
- 181 ◆XCE/Wako2nqi 2010/07/26(月) 00:31:36.52 ID:mZi57kR7O
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恐ろしく甘ったれな弟。
みんなみんな幸せになれる様にと祈る大馬鹿者。
もう後に引く事も出来ない兄。
己の立場と仲間の意思を尊重し、嫉妬に溺れる愚か者。
この兄弟に共通する事は。
どうしようもない、お人好しの愚か者。
道の別れた双子の兄弟。
それらを取り巻く二つの家族。
全てがまるく収まる事など、もう有り得はしないのだろう。
それこそ、かみさまでも、ご降臨されない限り。
『十四話前編 おわり。』